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第十五章 ジャイル村へ

 アイール砂丘のすぐ北には、ルイール平原と呼ばれる緑豊かな土地が広がっている。小さな丘すら見当たらないどこまでも平坦なその大地は、様々な植物と生き物で賑わっている。

 白い蝶。

 緑色のバッタ。

 木から落ちた実を食べる小動物。

 そしてモンスター。

 豊かな土地にはモンスターも多く生息しており、そのおかげで冒険者は休む暇なく仕事にありつける。

 この土地にはマーム村と嵐の谷が存在する。

 マーム村は昔から続く産業を生業とする伝統ある村であり、ここで作られた羊皮紙は品質の高さに定評がある。

 嵐の谷は危険な場所ということから、ガーウィンス連邦国によって封印されており、誰も立ち入ることができない。


 サウノ商業国での緊急会議から丸一日。イリック達はルイール平原に辿り着いていた。

 すっかり日は暮れており、月明かりだけを頼りに一行は歩き続ける。マジックランプで周囲を照らしてもいいのだが、だからと言って周りに何かがあるわけでもなく、どこまでも広がる平坦な大地を月明かりだけで歩く。

 昨晩は午後九時にサラミア港を出発した。

 会議の後、サウノ商業国でいくつかの店を周り、なんとか食糧の確保に成功した。

 その後、テレポートでサラミア港に移動する。久しぶりの故郷を堪能する暇もなく、イリック達は暗闇の中、アイール砂丘の縦断を開始する。

 今朝も早朝から歩きっぱなしだ。そのおかげで会議から二日目にしてルイール平原に辿り着けたとも言える。なかなかの強行軍だがそれもやむなし。ネッテ達も文句を言わずついていく。

 目的地のジャイル村はジャイル森林にある。

 ジャイル森林はルイール平原の北東に存在する巨大な森を指す。

 ゆえに、イリック達は進路を北から北東に変更し、後はひたすら直進する。

 明日にはジャイル森林に着きたい。少々過酷な進行具合かもしれないが、今回ばかりはこの無茶につきあってもらうしかない。しんどくなったらおんぶも辞さない。むしろ、ロニアをおんぶしたい。アジールでも可だ。ネッテには最後まで自力で歩いてもらう。

 太陽が沈むとモンスターの多くも人間のように眠る。しかし、入れ替わるようにアンデッドと呼ばれるモンスターが出現する。

 例えばスケルトン。頭のてっぺんからつまさきに至るまで、全身が人骨で形作られているモンスターだ。たいして手ごわくはないが、生前に扱っていた武器を持っている場合が多く、油断はできない。骨をカタカタ鳴らして歩くため、近くにいるならすぐに発見できる。そういう意味では、対処のし易いモンスターと言える。


「私、ここは初めて訪れるわ」


 暗闇の平原でロニアが口を開く。気をつけなさい、と暗に含んでいる。

 ロニアはガーウィンス連邦国からサラミア港まで歩いて移動してみせた。その実績から、冒険者歴は浅くとも、凄腕の冒険者に当てはまると言っても過言ではない。


 トリストン大陸は、羽を広げた蝶の姿に似ている。

 そして、ガーウィンス連邦国は右羽の最も東に位置する。厳密には違うのだが、ほぼこの表現で問題ない。

 サラミア港は左羽の最も西に位置する。これも正確な言い回しではないが、間違いではない。

 ロニアは徒歩で大陸を横断している。その過程でいくつもの土地を渡り歩いたのだが、今いるルイール平原とこれから向かうジャイル森林はそのルートから外れている。ゆえに、ここからはロニアにとっても新天地だ。


「確か、この辺りのモンスターの強さは、アイール砂丘と比べてたいして変わらないらしいです。ジャイル森林に突入してからが本番でしょうね」


 いつかギルド会館で聞いた情報をイリックは披露する。しかし、聞きかじった情報ゆえ、非常に浅い。

 一方、ジャイル森林のモンスターは手ごわいと耳にしている。

 その情報が正しい場合、いよいよ非情な現実を直視しなければならない。


「生存者、いるかな」


 アイールがイリックの考えを見通すようにぼそっとつぶやく。

 ジャイル村がモンスターに襲撃されたのは二日前。モンスターがさっさと立ち去っていれば、村で救援を待つこともできるだろうが、もしそうでない場合、彼らは村から離れなければならない。

