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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ネレネン王国と武神祭
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第五十二章 王の娯楽

 好きな食べ物はカツ丼。この国発祥の料理。肉を衣で包み油で揚げたカツを白いお米の上に乗せて食べる。絶品だ。

 嫌いな食べ物は生魚。生臭くて無理。

 店番の最中は本を読む。伝記物が好みで良く読む。

 お風呂では首から洗う。気づけばそういう習慣だ。

 緑色の髪は自慢だ。若葉のような色合いだからだろう。あまり切らない。普段は後頭部でばしっと束ねて終わり。これも立派なポニーテール。

 十八歳。

 身長は百五十五センチ。

 体重は秘密。

 胸は人並みだと言い切りたいけど、どうやら違うらしい。もうちょっと膨らんで!

 性格は我慢強い方。多分。

 趣味は散歩。迷路のような街中は歩くだけで楽しい。

 彼氏は一度だけいた。子供の頃の話だけど。

 分類はモンク。個人的には魔法が使えるプリーストとかが良かった。

 使える戦技は二つ。

 自然一体。これのおかげで素材集めが捗る捗る。

 脚力向上。戦いの最中で覚えることができた。すごい、私!


 私……、私の名前はスルフィ。

 お父さんを殺した男を殺したい。

 なんでお父さんを殺したの?

 まぁ、そんなことはどうでもいい。仇を取るだけならそんな情報は不要。

 相手は英雄ともてはやされている。でも、実力は確か。

 だから、私はもっと強くならないといけない。そのために武神祭を利用させてもらう。

 この子があれば大丈夫。

 私はもっと強くなれる。あの男もきっと殺せる。

 試合に勝つために、殺人衝動はしっかりと押さえ込めてる。我ながらすごいと思う。今はうんと溜め込んで、決勝で爆発させる。そうすれば絶対に倒せる。殺せる。


 マンイーター。

 緑色の装飾が施された綺麗な子。

 前使ってたスチールジャンビアより刃は細いけど、切れ味はずっと上。

 金色の唾と柄はキラキラと輝いてる。作られたばかりのよう。

 今は灰色の鞘で眠ってるけど、語りかければいつでも返答してくれる。

 この子がいれば何でもできる。なぜだか、そう思えてしまう。



 ◆



 一回戦、第四試合。

 この戦いは前の試合以上にあっさりと決着がつく。

 灰色の長い髪をなびかせる二枚目の男が勝利を収める。パラディンであることを誇るように重たそうな銀色の重鎧を輝かせ、周囲のなによりも黒い片手剣と盾で相手を圧倒する。最たる決め手は高い魔力だ。

 敗れたものの、対戦相手のウォーリアは短時間で矢継ぎ早に猛攻を繰り出し、それでもなお届かなかったのは相手が悪かったとしか言いようがない。


 第五試合。

 この試合は前評判通りに終わる。

 対戦相手の片方は宰相が推薦した選手だ。拳を青い装甲で覆い、相手を殴り倒す前衛攻撃役、正確にはモンクだ。

 相手の両手剣とは覆しようのないリーチ差が存在するが、繰り出される剣撃を全て避けきった上で、重い打撃を倒れるまで撃ち続ける。最終的には審判が割って入り勝敗は決する。

 仕切られた観客席から、誰よりもうれしそうに王が勝者と敗者を見下ろす。この試合で勝利を掴んだ選手は宰相の選んだ傭兵であり、本来ならばベークが喜ぶべきだが、王はそんなこととは関係なしにポンと自身の太ももを叩く。


「番狂わせも、そうでなくとも戦いはおもしろい」

「本当に好きね~」


 ロメロンは戦が生きがいのような男だ。

 血がそうさせるのか、国のありようがそうさせたのか、勇ましい実力者達に感化されたのか、それは王自身もわからない。

 国家元首の立場に登りつめた以上、多少のわがままは許されるだろうと武神祭なる大会を一年に一度開かせるようにしたが、この選択は正解だったと高鳴る胸から再確認する。

 血湧き肉踊る戦いが眼下で繰り広げられるのだから、ロメロンとしては最も有意義な時間だ。


「大勢の戦いを観戦できるという意味では、初日がもっとも充実してますな」

「ああ。ここに立てている以上、誰もが強い。その上で優劣を決めるのだから、傑作以外のなにものでもない」


 ベークはそれほどこの大会に感心を抱いていないが、この国を取りまとめる重要な立場にあることを自覚しており、情報収集も兼ねて熱心に若者達の戦いに視線を向ける。

 宰相とは王の負担を減らすためだけの役職ではなく、時には王に匹敵する裁量権で国の政務を司る重要な立場だ。常日頃から国の流行り廃りにも目を光らせる必要があり、とりわけ軍事力を上下しかねない案件については見落とすわけにはいかない。

 ネレネン王国は戦時中であり、戦いの上になりたっている国なのだから。


「ベークが推薦した今の傭兵……、え~っと?」

「オランヤンです」


 トゥリンは、赤茶色の胴着を着込むモヒカン頭の勝者に視線を向ける。敗者と肩を並べ勇ましく立ち去るその姿からは決して驕りが感じられない。


「戦技もなし勝つなんてすごいわね~。三試合目の子もそうだったかしら?」

「ああ。己が肉体のみで掴んだ勝利ほど格別だろう」


 この試合、オランヤンは相手の猛攻を退けるためにも攻撃の際も戦技の類は一切使用していない。使うまでもなかったからだ。


「さすが、前回の準優勝者ですな」

「決勝進出をかけて、俺の推薦者とぶつかることになりそうだな」

「そうですのう」


 ベークとロメロンはうれしそうに笑う。

 宰相は自身の人選が誤りではなかったことを喜ぶ。

 王は激しい戦いが見れそうだと歓喜する。

 そんな中、王妃だけは観客席を眺める。ある人物を探すためだ。


「あ、いたいた。ヴォイスよ。あんなところにいたのね~」


 トゥリンが指差す方角には、若くはない女性と並んで座る短髪の男が確認できる。

 ツンツンに立っているその髪も顎に生えるヒゲも茶色く、重鎧の上からでも見て取れる筋肉隆々な肉体はこの男の象徴だ。傭兵にしてはやさしそうな瞳をしており、顔の丸みも人柄の良さを感じさせる。

 過去二度、武神祭で優勝した傭兵ヴォイスだ。


「隣の麗人は岩砕傭兵団の社長ですな」


 ベークはあっさりと見抜く。

 ヴォイスの隣に座る女性は誰もが恐れる有名社長だ。所属する傭兵達を日夜震え上がらせており、ヴォイスも随分としごかれてこの強さを手にした。

 社長でありながら、駆け出し傭兵程度なら軽くあしらえる実力を備えており、自ら任務に挑みはしないが、いざとなったら共に向かう程度の気概は持ち合わせている。


「決勝での一戦でしか奴の勇姿を見れんのも考えものだな」

「次回からはシード制を廃止しますかのう?」

「要検討だな」


 王は見たい。ヴォイスの強さを。

 王は欲する。その強さを。

 王は仕組む。そのための布石を。


「ロメロンったら、本当に諦めないわよね~」

「これでヴォイスも将軍だ」


 呆れる姉を他所に、ロメロンは贅沢な椅子の背もたれに深く体を預ける。


(万が一があったらどうするおつもりなんじゃろう? わしの胃にも穴が開きそうじゃ)


 宰相の心配は当然だ。今回の武神祭はヴォイスのために開催されたと言っても過言ではない。

 優勝賞品はネレネン王国に伝わる至宝神器の一つ、決して傷つくことのない盾、オハン。その強度はもはや語ることもできない。現代の人間がどんなに手を尽くそうと、決して打ち破ることができず、へこまないばかりか傷すらつけられない。

