13.先人
指だけじゃ、つまらない。もっと色々やってみたい。
『まださぁ、やりたい事ってわかんないけどぉ、都会の大学でいろんなこと学んでさぁ、自分の可能性、広げてみたいよねぇ〜! 上京とかいいなぁ〜』
そう、クラスの誰かが言ってたのを、ふと思い出す。
将来やりたい事は、もう決まってる……つもりだ。
でも、魔法において、まだ、道が決まったわけじゃない。
いや、始まったばかりだ。
いろんなこと学んで、出来ることを、広げてみたい。
多分、初級の魔道書の中の、指で繰り出す魔法の章は、一番短いから、一通り読めたと思う。
しかし、杖とか墨とか、この家にあるのだろうか。
ないとすれば、呪文を使うしかない。少し恥ずかしいかな。
「お母さん、魔法の墨……みたいなのって、あるの? 杖? とか……」
「ええと……よく、わからないわ」
「まじか……」
そっか、母は、まだ魔道書を読んだ事がないんだっけ。
その魔法の存在さえ、知らないかも。
「奈波……最近、魔法の勉強、やってるみたいね」
「わかる? だから、もっと色々やりたい。いろんな種類があるらしいし!」
「私は、あんま詳しくないけど……」
「けど?」
「明日、おばあちゃんが来るでしょう。いろんなこと、聞いてみたら? 私やあなたの前では使ったことないけど、若い頃は、誰よりも魔法が上手かったって、親戚に聞いたわよ」
「ええと……お母さんの、お母さん?」
「そうよ」
この家系は、魔法使いとして、他の家に比べ代々トップクラスだったという。
ああ、瑠璃亜の言ってたのは、これかな。
伯父の起こした例の事件で一気に衰退したが、その直前――つまり、祖母の代で、最盛期だったのである。
その祖母が、明日、家に遊びに来る。ワクワクとした気持ち。小さい頃のそれとは違う。
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「あらー! 奈波、大きくなったわねえ!」
おきまりの挨拶である。
「いやいや、もう18だから。というか、前に来た時と、大差は無……」
いや、前に会った時は、魔法は使えなかった。
大差無い、事はないかもしれない、けど、私は私だし、背も伸びてないし、
「それに、私、ダイエットしてるから、むしろ大きくなったら困るんだけど」
「あんたはダイエットする必要無いわよ〜」
これも、おきまりの言葉。
けど、そこからいつもの世間話……では無い。早く、祖母の現役時代の事を聞きたい。
私は、祖母の目を、見てみる。深い、深い青。
相手もまた、私の目を見ていた。
全て、察したようだった。
「奈波……あなたも、私たちの、仲間なのね」
コクリと、私は頷いた。
彼女は、にっこり微笑み……ゆっくり、立ち上がる。
「お祝いといっては、なんだけど……」
祖母の服の胸ポケットから、一本の万年筆が現れる。
目が、青だったのが、少し緑がかった、ように見えた。
より一層深みが増して、それでいて、透き通っている……いや、違う。
光を帯びているのだ。
万年筆のキャップが外され、黄金色のペン先が見えた。
しわのある両の手に力を込め、光る目で、じっと見つめる。
ペン先は、松明のように、不思議に輝いている。
やがて、その右手に持ち替え、字を書くような姿勢になった。
あれ? そこに、紙も何もないのに……何か書くのかな?
しかし、彼女はそのようなものを用意せずまま、何かを「書き」始めた。
まるで、目の前に壁のようなものがあって、そこに文字を書くように、手をよどみなく動かしていく。
その動きには、緩急があった。
丁寧に、ゆっくり、ひとつひとつ、文字を、置いていくようなところもある。
さっと動かすところもある。素早くキレのある手さばきで。
指揮棒を振っているみたい。リズムを感じさせる。
筆跡は、祖母の目の前の、見えない壁に、光の筋として現れた。
始めは儚く消えていたのに、文字を重ね、重ねていくごとに、それはしっかりとした、文字になった。
多くの文字を重ねていけばいくほど、光は強くなる。
やがて、祖母が手を止めた時――そこには、輝ける「文章」が、空中に浮かび上がっていた。
日本語のようには見えない。
魔道書の言語、だろうか。
なんて書いてるのだろう?
「ここからが、この魔法の始まりだよ」
祖母が、いつものように優しい、でもいつもと違う笑みを、こちらに向けた。




