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第二十二章 雪原の戦い

 どれほど雪が吹き荒れようとも、そこまでは届かない。それでも戸があるわけではないのだから、洞窟の奥であろうと身を刺すほど冷える。

 しかし、この地に生きるものは誰も震えない。もし震えるとしたら、それは人間を殺せる時だけ。もしくは……。

 アーリマンが慌てた様子で黒い穴倉へ飛び込む。急がなければならない理由がある。


「フブキ様。お伝えしたいことがあります」

「何です?」

「ロセロンの北の洞窟付近で部下達が何体か倒されました」


 アエーシェマの報告内容はイリック達のモンスター討伐を指している。

 フブキは驚く素振りすら見せず、白い目をぱちくりさせる。


「前の人間達でしょうか?」

「実は、どうも違うようです……。前回は魔法の使い手でしたが、今回は刃物での殺傷が中心です。その上、場所が場所です」

「別人。しかも一人。もしくは少数と言うことですか」

「その可能性が高いと思われます」


 洞窟が静まりかえる。聞こえるのは外で吹き荒れている雪を伴った風の音くらい。


「北の洞窟付近を中心に警戒を行いましょう。カンペもヴァステム付近に配置を。ただし、カンペには戦闘をしないよう言っておきなさい。発見次第、撤退です」

「かしこまりました。ところで、傷の方はもう大丈夫ですか?」

「ええ。モークスをあそこまで追い詰めるとは思ってもみませんでした。ネルのおかげです」


 フブキは真っ黒い左腕をさする。その外見なため、傷については確認できない。


「お、おかげで封じ込めることには成功致しました。あの時のことを思い出すと今でも肝を冷やします」

「フフ、そうでしょうね」


 ゆらゆらと黒い炎をたぎらせるそれが小さく笑う。

 頭痛の種が減ったこと。

 カンペだけは生き残ってくれたこと。

 この二点が自然と顔をほころばせる。もっとも、表情すら読み取れない黒い顔のせいで、アエーシェマはフブキが上機嫌だと見抜けない。



 ◆



 そろそろ寒さにも慣れるだろう。先日もこんなことを思ったが、残念ながらまだその境地には至れない。体が震える。歯を小刻みに鳴らしてしまう。

 横殴りの大雪。

 前も後ろも空も白くてよく見えない。

 防寒具がなかったら何秒で凍死するだろう? 十秒くらいは耐えてみせるが、せいぜいそれくらいだ。

 風がなければもう少し背筋を伸ばして歩けたかもしれない。しかし、今日は直立すら厳しいほどの大荒れだ。

 氷の洞窟およびトゥルル遺跡の探索は昨日のこと。

 イリック達はロセロン雪原を歩く。今日は西に平地に続く坂道から再開だ。

 斜面を上る最中にモンスターと遭遇することはなかった。坂と行っても山を登っているようなもので、崖のような端をコソコソ歩いたことから運よく出くわさなかっただけかもしれない。

 何事もなければ今日中にヴァステム渓谷に辿り着ける。そこで何をしよう。イリックは寒さに耐えながらぼんやりと考えを巡らせる。


(忘れてた! 白い花を採取するんだった!)


 イリックは一人で思い出して一人で驚く。

 完全に失念していた。ギルド会館で受領したクエストのことを。

 ヴァステム渓谷に咲くスノーシロップと呼ばれる花の採取だ。

 北の地は禁止区域なため、何ヶ月も放置されていたクエスト。イリックはこういう事情なため、唯一このクエストを達成できうる冒険者だ。ゆえに、挑戦することにした。


(今日……はまぁ無理だろうけど、明日中にこのクエスト終わらせてあげたいな~)