 誰がいつ、どうやって製造したのか、それすらも判明しておらず、遥か先代のネレネン王が北東に位置するラリラ火山の火口から持ち帰ったと言い伝えられている。

 そこはリザードマンの本拠地近くであり、王に相応しい武勇伝だと称えられている。

 優勝者にはオハンが与えられる。これはロメロンの意向であり、ヴォイスが優勝することを見込んでの目論みだ。

 至宝神器を手にすることは将軍に任命されると同義だ。

 ロメロンは一年以上前からヴォイスを将軍の座に要請し続けている。

 しかし、ヴォイスは首を縦に振らない。自分はまだ未熟だと断る。それは本心であり、三将軍の実力を知っているからこそなのだが、王は決して諦めない。

 ヴォイスは四人目の将軍に相応しい。傭兵仲間や国民も皆がそう思っている。

 どこまでも謙遜するからこそ、この強さに満足できないからこそヴォイスはどこまでも強くなれる。

 将軍への勧誘ではそれが仇となるが、王は策を練る。

 武神祭のトロフィーに至宝神器を用意する。そしてヴォイスが三度優勝し、将軍の資格を自らの手で掴み取る。

 この状況なら勅命を断れないとロメロンは考える。もちろんそれは正解であり、ヴォイスを四人目の将軍に任命するための最良の一手と言える。

 条件はこの大会の優勝だが、この男なら可能だと誰もが信じて止まない。それだけの実力者であり、いかに挑戦者達が強かろうとヴォイスという壁は決して越えられない。

 オークやリザードマンが、市街地を守る二つ目の塁壁を突破できないように、これはくつがえるはずがない。

 最強の傭兵。その実力は伊達ではないのだから。


「三将軍から四将軍か~。ますます安泰ね」


 トゥリンは煌びやかな赤いドレスの上から自身の腹をそっと撫でる。胎内ですくすくと育つ我が子の成長を今は喜ばずにはいられない。

 将軍が増えたからと言って迫り来るモンスターに勝てるわけではないが、この国の場合、そうと言い切れてしまう。

 至宝神器はそれほどに強力な武具だ。武器や防具という枠組みから外れており、もはや兵器に近い存在かもしれない。

 これらを使いこなせる人間はいない。唯一、人間の規格を越えた超人だけであり、それが三将軍であり、ヴォイスだ。

 この大会は言わば出来レースだ。誰が優勝するか、王達は知っている。

 八百長ではなく、ずば抜けた存在が決勝戦で対戦相手を打ち負かすからだ。勝者は既にわかりきっており、それでも王は一試合一試合を心の底から堪能する。

 戦いが好きだから。

 ヴォイスが将軍の座に収まるから。

 結果がわかっていようと、その結果は望んでいたものであり、ゆえに今はただただ愉悦で仕方ない。


「軍の編成を組みなおさないといけませんな」


 ベークは四人目の将軍を迎え入れる算段を頭の中で整える。大変な作業だが、小じわだらけの顔はどこかうれしそうだ。

 王もひっそりと笑みを浮かべる。


「あなた達、本当楽しそうね~。うらやましいわ~」


 ぽつんと取り残された王妃だけは呆れた表情を浮かべる。


 そして六試合目が始まる。

 男と女、どちらも傭兵であり、予選を突破した精鋭だ。

 男は身軽そうな鎧を装備している。赤色を基調とし、橙色が枠を縁取る装甲は腹や腰、肩を部分的にしか守っておらず、その下には黒い全身タイツのようなものを着込んでいる。

 右手には青い斧、左手には茶色い斧を握っており、すなわち片手斧の二刀流だ。

 黒髪をオールバックで固めているこの男は前衛攻撃役、正確にはウォーリアだ。

 もう一方の女もまた二刀流だ。

 右手には灰色の片手剣、左手には銀色の短剣を握り、黄色い髪は丸刈りだ。瞳は三白眼なため、髪型と相まって凛々しく見える。

 対戦相手同様、防具は軽装だがこちらは青い皮を用いた皮鎧だ。スルフィが愛用しているレステハーネスであり、武器同様、他の出場者と比べると装備面で随分と貧相と言える。

 この女も前衛攻撃役だ。しかし、ウォーリアではなくローグ、トリッキーな戦い方を特異とする。

 二刀流同士ということもあり、予想通り、激しい戦いが繰り広げられる。

 ぶつかり合う武器と武器が火花を散らし、ここが戦場だと錯覚させるほどの戦闘音を周囲に鳴らし続ける。

 先に動いたのは男の方だ。ウォーリアとして、必殺の戦技を発動させる。

 何の躊躇もなく、右手の青い斧を相手目掛けて放り投げる。

 女はアサシンステップを使いそれを避けるが、異変に気づいた時には遅く、ブーメランのように戻ってきた片手斧に右肩をえぐられる。


 トマホーク。ウォーリアが習得できる戦技。武器と自身の手を見えないゴムのようなもので結びつけ、投擲した武器を引き寄せて回収することを可能とする。効果時間は十秒なため、使えても一度か二度が限界だが、今回に関してはそれで十分だ。


 右手が使えない。すなわち片手剣はもう握れない。女は左手一本で立ち向かう。

 武器の本数でも、負傷具合でも勝負の行く末は容易く暗示できてしまう。

 無傷のウォーリア。

 手負いのローグ。

 それでも勝ったのは後者であり、非常に珍しい戦技とローグにしかできない芸当で勝利を掴む。

 アサシンステップによる加速にも対応してみせる男だが、それには完全に虚をつかれてしまう。

 アサシンステップの効果時間はたったの十秒。最後の一秒で、女は最大限の力を発揮する。

 最高速度による正面突破。

 当然、男は左手の斧を振りぬいて迎え撃つ。しかし、それは実体のない雲のようにふわりと切り裂かれて霧散する。


 シャドウ。ローグが習得できる戦技。分身を作り出し、相手をまどわせる。それ自体に複雑な行動をさせることはできず、呼び出した際の自身の動きをそのままトレースさせることが限界だ。武器や衣服もそのままだが、殺傷能力などは一切持たない。


 女はシャドウと同時にもう一つの戦技を併用する。


 スニーク。自身の存在を希薄化させ、気配を感知されにくくする。モンスターが巣食う洞窟や遺跡で単独行動を取る際に隠密行動を可能とする。

 戦いにおいてはあまり使用されることはないのだが、使い道がないわけではない。


 女はシャドウによる分身を隠れ蓑にし、スニークによって相手の視界外に移動してみせる。アサシンステップによる速度向上中だからこそ可能であり、自身が使える戦技をフル動員した結果、この好機を掴み取る。

 対戦相手の背後にまわった女は、そっと左手の短剣を喉元に押し付ける。

 参った。

 その言葉が合図となり、審判はその名を叫ぶ。


「勝者! スミレ!」


 湧き上がるまばらな拍手の中、ヴォイスは茶色いヒゲをそっと撫でながら小さく息を吐く。


「なんだい、当てられでもしたか?」

「手に汗握りました」


 真っ赤な服を着た隣の女性はクククと笑いながら稼ぎ頭の横顔を眺める。

 岩砕傭兵団の名物女社長、サラ。父親から引き継いだ会社を成長させるべく、所属する傭兵達に発破をかける日々を過ごしている。そのスパルタっぷりを恐れられ、結果的に他所の傭兵会社に逃げられている側面もあるが、実績としては好調だ。

 最強の傭兵、ヴォイスのおかげでもあり、こうして並んでいると恋人同士に見えなくもないが、決してそういう関係ではない。

 サラ、三十代後半。

 ヴォイス、二十代後半。

 ヴォイスが年齢の割りに老け込んで見えるため、そういう間柄に見えてしまうのも無理はないのかもしれない。

 サラは茶色いセミロングの髪を揺らしながら、自分よりも二回りは大きい英雄の肩をポンポンと叩く。


「今更言う必要なんてないだろうけど、よ~く見ておきな。この中の誰かと戦うんだ。王様の熱意は汲み取れてるんだろ?」

「はい」


 二人は当然のように今回の武神祭がどれほど重要か、理解している。

 優勝賞品は至宝神器の盾。

 ヴォイスは片手剣と盾で戦う傭兵であり、盾役だ。

 ヴォイスを将軍に迎え入れたいロメロン王が、ヴォイスのためだけにこの盾を優勝賞品に定めたと当事者としてきちんと受け止めている。

 至宝神器はこの国を守るための宝であり、手にした者はこの国のために戦わなければならない。

 その責務が自分にはないとどれほど断ろうと、王はこうして道を提示する。

 ヴォイスはついにその熱意に屈する。優勝し、オハンと共に四将軍として国を守る。そう決意したこの傭兵に敵う人間などこの国にはいない。

 ネレネン王国にはいない。



 ◆



 武神祭。これが王の気まぐれや思いつきから始まったこどなど誰もが承知している。それでも参加せざるをえない。富や名声を得る機会以上に、強い相手と戦えるチャンスだからだ。