 人を襲うモンスターに見つかりでもしたらその瞬間に終わりだ。

 さらに言えば、十体を越えるアーリマンがそもそも村から逃げる人間を見逃すとも思えない。そういう意味でも、やはり生存者が見つかる可能性は著しく低い。


「大丈夫大丈夫~!」


 ネッテが能天気に言い放つ。きっと何も考えていないのだろう、とイリックは推測する。しかし、そういうところが今はうらやましいとも思えてしまう。


「ネッテ。もしアーリマンが十五体いたら、俺以外の三人で倒せる自信あるか?」

「わかんない!」


 少しも考えないネッテがいっそ清々しい。


「アジールさん、どうですか?」

「一人五体……。無理」

「そうですか」


 ジャイル村に何体のアーリマンが残っているのか、それは行ってこの目で確認しなければわからない。

 一匹もいないかもしれない。これが理想だ。

 五体くらいかもしれない。この数なら余裕だろう。

 十体は居座っているかもしれない。少々考えさせられる。

 十五体かそれ以上。作戦の練りようがない。


「アーリマンって強いの?」


 ロニアはアーリマンを見たことがない。ワシーキ村での出来事は散々聞かされているため予想はついているが、それでも憶測の域を出ない。


「飛んでて攻撃魔法を使ってきます」

「それはわかってるけど……。まぁ、それだとあなた達は戦いづらいんでしょうね」


 飛んでいる相手に剣は届かない。このパーティでそれが不利に働かないのはロニアくらいだ。

 考えても仕方ないか。イリックはそう結論付ける。現時点ではそうすることしかできないのも事実であり、ジャイル村に着いてから考えることにする。

 一同はそのまま夜のルイール平原を歩く。

 風が吹く度に草木の揺れる音が聞こえるが、裏を返せばそれくらいしか聞こえない静かな場所だ。

 大きく息を吸えば、緑の匂いが肺を満たしてくれる。

 なぜか、イリックは胸の高鳴りを感じる。暗い夜道を歩くと時折こういった衝動にかられる。イリックはこの現象についてロニアにたずねてみる。


「知らない」


 一蹴された。


 そして、午後十時。イリック達はやっと腰を落ち着かせる。もう少し進んでもいいのだが、二日目にしてバテるわけにもいかない。

 草原の真ん中でテントを設営するのもいささか抵抗があるが、贅沢は言えない。最短距離でズンズン進まなければならないのだ。

 三十分後、ロニア水で体を清めた四人は焚き火を囲む。

 今日だけで十四時間も歩いている。昨日は数時間しか進めていないのだから、今後もこのペースを保とうと話し合う。


「この調子だと明後日くらいには着くのかしら?」

「そうだと思います」


 ロニアの問いかけにイリックはうなずく。

 現在地はルイール平原の東寄り。ジャイル森林には明日中に着けてしまう。強行軍ゆえに可能な芸当だ。

 ジャイル村はジャイル森林の北東に存在するため、ジャイル森林に着けたからと言ってゴールではない。明日も明後日も、この調子で歩くことになる。

 イリックとロニアが黙ったところで野営地に沈黙は訪れない。

 ネッテとアジールがぬいぐるみで遊んでいる。アジールが腰に付けている白いうさぎだ。


「ぴょんぴょん。とことこ」


 ぬいぐるみを動かすネッテを眺めながらイリックは思い出す。自分達がまだまだ小さかった頃、すなわち両親が生きていた頃、ネッテがこれに似たぬいぐるみで遊んでいた。

 手先が器用な母は編み物が得意だった。そんな母がネッテのために作ったぬいぐるみもまた、白い何かだったとイリックは記憶している。

