第四章 決意、そして新たな始まり
雲一つない夜空では、いくつもの星が競うように自己主張している。月も新円を描き輝いている。
大通りを歩き終えたイリックとネッテは、予約済みの宿屋に勇んで足を踏み入れる。
荷物を部屋に置くため。
夕食を食べるため。
宿屋の一階は食堂になっており、テホト村がそうだったように、ここも混んでいるのだろうと容易に想像できる。
独特な喧騒は決して不快ではなく、むしろ楽して仕方ない。
今日も賑わいに身を委ねて夕食を堪能するぞ。イリックはそんな意気込みを抱いていたが、どうやら必要無かったらしい。
「待ってたぜ!」
「主役の登場だ!」
「ありがとう!」
二人の登場は食堂に大きな喝采をもたらす。
イリックとネッテが現れるのを首を長くして待っていたらしい。
大半の大人達は既に酔っ払っているが、そこにはつっこまない。大人しく待たれてもそれはそれで怖い。
「さぁ、座って座って」
店員が二人を席に案内する。先に荷物を置きたい……とは今更言えそうにない。
何を食べようかな? イリックは壁に貼られたメニューを見渡す。リンダから報酬を受け取りはしたが、高いものをバカスカ食うつもりはない。普通の料理で十分だ。
「ネッテはどうする? 俺は今日のおすすめでいいや。他のは任せた」
「ガッテン! それじゃ、え~っと……、悩んじゃうな~」
ネッテがメニューを決めてから店員を呼ぼう。そう思ったが、今のやり取りは意味がなかった。
なぜなら、頼んでもいない料理が次々と運ばれてくる。
ゆで卵がパン粉と肉で包まれた料理。半分に切られており、見た目も匂いも最高だ。
何かの肉が柔らかくなるほど煮込まれた料理。しかし、注文していない。
白いソース満載のパスタ。確か、カルボナーラだったと記憶している。
いくつもの野菜を盛り付けたサラダ。女性に人気の一品だ。
そして、やはり頼んでもいない飲み物がぽぽぽんと四種類も運ばれてくる。
「あのう……」
「どんどん召し上がってください。サービスです!」
「やったー!」
(なんとまぁ……)
素直に喜べるネッテがうらやましい。
村を救ったことによるもてなしだとわかってはいても、イリックは萎縮してしまう。そこまでしてもらっていいのだろうか? そう思わずにはいられない。
「いただきマンルルス盆地!」
「い、頂きます……」
この状況では腹をくくるしかなく、ネッテに続き、イリックも美味しそうな料理に手を伸ばす。魚料理がないが、ここは内陸ゆえ、仕方ない。
「あぁん、美味!」
「そうか、よくかんで食べろよ」
こんなご馳走、なかなか食べられない。味わって食べる。むしゃぶりつくネッテの品の悪さを反面教師に食べ進める。
食べてる最中も、周りからは何度も礼を言われる。
こんな時、二人というのは便利なもので、手柄を押し付けてしまえばこの状況に窮屈することはなくなる。
ネッテがワーワー称えられる。そして照れる。
イリックも盛り上げつつ、しかし、いそいそと料理を口に運ぶ。見た目通り、ゆで卵を肉で包んだ料理は格別だ。スコッチエッグと呼ばれる料理らしく、ネッテに覚えさせたくて仕方ない。
夕食はいつまでも盛り上がる、もっとも、胃袋の容量は有限だ。やがて限界が訪れる。
それでも料理はいつまでも運ばれてくる。
もういいです、イリックがそう言うまで続く。
二人のお腹はぷっくり膨れる。ネッテに至っては、食べ過ぎでどんよりしている。さっきまでのはしゃぎっぷりはすっかり鳴りを潜めており、まるで別人のようだ。
「デザートも食べたかったよ~」
「そう言われれば、メインディッシュみたいなもんしか食べてなかったな」
今、喉を通るとしたら飲み物くらい。それですら、このコップに注がれている量が限界だ。
「妊娠しちゃったよ~」
「そうか、よかったな。旦那と幸せにな」
「照れちゃって。あ、な、た」
イラッ。しかし、満腹過ぎて身動きが取れない。このまま少し休憩する。
(一食分浮いたのはありがたいな……。あぁ、明日の朝もいらなそうだから、二食分か)
喧騒に包まれながらも、イリックは天井を見上げそんなことを考える。こんな時でもリアリストな男。それがイリック。
「見つけた」
近づく足音と共に、そんな声が二人の耳に届く。
大盛り上がりな食堂でも聞き取れる女性の声。透き通ったその声は、どこかで聞いたことがある。
「あ、先ほどの……」
声の発生方向に視線を向けると、共に戦った女冒険者が立っていた。近寄られると身長の高さに気圧される。こんな美人とは縁のない人生を歩んできたため、イリックは無駄にドキドキしてしまう。
「お姉さん、こんばんは!」
「こんばんは。君、すごいんだね」
褒められ、柄にもなくネッテがまごまごと照れ始める。
「お兄ちゃんほどじゃないです!」
「はいはい。お姉さんもすごいと思いますよ。スケルトンを一体倒してくれましたし」
イリックは謙遜するネッテを軽くあしらい、とりあえずお世辞っぽいことをを言ってみる。
「あなた達と比べたら私なんて……。あ、ここいい?」
「どうぞ!」
向かい合って座っていたイリックとネッテ。冒険者はネッテの隣に腰掛ける。
先ほどまで苦しんでいたネッテは、どういうわけか元気を取り戻す。ネッテも美人なお姉さんと話せて嬉しいようだ。
「私の名前はアジール。冒険者」
唐突に自己紹介が始まる。口火を切ったのはアジールと名乗る冒険者。
イリックはアジールの目から視線を外せなくなる。なぜなら、随分と特徴的な目をしており、具体的には、瞳孔の外周付近をなぞるように赤い線が一本走っている。
普通の目じゃない。無知なイリックですら一目で理解する。同時に、綺麗な目とも思えてしまう。
「ネッテです! こっちはお兄ちゃん!」
「イリックです。先ほどはありがとうございました」
アジールにはスケルトン一体の相手をしてもらった。おかげで楽ができたとイリックは礼を述べる。
「ううん。お礼を言いたいのはこっち。助けてもらったんだし……、ありがとう」
「い、いえいえ……」
頭を下げるアジールに、イリックは思わず顔を赤らめる。兄のおもしろい顔を見逃さないのがネッテだ。
「あ、お兄ちゃん照れてる! ほんと面食いなんだからー!」
鬼の首を取ったかのようにネッテがはしゃぎ出す。
その言動にイラッとしたイリックは、テーブルの上の骨付き鶏肉を手に取り、間髪入れずネッテの口に突っ込む。
「むぐ!? もぐもぐ」
黙らせることに成功する。
「アジールさんのおかげで村に被害が出なかったのは事実ですし、なんにせよ良かったです」
真っ先に駆けつけたアジールによって、アーリマンを足止めできたことは紛れもない事実だ。
もしアジールが居合わせなかった場合、それでも滞りなく倒すことはできただろうが、村への被害は少なからず出ていただろう。
「私じゃなくて君達のおかげ」
謙遜し続けるアジールの態度と口数の少なさが、イリックには微妙にやりづらい。ゆえに、ここでもネッテを生贄に捧げる。
「アーリマンを倒したのはネッテですし、ここはネッテのおかげということにしましょう。さすが我が妹!」
「もぐもぐー!」
ネッテは右手を突き上げる。まだしゃべることはできないらしい。リスみたいな顔をしており、イリックはその顔を気に入っている。
「妹さん、確かにすごかった。冒険者の私よりよっぽど強い……」
冒険者の自分が冒険者でもなんでもない小さな女の子より劣る。その事実にアジールが負のオーラを放ち始める。
「い、いえ、妹は天才ですから。そこらへんの冒険者より強いかも」
慰めになるかわからないが、ネッテをよいしょすることで事態の打開を図る。
(ほれ! おまえもなんか言え!)
(も、もぐもぐー!)
(それはいいから!)
イリックとネッテはアイコンタクトで会話する。兄妹の成せる業だ。
「んぐぐ。あのモンスター、たいしたことなかったです! お兄ちゃんならきっともっと余裕!」
何もわかっていなかった。慰めろとはっきりと言うべきだった。
(このバカ!)
「むぐー!?」
二個目の骨付き鶏肉をネッテの口に突っ込む。
「ふふ、仲良いね」
兄妹のやり取りにアジールは笑顔をこぼす。
「それだけが取り得の兄妹です。ところで、アジールさんはどうしてこの村に?」
今がチャンスとイリックが話題を変える。この雰囲気を変えなければならない。
「一人旅もかねてサウノに向かってる最中」
「おー、かっこいい! サウノへは何をしに?」
会話が弾みそうな話題ゆえ、イリックはがんばって食いつく。
サウノ商業国。誰もが一度は行ってみたいと考える大国である。店の多さ、人の多さ、どちらも大陸一を誇る。
他国からは定期船で行き来が可能なのだが、こうして陸路を選び、あえて歩く冒険者も少なくない。
腕試しになるから。
道中通る土地の見聞を広げられるから。
理由としては、この二つが挙げられる。
冒険者は実力も去ることながら、知識も非常に重要だ。モンスターの特徴や土地勘といったものは、生きていく上で必要不可欠と言える。
モンスターと戦わない一般人には不必要だろうが、冒険者はモンスターと戦う。言い換えれば、殺し合う。相手のことを知らないということは、自殺行為に等しい。
アジールの旅もこういった背景に基づいたものなのだろうとイリックは推測する。
「仲間を求めて」
イリックはがくっと崩れかける。急に話が重たくなってしまった。どうやら作戦は失敗だ。
「今まではデフィアークで活動してたんだけど……。誰も仲間に入れてくれないから、サウノで探そうかなと」
(あいたたたた!)
