29.転換
今日は早めに帰ろう。一人で帰っても、まあ、時間帯が早ければ大丈夫だろう。
そう思っていた時に、隣からの会話が耳に入った。
「るりあ、いっしょに帰ろう!」
「可愛いから余計に、一人は危ないよー」
「ありがとう……でも、うち、親の帰りが遅いから、それまでに帰ったら逆に危なかったりするかもなんだよね……」
「えー、そうなの?」
「でも、遅くなったら余計ヤバくない?」
「まあでも、何とかなるよ! みんな、ありがとね!」
「うーん、そうなのか……」
みんな、渋々、それでも先生に追い立てられて、帰るしかないみたいだった。
私も帰ろう、と思った時。
袖が、いきなり引っ張られるのを感じた。
そのまま、物陰に連れて行かれる。
怖くて、振り向くと、知った顔があった。
「ルルー?」
「あの、ななみ? 今の会話、聞いてたりする?」
「聞いてた、けど……」
「よかった、じゃあ話が早いわ。」
そう言って、もう一度、辺りを見回す。
私も覗いた。
生徒は皆、帰るよう促され、校内はひっそりとしている。
先生が、校内と通学路に分かれて巡回しているようで、
窓越しに人が見えた。
校内は、いつもよりずっと、人が少ない。
大丈夫なのだろうか。
「ふふ、なんだか新鮮だね。」
「そんな事言ってる場合なの?!」
「いーよ、いいよ、不審者が来たらそれはそれで面白いじゃん」
「ええ……」呑気すぎて、返す言葉がない。
「この、誰もいないっていうタイミングに、学校の中見て回りたいなって!」
「……嘘でしょ?」
そういう冒険心より探究心より、身の安全が先だろう。
「それに、五時まで帰れないし、私。そしたら一人だから、それもやだなって思っていたら、ななみがそこに居たから……」
ああ、それが一番の理由か。
よく考えれば、私も私で呑気な事考えていたし、
校内巡りをするのも、悪くはないだろう。
「うーん、まあ、いいよ」
「やった!」
自分たちの教室のある棟を上から下まで巡って、
現在地は一階の階段のふもと。
「いろいろ教室があるんだね……」
「ここらで休憩する?」
「そうするー。と言うか復習! 一回じゃ覚えられないもん!」
「別に、明日に続きをしてもいいんだよ?」
「ああー、まど……えっと、一回で覚えれたら良いのに!!」
「窓?」
「あ、いや……」うろたえるルルー。
その様子を見て、『まど』が何のことか分かった。
「……魔道書は良いよね。指でなぞったら、一瞬で頭に入るから。」
「えっ?……あ、そっか、ななみは魔法使いだ!」
「そうだよ。何で言い直したの?」
「うーん、他の子に魔法の話をすると、引かれるから……だから、隠すのが癖になってるのかもね……」
ルルーにも、そんな事があったんだ。
自分と重ねる。
しばし、静かな時間が流れた。
ややあって、隣から声がした。
「えっと、あそこが理科室、あそこが社会科準備室、で、ここが保健室! よし覚えた!」
「じゃ、第二棟行く?」
「うん!」
出入り口をくぐって、外に出た時。
目の前に、男の人がいた。
目が合って、その人を見る。
見慣れない人。
左手は、銀色に光っていた。
「おい、人がいたぞ!」
「何を怖がっている。ここの学生じゃないか。ちょうどいい」
見開いた目で周りを見れば、見慣れぬ人影が三つ。




