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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
デフィアーク共和国の業
63/100

第四十六章 「人間こそ悪だ」そう言われようとも

 二十年前まで、そこはモンスター達が静かに過ごす場所だった。

 そのモンスターにとってもそれは同様であり、人間を襲うつもりなどこれっぽっちもなく、暗闇に包まれて時が過ぎることを良しとした。

 モンスターは人間を殺したい。本来ならばそう思うことが当然であり、抗えない運命でもある。

 しかし、そのモンスターは違う。人間に感心などなく、関わりたくないとさえ願う。

 一メートル程度まで縮んだ人間のような姿の持ち主はヘカトゥーム。青い肌は一旦闇に紛れると迷彩の如く視認しにくい。

 六つの目は闇の中でも洞窟の輪郭を明確に映し出し、非常に細い四本の足が軽快に前後し、自身の体をひょいひょいと移動させる。

 ここはとても静かな場所だ。岩山にできた単なる洞窟であり、ここを根城にしている他のモンスター達も騒ぎ立てるような種族ではない。

 夜だけ活動するコウモリのモンスター。

 生をもたずに動くアンデッド。

 それらは人間がいなければ非常に大人しい。

 極稀に冒険者と呼ばれる人間が、興味本位なのかこの洞窟に侵入してくる。そういった時だけは祭りのように盛り上がるが、ヘカトゥームは奥へひっそりと避難する。関わるつもりなどないからだ。


 その日も静かな暗闇を堪能していた。

 ヘカトゥームはそれで満足した。

 そんな幸せは無情にも打ち砕かれる。

 入り口からいくつもの足跡が聞こえてくる。

 冒険者と呼ばれる人間達が、洞窟内のモンスターを一掃する狼煙だ。

 ヘカトゥームは奥へ、奥へ、ひたすら逃げ込む。戦う力はあれど、応戦するつもりはなく、人間に発見されたくないという感情だけに突き動かされて洞窟を駆ける。

 この洞窟はあちこちが周回できるような作りになっている。それを利用することで、モンスターを探し回る人間からなんとか逃げ延びることに成功する。

 大勢の冒険者達は半日ほど暴れまわった後、やり遂げたように洞窟から立ち去る。

 残されたのは同居人達の無残な死体であり、唯一の生存者であるヘカトゥームは静まり返った洞窟で再び闇に溶け込む。

 ヘカトゥームにとって、他のモンスターなどどうでもよく、同情はすれど、それ以上の感情を抱きはしない。より一層の静寂に身を委ね、生き延びれたことを一人で喜ぶ。

 それも長くは続かなかった。

 一ヶ月もしない内に、またも人間達が現れる。

 彼らはやかましく洞窟を掘り始め、次々と新たな道を作り始める。目的な鉱石の入手であり、それは一向に終わる気配がない。

 ヘカトゥームが居座る奥まではなかなか侵入して来ない。それもそうだろう、今はまだ浅い部分の採掘が終わっていないのだから。

 自分もやがて殺される。ヘカトゥームに恐怖心が芽生える。

 この騒音はいつまで続くのだろう。自分が殺されるまで? そう思うと苛立ちも積もりだす。

 それらは混ざり合い、ついにヘカトゥームに行動を起こさせる。

 ヘカトゥームの能力は二つ。

 自身を中心におよそ五メートル圏内に立ち入った生物の動きを鈍らせる。

 口から灰色の糸を発射し、それを爆破させる。

 人間を殺すなら、後者だけで十分だった。

 洞窟の天井を爆破すれば、落石によって人間達は潰れる。

 もしくは、採掘により漏れ出したガスを利用して、ガス爆発を発生させる。

 ヘカトゥームは人間に警告するかのごとく、鉱山労働者達を殺していく。頻度としては控えめだ。自分の存在は決して知られたくないからだ。

 成果は実り、人間達はついに撤退を決定する。およそ二年前のことになる。

 ヘカトゥームは再び安静を手に入れる。しかし、芽生えた殺意は決して消えず、暗闇の中でじっくりと熟成させていく。

 そして二体は出会ってしまう。

 北の地から脱出することに成功した灰色のアーリマンが、カルック坑道に逃げ込んだからだ。


「俺もここにいていいか?」


 その問いかけにヘカトゥームは小さく頷く。昔は大勢のモンスターがいたのだから、同居人がいることに抵抗など感じない。


「人間を……、殺さないか?」


 ヘカトゥームは再び頷く。人間は自然を破壊するばかりか、そこにいるだけのモンスターさえも駆逐しようとする。

 そんな存在は許せない。だからこそ、六つの瞳は濁りながらもアーリマンと同じ方向を見つめてしまう。

 このアーリマンには不思議な力がある。

 ただそこにいるだけで、ある種の瘴気を周囲に撒き散らす。それは自分達にとっては栄養のようなものであり、自然発生するモンスター達は増殖速度を爆発的に加速させる。


「俺達はここにいるだけでいい」


 アーリマンは笑いながら言ってのける。その発言はヘカトゥームにとって夢のような内容だ。

 自分はここにいたい。

 人間を殺したい。

 それが同時に叶ってしまうのだから、ヘカトゥームとしても願ったり叶ったりだ。


「もし人間が現れたら、その時は守ってくれよ。俺はたいして強くないからな」


 ヘカトゥームは三度頷く。盟約は交わされたのだから。



 ◆



 坑道の奥にひっそりと存在する広いだけの空間で、二体のモンスターは冷たい地面に伏せる。

 一体は胴体を両断されており、ついには息絶えてしまう。

 もう一体は両翼を失い、二人の人間に包囲され、もはや後がない。


「つまり、おまえがいるからモンスターが増えだした。それであってるんだな」

「そ、そうだ……」


 マッカスは巨大な目玉をグイッと踏みつけ、アーリマンの発言から確証を得る。

 カルック高原とマンルルス盆地のモンスター増加は、このアーリマンの仕業で間違いない。しかし、まだわからないことがいくつもある。


「なぜそんなことが可能なんだ?」


 ウェイクの疑問は全員が抱いている。


「ククク。なぜだと思う?」

「――あなた、何かしたわね? その力、ぼんやりとだけど感じたことがあるわ」


 灰色のアーリマンは追い詰められているにも関わらず、どこか余裕を見せる。もはや生を諦めており、自暴自棄になっているからだ。

 そんなことは気にも留めず、ロニアは違和感を口にする。

 眼下で踏まれているアーリマンは煉獄のモンスターだ。ゆえに、この世界、ウルフィエナに生息するモンスターとは異なる魔力の波動を放つ。

 それを差し引いてもどこかおかしい。それ以外の何かが混じっている。


「勘がいいな。もしや、あの時いた人間か?」

「あの時?」

「パーガトリードラゴンの最後だ」

「あぁ、それね」


 ロニアは小さく納得する。

 パーガトリードラゴン。フブキが煉獄から連れて来た巨大なドラゴンだ。召喚に失敗したため骨だけしかこちら側に呼び出せなかったが、それでもなお生き続ける生命力を持ち合わせており、支配下に置くことすらできず、フブキ達でさえ押さえつけることしかできずにいた。

 フブキ討伐後、封印は解除され、最終的にはイリックによって倒される。


「ええ。私もその場にいたわよ。ちなみに教えてあげるけど、倒したのはこのおチビさんよ」


 なでなで。ロニアはイリックのぼさぼさ頭を撫でる。すっかり縮んでしまったが、紛れもなくパーガトリードラゴンを討伐した張本人だ。


「な!? そんなチビが!?」

(モンスターにまでチビ呼ばわりされてしまった……。ほんと、いつ元に戻るんだろう?)


 イリックとしてはそろそろ元に戻りたくて仕方ない。なぜなら、本件が片付いたら、実家に帰らなければならない。

 そこにはネッテとアジールが待っており、こんな姿を見られた日にはどうなってしまうのか、検討もつかない。

 バカにされるのなら構わない。好きなだけおもちゃにしてくれても構わない。

 抵抗できないことをいいことに、あんなことやこんなことを力づくでされてしまいそうで心底こわい。

 一日くらいなら逃げ延びられるかもしれない。しかし、二日、三日とこの体のままネッテ達と過ごすはめになった場合、いよいよどうすることもできそうにない。寝込みを襲うくらいのことはやってのけるからだ、あの二人の場合。


(ネッテはやだー! せめてアジールさんに初めてを捧げたい!)