泣きたくなってきた。この手の話は珍しくないのだが、実際に当事者と出会ったことはこれが初めてゆえ、イリックにはどうすることもできない。
冒険者には二種類存在する。
可能な限り一人で行動する者。
仲間と行動する者。
それぞれにメリットとデメリットが存在する。
一人で行動する場合、旅の計画立てやモンスターとの戦闘、そして野営の準備は全て一人でやらなければならない。
しかし、宝箱の中身やギルドでの報酬は一人占めだ。また、他人の都合や好き嫌いを考える必要がないため、自由気ままに冒険や旅に出発することができる。
仲間と行動する場合、自分よりも強いモンスターを倒せる可能性があるが、入手した報酬は分配しなければならず、一品物の装備や貴重なマジックアイテムを手に入れた場合、誰に装備させるか、誰に使わせるかで揉めることがある。
一人で行動する冒険者、仲間と行動する冒険者、どちらが多いのかと訊かれれば、それは後者だ。
この大陸に限った話ではないが、一人では倒せないモンスターが様々な場所に生息している。つまり、一人での冒険は危険だ。
ゆえに冒険者は仲間を求める。しかし、時折、どうしても仲間に巡り合えない不運な冒険者がいるのも悲しいかな事実だ。
実力が伴わない。
装備が貧相。
そりが合わない。
出会いに恵まれない。
理由は色々だ。
サラミア港にも冒険者が集うギルド会館が存在するのだが、イリックが足を運んだ限りでは、そういった事例を目撃したことはない。レアなケースだろうと油断していた。
そのレアケースと思われる人物が目の前に座っている。どうしたものか。どうすることもできない。
「もぐも~ぐ、もぐもぐ」
妹が何か言っているが全く聞き取れない。仕方ないため、イリックが状況の打破を試みる。
「サ、サウノがこの大陸で一番人が多いですし、きっと理想的な仲間達が見つかりますよ! 応援してます!」
サウノ商業国で仲間を探す。これは理にかなっている。
サウノ商業国のギルド会館は冒険者で溢れており、人の往来の多さから、必然的に出会いと別れも多い。
ギルド会館は毎日のように仲間の募集で賑わっている。そこでならアジールもきっと仲間を見つけられるだろう。そう思い込んでみる。
「ありがとう。あなた達はこれからどうするの?」
効果のほどはわからないが、アジールが会話を弾ませてくれる。イリックはものすごい勢いで食いつく。
「明日はこの村で旅の支度をして、明後日サラミア港に向けて出発しようと思います。それでいいよな?」
「もぐー」
イリックの問いかけに、ネッテは口を動かしながら頭を縦に振って答える。腹がいっぱいでなかなか飲み込めないようだ。
「サラミア港が故郷なんだ。良いところだよね」
「何もない港町ですけどね」
イリックは自虐的に笑う。今のサラミア港はお世辞すら言えない田舎町だ。しかし、決して嫌いではない。
「イリックはそこで何を?」
「アイール砂丘の見回りやってました。つい先日、見回りが廃止になったので今は……無職です」
自分で言ってて悲しくなってきたが、事実ゆえ致し方なし。サラミア港に帰ったら、町長が仕事を見つけてくれているかもしれない。今はそれに期待する。
「後はまぁ、町長から変な依頼を頼まれることがあるので、それを片付けたりしてました。時々ですけどね。ここに来たのもそれが理由です」
「そう……。やっぱり冒険者じゃないんだ」
どこか寂しそうにつぶやくアジールに、イリックとネッテは顔を見合わせてしまう。
「んぐ。時々冒険者みたいなことはしてるよね?」
口の中を空にしたネッテがまるでフォローするかのように発言する。
「どんなことを?」
アジールの問いかけに答えるため、イリックは頭の中の引き出しを開けていく。色々あってすぐには思い出せない。
「最近だとアイール砂丘の赤ガニ討伐とか、その前だと砂ウサギの耳を十匹分とか?」
「思い出したくない思い出だな……」
イリックは蘇った記憶のせいで青ざめる。ネッテが砂ウサギの耳を嬉々として切り落とす光景がフラッシュバックのように思い出される。倒され、地に伏せる少し大きめな薄茶色のウサギ達が、順に両耳を失っていく。恐怖でしかない。砂ウサギにとっても、イリックにとっても。
「追いかけっこみたいで楽しかったよね~!」
「あいつらは必死に逃げてたけどな……」
思い出せば思い出すほど、酷い記憶だ。イリックは頭の中の引き出しの一番奥にこの出来事を封印する。
「ふふ、おもしろい話だね」
「だよねだよね~」
「俺の顔色が青くなってると思うんですけど……」
アジールの綺麗な目はどうやら節穴らしい。しかし、見れば見るほど、赤い円が特徴的で、魅入ってしまう。
「アジールさんは明日出発しちゃうの?」
「そのつもりだったけど、私も明後日にしようかな」
「わ~い! 明日は一緒にお出かけしよう!」
いつの間にか、ネッテとアジールはすっかり打ち解ける。
イリックはその様子を眺めながら、頼んでもいないジュースを飲み始める。店員が次の飲み物をいつ運ぼうかこちらの様子をうかがっている。もうお腹はいっぱいだ。
◆
柔らかいベッド。
体温に近い、理想的な暖かさのシーツ。
物音一つしない部屋。
窓から差し込む眩しすぎない朝日。
微妙に筋肉痛な足。
未だに感じる満腹感。
寝不足ではないはずだが、どこかぼんやりとする頭。
この状況で二度寝をするなという方が無理な話だ。イリックはうっすらと開いた瞳を再び閉じていく。もう一時間は寝るつもりだ。
「朝ー!」
物音一つしない部屋の静寂が打ち破られる。隣の部屋から妹が襲撃してきたからだ。カギを閉めておけばよかったと今更ながらに後悔する。
ネッテが勢いよく布団をめくる。
イリックの体も露出する。
「朝よー。起きてー」
ネッテによってイリックの体が激しく揺さ振られる。いつもの光景だ。
「ね、寝かせてくれ……。頼む」
駄目もとで懇願してみる。
今日は買い出しも兼ねて一日ぶらぶらするだけ。ゆえに、二度寝だろうと三度寝だろうと許されるはず。何より、食べ過ぎのせいで体調がよろしくない。
「だめ~。朝~、朝ですよ~」
微妙に不快なリズムで朝を連呼するネッテの妨害行為に耐えながら、イリックは本気で二度寝を目指す。
「起・き・て~」
やかましいネッテに背を向けて、イリックは寝に入る。
意識がぼんやりと薄れ始めた時だった。背中に張り付いたネッテが、手や足をうねうねと絡め始める。なめくじか蛇のように、ネッテの足がイリックの足にまとわりつく。何かを探し求めるかのように、ネッテの手がイリックの体を撫で回す。
「ほ~ら、早く起きないと……」
「起きないと?」
ネッテの手がゆっくりとイリックの下半身へ向かい始める。
「届いちゃう、ぞ」
「あぶねー!」
朝は危険なのだ。決して妹に触られてはいけない。自分でも理由はわからないが、朝はいつも臨戦態勢だ。面倒くさいが、生理現象ゆえ、致し方なし。
「おしい。あ、おはよう!」
ネッテの視線の先には、ベッドから降り立った寝癖全開のイリック。
「……おはよう」
完敗だ。
「今日はアジールさんとお買い物だよ~。楽しみだね!」
「あぁ、そんな約束してたな。って、俺もなの?」
寝耳に水とはこのことだろう。
昨夜、ネッテとアジールがそのような話をしていた。てっきり、二人だけで買い物を楽しむのだろうと思い、聞き流した。
自分は宿屋でゴロゴロするつもりでいた。最低限の買い出しはするが。
「もちろん! ほらほら、顔洗って朝ごはん食べに行こう!」
「え、腹減ってないんだけど……」
それどころかまだ気持ち悪い。
◆
「あ、お兄ちゃん、これ!」
「欲しいなら買いなさい」
ここは大通りに面した衣服店の中。楽しそうな二人とは対照的に、イリックはなぜか老け込んでいく。興味がない買い物につきあうことほど疲れることはない。イリックはそれを現在進行形で実感している。
朝食後、イリックとネッテはアジールと合流した。
先ず衣服店に向かった三人は、到着後、それぞれの思惑で行動を開始する。
(服なんかいいから、消耗品や食糧買って宿屋に戻りたいな~)
ネッテの後ろをついて歩くだけのイリック。買いたい服などなく、そうすることしかできない。
店内には赤だの黒だの白だの灰色だの、色とりどりの服が飾られている。ネッテとアジールは目を輝かせてそれらを物色するが、イリックの目は完全に淀んでいる。
「背の高いアジールさんにはこういう服が映えそう!」
買い物を満喫するネッテ。
「こ、これなんかネッテちゃんに似合いそう……」
先ほどからネッテの服ばかり選んでいるアジール。手には子供っぽい服がいくつも握られている。
三者三様だ。
自分がいなくても二人で大丈夫だろう。そう都合よく解釈し、イリックは一旦その場を離れる。
考えたいことがある。
リンダの白い液体。それによって魔法を習得できたようだが、それが何なのか、一晩たった今でもわからない。
どんな魔法なのかわからないというこの状況は、ただただ不気味で仕方ない。今の状態が人体に悪影響を及ぼすとは考えにくいが、それでも一抹の不安を感じてしまう。
目を閉じ自分自身を見つめる。
詠唱できる魔法を確認。
キュア、以上。
暗闇の中で輝く光はキュアのそれだけ。
集中する。もう一個あるはず。しかし、どれだけ踏ん張ろうとキュア以外には何も見当たらない。
大きく息を吐き目を開く。リラックスするため集中力を解き、肩の力を抜く。その時だった。
(ん? 白い光が見える……。これがそうか!)
