4.講義
「ええと……どういう事?」
「空回りし過ぎて、やり方を間違えた。あれじゃ、魔法への信頼も、なくなって当然」
「……どういう事?」
きっぱりという母に、戸惑う。同じ質問を重ねる事しか出来ない。
「どうせ魔法を教えることが出来ないから、せめて魔法があるという事実だけでもと思って、無理やり読み聞かせていた。けど、こんなの、証拠がないと事実とはいえない。こんな虚構、いくらでも作れる。ただからかわれて、魔法を憎んでおしまい。そうでしょ?」
「それは、全くもってその通り」ほんの数分前までの、私だ。
「でもね、魔道書が無くっても、あの絵本さえあれば、そうしてそれを、読み聞かせじゃなくて、貴女に『読ませて』いれば……それがダメでも、私が『読んでいる』ところを見せていれば……その証拠は示せたのよ」
そこから、母の、魔法基礎知識講座導入編が始まった。
魔法使いは、その血筋の者のみがなれる。魔道書は、その血筋でさえあれば、どの文化で育っているひとでも、小さい子でも、誰でも読める。しかし、それ以外ならばいかなる人でも読めない。たとえどんなに言語学に精通していようとも、魔法使いでなければ読めない言語を使っているのだ。では、なぜ読めないかと言うと、読み方が少しばかり特殊なのである。
あの絵本も、その言語で書かれていた。つまり、それを読めること自体が、魔法使いであることの証拠となる。
読み方は簡単。その文字列の上に手を触れるだけ。一般人は何ともならないが、魔法使いであればそこが光り、彼らが日常的に用いている言語に翻訳された状態で、文字が浮かび上がるのだ。ちょうど、私が経験したことと一致する。
今度、クラスで試してみようか。いやいや、相手にされないか……
その言語で書かれた文章を初めて「読む」とき、その人の「魔力」が発現する。魔法を使えるようになるのは、その後だ。
あの時の強烈な光と、ひどい耳鳴りは、それだったのか。
発現の時期が遅いほど、その耳鳴りは強くなるという。確かに、死ぬかと思った。
私の後ろにいた母が何かを呟いたのは、そのダメージを軽減させるためのもので、母の使える唯一の呪文らしい。
「じゃあさ、お母さんも、魔法は使えるってこと? 魔力……の、発現? はしてるんでしょ? お母さんが魔法を使ってたら、まだ納得できてたかもしれないし!」
「いや、魔法の使い方を知らないから……魔道書も、なかったしね」
「ええー、でもさ、でもさ、その血筋ってことは、おばあちゃんも、魔法使いなんでしょ?」
「そうよ。かなり、上手かったらしいわね」
「おばあちゃんに教えてもらえば良かったじゃん!」
「私も、教えて貰おうと思ったわよ。でも、ダメなんだって」
魔法は、かなりの種類があり、それらを必要に応じて使い分けなければならない。少しのミスで、大事故にもなりうる。よって、一度指で読んだ、魔道書の文章は、決して忘れないようになっているという。年老いて、認知症になったりして、この世のほとんどのものを忘れたとしても、魔法のことは、覚えたままなのだという。
家族を忘れても、魔法は覚えている……なんだか、恐ろしい気もするなあ……
けど、それを考えたら、魔道書の文字で書かれた単語帳とかあればいいのに……いや、どうせ、全て日本語に翻訳されるのか。
「けど、教えてもらうだけじゃ、いずれ忘れるでしょう? 一番好きな授業、一字一句、完全に思い出せる?」
「不可能だね」
きっぱり言う。高三でそれはまずいけれど。
「絵本の文章も、全部暗唱できる?」
「いや、あれは無理」
「あれも、指で読めば、一生忘れないわよ。毎晩の読み聞かせの時も、私の指、光ってないでしょ?」
「え、まさか、あれ、暗唱だったの?!」
「うん。万一忘れたら、と思って、該当ページを開いてはいるけど……忘れたことはないわ」
恐るべし。
でも、そういう、すごい話を聞いたら、この血筋でよかった、と思わなくもない。
「魔法は、忘れるとミスするからね。これはお母さん……つまり貴女のおばあちゃんに聞いたんだけど、流れ星みたいな光を作る魔法の呪文と、人ひとり傷つけるくらいの雷を起こす魔法の呪文は、ほんの少ししか変わらないんだって」
「うわ、こわっ!!」
「だから、魔道書でないと、魔法の習得は出来ないのよ。……もっとも、魔力の発現の時の衝撃みたいなのを抑える魔法は、絵本の巻末にあったものだけど……」