71.開戦
「災いの芽は早いうちに摘みたいものだ」
そう言って、彼は口を閉じた。
私は、黙って聞いている。
一つ、また一つ、伯父のことを知っていく。今まで何も知らなかった彼のことを。それは、私にとっては恐ろしかった。
それは、彼の傷つけられたプライドの代償なのかもしれない。彼の言葉を信じれば、裏切られ、全て奪われた彼の気持ちはわからなくもない。しかし、ここまで冷徹になれるものなのか。
ふと、ルルーを見やる。
怒りに顔を紅潮させ、目に涙を溜め、何か呟いている。それにより、魔法の効果は止まっていた。
「……黒魔術師を何だと思っているのよ……?! そんな事には使えないようになってるのに、あの人は勝手に疑って、黒魔法の誇りまで傷つけているのに……何で自分ばかりを守ろうとするの……?」
聞こえてしまった。
全てが伯父の勘違いだったのか。
伯父への同情が崩れ始める。
しかし、彼にルルーの言葉が届くことはなかった。
「魔法封じも、終わったようだね。そこの黒魔術師は強いようだ。私は、黒魔法は不得手だが……」
伯父は――いや、徹は、その手の中に、黒っぽいものを作った。それは、ビー玉くらいの大きさで、あの魔物が持つ靄を、もっと黒く、もっと濃く、集めたみたいだった。その黒は、やがて、いかなる闇夜よりも、深い、深い陰のように見えた。
「大きな光の球を作ってあれに当てて! なるべく強いの! 早く!」
ルルーが慌てるように私に耳打ちした。何も考えず従えば、その闇は、ガラスの弾けるような音を立てて壊れた。黒い煙が漂う。飛び散った漆黒の破片は、周りの光を吸い込んでいるように見えた。
「その子はやはりすぐ分かったようだね。今のは黒魔法の象徴さ」
「闇の球……されど、大きいものは、流石に作れないようですねぇ」
久々に見た、ルルーの挑発的な態度。
彼女は両手を広げ、向かい合わせに構えた。手と手に挟まれた空間に、意識を集中させ始める。
その途端。
一気に、さっきのような黒い靄が、手のなかに広がったのだ。
それは、みるみる膨らんでいく。育つように。生きているように。バスケットボールくらいの大きさになっても、まだ、勢いよく深淵が広がってゆく。
両腕にいっぱいになったとき、彼女は素早くそれを投げ飛ばした。
対象は、対峙している相手。言うまでもなく、徹だ。真っ黒な雲は、一直線に彼へと向かったのだ。
「えっ……うっ!」
見事に、命中する。
黒い煙の中から、徹が立ち上がるのが見えた。
「くっ……ははっ。まさか不意打ちで倒せるなどと、思っていないだろうね」
初めは、呆然としていたかに見えた。不意打ちにあったというような。しかしその顔は、次第に、せせら笑うような、怒りを宿すようなそれに変わる。
「大きいが、雲のようにおぼつかない球だ」
声が、活気を取り戻していた。今までより冷たい声音だった。
「それくらい分かっています。全て計算の上ですよ」
ルルーの目もまた、皮肉を宿していた。
徹は、顔から笑みを消した。
「……私は、そこの子に攻撃した覚えはない。しかし彼女は攻撃した。ならば反撃はしても良いというわけだ」
「一体何をおっしゃっているのですか? 私の親友を傷つけておいて」
その平然とした口調にか、はたまたその言葉にか、彼は苛立った顔をした。しかし、彼女の言葉を無視するように、言葉を繋ぐ。
「今、私は君たちの実力を知った。まさか、これで終わりだとは言わないし、言わせないよ」