暗闇の中にわずかな発光を確認できた。習得済みのキュアとは少し離れた場所でそれは見つかる。
再び目を閉じる。集中し、そこを凝視する。何かがあるのは間違い。キュアのように魔法名が頭に浮かんでくれ、そう強く願う。
しかし、どうがんばっても次の一歩に踏み出すことはできない。ぼんやりとした光は、それ以上明瞭には輝いてくれない。
(まぁ、いいか。習得できてるのは間違いないんだし、サラミア港に戻ったら魔法の鍛錬がんばってみるかな)
イリックは小さく落胆しながら目を開く。今日のところは諦めることにした。
ネッテが視界に入る度に違う服をアジールによって着せられているが、楽しそうなので好きにやらせる。先ほどのひらひらな服は随分と似合っているように思えた。
◆
イリックの目は死んだ魚のよう。
既にヘトヘトでこれ以上身動きが取れない。大通りから少し外れた雑草が生い茂る場所にそっと座り込む。
昼食を済ませてまだ一時間足らず。しかし、この村に来るまでの移動漬けだった毎日よりずっと疲れている。朝から晩までカルック高原の坂を歩く方が幾分マシだ。
女性の買い物に付き合うということがいかに重労働かを身を持って思い知らされた。ついでに心も折れそうだ。
朝から始まった買い物は、今なお続いている。ネッテとアジールは防具屋にてウィンドウショッピングを満喫中だ。
そんな二人を待ちながら、イリックはかすかに吹いている風に身を委ねる。俺を癒してくれ。このままでは明日の出発に支障が出る。こう思う時点で心は折られているかもしれない。
「おう、どうしたんだい? 若いのにだれちゃって」
飄々とした声と静かな足音が近づいてくる。リンダだ。手には荷物を持っており、幾分重そうだ。
「あ、こんにちは。休憩中です。ネッテ達は中ではしゃいでます」
察してもらうため、イリックは道の反対側に位置する防具屋を指差す。ネッテとアジールが笑顔で談笑している。
「旅の支度かい? 明日出発だものね」
「え、ええ……。でも、もう疲れて動けません」
なぜこんなに疲れているのか理解できない。ネッテとアジールの後ろをついて歩いただけなのだが。
「男にとっちゃ、女の買い物はしんどいだけかもね」
大声で笑うリンダにイリックもつられて笑う。
「ひっひ、ごめんごめん。これから結界の修復に行こうと思ってたんだけど、あんたのことも探してたんだ。ほら、これやるよ」
手荷物を漁り中から新品のような短剣を取り出すと、リンダはそれをイリックに放る。
「お高そうですが、なぜこれを俺に?」
黒い鞘から抜いてみる。刃には黄金色の装飾が施されており、紫色の柄とのコントラストが華やかだ。一目で高級品だと見てとれる。
「随分昔の話なんだけど、東の大陸から渡ってきた軍人がなんかのお礼ってことでこれを寄こしたのさ。たしか……エイビスって名前だったかな? 私が持ってても宝の持ち腐れだから、遠慮なく受け取りな」
「本当にいいんですか? 業物にも見えますけど……」
「あんたらにこそ必要なもんだよ。妹さんに渡すも良し、それみたいに腰につけていざという時に使うも良し、後は好きにしな」
リンダはイリックの腰を指差す。そこにはネッテが以前使っていた短剣がぶら下がっている。
イリックは片手剣で戦う。しかし、二刀流ないし投擲用として短剣も携帯しており、リンダはこのエイビスを兄妹のどちらかが使えと提示する。
街中にいる際は、短剣など携帯しない。現に片手剣は宿屋に置きっぱなしだ。しかし、昨日の今日ということもあり、かさばらない短剣だけは持ってきていた。
ブロンズダガー。品質としては劣悪極まりない安物だ。短剣らしく短い刃は黄色がかった茶色をしており、お古であることを証明するようにあちこちが欠けている。緑色の柄もいくらか汚れている。
それでもイリックにとっては大事な武器であり、深い緑色の鞘をそっと撫でていたわる。
「はぁ。それじゃ、頂きます。ありがとうございます」
値段や性能はわからないが、手持ちの安物と比較すること自体、おこがましいと思えてしまう。それほどの短剣を入手する。
うれしいというよりは申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。
「それじゃ、私は結界張り直してくるから、夕方くらいにまたおいで。お茶くらい入れてあげるよ」
「あ、わかりましたー」
手を振りながら立ち去るリンダの後姿を、イリックはしばらく見つめ続ける。
(これどうするか……。まぁ、短剣なら俺じゃなくてネッテだな)
イリックにとって、最優先はネッテの装備だ。このような業物の短剣を入手したのなら、ネッテの武器を更新する以外にありえない。
「お兄ちゃんお待たせ! 新しい装備買っちゃった! 半値にまけてもらえました!」
「は、半値て……」
うれしそうに店内から出てきたネッテとアジールの手には、新しい手荷物がぶら下がっている。
装備品を半額に値下げして大丈夫なのだろうか、とイリックは要らぬ心配に頭を悩ませる。
「あ、今さっきリンダさんがこれくれたぞ。ほれ、ネッテが使え」
いつの間にか荷物係にされたイリックはネッテから手荷物を受け取り、代わりに黄金色の装飾が施された短剣を手渡す。
「うおー、すごい! 後でお礼言わないとね!」
「うむ、エイビスって言うんだってさ。んじゃ、そろそろ食糧買って宿屋に戻」
「次はあのお店に行きましょう」
「はーい!」
アジールの掛け声と共に二人は次の店へ駆けていく。
イリックは泣きながらゆっくりと追う。
(本当にもう勘弁してくれないかな~。へとへとなんだけどな~)
◆
「案外金残ったな……。こんなに買ったのに」
窓から見える景色は、じわじわと夜の姿に変貌している最中だ。空は薄暗く、街灯は輝こうか迷っている。
やっと宿屋に戻れたイリックは、死にそうになりながらも所持金を確認する。
てっきり全財産使われるかと思ったが、予想以上に減っていない。不思議で仕方ない。
「半額にしてくれたり、がっつりおまけしてくれたからね~。ありがたや~ありがたや~」
(村を救ってくれたお礼が今日も続いてるのか……。まぁ、最初で最後のことだし、今回だけは甘えておくか)
途中から財布袋をネッテに渡し、イリックは遠巻きに二人の買い物を眺めることにした。ゆえに詳細はわからないが、きっとそういうことなのだろう。
「明日は早朝に出発するからな~」
「ガッテン!」
食糧、消耗品といった旅に必要なものは全て買い足せた。これで帰るための旅を明日から再開できる。
ネッテと話し合った結果、帰りは少しゆっくり進むことにした。
ここまでの旅路は、毎日早朝出発、日が暮れてから野営の準備というギリギリを攻め続けた。
ゆえに、帰りは少しくつろぎながら、それこそ初めての土地を楽しむ勢いで進行する。夜も早めのテント設営を心がける。
寄りたい場所は特にないが、来た道をただ戻るだけでは味気ない。せっかくだからと少し遠回りなルートを歩くことにした。本音を言うと、カルック高原の延々と続く坂道を少しでも避けたいだけだ。
「とりあえず、晩飯まで寝かせてくれ~」
買い物を済ませた。
リンダに礼と別れの挨拶を言うこともできた。
となれば、後は夕食を食べて寝るだけ。既に疲れているため、夕食前にも一眠りしたい。
「も~、だらしないんだから~」
(お、おまえらのせいだろうが! あぁ、でも、怒る気力も残ってない……)
まだ動けるネッテを不思議に思いながら、イリックは死んだように眠る。ベッドに倒れこんだ瞬間に、意識はすっと遠のく。最速記録を更新できたかもしれないが、自分では計れないためなんとも言えない。
「今日買った装備、早速明日から着た方がいいかなー?」
ネッテの問いかけは独り言に終わる。
(んん? ほう、もう寝てる。仕方ない! 一人で片付けます!)
イリックの寝顔を確認したネッテは、今日の戦利品を整理しつつ次々とマジックバッグに放り込んでいく。
イリックのために旅支度を進めるネッテだったが、ふと、この状況、この行為が夫婦を連想させることに気づく。
(あぁん、なんか興奮してきたー!)
ネッテのテンションが急激に高まる。
(がんばる妻にご褒美を!)
辛抱たまらない、とイリックのベッドに飛び込む。
(お兄ちゃんのぬくもり! あったかい!)
