第十七章 三国合同調査隊、再び
「報告は以上となります」
極寒の地には今日も雪が吹き荒れる。地面に積もる雪はより一層厚くなり、空を覆う黒い雲は太陽の日差しを普段以上に遮る。日中にも関わらず、まるで夜明け前のような薄暗さが、雪原地帯の白さを際立てる。
そのせいだろうか? 奥行きの浅い洞窟はいつにも増して冷え切っている。
奥に座るそれは黒い姿のゴブリンのような何か。表面にはもやもやと黒い炎がたぎっており、傍から見たら白い目しか確認できない。
その正面にはアーリマンがふわふわと上下しながら浮いている。部下を連れ帰ったばかりということもあり、マジックポイントが空っぽだが、休まずここに直行した。
「――コットスを追い詰めたか。間違いなくそいつがパニとカバンダも殺しやがったな」
「そ、そう思います……」
この地を支配している者の名はフブキ。黒い姿は光の届かない暗闇よりも黒く、漏れ出る殺気と憎悪が人間への恨み具合を物語っている。
ふわふわと浮いているのはアーリマンのアエーシェマ。数度による転移魔法により疲弊しているが、そのおかげでここまですぐに辿り着けた。ジャイル村で遭遇した人間について、事細かに報告することを最優先と考えての強行移動だ。
「俺達を退けたんだ。次はここまで来るだろうな」
「こうなってしまってはどうしようもありませんね。徹底抗戦です」
「やっとその気になったのか。お気に入りのカンペを失うのはこわいもんな~、ククク」
「これ以上部下達を失いたくないだけです。余計な詮索は止めて下さい」
「今更取り繕ってどうするんだよ? 散々見せ付けておいてよく言うぜ」
二体の会話をアエーシェマは黙って聞き続ける。
フブキとモークス。口論ばかりしているが、実は互いのことを誰よりも理解し合っている。歪な関係だが、奇しくも深く繋がっている。
「あなたが勝手に覗き見ているだけでしょう」
「そういうこと言ってると、お楽しみの最中にしゃべりまくるぞ」
「……怒りますよ」
そう。フブキとモークスは一つの肉体を共有している。
ゴブリンの姿をした、しかし、ゴブリンではない何かの体を。
「戦力の補充として、煉獄から仲間達を連れてきて頂きたいのですが……」
「あ~、それはまだ無理だ。ずっと寝ていやがる」
アエーシェマの提案にモークスは表情を歪ませる。
煉獄の扉を開くためには相当のエネルギーが必要なため、そう何度も繰り返せない。
そもそもフブキとモークスは煉獄の力を使うことに今でも反対している。この力は危険過ぎる。この世界のモンスターにも災いを呼びかねない。そう思っているからだ。
現に、北の地の生態系は大きく書き換えられてしまう。この地に生息するモンスターの内、自分達に従わない種族はほとんどが駆逐された。
巨大かつ険しい雪山であるアシルグン山脈はまだ支配しきれていないが、それも時間の問題だ。もっとも、そこに生息するドラゴンには手を出してはいけない。以前、興味本位でちょっかいをだした結果、怒り狂ったドラゴンによって多くの部下達をいとも容易く殺されてしまった。
人間が脅威であることを認識した今、煉獄からやってきたモンスターは煉獄へ返すという選択肢も浮上するのだが、おそらく誰も従わない。
モンスターは無条件で人間を殺したい。本能にそうインプットされている。
煉獄には人間がいない。この世界、ウルフィエナにはうじゃうじゃと大量に生息している。
ここはモンスターにとって楽園だ。死んでもいいからここにいたい。そして、人間を殺したい。
ゆえに、煉獄から連れて来られたモンスター達は喜んでフブキ達に従う。いつか訪れるチャンスを待つことができる。この世界にはそれだけの魅力が存在する。
「彼女にはこのまま眠ってもらえばいいのです。力も存在も危険過ぎます」
「そ、それはそうなのですが、あの人間達が攻め込んできた場合、ネル様の力もきっと必要になるかと……」
「俺でもやばいってことかい?」
「と、とんでもございません。しかし、人間は数だけは多いと聞きます。いざとなったら総力戦になるかと思われます」