 イリックは心の中で叫ぶ。

 一方、拷問は続く。


「色が違うのもその影響か?」

「そうだ。自分でも驚いている。まぁ、そんなことはどうでもいい。この力を身に付けられたことがうれしい誤算だ」


 見下ろすウェイクに瞳孔を向けて、アーリマンは素直に白状する。


「どうやって手に入れたの?」

「ククク。パーガトリードラゴンの骨を取り込んだのさ」

「そういうこと……」


 そんなことが可能かどうかはこの際重要ではない。現に眼下のアーリマンはそれを達成しているのだから。

 パーガトリードラゴンはイリックが倒してみせた。体を成していた骨はそのままヴァステム渓谷に放置せざるをえなかった。

 マジックバッグに詰め込み、一部は三大大国に持ち帰ることができたが、大多数はそのままの状態で雪原に置き去りだ。

 このアーリマンはそれを一部ながら自身に取り込み、その結果、眼球は灰色に変色し、新たな存在に昇華する。

 煉獄特有の瘴気を濃く漂わせるアーリマン。

 もし、この場で討伐できなかった場合、人間にどんな被害をもたらすのか想像すらできない。マッカスとウェイクはいち早く駆けつけられたことを今更ながらに安堵する。


「もう一ついいかしら? カルック高原に生息するモンスターを倒したら、アンデッドとして復活したのだけど……、これもあなたの仕業?」

「いや。だとしたら、おもしろい現象だな。きっと適合者だろう」


 ロニアにとって最も重要な疑問は、討伐したカルックラムの復活だ。倒した直後、アンデッドとして復活したという事実は、恐怖以外のなにものでもない。


「なんだ、それは?」

「つまり、煉獄の地に相応しい存在ってことだ。わかり易く言えば、俺が垂れ流す煉獄の空気に馴染めた連中ってことさ」


 この世界にも、精霊界にも、そして煉獄にもモンスターは存在する。それらは完全な別種であり、似た姿同士であろうと、やはり似ているだけで完全に他人だ。

 モンスターも生物なことから、環境にあわせて自身を変化させる。

 乾燥地帯に生息するモンスターは、体内の水分を発散させないように、自身の皮膚でせき止める。

 寒冷地帯に生息するモンスターは、毛を増やすか体を巨大化させる。

 それらは長い年月により達成されるが、今回のカルックラムにはそれに近いことが発生したと言える。

 煉獄の瘴気に適合したカルックラムは、死んだことで新たなモンスターとして生まれ変わる。

 死が原因なことから、結果的にアンデッドに成り下がってしまうが、それでも進化に変わりない。

 カルックラムはカルック高原には場違いなほど手ごわいモンスターだ。適合できるだけの実力もしくは権利があったのかもしれない。


「他のモンスターにはその資格がないから、蘇ったりはしなかったのか」

「そういうことだろうな」


 マッカスの推測にアーリマンは同意する。自身の力でそのようなことが起きているとは露知らず、アーリマン自身、内心では驚いている。


「ふむ。もういいだろうか? 一刻も早く始末するべきなようだ」


 ウェイクは無慈悲なまでに言い放つ。

 その発言はアーリマンを心底震わせるには十分だ。逆らうことなく証言したにも関わらず、一切の酌量が与えられないのだから。


「それはないぜ! なぁ! 見逃してくれよ!」

「そうはいかないな。モンスターに情けを」


 アーリマンが懇願しようと、軍人二人には一切響かない。しかし、マッカスが言い終えるよりも先に、自体は最悪な方向に進展してしまう。

 ピタリ。マッカスが突然話すのを中断したため、一瞬の静寂が訪れる。

 異変に気づけたウェイクは瞬時に後退する。

 イリックもロニアとリンダの手を掴み、ぐいっと引っ張りながらトコトコと駆ける。


「何なの?」

「どうしたんだい?」


 ロニアとリンダはまだ状況が飲み込めていない。それが正常な反応であり、イリックも半信半疑のままだ。それでも動くべきだと判断し、マッカスを置き去りにしてしまうが、自分達だけでも助かる道を選択する。


「おぉ、おまえさんも適合できたのか」


 アーリマンは地面に伏したまま、仲間の復活に歓喜の声をあげる。

 それは倒したはずだった。否、倒したからこそこうなった。

 青い肌は黒く染まり、それは洞窟が暗いからではなく、そう変色したからだとイリック達も理解する。

 頭部や体をまばらに覆う黒い甲殻のような鎧は当然ながら、真っ二つに裂かれた胴体も完全に復元されており、小さな女性は腰から生える四本の細い足で宙吊りの如く直立する。

 六つの瞳には光が宿っておらず、それでも人間に対する殺意だけは容赦なくみなぎらせる。

 ヘカトゥームだ。倒したはずのそれが、カルックラムのように蘇る。

 その事実にイリック達は心底驚くが、アーリマンだけは歓迎する。自身が宿した力にここまでの偉業が可能なのかと震えながら、仲間の復活を祝福する。


「さぁ、復讐の時間だ。ククク、人間ども! ここで死ね!」


 この場にいる誰もが気づけていなかった。坑道の外では太陽が地平線の彼方に姿を消しており、つまりはアンデッドの活動時間が始まっている。このタイミングは、まさにカルックラムのアンデッド化と一致してしまう。

 しゃべれないヘカトゥームの気持ちを代弁するように、アーリマンが吠える。

 その考えは正しい。立ち上がったヘカトゥームは、今まで以上に人間を殺したくて仕方ない。

 一方で、一つだけ間違っている。


「ここに立ち入った人間は、全員殺す」


 その声は女の声だ。高音なその声は、ヘカトゥームの口から放たれたものであり、イリック達はおろか、アーリマンもさすがに驚いてしまう。


「ヒャハハ! そうかいそうかい! 思う存分やっちまえ!」


 アーリマンは再び喜ぶ。ヘカトゥームがただ蘇っただけではないと理解したからだ。

 言葉を話せるようになったからといって、それが成長や進化かと問われれば、そうではない。ただそうできるようになっただけであり、モンスターとしての価値には一切結びつかない。

 強いか弱いか。モンスターにとって重要なことはそれだけであり、ヘカトゥームはその階段をいくつも駆け上がる。

 アーリマンはそれを理解し、そして自分達の勝利を信じてやまない。

 現に、人間を一人、これから殺せるのだから。


「マッカス!」


 ウェイクの叫び声は届かない。

 マッカスはアーリマンを見下ろしたままの姿勢を完全に維持している。右手で握っているサリッサを右肩に乗せたまま、ピクリとも動かない。

 何をされたのか? ウェイクとイリックはなんとなく推測できている。

 ヘカトゥームが先ほど披露した、動きを鈍らせる場を展開したのだろう、と。

 それで正解だ。しかし、性能が異なる。その点が最も重要であり、その差がどの程度かは、まばたきすらしないマッカスを見れば一目瞭然だ。

 ヘカトゥームが小さな口をカパッと開く。標的は銅像のように動かないマッカスであり、放たれた灰色の糸が容赦なくまとわりつく。

 全員が状況を把握するよりも先に、マッカスに貼り付いた糸が瞬く間に爆発する。その威力は一度目を上回っており、爆風が全員の髪を激しく揺らす。


(これはさすがにやばいか?)


 イリックは顔を歪ませる。マッカスは常人を逸した肉体の持ち主だ。しかし、今の爆発は人間を粉々にしてもおかしくない威力だ。少なくとも、自分なら即死するだろうと試さずとも容易に想像できる。

 そんな心配は杞憂に終わる。

 一同の視線の先には、姿勢を一切変えずにマッカスが立っているからだ。銀色の鎧だけは半分以上消し飛んでいるが、マッカス本人はいくらか煤けているだけのように見える。

 つまりは、この威力にも耐え抜ける肉体ということだ。


「おいおい。人間って一体なんなんだよ……」


 最も至近距離で爆発を眺めたアーリマンにとって、この光景は異常だ。人間はおろか、並のモンスターでさえ耐えられないはずの攻撃を受けてもなお、これといった損傷を与えられないのだから。


「関係ない」


 そう、ヘカトゥームにとってこの状況はそれほど危機的ではない。

 周囲五メートルに強化された力を展開しているからだ。

 従来のそれは、入り込んだ生物の動きを半分まで低下させる。しかし、今は違う。煉獄の瘴気を取り込んで蘇ったヘカトゥームは、その力を大きく向上させる。

 五メートル圏内の生物を完全に静止させる。

 遅延というレベルではなく、接近さえも不可能とする不可侵な能力だ。

 真っ先にマッカスはその餌食となり、離れていた他の面々だけは避難に成功する。だからと言って、この状況をそのままにしていいわけではない。

 ウェイクは考える。マッカスを救うための方法を。

 何より急がなければならない。いかにマッカスと言えども、この爆発を何度も受け続ければ、必ず命に関わる。

 その証拠に、ミスリル製の軽鎧は半壊している。スチールより上の素材を一撃で破壊するその威力を侮ることは決してできない。

 イリックは考える。自分達が生き延びる術を。

 方法は二つ。

 テレポートでの避難かコネクトの使用。

 後者については絶対ではない。ヘカトゥームの領域がどれほどのものか、まだ見極められていないからだ。


「要は近づかなければいいだけでしょ?」


 ロニアが反撃を開始する。

 ヘカトゥームには近づけない。ゆえに、前衛攻撃役にはどうすることもできない。

 しかし、ここには後衛攻撃役がいる。そう、ロニアだ。


「そういうことです」


 多分。そう付け加えたかったが、イリックはその単語だけを飲み込む。人間の動きを停止させる能力が魔法にも影響をもたらすのかどうか、それは今から確認すればいいのだから。

 口を開こうとしたヘカトゥームは、前方の人間が何かをしようとしていることに気づく。頭上に二本の槍が水で生成され始めたからだ。


「ゲイルロド」


 先ず一本目。ロニアの水槍が発射される。

 着弾を待たず、二本目もすぐさま後を追う。


(これで終わるか?)


