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魔法が使えるだけの普通の女の子  作者: まるぱんだ
10.望まれざる再会
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89.無我

 目の前の視界が、急に開ける。

 それが竜の消滅によるものだと気づくのに、時間がかかってしまう。


「いけ……た?」

 そのことに気づくと共に、この言葉が口から出る。

 言葉を発すると言うより、言葉がひとりでにこぼれ落ちるように。


「やった……勝ったんだ!」

 ルルーは、叫ばんばかりに喜んだ。それにつられて、私の心に喜びが満ち始める。

 一気に体が疲れを忘れる。それどころか、勝手に動き出すばかりに軽くなる。


 勝手に動いた腕は、横にいる、一緒に戦って一緒に勝ち取った仲間に、ハイタッチを求めていた。


「いぇーい!」

 彼女もそれに答えて、両腕を上げた。


 近づく二人の両手の平。

 このあと、快い音が鳴るはずだった。


 しかし。



 何の音も聞こえてこない。



 それどころか、私の手は何も感じないのだ。


「……あー……もう、こうなっちゃったか」

 ルルーの声。


 ようやく、自分の目が、眼前の光景を捉えた。


「……ぁ……」

 口から、何の言葉も出てこない。

 ただ、固まってしまって、そこから少しも動けないのだ。頭も、石のように動きを失う。


 一体、どれだけの時間を要しただろうか。ようやく、全てを思い出した。

 ようやく、目が動き始めた。



 ルルーの腕は透き通っていた。

 幻のようだった。

 そして、私の手は、それをすり抜けていた。

 触れられなかった。

 それほどまで、彼女は自身をこの戦になげうっていたのだ。


 それに気づいたとたん、私は悲しくなった。

 私は、何て馬鹿なのだろうか。

 どうしてこんなに愚かなのだろうか。

 何で、こんな大切なことを忘れていたのか。


 確かに私は、彼が許せなかったし、勝ちたかった。


 でも、大切な(ルルー)を失ってまで、彼に勝つ必要など無かったのに。まして、彼の分身(りゅう)になど。


「……まー、私は後悔してないよ、さっきも言ったけど」

 ルルーが明るい声でそう言うのが、かえって胸を締めた。

 いっそ、私を恨んでくれたらよかったのに。

 この戦いの元凶の一人で、そのくせ心のどこかでいつもいつもルルーの強さに甘えてばかりいた、卑怯な私を――


「これは、黒魔術師の仕事だからね」

 そう、また彼女は言葉を繋いだ。


 彼女の「覚悟」は、残酷だ。


 彼女の「使命」は、悲壮だ。


 そう、初めて感じた。

 なぜ、今になって初めて思うの?


 そんなとき。



「ふふ……もしかしたら、その仕事……とやらを果たせぬまま……自分の身だけ滅ぼして終わるかもしれないね」



 徹だった。

 もはや、彼の存在をも忘れていた。


 彼は、そのまま逃げるらしい。手には、魔法のホウキが握られていた。


 もはや、体に闘気を纏っていない。


 がくがくと震える足でなんとか立っているが、魔力さえあれば、ホウキに乗るのに支障はない。


「だめっ!」

 ルルーはそう言い。



 魔法の詠唱を始めようとした。



「! ちょっと、ルルー……!! 何してるの?!」

「ほう……君が、その気なら……いくらでも、相手をするさ」


 ルルーが呪文を唱え始めると共に、彼女の向こう側の景色がちらつくのだ。

 彼女は構わず、その右手に水を集めていく。

 そうして、ピシュ、という音と共に、水の矢が放たれる。

 しかし……矢がその手を離れたその瞬間、私の目は彼女を見失ってしまうのだ。

 一瞬、血の気が引いていく。

 すぐまた、彼女の姿はそこに戻った。

 もはや、危うい状態なのだ。


 同時に、徹も光魔法を構築し始めていた。


 私は気づく。

 ルルーが臨戦体勢をとれば徹が応え、彼が挑発すれば彼女が応える。


 それは無限ループなのだ、と。


 もう、これ以上、ルルーが生命を削るのを見ていられなかった。

 しかし、止めようとすれば、どちらも止めねばならない。


 私の思考が以上のような結論にたどり着くより前に、体が動いていた。


 私は、気づけば二人の間に立ち塞がっていたのだ。


 頭が追い付かなくて、そのままただ突っ立っていたのだが。




 もう、終わりにしたかった。この戦いを、私たちのこの互いの憎悪を。




 ルルーを、なんとしても止めたかった。元の体に戻したかった。もし、このまま居なくなってしまったら……など、考えられない。自分が、罪悪感の塊になって動けなくなるのが、自明だった。


 それで止めるのは、自分本位なのかもしれない。

 しかし…………


 それに、本当は、徹をも、失いたくなかったのだ。本当は、話をしたかったのだ。しかし、それを不可能にしているのが、彼の歪んだ心。

 その原因は……彼の、類い稀なる魔法の才能?



 その時、一つの考えが浮かんだ。そして、それに自分自身がぎょっとした。



 忘却魔法。

 魔力の発現をなかったことにし、その記憶もろとも消し去る魔法。



 ――いや、何考えてるの? 彼の記憶が無くなったら、何の話もできないでしょ?!


 だが。

 彼のためにも、全てが振り出しに戻ればいいのだ。


 ――なんという、自分勝手な論理だろう。本当は、ただ戦いを恐れているだけなのかもしれない。



 そして、本当の私は、理性がこうして思案するのを遠巻きに見ていた。



 気づいたときには、忘却の呪文を、高らかに唱えていたのである。

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