 この盾はミスリル製だ。角ばった長方形の形は上半身と顔を隠すには十分な面積に達しており、オークとリザードマンとの数え切れない戦いにより随分と傷を負ってしまったが、盾としてはまだまだ健在だ。

 右手で盾を構え、放たれる矢を全て弾き落とす。そのための防具であり、矢のような貧相な攻撃手段ではミスリル製の装甲を貫けるはずがない。

 左手にはやはりミスリル製の片手剣。トリストン大陸からの輸入品であり、オーソドックスな剣身はまさにパラディンのための造形だ。

 この戦いではまだ出番がない。相手に接近し、斬りつけるその時までお預けだ。

 灰色の重鎧にはところどころに銀色の装甲が上積みされている。スチールとミスリルを織り交ぜた盾役用の頑丈な鎧だ。

 赤い髪はさらりと長く、その若さと二枚目な顔立ちが傭兵仲間の間でもてはやされている。

 名はウレード。傭兵歴一年の新参者だが、その実力は既に折り紙つきだ。予選を勝ち抜き、こうして武神祭に出場できていることからもそれは伺える。

 子供特有のあどけなさは消え去っているが、まだ十九歳であり、傭兵の中では若い方に分類される。

 その若さでここに立っていられる理由は二つ。

 生まれもっての天才だから。

 神に愛されているから。


 戦技と魔法。これらの習得には血のにじむような努力が必要だ。それは万人に対して例外なく等しく、しかし、二つの側面が存在する。

 生まれながらに、一つないし二つを習得している場合がある。

 生まれながらに、その人間が何を習得できるかは決まっている。

 ウレード。この男はどちらの意味でも恵まれていた。

 漁を営むごく普通の家に生まれたウレードは、物心ついた頃には戦技と魔法を一つずつ宿していた。

 ライフラプチャーとキュアだ。

 ライフラプチャーはパラディンが習得できる戦技であり、負った傷と消耗したマジックポイントを同時に大きく回復することができる。再使用時間は十分と少々長いが、その使い勝手は無類であり、キュアも相まって継続戦闘力の向上に大きく貢献する。

 ウレードは父親の漁に付き添う過程で身体能力を大きく高める。漁自体が鍛錬に繋がっており、なにより天才的な肉体がそれを可能とした。

 その過程で、ウレードはさらに戦技を習得する。

 ウォーシャウト。

 レベランスカバー。

 バッシュ。

 ウレード、十二歳。この時点で、盾役として必要な戦技と魔法の習得を完了させる。

 おそろしいことに、モンスターとの戦闘経験など一度もないにも関わらず、ここまで辿り着けており、両親は喜ぶと同時に困惑する。

 一人息子のウレードには漁を継いで欲しい。口には出さないが、両親はそう思っており、一方でこの才能を眠らせるのは惜しいと考える。

 それもそうだろう。ネレネン王国は百年の戦争状態にあり、自慢の息子はこの戦いに貢献できるほどの天才だ。

 仮にこれ以上の戦技を習得できなかったとしても、盾役としては既に完成しており、後はより一層体を鍛え、武器の扱いに慣れてしまえばオークやリザードマンとも戦えてしまう。

 それでもウレードは何も言わない。父親の仕事を手伝うことが気に入っており、漁が国民の胃袋を満たしていることを自覚している。

 高い才覚を眠らせたまま、三年の月日が流れる。

 そして、知ってしまう。この国には英雄と呼ばれる傭兵がいることを。

 防衛戦では果敢にモンスターとぶつかり合い、周囲の仲間達を活かすために自分は盾役に準じることも、時には悪鬼羅刹の如くオークやリザードマンを蹴散らすこともできるパラディンがいることを。

 その男の名はヴォイス。後に、武神祭で二回続けて優勝する最強の傭兵だ。

 ウレードは震える。調べれば調べるだけ、この男についての信じられない伝説を目の当たりにするからだ。

 キナイ草原の南に存在するワジ洞窟に、アダマン鉱石の鉱脈が見つかる。その周辺は手ごわいことで有名な人型モンスター、ベラドンナの生息域であり、国は頭を抱える。そこで傭兵会社に任務として依頼し、それを受注したのがヴォイスだ。

 マジックバッグに大量のつるはしを放り込み、単身乗り込んだヴォイスはモンスターを撃退しつつ、アダマン鉱石を見事必要量採掘してみせる。

 武勇伝はこれだけではない。

 隣接するビリット平原にウサギのモンスター、緑ウサギが大繁殖してしまう。これらは薬品の素材となる草を片っ端から食べつくしてしまうため、このままでは薬品不足に陥ってしまう。国は傭兵会社に依頼を出しつつ、軍も派遣する。

 これを受注したヴォイス達傭兵は、競うように緑ウサギを討伐する。

 緑ウサギはモンスターゆえ、決して侮ることができない。体長はウサギにしては少々大きく、大きい固体だと子供の半分程度にも達する。

 やっかいなことに、これらは素早いだけでなく、自分が不利に陥ったと悟ると一目散に逃げ回る。

 逃げ足も大概に速く、軍人も傭兵も四苦八苦させられる。

 そんな中、ヴォイスは誰よりもそれらを多く討伐する。パラディンの戦技も去ることながら、何より高い身体能力が緑ウサギに逃げることさえ許さない。

 最終的にはたった一人で二百を越える緑ウサギを倒し、この案件は終息を迎える。この討伐数は二位に三倍以上の差をつけており、ヴォイスの実力の高さはより一層周囲に知れ渡る。

 この男の武勇伝はまだまだあるが、とにもかくにも少年の気持ちを昂ぶらせるには十分過ぎた。

 ウレードはあることを決心し、その後も漁を継続する。

 もらえる小遣いをコツコツと貯め、それから二年後、ウレードは両親に打ち明ける。

 期間限定で傭兵になりたい、と。

 ウレードの気持ちを見抜いていた両親は当然のように承諾し、ここから少年は鍛錬を開始する。

 最も安い片手剣を購入し、ビリット高原でモンスターと戦う日々を送る。それでも、繁忙期には漁を手伝う心優しい子供であり、そして一年後、ついに傭兵会社の門を叩く。

 当然、ヴォイスと同じ岩砕傭兵団を選び、この一年で天才的な才能はどこまでも上昇していく。

 走り抜けるように周囲の傭兵達を抜き去り、いずれはヴォイスに届くのではと言わしめる勢いで、ウレードは任務をこなしていく。

 その過程で装備も徐々に更新していき、今ではスチールとミスリルを併合した重鎧とミスリル製の片手剣と盾で身を固めている。

 その人物の強さを表す目安の一つとして戦技の習得数があげられるが、ウレードは十九歳の若さで八個も習得している。数だけで言えば一流の傭兵に属しており、キュアもしっかりと覚えていることから、パラディンとしてもはや隙などない。


 しかし、この男の前ではいかに強固であろうと意味を成さない。

 ルールさえなければ、もっと早く倒すことも可能だ。それは相手を殺すことに繋がるため、今回は自粛せざるをえない。

 武神祭は勝ち負けを競うのであって、相手を殺すことは禁止されている。

 この男とこの武器でなら、それをいとも容易く達成できてしまう。

 エンディ。この大会唯一の中衛攻撃役であり、ハンターだ。

 長身痩躯は傭兵にしてはどこか弱々しく映るが、筋力だけが全てではないとこの戦いで証明する。

 女性のように長い髪は灰色に輝いており、矢を射る度に肩をかすめながら揺れ動く。

 茶色いなめし革をそのまま使用している皮装備を身に付けており、動き易さと軽量性から機動力を確保できているが、防御面では非常に不安だ。

 もっとも、攻撃を受けるつもりなどないため、エンディにとってはこれでも過剰なのかもしれない。

 真っ赤な弓はローゼンボーゲン。単一の木材で作られた弓であり、その色は返り血で染まったと傭兵達の間では噂されている。もちろんそんなことはなく、ネレネン王国の遥か北東に群生する巨大な樹木が自然とこの色に変色しただけだ。

 エンディは背中の筒から矢を一本取り出し、素早く射る。今まで同様、それは傷だらけの白い盾で受け止められてしまう。

 エンディは絶妙に狙いを変えて矢を放っている。右肩、片手剣を握る左腕、腰と一見するとわかりにくい範囲で矢の向かう先は変わっている。

 対戦相手のウレードはその都度、的確に盾を動かしており、その大きさからそんなことをする必要はないのだが、それをやってのけることからも目の良さと機敏性が垣間見える。


(ふむ……。雑魚ではないな)