「今は様子をうかがいましょう。人間が攻めてくるようなら、それで人間の戦力を測ればよいのです」
「かしこまりました。皆には戦いが近い旨、伝えておきます」
「もう終わりでしたら、カンペを呼び戻してください」
(またサソリ女を愛でるのかよ……。やれやれ、ゴブリンの俺には理解できない感覚だぜ。寝てよっと)
イリック達を敵として認識したフブキ達。
そして、フブキ達を敵と認識した人間達。
争いが始まる。
◆
ジャイル村での戦いから一週間が経過した。
ここはサウノ商業国の中心に存在する丸みを帯びた巨大な建築物、サウノ宮殿。その一室に三国の要人達が再び集まっている。
扉から見て左側はデフィアーク共和国。
出席者は、エミリア、ウェイク、ミヤの三名。
右側はガーウィンス連邦国。
出席者は、ススリリ、シャルロット、ガラハの三名。
奥にはサウノ商業国。
出席者は前回同様、ブラインとヘイキットの二名。
イリック達はいない。それを差し引いても前回より少ない。
「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます」
「今回は随分少ないわね。まぁ、構わないけど」
進行役のブラインが会議を開始すると、早速シャルロットが茶々を入れる。
「第五陸軍のマッカスなら、ジャイル村の調査を終え、今頃はサラミア港に向かっている最中だ。そちらもゴルド殿達の姿が見えませんが」
エミリアはイリックのテレポートで一足先に帰還した。
ジャイル村で得られた情報と出来事を三大大国に共有させたことで、今回の会議が開かれる運びとなった。
「実は、まだあまり大っぴらにはできないのですが、こちらでも厄介ごとが起きておりまして、彼らにはそれの対応を任せています」
緑色の正装を身にまとっているガラハが、ガーウィンス連邦国の事情を手短に説明する。
「こっちは私とススリリがいれば十分なんだから、ガラハまで来ることなかったのに」
「まぁ、あの三人に任せておけば大丈夫だよ。僕なんかよりアグレッシブだしね」
腕を組むシャルロットにガラハは乾いた笑い声を上げる。
とある件に対し、ガーウィンス連邦国は三人の館長を調査にあてる。
火の図書館館長、ゴルド。
土の図書館館長、ヨールモール。
雷の図書館館長、コドウン。
とりわけゴルドは、最年長にも関わらず鍛えぬいた肉体のおかげで誰よりも精力的に動き回る。残りの二人は完全に学者タイプだが、それでも行動力は抜群だ。
欠席者とは別に、イリック達もこの場にいない。そう、今回は呼んでいない。ここから先は三大大国の管轄であり、冒険者の入り込む余地はないということだ。
今回は軍隊を派遣するか否かの会議であり、そこに冒険者が加わるような状況は、まさに非常事態、もしくは最終手段と言える。
「では、先ずはエミリア殿が得た情報について整理したいと思います」
ブラインが手元の資料を読み上げる。
北の地に陣取るモンスターのトップはフブキ。姿はゴブリンに近い。
側近としてアーリマンのアエーシェマがいる。
フブキが煉獄からモンスターを連れて来た。その数、五百体以上。
ジャイアントと似た種族であるヘカトンケイルはその特異すぎる能力ゆえ、倒しきれずに逃げられた。
そして、イリックという冒険者は遥か昔に滅んだ転送魔法、テレポートを習得している。もっとも、これはエミリアというよりはゴルドがばらして発覚した。
何から議論すればいいのか? 一つ一つが重く、皆黙ってしまう。
「イリックさんが救出した親子ですが、ガーウィンスに住んでもらうことになりました。働き口も斡旋済みです」
ススリリが沈黙を破る。今回の件において、唯一明るい話題と言える。もっとも、家や故郷だけでなく、家族や知人、友人を全て失ったのだから心の底から喜べるわけではない。
「転送魔法、か。おそろしく便利な魔法だな」
「おかげで救えましたね」
ウェイクとミヤが頷く。
「なんで隠してたのよ?」
「まぁまぁ。ゴルド殿がそうしろとアドバイスしたのかもしれません。それに、口外して良い魔法ではないことを彼らも自覚していたのでしょう」
シャルロットがグレーのツインテールを揺らして毒づく。