 ネッテは子供の頃からわんぱくだった。母からのプレゼントをいたく気に入ったが、扱いが雑だったため、あっという間に壊してしまう。

 それ以来、そのぬいぐるみを見かけない。捨てたのか、しまっているのか、それはわからない。

 二個目を作ってもらう前に母は殺された。

 それ以来、ネッテには専業主婦のような真似事を押し付けてしまい、今に至る。

 アジールのぬいぐるみと会話をするネッテ。

 ぬいぐるみの両手を上下に動かすネッテ。

 長い耳をつかんで吊るし上げるネッテ。

 楽しそうだが、耳がちぎれてしまいそうだ。

 ぬいぐるみか何かを買ってやろうかと思うも、今はアジールのおかげで満足しているようにも見える。


「どうしたのよ。お兄ちゃんみたいな顔して」

「お兄ちゃんじゃない顔ってどんなんですか?」


 ロニアからよくわからないつっこみを入れられるも、イリックはくじけない。


「ネッテちゃん、楽しそうね」

「ずっと冒険に憧れてましたしね。お姉ちゃんみたいな存在ができてうれしいってのもあるんでしょうけど」


 ネッテには随分長い間我慢させてしまった。しかし、今後はそうさせない。仲間達のおかげで冒険者になれたのだから。

 今後はネッテの笑顔を絶やさないためにも、そして、ロニアの知的好奇心を満たすためにも、さらには、アジールの望みを叶えてあげるためにも、イリックはリーダーとして振舞うつもりだ。


(アジールさんって何で冒険してるんだろう?)


 知らなかった。


「知ってます?」

「いえ、そういえば聞いたことないわね。元々無口だから……。仲間に引き入れた時に聞いたんじゃないの?」

「あ~……、忘れました!」

「最低」


 ロニアに手厳しい言葉を投げかけられると、イリックはどういうわけか少しゾクゾクしてしまう。変な扉を開いてしまいそうだと自覚しているが、だからといって抗えない。

 イリックは思い出す。アジールと出会った時のことを。

 ワシーキ村でアーリマンとの戦闘。結果は見事勝利。

 その晩、宿屋でアジールとじっくり会話を楽しんだ。その時のアジールは、仲間を求めてサウノ商業国を目指していた最中だ。

 翌日、イリックはネッテとアジールの買い物に付き合わされる。酷く疲れたのを今でも覚えている。

 そして、三人での夕食。その席でアジールが突然切り出す。仲間に入れて、と。理由は忘れたが、その決意にほだされてイリックは承諾する。同時に、自身も冒険者になると決断する。

 冒険者を仲間に引き入れたのだ。冒険者にならないでどうする? ネッテの件もあり前々から考えてはいたが、最後の一押しはアジールのおかげと言い切れる。

 振り返ると、なぜアジールが冒険者になったのか、そして冒険をしているのか、記憶にない。そもそも聞いた覚えがない。知らなければならないことでもないが、把握しておいた方がリーダーとしては方針を決め易い。

 お金が欲しい。報酬の良いクエストに挑戦すればいい。

 洞窟や遺跡探検がしたい。そういう場所に足を運べば済む。

 美味しいものを食べたい。食べに行く。

 わからない。背が高くて無口な盾役は、あまり自分のことを語らない。いずれ、ネッテに訊いてもらうことにして今は諦める。


「そういう意味では、ロニアさんは楽ですね。遺跡とかに行けばいいんですよね?」

「なんだかバカにされてる気もするけど、まぁ、あってるわ。できれば古代人が残した遺跡がいいわね」

「へ~、そんなのあるんですか? どこらへんに?」

「ガーウィンスの近くに一つ。サファ樹林に一つ。見つかってるのはこの二つね。ただ、ガーウィンス近くのサハハ遺跡は封印されてるから入れないわ。行くならサファ樹林のエムム遺跡かしら」