 エンディは方針を変える。これ以上は矢の無駄使いでしかないと判断し、いっきに相手との距離を詰める。

 中衛攻撃役が接近戦をしかける。一見すると悪手にしか見えないが、そうでないと観客席の誰もが目撃する。

 その移動速度は今までの誰よりも素早く、審判役の三将軍達を筆頭に、ヴォイスさえも目を見開いて驚く。

 それに対応してみせたウレードもまた、やはり天才に違いない。左手のミスリルソードで迎え撃つように刃先を向ける。

 エンディはとっさに跳ね、空中で逆さになりながらもウレードの頭上から矢を射る。

 ヘルムを被っていないため、頭を狙えば容易く倒せる。しかし、それは殺してしまうためできない。ゆえにエンディの放った矢は、伸びきっている左手の肘を貫通する。

 その部分は間接部分なため、重鎧に存在するわずかな隙間の一つだ。

 猶予さえあれば立て直すことは可能だったろう。ウレードはキュアやライフラプチャーを習得している。矢を引き抜きそれらを使えば傷は瞬く間に癒える。

 エンディはそんな時間を与えない。ウレードの後方に着地し、握った矢の先端をすぐさま鎧の背中にコンと押し当てる。

 トドメはいつでも刺せるぞ。

 そういう意思表示だ。

 ウレードは左腕を貫く矢からそっと右手を離し、小さくうな垂れながら負けを宣言する。

 第七試合はこうして終わりを告げる。



 ◆



 ネレネン王国を守護する究極の兵力が三将軍と呼ばれる彼らだ。

 アイン。

 キーラ。

 スビルス。

 着飾る鎧は三人共同様のものであり、赤い装甲の上に煌びやかな黄金の装飾が施されている。ヘルムも鎧も丸みを帯びており、彼らの類稀な身体能力を阻害しないよう、間接部分は黒いチェーンで繋ぎ止められている。

 三人にはそれぞれの得意とする至宝神器が貸し与えられている。

 アインは両手剣。

 キーラは両手槍。

 スビルスは弓。

 それぞれに特異な能力が秘められており、彼らはその力を最大限引き出しつつも使いこなせる唯一の存在だ。

 四人目の将軍と噂されているヴォイスと彼らの内の誰かが戦った場合、ヴォイスに勝ち目はない。力の差ではなく、武器の差がそうさせる。

 オークやリザードマンがネレネン王国に攻め込んで来る際、必ず何体かは他を圧倒する化け物じみた存在が紛れ込んでいる。

 隊長クラスと呼ばれるそれらは、並の軍人や傭兵では歯が立たない。何人、何十人でかかろうとその差は覆らない。

 では、どうするか? 人間側も同等かそれ以上の実力者をぶつけるまでだ。それが三将軍であり、ヴォイスだ。

 三将軍の三人には上下関係など存在しない。先輩後輩のようなものはあるが、少なくとも最年長のアインは対等に接しているつもりでいる。

 アイン、四十一歳。

 キーラ、三十歳。

 スビルス、二十二歳。

 この年齢差はいかんともし難く、必然的に上下関係は出来上がってしまう。

 キーラとスビルスはアインをリーダーと捉えており、だからと言って依存することはなく、必要な際に方針を訊く程度だ。

 三将軍と言えども、軍人である以前に人間だ。それぞれが特有の悩みを抱えており、それでもなお前だけを見据えて戦いに身を投じている。

 アインは結婚しており、子供が三人いる。三人目が女の子なのだが、少し早い反抗期に突入してしまい、父親として試練の時に直面している。

 キーラは紅一点だが唯一の独身だ。好意を寄せている相手はいる。ロメロン王だ。当然実るはずもなく、それでも吹っ切れない自分の弱さを嘆いては時折枕を濡らす。

 スビルスはその若さで結婚しているが、若干童顔な自分の顔があまり気に入っていない。それがかわいいと国民からは人気なのだが、子供が生まれる前にアインのような男らしい顔つきになりたいと願って止まない。

 超人として、時に味方からも恐れられる三人だが、やはり同じ人間だ。しかし、その強さは人間の規格から大きく外れており、ヴォイスのような例外は別として、同類はこの国にいないだろうと当人達も思っている。

 それは間違いだと、八試合目で思い知る。否、この国という表現は適切かもしれない。


「ふむ……。子供か」


 その男は自分の出番ということもあり、試合会場に降り立つ。観客席からは黄色い声援が届くが、その発生源もまた子供だ。


「おじさん。レディーに向かって子供とは失礼ね」

「す、すまない……」


 選手が向かい合う。

 身長差はいかんともし難い。それもそうだろう、大人と子供が向かい合っているのだから。

 黄色いおかっぱ頭の女の子は十四歳。オレンジ色の皮鎧を身に付けており、下半身は黒いハーフパンツを履いている。脛あたりから覗く細い足はやはり子供のそれだ。

 両手には銀色に輝くミスリル製の短剣を握っており、それらの刃は幅広かつ湾曲している。ミスリルジャンビアだ。子供が持つには非常に高価な武器だが、武神祭に出場している時点でただの子供ではない。

 名前はロロ。王の推薦で本大会の出場が決まった傭兵だ。

 王のもう一人の推薦者は三試合目で敗北してしまったピピであり、二人は双子の兄妹だ。


「こちらは勝ってくれるでしょう」

「ふん、当然だ」


 猫背の宰相は覗き込むように二人の出場選手を見下ろす。

 隣のロメロンは鼻息荒く言い切る。

 推薦した選手の内、片方は早々に負けている。せめてこちらには勝って欲しいと願わずにはいられない。


「この子もかわいいわね~」


 トゥリンは勝敗とは別のことに興味津々だ。

 これから戦う二人は見ようによっては親子にすら見えてしまう。

 茶色い髪をオールバックでバリッと固めている男は三十代。鼻と口の間に生やしているちょび髭がワイルド感を演出する。

 大してロロは十四歳に相応しい容姿だ。両手に短剣を持ち、皮鎧をまとっていてもやはり子供にしか見えない。ネレネン王国の市街地を楽しそうに走っていても違和感の類は一切ない。


(姉さん、こういう子が欲しいのだろうか?)


 ロメロンは姉の発言に若干臆する。

 ロロはかわいい女の子にしか見えないが、中身はバリバリの傭兵であり、その凶暴性は二本の短剣をさも当然のように握っている姿から垣間見える。

 男としては、生まれてくる子供はもう少しお淑やかな方がいいと願ってしまう。戦争好きの自分を随分と棚に上げているが、父親としては自然なのかもしれない。


「この子がドルイドなんですな。いやはや、珍しいもんが見れましたわい」

「あぁ。確か、軍には三人しかいないんだったか?」

「いえ、五人です。二人は事務員なため、そういう意味では三人とも言えますのう」


 宰相と王すら唸らせる。それがドルイドという分類だ。


 ドルイドは後衛回復役だ。すなわち、プリーストと同じ立ち回りが可能だ。

 違いは何か? 最大の差は成り手の人数だろう。

 分類の中にはいくつか希少なものが存在する。

 歌で味方を鼓舞するバード。

 精霊を呼び出し使役するシャーマン。

 そしてドルイド。

 シャーマンはトリストン大陸の出身者にしか発生しないため、最たる希少な分類と言える。

 ドルイドにはそういった制限はないが、それでもなお、非常に少ない。

 プリーストとドルイドを比率で表すなら、九十九対一と表現しても大げさではないかもしれない。

 それほどまでにドルイドに属する人間は少なく、ゆえに軍人にも傭兵にも滅多に見かけない。

 ロロは数少ないその一人であり、そういう意味でも、そして実力だけを考慮しても、王の推薦を得られるほどの逸材だ。

 ドルイドはプリースト同様、回復魔法のほとんどを習得する後衛だ。ゆえに、本来ならばこういった一対一の試合には不向きなのだが、そもそも接近戦を得意とする後衛がいてもなんらおかしくはなく、そういう意味でもロロは珍しい傭兵だ。