それに対し、事情を知らないガラハが独自の推理を交えてイリックをフォローする。ゴルドは知っていたことから、ある程度のことは容易に想像できる。それはシャルロットも同様だが、やはり気に食わないため意味もなく腹を立ててしまう。
「楽観的な意見になってしまうが、北の地のモンスター……、いや、煉獄のモンスターは我々でも問題なく倒せるだろう。ただし、一部を除いてだが」
エミリアがそう付け加える理由は明白だ。ヘカトンケイルの存在。これと同等の強さを誇るモンスターがどれだけいるかはわからない。極小数、もしくはあの固体だけであって欲しい。そう願わずにはいられない。
あの場であれとやりあえたのはイリックだけ。少なくとも、エミリアは敗北した。
この場でやりあえるとしたら……。
「ふん。そのジャイアントだって私が倒してみせるわ。戦技を使う。時間内に三回殺せばいい。これだけわかってれば敵じゃないわ」
シャルロットが言い切る。
「あなたの出番かもしれないわね。そうなると、もし北の地に軍を派遣する場合、シャルの同行は決まりということかしら?」
「もしももなにも行くしかないでしょ? 情報が得られた以上、そいつらを全て滅ぼせばいいだけじゃない」
顎に手を添えて考えるススリリとは対照的に、シャルロットはやる気満々だ。
軍の派遣。
そしてモンスターの殲滅。
人間が取れる次の手はこれしかない。
静観という手がないわけではない。この選択ももちろんありなのだが、無駄に被害を広げる可能性があり、今回の場合、悪手でしかない。北の地付近には、ジャイル村以外にもいくつかの村が存在するのだから。
北の地に近い順で挙げると、マーム村、サラミア港、ミリリン村、テホト村、ワシーキ村が存在する。それらにはデフィアーク共和国とサウノ商業国が軍隊を配置しているが、モンスターの規模によっては返り討ちにあう可能性もある。
ヘカトンケイルが現れた場合、間違いなくそこは壊滅する。
これ以上の被害は出したくない。満場一致の意見だ。
しかし、必要なカードは全て揃いきっていない。得られた情報はどれも貴重かつ重要だが、敵の正確な戦力が未だ明らかになっていない。
捕らえたアーリマンは五百以上と言っていた。しかし、それも推測でしかない。六百くらいなのか、千を越えているのか……。もう少し詳しい情報が必要だ。
「私としては、フブキという存在が気がかりで仕方ない。もしあのジャイアント以上に強いのなら……、いや、きっとそうなのだろう。そんなモンスターを我々が倒せるのだろうか?」
今回の戦いでエミリアは思い知った。ドラゴンと呼ばれる最悪な存在以外で、自分より強いモンスターがいるとは想定していなかった。
怖気づいたわけではない。闇雲に戦いを挑んでもどうしようもないモンスターがいると学ぶことができた。
ヘカトンケイルに関してはもう問題ない。シャルロットがいなくとも、ウェイクやミヤ、マッカスのような実力者が数人いれば倒せるだろう。イリックのおかげで戦い方は把握済みだ。ウェイクとマッカスなら、あるいは一人で倒せてしまうかもしれない。
「ふん。そいつも含めて私が倒してやるわよ。ビビッちゃって、情けない」
「フフ、その通りかもしれなんな」
シャルロットの軽口を、エミリアはあっさりと受け流す。
「では、十八年ぶりに合同調査隊を結成するということでよろしいでしょうか?」
「調査名目じゃなくて討伐でいいんじゃない?」
ブラインの提案にシャルロットが食い下がる。
合同調査隊。
未開の土地である北の地を調査するため、過去に何度か結成された二国ないし三国の合同部隊である。
隊員をモンスターから守るための実力者。
土地の調査に秀でた学者。
モンスター研究のスペシャリスト。
そういった面々を集め、北の地に派遣した。
結果、彼らはモンスターによって倒されてしまう。
アーリマンに襲われた際は半数の隊員が倒され撤退。
デーモンに至っては一瞬で壊滅。一人だけなんとか逃げながらえることに成功する。
北の地の危険性を目の当たりにした三国は、そこへの立ち入りを禁止する。
