3.秘密
「奈波、どこで、その本を手に入れたの?」
「え、もとから、この家にあるでしょ?」
「それじゃなくて、こっちの」
「ああ……」
借りパクとか、さすがに言えない。
私は、黙っている。しばし沈黙。そういや、あの光は、何だったのだろう?耳鳴りも、なんだったのか。
母の手が動く。図書館の本を取り、中を見る。少し、驚いた顔をするとともに、目が若干黄色く光った、気がした。そういえば、母の目は、たまに色が変わる。
母が、本の表紙の文字に手を当てる。そこが白く光り、黒い文字を映し出す。
『魔導書 初級』
え、うそ?! 魔導書は、確か、「魔法の教科書」だっけ。
母も、私も、興奮していた。何であんなところに、こんな本が?
やがて、母が口を開く。
「昔……私が、まだ、小さい時にね……」
母の長兄、つまり私の伯父が高校生くらいのころ、彼は、家にあった魔道書を、自分が魔法で起こした火で焼き尽くしてしまったのだという。
それが故意だったのか、事故だったのか、今となっては知りようがない。もし前者ならば、きっと、伯父は、「魔法」を受け入れることが出来なかったのだろう。今の私のように。
その後、彼は、放浪の旅に出た。
母が小学校に入る頃、家にあったのが、あの絵本だけであった。
「魔道書がない限り、もう、子孫に魔法を教えることはできなくなる……魔法使いとしての家系は、ここで途絶えてしまう……だから、せめて、唯一残ったこの本に書かれている、魔法の逸話を、貴女に伝えたかった。魔法使いの血筋だった事に誇りを持って、そうして、未来に伝えて欲しかったの」
魔法なんて、戯言だ、と思っていた。
母のでっち上げたその妄言に、自分は苦しんでるんだ、そう思い込んでいた。
信じろというなら、証拠を見せろ、と。
しかし、今、目の前に、魔道書がある。ただの書物ではない。
手で触れられたところが光っている、その様子を見て、それが本物である事を、認めざるを得ない。
「ただ、魔法が実在すること、その事実が、立ち消えになって欲しくないって、思っていて……それが空回りして、貴女の気持ちを見ていなかった」
申し訳なさそうに、言葉を紡ぐ。
「ごめんね」
「それを、早く言えば良かったのに」
そう呟いた、私の言葉は、母の耳に届いただろうか。
本当だって、わかったなら、それまでじゃん。
――認めろっていうの?
お母さんも、反省してるよ。魔法、楽しいかもしれないじゃん。
――今まであんなに、非現実的だって、からかわれたのに?
でも、目の前で起こっている以上、それは現実だよ。
――今までの抵抗は、何だったの?
もう、やめなよ。意地張るの。ずっと同じところでとまって、子供みたい。
――魔法を信じるほうが、ガキくさい。
なんで? 現実だよ?
――現実だったら認めろっていうの?
……なんで……?
――それに、これからずっと、魔法の道に生きるつもり?
え……?
――もっとほかに、やりたいことはあるでしょ? でも、魔法を後世に伝えるなら、魔法を極めるんじゃないの?
じゃあ、やりたいことって、なに? みんなと同じように大学に行って、同じような大人になりたいの?
――じゃあ、この、人に言えないような、形もない、ガキみたいで非科学的な魔法の存在を認めて信じて、ひっそりと暮らすんだね。
みんなと同じなら、夢があるの?
――中二病に、夢はあるの?
私の心の中で、口論がうるさい。堂々巡りで、ぎゃーぎゃー言っているのに、何一つ、本質を言っていないではないか。
口を開こうか、否か、迷っていたとき。母の口が先に開いた。
「けどね、あのやり方じゃ、どのみち、魔法は途絶えてしまうんだよ」