「ドルイドか~。私は初めて見るわ。でもでも、対戦相手は別の意味で珍しいわよね~?」

「ああ。せっかく来賓として招いたのだから、西の国の実力、見せてもらおう」


 王妃はこれから戦う二人をまじまじと見比べる。

 王は茶色い髪の男だけをじっと見据える。

 その男は銀色に輝く軽鎧をまとっている。装甲自体はそれほど厚くなく、防御面積も重鎧と比べると幾分物足りなく映る。

 右手にはやはり銀色に輝く片手剣を握っており、左手は手ぶらだ。


「盾や二刀流ではないようですのう」

「そのようだな。どんな戦技を使うのか……、そもそもどう戦うのか、見ものだな」


 宰相と王が見守る中、審判のアインが二人の間に歩み寄る。

 一方、試合前にも関わらず、ロロは子供特有の緊張感の無さを振りまく。


「おじさん。殺しちゃったらごめんね」

「ふ、お手柔らかに頼む」


 そんなやり取りを受け流し、アインは大きく息を吸う。


「一回戦! 第八試合!」


 本日、最後の戦いだ。武神祭は二日にかけて行われる。

 初日は一回戦のみ。

 二日目は残りの試合を決勝までいっきにこなす。

 どちらも試合数は同じだ。初日は出場選手全ての戦いが観戦できる。二日目は真の勝者だけが戦い続ける。ゆえに、どちらも見所は満載だ。

 誰よりも長身の審判が二人の名を叫び、空気がピリッと緊張する。


「両者、構え!」


 言葉通り、二人の選手は腰を下げて武器を構える。

 子供はうれしそうに微笑むが、目には黒い何かが宿っている。

 男は表情を変えずにそっと片手剣の刃先を斜め前に突き出し、左足を半歩後ろにずらす。


「始めっ!」


 アインが右手を降ろすと、空気が今まで以上にピリッと凍りつく。


(なんだこの殺気は?)


 男は驚く。対戦相手は紛うことなく子供だ。しかし、放たれる殺気は大人を痺れさせるほどであり、少なくとも周囲の気温は何度か下がったと錯覚させられる。

 小さな口を大きく釣り上げ、ロロは地を這うように急発進する。魔法による強化も戦技による加速も必要とせずに、まるでアサシンステップを使ったかのようなその速さは、後方に下がっている最中のアインですら目で追うのがやっとだ。

 突然過ぎたことと予想以上の速さに、他の将軍達も焦る。もしこのまま対戦相手の男に短剣の刃が突き立てられたとしても、止めるのは間に合わないだろう。少なくとも、そう思わせるほどの常軌を逸した速さだ。

 ロロはうれしそうに男の右足に斬りかかる。そのまますれ違い、先ずは足を一本切り落とす。そういう算段だ。


「えっ?」


 それは叶わない。視界が黒い何かで満たされる。次の瞬間、自分が激しく蹴り上げられたと空中で知ることとなる。

 視界を覆ったのは対戦相手のズボンであり足だ。それを認識した時には遅く、自身は急激に映ろう会場の天井を眺めながら、痛みを感じる暇もなく硬い何かに衝突する。

 その蹴りは空気の塊を会場の屋根に押し上げるほどの威力で放たれる。周囲はビリッと震え、その一撃をまともに食らったロロはそのまま後方の壁に叩きつけられる。

 その衝撃は凄まじく、ロロが打ち付けられた観客席の土台には大きな亀裂が走る。


「キュ、キュア……。ぐほっ!」


 大量の血液を吐きながらも、ロロはよろよろと回復魔法を唱える。

 一部の観客以外と、何よりロロが驚く。

 初撃を対応されたこと。

 蹴りの威力。

 そして、さも当然という対戦相手の態度に。


「ふむ、見かけで侮ってはいけないとあの兄妹で学んだはずだったが……。私もまだまだだな」


 男はその場から一歩も動かず、平然と言ってのける。

 男の名はウェイク。トリストン大陸の西に位置するデフィアーク共和国出身の軍人だ。第三陸軍の軍長であり、ネレネン王国に招かれた客人の一人でもある。


「がんばってー! ところでお兄ちゃんもあの人に勝てそう?」

「う、うるさいよ……」


 観客から歓声を送る人物は、同じく来賓の一人であり十五歳の少女だ。

 隣の兄は妹だけがはしゃぐこの空気に気まずさを感じずにはいられない。


「あの二人以上かどうか、見極めるとしよう」


 ウェイクはじっと対戦相手を見つめる。二度のキュアで傷を完治させたらしく、今では皮鎧のよごれをパンパンと手で落としている。


「おじさん、傭兵じゃないんだよね?」

「ああ。トリストン大陸の軍人だ」


 ネレネン王国の傭兵とトリストン大陸の軍人。立場は違えど今は同じ土俵で戦う者同士。手加減や気遣いなど不要であり、少なくとも黄色い髪の少女はさらに殺意をたぎらせていく。


「西の国の平和ボケした人間に負けるもんか!」

「平和でもないが……。ここと比べれば確かにそうなのかもしれんな」


 リザードマンとオーク相手に戦争を続けているネレネン王国。

 七十年前にオークおよびゴブリンとの大規模戦争に勝利して以来、それ以降は大きな戦争を経験していない三大大国。

 ロロの言い分はあながち間違ってはいないのかもしれないが、ウェイクとしては素直に納得できない。

 その場から消えるようにロロは爆ぜる。先ほど以上の加速と共にウェイクとの距離を詰め終え、右手と左手の短剣を交互に激しく振りぬく。その移動速度はやはり常軌を逸しており、観客席に座る出場選手達は目を見開く。一度でも加速は見間違いではなかったと再認識させられる。

 ウェイクはゆっくりと後退しながら、ロロの猛攻を右手のミスリルソード一本で捌ききる。


「その若さでこの実力か……。末恐ろしいな」

「ホラホラホラホラ!」


 ミスリルとミスリルのぶつかり合う音が二人の足音を飲み込みながら止むことなく響き続ける。

 小さな腕から繰り出される攻撃に隙などなく、現にウェイクはじりじりと押されてしまう。

 少なくとも、周囲にはそのように映る。

 キッ。対戦相手の鋭い眼光から殺気を感じ取り、ロロは一旦後方に跳ねる。反応速度もこの移動も決して遅くはなかった。それでも、ただ単純に間に合わなかっただけだ。


「あれ?」

「すまんな。これで降参してくれ」


 ロロは左手を見つめる。手首から先が見当たらない。それも当然だ。その部位および握っていた短剣は、ウェイクの足元に転がっている。

 殺気は反撃の合図であり、その読みは正解だ。ウェイクは反撃を読まれながらも、剣撃を間に合わせる。その成果が左手首であり、これで試合終了だと告げる。


「いったーい! おじさん、それ返して」

「ああ」


 戦いは終わりなのだろう。そう判断し、ウェイクは言われた通りに切り落とした手首を短剣ごと掴んで放り投げる。

 受け取ったロロは、ドルイドにしかできないことを開始する。


「雪原の輝き。んで、キュア」


 雪原の輝き。次の詠唱する回復魔法の効果を倍化させる。プリーストには真似できない芸当であり、キュアを二度使う手間を省くだけだが、その重要性は回復役の人間なら誰もが知っている。

 痛みを感じる時間も短縮できる。

 戦線に復帰できるタイミングも早めることができる。

 安全圏に持ち直す時間も縮められる。

 マジックポイントを節約できる。

 良いこと尽くしであり、プリーストなら誰もが欲する戦技の一つだ。


「一度のキュアでそれか……。すごいな」

「でしょ~」


 驚くウェイクとは対照的にロロは繋がった左手の指をわずかに動かしながら短剣をギュッと握りなおす。


「んじゃ、反撃させてもらうよ」

「ん? まだ続けるのか?」

「当然当然」


 あどけない笑顔を浮かべながら、ロロは小さく姿勢を落とす。


「ヴィジリング」


 新たな詠唱を終わらせると同時に、ロロは左方向へ走り始める。


 ヴィジリング。回復魔法の一つ。キュアのような即効性の回復ではなく、二分間かけてじわじわと少量の回復を対象にもたらす。総回復量はキュアを上回るため、事前にかけておくことで保険となる。


(う~む、戦いづらい相手だ……)


 ウェイクは視界の右へ消え去ろうとする小さな女の子を目で追う。

 手首を切り落としてもたいして痛がりもせず、あっさりと回復を済ませ戦いを続行させる対戦相手。

 殺し合いではない以上、降参させるしかなく、しかしそれが困難だと知り、どうしたものかと頭を抱えたくなる。


(思ってたよりは速いおじさんだってわかった。でも、これはどう?)