 イリックは半信半疑ながらも勝利を願う。それは他の全員も同様であり、ロニアに至っては勝利を確信している。

 もっとも、それを見せ付けられたことで、ウェイク以外は絶望の底に叩き込まれる。

 顔に向かってくる一本目の水槍を、青黒いその女は顔をずらして回避してみせる。

 二本目は蜘蛛のような細い前足で粉砕する。

 この出来事には二つの側面が存在する。

 ヘカトゥームの展開している領域は、魔法を停止させることはできない。

 ヘカトゥームはロニアのゲイルロドに対処できてしまうほどの身体能力を保持している。

 後者が余りに驚異的であり、前者で喜ぶことはできない。

 そんな中、茶色い髪をオールバックで整えている男だけは敵をじっと見据える。


(ふむ、それなら……)


 ウェイクは次の一手を思いつく。そう、まだ諦めてはいない。


(悩む。テレポートかコネクトか……)


 一方、イリックは決めかねる。眼前の敵を倒すべきか、一旦退くか、天秤にかけるも最適解には辿り着けない。


「でたらめなやつね」


 ロニアの顔はひきつる。この事態は想像すらできていない。自分の魔法の威力は誰よりも把握しており、無傷でいなされたことにただただ恐怖する。


「私は回復に徹するよ」


 リンダはキュアを唱える。相手はもちろんマッカスだ。体の表面が焦げてしまっているおり、回復行為が必要そうに見える。


「勝った勝った! こりゃ傑作だ!」


 アーリマンは笑う。自身は翼を失い、地に伏せたままだが、それでも相棒の勝利を心から喜ぶ。

 腰部分に巻きついている黒い装甲から伸びた蜘蛛の足。長く、非常に細いその四本足に支えられて浮いているその女は、六つの瞳で新たな攻撃目標を睨みつける。

 小さな口を大きく開き、糸を吐くための準備を終わらせる。

 異変に気づけたのはイリックだけ。ゆえにやらねばならない。

 発射された灰色の糸は、真っ直ぐにロニアを目指す。遠距離攻撃を可能とする後衛攻撃役は、自分にとって相性が悪い相手だと理解しており、だからこそ、眼前の動かない人間よりも先に倒す。


(コネクト)


 紙一重だが間に合う。放たれた灰色の糸は、ロニアの直前で静止する。それは紛れもなく蜘蛛の糸だが、決して広がりはせず、収束したまま目標に着弾する仕組みだ。

 マジックランプが照らす狭い世界から、さらに色が失われる。

 静かな戦場からは完全に音が消え去り、耳鳴りが聞こえそうなほどの静寂に包まれる。

 イリックだけがその中を動き、ロニアをぐいっと引っ張る。

 自分だけの三秒を無駄にしないため、次の行動も開始する。

 ロニアが辿り着く極致、ウーディすらも消滅させる水の武器達を発射するため、オムニシエンスの詠唱を試みる。

 その時だった。


「え」


 イリックの口から思わず言葉が漏れてしまう。

 オムニシエンスが使えないからだ。そして気づく。コネクトの異変に。

 時が動き出すと同時に、対象に命中しなかった灰色の糸が素通りし、固い石床に着弾してそこを粉々に粉砕する。

 その威力に恐れおののくロニアとリンダだが、イリックだけは全く違う事実に恐怖する。


(コネクトの接続が切れている?)


 若返ったタイミングからコネクトに違和感を感じていた。その正体にやっと気づかされたイリックは、唯一の討伐手段を失ったことに呆然とする。

 コネクトはネッテ達と繋がってこそ、本領を発揮する魔法だ。

 ネッテのアサシンステップとデュアリズム。

 アジールのウォーシャウトとインビンシブル。

 ロニアの魔力とオムニシエンス。

 それらが使えなければ、この魔法は三秒間時を止めることしかできない。それはそれで常軌を逸した魔法に違いないが、オムニシエンスによる遠距離攻撃を期待していたイリックにとって、この状況は非常にまずい。

 手はまだ残されているが、だからと言って成功するとは限らない。

 テレポートによる離脱だ。

 この手段には二つの危険性が秘められている。

 先ず、十一秒という長い詠唱時間。

 次いで、ヘカトゥームの術中に飲まれたマッカスを巻き込めるかどうか。射程という意味では問題ない。テレポートを受け付けてくれるかどうか、そういうことだ。リンダのキュアは届いており、そういう意味では可能そうだが、回復魔法と移動魔法では性質が異なるため、一抹の不安はぬぐえない。


「よく避けたな。それでこそイリックだ」


 ウェイクは仲間の無事を喜びつつ、誰にも察知されずに攻撃を開始する。

 次の瞬間、ヘカトゥームだけが自身の異常に気づく。一メートルにも満たない黒く染まった体に、ドシリと重たい衝撃が加わったからだ。

 体を見下ろす。そこには、銀色の片手剣が深々と突き刺さっており、発射元には警戒すべきもう一人の人間が立っている。


「お、さすが」


 イリックもすぐに察する。

 ウェイクは近づけないこの状況を嘆きはせず、愚直なまでに残された手を実行する。ミスリルソードの投擲だ。

 魔法は停止せずに届く。

 それなら武器も同様だろう。そう推測し、ヘカトゥームの領域外から片手剣を打ち込んでみせる。

 その目論見は見事成功し、こうして青黒い女性の胸を貫いてみせる。人間なら心臓の位置だ。モンスターがそれで即死するとは思っていないが、それでも弱りはするだろうとウェイクは期待する。

 あわよくばマッカスが術中から開放されてくれれば、それだけでも御の字だと考える。

 しかし、それすらも叶わない。

 ヘカトゥームは自身の手でミスリルソードをズズズと引き抜き、足元にポロンと落とす。

 周囲に響く耳障りな金属音が、容赦なくイリック達に絶望を押し付ける。


「そういえばアンデッドみたいなものなのよね……。イリック、あなたならどうにかできない?」

「――実は、オムニシエンスが使えないようなんです」

「そう、八方塞ね」


 ロニアはテレポートを失念している。それだけ困惑しているということだ。


「ふむ、困ったな……。それなら……」


 一方、ウェイクはまだ諦めない。その単語が辞書に記されていないからだ。


「ウォーシャウト! ロニア殿、今のうちに」

「くぅ、それしかないわね」


 ウェイクから放たれた圧力が、アーリマンとヘカトゥームを包み込む。

 ウェイクが習得している唯一の戦技がこれであり、二体は十秒間、行動を制限される。すなわち、他者を攻撃できないということであり、この間はロニアがゲイルロドに専念できる。

 二人の即興な連携を前に、イリックは判断を誤る。

 十秒間の猶予をもらえたのだから、テレポートを唱えるべきだった。そうしなかった理由は単純であり、もしかしたら、と期待したからだ。

 ウェイクがヘカトゥームの攻撃を一身に受け止めている間に、ロニアが倒してしまうかも。そんな希望を抱くも、それは十秒後に砕かれる。

 ヘカトゥームの口から放たれる蜘蛛の糸をウェイクは時に避け、時に受け止め耐え続ける。マッカス同様、ウェイクもその爆破に見事耐えてみせる。

 一方、ロニアの水槍は一発も青黒い体に届かない。蜘蛛のような足や自身の腕でそれらを全て防いでしまうからだ。

 ウェイクが注意を引こうが、攻撃の機会ではなかった。ロニアとイリックは十秒後に痛感させられる。


「手ごわい……」


 ウェイクはそれでも諦めない。しかし、次の一手が浮かばない。

 近寄れない。

 遠距離からの魔法も通用しない。

 この面子ではどうすることもできないのかもしれない、などとウェイクは考えない。決して良くはない頭で別の手段を思案する。


(一向に動かないな……。一度展開した何かのせいか? だとしたらそこに突破口はないだろうか?)


 ウェイクの考える通り、ヘカトゥームは戦いが始まって以降、一歩もその場から動いていない。

 なぜなら動けないからだ。

 ヘカトゥームの他者を停止される空間の維持には、一つ代償が存在する。その中心に自身が居続けなければならないということだ。

 以前の性能ではそれは危険極まりないが、今となってはデメリットにすらならない。

 誰も近寄ることができないからだ。

 その射程はおよそ五メートル。現在飲み込まれているのはマッカスとアーリマンだけであり、もちろんアーリマンは対象から除外されている。

 戦技のように、この能力にも再使用時間は存在する。連続しては使えない程度に長く、ヘカトゥームは維持のためにその場から動けない。もっとも、動こうとも思わない。

 その場にいながら全員殺せるのだから、鉄壁の防御を展開しながらじっくりと一人ずつ殺せばいい。眼前の人間達は誰一人として逃げようとしないのだから。

 ヘカトゥームは口を開く。

 灰色の糸を吐くため。

 人間を殺すため。

 一人、確実に殺せそうな人間を殺すため。


(やばい)


 イリックは真っ先に気づく。標的は隣に立っているロニアだ、と。

 ウェイクもワンテンポ遅れて気づくが、そのタイムラグは取り返しのつかない時間となる。

 ロニアにはその糸を避けるだけの俊敏性がなく、吐かれた糸を視認すると同時に死を覚悟させられる。

 そう。ロニアではどうすることもできない。

 ゆえに、イリックが盾となり、代わりに受け止める。

 次の瞬間、ロニアの正面で激しい衝撃波を放ちながら小さな体が爆発に飲み込まれる。


「イリック!」

「しまった!」


 ロニアの悲鳴とウェイクの後悔の声が同時にあがる。

 イリックは体を鍛える前まで若返っている。今でこそ実力を伴う冒険者だが、それは十八歳のイリックであり、九歳のイリックは鍛錬を始めてまだ二年しか経過していない。アイール砂丘に生息する最も弱いモンスター、青ガニにすら勝てない子供であり、ヘカトゥームの攻撃に耐えられるはずもない。

 体中から煙をあげながら、イリックは膝から崩れ落ちる。

 本来ならば粉々にされていてもおかしくはない。なぜ原型を留められているか。それは火の大精霊から授けられた生地のおかげだ。

 ブレイズマーシャラー。火と氷に高い耐性を持つこのピーコートは、魔法防御も非常に高い。

 イリックは瀕死に違いないが、それでもなお、呼吸はかろうじて続けられている。


「リンダ!」

「あぁ、わかってるよ」


 ロニアの悲鳴にも似た叫び声に指示されるまでもなく、リンダは倒れこむイリックを抱きかかえ、ありったけの回復魔法を唱え始める。

 イリックはまだ生きている。裏を返せばいつ死んでもおかしくない。

 ぶかぶかなピーコートが体の大部分を覆ってくれてはいたが、顔や首は完全に露出しており、少なくともその付近は焼けど程度では済んでいない。部分的に焼け焦げており、生きていることが奇跡に近い。