 この吹雪だ。普段通りのペースで進むことなどできない。何より、道中必ず戦闘が待っている。自分達の侵入に相手が気づいていないはずがない。

 先頭を歩くのはイリックとネッテ。そのすぐ後ろをアジールとロニア。

 イリックは前方の警戒およびルートの決定。

 ネッテは前方および左右の警戒。

 アジールは全周囲および上空の警戒。

 ロニアは左右および後方の警戒。

 ここまで来るとさすがに気が抜けない。それゆえに普段より疲れてしまう。寒さもそれを加速させる。

 だからと言って、足を止めるわけにはいかない。自分達の成果がこの戦いの命運を左右するかもしれないのだから。などとはこれっぽっちも思っていない。やれることは限られており、やれる範囲で死なない程度にやればいい程度にしか考えていない。どちらかと言えばスノーシロップの入手が大事だとすら思っている。先ほどまで忘れていたが。


 そして時間は進み、もうすぐ昼食の時間。

 調理などできるはずもなく、四人はもそもそと携帯食である干し肉やパンをかじる。

 そんなタイミングでアジールはモンスターを発見する。魔眼のおかげだ。

 アジールは考える。弱い自分がどうしたらイリック達にもっと貢献できるかを。

 もちろん、強くなれればそれが一番だ。しかし、すぐには叶わない。

 弱いがゆえに、トゥルルとの戦いでもそうだったように、ウォーシャウトを使ったらあっという間に倒されてしまう可能性もある。

 そんな時はどうすればいいだろう? 考えた結果、二つの選択肢が浮上する。

 無理に敵の注意を引かずに片手剣で攻撃に参加する。

 魔眼で敵の強化魔法、もしくは味方の状態異常に備える。

 どちらが正解かは、ケースバイケースだ。無理してでもウォーシャウトを使った方が良い場合もあるかもしれない。

 つまりは、臨機応変に戦うしかない。

 常日頃から鍛錬に励み、少しずつでも強くなることが大事だと気づかされた。同時に、自分だけの能力、魔眼についてもより一層使いこなせるようになりたいと強く思うようになる。

 ロニアに訊いてみるも、わからないわ、と一蹴されてしまう。それもそうだろう。魔眼については未だ謎が多い。魔眼持ち自体が限りなく少ない。

 ゆえにアジールは自分で自分の魔眼について調べることにした。このタイミングでそれをするのは得策ではないかもしれないが、アジールはこの猛吹雪の中、魔眼を発動させながら歩き続けた。

 その結果、わかったことは二つ。

 長時間の発動は疲れるということ。休み休みなら問題ない。

 そして、こちらもかなり重要だ。相手の姿が見えていなくても、魔力の波動のようなものを感じ取り、その先にいる存在の強化魔法を感知することができる。

 それがまさに今の出来事であり、アジールは吹き荒れている雪で視界の悪い正面を指差す。


「アーリマンがいる」


 このアーリマンは自身に強化魔法の一つ、プロテクトをかけており、アジールはそれにいち早く気づいてみせる。


「んじゃ、俺がやります」


 イリックは腰を屈めながらゆっくりとアジールの指差した方向へ進む。

 アジールの発言通り、雪に吹かれながら、アーリマンが一体、左から右へふわふわと移動している。

 低空浮遊だったことから、イリックは飛びつきスチールソードをすぐさま突き刺す。これだけで終わりだ。

 死体をそのまま放置すると自分達の居場所がばれてしまうが、イリックは後処理をしない。ここから先は戦闘だらけだ。発見が少し早まるかどうか、その程度の差だと考える。

 イリック達は休み休み進む。ヴァステム渓谷はもう目と鼻の先。極力モンスターをやり過ごし、確実に進行する。

 それでもモンスターとの遭遇は避けられない。

 ジャイアント二体。

 一方をイリックとロニアが、もう一方をネッテとアジールが相手をする。

 結果はネッテチームの方が早く倒してみせる。魔法の詠唱時間が勝敗を分けた。

 その後もイリック達はモンスターを倒しながら少しずつ前進する。

 モンスターはもっぱらアーリマンかジャイアントだ。スケルトンは時々見かけるくらい。

 一度に二、三体程度なら相手ではない。イリック達は四人いるのだから、その程度の数は手分けすればあっという間だ。ジャイアントはいくらか手ごわいが、数で押せばどうということもない。