イリックに抱きつき、胸元に顔を突っ込む。
予想以上の破壊力に、ネッテは瞬く間に蕩けていく。実は疲れが溜まっており、イリックに負けず劣らずの速さでネッテも眠りについてしまう。
夕食の約束をしていたアジールに起こされたのは、それから一時間後のことだった。
ちなみに部屋はネッテによって変更させられた。
当然、二人部屋だ。
◆
「ほんとに仲いいね」
「それほどでも~」
「おまえまで寝てどうする……」
照れるネッテ。
呆れるイリック。
兄妹でも反応はバラバラだ。
昨日に引き続き、賑やかな食堂での夕食が始まる。
イリックの懸念した通り、頼んでもいない料理が次々と運ばれてくる。まだ席に通されて数分しかたっていないにも関わらず、目の前には飲み物と数種類のサラダ、焼きたての肉が置いてある。
「あのう、お金払うんでガーウィンスティーくださ」
注文し終わる前に、お目当てのガーウィンスティーが運ばれてきた。もはや何も言うまい。
「すごいね~」
「そういうレベルじゃないと思うんだけど……。まぁ、今日のところもありがたく頂こう」
明日の早朝出発するため、この村の人達とも今日でお別れだ。最後の厚意を素直に受け取ることにする。
「それ美味しいの? ちょうだーい」
ネッテが狙いすましたようにガーウィンスティーをくすめ取る。その速さにイリックは反応すらできない。
「ちょ!? 欲しいなら自分で注も……いや、なんでもない」
そこまで言ってイリックは黙る。金を払うわけでもないこの状況でわがままを言うのもどうかと考えを改める。
「おおう、美味しい!」
半分に減ったガーウィンスティーがネッテから帰ってきた。今はこれで我慢する。
「あの……、お願いがあるんだけど」
ここまで黙っていたアジールが久しぶりに口を開く。
すっかり二人だけの世界で盛り上がっていたイリックとネッテは、ふと我に帰りアジールの発言に耳を傾ける。
無口な人間の一言は、自分達のくだらない会話よりもはるかに重い。
「私を、仲間に入れてください」
(なんでー!?)
その発言は予想外過ぎた。頭を下げるアジールに、イリックは目を見開いて戸惑う。
ネッテはアジールの発言の意味がわからないらしく、首をかしげている。
(いいぞ、状況がややこしくなるからおまえはそのまま黙ってろ)
ネッテを見下し、イリックはそっと口を開く。
「俺達、冒険者でもなんでもないですよ。サラミア港に戻ったら、仕事があれば定職に就くつもりですし」
自分達は冒険者でもなんでもない。ゆえに、本物の冒険者を仲間に加えるなど到底不可能だ。
付き合ってください、結婚してください、だったら話は別だが、残念ながら我が世の春はどこにも見当たらない。
ここは断るしかなく、しかし、ダメです、と強く言えないあたり、随分情けない。
「しつもーん。仲間になったらどうなるんですかー?」
常日頃から冒険者になりたい、冒険に行きたい、と騒ぐネッテが実は何もわかっていない。
呆れて何も言えないが、イリックは説明を開始する。
「クエストや冒険に旅立つ時の同行者のこと。互いの弱点を補ったり、長所を生かすために協力するんだ」
イリックはざっくりと仲間について説明する。はしょり過ぎた感はあるが、ネッテが相手ゆえ、今はこれでいいだろうと納得する。
「ふ~ん……。家族とはまた違う感じ?」
「違う。同じ家で生活したりはしない。もちろん、宿屋でも同じ部屋で寝泊りなんかはしない。恋人同士だったり結婚してたり家族だったら話は別だろうけど」
「冒険する時に一緒にでかけるって人であってる?」
ネッテは自分なりに噛み砕く。
「あってるあってるー」
めんどくさくなってきた。ネッテの理解が間違っていないため、落としどころはそこにする。
「……どう?」
アジールが不安そうにイリックを見つめる。まだ返事を聞けておらず、ドキドキしながら待っている。
「う~む……」
イリックは口をへの字に曲げる。
もちろん、答えは既に決めている。
選択肢は二つ、イエスかノー。もちろん、この場合ノーしかありえない。なぜなら自分達は冒険者ではないのだから。
「賛成賛成! アジールさんと一緒にいられるなんて夢みたい!」
状況を理解しきれていないが、それでもネッテは無邪気に喜ぶ。昨日の今日で、ネッテはすっかりアジールになついていた。
「アジールさん。俺達は冒険者じゃないので、普段はまったりと日常生活を送り続けますよ?」
「わかってる」
(わかってて言ってるのか。これは……)
さすがのイリックもアジールの覚悟に目を見開く。こうなってしまっては、相応の答えを返すしかない。
その前に、もう少しだけ問答を続ける。
「サラミア港に住んでる以上、拠点はそこになってしまいますよ」
「もちろんそれでいい」
「わーい。一緒にいられるー!」
いちいち盛り上がるネッテがやかましいが、イリックは質問を続ける。
「宿代を払い続けるために、普段は一人でギルドのクエストをこなすことになると思いますが、それでも大丈夫ですか?」
「うん」
「んん?」
アジールの覚悟は十分わかっていた。念のため確認したが、その必要はなかったらしい。そして、ネッテはやはり何もわかっていない。
「最後に……。どうして俺達なんですか? サウノ商業国に行けばかなり高い確率で仲間が見つかると思いますよ。それこそ、俺達よりもっと強い連中と組めるはずです」
この質問の返答だけは全く予想できない。アジールの覚悟は痛いほど伝わっているが、それでも自分達を選んだ真意だけは聞いておきたい。
「三つ、ある」
(そんなにあるのか……)
「何々ー?」
いちいちはしゃぐネッテがそろそろ邪魔になってきた。
注文しておいてまだ一口も飲んでいないガーウィンスティーを渡す。美味しい美味しいと飲み始めたため、これで少しの間は黙ってくれそうだ。
「一つ目は……昨日の戦い、気持ちよかった。その、連携が」
「連携と言っても、こいつが一人で活躍しただけですけどね」
イリックは小さく笑いながらありのままの感想を口にする。
ネッテとの息の合ったコンビネーションを知っているイリックには、昨日の戦闘はおままごとでさえない。
先日、死闘を繰り広げた赤ガニとの戦いでは、一言二言の言葉で互いの真意を理解し、片方が赤ガニの標的となり、もう片方がその隙をついて斬りかかった。
それを交互に、まさに阿吽の呼吸で十分以上行ったのだから、昨日の戦いなどどうということもない。
「二つ目……。二人共強くて、その、感動した」
この発言はイリックも納得する。ネッテの一連の攻撃はなかなか派手でかっこよかった。普段はただのバカだが、戦闘中は非常に見栄えが良い。
「確かに、こいつの連続ぶっ刺し攻撃とかすごかったですよね。無駄に二十八回も刺す必要はなかったでしょうけど」
「あ、そんなにやっちゃってた?」
ちびちびとガーウィンスティーを味わいながら、ネッテは昨日の戦闘を褒められ照れ始める。イリック的にはこれっぽっちも褒めていない。
「最後まで掴みかかってたのはえらかったけど、いくらなんでも無駄に攻撃し過ぎだ。もう少し効率的に攻撃せい」
「ガッテン!」
ガーウィンスティーを飲み干し、ネッテはいよいよ目の前の料理に手を伸ばす。そうでもしないとテーブルの上が料理で埋まってしまう。
「二十八回……。そんなに攻撃してたんだ。全然見えなかった」
そんな攻撃を繰り出すネッテも化け物だったが、それを数えられるイリックも普通ではない。アジールはそう分析する。
「することなかったので数えてただけですよ。三つ目は?」
一つ目は共に戦ったことで得られた満足感もしくはフィーリングの心地よさ。
二つ目はネッテの人を魅了する強さ。
三つ目は……。どれだけ考えても、全く思いつかない。
「この二日間一緒にいて……、その、楽しかった……から」
最後は聞き取れないほど小さな声だった。しかし、アジールの気持ちは十分汲み取れる。
イリックは既に決めていた返事を口にする。
「わかりました。ネッテ、アジールさんを仲間にするってことでいいな?」
「もっちろーん!」
冒険者でもなんでもないイリックは、本物の冒険者を仲間に迎え入れる。それがどういう意味か、ネッテはまだ理解できていない。
「妹の了承も得られたので、こんな二人組でよければ歓迎しますよ」
「ほんとに……?」
断られると思っていた。
断られることに慣れてしまっていた。
今回もダメだろうと思っていた。
それでも、わずかな希望にかけてみた。
勇気を振り絞った。
「ほんとです。アジールさんも明日の早朝出発ってことでいいんですか?」
「うん……。ありがとう」
涙が溢れる。
聞きたかった返事をついにもらえた。
どんなに伸ばしても空振りに終わった手を、ついに握り返してもらえた。
一人はもう嫌だった。
「あー! お兄ちゃんが泣かしたー!」
「ちょ! 誤解だって!」
「兄上せっかん!」
「ぐえ!」
ネッテの高速手刀がイリックのみぞおちに炸裂する。
(そ、それマジで止めろ……。凡人には到底見切れないんだよ……)
薄れ行く意識の中、イリックが最後に見たのはアジールのうれしそうな笑顔だった。
◆
アジール。十九歳。身長百七十七センチ。髪の色は茶色く、首付近で切り揃えている。三人兄妹の末っ子。
デフィアーク共和国出身の冒険者。
活動拠点もデフィアーク共和国。
駆け出しだった頃は、鍛錬も兼ねて一人でモンスターの討伐に繰り出す。
いくらか腕が上達した頃、冒険者といえば仲間と共に行動するもの、という考えを実行に移す。
ギルド会館で前衛攻撃役もしくは盾役を募集している冒険者に声をかけることにした。しかし、残酷な現実が待っていた。