さらに、北の地に至るルークス洞窟には結界を張って物理的に行き来を遮った。
ゆえに、本来ならモンスターがこちら側に来ることもできないのだが、アーリマンを筆頭にいくつかのモンスターは転移魔法を使えるため、少数のモンスターが送り込まれてしまう。
「ブライン殿が言う通り、先ずは調査に徹した方がいいかもしれませんね。モンスターも随分高い知能を持っていることがわかった以上、情報は少しでも多い方がいいでしょう」
ガラハが説得するように自論を述べる。
シャルロットはススリリとガラハに頭が上がらない。ゆえに、こう言われてしまっては口答えもできない。
「ルークス洞窟の結界は、シャルロット殿がいればどうにかなるのですか?」
「ん? ええ、当然よ。壊してもいいし、手順に沿って消すこともできるわ」
ウェイクの問いかけに、シャルロットが涼しい顔で答える。
ルークス洞窟の結界はガーウィンス連邦国が張ったものだ。ゆえに、ガーウィンス連邦国の魔法を知り尽くしているシャルロットなら容易に解除することができる。もっとも、仮に知らずとも力業で破壊できてしまう。シャルロットはそれほどの魔力を秘めているのだから。
合同調査隊の編成や規模についての話し合いが始まる。
シャルロットは終始、少数でいいと言い続けるが、誰も首を縦に振らない。
ある程度固まりだした頃に、話はふいに脇道に逸れる。今話す必要はないが、エミリアとしては提案したくて仕方がない。
「テレポートの活用……と言ったら言い方が悪いかもしれないが、イリック殿には今後様々な場面で役立ってもらわなければならないと思っている。しかし、彼には一つだけ欠点がある。マジックポイントが驚く程に少ない」
エミリアはずばっと言い放つ。イリックとしては触れて欲しくない話題だが、ここの大人達は容赦ない。
「少ないってどれくらいなのよ? 確か、後衛回復役に当てはまる冒険者だったかしら?」
イリックの度重なる活躍により、冒険者を毛嫌いしているシャルロットでさえイリックについてある程度把握している。
「ええ。聞いたところによると、キュアを十一回しか使えないそうだ」
「ブホッ!」
「キャハハハハハ! 何それー!」
ガラハが驚きのあまり吹く一方、シャルロットは腹をかかえて大爆笑。それほどまでにイリックのマジックポイントは貧弱だ。
「十一回……。それはすごいわね」
ススリリは目を丸くする。
「私の部下にもそこまでの逸材はいない……よな?」
「おりません」
ブラインは思わず副隊長のヘイキットに確認してしまうほど動揺する。
「ククククク……キャッハハハハハ! 十一って! 子供以下じゃない! 私、物心ついた頃にはフレイムを二十回は撃てたわよ? イヒヒヒヒヒ!」
「シャル、さすがに笑い過ぎよ……」
隣で笑い続けるシャルロットがやかましく、ススリリは躾けるように注意する。
キュア十一回。これは非常に少ない。
鍛錬を一切積んでいない普通の人間の場合、生まれ持ってキュアを覚えていれば二、三回は使えると言われている。
体を鍛える、日々魔法を使い続けるといった些細な鍛錬を続ければ、誰でもあっという間に十回には到達する。
冒険者を目指す場合、最低ラインは二十であり、冒険に出る頃には三十、四十には辿り着いておきたい。
キュアとフレイムでは魔法が違うのだから比較するのは少々乱暴なのだが、シャルロットの場合、五歳で二十、十歳で八十、現在、すなわち十八歳で二百に到達している。
ゆえに、シャルロットからすれば十一回という数字は信じられない。というかおもしろ過ぎる。笑いすぎて涙と鼻水が流れている。整った顔立ちが台無しだ。
「彼曰く、テレポートの消費量はキュア七回分らしい。つまり、一度しか使えない」
やかましい笑い声の中、エミリアがテレポートの運用の難しさを指摘する。イリックは片道分のマジックポイントしか保持していない。何らかの手を打たなければ往復できないということだ。
「マジックポーションを持たせる……にしてもキリがないでしょうね」
「あぁ。何より、それだと二往復はしんどいらしい」