 イリック達は吹雪に紛れながら進むも、次々とモンスターに出くわす。相当な数を討伐したため、既に居場所がばれているのかもしれない。

 それでもまだ歩みを進める。いざとなればテレポートで帰ればいい。大軍で攻められなければどうとでもなる。

 真っ白い世界が少しずつ黒く染まっていく。夕方はなく、突然日が暮れていく。

 風が弱まろうと、気温はどこまでも低下する。このままでは体が動かなくなる。ゆえに、そろそろ帰還を見当しようかと思い始めた矢先にそれは現れる。

 チクリと肌を刺す冷たい殺気。

 うっ、とロニアが声を漏らす。異変に気づいたからだ。


「見られてるよ」


 ネッテが周囲を警戒する。


「へ~、いるのは間違いないだろうけど、全然わからんな」


 モンスターの気配感知についてはイリックの方がネッテより得意としている。しかし、今回はネッテの方が相性はいいらしい。

 四人は互いに歩み寄り、背を合わせて周囲をうかがう。

 鋭い気配が立ち込める。デーモンやヘカトンケイル程の気迫ではないが、それに匹敵する。すなわち、それくらいの相手だ。


「前の人間はいないんだ~。ガッカリ」


 女の声。そして、この発言。

 イリックはすぐに察する。これに会いたかった。


「出て来い! 姿を見せろ!」


 イリックが珍しく吠える。胸を見たいからだ。

 イリックのやる気にネッテは羨望の眼差しを向けるが、アジールとロニアはイリックのらしからぬ熱意から真意に気づいてしまう。


「威勢のいい人間がいるわね。私、あんたみたいな人間嫌~い」

「す、すみません! せめて姿を見せてください!」


 イリックは本気だ。

 この声の持ち主は、シャルロットに傷を負わせたモンスター、カンペだ。上半身は裸の女性。下半身はサソリ、正確にはスコーピオン。

 イリックはシャルロットの強さを知らないが、このモンスターの強さはある程度理解している。ゆえに、油断はしていない。それでも、今は姿を見せてもらうことしか考えていない。


(人間が強いってことは既に学んだ。あいつらが前の人間くらい強いとは思えない。だけど、油断はしない)


 スコルピオンのカンペは言わば猪突猛進な性格だった。身体能力の高さがそれを増長させていた。

 しかし、シャルロットとの戦いはカンペの考えを改めさせる。

 無策に突っ込んでも勝てない相手がいる。この場合、相手というのはもちろん人間を指している。そして、同時にシャルロットでもある。

 逃げることを選ばなければ、間違いなく殺されていた。コットスではなく自分が狙われていたらどうなっていただろう? 考えたくもない。

 何より、コットスを殺せる存在が人間にいる。この事実もカンペを慎重にさせる。

 そんな相手と真正面からぶつかっても勝機はない。

 しかし、確実に倒す方法がある。奇襲だ。理想は自分の存在に気づかれずに一人ずつ倒したかったが、今回はそうもいかないらしい。少し近づいただけで気配を気づかれた。やはり人間は侮れない。


(フブキ様には戦うなって言われてたけど……。倒したらきっと喜んでもらえる!)


 カンペは三本の足でじりじりと人間に近づく。一本失ったことで跳躍力は落ちてしまったが、移動速度にはさほど影響はない。ようは体のバランスを上手にコントロールすればいいだけのことだ。


(見た感じ、強そうなのはあいつくらいね)


 カンペの視線はロニアに固定される。シャルロットほどではないが、四人の中では一番魔力が高い。カンペはそれを見抜いてみせる。

 どいつから狙おう?

 強そうな人間から?