一般的に、と言っても冒険者の尺度だが、冒険者はいくつもの魔法ないし戦技を習得していなければならない。
魔法を専門とする後衛役なら五種類以上の魔法を、武器で戦う前衛役なら戦い方に即した数種類の戦技を扱えなければならない。
アジールはどうかと言うと、たった一つ、ウォーシャウトしか使えない。
魔法や戦技の習得は生まれ持った才能に依存するため、努力だけではどうにもならない。言い方を変えれば、才能が無いなら冒険者を諦めるしかない。
何年も鍛錬に励んだ。弱いモンスターなら数え切れないほど一人で倒した。
にも関わらず、習得できた戦技は一つ。この状況は絶望的だ。
ゆえに、アジールはどのパーティにも加えてもらえなかった。
運よく何度か冒険に参加させてもらえたが、同じ団体に二度は誘ってもらえなかった。
ウォーシャウト一つだけでは、盾役としてはあまりに心もとない。前衛攻撃役としては完全に落第だ。
ネッテのようにずば抜けた身体能力があれば話は別だが、それもない。
こんな自分でも仲間に加えてくれる奇特な冒険者を求めて、活動拠点をサウノ商業国に移そうと考えたのはそういった経緯からだ。
イリックとネッテ。仲睦ましい兄妹。
冒険者でもなんでもない二人に仲間に入れてくれと頼むことがどれだけ無謀なことか、アジールは十分承知していた。
しかし、それでも諦めたくなかった。二人が魅力的に見えてしまった。一緒に行動できればどれほど楽しいか、想像しただけで身震いした。
二人には迷惑をかけることになるかもしれない。もしかしたらこの関係は長続きしないかもしれない。
けれども、仲間に加わりたいという衝動がそういった不安を吹き飛ばす。
イリックとネッテ。仲睦ましい兄妹の仲間に加えてもらえたという事実が、溢れるほどの涙を流させる。
自分を歓迎するように笑ってくれるネッテ。
白目を向いて泡を吹いているイリック。
アジールはついにかけがえのない仲間を見つけることができた。
◆
アジールを仲間に加える。つまり、冒険者を仲間に加える。
それがどういう意味か、イリックは重々承知している。ネッテはしていないが、今は構わない。
アジールを仲間に加えると決断したあの時、イリックはもう一つのことを決意した。
そのことはまだネッテにもアジールにも話していない。早く言えば二人とも喜ぶだろうが、もう少しだけじらす。特に意味はないが。
新たな門出を祝福するように、青空はその色で塗りつぶされている。風が少し強いが、この地方はこれが普通だ。
時刻は朝の八時。
まだ少し眠いが、それよりも緊張感が勝っている。イリックは片手剣とマジックバッグを背負い、ぐっと前だけを見る。
行きと比べると少し遅い出発だが、帰りはこうすると決めたのだからこれでいい。
「しゅっぱーつ!」
「お、おー」
ネッテのテンションは今日も振り切れている。アジールは無理してそれに付き合う。
今日からの旅には同行者がいる。実は今でもちょっとだけ現実味がない。
両親が亡くして以来、兄妹はずっと二人っきりだった。
ワシーキ村にも二人だけで来た。
にも関わらず、ここからは三人。なんだかむず痒い。その内慣れるだろうが、それがいつなのか、皆目見当がつかない。
ワシーキ村のアーチをくぐる。
(さらば。もう来ることはないだろう。そんなこともないか)
イリックは口には出さず、一旦別れを告げる。
先頭を歩くのはネッテ。
昨日買ったばかりの防具を身に付けているが、見た目はほとんど変わらない。胸や腰を守る皮が白く塗られているが、それらを固定する皮製ハーネスは以前と同様だ。
トラベラーハーネスよりワンランク上のシープレザーハーネスだ。性能は値段分くらいは上昇しているが、やはり安物の域を出ない。
(なんで相変わらずお腹丸出しなんだろう? お腹冷えるだろうに……)
なめされた白い革は、体を要所要所しか守っていない。イリックの疑問通り、腹部は丸出しだ。
腰の左側にはリンダから譲り受けた短剣がぶら下がっている。黒い鞘と紫の柄が遠目でも美しい。
ネッテの斜め後ろを歩くのはアジール。
白をベースに、オレンジの彩色が施された鎧はいかにも盾役っぽい。非常に高級な防具であり、並の冒険者達では到底手を出せない。
下半身はミニスカートとグリーヴの組み合わせだ。
膝から下は、鎧同様白をベースにオレンジがどころどころに塗られているグリーヴがしっかりと足を守っている。
守れていない部位がその上だ。ミニスカートの丈近くまで紺色のハイソックスが伸びており、世に言うところの絶対領域が形成されている。わずかに顔を覗かせる肌色が実に妖艶だ。イリックは既にムラムラしている。太ももの微妙な太さが余計に劣情を助長させる。
「兄上?」
「はい!」
ネッテの声がいつもより低い。この呼び方の時は機嫌が悪い時だ。
「変なこと考えてない?」
「無罪です!」
アジールさんの太ももを観賞してただけです! とは言えない。きっと殺される。
「怪しい……。けど許す!」
「ありがとうございます!」
ネッテの勘の鋭さには恐れ入ったが、所詮まだまだ子供。いくらでも騙せる。見抜かれたら殺されるが。
(アジールさんってほんと無口だよな~。っていうか背たけー)
ネッテとアジールを比べる。子供と大人、いや、それ以上だ。
イリックと比べてもアジールの方が背が高い。
イリックの身長は平均程度。
それよりも高いアジールは、やはり長身だ。
ギルド会館に足を運べば、背丈の高い女性冒険者はすぐに見つかる。モンスターと戦うのだから体は鍛えており、身の丈も自然と高くなるのかもしれない。
そういう意味ではアジールの高身長は珍しいわけではない。
しかし、イリックにとって女性イコールネッテな部分があり、どうしてもネッテを基準に物事を考えてしまう。
そういう意味では、やはりアジールは背が高い、ということになる。そして太ももがエロい。
胸の大きさはネッテと比べると巨乳と言えなくもないが、リンダと比べるといくらか劣る。四十代後半の女性と比較すること自体が間違いかもしれないが。
普段は鎧を着ているためわからないが、昨日は一日普段着で過ごしていた。肩が露出するノースリーブニットという服らしい。白い服がピッタリと体の凹凸を浮き上がらせており、一見するとサイズを間違えているのでは? と思えてしまう。もっとも、おかげで体つきを堪能できるのだから、イリックは何も言わない。
鎧を着ている時は太ももを、普段着の時は胸を観賞させてもらおう、とイリックは邪なことを考える。それくらいは許してもらえるはず。見るだけなのだから誰にも迷惑はかけない。そう自分に言い聞かせる。
イリックは引き続きアジールの後姿を眺める。太もも以外にも気になる点がある。
背中には銀色の片手剣と黒い両手剣、さらにマジックバッグまで背負っているため、なんとも大所帯だ。
この時点で既に満員に見えるが、もう一つ、いや、もう一匹が背中の下あたり、すなわち腰に貼りついている。
白いうさぎか何かのぬいぐるみ。それがアジールの腰にベタっとひっついている。
一昨日はどうだかわからないが、少なくとも昨日は身に付けていなかったような気がする。
きっとぬいぐるみが好きなのだろう。もしくは大事なものなんだろう。そういうことにして、イリックは思考を停止する。
三人の旅は始まったばかり。時間はいくらでもある。
その内話してくれるだろう。いざとなったら聞けばいい。ネッテが代わりに聞いてくれるかもしれない。
これからは二十四時間一緒なのだから、焦る必要はどこにもない。
二十四時間? そう考えると、なんだかドキドキしてしまうのは、女性に免疫がないからだ。
純情な男子には、この状況はなかなか刺激が強い。
今になってやっと気づいたが、今更どうすることもできないため、大人しく受け入れる。正確には諦める。
三人はカルック高原を歩く。
今回は北北西を目指して進行する。最短距離なら北西一択だが、そのルートだと坂道が少々だるい。できる限り、平原を歩いて距離を稼ぎたい。
焦る必要はない。冒険は始まったばかりなのだから。
◆
ワシーキ村を出発して三時間。足取りは一切落ちない。
三人は一般人と比べると相当な体力の持ち主だ。この程度では一切へこたれない。
イリックは長年の鍛錬と見回りで、この強さを身に付けた。
ネッテは生まれ持った才能と短期間の鍛錬で辿り着く。
アジールも相当な鍛錬とモンスターとの戦闘により、強靭な肉体を手にする。
通常、どんなに弱いモンスターが相手でも、普通の人間は苦戦する。相手は自分達を殺すつもりで襲いかかってくるのだから、それだけでも恐怖だ。その上、単なる体当たりでさえ、人間の骨程度なら易々と折ってみせる。
そんな相手に屈しない存在が冒険者と軍人だ。
強いから冒険者を選ぶ人間もいる。
守りたいものがあるから軍人になる人間もいる。
その生い立ちは様々だが、共通していることがある。
モンスターと戦える。それだけでも人間の規格を越えており、緑と茶色が敷き詰められている広大な大地を歩くこの三人にもそれは当てはまる。
(そろそろ昼食の準備に入った方がいいのかな?)
イリックは前を歩く二人の様子を眺める。
まだ十二時には少し早いが、ここはカルック高原であり、注文すればすぐに料理が運ばれてくる食堂ではない。調理等の準備が必要だ。
イリックの視線の先では、ネッテとアジールが姉妹のように手を繋いで歩いている。とても幸せそうだ。
(そういえば、この件についてはアジールさんでいいんだよな?)
先ほど、イリックはふと気づかされる。
近づいて屈めば、ふりふり揺れるミニスカートの中を覗けそうだ、と。同時に、この三人組のリーダーは誰だろう、と。
まさか俺じゃないよな?