「く、迂闊!」


 ウェイクは後悔する。先ずはロニアを守ることが最優先だったと思い知り、イリックのように盾となるため、三人の前に移動する。


「やっと一人……。さぁ、次だ!」

「まさかこの人間が最後になるなんて」

「傑作だな!」


 アーリマンは猛る。

 ヘカトゥームは冷静なまま、口を開く。

 この人間とは石像のように動かないマッカスであり、二体としては真っ先に殺すつもりでいた。

 そうならないことに驚きながらも、アーリマンは大きな目玉で事の成り行きを見守る。

 ヘカトゥームの口から発射される糸が、何度もウェイクにからみつき、そして爆発する。

 ウェイクは腕を眼前でクロスし、自身と背後の三人を守る。まだ耐えられる。だが、そう長くはないかもしれない。

 岩をあっさりと粉砕するこの爆発は、人間に耐えられる威力を遥かに凌駕している。一発でも耐えている時点でマッカスとウェイクは人間離れというレベルを超越しているが、それでも最後は必ず限界を迎える。

 既に片手では数えられないほどの爆発に晒されており、それでもウェイクの目からは光が失われない。


「さぁ、立て」


 そう。ウェイクだけが、その男の可能性に気づけている。



 ◆



 イリックには誇れるほどではないが、それでも多少なりとも胸を張れる特技がある。

 回復魔法の対応速度だ。

 傷ついた仲間、もしくは自身をキュアで回復する際、イリックは未来予知でも行っているのではと周囲に錯覚させるほど、素早く詠唱してみせる。

 反射神経の良さも確かに影響しているが、日頃からネッテを守るために頭の中で様々な状況をシミュレーションしているからこその成果だ。

 しかし、今回はそれすらも叶わない。

 たった一度の攻撃で、意識を完全に絶たれたからだ。

 後悔はない。ロニアを守れたのだから、自分のやるべきことをやれたと自負できる。

 後は死ぬだけ? だとしたら悔しいが、仕方ないのかもしれない。

 もはや起き上がることはおろか、目覚めることもできないのだから。

 三途の川で、亡くなった両親に会ったことはある。果てしなくくだらない理由だったと記憶しているが、思い出せないしどうでもいい。

 走馬灯。

 これはどうやら本当だったらしい。

 イリックは意識を失う刹那、その瞬間の出来事をゆっくりと反芻したからだ。

 条件反射的に動いてくれた自分の体。子供サイズでありながら、良く間に合わせてくれたと自分を褒めたい。

 迫り来る灰色の糸は一本一本が案外太く、空中で広がりはせず、束ねられたまま真っ直ぐ向かう。

 爆発の後、倒れる自身に駆けつけてくれた若いリンダの姿。元々美人だったが、今はそれに拍車がかかっている。ぼさぼさな白い髪はどうかと思うが、それよりもロニア以上に豊満な胸に最後まで視線を奪われた。

 ここでお終い。

 最後の記憶も、自分の人生もここで途切れる。

 悔いはない。最後まで仲間を守れたのだから。そう自分に言い聞かせる猶予も与えてくれず、意識は闇に飲み込まれていく。

 痛みさえ感じれずに死ねるのだから、自分は幸福なのかもしれない。

 もう何も感じないし、聞こえない。洞窟よりも暗い場所で、自分ははどこまでも深い場所へ落ちていく。


「さぁ、立て」


 この声を知っている。

 手本にしたい大人の声だ。未だに諦めないその姿勢は見習わなければならない。いつか叶うなら、一度くらいは手合わせしてみたい。面倒だからやはり遠慮する。


「悪いね、私のせいで。せめてもの償いだ、あんただけでも生きられるよう、私の全てをあんたに捧げるよ」


 この声を知っている。

 先日までは少し低いトーンだったが、今はすっかりハスキーボイスだ。冷静な立ち振る舞いはその声からも十分感じ取れる。

 体を包み込む暖かさと柔らかさが、異常なまでの安心感を与えてくれる。


(あぁ、このぬくもりはあれだ……。母さんを思い出す)


 イリックの母親は後衛回復役に当てはまる女性だった。

 鍛錬で怪我をして帰ると、母親がキュアを唱えてくれる。


「もう、気をつけなさい」


 笑いながらのその一言も、ありふれた日常の一つだ。

 母親の魔力は冒険者と比べても遜色なく、どんな傷もたちまち治してくれる。

 キュアの暖かさ。

 母親の暖かさ。

 イリックにとって、それは大事な思い出だ。

 イリックは包まれる。死の縁をさまよいながらも、淡く輝く白い光が道しるべの如く現れる。

 手を伸ばしてみる?

 自らの足でそこを目指す?

 どちらでも構わないのだが、イリックは動く足を交互に前へ動かしてみる。

 救いの手を差し伸べる役目は、自分がしたいからだ。

 その先で待っていたのはひたすらに柔らかい感触。押せば一切の抵抗なくその通りにへこむその柔らかさをイリックは知らない。初めての経験だ。

 八年前にも嗅いだ、人間が焼ける匂いはもうしない。代わりにどこか甘酸っぱい香りが鼻に届く。これならいつまでも嗅いでいたい。そう思わせるだけの威力がある。


「生き延びれたら……、そうだね。あんたの子供産んであげるよ」


 女性は子供を生める。それは女性だけの特権であり、人間がこの世界で生きていくためには必要不可欠なことだ。

 女性は一人では子供を生めない。相手が必要だ。

 二人での共同作業により、女性は妊娠する。

 イリックにその経験はない。彼女いない歴イコール年齢だからだ。

 あんたの子供。そのフレーズがイリックの意識をいっきに覚醒させる。十八年生きてきて、そのチャンスが訪れたのだから。

 体が痛い。成長痛の類かと思ったが、そうではないらしい。なぜなら、ビリビリと嫌な音が聞こえ出したからだ。


「お、やっぱり神様はいるようだね。それとも、他にきっかけがあったのかい?」


 リンダはふんわりと微笑む。胸の中で、少年が大人に成長したからだ。

 九歳から十八歳へ。骨格が、手足の長さが、早送りのように変化する。本来あるべき姿への帰還であり、その成長は非常にスムーズだ。

 差異があるとしたらそれは髪の長さくらい。ロニア同様真っ黒なその髪は、以前よりも随分長い。若返った際、そして元に戻る際、その二度のタイミングで髪は伸びてしまったらしい。

 イリックはゆっくりと目を開く。眼前には顔にしわが見当たらない若いリンダの顔と、それを邪魔するように二つの双丘が前にツンと伸びている。

 イリックは微笑み返し、ゆっくりと立ち上がる。その際、おもいっきり顔がリンダの爆乳に触れてしまったが、それについては黙っておく。役得だからだ。


「お待たせしました……。完全復活!」


 イリック、童貞を捨てる機会を与えられ、ついに蘇る。


「イリック! 吠えてないでウェイクを!」

「わかってます」


 ロニアの言う通りだ。ウェイクは今なお爆発に晒されており、それは自分達を守るためでもある。

 その役目を見事果たしてくれたことに感謝しつつ、イリックはロニア以上の魔力でキュアを唱える。

 その光はイリックを癒した以上に、ぼろぼろのウェイクを癒す。欠片も残っていない鎧までは修復されないが、これで形成は一気に逆転だと誰もが理解する。


「後は任せていいのか?」

「ええ。おかげで助かりました」


 ウェイクの発言にイリックは力強く返答する。


「リンダ、良くやったわ」

「でも、ここからどう打開するんだい?」

「まぁ、見てればすぐにわかるわよ。我らがリーダーの実力……、いえ、あなたが与えた力のすごさを」


 ロニアとリンダは立ち上がったイリックに視線を向ける。

 イリックは先ほどまで子供服を身に付けていた。身長百三十センチだったのだから当然だ。

 そして今は百六十八センチ。いっきに成長してしまった。

 その結果、一つ問題が発生する。

 ピーコートの下に着ていた上着と肌着、そしてズボンが完全に破れてしまう。奇跡的にパンツだけは無事だったが、それは伸縮性がいいからだ。

 イリックは今、パンツ一丁の状態で真紅のピーコートを羽織っている。


(完全に変態じゃん……)


 体中がスースーするが、今は耐える。先ほどまで焼けどを負っていたのだから、プラスマイナスはゼロだなと自分に言い聞かせ、歩き出す。


「若い男が半裸でコートだけ……。ちょっとそそられるわね」

「まぁ、わからないこともないわ」

(そうなの!?)


 リンダとロニアから変な視線を向けられるが、イリックは耐える。

 先ずは前方のモンスターを倒さなければならない。

 どうやらイリックの登場に驚いているらしく、ヘカトゥームは口を閉じて様子をうかがっている。


「――さっきのチビか? 死んだはずじゃ」


 アーリマンはモンスターであり、人間の顔などそれほど区別できない。ブレイズマーシャラーを着ていることからある程度はイリックを認識できるが、サイズそのものが幾分変化しており、大きな一つ目で不思議そうに観察する。

 ヘカトゥームは押し黙る。自信満々なこの人間を今は警戒しなければならない。本能でそう理解する。


(やっぱり、俺の実力じゃなくてコネクトのおかげなんだな)


 イリックは自覚している。自分の強さの正体を。

 イリックの身体能力は確かに高い。少なくとも、強靭な肉体を誇るアジールを圧倒出来る程度には強い。

 しかし、これまでの戦いにおいて、これが無ければおそらくほとんどのモンスターに勝てなかったであろう。イリックはそう自覚している。

 コネクト。

 後方のリンダによってもたらされたこの神秘は、イリック達に幾度となく勝利をもたらす。

 デーモン。

 モノケロス。

 ヘカトンケイル。

 フブキ。

 パーガトリードラゴン。

 ウーディ。

 これらに勝てた理由はコネクトのおかげであり、ゆえにイリックはこう考える。

 自分が強いのではない、コネクトがすごいのだ、と。

 子供のままであろうと、もしコネクトが本来の性能を発揮できた場合、眼前のモンスターなどあっさりと倒せていただろう。それほどまでに強力な魔法を先ほどまでは実質取り上げられていた。だから負けた。