 ロロは進路を九十度曲げ、対戦相手に接近する。

 片手剣で迎え撃とうとしたウェイクだったが、次の動作に肩透かしを食らう。ロロが方向は逆なれど、眼前で再び横移動に推移したからだ。


(もらい!)


 立ち尽くす隙だらけな軍人の左側面に、ロロは右手の短剣を投擲する。そのタイミングは抜群であり、少なくとも間近で見守っている三将軍を唸らせるほどには秀逸な攻撃だ。

 左、直進、右に移動することで相手の視界を揺さ振る。

 接近戦しかしてこないと思わせた上でのアウトレンジ攻撃。

 ロロは確信する。これで相手の左腕を破壊できる、と。


「うちのミヤと同程度か、もしくは上かもしれんな。これがネレネン王国か……。立派な国だ」


 やるべきことを済ませつつも、ウェイクは顔だけを左に向けて相手の力量に感心する。自身に刃が届く前に、矢のように放たれたミスリルジャンビアの柄を左手で掴み受け止める。


「んな!? か、返して!」

「降参を宣言したら返そう」


 この状況、形勢はロロが不利だ。二刀流から一刀流に格下げされた。さらに、対戦相手の手中にその一本が収まる。

 傷つけてダメなら武器を人質に迫る。ウェイクとしては妙案かもしれない。


「するするー。先に返して~。ね?」

(しそうにないな……)


 突然態度を急変させてぶりっ子のように振舞うロロに、ウェイクは当然の疑惑を抱く。ゆえに、強硬手段に打って出る。

 姿勢を屈め、すっと足元にミスリルジャンビアを置く。銀色の刃は幅広なため、その際、自身の凛々しい顔がわずかに映りこむ。


「拾いに来いってこと? ね、意地悪しないで、ね?」


 ロロの指摘は間違いだ。それを今から実演で知らしめる。


「ふん!」


 ウェイクは片手剣を左手に持ち直し、鼻息荒く体に力を籠める。じっと足元の短剣を見下ろしたまま、狙いを定めて渾身の右手をそれに打ち込む。


 ミスリルは非常に頑丈な素材だ。

 鉱石としてのランク順は以下のようになる。

 カッパー。

 ブロンズ。

 アイアン。

 スチール。

 ミスリル。

 厳密には、シルバーやゴールドが間に割り込むが、それらは武器や防具の主たる素材には使われないため、今は省略する。

 アイアンの時点で、モンスター討伐にいくらか耐えられるようになる。

 スチールなら十分合格だ。トリストン大陸の冒険者達は、ほとんどがスチール製の装備でクエストに励んでいる。

 ミスリルはもはや別格であり、ミスリル製の武器ないし防具を装備している冒険者はいっきに少なくなる。なぜか? 高価だからだ。

 ミスリル鉱石の産出量が少ないことから値段が釣りあがるのだが、頑丈ゆえに加工も難しく、完成品の性能はスチール製を圧倒する。

 値段にはそういった意味合いも含まれる。

 ミスリルの武器は滅多なことでは刃こぼれしない。体が岩そのもののゴーレム相手でもそれは変わらず、そればかりかスパッと抵抗なく斬ることさえできる。

 もしこれを破壊しなければならないのなら、やはりミスリル製のハンマーを用意しなければ困難どころか不可能だろう。

 そう。これを拳で砕ける人間など誰も見たことがない。


 ウェイクの全力はそれを可能とする。叩きつけられた拳は銀色の刃をいくつものミスリル片に変えてみせる。

 この偉業に誰もが目を見開く中、観客席に座る赤いコートを着た少年だけは耐えられずにバタンと気絶する。

 お兄ちゃーん! そんな声が聞こえたが、ウェイクはそれを無視して正面の少女に視線を戻す。


「さぁ、言え」


 まるで脅しのようだが、事実そうなのだから仕方ない。

 傷つけてもダメ。

 武器を一本奪い取ってもダメ。

 なら、それを破壊して戦闘力を削ぎ落とす。こうすることで参ったと言い易い状況を作り出す。

 ウェイクらしいと言えばらしい作戦なのかもしれない。


「や・だ! もう怒った!」


 ロロには逆効果でしかない。手元には一本残っている。それだけでも相手を倒せるという算段の元、試合を再開させる。

 直進し、ウェイクの眼前で慣性の法則を無視するかのように右へ折れ、そのまま大きな背中を視界に捉える。

 瞬く間に対戦相手の背後にまわったロロは、残された一本で斬りつける。

 そのつもりでいたが、やはりそれは届かない。

 ウェイクは背後の少女へ回し蹴りを命中させる。もちろん手加減しているが、ロロは床に叩きつけられ、最終的には壁に打ちつけられる。


「お、オーバーキュア……」


 ロロの体を支える骨が今の一撃で三割程度砕ける。床に伏せながらも痛みに耐えながら、少女は後衛回復役としての本来の役割を果たす。

 その詠唱と共に、ロロの体は青白い光に包まれ、それは一向に収まる気配がない。


「ほう、その若さでそれすらも習得しているのか……。立派だな」


 ウェイクも感心する。ロロが披露した魔法はそれほどのものだ。


 オーバーキュア。プリーストとドルイドが習得できる回復魔法。キュアを上回る回復量を秘めているばかりか、詠唱を最大五秒ほど継続することができる。その間はキュア以上の速度で傷が癒えていく。マジックポイントの消費は幾分多いが、回復量と比較すればコストパフォーマンスは非常に優れている。希少魔法であり、習得者は少ない。


 負傷した内臓と折れた骨達はこの魔法であっさりと完治する。ロロは怒りを顕わにしながらゆっくりと立ち上がる。


「もう許さないんだから……。死なない程度に痛めつけてあげる!」

(殺さないという冷静さまでは失わないのか。厄介だな)


 発言とは裏腹に、少女は黄色い髪を揺らしながら殺意をみなぎらせる。静まり返る会場を震わせながら、およそ後衛回復役らしからぬ戦技をこのタイミングで披露する。


 ピピとロロ。

 王の推薦により武神祭への出場を決めた双子の子供。

 ヴォイスとは異なる傭兵会社に所属し、十四歳という若さながらに活躍する凄腕の傭兵だ。

 ピピはウォーリア。自身に匹敵しそうな両手斧を振り回し、立ちはだかるモンスターを蹴散らす前衛攻撃役だ。

 ロロはドルイド。二本の短剣でモンスターを倒すことも、傷ついた仲間を癒すことも可能な万能な後衛。

 二人の両親はリザードマンによって殺される。三年前の出来事だ。

 リザードマンの本拠地は、ネレネン王国の北東に位置するドトント荒野に存在する。難攻不落の拠点、リヤント砦を築き上げており、そこにはネレネン王国ほどではないが、広大な街並みが広がる。本拠地と言ってもネレネン王国を落とすためだけの基地であり、実際の本国は遥か東だ。

 リザードマンはリヤント砦からいくつもの土地を越えてネレネン王国を目指す。

 その過程には二箇所、モンスターの動向をうかがう監視哨が存在し、人間側はそこからの連絡でリザードマンやオークの進軍具合を事前に察知する。

 ゆえに、防衛戦が勃発する際は抜かりなく対応が可能だ。それでもこの監視哨が完璧に国民を守ってくれるわけではない。

 リザードマン全てが連携して動いているわけではない。中には単独行動を好む固体もおり、さらには少数であちこちに点在して根城を構えている集団もいる。

 隣接するビリット平原には生息していないが、その北に位置するママカ荒野以降はちらほらとリザードマンを見かけることも珍しくない。

 もちろん、国としてはそんな身近にリザードマンの生息を許すわけもなく、軍隊ないし傭兵を使いそれらを殲滅する。

 それでもモンスターは人間以上に繁殖するらしく、時間経過と共に再び姿を現す。傭兵にとっては飯の種に困らないと言えるのかもしれないが、平和を望む国民にとってはたまったものではない。

 モンスターは人を殺す。そのために生きているのでは思わせるほどの脅威であり、双子の兄妹もまた、両親をリザードマンに殺される。

 ビリット平原。リザードマンはいないものの他のモンスターは生息しており、そういう意味では危険な土地に違いないが、それでもその数は比較的少なく、ネレネン王国の国民は様々な理由で外出する。

