76.翼蔽
少し前に遡ります。
奈波視点に戻ります。
私は、魔法を組み立てようとして、はたと考える。何をしよう、と。
それでルルーとの戦いを眺めていた。彼女は初めは様々な属性の魔法を使っていた。しかし、途中から、二人の戦い方が固まったようだった。徹が火を使い、ルルーが水を使う。
その辺りで魔法陣数学の計算をしなければならなかった。しかし、ルルーと徹の、まるで予め申し合わせたような、息の合った剣筋に、つい見いってしまっていたのである。
待った、剣?!
そんなものがあるとは初耳だ!
しかも二人とも使うとは!
いやいや、今はそんな場合でない。
ルルーの壁で安心しすぎていた。
水魔法。水、水……相手は火魔法。相手は強い。願わくは、それを利用したい。ではどうすれば?
ふと、魔法陣数学を初めて学んだときのことを思い出した。
水と、火?
そうだ!
しかし下手をすれば、逆に相手に利用されるだろう。さあどうしようか。
あぁやって、こうして……と、頭でシナリオを考え、計算を始めた……
……どのくらい、時間が経っただろうか。
ふと、気配を感じて顔を上げる。
十メートルほどの距離のところに、徹がいた。
少し横を見る。
ルルーは、何匹もの魔物と孤軍奮闘していた。
無駄のない剣筋――のように見えるが経験者でない私には分からない――で、一気に倒してゆく。しかし、それでも数が多すぎる。
ゆっくりと、徹は近づいてきていた。その歩調は、故意の戦略か、はたまた余裕か?
途中、透明な壁にぶつかる。それで少し安心して、私はまた計算を始める。
しかし彼は、その壁に手を当てた。呪文の詠唱を始めた。
これが壊されたらまずい。
すぐに防御魔法を使おうとする。しかし、そうしてしまうと、計算をどこまでやったか分からなくなり、また振り出しに戻るのだ。そうなれば、逆に危険が高まる。
私はもはや、何をどうすべきか分からない。
ただ目を見開いて、前を見ることしか出来ない。
終わった。
そう、思った。
「ぐっ! 何だ!?」
時間が止まらんばかりに長く感じた、数秒の沈黙が、徹の声で破られる。
二人、徹の背後を見る。
ルルーだ。
「ななみ! 安心して……気にしないで続けて!!」
ルルーが、顔を紅潮させながらも、笑顔で、私に叫ぶ。
彼女は、後ろから魔法で彼を攻撃したらしい。
そのまま剣でもって、壁から彼を引き離そうとする。
彼が雷魔法でルルーが剣を持つ手を狙う。それが当たってしまい剣を手放した。しかしすぐに別の手で魔法を繰り出した。風魔法で、徹を吹き飛ばしたのだ。
何度も何度も、徹は私の方に来た。そのたびに、ルルーは突き返した。ペンを再び剣の姿に変え、さらに何度も徹を退けた。不意打ちのためか迂回をしても、ルルーにそれが通じることはなかった。
護られているのだから、それに応えなければ。
計算する。
何度も見直し、ミスがないか確認する。
そして。
「ルルー! 完成した!」
壁越しに、彼女に耳打ちした。
壁を解除すると共に、魔法を作動させる。
果たして、うまくいくだろうか。




