69.勃発
彼が呪文を唱え終わる。小さな声だったからどんな呪文かは全然わからなかった。しかし、何となく、いい予感はしなかった。彼の顔、声音、それら全てが、悪いものを連想させるのだ。
ふとみれば、彼の周りの、光が歪んでいるように感じた。ぐにゃり、と風景が歪んで見える。その歪みは、やがて彼の手の中に収束する。
次の瞬間。
その空間が、爆発するように突然膨らむ。
その爆発の中心から、今までなかったものが生まれた。真っ黒な、毛並みの良い犬。獰猛で、今にも私に噛みつかんとする。そしてよく見れば、紫色の靄を纏っている。
魔物?
そう考える頃には、かなり距離を詰められていた。
ひとまず光の壁を出す。
その壁に向かって、火が浴びせられるのが見えた。
なるほど、この魔物が得意なのは火魔法だ。
そこで、水の矢と水の弾丸を繰り出した。
魔物の討伐は、あの日、元旦の神社で特訓したとおりだ。
何度か繰り出して、相手にダメージを与える。
倒すのは、造作も無かった。
「……ふぅ」
倒し終わり、一息つく。
「……ななみ! 後ろ!!」
ルルーの声で、ハッとした。後ろを見れば、つむじ風ができていた。空気だけの場所のはずが刃のように光っている。
急いで横に避けた。とっさに指で印をくんで、火の壁を繰り出しながら。
刃はほとんど当たらなかったが、頬に微かな痛みを感じた。
うっすらと、細い線のような傷が付いていたらしい。指でなぞれば、指先が赤くなった。
「……なんで……なんで、肉親に傷を……」
ルルーの声。
それは、怒りに震えていた。
それに対し、彼はルルーが見えていないように、私に目を向ける。
「やはり。私と同じ血が流れているだけあって、魔法の才に恵まれているようだね。しかし……私を凌駕させはしないよ」
にぃ、と、また顔を歪める。
「上っ!! ななみ……あっ」
「くっ……ぅあっ!!」
ルルーは忠告してくれたが、気づけば身体中が痺れていた。多分電気魔法だ。
「うっ……ぐ」
痛みを抑えて立ち上がり、何とか彼を睨む。涼しい顔をしている。
「……おや、その黒魔術師は君の友人かな? 魔法封じが使えるとは、大したものだ……それが続くのはそう長くないだろう。今のうちに、土産話をしてあげるよ」
そう言って、彼は語り始めた。
ずっと、私が知りたかったこと、全てを。