 薬品の素材集め。

 南東の村々へ物資の売買。

 そして、傭兵の任務。

 ピピとロロの両親は傭兵だ。周囲のモンスターには決して敗れない程度には強く、その遺伝子は子供達にも受け継がれている。

 リザードマンやオークは、人間同様固体によって戦闘力が上下する。

 傭兵や軍人なら問題なく仕留められる雑魚がいる一方、十人がかりでも歯が立たない強敵がいるのも事実であり、時にそういった固体が軍隊からはぐれて行動することがある。

 双子の両親は任務でモンスター掃討を終えた帰り道に殺される。相手は一体。されど、夫婦二人では手も足も出せず、結果残された子供は悲報に涙する。

 そのはずだった。

 双子はその知らせを聞いて喜ぶ。

 二人は両親によって生き方を決め付けられていた。モンスターと戦えるだけの卓越した身体能力を持ち合わせているにも関わらず、親の方針で学校に通わされており、卒業後は王族のために宮殿で働くよう頭ごなしに言われ続けた。

 傭兵がいかに大変かわかっているからこそ、子供には別の生き方をさせたいという親心が働いたものの、その不器用な教育方針は双子に相当のストレスを与えてしまう。

 我慢しながら学業に励んだことが、さらなるフラストレーションに繋がってしまう。

 両親の死。

 それは我慢からの開放であり、自分達の生き方を自由に決めるための切符でもある。

 両親から受けついた身体能力と遺品の装備を手に、双子は傭兵として望んでいた一歩を歩みだす。

 なぜ、学業に専念させられたのか?

 なぜ、モンスターを倒せるだけの力があるにも関わらず、それを発揮させてくれなかったのか?

 なぜ、両親は殺されたのか?

 わからないことはいくつもある。しかし、今更そんなことはどうでもよく、ピピとロロは十一歳の若さで傭兵会社の門を叩く。

 二人はいつも一緒だ。

 傭兵として働く際も、買い物も、食事も、家に帰る際も、常に一緒だ。

 双子だからか、唯一の肉親だからか、それは二人にもわからない。そうすることが自然であり、当たり前だからそうしているだけだ。

 ウォーリアとドルイド。

 その相性は抜群だ。

 前衛攻撃役と後衛回復役。

 それだけではない。ウォーリアは本職には劣るが盾役も可能だ。そして、ドルイドであるロロは前衛攻撃役としても非常に高い才能を持ち合わせている。

 盾役と後衛回復役。

 盾役と前衛攻撃役。

 前衛攻撃役二人。

 様々な組み合わせがたった二人で実現できてしまう。

 この柔軟性と子供とは思えない戦闘力は二人をどこまでも成長させていく。

 モンスターを倒せば倒すほど強くなれてしまう。この世界の仕組みであり、双子はヴォイスほどではないにしろ、その若さで傭兵として名を馳せる。

 いずれは将軍の地位も夢ではない。そんな噂は王の耳に届き、そしてこの二人は推薦という形で武神祭に出場する。

 もし二人一組の試合だった場合、ピピとロロはこの男に勝てたかもしれない。そんな仮説は意味を成さない。なぜなら、結果は変わらないからだ。


「雷撃の閃光!」


 ロロが後衛回復役には似つかわしくない戦技を発動させる。

 ウェイクはこの戦技を見たことがない。なぜなら、第三陸軍にはドルイドが一人もいないからだ。

 ロロがその場から姿を消す。

 テレポートではない。

 猛進の極みによる擬似テレポートでもない。

 ただの超スピードだ。


 雷撃の閃光。ドルイドが習得する戦技の一つ。十秒間、自身の速度を大きく向上させる。すなわちアサシンステップとほぼ同じ性能であり、回復役には本来必要なさそうだが、ロロに関しては一切持て余すことはない。


 ただでさえ素早いロロがさらに加速する。

 それでも反応したウェイクもさすがだが、その剣撃はあっさりと回避される。


「遅い遅~い!」


 うれしそうにはしゃぐその姿はまさに子供だ。ウェイクを中心に右へ、左へ、前へ、後ろへ縦横無尽に駆ける。

 その姿は一般人には到底見切れず、観客席に座る半分以上の人間にはロロの足音でしか状況を推測できない。


「ふんふん!」


 ウェイクは諦めずに剣を振るう。どれも空を切るが、ロロだけはこの攻撃に恐怖する。


(うわ……。ことごとく攻撃のチャンスを潰される……。このおじさん気持ち悪い)


 ロロが足を止めずに対戦相手をじろりと見つめる。その瞬間、ミスリルソードを構え直し静止したことから、次こそはと殺意を向上させる。


「本気のネッテほどではないな」


 その独り言はロロの耳に届くも、それが誰を指しているのかまではわからないため、たいして気にもせず右手の短剣で後方から斬りかかる。

 このまま振りぬけば終わり。勢い余って絶命するだろうが、そんなことは一切考慮に入れず、渾身の力でミスリルジャンビアの刃で太い首を狙う。

 その動きは誰よりも速く、そしてそれは戦技なしで実現される。それもそうだろう、ウェイクはウォーシャウトしか使えない。アサシンステップや雷撃の閃光による速度向上など不可能だ。

 愚直なまでに己が肉体で戦うしかなく、この男は誰よりもそれをわかっており、十年以上もの間ライバルと切磋琢磨し、この領域に辿り着く。

 銀色の短剣が首に届くよりも先に、ウェイクは振り向き片手剣でロロの短剣を打ち払う。これで素手だな。そういう意味をこめて、逃げないように左腕で細い右腕を掴んでみせる。


「俺の勝ちだな」

「あはは! まだまだ!」


 このまま勝負を終わらせたいウェイクと、続行を謳うロロ。

 素手でもなお手段は残っており、それはドルイドだからこそ可能だ。


「火山の怒り!」


 途端、ロロの左手が炎に包まれる。そのままウェイクの顔に掴みかかり、一人勝利を確信する。


 火山の怒り。ドルイドが習得する戦技の一つ。拳に炎を宿し、攻撃手段とする。発生する炎の火力は使用者の魔力に依存する。


 ロロの魔力はそれほど高くない。傭兵としては平均程度であり、それでも人間を燃やすことは十分可能だ。

 それを知っているからこそ、対戦相手の顔を燃やしながら歓喜の笑い声を会場に響かせる。


「ヒゲが燃えるだろう」


 怒っているわけではない。お気に入りの口ひげがチリチリになって欲しくないだけだ。ウェイクは左手でグイッとロロを引っ張り、そのまま床に叩きつける。

 この男にとって、ロロの炎など少し熱いだけだ。火傷にすら至らない。デフィアーク共和国第三陸軍軍長は伊達ではないと身をもって証明した瞬間だ。


「ぐはっ!」


 その衝撃がロロの体内から血を吐かせるが、ウェイクは最後の一仕事に取り掛かる。覆いかぶさるように身をかがめ、ミスリルソードの柄尻側でロロのおでこをトンと叩く。

 そして、審判に判断を仰ぐため顔を向ける。

 これで俺の勝ちだと認めてくれ。そういう意味合いで様子をうかがう。


「勝者! ウェイク!」


 一回戦の八試合はこれで終わりを告げる。

 誰もが予想しなかったこの決着に拍手はほとんど起きない。身内からパチパチパチと小さな拍手が生まれるだけだ。

 ウェイクはミスリルソードを鞘に収め、右手の親指をぐっと観客席の彼女らに向ける。

 王が推薦した選手が二人とも一回戦で敗北する。

 ネレネン王国の国民にとってこれは想定の範囲外だが、それ以上のことがこれ以降も起きるため、そういう意味では観客を楽しめる大会と言えるのかもしれない。



 ◆



 アリカ大陸のネレネン王国。

 トリストン大陸のガーウィンス連邦国、サウノ商業国、デフィアーク共和国。通称、三大大国。

 これらの間には、少ないなりにも交流が持たれている。

 例えばネレネン王国とガーウィンス連邦国。両者の間では特産品等の輸出入が時折行われる。

 例えばネレネン王国とデフィアーク共和国。技術交換が何度か行われた。

 ネレネン王国は三大大国と比べると閉鎖的な国だ。他国を嫌っているわけではなく、言わば建国当時から続く文化のようなものであり、何よりモンスターとの絶え間ない戦争が原因で余裕がないとも言える。

