79.瓦解
「さっきからあの竜を見てるとね、頑なに木を避けてるみたいなんだ」
そう、ルルーは切り出す。
「えっ、だって、燃えたらヤバイよね?」
「けどさ、勢いよく突進して寸止めって、すごい高度だし魔力も割と使うんだよ。それに、この森もあの人が作ったって自分で言ってたじゃん? 大火事起こして逃げ場なくす戦略、森でよく使うんだけど、それでもそうしないのって、意味ありげでしょ」
「……そ、そう、なんだ……何にも知らなかった」
「だから、あの人にとって、ここの木々は大事なんじゃないかって思ったの。ただのカモフラージュじゃなくってさ」
「でも、そしたらさ、何でわざわざこの竜を操り続けるんだろ?」
「まぁ、これで私たちを攻撃したらかなりの力になるからねぇ。隙があったら一瞬で勝負決まるし、そうでなくとも私たちは手出しできないから」
そう言いながら、ルルーは杖を剣に変える。
呪文を唱えると、それは炎を纏う。
「今のうちに、試しに実験してみよう」
彼女は、適当に選んだ木を一本、倒した。
火を纏った剣は、軽やかに、鮮やかに、幹を焼ききったようだった。
初めはゆっくりと、次第に勢いをつけて、木は倒れていく。ずしり、という地響きと共に、ついに折れた。
その時、割れ目が、微かな光を帯びた。それは、魔法陣を使うときの光ににていた。やがて、その光が消える。
次の瞬間。
ふと図書館に目を向けた。
私の目は、無意識のうちに、壁に異変を認める。
微かながら確かに、一筋の亀裂が走っていたのだ。
「ルルー、あれ!」
「あれ? ……あー、なるほど、そういうことか」
「つまり!?」
「うん、多分、思ってることは一緒じゃないかな」
「木が、図書館を維持してる、てこと……?」
「おそらくは。ひょっとしたら、森を上から見たら魔法陣になってるとか、そんな感じかも」
「えっ、それは見てみたいなぁ」
「そんな場合じゃ無いんだよなー……」
その後の動きを決め、作戦会議はこれで終了。
森から出る。
徹は戦の再開を今か今かと待っていたらしく、出てきた瞬間、竜は私たちに近づいてくる。しかし、動きが鈍い。簡単に避けられそうだと、すぐに感じた。ということは、待っていたというよりは油断していたか、まさかとは思うが魔力の消耗のためか。
ひとまず避ける。竜は急ブレーキ。どうやら魔力切れではなかったらしい。
ここからは、ひたすら竜の前に立ち塞がっては避けて、を繰り返した。走ると息が切れる。一方、遠くに見える徹も、戦いを始めたときほどの余裕が無いように見えた。
これは、消耗戦だった。私の体力か、彼の魔力か。
そして、それに勝ったらしかった。
竜は、上に逃げようとする。しかし鼻先が上がりきらない。先程まで真上に昇天していたのが、斜め上になる。そしてその角度は、だんだんと緩やかになり始めていた。ブレーキをかける動きにも、キレがなくなっていく。
何度目だったか。ギリギリまで粘り、目の前まで竜が迫ったのを見計らって横に跳び退いた時だった。
とうとう、竜は、頭から木に突っ込んでしまったのだ。
もはや、竜の姿ではない。
木の枝に、葉に、そしてすぐに幹に、火が移る。
瞬く間に、木から木へと炎が繋がっていく。
茶色だった森は、まぶしい赤色に塗られていく。
木がひとつ、焼け落ちるたび、そこは閃光を放った。図書館を守るために組み込まれた魔法陣が壊れていくのだ。
それとともに、図書館の壁には一本ずつ亀裂が走っていく。音を立てながら、ゆっくりと、割れていく。
真っ赤に染め上げられた森。それは、激しき火の手を上げていた。それは陣取る場所をどんどん広げていく。
木々は、みるみるうちに焼け落ちていく。
三人は、四方を火に囲まれ、皆同じように呆然とする。
最後の木が焼け落ち、一番強い閃光を放つ。
その瞬間。
図書館が、土煙に包まれる。
石造りの荘厳な建物は、裂け、割れ、壁はごろごろとした岩の山と化した。
「うそ、だ……ろ?!」
徹の、真っ青な顔。
すっくとそびえ立っていた彼の作品は魔導書と岩の乱雑な集合と成り果て、その峰を、辺り一面に燃え盛る炎が明々と照らしていた。




