80.戦慄
「うそ、だ……ろ?!」
徹が、目を見開き、顔を上げる。真っ赤な炎で照らされてもなお血の気の引いた、ひきつった顔だ。
「なぜだ……! なぜ私がいつも傷つけられるのだ?! この、ずっと積み上げてきた、私の礎さえも!」
初めて、彼の悲壮な言葉を聞き、つい動揺する。
「なぜ……? ……そうだ……この二人は、あの日の二人とぴったりと重なるではないか……!」
しかし、どこか、納得しないものがあった。
それは何だろう、と思っていたとき、横からルルーの声がした。
「……なぜ……なぜ、自分の付けた傷が見えないのですか? 貴方が彼女や友人に傷つけられたのは確かでしょうが、それは貴方が彼らを傷つけたのが始まりなのですよ……?」
怒りに震えた声だった。
徹は、眉を動かした。
眉間にシワがよる。
「この図書館とて、貴方が沢山の師を傷つけ、恩を仇で返してまで作り上げたもの。そしてそれを壊したのも他でもない貴方でしょう!」
彼の顔に、今までにない感情が浮かんでいるのが見えた。冷酷でも、余裕でも、悲しみでも憤怒でもない。
対するルルーは、さらに声に怒りを乗せていく。
「恋人さんとお友達との戦いだって、貴方がその人たちを勝手に疑ったのが始まりではありませんか!」
「! それはっ……!」
「そうじゃないとおっしゃるなら……貴方は、彼女の気をひく魔法を彼が使うのを見たというのですか? その、魔力の流れを?!」
「……! い、や……」
「私は黒魔術師として、清川家の娘として、これまで勉強してきました。ですから、白魔術師の貴方より、黒魔法に限って言えばよく知っているつもりでおります。貴方が思ったような欲に魔法を使えば、使おうとした時点で魔力を失うのですよ。それなのに……それなのに、大事なはずの友達にそのような嫌疑をかけたのは貴方でしょう?」
「……どう、いうこと、だ……?」
「彼女さんが彼に寄せた心は、あの方自身のものだったということです! それをも、貴方は全否定したのですよ?! 貴方が、あの方々を裏切ったのですよ、まだわからないのですか?」
「……何も……知らないだろう、君は……」
「……今言ったのは、貴方から聞いた話だけで判断したものですから、反論なら受け付けますが」
ようやく、ルルーが落ち着いた声音になった。
対する徹は、何も言えずにいた。
それを、彼女は嘲笑する。
「……貴方は……あの頃からきっと変わっていないのでしょう。貴方の昔など、先程の話の範囲しか知りませんが、聞く限りでは、卑屈で、他の人に信頼を置くこともせず、ただ自分ばかりが可愛い。なのに、目の前にいる、何の関係もない若い女をも、身勝手に自分の傷と結びつける」
そして。
彼に、一番言ってはならない言葉を放つ。
「本当は、私などよりずっと、臆病で、弱いのでしょう?」
その変化は、ゆっくりとしていた。
悔恨、改心、といった色彩がほんのわずかに浮かび始めた顔が、またもその冷たさを取り戻す。
「臆病で、弱い……か。君たち小娘よりも、かい?」
掠れていた声は、肉声に戻る。その目はやがて、怒りを湛え始める。魔法使いは皆、怒ると赤い瞳になる。彼もそうだったのだ。
顔に、何の笑みも浮かべていない。瞳に、不思議な光を宿す。
「ならば――ならば、私の全てを知るが良い! 君たちは、何も知らないだろう!」
彼の声は、私たちの体を震わせる勢いで響き渡った。
いや。
この震えは、空気の振動だけではないだろう。