 弱い人間から?


(よし、いっきに戦力を削ってやるわ)


 ロニアに狙いを定める。

 他はただの雑魚だ。奇襲するまでもないだろう。カンペはそう判断する。


「近づいてるよ!」

「方角わからんかのう」

「わかんない!」


 さすがのネッテでもそこまでは難しい。もしくは、このモンスターはそういうことをさせない固体なのかもしれない。

 四人は背中を仲間に預けて全周囲をうかがう。弱まりはしたが、それでも吹雪いており、視界は相変わらず悪い。それでもいくらか前は見えているが、一方で太陽がそろそろ沈んでしまうという事情がある。さっさと倒してしまいたいというのが四人の本音だ。

 近くにはいるがどこにいるのかわからない。そんな時に唯一対応できるのはロニアだけだ。ゆえにロニアは行動を開始する。


「ここは任せてもらうわ。ウォーターインカーネイト」


 呼び声と共に、四本の水柱が周囲に出現する。


(魔法の……水? 何をする気?)


 カンペは立ち止まって様子をうかがう。


「スカウリングドロップ」


 ロニアの合図と共に、四本の柱から水滴が発射される。どこを狙うわけでもなく、ただひたすらに周囲へ発射されるそれは横殴りの雨のよう。

 モンスターに当たったとしてもこれではたいしたダメージを与えられない。そのことはロニア自身もよくわかっている。

 狙いは別にあるのだから。


(何!?)


 それでもカンペを驚かせるには十分だ。発射される大量の水滴を必要以上に警戒してしまう。シャルロットの攻撃魔法を目の当たりにすれば当然の反応だろう。

 思わず後方へ跳ねてしまう。

 さすがにその音を見過ごすことはない。イリック達はカンペがいる方向に気づく。


「さぁ、出てこーい」


 イリックが先行する。


「お兄ちゃん一人で戦うの?」

「おう。今回は任せてくれ」


 ネッテが不安そうに見つめるが、兄にはやらなければならないことがある。

 上半身裸の女。もとい、女のモンスター。目に焼き付けなければならない。


(く、暗くなるまで待った方がいい? それとも言いつけ通りに一旦退く?)


 カンペは迷う。負けるとは思えないが、慎重に戦うのならやはり奇襲をしかけてロニアを倒したい。先ほどのような芸当をする人間はやはり危険だ。

 ふと気づく。一人、飛び出している人間がいると。イリックだけがじわりと近づいてきている。

 さすがのイリックもそこまで鈍感ではない。ある程度方向さえ絞れてしまえば、重厚感のあるプレッシャーを遡って相手の位置を逆探知することができる。

 殺気を放ってくれればそんなことすら必要ないのだが、今回のモンスターはどうも殺気を消すのが得意らしい。やはり厄介な相手だ。

 カンペは悩んだ結果、イリックから仕留めることにする。

 油断からくる慢心ではない。経験から導いた答えだ。

 カンペは人間を二種類に分類している。

 シャルロットのような魔力の高い強敵。

 それ以外の雑魚。とりわけ、武器で戦う人間は話にならないと思っている。片手剣を右手に持って歩くイリックはこちらに該当する。

 だからといって侮らない。戦うなら一人ずつだ。後方には魔力の高い人間が控えている。高いといっても前回の人間と比べたらあまりにちっぽけだ。それでも念のため警戒する。念には念を。前回の戦いでそう学んだ。