ススリリの提案はエミリアも考えた。しかし、五百ミリリットルのマジックポーションを何個もがぶ飲みすることは難しいため、現実的ではない。この方法ではギリギリ二往復が限界だ。
「はぁ~、おもしろい。そんな才能無しがよくもまぁ冒険者なんてしてるわね。それとも何かしら。そいつ、魔法は使わずに戦うの?」
「ええ。傷ついた際にキュアを使うだけで、基本は前衛攻撃役のような立ち振る舞いをしている。そもそも、テレポート以外にはキュアしか覚えていないようだ」
「キュアだけ!?」
エミリアからもたらされた新事実が再びシャルロットを笑わせる。笑い疲れてしんどいのだが、笑わずにはいられない。
キュアしか習得していない後衛回復役。そんな冒険者は落第以下である。それこそ、そこらへんの一般人と大差ない。
「後衛回復役は通常、前衛系の人間より身体能力が劣ると言われています。それにも関わらず、エミリア殿を倒すほどのジャイアントを退けた……。なかなかの逸材ですね」
ガラハが言う通り、魔法を習得する人間は、代わりに身体能力が低いと言われている。
一方、魔法を習得できない人間は、身体能力が高く、モンスターとの接近戦に向いている。努力次第でどうこうなりはするが、不向きであることに変わりはない。
「後衛回復役なのに魔法の才能がない。確かにここだけを見れば絶望的だが、イリックは長年鍛錬を続けてた結果、そこまで登りつめた。つまり、俺と同じタイプの人間さ」
「自分で言っちゃった」
ウェイクがキリッと言い放つ。隣のミヤが呆れる。
「ウェイクも昔は才能の欠片もないヒヨッコだったな。なつかしい話だ」
「隊長の下にいた頃がなつかしいです」
エミリアとウェイクがしみじみと振り返る。
ウェイクは魔法が使えない。つまり、前衛系の人間だ。しかし、だからと言って身体能力は高くなかった。むしろ低かった。足は遅く、子供の頃は女の子にすら喧嘩で勝てない。腕力もなく、重たいものは持ち上げられない。武器など当然無理。
それでも努力だけは続けた。ガーウィンス連邦国の街中をランニングする姿はそこに住む人々にとって恒例だった。
頭角を現し始めたのは軍に入った頃。初めは日々の訓練についていくこともままならなかった。しかし、一年もしない内に体力だけは誰にも負けなくなっていた。
体力に続き、筋力も長年の積み重ねにより育ちだす。やがて、片手剣ならある程度扱えるようになり、気づけば天才と言われていたエミリアと渡り合えるようになる。
その後、努力と実力を認められたウェイクは第三陸軍の軍長に抜擢される。誰からも文句は出なかった。
才能だけならエミリア以上と言われているミヤですら、ウェイクには一目置いている。才能の無さを努力だけで補った男、それがウェイクだ。
「それで私の言いたいことなんだが、イリック用のマジックアイテムの製作を提案したい。マジックポイントの増加や自然回復速度を向上させるのではなく、消耗タイプではないが使用することでマジックポイントを回復できるような」
「彼以外に五人を一瞬にして移動させられる……。効果的に運用できれば、今まで成し遂げられなかったことがいくつも解決できそうですね」
エミリアの提案にガラハが頷く。
「確かに……。クルル島のモンスター殲滅や、ルワミリ島の奪還も夢ではないか」
ウェイクが頭をかきながらつぶやく。
クルル島はデフィアーク共和国の北西に存在する小さな島だ。
そこにはゴブリンやジャイアントが生息しており、トリストン大陸とはゴブリンの通り道で繋がっている。現在は結界のおかげで行き来できないが、脅威であることに変わりはない。
デフィアーク共和国には海軍が存在する。クルル島制圧は長年の夢でもあるのだ。
一方のルワミリ島は、ガーウィンス連邦国の北に浮かぶ小さな島を指す。
昔は人間が住んでいたのだが、現在はオークによって支配されている。
オークは幾度となくトリストン大陸に侵攻するも、人類はその度に退けてみせた。
しかし、真っ先に占領されたルワミリ島だけは未だに奪還できておらず、オークがトリストン大陸を攻撃する際の足がかりとして今も利用している。