 今は手元に戻ってきたため勝てる。

 自分が強いのではない。

 コネクトがすごいだけだ。

 そう再認識させられながらも、イリックはこの力を発動させる。今は使えるのだから、使わない理由がない。


「オムニシエンス」


 イリックの詠唱と共に頭上に一本の片手剣が水で作られる。

 刃の先端はギュッと細く、手を守る唾には美しい装飾が施されている。水で生み出されたのだから当然水色をしており、けれども刃は黄色に近い色で輝いている。


「なんだこれは?」


 ウェイクはその圧倒的な威圧感に疑問を抱く。


「これは……、あんたの魔法かい?」

「ええ、すごいでしょ」


 リンダとロニアが見守る中、イリックの頭上に浮いていた片手剣は、加速の素振りを一切見せずに発射される。

 時を同じくして、青黒い体は容赦なく粉砕される。見事反応し、自身の細い腕で振り払おうとしたが、その腕ごと体の大部分を削ぎ落とされてしまう。

 役目を終えた片手剣は洞窟の闇を切り裂きながら奥へ消えていき、やがて射程から外れ、ふっと消え去る。


「はっ! ちょっと痛いぞ!」


 マッカスが久しぶりに動き出す。ミスリル製の鎧を破壊する爆発に晒されたのだから痛いで済むはずはないのだが、どうやらその程度らしい。


(これがイリックの本当の実力か……)


 ウェイクはイリックに視線を向ける。半裸のままブレイズマーシャラーを着ており、どう見ても変態にしか見えない。


(服が破けたのだな)


 ウェイクはイリックから視線を外す。その姿が見苦しいからではない、ヘカトゥームの様子をうかがわなければならないからだ。


「な、なんだと……」

「そんな……」


 アーリマンと、首から上しか残っていないヘカトゥームが二人揃って絶望する。青黒い顔はドスンと床に転がり、その感触が自分達の敗北を痛感させる。


「お、倒したのか? やるじゃねーか!」


 マッカスはこの状況をぼんやりと理解する。傷はリンダによって治療されており、ピンピンしている。


(テレポート分のマジックポイントはギリギリ残ってるな。一時はどうなることかと思った)


 イリックは冷たい床にどかっと座り込む。急激な元通りのせいか、体には随分と疲労が蓄積しており、本当なら今すぐにでもベッドに飛び込みたい。


「やるじゃない」


 むぎゅ。イリックは背後から誰かに抱きつかれる。顔は後ろから柔らかい何かに挟まれており、ここは天国か何かかと一瞬見間違う。

 声、匂い、そしてこの感触。二十四歳のリンダだ。


「そ、それほどでも~」


 イリックの顔は気持ち悪い笑顔を作る。両耳を覆う双丘のせいだ。憧れていたそれに触れられているのだから、まさにこの世の春でしかなく、イリックの体内からは様々な何かが込み上げる。


(鼻の下伸ばしちゃって……)


 ロニアには完全に筒抜けだ。しかし、今は大目に見る。見事モンスターを倒したご褒美というわけではないが。

 一方、軍人二人はモンスターの元に集う。やらなければならないことがある。それは後始末であり、本件を締めくくる大事な事後処理でもある。

 ヘカトゥームは首から下を失ったが、それでもなお生きている。

 アーリマンは逃げることもできず、この状況に混乱している。

 戦いは終わったが、モンスターはまだ生きている。

 ウェイクは足元に転がっているミスリルソードを拾う。使い込まれたそれは自分の持ち物であり、ヘカトゥームに投擲した後、床に放置され続けていた。


「終わりだ。先ずはおまえ……。言いたいことはあるか?」


 ウェイクは毅然な態度で顔だけのヘカトゥームを見下ろす。この状態でもまだ死なないことが驚異以外の何者でもないが、そんなことに驚きはせず、じっと六つの瞳に睨みをきかす。


「これ誰がやったの?」

「イリックだ」

「おいおい……、どうやったんだよ?」


 ウェイクは話を進めたいのだが、マッカスが当然の疑問を口にする。

 ヘカトゥームの現状は剣撃の成せる業ではない。胴体が完全に消滅しており、周囲には精々肉片が少し散らばっている程度だ。


「後で説明してやる」

「へいへい」

「さて……。どうだ?」


 ウェイクは床に転がるヘカトゥームに銀色の刃先を突きつける。遺言を言いたいなら聞いてやる、そういうことだ。

 マッカスは純白の槍を肩に乗せ、そっと後方に視線を向ける。イリックが後ろからリンダに抱きつかれており、とてもうれしそうだ。


「――なぜ、人間は私達を放ってくれない?」


 ヘカトゥームはそっと話し出す。

 アーリマンはこの状況に恐怖しており、しゃべる気力も残っていない。

 人間の強さは知っていた。フブキとパーガトリードラゴンが倒される様をこの目で目撃したからだ。その人間とは別の固体によって自分達が倒されるという事実が、このアーリマンをさらに絶望させる。


(いや、あの人間……、見覚えがあるぞ!)


 そしてアーリマンは思い出す。遠目から眺めているだけでは何が起きているのか理解すらできない戦いをフブキと繰り広げていた人間を。

 最後の最後で立ち上がり、パーガトリードラゴンを黒い剣で砕いた人間を。

 イリックだ。今は赤いピーコートを着ているが、顔や背丈には見覚えがある。

 無敵の強さを身に付けたヘカトゥームがあっさりと倒されたことと、それが同一人物によって成されたという事実がアーリマンの心を完全に破壊する。

 結果、生への執着は消え去り、呆然と現状を受け入れる。


「おまえ達が人間を襲うからだ」


 ウェイクは答える。

 モンスターは人間を襲う。ゆえに、人間はモンスターを狩る。それだけのことだ、という意味あいだ。


「嘘だ! 私は何もしなかった! ここで静かに生きていただけだ!」


 ヘカトゥームは叫ぶ。

 カルック高原の西にそびえ立つ岩山の洞窟。そこでひっそりと身を隠し続けていたヘカトゥームは確かに人間を襲おうとはしなかった。

 二十年前に、人間がここに巣食うモンスター達を一掃し、採掘を始めるまでは確かにその通りだ。

 嘘偽りない主張なのだろうと、二人の軍人は汲み取る。しかし、その程度の熱意には一切屈しない。


「仮にそうだとしても……」

「本当だ!」


 ウェイクの発言を、苛立ちを募らせた女の声が遮る。


「わかっている。そうだとしても、おまえはモンスターだろう? そこのアーリマンは人間を根絶やしようと企んでいる。外を歩けば人間を襲うモンスターがあちこちにいる。つまり、おまえが人を襲ったことがなかろうと、モンスターということだけで俺達の敵なんだ」


 そう。これが人間の考え方であり、世界共通の認識だ。

 モンスターは人間を襲う。

 襲わないモンスターもいるが、それでもモンスターという括りからは逸脱しない。

 そうである以上、この世界、ウルフィエナに生息するモンスターは全て人類にとって敵ということになる。

 友好的なモンスターは確かに存在する。

 ピクシーがその最たる存在だ。

 しかし、そのピクシーさえも人間は狩り尽くす。

 人間はそういう生き物であり、モンスターは所詮、例外なく排除しなければならない。

 カルック高原に生息するカルックシープのような、人間の貴重な資源になるモンスターは狩りつくされずに一定の繁殖を許されているが、それは実質家畜であり、毛や皮、肉が不要となれば、そのタイミングで根絶やしにされてしまうだろう。

 もっとも、カルックシープは全滅しようとどこからともなく姿を現すため、現状では根絶できないと思われている。


「私は……、ただここにいたかっただけだ……」


 突きつけられた現実に、ヘカトゥームの声が小さくなっていく。

 二十年前以降、多くの鉱山労働者をここで殺し続けた。ゆえに自分が部外者だとは口が裂けても言えないが、正当防衛のつもりであり、こちらに非はないと主張したくて仕方ない。


