18.事件
いよいよ、文化祭の前日である。
例年より、楽しみだという気持ちが強い、ような気がする。
リハーサルでは、大成功だった。送風機が、思ったよりいい演出になっていた。
『ああ、私が、信頼されてないからだ』
『ありのままの貴女でいなさい。その時そばにいる人が、本当の仲間なのよ』
『君ねぇ、何度ミスしたら、気がすむのかなぁ?』
みんな、みんな、いい味を出している。
個性あふれるこの演技。すぐには見えないところまでこだわった、道具たち。
明日は絶対、成功させよう。
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いつもより早く、目がさめる。
外を見ると、少し薄暗い。曇っているのだ。
日差しがきつくない分、きっと快適な祭りになるさ、と思うようにした。
文化祭の幕開け。
体育館で、開会式。
それが終われば、自由に各ブースを見て回れる。
「うちらの劇は二時に始まるから、一時には教室集まって最終チェックね。一時四十分から搬入を始めて、あとは、みんな、成果を出し切るのみね」
「みんな、頑張ろう!!」
そんな連絡があって、自由時間が始まった。
私たちの学校では、一年生は全員が展示ブースを出す。
また、各文化部も、クイズなりポスターなり映像なりを、準備するのだ。
どれもこれも、工夫がなされており、それを全て見て回るのを、毎年の楽しみにしている。
文芸部の漢字クイズにうなっていたころ、
ふと時計を見れば、十二時五十分くらいだ。
やばい。急がねば。
一時。最後の最後まで、教室の中で劇の練習をした。
あと一時間以内で、これは、ステージ上で、沢山の人の前で演じられるものとなる。
最後の祭なのもあって、皆真剣である。
私も、今年は例外じゃない。
重い大小道具を担ぎ、とうとう、舞台裏まで来た。
毎年恒例の円陣を組む。
「絶対成功させるぞー!」
「しゃーっ!!」
私たちの舞台の、私たちが作り上げた世界の、幕開けだ。
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『このデータ、数値合わないよ。誰がやったの……また、君かい?』
『えっ……いえ、これは、私じゃ……』
『(遮る) 君ねぇ、何度ミスしたら、気がすむのかなぁ?』
『……だから、私じゃなくて……』
『言い訳かなぁ?それだから、昇進できないんだよ』
『……』
『もっと、へりくだった、失敗から学ぶ態度っていうのかなぁ? それが感じられないんだよ』
『……申し訳、ございません……』
会社から出る、主人公の新入社員。
シーン上、迫真の演技とは言い難いけれど、
脚本の彼女のキャラを、そのまま再現しているようだ。
文章の中の世界が、息を吹き込まれ、生き生きと動く……それを思わせる演技だ。
しかし、事件が起こったのは、この時である。
『はあ……どうして、あんな事、言われなきゃいけないんだろ』
その言葉を聞くと、舞台裏のクラスメートは、送風機のスイッチに、手をかける。
三、二、一の、指での合図があって、
主人公に、向かい風が吹く。
はずだった。
ぱちっ
「あ、あれ?」
動作音が、しない。
機械の前に手をかざして、首を傾げている。
その顔が、心なしか白くなっていく気がする。
「コンセント、ついてる?」
「うん、主電源も」
「えっ、何で……なんで?」
小声でも、慌てているのがわかる。
主人公も、こちらを見ている。
私は、何が起こったかわからなかった。
しかし、頭の中で、なにかがぐるりと動く。
自分でも意識しないうちに、指が形を作っていた。
突如。
私の背中辺りから、そよ風が吹く。
駄目だ、当初の予定より、弱い。
自分の両の手に、力を込める。
すると、ざあっと音がするくらい、強い風になった。
舞台上で、まだうろたえているような、でも安心したような、声がした。
『ああ、私が、信頼されてないからだ。……風も、私の目の前に立ちはだかるのね』
その間、リハーサルでどのように送風機を操作していたか思い出しつつ、風を操った。
数人、視線を感じたが、それどころではない。
指魔法といえど、精神力は多少なりとも消費する。
関節も、無理な形を続けねばならない。
疲れて来た頃、ちょうど、風を用いる場面は終わった。
火魔法と水魔法の加護を受けた、「喫茶店」に入るのだった。
追い風の送風機は、正常だった。
リハーサル通り、熟練した手つきで、送風機で風を操っていた。
魔法みたいだ。
ふっと、そう思う。
「ありがとうございました!!」
みんなで舞台上に並び、最後の挨拶。
その時、私が見たのは、
会場を埋め尽くす客、その全ての人からの、
盛大な、今まで経験したことのない、
拍手というシャワーだった。
面映ゆい。今の、この感情を、そう形容するのだろう。
そして、祖母の言葉を思い出す。
「自分の世界に、相手を入り込ませてしまうようなね」