真っ先にそんな疑問が浮かんだが、このパーティのリーダーは年長者のアジールがやるべきだろうと考えを改める。冒険者としても経験を積んでいるのだから当然だ、と一人で納得する。
ゆえに、昼食のタイミングもアジールが決めて欲しいのだが、今はネッテといちゃいちゃしているため水を差すのは止めておく。
「何食べたらそんなに大きくなれるの? 私も背伸ばしたいな~」
「わからない。多分、親譲り。ネッテは小さくてかわい間違えた、うらやましい」
お互い、隣の芝は青いらしい。
丁度食べ物の話題が出たため、イリックは話を切り出す。
「アジールさん。昼食はいつ食べますか?」
イリックの突然の問いかけに、アジールは目を丸くする。
「そういえばお腹空いてきたね!」
ネッテは繋いでいないもう一方の手で腹をさする。
「普段はどうしてるの?」
「自宅では十二時前後に食べてます。ワシーキ村への道中も、それを目安にしましたが、いくらか前後してました」
初めての旅ゆえ、色々と要領をえなかった。
安全そうな場所の探索に時間がかかり、料理の準備に手間取り、食材や道具が不足して困ったこともあった。
今ではいくらか慣れてきたが、冒険者のアジールと比べたら、自分達などまだまだ素人だろうとイリックは推測する。
「私もそれでいい」
イリックが決めて、という意味でもあるのだが、言葉足らずゆえ、アジールの真意はイリックに伝わらない。
「わかりました。もう三十分くらい歩いたら適当な場所に陣取って昼食にしましょう」
リーダーを差し置いてリーダーらしく決めてしまったが、アジールは頷いてくれたため、今回はよしとする。
(そういえば、もう一個やってもらいたいことがあるんだけど……。これは午後でいいか)
イリックは考える。アジールにしかできないことを頼みたいからだ。急ぐ必要はなく、ただ歩くだけの旅ゆえ、イベントも兼ねて午後に披露してもらおうと先延ばしにする。
ネッテも喜ぶだろう。何よりネッテのためでもある。
イリックは様々なことを考えながら、黙々と歩く。
アジールの加入。予想だにしなかったこの出来事は、イリックを悩ませるには十分過ぎる。
苦労しそうだな、そう思わずにはいられない。
悶々と歩いた結果、丁度三十分が過ぎたあたりで、ネッテが音を上げる。
「お腹すいた~」
随分正確な腹時計を持っているようだ。一同はその場に陣取る。
料理の準備はもちろんネッテ。
アジールの役目は……まだ決めていない。
「アジールさんはネッテの手伝いとかできますか?」
「できない」
イリックの問いかけに、アジールは首をグイングイン振る。ネッテがいるためそれならそれで構わないが、では何をやってもらおうと新たな案件が浮かび上がる。
ここは平原のど真ん中。周囲に遮蔽物はなく、モンスターもいない。どこまでも緑色が広がる平和な場所だ。風によって、様々な背丈の草達が右へ、左へ揺れている。
見晴らしのいいここでは見回りなど必要なく、真っ先にイリックが暇になる。
夜ならテントの設営や見回り、枯れ木集めに励むが、ただの昼食ゆえそれも必要ない。
ネッテは料理。
イリックは暇。
この状況下では、アジールにやってもらいたいことなど思いつかない。
「イリックはこういう時何してるの?」
「周辺の見回りかゴロゴロしてます」
「そう。じゃ、行ってくる」
(行くの!?)
ここでは見回りなどいらないはず。見渡せばどこまでも眺められる。少なくとも、周囲数キロにモンスターの姿は見当たらない。
にも関わらず、アジールはとことこと進行方向へ突き進む。ある程進んだと思ったら、右にぐいっと曲がる。このまま時計回りに周囲を警戒してくれるようだ。
役割分担は必要だろう。しかし、見回りを取られてしまっては、いよいよイリックはやることがなくなる。
「ネッテさん。何かお手伝いしましょうか?」
「邪魔しないで!」
料理のできない兄は邪魔でしかないらしい。
出来上がった昼食はとても美味しかった。ほんのりと涙の味がしたが気のせいだろう。
◆
「あいつでウォーシャウトの勉強しましょう」
「ガッテン!」
「うん」
前方には白い毛に覆われたもじゃもじゃな毛玉が一つ。少々汚れているそれは羊のモンスター、カルックシープだ。カルック高原に生息する大人しいモンスターであり、ネッテにあることを学ばせるため、申し訳ないが犠牲になってもらう。肉が欲しいという理由もある。
ネッテは戦技について何も知らない。イリックもネッテも戦技を使えないのだから当然だ。
そんな甘えは今日限りだ。この度、戦技持ちが仲間に加入したのだから。
盾役として、敵の注意を強制的に自身に向けさせる重要な戦技、ウォーシャウト。今後の戦いにおいて、ウォーシャウトの性能把握は必須と言っても過言ではない。
ただでさえ才能だけで戦うネッテには、真っ先に学ばせる必要がある。
「んじゃ、先ほど話したようにお願いします」
イリックは昼食の最中、アジールにある頼みごとをする。ネッテにウォーシャウトを披露してくれ、と。
アジールはもちろん快諾する。何より、アジールが使える戦技はウォーシャウトだけだ。自身を知ってもらうためにも、アジールは首を縦に振る。
「んじゃ、ネッテの飛び蹴りか何かで戦闘開始な。アジールさんがウォーシャウト使うまで、ちょっかいを出しつつも回避に専念してくれ」
「ガッテン! ぬおー!」
普段なら腰の短剣を抜くタイミングだが、今回は手ぶらのまま、ネッテはカルックシープに襲い掛かる。
渾身のドロップキックが白い毛玉に炸裂する。
カルックシープは随分と吹っ飛ぶ。絶命したのでは? と錯覚するほど、勢いよく転がっていく。
よろめきながらも、カルックシープがなんとか起き上がる。むき出しの敵対心をネッテに向け、反撃のために勢いよくタックルを狙う。
当然、ネッテは寸でのところでひらりと跳ねて回避する。あの重さが人間にぶつかった場合、内臓を破壊されて絶命してしまう。普通の人間では抵抗すらままならない。
カルックシープの走る速度はたいして速くない。というのはイリック基準であり、一般人では避けられたとしてもマグレで一回が限界だ。
曲芸のごとくヒラヒラと避け続けるネッテを見ていると、そんな風には見えないのも事実だ。
「アジールさん。んじゃ、お願いします」
「うん」
イリックの合図でアジールが前進を開始する。射程距離まで近づく必要があるからだ。
「ウォーシャウト」
アジールの体から目に見えない衝撃波のようなプレッシャーが放たれる。周囲のモンスターに影響を及ぼす戦技ゆえ、見境なく全周囲に放たれるが、今回の獲物は眼前の一体だけであり、効果はもちろんその一体に適用される。
ネッテにタックルを当てたいカルックシープは、悔しそうに足を止める。
どんなにそうしたいと願っても体が言うことを効かない。今だけは、前方にいる小さな人間ではなく、後方に立っている大きな人間に攻撃をしかければならない。
効果時間は十秒。
再使用時間は三十秒。
二十秒の隙間が存在するが、再使用時間が長い戦技では普通のことだ。
「お~、アジールさんの方に行った~」
「な。これがウォーシャウト。十秒だけ相手の注意をひき付ける戦技。さっきも説明したけど、ちゃんと覚えておけよ。今後は三人で戦うんだ。毎回、これの出番はあるぞ」
「ガッテン!」
ウォーシャウトは戦いが始まると同時に使われることが多い。盾役がモンスターをひき付ける行為は当たり前であり、それが存在意義でもある。
今後は、アジールがウォーシャウトを使用、イリックとネッテがモンスターに攻撃、という図式が成り立つ。
アジールの加入は戦い方をある程度固定させるが、有効な戦術ゆえに固定されるとも言える。
こうして、ウォーシャウトの勉強は終了する。
カルックシープはアジールとネッテがさくっと倒す。
しかし、トドメを刺す際、ネッテの左手用の短剣、アイアンダガーがポキッと折れてしまう。アーリマンとの戦いで既にガタが来ていたらしい。ストックのアイアンダガーが一本あるため被害はないが、やはり安物はダメだとこういうことで痛感させられる。
その後、カルックシープはネッテが笑顔で解体する。今夜の主食を無事入手だ。
こうして、三人旅の一日目は何事も無く進んでいく。イリックの心はヘトヘトだが、慣れるまでは心労に悩まされるだろう。仲間を加えるということは、そういうことでもあるのだから。
◆
日が沈み、夕食も終え、今はゆっくりと流れる時間に身を委ねながら焚き火を囲む。
こんな時間もいいな~。具体的にどういいのかわからないが、イリックはしみじみと燃える炎を眺める。
ネッテとアジールも同じようにしている。
現在地はまだまだカルック高原。
思ったよりは進まなかったが、別に構わない。アイール砂丘の手前に位置するテホト村には、予定通り四日目には着けるだろうから。
人数が一人増えたことで思わぬ弊害が発生した。
水の消費量がグンと増えた。
アジールも自分用の水を用意してくれたため問題はないが、水浴びについても少々考えなければならない。
カルック高原には湖も川も存在しないため、足りなくなるまでにテホト村に着かねばならない。
ゆえに、四日目に到着できるよう、明日からは普通に進行しようと考えを改める。急ぐほどでもないため、気張る必要はどこにもない。
寝るにはまだ早い、そんな時間。
結局、夜の見回りもアジールが済ませてしまう。
イリックはテントの設営と焚き火用の枯れ木集めをこなし、夕食を食べて今に至る。楽でいいが、若干手持ち無沙汰だ。
アジールを仲間に加えて以降、いくつか考えたことがある。
本当ならネッテにも相談すべき事柄だが、したところで頭上にハテナマークを浮かべるだけだと察している。ゆえにイリックは一人で考える。
すぐに答えを出せた案件は二つ。
一つは自分達に関すること。
もう一つはアジールのこと。