「ここは俺達の坑道なんだから、他所に行けばいいじゃねーか」


 マッカスの何気ない発言にヘカトゥームの怒りは爆発する。


「ここは人間のものではない! 静かな洞窟だったんだ!」

「わ、悪い悪い……」


 その主張には反論できないため、マッカスはばつが悪そうに謝罪する。


「だとしてもだ。我々には我々の事情がある。ここに眠る鉱石が必要だったのだ」

「モンスターの命だけではなく、自然さえも略奪するのか!」

「そうだ」


 事実そうなのだから仕方なく、ウェイクは迷いなくヘカトゥームの問いかけを肯定する。

 人間が生物を食べなければ生きていけないように、デフィアーク共和国は鉱石を採掘しなければ財政を維持できない。

 自然界に生きる生き物には非常な話だが、人間には至極当たり前なことだ。

 ウェイクはそのことを理解しており、ヘカトゥームから目を背けずに済んでいる。


「に、人間こそ悪じゃないか……」

「おまえ達モンスターからすればそうなのかもしれないな。だがな、人間を襲うおまえ達も私達からすれば悪だ。つまり、俺達は相容れないんだ」


 ヘカトゥームが吐き捨てるように絶望する。

 ウェイクは少しだけ後味の悪さのようなものを感じながらも主張を続ける。

 ウェイクにとって、こんな経験は初めてだ。長年倒し続けてきた存在と会話ができるとは夢にも思わず、その結果、人間とモンスターは共存できない存在だと思い知る。

 この場にいる全員が、突きつけられた現実の非情さに心を打たれる。

 アーリマンとイリックだけは例外だ。

 アーリマンは既に心が壊れており、思考は完全に停止している。

 イリックの頭の中はおっぱいでいっぱいだ。


「一つ教えてくれ」


 訪れた静寂をウェイクが破る。


「この坑道は、落石や爆破事故によって多数の死者が出ている。能力からして、おまえがやったのか?」

「――ここを守るためだ」


 ヘカトゥームは小さく、しかし意思を籠めて言い放つ。


「そうか。人間を代表して謝罪する。そして、さらばだ」


 言い終えると同時に、ウェイクのミスリルソードがヘカトゥームの頭を粉々に切り裂く。そうでもしなければ一思いに殺せないだろうと考えてのことだ。

 ウェイクはヘカトゥームに情けをかけない。このモンスターにも被害者の側面はあるのだろうが、紛れもなく加害者でもあり、多数の国民が涙を流したことを知っている。

 その一人が冒険者のコルコルだ。

 マリィと冒険をしている彼女は、三年前に父親をカルック坑道で亡くしている。落盤事故だと思われたが、実際はヘカトゥームの仕業だ。

 坑道ゆえに、ヘカトゥームが関わっていない事故もいくらかは存在するのかもしれないが、多くはヘカトゥームの仕業であることに変わりはない。

 ロニアは考える。コルコルにこのことを告げるべきか否かを。

 あなたの父親はモンスターによって殺されたようだわ。でも安心して、もう倒したから。

 今更それが何になるのか。真の理由を知りたいという欲求は満たせるだろうが、所詮その程度かもしれない。


「やりきれない話だね~。報告書は任せた」

「おい……。まぁ、仕方ないな」


 ここにいる軍人は第三陸軍軍長と第五陸軍軍長。本件終了後、第二陸軍に報告書を提出しなければならない。美しい譲り合いは、ウェイクが折れることで幕を閉じる。


「で、こいつは?」

「もう少し情報を得たい」


 マッカスとウェイクの次なる標的な、両翼を切り落とされた巨大な灰色の眼球、アーリマンだ。

 しかし、生きることを諦めた結果、アーリマンは緩やかに死を受け入る。

 二人の問いかけを無視しているのではない。もはや、返答すらできないのだ。

 本来は白いはずの眼球は、パーガトリードラゴンの遺骨を取り込んだことで灰色に染まり、そして今、洞窟の闇よりも黒く変色していく。

 自身が煉獄の闇に飲み込まれ、無限の闇に堕ち始める。

 ウェイクとマッカスは当然ながら、リンダとロニアも察する。このアーリマンも死に絶えようとしている、と。

 イリックもまた、おっぱいに溺れてどこかに沈んでいく。

 やがて、アーリマンから放たれていた異質な魔力の波動も消え去り、それが本件の完全なる終了となる。


 そのはずだった。


「そろそろ離れなさい」

「お、嫉妬かい?」


 ロニアをからかうようにリンダが不敵な笑みを浮かべる。


「さて、教えてくれよ」

「イリックの力だ」


 マッカスとウェイクは踵を返し、イリック達の元に向かう。


(おっぱいおっぱい)


 イリックは辿り着けた楽園を存分に楽しむ。やはり自分は胸好きだととことん思い知る。

 強力な光を放つマジックランプに照らされた洞窟に穏やかな時間が流れ出す。

 イリックのコネクトについて知らないウェイクは、目撃したことだけをマッカスに説明する。

 マッカスは首を傾げながら聞き入る。

 ロニアは違和感を感じながらもリンダをイリックから剥がそうとする。

 リンダはおもしろいからという理由で無意味に抵抗する。

 イリックはおっぱいの柔らかさに昇天しかける。

 そして、その時が訪れる。


「え?」


 その声は誰が漏らしたのか、もしかしたら全員かもしれない。

 絶命した真っ黒いアーリマンの死体から、その表面を内側から破るように黒い手がズボリと這い出る。人間の上半身程度には大きい眼球はグチャリと音と立てて崩れ去り、その中から一体、また一体と黒い何かが這い出す。

 イリックは知っている。

 ロニアも知っている。

 二人はこの目で見たことがある。

 ウェイクは知っている。

 マッカスは知っている。

 リンダも知っている。

 合同調査隊の報告および、イリックの報告を読んだからだ。

 合計三体のそれらがアーリマンの死体から現れる。

 二メートルを越える長身。

 顔からつま先に至るまで、完璧な漆黒。

 人間の寸法に近い手足。

 大きさは固体毎に多少異なるが、膨らんだ胸。

 それに対して引き締まった腰。

 鍛えられた人間のそれのように太い太もも。

 そして、女性に似た美しい顔と真っ赤な瞳。

 先ほどまでアーリマンが放っていた異質の魔力をまとうそれらはデーモン。

 八年前にサラミア港に現れ、先日テホト村にも現れたそれと瓜二つのモンスターが三体も、同時に出現してしまう。

 一体は素手だ。サラミア港に現れた固体がまさにそうだった。

 一体はダーク製の武器よりもさらに黒い片手斧を握っている。片刃のそれはあらゆるものを切り裂くためにひどく鋭く、武器としてはリーチが短いものの、そんな不安は使用者には一切存在しない。

 一体は刃の歪んだ片手剣を装備している。漆黒の刃はグネグネと湾曲しており、そんなものは見当たらないが、鞘に収めることなど到底不可能に思える。

 三体のデーモン達が、じっと獲物を見据える。

 なぜこうなったのか、それは誰にもわからない。

 しかし、やるべきことは一つであり、ロニアは悲鳴にも似た声でそれを訴える。


「逃げるわよ!」


 そう。逃げるしかない。

 一体なら勝てる相手だ。それはイリックが証明している。しかし、今回はどうすることもできない。なぜなら三体同時に現れた。

 逃げることはできる。イリックのテレポートがあるからだ。先ほどは動転しており思いつかなかった案を、ロニアは今回こそ提示してみせる。

 十一秒間の詠唱時間は自分が稼ぐつもりで、ロニアはぐっと一歩を踏み出す。


「イリック。これがデーモンか?」

「そうです」

「ヒュー、会いたかったぜー」


 三人の男達が立ちはだかる。


「な……」


 ロニアは言葉を失う。それもそうだろう、戦うという選択肢はありえないのだから。命を差し出してもイリックだけは逃がすつもりでいたが、守るべき対象が自ら戦おうとしており、それでは守りようがない。


「まぁ、見ててください」


 イリックは振り返り、子供のような笑顔をロニアとリンダに見せ付ける。


「その自信は何なのよ……。まぁ、いいわ。死ぬなら一緒に死んであげる」

「安心しな、守ってくれるってよ」


 呆れるロニアとは対象的に、リンダは余裕そうに前だけを眺める。

 イリックとウェイクとマッカスが、揃った足並みで歩みを進める。その先には自分達以上に長身のモンスターが待機しており、早く来いと訴えているようにも見えてしまう。


「これだと少し狭苦しいな」

「邪魔になりそうだ」


 ウェイクとマッカスは同じことを考える。

 右から、ウェイク、マッカス、イリックの順に並んでおり、その間隔は一メートルにも満たない。

 この状態でそれぞれが一対一を繰り広げるとなると窮屈だと結論付け、ウェイクは少しずつ右へ広がっていく。

 それを見習い、イリックも左へ離れる。

 こうしてマジックランプだけが照らす洞窟内に三つの戦場が完成する。

 ウェイクの相手は片手斧のデーモン。

 マッカスの相手は片手剣のデーモン。

 イリックの相手は素手のデーモン。

 デーモン達も人間の考えを理解し、自分の獲物に狙いを定める。


「こんな姿で悪いな」


 マッカスはニヤリと笑いながら歩く。爆発が原因で、自慢の鎧は半分以上が崩れ落ちている。煤けた体をさっさと左手ではたきながら、それでもなお、前進を続ける。


「イリック。こいつらの強さをどう分析する?」


 ウェイクは気になっている。三体のデーモンがどの程度強いのかを。

 人類とデーモンは既に三度接触している。

 北の地において合同調査隊が襲われ、一人を除いて瞬く間に全滅させられた。

 サラミア港を襲撃され、被害を出しつつも最終的には二人の冒険者が倒す。

 テホト村とアイール砂丘で戦闘を繰り広げ、イリックが倒す。

 過去の三体とこの三体。同じ程度の強さなのか、人間のようにバラバラであり、眼前の三体はさらに強いのか、それとも弱いのか。

 ウェイクはそれが知りたい。


「さすがに戦ってみないことにはわからないです」


 イリックの返答は至極当たりだ。見ただけでモンスターの強さを比較することなどできるはずがない。放たれる重圧のようなもので強弱くらいはわかる時もあるが、少なくとも今回はまだわからない。


