14.魅了
黄金色の文字が幾重にも重なってできた、光る壁。
そこに、祖母の手のひらが置かれる。
次の瞬間。
文章が、突如として、模様になった。
レースのようだ。華やかで、繊細に見えて、輝いている。
その「模様」は、ぐるぐると回り始め……やがて、一枚の円盤に見えるくらい、速くなっていく。
回転の中心が、少し、白く光る。
なにかが出てきた……なんだろう?
ひとつ。また一つ。またさらに一つ。
円の中心から、白いものが、次々と生まれる。
手に取ると、それは消えてしまう。
ひんやりとした感覚を、残して。
あぁ、雪か。
始めは粉雪がチラチラ、生まれては消え、消えては生まれていた。
でも、だんだん、増えてきて、大きくなって……
ぼたん雪が、ふわり、ふわりと舞うようになる。
かと思えば、今度はつむじ風が起こった。
その間も、雪は吹き上げられ、生まれ続ける。
いつしか、私の周りに、白い渦が出来ていた。
白は、だんだん濃くなって、私たち三人を包む。
周りは、白一色になりつつある。
何も、見えない。
ここが部屋という事を忘れ始め、
銀世界の中に一人放り出されたような、不安な気持ちになる。
真っ白だ……いや、それも、変化を始めていた。
白い渦が、淡いピンク色を帯びてくる。
あれ? と思い、手に取ると、もう、ひんやりとした儚く消える雪ではない。
薄い桃色をしていて、しっとりとしている。
あたたかい。
雪ではない。いつしか、桜になっていたのである。
私の周りを、桜吹雪が取り囲む。
それに目を輝かせていると、見る間にあざやかになってきた。
もはや桜だけではない。
スズラン、ユリ、サクラソウ、タンポポ、アザミ、レンゲ、スミレ、カキツバタ……色とりどりのシャワーになった。
パステルカラーがビビッドカラーへ。
カラフルな渦が、私を中心に回っている。
真紅の薔薇一色になり……だんだんと、勢いが弱まり……
ついに、止まる。
今まで通りの部屋。
母と、祖母が立っている。
雪も、花びらも、そこにはない。
何事もなかったかのように、部屋には三人が居るだけだ。
私は、ただ呆然と、目を見開いて二人を見つめるばかりだ。
まだ、先刻の幻想から抜け出せずにいた時。
「これは、まぁ、私がだいぶ若かった頃……そうね、多分独身だった頃、覚えた魔法なの」
祖母が、口を開いた。
「とにかく、魔法をいろんな人に見てもらいたくって、綺麗に見えるのを研究したわ。色んな魔法を組み合わせてね」
「……」
「昔は、今よりは迷信とかがまかり通っていたけど、それでも、自分が魔法使いだって言ったら、よく馬鹿にされたものよ。だから、そいつらに認めてもらいたくって、それで見返したくって、頑張ったってのもあるわ。まあ、あいつら、単純だから、目の前で魔法を見せたら一瞬で信じ込んだけどね」
祖母は笑った。
私は、まだ、さっきの不思議な世界から抜け出せていない。
「実用的な魔法より、そういう、見てて美しい魔法が好きだったの。見ている人を、引き込ませられるような。自分の世界に、相手を入り込ませてしまうようなね」
「……!」
そういうことか。
「魔法をどう使うかは、奈波次第よ。どれだけの魔法を覚えるかも、自分で決めればいいわ。これから、何があるかはわからない。前途多難かもしれないけど……魔法使いということに誇りを持ってほしいわね」
「はい!」
肉声で、返事をする。
その声に、祖母は微笑み……呪文を唱える。
桜の花びらが、どこからともなく現れる。
それに対し、私は、
指でつむじ風を作り出し、それに応えたのだった。