どちらも早めに言ってあげれば、二人共喜ぶだろうと理解している。ゆえに今から言うことにする。
「ネッテ」
「何~?」
「俺達も冒険者になろう」
イリックの発言は、ネッテの頭上にハテナマークを出現させる。何度見てもすごい光景だ。
一方、アジールは兄妹のやり取りを目を丸くして見守る。
「サラミア港に戻って準備が済んだら、冒険者登録しに出発しよう」
冒険者になるためには、三大大国のギルド会館で冒険者認定クエストを受ける必要がある。
冒険者になれたらゴール、というわけではなく、そこからが本当のスタートだ。
サラミア港の自宅には当分戻らない。冒険の拠点をどこにするかはまだ決めていないが、一時的に故郷とはお別れだ。これは間違いない。
なぜなら、サラミア港にもギルド会館は存在するが、冒険者にとっての仕事、クエストの発行数が非常に少ない。三大大国のどこかで活動すべきだとイリックは重々承知している。
サラミア港に戻ったら、自宅の整理整頓や長期の旅に備えて色々な準備が必要だ。
それに加えて、町長や近所の人達にもこの旨を伝えなければならない。
我が家に着いたら、さぁ、出発! とはいかないのが現実だ。
帰郷次第、慌しい日々が始まる。
そんな心配は戻ってからすればいいのであって、イリックが先ずしなければならないこと、それは冒険者になることをネッテに提案することだ。
ゆえに、ネッテに自分の意思を伝える。
「それでいいか?」
ネッテがうんともすんとも言わない。頭上のハテナマークはもう消失したが、まだ理解できていない。
「んじゃ、この話は保留ってことで次い」
「お待ち!」
イリックが言いたいことはもう一つある。ネッテが動かないのなら、そちらに移行したいのだが、ポンコツな妹がやっと反応する。お待ち、と言われたが、待たされたのはイリックの方だ。
「本当!?」
「嘘ついてどうするんだよ」
「冒険者になるの!?」
「あぁ、二人でなろう」
「なんで?」
なんで? その問いかけにはあまり答えたくない。なぜならむず痒いから。
全てを話すつもりはないが、イリックは一部だけでも伝えることを決意する。今まで散々嫌だ、と断ってきたのだから。
「この旅を通じて、冒険者になるのもいいかな~って思えてきたんだよ。決め手はアジールさんの加入だけど。うじうじ悩んでないでさっさと決めろ、ってアジールさんに背中押されちゃったかも」
アハハ、とイリックは照れ笑いを浮かべる。全てをさらけ出したわけではないが、十分むず痒い。全部を言わなくて正解だったと改めて痛感する。
イリックがこの発言に至った本当の理由。
一つ。ネッテが冒険者になりたいと言い続けたから。その熱意には根負けせざるをえない。
二つ。兄にどれだけ拒まれても、ネッテは我慢し続けたから。本当はネッテに我慢などさせたくない。わがままに育てるつもりもないが。
三つ。イリック自身、旅を楽しいと感じてしまったから。今だけかもしれないが、多分、そんなことはない。
四つ。見回りを解雇されたから。サラミア港に自分のやりたい仕事はなさそうだ。
五つ。アジールが冒険者でもなんでもない自分達を選んでくれたから。その決意を汲まなければ男の資格はない。
五つもあることに我ながら驚いたが、少ないよりはマシな気もした。
「う~」
ネッテが顔を伏せ、ぷるぷると震える。
「お兄ちゃん大好き! 子供作ろう!」
喜びを爆発させて、ネッテがイリックに抱きつく。
予想通りの反応にイリックの顔もほころぶ。しかし、子供うんぬんは却下だ。そんなことをしたら途端に冒険は終了する。この大陸では兄妹で子供を作ってはいけないのだが、どうやらそんなことも知らないらしい。育て方間違えたとイリックは反省する。
「サラミア港に戻ったら、色々準備するぞ。自宅には当分帰れないからな」
「ガッテン!」
返事だけは威勢がいいが、ネッテは何もわかってない。帰ってから説明し直そう、イリックは兄として妹のバカさ加減を理解しており、頭の片隅にインプットし直す。
ここはまだカルック高原。サラミア港に到着するのは最速でも五日以上先だ。
イリックは特に意味もなく、抱きついて離れないネッテの頭を撫でる。この状況ではそれくらいのことしかできない。
「あ~ん。せめて抱いふぇー……。いひゃい」
言い終える前に、がしっとネッテの顔を掴む。
(育て方間違えたな。親が死んだのは八年前だから……、ネッテはその時まだ七歳か。愛情に餓えてるんだな)
イリックはそう分析する。
「んじゃ、バカに伝えたいことは済んだので、次はアジールさんにも一つ」
「バカって言ったけど特別に許す!」
ネッテにバカは禁句なのだが、珍しく許してもらえた。普段なら手刀か何かが見えない速さで飛んでくる。命拾いしたようだ。
「何?」
アジールが真っ直ぐイリックを見つめ返す。黒目の中に赤い線で描かれた円を宿すアジールの目は、イリックを何度も魅了する。
「たいして居続けるつもりはないんですが、サラミア港では俺の家で一緒に住みませんか? 冒険者になったら当分戻ることはないでしょうけど、もし戻ったら、その後も三人で暮らしましょう。宿代もバカになりませんしね」
せっかく仲間に加わってくれたのだ。これくらいのことはしてあげたい。
何より、アジールにはいくつもの借りがある。
これだけで返せるかはわからないが、今はこれで勘弁してもらいたい。
そしてイリックは気づく。まるでプロポーズだな、と。
両親が亡くなって以降、我が家には空き部屋ができてしまう。二人では少し広いと感じていた。アジールがやってきてもまだ空き部屋はあるが、部屋が足りないよりはマシだろうと開き直る。
「いいの?」
「はい。ネッテもいいよな?」
「もっちろーん!」
アジールの問いかけに、イリックとネッテは即答する。
ちなみに、ネッテはまだイリックに抱きついたままだ。それだけではない。後になって気づくことだが、イリックの服はネッテの涎でびっしょり濡れてる。
「なんで、そこまで?」
「えっと……。アジールさんにはもうお世話になってるので、そのお返しみたいなもんです」
「何かした?」
イリックが何を言っているのか、アジールは全く理解できない。お世話になっているのは自分の方だと自覚しているくらいだ。
仲間に加えてもらえた。
アーリマンとの戦いで助けてもらえた。
この恩は一生かけても返せない。そう考えている。
「一つ目は、アーリマンとの戦いでスケルトンを一体受け持ってもらったこと。二つ目は、冒険者への踏ん切りがつかない俺の背中を押してくれたこと。三つ目は、今日、ウォーシャウトをネッテに披露してくれたことです」
三つ。これだけあれば、寝床の提供には十分だ。イリックはそう考える。
アジールは震える。目頭が熱くなり、瞬く間に溢れ出してしまう。
仲間に加えてくれただけでなく、一緒に住もうと言ってくれた。こんなやさしさに触れてしまったら、もうどうすることもできない。
「あ! お兄ちゃんがアジールさん泣かした!」
「ちょ! 違うから!」
「兄上せっかん!」
「ぐえ!」
誤解したネッテの手刀が喉に突き刺さった。死ぬかと思った。
「ありがとう」
小さい声が、焚き火の光と共に三人を包み込む。
◆
ワシーキ村を出発して二日目。
空からは小粒ながらも雨が降り注ぐ。それらが体だけでなく地面も濡らし、あちこちに水溜りを作っていく。
それでも歩みを止めるわけにはいかない。雨がっぱを着こみ、三人はのっそのっそと北西を目指す。
カルック高原は風が強い。雨の日もそれは変わらない。空から降ってくる雨は斜めに落下し、容赦なく露出している顔を濡らしていく。
この状況では野外で食事など到底できない。ではどうするか? 運よく、北には岩山がそびえ立っており、少し北上すればすぐに辿り着ける。
岩山には横穴のような場所がちらほら存在しており、一行は昼食のために良さそうな場所を探す。
今日はいっきに進むつもりだったが、予定変更も仕方ない。
雨のせいで口数は少なくなるだろう。イリックはそう予想したが、そんなことはこれっぽっちもなかった。
キャッキャとネッテは楽しそうに濡れた大地の上を歩く。隣のアジールとは普通に会話を続けており、こういう時、その性格はただただうらやましい。
「あの穴はどう?」
アジールが北を指差す。灰色の岩山に、雨風をしのげそうな横穴がわずかに見える。
断る理由もなく、そもそもアジールが決めてくれて構わないのだが、イリックは首を縦に振る。
もうすぐ十二時。時間的にも丁度いい。
三人はそそくさと北上し、横穴らしき場所に辿り着く。
穴の奥行きは浅く、洞窟ではなく単なるくぼみでしかない。
せっせと昼食の準備を進めるネッテを横目に、イリックはアジールに視線を向ける。今のうちに決めておきたいことがあるからだ。
「アジールさん。野営地になりそうなこんな横穴があったら、少し早くてもそこに陣取りますか? ギリギリまで進みますか?」
イリックとしてはどちらでも構わない。理想はもちろんギリギリまで進んで、丁度良い頃合いに横穴を見つけたいのだが、それは絵に描いた餅でしかない。可能かもしれないが、確率は低い。
夜をどうするか? アジールに決めてもらう必要がある。
「雨止まなそうだし、良さそうな場所があったらそこにしよう。でも、イリックが進みたいならそれに従う」
従う。それはこっちの台詞であって、アジールの口から聞かされるとは思ってもみなかった。
「それじゃ、良さそうな場所があったらそこに陣取りましょう。天気とも相談でしょうけど」
「ガッテン!」
「私はイリックの言う通りにする」
またもリーダーみたいに仕切ってしまった、とイリックは縮こまる。そしてすぐに気づく。
「いえいえ。リーダーはアジールさんなんですし、俺こそ指示通りに動きますよ」
イリックの発言に、アジールの頭の上にもハテナマークが出現する。
(それどうやってやるの!? コツだけでいいから教えて!)