「支援が必要なら言いなさいよ」

「回復したげるよ」


 後方から見守るロニアとリンダが男達に投げかける。しかし、三人は振り返りもせずに言ってのける。


「不要だ」

「余裕!」

「おまかせ」


 ロニアは呆れつつも察する。


「つまり、邪魔するなってことね。ほんと、男って……」

「バカだからかわいいだろ?」

「ふふ、そういう捉え方もあるのね」


 この瞬間、ロニアの価値観が少しだけリンダに染められる。

 ロニアはバカな人間が嫌いだ。

 頭の悪い男は心底受け付けない。

 しかし、かわいいと思える要素もわずかだが持ち合わせているのかもしれない。

 例えばネッテ。学校に通っていない田舎娘なのだから当然だが、教養は一切身に付けていない。

 ロニアによって随分と知識をつけており、今でもまだまだ未熟な子供の域を脱していないが、その成長には目を見張る。

 ネッテはかわいい。外見や挙動以外に、そういう側面においてもロニアにとってはかわいい。

 そしてイリック。やはり学がない。冒険者に必要な知識だけは持ち合わせているが、非常に偏った教養なのも事実だ。

 頭の回転はいいが、それを活かしきれておらず、時折随分と頼りない。

 それでも惚れてしまったが、それを差し引いてもその無知っぷりには時折呆れてしまう。

 イリックのこともかわいいと捉え直し、その上で自分が先生となって教えてあげればいい。ロニアはそう考えようと努力し始める。


「もし俺達のどちらかがやられたら、その時はイリック、頼むぞ」

「へっへっへ、踏ん張れよ~」


 ウェイクとマッカスが左を歩くイリックに視線を向ける。

 そのような重圧はかけて欲しくないのだが、デーモンと戦ったことがある人間はこの中で自分だけであり、今だけは頼られてしまうのだとイリックは自覚する。


「少なくとも俺は負けません」

「言うね~」


 イリックの心意義にマッカスは心底喜ぶ。

 マッカスはイリックを気に入っている。イリックが初めてデフィアーク共和国を訪れ、デーモン討伐の件をウェイク達に報告した直後から、その感情を抱いている。

 マッカスは強い男が好きだ。努力の有無ではなく、強いことを重要視しており、デーモンを倒したイリックは強いと直感的に見抜いている。

 三国の要人を招集した緊急会議でイリックを初めて見て以降もその気持ちに変化はない。それどころかその強さには心酔しており、もちろん自分の方が上だと根拠もなく捉えているが、いつかはイリックを自分の部下に加えたいと考えている。

 第二陸軍のエミリアもイリックを狙っており、実はデフィアーク共和国の軍人達は、イリック争奪戦を繰り広げている。

 カッ。三人は一斉に停止する。

 ここまで近寄ったんだ、かかって来い。そういう意味で、マッカス達はデーモン達と対峙する。

 両者の間に言葉など必要なく、その行動だけで全てが伝わる。

 真っ先に素手のデーモンが動き出す。自分達から見て最も右に立つ赤いコートを羽織った人間目掛け、長くはないが人間を殺す程度はできてしまう爪を突き立てるために距離を詰める。

 イリックは寸でのタイミングで黒い爪を片手剣で受け止める。ギリギリだが間に合ったのだから問題はなく、それでもイリックはゾッとする。

 迫り来るデーモンの爪を受け止めることができた。それは今握っている武器がミスリルソードだからだ。もし、カッパーソードのままだったら、結果は異なっていた。

 イリックはその事実に気づき、自分が幸運だったと思い知る。おかげで首の皮一枚繋がったのだから、ウェイク達に感謝しつつ、眼前のモンスターと睨み合う。

 そのぶつかり合いが鐘となり、残りの二体も獲物を殺すため爆ぜる。

 真ん中に立つマッカスの相手は、片手剣を武器とするデーモン。

 刃だけが青い純白の槍と、刃先から柄までが全て黒い剣が交差する。

 マッカスはその速さに小さく驚く。初撃は避けるつもりだったが、それは叶わなかったからだ。


「やるねぇ」


 それでもマッカスは笑う。強いモンスターと戦いたいという欲求が、ありえないほど満たされる。それがうれしくて堪らない。

 最も右の戦場では、ウェイクがドシリと腰を降ろして迎え撃つ。

 相手は片手斧をだらんと構え、ウェイクを目指すデーモン。斧には刃が片方にしか備わっていないが、一枚のその刃がとにかく鋭く、肉を切り裂かれようものなら、そのまま骨まで巻き込まれてもおかしくはない。

 瞬く間に両者の距離は縮まり、漆黒の斧が横から振りぬかれる。


(速い)


 ウェイクはさっと後方に跳ね、やり過ごす。脚力を含め、予想よりも高い身体能力に目を見張る。

 手加減はできないな。そう思うよりも先に、ウェイクの右手が動き出す。反撃のためにミスリルソードが剣撃を繰り出す。

 金属と金属がぶつかり合う激しい高音が響くと同時に、ウェイクは眉間に力を籠める。予想よりも簡単そうに、今の攻撃が片手斧で受け止められたからだ。

 一瞬だが、薄暗い洞窟が静まり返る。

 イリック、マッカス、ウェイクの三人が、眼前のデーモンと見つめあうように静止したからだ。

 それは一瞬であり、すぐに戦闘音が鳴り始める。

 武器が空気を切り裂く音。

 硬い地面を蹴り上げる音。

 やかましいほどの金属音。

 一対一の攻防が三箇所で同時に展開される。

 ロニアとリンダが見守る中、イリックが最初に戦いを終わらせる。

 それもそうだろう、負ける要素がないのだから。


(たいしたことないな)


 初撃こそ驚かされたが、それだけだ。

 イリックは比較的早く見抜く。今回のデーモンは、テホト村で遭遇した固体より幾分弱い、と。

 大きな差はないのかもしれない。しかし、わずかに劣る。その時点でイリックの負けはない。

 イリックはあれ以降、様々な面で強くなった。

 一つ。装備の更新。あの時のイリックは、ネッテのお下がりだったブロンズダガー一本で立ち向かう。その短剣では鱗のような黒い肌に傷一つつけられなかったが、今は違う。デフィアーク共和国の軍人が標準装備するミスリル製の武器、ミスリルソードを握っている。岩すらも切り裂くこの片手剣なら、あらゆるモンスターと渡り合える。

 防具に関しても、火の大精霊から授かったブレイズマーシャラーがある。

 短剣こそ補充できていないが、今のイリックは随分と冒険者らしい装備になっている。

 二つ。身体能力の向上。劇的には向上していないが、それでも成長したことに変わりはなく、その差が眼前のデーモンを一切寄せ付けない。デーモンを思い描き、イメージトレーニングに励んだことも大きく寄与しているのかもしれない。

 三つ。コネクトの成長。ネッテとしか繋がれなかったあの頃とは性能が全く異なる。アジールとロニアを接続相手に選べるということは、防御と魔法攻撃の面も補えてしまう。しかし、これに関してはこの戦いに関係ない。なぜなら、コネクトを発動している状態ではあるが、彼女達の戦技や魔法を使うまでもないからだ。

 デーモンの黒い腕がイリックの顔をかすめる。きちんと避けきったつもりだったが、やはり侮ることはできないらしい。

 しかし、これで終わり。イリックは暗闇の中でも銀色の美しさを失わないミスリルソードを、すれ違いざまに左から右へ振りぬく。

 黒い体に大きな亀裂が走ると同時に、イリックがトドメの一撃として、背後からデーモンの首を切り落とす。

 確実な死を与えるために。

 苦しまないよう、即死させるために。

 モンスターにしては美しい顔が石の床に転がる。

 長身な黒い体が前のめりにドスンと倒れこむ。

 イリックはこの戦いを通して、自身の成長を感じ取る。相手が前回のデーモンとは異なるとは言え、誰の力も借りずに倒せたのだから。

 コネクトに頼らず、デーモンを倒せたことに内心では喜びつつ、イリックは視線を動す。直後、二つ目の勝利を目撃することになる。

 向けられた左手が、マッカスをわずかに押し返す。手のひらから放たれる、視認できない衝撃波だ。その攻撃範囲は非常に広く、当事のイリックは一度も避けられずに終わる。

 マッカスは初見のため、防御体勢すらとれずに直撃を受ける。それでも倒れることはおろか、怯みもしない。一歩分程度、後方に押されただけだ。


「これが報告にあったあれか……。なかなか痛いな」


 その顔はどこかうれしそうだ。

 マッカスの姿はボロボロだ。銀色の軽鎧は半分以上の装甲を失っており、体のあちこちは煤けている。それはデーモンに負わせられたものではなく、停止させられている間にヘカトゥームから受けた攻撃によるものだ。眼前のデーモンからは、今の攻撃が初めての洗礼と言える。


(確かに強い……。部下達じゃ太刀打ちできないかもな)


 マッカスはその場から動かず、黒い顔と赤い瞳を睨みながら分析する。デーモンの強さは報告書通りだと再確認する。

 第五陸軍はデフィアーク共和国における最大戦力だ。所属する軍人達の規模が他を圧倒する。

 モンスターの討伐という至極わかり易く、そして最も重要な任務を請け負う部隊なのだから、当然の編成だ。

 マッカスを頂点とする第五陸軍は、過去幾度となく様々なモンスターと渡りあって来た。

 グフータ野に発生したグフータアルマジロの大群。

 マンルルス盆地で猛威をふるった大量のリバーホーネットと巨大な異常固体。

 カルック高原のカルックラム。

 夜だけの住人、アンデッド。

 ギルド会館に依頼をすれば、軍隊を動かさずとも冒険者がモンスターを倒してくれる。それは紛れもない事実だが、時に彼らでは手に余ることがある。

 そういった時、第五陸軍は出動する。

 最近では、マーム村に現れたアーリマンを迅速に討伐してみせた。

 冒険者は頼りになる存在だが、彼らだけでは国や人間を守りきれないことをデフィアーク共和国は知っている。

 ゆえに軍を編成し、冒険者以上に期待を寄せる。

 軍人達は日々の鍛錬を欠かせない。強くなければモンスターに殺されるからだ。上官としてもそんなことは受け入れがたく、ゆえに部下達に汗を流させる。

 眼前のモンスターは、自慢の部下でも敵わないとマッカスは推測する。数で押せば勝てるかもしれない。いや、勝てる。しかし、そのための代償を考えると成果は釣りあわない。

 マッカスは水色の穂先をデーモンに向ける。その構えを解かずに一歩を踏み出す。

 デーモンを倒すため。

 部下を守るため。

 任務のため。

 なにより強いこのモンスターを倒したいから。


「ネザーエナジー」


 マッカスは戦技の発動を開始する。


 ネザーエナジー。三十秒間、筋力をわずかに向上させる戦技。前衛系の人間が扱える戦技としてはオーソドックスな種類だ。シンプルな効果ゆえに、その成果も目に見え易い。


「エレメンタルアーマー」


 エレメンタルアーマー。魔法に対する耐性を高める戦技。デーモンが何をするか読みにくいことから、マッカスは念のための保険をかける。


「ブラックホール」


 ブラックホール。攻撃魔法を一度だけ吸収する戦技。さらなる保険として、マッカスはこの戦技も使用する。希少戦技と呼ばれる、非常に習得者が少ない戦技の一つだ。

 準備は整う。

 マッカスはギュンと加速する。まるで発射される攻撃魔法の如く、相手に詰め寄る。振り下ろされる黒い片手剣をサリッサで弾き飛ばし、右ひざを黒い腹部に打ち込む。

 片手剣を手放し、吹き飛ばされるデーモンは、地面に叩きつけられるよりも前にその命を落とす。マッカスの追撃が、デーモンの体に深く突き刺さったからだ。


(うっわ……。何今の……)


