9.再考
家に帰る。
そして、今日あったことを、思い返してみる。
あの少女――瑠璃亜――とは、あの後、少し喋った。私の直感は、幸いにも正しかった。というか、違っていたら恥ずかしすぎるが。つまり、彼女は数ヶ月後に転入予定の子で、何かの用事で登校して、応接室? から出た後、校門の場所がわからなくなった、という。
結構近くだった気がするし、我が校はそんな複雑ではない。いや、三年目にもなれば普通慣れるか。
初め、突然話しかけられてびっくりしたが、私が魔法使いと分かった時、自分の同類だという意識に駆られ、つい、馴れ馴れしく話してしまったというのだ。
「え、じゃあ、るりあ…ちゃん、は、魔法使いなの?」
「うん。まあ、あんまり由緒正しい血筋じゃないけど」
「ええと……?」
魔法使いにも色々あるのか? わからない。
「というか、なんで……どうして、私が、魔法使いと分かったの?」
「え、そりゃあ……その目が、何より……」
私が何かを知らない事を、うろたえているように見えた。
目……? といえば、昼、色がついててびっくりしたっけ。
「えーっと、実は、自分が魔法使いだってわかったのも、ごく最近なんだよね……」
「あ、そうなんだ」納得した様子。
瑠璃亜は、もしかすると、ベテランの魔法使いかもしれない。
また今度、機会があれば、見せてもらおう。
彼女と別れて、家路について、今に至る。
目、という話を思い出し、母に聞いた。
「ねえ、私の目さ、なんか変? カラコンつけてるんじゃないかとか言われたんだけど」
母は、私に向き直った……ように見えた。
「その事、もっと早……」
「もっと早くいうべきだったと思うんなら、今言ってよ」
「いや、まあ、あんま大事じゃないから、まあいいかってなってたんだけどね」
「ほう?」もっと早……い段階で、言おうと思ってた、ってところか。
魔法使いの魔力の発現したあとは、知る人が見たら、誰でも分かるようになる。いや、魔法のことを何も知らずとも、その変化には気づく。そう、それがつまり、目の色の変化なのだ。
「文字」を読んだ事のあるだけの人は、感情によって時々色が変わるだけ、らしい。しかし、一度魔法を使えば、もう、使う前と同じ色にはならないという。
普段の目の色は、血筋による。感情によっても変わる。
血筋による……か。確かに、私と瑠璃亜とでは、目の色が違った。
そうだ…思い返せば、祖母も、青い目をしていた。幼い私は、後ろからおどかしたりして、黄色くなったり、赤くなったりするのを面白がっていたような気がする。
また、昔の事を思い出していた。気楽だったなぁ、と。
心が時間旅行から帰って来た時、現実に引き戻されてすぐふっと目に浮かんだのが、体育の先生だった。
今度は自分が後ろから脅かされたように、ギョッとした。
「ええっ! じゃあ、服装点検の時とか、どうすればいいの?!」
服装点検。生活指導室。その真ん中に居る先生。
生活指導部長。担任の先生と比べても、厳格な事で有名。
今まで、そういう指導とは無縁だった。無関心だった。なのに……
「うーん、カラーコンタクトじゃないって、言えばいいんじゃないかな……」
「言ったって、信じてもらえないよ!!」
「カラーコンタクトって色が変わったりするんですか、とか」
「色ついてる時点で、何かつけてると思われるでしょ?」
「その先生の前で目を洗う、とか?」
「服装点検の時は教室だし、生活指導室は水道ないって!」
「じゃあ、透明のコンタクトをつけておいて、外して見せれば……」
「名案。……でも、さ……なんで、もっと早く言ってくれなかったの?重要な事なのに。」
「重要かしら?」
「生活指導で引っかかったら、推薦も、出させて貰えない……」
「そうなの?」
「そう聞いたよ……少なくとも、自分たちの学校はね。……私は……私は、ちゃんと、きちっと校則守ってきた、それに、テストもいい点取れるわけじゃないけど、自分が出来る限りのことをしてきた、それに、それなのに、それでも……」
「……魔力の発現は、事故だったじゃない……」
「でも、魔法を使わなかったら、目の色、変わらなかったんでしょ?」
「あの時、自分の部屋で、私の知らない所で使ったよね?」
「そうよ、そうだけど、でも……教えてくれてたら……」
「そんな事言われたって……」
矛先を母に向けたって、何にもならない。やらかしたのは、自分自身。何も知らない状態で早まったのだから。仕方ない。ひとまず、メガネをコンタクトに変えることにしよう。
目の色は、魔法を使う前のようになる事はない…その言葉を思い出し、どきりとした。
風魔法を初めて使った時と、違う感覚。
自分は、不可逆変化をしてしまったのだ、と思った。目の色だけとはいえ、外見が変わった。魔法というものを、使えるようになってしまった。
今まで、他人と異なる事を恐れていた。今も、それは変わらない。
でも、全く異なるんなら、開き直ろう、とも思った。魔法、勉強して、やってやろうじゃないか、と。
いっそ、魔法をキャリアにする? ――そうするわけにはいかない。
私には、やりたい事が、あるのだ。