イリックは驚きながらもぐっと耐える。今はそんなことをたずねる状況ではないと理解している。
「リーダーはイリック。私はあなたを守るだけ」
「ええ!?」
驚いてみたが、イリックの頭上には何も出現しない。どうやらやり方が違うようだ。
「俺なんですか?」
「うん」
「おぉ、お兄ちゃん、リーダーなんだ! かっこいい!」
イリックの問いかけに、さも当たり前のようにアジールが頷く。ネッテはよくわかっていないが、羨望の眼差しを向ける。
イリックは戸惑う。年齢で考えても、冒険者歴で考えても、アジールの方が相応しいと思えて仕方ない。
イリック、十八歳。まだ冒険者ですらない。
アジール、十九歳。ばりばりの冒険者。
誰が見てもリーダーはアジールだ。少なくともイリックはそう考える。
「アジールさんの方がいいのでは?」
「ううん。イリック」
イリックは食い下がるが、アジールに却下される。
リーダーを押し付けられた、という感じでもないため、ここは自分がやらなければならないのだろう、と腹をくくる。それにしても不思議で仕方ない。
なんで俺なんですか? いっそストレートに訊いてみたくなったが、それはなぜかためらわれる。
体からリーダー的なオーラが湧き出ているのか、言動がそれっぽいのか、男だから譲られたのか、理由はわからない。それでもやらなければならないらしく、そういうことならがんばってみよう、そう自分に言い聞かせる。
アジールは無口ゆえ、イリック的にはリーダーを務め易い。
もっとも、無口ゆえに発言に妙な重みがあるが、今は深く考えない。
リーダー問題は意外な結末を迎えたが、とりあえず片付く。
次は議題は戦力の把握だ。
「自己紹介の延長ってわけじゃないんですけど、互いの戦い方というか実力について少し語りませんか? 俺の場合、回復魔法のキュアを使えるだけで他はさっぱりです」
横穴に香ばしい匂いが満ちていく。雨のせいで体は幾分冷えたため、ネッテは温かいスープを作っている。
そんな中、イリックは自身の能力を語る。
キュアしか使えない。改めて口にすると逃げ出したい事実だ。隠すわけにもいかないため、正直に言うしかないが。
「私はウォーシャウトだけ。戦い方は、基本は片手剣と盾で、ダメージを省みない時や急いでる時だけ両手剣を使う」
「あぁ、俺は片手剣で、時々短剣も持って二刀流みたいなことをします。滅多にしませんけどね」
アジールの説明を聞いて、イリックは付け加える。
残りはネッテだけ。
「私は短剣二本でブンブンします!」
以上、ネッテの説明終わり。戦技も魔法も使えない。戦い方は短剣二刀流。非常にシンプルな戦闘スタイルだ。しかし、実力はこの中で最強なのだから、イリック的にはおもしろくない。
「補足しますと、まぁ、アーリマンとの戦いでご存知かもしれませんが、こいつは天才です。身体能力が無意味に高いです。暴走すると手に負えなくなります」
「いや~ん、恥ずかしい~」
どこに恥ずかしがるポイントがあったのか、イリックは微塵も理解できない。
戦技や魔法の習得具合が悪い三人がパーティを組んだ場合、こうもあっさりと自己紹介は終了する。暇つぶしにもならなかったが、目的は果たせたのでよしとする。
「イリックとネッテ、どっちが強いの?」
「ネッテ」
「お兄ちゃん」
アジールの問いかけに、兄妹は即座に反応する。意見は当たり前のように食い違うが、いつものことゆえ驚きはしない。
「そう。どっちも強いんだ」
誰もそんなことは言ってないのだが、アジールは一人で納得する。
(何をどう考えてその結論に至ったのか、小一時間問い詰めたい)
情報は出揃い、イリックは改めて自分達について考える。
盾役はアジール。ウォーシャウトを使えるのでそれで十分。
前衛攻撃役はイリックとネッテ。片方はキュアも使える。
明らかに色々不足しているが、三人パーティゆえ、贅沢は言えない。
盾役、攻撃役、おまけ程度の回復役。これだけ揃っているのだ、十分だろう。イリックは無理やり納得する。
「ご飯できたよー。スープが上手に出来ました!」
匂いのせいで先ほどから腹がグーグー鳴っていた。
待ってました、と言わんばかりにイリックは飛びつく。
◆
翌日も三人はたゆまぬ歩みを進める。
雨は上がり、灰色の雲はまだまだ空を漂っているが、それが雨粒を降らすことはしないらしい。
北西へ、ゆるやかながらも延々と続く坂道を下って行く。
今日はモリモリ進もう。イリックの提案に、ネッテとアジールは賛同する。
ワシーキ村を出発して三日目。アジールとはかれこれ三日間は一緒に過ごしている。
そろそろ打ち解けてくれただろうか? イリックはそんなことを考える。少なくともネッテには心を開いているように見える。今はそれでよしとする。
「あ、イリック。昨日言い忘れたことが一つある」
歩きながら、アジールが振り返る。ネッテも一緒に振り返る。
「ほほう、何ですか?」
「私、体の感覚をコントロールできる」
アジールが何を言っているのか、イリックは全く理解できない。
そんな特技は、戦技にも魔法にも見当たらないからだ。
(頭の上にハテナマークを出現させるのと似た何かだろうか?)
そう考え、問いかけてみる。
「体の感覚……。お酒を飲んで酔っ払っても、ふらふらしないとかですか?」
「ううん。痛みを遮断できる」
イリックの予想を否定しつつ、アジールはさらりと言ってのける。
痛覚のコントロール。つまり、傷を負っても怯まないどころか気にもならない。
盾役として、その特技はかなり相性がいいように思えるが、それにしてもそれはどういう仕組みなのだろう? イリックが考えたところで、決して正解には辿り着けない。
「殴られても斬られても、体が動くのなら戦闘に支障はない、と」
「うん」
イリックの目を見ながら、アジールはそっと頷く。
「すご~い。痛くないの?」
「痛くない」
そう言ってるだろうが、とイリックはつっこみを入れたくなったが、相手がネッテなら我慢が正解だ。都度相手をすると非常に疲れてしまう。
「戦技や魔法の類ではないんですよね?」
「多分。他人に相談したことないからわからないけど」
アジールが使える戦技はウォーシャウトのみ。今はこの認識で間違いはない。痛覚の制御については保留とする。
痛みを感じなかろうと傷は負うのだから、痛がるか痛がらないか、その程度の違いでしかない。
痛がりな人間にとってそれはとても重要だが、理解の範疇を越えているため、イリックは頭の片隅に置くだけにする。
「わかりました。それを使うかどうかはアジールさんに一任します。いずれ、その特技についても何かわかるといいですね」
「うん」
(体質だろうか? それにしても随分不思議な特技だな)
ギルド会館に時折通うイリックですら、そして冒険者のアジールですらわからないこの能力。痛覚の遮断、正確には感覚の制御。
鍛錬で身に付けられるとは考えにくく、生まれ持ったものだろうとイリックは予想する。
(副作用のようなものがないのなら活用すべきだろうけど……。これが何なのか、どこかで調べられないかな?)
しかし、学のない頭で考えてもこれっぽっちも妙案は浮かばない。
頭の良い人に聞いてみたいが、候補としてはリンダだろうか? 今更引き返すのも面倒だ。
(冒険者になったらいずれ会いに行こう。もしかしたら、その前に頭の良い冒険者と巡り会えるかもしれないし)
ワシーキ村を出発して三日目。
三人は北西のテホト村を目指して歩く。初日から急げば今日中に着けたであろうが、残念ながら到着予定日は明日だ。
テホト村では買出しを済ませ、優雅に宿屋で一泊する予定だ。
テホト村からサラミア港までは二日程度の旅路。焦らずとも、もうじき辿り着ける。
ワシーキ村では色々あった。
テホト村ではゆっくりしたいとイリックは願う。
冒険者になると決意した。
アジールが仲間に加わった。
サラミア港に着いたら出発の準備を進める。
そういえば、冒険者認定クエストはどこで挑戦しよう? 後で考えることにする。
そう、まだまだ考えなければならないことは山積みだ。何より、冒険者になったその後が白紙なのだから、これからは考えて生きていかなけばならない。
焦る必要はない。そんなことはこれから三人で話し合えばいいのだから。
今はただ、テホト村を目指して歩く。
その後は、サラミア港を目指せばいい。
これだけの予定が目の前にあるのだから、それを一つずつこなすことが冒険者への第一歩と言えるかもしれない。