テレポートを使えば、二つの島を攻略することも可能だろう。ウェイク達はそう考える。
「そうですね。この件については私からゴルドに伝えておきます。おそらく、錬金術ギルドの力も借りることになると思います」
「わかっている」
ススリリとエミリアの間で話がまとまる。
イリック用のマジックアイテムの製作。やるだけの価値はあると一致した。
「そういえば彼らは今何を?」
「サウノにいるはずだ。金欠で困っているらしい。おそらくクエストに励んでいるのだろうな」
ミヤの問いかけに、ウェイクは椅子をぎしっと鳴らして答える。
冒険者は金がかかる。
寝泊りは宿屋。
食事は外食。
装備は消耗品なため買い換えなければならない。
デーモン討伐のような美味しい話など滅多にない。日々、クエストをこなさなければならない。
ウェイクの予想通り、イリック達はサウノ商業国のギルド会館で人ごみにもまれている。しかし、冒険者としてこれほど充実した日々はない。
気の合う仲間がいて、目的もあって、冒険に挑める。
彼らはこれを望み、そして手に入れた。
「ところで、彼ってなかなかかわいいですよね?」
「ふ、さすがススリリ殿」
いつの間にか変なことで意気投合しているススリリとエミリア。二人仲良く不敵な笑みを浮かべる。
シャルロットは小さく体を震わせながら、声を殺して笑い続ける。
収拾のつかないこの状況に、サウノ商業国の出席者二人はただただ黙って待つことしかできない。
◆
「今日も疲れたねー」
「うん」
太陽はすっかり沈み、代わりに月が夜空で輝いている。周りの星達も負けじと自己主張しているが、真ん丸い月には到底敵わない。
石畳の大通りは未だに多くの人で賑わっている。
クエストに成功したのだろう、何人もの冒険者達が酒場へ向かっている。
商売に失敗したのか、商人がトボトボとサウノ宮殿の方へ向かっている。
仕事帰りなのか、疲れた顔をしながらもどこか満足そうに男性や女性が歩いている。
少し遅めの夕食を食べ終えたイリック達は、サウノ商業国の西区に存在する宿屋にぞろぞろと戻る。
ジャイル村での戦い以降、イリック達はサウノ商業国を拠点に活動している。
目的は金稼ぎ。
イリックはハイサイフォスの使用をついに諦めた。デーモンに先端を砕かれて以降、ずっと使ってきたがさすがに限界を感じてしまう。
そこで片手剣も新調したのだが、そのせいで所持金が半分近くも消えてしまう。
購入したのはスチールソード。ハイサイフォスと比べると随分と高価だ。もちろん性能は申し分なく、イリックにとっては夢のような武器と言える。
もっとも、片手剣を扱う冒険者ならこれが最低ラインであり、アジールやロニアはあえてそのことに触れない。うれしそうなイリックに水を差すような真似はしない。
金がなければ生きていけない。冒険もできない。ゆえに、ギルド会館のクエストに励む日々が始まる。
サウノ商業国周辺にはモンスターが多く、どんなに冒険者が多かろうと困らない。むしろ人手不足なくらいだ。
クエスト用の掲示板前は冒険者で溢れかえっている。同業者に負けじとクエストを選び、出発する日々。
他の冒険者と比べ、イリック達は圧倒的に有利な条件を持ち合わせている。帰りを考える必要がないのだ。
イリックがテレポートを唱えれば、どこにいようと瞬く間にサウノ商業国の宿屋に帰還できる。便利なことこの上ない。
四人はこれを活用し、遠出のクエストにも積極的に挑戦する。
それでも懐が潤わないのは日々の出費が原因だ。
四人分の宿屋代。食費も四人分。一般家庭とは比較にならない金額が毎日のように消え去っていく。
「いっそ宿生活は控えてサラミア港の実家にテレポートした方がいいのかな~?」
白いベッドに腰を降ろしながら、イリックがつぶやく。
実は前々から考えていた。テレポートを使えるのだから、夜は実家に帰ればいいのではないか、と。そうすれば宿代は浮く。食事も手料理の方が安くつく。良いこと尽くしだ。
しかし、ままならない理由がある。
「クエストを終わらせてサウノに飛んで、クエストを報告したら実家にテレポート? それってサウノで何時間待機するハメになるのよ」