 サファ樹林。トリストン大陸の南東に存在する大木で覆われた未開拓の土地。随分遠い場所だ。以前なら行くだけで大冒険だ。しかし、今ならそれほどでもない。

 風の洞窟にテレポートで移動し、そこから歩いて五日ほどだ。それでも五日かかるが、その程度で済むと考えるべき場所だ


「わかりました。これが一段落したら行ってみましょっか?」

「そのあたりは任せるわ、リーダー」


 こういう時だけリーダー扱いされても困るのだが、実際リーダーなのだから仕方ない。

 どこまでも続く暗闇の中、ここだけが暖かい光に包まれている。

 周囲にモンスターの気配は感じられない。足音の類も一切聞こえない。耳に届くのは風に撫でられ揺れる草達の音だけ。

 明日も早いため、イリックはテントに向かう。

 広めのテントには三つの寝袋。一つ足りないがいつものことだ。

 いくらか歩き疲れており、寝袋に体を突っ込めば、あっという間に大地と一体化できてしまう。なんとも心地よい。


「私もー!」


 妹がずぼっと体を突っ込んでくる。イリック的にはもうちょっとアジールと遊んでくれても構わないのだが、ネッテにとってもこの時間は至福の時だ。

 ネッテはゴロゴロと喉を鳴らしながら体を密着させる。一つの寝袋に二人が入れば、どうあがこうとこうなってしまう。

 兄としては、喜ぶ妹の顔が見れるのなら多少の我慢は厭わない。しかし、そろそろこの寝方は勘弁してもらいたい。心底嫌というわけではない。しかし、はっきり言えば少し窮屈だ。

 それでも妹のために我慢できてしまうのだから、ネッテが兄バカなように、イリックも妹バカなのは間違いない。


 こうして、先を急ぐ旅の二日目が終わる。

 デフィアーク共和国の軍隊はまだ自国を出発できてすらいない。ゆえに、イリック達がこうして先行している。

 テントの外から聞こえるアジールとロニアの話し声を聞きながら、イリックとネッテは一足先に寝息をたてる。

 この土地は夜でもそれほど冷え込みはしないが、兄妹で寄り添えば、それは最高の温度を実現する。

 人間は支えあいながら生きている。そんなことを考える暇もなく、イリックは眠りに落ちる。

 明日も歩き続ける。

 明日も急ぐ。

 明日も進めるだけ進む。

 このがんばりに意味はないかもしれない。無駄足かもしれない。しかし、そんなことを考える暇があったら、イリックは眠ることを選ぶ。

 結果など、予想せずともついてくるのだから。



 ◆



 その土地には二本の川が走る。

 一本目は南西付近で行き手を遮るように。

 二本目はその土地を左右に切り裂くように。

 今日中に一本目には辿り着きたい。二本目は明日までお預け。そんな計算の元、モンスターを警戒しながら前進する。

 どの方角を見渡しても樹木で溢れかえっている。そのせいで視界は悪く、遠くを見通すことは難しい。

 足元には、木から落ちたであろう大量の葉っぱが横たわる。足をとられると転んでしまう。

 ところどころに倒れた大木を見かける。イリック達は偉大な先人達が残した土の道を選んで歩いており、そういったもので進行を遮られたりはしない。

 サウノ商業国を出発して三日目。

 一同はジャイル森林に到着する。

 豊かな森なのだろう。先ほどから小動物がちらほら確認できる。

 うさぎ。

 リス。

 様々な鳥。

 黒い猫。

 この猫に関しては随分と大きい。一メートル以上はありそうだ。イリック達からは遠いためにはっきりとわからないが、筋肉の付き方も随分とたくましい。よしよしと撫でられるようなかわいい動物とは到底思えない。


「ジャイルタイガーよ。足が速いから気をつけなさい」


 ロニアの言う通り、モンスターだ。猫ではなく、虎に近い。全長は一メートルどころか二メートル近い。全身を覆う毛は黒く、体つきは虎をやや筋肉質にした程度だが、それだけでも十分凶暴そうな姿だ。前足の爪は非常に鋭く、人間が相手ならあっさりと致命傷を与えられる。動きは素早く、比較的遠くからでも獲物を視認するため、奇襲を受ける冒険者も少なくはない。

 まだ夕方のはずだが、この森は既に随分と暗い。木々が頭上から降り注ぐはずの日差しを遮っているためだ。それでも足を止める理由にはならない。今日もこのままどこまでも突き進む。


「あれ、なーに?」


 ネッテが前方を指差す。

 踏み固められた道の先には、巨大なキノコのような何かが立ちふさがる。どう見てもモンスターだ。

 一メートルくらいのキノコ。この時点でイリックは眩暈を覚えるが、根元には根っこのようなツタが四本伸びており、まるで腕か足のように体を支えている。赤い傘もどこか毒々しい。