 ゆえに一人突出しているイリックから仕留める。一瞬で殺し、すぐに姿を消して次の獲物を吟味する。


「人間が怖いのはわかるけど、そろそろ出てこーい」


 安い挑発だが、カンペを苛立たせるには十分だ。


「魔法でぼこぼこにやられて怯えてるのなら安心していいぞー。俺はこれで戦ってやるから」


 イリックはブンブンとスチールソードを上下させる。とにかく今は相手の姿を拝みたい。ただそれだけだ。そのために説得を試みる。


「なめたこと言ってくれるじゃない。もしかしてあの人間の知り合いかしら?」

「おう。あんなチビにやられたんだって? おまえらもたいしたことないんだな」


 カンペの気配が近づいてくる。いい調子だ、そう考え、イリックはらしくないことを言い続ける。

 飛び掛って一瞬で頭を潰すつもりでいた。しかし、予定変更。腹を貫き、首の骨を折り、最後に頭を潰すことにする。

 カンペは獲物に向かって前進する。やがて、弱そうな人間の姿が鮮明に見え始める。

 イリックもついに相手の姿を捉える。先ず見えて来たのはサソリの前足。次いでサソリの胴体。濃い茶色ゆえ、白い世界ではよく映える。

 そして、茶色の長い髪と肌色の上半身。イリックはこれを見たかった。が、その事実に絶望する。なぜなら、ブラジャーのごとく胸が隠れているからだ。

 そう、カンペの小ぶりな胸はサソリ部分と同じ色の皮質のようなもので覆われている。残念ながらイリックの見たいものは見れない。


「そ、そんな……」


 イリックの声が震える。ずっと期待していたにも関わらず、こんな形で裏切られるとは思ってもみなかった。考え方を変えれば下着姿のようなものであり、十分扇情的なのだが、ハードルを上げ過ぎてしまったため、今は落ち込まざるをえない。

 うろたえるイリックを見てカンペは口角を釣り上げる。この姿を見て怯えているのだろう。そう考え、一歩、二歩と歩み寄る。この距離では尻尾で倒すことはできない。

 イリックもそのことは承知している。フリフリと動いている尻尾の長さは二メートルにも満たない。まだ余裕があることから、とりあえずブラジャー姿を堪能する。


「あの人間はまだ生きてるの? 両腕をへし折ってやったけど」

「ん? 生きてると思いますよ。随分苦戦したそうで。あいつ、そんなに強かった?」

「ふん。次は負けないよ」


 カンペは前進を続けながら慎重に距離を詰める。もう少し、もう少しで射程に届く。

 イリックは肌色部分を舐めるように眺める。全裸に近いがそうではない。それはそれでありだな、と新境地に至る。

 二人の距離が三メートルまで狭まる。サソリのような茶色い尻尾はまだ届かない。その長さから逆算すれば、誰でもそう思ってしまう。イリックもそう考えている。しかし、カンペはそこで止まる。

 届くのだ、この距離で。サソリのような、しかし先端がハサミのように分かれているこの尻尾は伸ばすことができる。ゆえに、目測では一メートル後半に見えようとも、この距離で獲物を仕留めることができる。