「ですよね~」
ロニアの容赦ないつっこみにイリックはうな垂れる。
テレポート一回でマジックポイントのほとんどをごっそり消耗する。もう一度テレポートするためには、何時間も待たなければならない。マジックポイントの自然回復には少々時間がかかるからだ。
「なんだっけ? マジックジュース飲めばいいんじゃないの?」
「マジックポーションな。あれ高いんだよな~」
「無理無理。買えないわ」
ネッテにしては的確な提案だが、一万ゴールドもするアイテムをポンポン買うことはできない。なぜならイリックの見回り時代の給料一ヶ月分より高価だ。到底買う気にはなれない。
ちなみに、イリック達が今日こなしたクエストの報酬金額は千三百ゴールドだ。そのことからも、マジックポーションの高級品っぷりをイリックとロニアはは噛み締める。
「少しずつだけどお金貯められてるから、今はこのままがんばるかぁ」
「おー」
イリックの覇気のない独り言にネッテが賛同する。
「それじゃ、ネッテ、お風呂入ろう」
「ガッテン!」
アジールに誘われ、ネッテが浴室に向かう。
(あの二人、本当に仲良いな……。俺も一度でいいからアジールさんから誘われたい)
そんなことを思っていると、ロニアが部屋の窓を開ける。外から気持ちの良い風が吹き込む。空気は少し乾燥しており、明日の天気も良さそうだとイリックは想像する。
「もう少しお金貯まったら、何とかって遺跡に行ってみますか?」
「あら、覚えててくれたのね。そういうやさしいところ、リーダーらしくていいわよ」
ロニアに褒められてちょっとうれしいイリック。しかし、遺跡の名前は完全に忘れている。
エムム遺跡。ガーウィンス連邦国の遥か南に存在する古代人の遺跡。何のために作られた場所なのか、未だに解明されていない。
「あ~、でも、北の地が落ち着くまではあんまり遠出しない方がいいのかな?」
「エムム遺跡までは少なくとも五日くらいはかかりそうよね。そこらへんも含めて、明日にでもエミリア達に訊いてみましょう。丁度サウノに着てるらしいわよ」
へ~、とイリックは感心する。
「ところで、全然関係ない話なんですが、ロニアさんって普通の攻撃魔法とか使えるんですか?」
「もちろん。本当に突然ね」
「フレイムとか使えるんですか?」
「使えるけどあまり得意じゃないのよね? スプラッシュなら誰にも負けないわよ」
フレイム。攻撃魔法の一つ。火を司る魔法であり、火の玉を発生させ、発射する。
スプラッシュ。攻撃魔法の一つ。水を司る魔法であり、水の塊を作り出し、相手にぶつける。
「んじゃ、スプラッシュ、何回くらい使えるんですか?」
「数えたことないわね~。まぁ、五十回くらいかしら?」
イリックは自分との差に愕然とする。
「あなたの場合、マジックポイントより魔力をどうにかなさいよ。いつも回復してもらってるから文句は言いたくないのだけど、さすがにあの回復量はあれ過ぎるわよ」
ロニアの言うあれが何なのか、イリックは考えようとしない。それどころか不貞寝を決め込む。
「寝るんだったら先にお風呂入りなさい。ネッテちゃんに臭いって言われるわよ?」
「あいつ、この匂いがお気に入りみたいなので問題ありません」
子供みたいな言い訳でイリックは反論する。
「んじゃ、ネッテちゃんに、お兄ちゃん好き好き~ってからまれまくるわよ?」
ロニアに言われてイリックはゾッとする。これ以上のアプローチは本当に勘弁願いたい。
やがて、ネッテとアジールが風呂からあがり、ロニアが続き、最後にイリックが入る。そんなこんなで今日も過ぎ去っていく。
明日は明日でクエストだ。
明後日も多分クエストだ。
そんな毎日だが、楽しい。
この四人ならどこにだって行ける。
やりたいことは山ほどある。
仲間を守れるだけの強さを身に付けたい。
お兄ちゃん、アジールさん、ロニアさんと冒険がしたい。
この四人で冒険を続けたい。そしてモンスターと戦いたい。
様々なことを知りたい。そして神の扉を見つけたい。
四人はそれぞれの想いを胸に秘め、歩き続ける。
イリック達の冒険はここからだ。




