7.変化
この最悪なタイミングで、チャイムが鳴って、担任が入ってきた。
案の定、「あれ、誰がやったんだ?!」と言われる。
「自分がやったと思う奴は、早く言いなさい」
教室から、物音がしなくなった。こんな静かになるのは、このクラスでは珍しい。
いやいや、そんな、呑気な事を言っている場合か?
しかし、みんな、怪奇現象として認識しているらしい。最初はおずおずと、だんだん激しく、証言が始まった。主に男子。
「誰も触ってないのに倒れました!!」
「俺、この目で見たんです! いきなり、窓も開いてないのに、こう、カーテンが、ふわって!」
「で、ガシャーンって!!」
「おい、どうせ、お前たちが騒いでて倒したんだろう。後で、全員職員室に来なさい」
「いや、違うんです……」おとなしいめの男子が参戦。先生、戸惑っている。
いや、そうじゃなくて!
何か、言えばいいじゃないか。
“自分がやったと思う奴” は、私しかいないのだから。
このまま、誰も名乗らなかったら、長い説教が始まる。
いつもなら、人ごとだったから、聞き流していた。ずっと、時計を見ながら。
このまま、長い説教を始めてはならぬと、進んで罪を着る人も、半年に一回ほどの割合で存在する。
いつもなら、何でそんな事するんだろうと思いつつも、無関心だった。
でも、今日は違う。私自身が、当事者なのだから。
このまま、何の関係もない人に、濡れ衣着せるわけにはいかない。
着せられた記憶が蘇ったって、この際関係無かった。
私が名乗って、私が壊した時のシチュエーションを、みんなでつじつまあわせてくれれば、魔法の事を一から話す必要もなくなるから、楽で好都合ではないか。私の良心の呵責も、それで解消出来るんだから。
「誰も居ないのか?」
「あの、それ……」
「そんな言い訳したってなぁ……」
「いや、あの……」
「先生……てか、みんな……声聞こえるの、俺だけ?」
「……あのっ……それ、私です」
クラスが、私の方を向き始めた。
「竜山、本当だな?」
「はい」
言ってしまえば、簡単だった。
そのままなら、よかったのに。
「いや、あいつは違うっすよ」
え?
「そうそう、竜山さん、あの花瓶から一番離れた自分の席にいたから、アリバイあります……よね?」
女子の声。
なぜ、今、弁護するんだろう。座っていたのも事実だが、壊したのも事実なのに。
「その……間接的に、です。壊す気は、無かったんですけど……」
「どういうことだ?」
「あんまりわからないけど、気づいたら、その……」
ここでしどろもどろになるとは。何か説明を作るかすれば良いではないか。
まあ、この場で魔法とは言えそうにないが。
先生、しばらく私の目を見た……ような気がした。
「まあ、それについてはもういいだろう。花瓶はまた買えば良い。しばらくペットボトルで間に合わせよう。……竜山には別件で用事があるから、昼休みに生活指導室に来ること」
「……あ、はい」
なんだろう。
席に着き、ホームルームが始まってから、ぼんやり、今起こった事を冷静に思い起こしていた。
みんな、何故、私をかばったのだろう。
前の席を見る。
今、目に入った少女は、同じ小中学校出身だ。
中一の時、クラスの給食費が消えた時、大声で、
「ななみちゃんが、魔法で消しました〜!」とぬかしたのだ。
結局、先生に怒られたのも、冷やかされたのも、私だった。
横に視線を移せば、小学校の時同じクラスだった男子がいた。
「魔法でカンニング出来んだろ、ずりい」と言われた。
こういう事がきっかけで、すでに魔法に対する不信感を持っていた私は、
魔法を憎むようになった。
魔法が無ければ、魔法を信じ込んでいた過去が無ければ、笑われたりしないのだと。
魔法があるから、誰も相手にしないのだと。
でも。
それが正しければ、みんな、魔法の話をでっち上げてでも、私のせいにしたはずだ。
なのに、みんなして、私のアリバイを主張した。
そういえば……魔法絡みで何か言われたのは、中学時代が最後ではないか。
みんな、あの時のことなんか、覚えてなくて……
「今」を、現実を、生きてるのかもしれない。
私の方が、みんなから、逃げてたんだ。
魔法を、口実にして。