 目撃したイリックは震える。マッカスによってデーモンがボールのように吹き飛ばされた。それだけならまだしも、マッカスはそれに追いついてみせる。そして、そのままトドメを刺す。

 真似できそうにない、そう思いつつ、その連撃は目に焼きつく。

 イリックとマッカス。短時間でそれぞれのデーモンを倒してみせる。

 残りは一体。

 ウェイクがつばぜり合いをしているデーモンは、漆黒の片手斧でミスリルソードをぐいぐいと押す。力ではデーモンが勝っているように見えるが、そんなことはない。ウェイクが慎重に相手の出方をうかがっているだけだ。

 マッカスが足を使ったように、ウェイクも右足でデーモンを蹴り飛ばす。両手が塞がっているのなら、そうするまでだと余裕の表情で実行する。

 今のままではまずい。デーモンはこの状況に心底焦る。それもそうだろう。自分以外の二体が倒されたばかりか、自身が戦っている人間も相当な強敵なのだから。

 起死回生の、そして三体の中では自分しか使えない手段をここで披露する。奥の手であり、必殺のこれは駆け寄ったウェイクを弾き飛ばし、成就する。


「お、これがパワーアップってやつか。ち、あれが当たりかよ」


 マッカスは羨ましそうに口角を釣り上げる。

 イリックは知っている。この増大した殺気を。

 ロニアも知っている。心が傷つくほどの恐怖をまとったこの姿を。

 最後の一体が、黒く澄んだ魔力のようなオーラをまといだす。もやもやと揺れ動くそれは、一旦は周囲を吹き飛ばすほどの衝撃波となってウェイクを後方に弾き返すが、今は定着したかのように黒い体の周囲で安定して漂っている。


(お手伝いは必要かな?)


 イリックは少し離れた場所から、アサシンステップの使用を準備する。とは言え、今はまだ使わない。マッカスが一切動かないことから、ここは様子見が正解なのだろうと察したからだ。

 最後の一体が使用したこれはデモニックオーラと呼ばれる戦技の一種だ。デーモンの中でも一部の個体しか扱えない切り札であり、黒い体をより黒く染めるこのオーラをまとっている間は、自身の身体能力を三割程度向上させる。

 以前、イリックはアサシンステップとデュアリズムを使い、この状況を打破してみせる。コネクトのおかげであり、ネッテのおかげでもある。

 ウェイクはどうするのか、イリックはじっと見守る。

 ウェイクは戦技を一つしか習得していない。

 ウォーシャウト。周囲のモンスターを無理やり自身に向けさせる、戦場をコントロールするための戦技だ。これは一対一において全く意味を成さず、ゆえにウェイクは体一つでデーモンと立ち向かわなければならない。


「当たりか外れか……。どちらでも構わんが」


 ウェイクは吹き飛ばされた際の汚れをパンパンと払い飛ばし、前進を再開する。その姿はこの三人の中で最も大きな被害を受けているように見える。

 ヘカトゥームの爆破を幾度となく受け続けたため、型落ち品ではあるが気に入っていた茶色い鎧は跡形もなく破壊された。上半身は顕わになっており、厚い筋肉と濃い毛が胸と腹を覆っている。

 ロニアはあまり見ないようにしている。ウェイクの裸に興味などないから。

 リンダは眼福だと堪能する。

 そんな肉体をさらけ出しながら、ウェイクは迷うことなくデーモンに歩み寄る。近寄らなければ倒せない。

 呼応するように、デーモンもオーラをたぎらせながら前進を開始する。

 両者は構えることなく距離を詰める。

 接近し終えた一人と一体は、そう決めていたように互いの武器をぶつけ合う。じわりと武器が傾く。黒い片手斧が、デーモンにじわりと寄せられる。

 まさかの力負けにデーモンは目を見開く。先ほどまでは互角かそれ以上だったのだから、それも当然だ。

 手加減ではなく様子見に徹したウェイクは、このタイミングで自身の出力を向上させる。侮れない相手だとは初めからわかっていたが、まさにその通りの実感できた以上、ここからは勝つことに徹する。

 素早く後退したデーモンは、左手で斧を握り、右手を前に突き出す。

 視認できない衝撃がウェイクに襲いかかる。デーモン自身、これで倒せるとはこれっぽっちも思っていない。体制を崩させ、そこを狙い撃ちするつもりだ。

 しかし、それすらも叶わない。なぜなら、振り払われた斬撃によって、その衝撃波の威力が相殺されたからだ。


「あぁ、そうすればいいのか」

「もうやだ、この人達……」


 感心するマッカスと鼻水を垂れ流すイリック。

 そんなことはできないとイリックは経験から理解している。にも関わらず、目の前で実践されてしまう。ウェイクは当然の如くやってのけ、マッカスも次は俺もやろうと表情で語る。

 そんなことはできない。そう思える理由はいくつか挙げられる。

 先ず、見えない。タイミングがわかろうと、その形は輪郭すらわからない。

 何より、威力がすさまじい。それを裏付けるように、ウェイクの足元では硬い石の地面が衝撃波によってえぐれている。

 しかし、ウェイクはミスリルソードでそれを振り払ってみせる。

 戦い方から色々と見習える点は見つけられるが、参考にすらならない箇所も多く、イリックはとりあえず頭を空っぽにして観戦に徹する。どうやら助けは必要ないらしい。

 イリックよりも驚いたのはデーモンだ。衝撃波の威力はデモニックオーラによって向上している。それでも結果はこれだ。敗北という単語が脳裏によぎる。


「どっしりと行くぞ」


 その言葉の意味は誰にも理解できなかったが、デーモンだけはウェイクの眼光から察する。

 銀色の片手剣を構え、眼前の人間が自身を上回る速さで迫り来る。互いの武器が激しくぶつかり合う。


「やはり侮れんな」


 並のモンスターでは今の一撃で切り伏せられていた。武器で防いでみせたデーモンはやはりただならぬ存在だとウェイクは再確認する。

 もっとも、これが最後の一言になる。ウェイクは、怯んでもなお美しいデーモンの顔に、拳を打ち込む。ただの打撃だが、長身を大きく仰け反らせる。それが隙となり、次の瞬間、デーモンの体には四つの剣撃が走る。

 顔の痛みのせいでデーモンは自分が死んだことすら気づけず、地面に倒れこみ、そのまま絶命していく。


「次は俺にやらせろよ」

「次なぞあってたまるか」


 ハハハと笑いながら近寄ってくるマッカスに、ウェイクは眼下の死体から目を離さずに返答する。

 もはやピクリとも動かない。まとっていた半透明なオーラも蒸気となって消え去る。

 ロニアは呆然とその光景を眺める。

 イリックが強いことは知っていた。理解を越えるモンスター達を幾度となく打ち倒してきたのだから。

 ウェイクとマッカスの強さもぼんやりとわかっていたつもりだった。イリックが強いと言うのだから、そうなのだろうと思うようにしていた。

 だからといって、三体のデーモン相手に一切怯まず、あっさりと倒すとは夢にも思わず、うれしい誤算ではあるものの、どこか釈然とはしない。


(一人焦った私がバカみたいじゃない)


 逃げるため。逃がすため。ロニアは自分の命を投げ出す覚悟を抱き、時間を稼ごうとした。それはテレポートのためであり、イリックのためだったが、今となってはどこか恥ずかしい。


「これは研究のし甲斐があるね」


 リンダはうれしそうに歩きだす。それもそうだろう、北の地に生息する解明の済んでいないモンスターが三体も遺体として転がっているのだから。

 その上これらはただのモンスターではない。煉獄と呼ばれる別世界からの訪問者だ。錬金術師の血が騒いで仕方ない。


「なるほど。これらは持ち帰るべきか」

「そうだろうな~。イリック、頼めるかい?」


 デーモンの遺体の重要性に気づき、ウェイクとマッカスは視線を向ける。その先に立つイリックは、わかりました、と添えて頷き、マジックポーションのがぶ飲みを覚悟する。


 人間にとって、この戦いは決して後味のいいものではない。

 居場所を奪われたモンスターが、取り返すためだけに奮闘していたのだから。

 被害者はモンスターであり、加害者は人間という構図が出来上がっている。

 その後、モンスターは足掻き続け、鉱山労働者達が被害者となる。

 人間とモンスターは相容れない。そのことを再確認した軍人二人と大人二人は、決して臆することなく明日も歩き続ける。

 腹を満たすために他の生き物を殺さなければならないのだから、この世界がいかに残酷か、今更教えてもらうまでもなく理解している。

 ちなみにイリックは、リンダの豊満な、それでいてふわふわな脂肪に包まれていたため、悲痛なやり取りを話半分にしか聞いていない。

 冒険者はモンスターを殺して金を稼ぐ。モンスターの事情など、考えている余裕はない。知ったところで得にも損にもならないのだから、今回の場合、知らないでいることが幸せなのかもしれない。

 愚かなだけかもしれないが、冒険者はそれくらいが丁度いいのかもしれない。


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