 三大大国としては、必要とあらば軍隊を派遣し助力することも辞さない。それでもその規模は制限される。なぜなら、三大大国もオーク達に狙われていることに変わりはなく、いつ戦争が勃発するかわからないからだ。

 ネレネン王国は今まさに戦争中なため、仮に三大大国に助けを求められても手を差し伸べることなどできない。

 こういった背景から、簡素な交流は両者にとって都合が良かったのかもしれない。

 しかし、事情が変わる。

 トリストン大陸のとある冒険者が、ネレネン王国に行ってみたいとわがままを言い出した。

 三体大国はそれをつっぱねてもいいのだが、彼らの功績は大きく、最も接点の多いガーウィンス連邦国がネレネン王国との交渉を開始する。

 途中、ガーウィンス連邦国はそれどころではなくなるが、それすらもその冒険者達が解決してしまうため、交渉に力を入れざるをえなくなる。

 その結果、今回の武神祭に来賓として出席することを条件に、交渉は実る。

 人の交流自体はそれほど珍しいことではない。過去に何度か、ネレネン王国の人間がトリストン大陸に上陸している。

 しかし、今回は逆だ。トリストン大陸の人間がネレネン王国にお邪魔する。これは非常に稀有なケースであり、この出来事が四つの国にどんな変化をもたらすか、それはまだ誰にもわからない。


 現時点で判明したことは一つ。

 武神祭に出場した客人が、大方の予想を覆し一回戦を突破したことだ。

 対戦相手はトーナメントを勝ち上がってもおかしくはない実力者だった。それをあっさりと倒したのだから、観客席から眺めていた面々は誰もが目を疑ってしまう。

 とりわけ王はこの状況を素直に受け入れることができない。自分が推薦したとっておきの傭兵であり、ヴォイスには敵わないだろうが、裏を返せばヴォイス以外には勝つだろうと予想していた。

 しかし、一回戦で姿を消す。

 もはや笑うしかなく、王妃と宰相に驚かれながらも今は体を震わせる。


「負けちゃったのにうれしいの?」

「ククク、傑作じゃないか」

「これが西の国ということですな」


 来賓の勝利。その上、圧勝。

 それでもヴォイスの勝利は揺るがないと信じているが、ほんのわずかながらも影を落とす程度には驚かされる。


「アインを呼べ」

「はい」


 王の要望をすぐに実現するため、宰相はそそくさと隔離されたその場を後にする。

 武神祭一日目はこの戦いで終了だ。

 残りの試合は三日後であり、その日で全工程が消火される。一回戦を勝ち進んだ実力者達がぶつかるのだから、その分濃密な時間を堪能できるだろうと王は胸躍らせる。

 観客席に座っていた閲覧者達が、一人、また一人と王と王妃に頭を下げてから立ち去っていく。

 武神祭の会場からいつもの模擬戦会場に姿を戻しつつも、そこに王がいるだけで空気はどこか張り詰めてしまう。

 隔離された観客席周辺には、紫色の装束をまとった親衛隊がずらっと立っている。顔のほとんども隠れており、それぞれが何を考えているのか、外見からはうかがえない。

 そんな彼らを避けながら、審判役を務めたアインが宰相に連れられて現われる。


「ご苦労だったな」

「いえ、この程度」


 王の労いの言葉にアインは頭を下げる。


「八試合を間近に眺めてどう感じた?」

「はい。二人、突出した選手がおります」


 ロメロンの問いかけに、アインは率直な感想を述べる。

 その発言にトゥリンは興味津々と表情で訴える。


「だれ~?」

「五試合目のオランヤン殿と八試合目のウェイク殿です」


 オランヤン。拳に青い装甲をまとい、打撃を主体に戦う傭兵だ。頭部の左右を綺麗に剃っており、中央部分にだけ茶髪を残すその髪型は丸刈りのバハウに少々似ているが、全く異なる。

 対戦相手の猛攻は凄まじかったが、かすり傷一つ負わずに短時間で打ち負かしたオランヤンは前評判通りの結果で勝利を収める。

 そう、オランヤンは前回の武神祭で決勝まで登りつめている。今回も優勝候補の一人であり、ゆえに宰相はこの男を推薦している。

 アインが感心したもう一人はウェイクだ。その実力は王を筆頭に誰もが予想できなかった。想像を上回る実力で、王の推薦する双子の片割れを倒してしまう。

 ウェイクについて訊きたいがためにロメロンはアインをここに招いている。


「ウェイクという軍人の実力……。おまえはどう見る?」


 王の眼光は鋭い。センター分けの髪型と耳が隠れる程度の長髪から、見た目だけは柔らかそうに映るが、内に秘める情熱は非常にたぎっており、それが時折相手を怯ませる。


「決して侮れないかと。相手もかなりのものでした。にも関わらずほぼ完封したことから、もう一つくらいは勝ち上がるかもしれませぬ」


 ウェイクの戦った相手は王の推薦した双子の片割れだ。三将軍すら驚かせる機動力の持ち主であり、それでもこの男には届かなかった。

 ゆえに王はさらに問いかける。


「おまえとウェイク、どちらが強い?」

「私です」


 アインは背筋を伸ばしてはっきりと言い切る。慢心でもなければ強がりでもない。この国を守ってきた実績と誇りがそうさせる。


「頼もしいのう」


 ほっほっほっと宰相はうれしそうに笑う。

 王はアインの本心を聞けたことで満足し、立派な背もたれに深く座りなおす。


「双子ちゃん、どっちもかわいかったのに残念ね~」


 三試合目のピピ、八試合目のロロはどちらも黄色い髪を子供らしく整えており、顔もまさに子供のそれだ。内に秘める殺意は対戦相手を驚かせたが、それが勝敗を左右することもなく、大方の予想を裏切り一回戦で敗退する。

 王妃としては二人の戦う姿をもう少し見たかったのだが、今後は観客席に子供らしく座る双子を眺めるしかない。


「わしは一試合目が気になってます。ナーキス殿が勝つと思いましたが、まさかあの娘がのう……」


 ベークはスルフィのことを知っている。宰相として、夜な夜な発生していた連続殺人の犯人討伐に関する報告を受けていたからだ。

 ザラフ。薬屋ストームの店長であり、温厚な人柄が取り得の人物だった。トリストン大陸から一年振りに戻って以降、傭兵を次々と殺し始める。

 最終的にはヴォイスの傭兵仲間を襲おうとしたタイミングでヴォイスに切り伏せられる。

 この事件はこれで幕引きだが、肝心の凶器は見つかっておらず、被害者の傷口から短剣の類だろうとは推測できるが、それでもなお見つかってはいない。

 奇襲かどうかはわからないが、それでも一般人が傭兵を殺せるとは考えにくく、しかしザラフは紛れもなくただの大人だ。この一年で腕を磨いたのか、なんらかのトリックがあるのか、それは未だ闇の中だ。

 殺された犯人の一人娘が予選を突破し、武神祭に出場する。

 そして、重厚は鎧を着込んだダークナイトを戦技を駆使して倒す。逆転劇という言葉がふさわしい戦いに王や観客は拍手を送ったが、宰相だけはどこか違和感を感じている。


「短剣の娘か。地味だがあの戦い方はおもしろかったな。次で消えてしまうだろうが」


 スルフィの次の対戦相手は侍のバハウ。宰相が押す男であり、武器のリーチ差と身体能力の開きはいかんともし難い。ロメロンはそれを理解した上で確信を口にする。


「誰が決勝まで進出しようと優勝はヴォイスなんでしょ~? すごいのね~」


 トゥリンは感心するように三人の男を眺める。

 王は目を閉じその言葉を肯定する。

 宰相は小さな声で、そうですのうと頷く。

 将軍のアインだけ、微動だにせず沈黙を守る。


(ウェイク殿がもし決勝まで進出するようなことがあれば……。もしもが起きてしまうかもしれん)


 ウェイクの底が見えない実力に、アインは身震いに耐えながら背筋を伸ばす。


 武神祭、その初日はこうして終わる。

 次は三日後。

 英気を養う者。

 鍛錬を続ける者。

 対戦相手を分析する者。

 仕事に精を出す者。

 初めてのネレネン王国を楽しむ者。

 様々な過ごし方はあっという間に時間を進ませる。


 武神祭、二日目。その日は今日以上の波乱が待っている。


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