 カンペは大きな口をグニャリと歪ませる。さぁ、殺してやるよ。頭の中は目の前の人間をなぶり殺しにすることでいっぱいだ。

 カンペから漏れる殺気は周囲へゾワゾワと伝わっていき、離れた場所で見守るネッテ達をさらに凍えさせる。

 ネッテはハラハラしながらイリックを心配する。

 アジールは青い目でイリック達がいる方向を見つめる。

 ロニアはたいして心配していない。どうせ勝つのだろう。それだけの信頼を寄せている。

 降り注ぐ雪がいくらか弱まろうと、ロセロン雪原は冷え切っている。その上、空が暗くなり始めている。気温はこれからどこまでも下がっていく。


 カンペは四選の三位。

 一位はヘカトンケイルのコットス。その特異性から倒されるはずがなかった。

 二位はデーモンのパニ。圧倒的な実力は、コネクトという未知の魔法を覚醒させてしまう。

 四位はアーリマンのカバンダ。スケルトンの召喚と、いかなる存在も押さえつける束縛結界を使えるが、負傷が原因で実力を出せず散ってしまう。

 四体の強さはこの順位通りだ。

 上の二体が倒された時点でカンペは危機感を募らせた。それでも相手がただの人間なら負けるつもりはない。

 目の前にいるのは武器を扱う弱い人間。

 先ず一人。そして残りをじっくり料理する。

 カンペの体が横を向く。それに気づいた時には既に遅く、圧倒的な速度で尻尾がイリックに伸びていく。

 さも当然のように突き刺さる。一瞬にして決着がつく。あまりに呆気ないその結末に、ネッテ達は駆け寄る。

 カンペは目を見開く。

 イリックは無表情。

 本来の長さ以上に長い尻尾は雪に突き刺さり、スチールソードはカンペの上半身を横から貫く。


「なん……で?」

「確かに強い。でも、俺はスコーピオンの討伐には慣れてて、攻撃動作は完全に盗んである」


 サソリのモンスターが尻尾で攻撃する際、いくつかの予備動作が存在する。体を九十度方向転換し、、下腹部の尻尾を獲物に近づけるのだが、その前から既に予備動作が始まっている。足を一斉に動かすのだ。

 イリックは見回り時代からサンドスコーピオンを倒し続けてきたため、そういったことは熟知している。

 スコーピオンと目の前のサソリ女ではかなりの差異があるものの、その点は変わらない。尻尾からの攻撃に至る最初の動作を見落とさなければ、回避することはイリックにとって造作もない。


「私は……スコルピオン……だ」

「それは悪かった。覚えとく」


 イリックが片手剣を抜き取ると、それに引っ張られるようにカンペがイリックに寄りかかる。


「フブキ……様はもっと強い……ぞ」

「へ~。強いのはそいつくらい?」

「もう一体……い……」


 イリックの腕でモンスターが黙り込む。続きを期待して待ち続けるも、一向に話してはくれない。


「お兄ちゃん、その人」


 ネッテが静かに言葉を紡ぐ。言いたいことはわかっている。

 イリックはそっと死体を横たわらせる。ブラジャーさえしていなければ最高だったのに。そんなことを思いながら見下ろす。


「そんなに胸見たいなら後で見せてあげるから進むわよ」


 ロニアにはばれているらしい。


(っていうか今何て!?)

「鼻の下伸ばしてる!」

「う、生まれつきこんなもんだよ!」


 ネッテのつっこみに苦しい言い訳をしてみる。


「感想は?」

「もう少し胸は大きい方がいいですね」


 ロニアの問いかけにイリックは素直に答える。しかし、そのせいで周囲の気温が急激に下がる。


「……何か言ってた?」


 しばらくして、ロニアが口を開く。


「手ごわいのは、フブキともう一体くらいみたいです」

「そう。上々ね」


 この成果は確かに大きい。敵の数は未だに把握できないが、自分達を苦しめる強敵の数は絞り込むことができた。

 残りは二体。一方はフブキと呼ばれるここの親玉。もう一体については全くわからない。

 その後も四人は、次々と出会うモンスターを倒しながら西を目指す。少しずつ、スケルトンの割合が増えていく。

 ヴァステム渓谷に着いたのは一時間後。見渡す限り、真っ白い雪原地帯に変わりはない。

 岩山に挟まれた細い道を境に、東か西か、それくらいの差しかない。

 それでもここはヴァステム渓谷。スノーシロップを求め、フブキを倒すため、明日はここを突き進む。


 テレポートで帰還した四人は、報告と夕食を終えて宿屋に戻る。

 しかし、どれだけ待っても、ロニアは胸を見せてくれない。そういうプレイなのかな? そう思いながら待っていると、ロニアはついに寝てしまう。

 代わりにネッテが抱きついてくる。


「かっこよかったよー」


 ネッテは感想を述べながら顔をイリックの胸にこすり付ける。

 やかましい、と押しのけた際にイリックはネッテの胸を触ってしまう。ビックリするくらい硬かった。そしてまっ平らだった。

 割に合わないが、世の中こんなものだ。


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