「レッドキャップよ。まぁ、キノコでいいでしょうね」


 ロニアがモンスターの名前を口にする。しかし、あっという間にキノコで統一されてしまう。


「襲ってくるんですか?」

「どうかしらね?」


 イリック達は道沿いに歩く。しかし、進行方向にはレッドキャップが居座っている。もぞもぞと四本の足を動かして、地面をずるずると移動しているが、速度差の関係から、そろそろ追いついてしまう。

 ロニアもレッドキャップの性格や特性までは把握できていない。ここから先は体験して学ばなければならない。

 これこそ冒険、そう自分を奮い立たせ、イリックは背中の片手剣に手をかける。

 動くキノコはもう目の前。人間の接近に気づいていないのか、襲ってこないタイプのモンスターなのか、レッドキャップはイリック達に反応を示さない。

 すれ違ったタイミングでやっとこちらを見上げてきた……ような気もするが、顔などついていないためよくわからない。

 どうやら襲ってはこないらしい。


「食べられるんですかね、あれ?」

「そこそこ美味しいらしいわよ」

「ふ~ん。え!?」


 自分で訊いておきながら、イリックはロニアの発言に驚いてしまう。

 モンスターと言えども、食べられる種類は多い。

 カルックシープやジャイルタイガーの肉は普通に台所や食堂に並ぶ。

 レッドキャップの体もキノコ料理として食される。

 その後も一行は歩き続け、太陽が姿を消し、森が完全に暗闇に飲み込まれたタイミングで、一旦夕食をとる。

 サウノ商業国を出発して三日目ということもあり、いささか食糧の備蓄も心もとない。献立もその影響を受ける。

 パン。

 干し肉。

 干物。

 キノコの塩焼き。このキノコは先ほどのモンスターではない。

 このメニューでもイリックは文句を言わない。もちろん、誰も言わないが、イリックは十分満足している。

 食べることにあまり興味がなく、腹が膨れればそれでいいと思っている節があり、もちろん美味いものは食べたいが、無理ならそれで構わない。

 干物が好きということもあるが、今日の夕食は十分合格点だ。


「いただきマッカス!」

「頂きます。それ、マッカスさんの前で言うなよ?」


 そんな機会はないだろうが、一応兄として注意する。

 サウノ商業国の会議で同席したデフィアーク共和国からの出席者、マッカス。銀色の鎧がかっこよかったとイリックは覚えている。男から見ても非常に二枚目だった。


「明日には着くか着かないかってところかしら?」


 ロニアがキノコの塩焼きを口に運ぶ。

 イリックはそれだけでドキドキしてしまう。男なら当然の反応だと開き直る。


「今日中に川まで行ければ大丈夫そう」


 アジールがパンを小さくかじりながらイリックの地図を眺める。

 イリックとしても、今日中に川まで行くつもりだ。ジャイル村に急いでいる以上、体力の続く限り進行する。

 決して、朝早起きして釣りをしたいというわけではない。そう自分に言い聞かせる。


「予想はしてましたが、アーリマンやジャイアント? には遭遇しませんでしたね」

「南東に進んだか、まだ村にいるか、北にさっさと帰ったのか……」


 イリックとしては、ジャイル村を滅ぼしたモンスターと道中出会わずに済んだことを喜んでいいのか迷ってしまう。

 ロニアが予想した通り、その三択に絞られてしまうからだ。

 モンスターが南東に進軍した場合、もちろん南西からジャイル村を目指しているイリック達とは入れ違いになる。

 その後、モンスターはジャイル村とサウノ商業国の中間にあるミリリン村を襲うかもしれない。

 しかし、ミリリン村にはサウノ防衛隊が配備されているはずであり、おそらくモンスターは撤退を余儀なくされる。

 まだジャイル村に居座っている場合、倒してしまえば済む話だ。倒せるかどうかは別問題だが、それは戦ってから考える。

 北の地に撤退してくれた場合、これがもっともありがたい。戦わなくて済む。しかも、生存者が見つかる可能性も一番高い。ゆえに、こうであって欲しいが、実際はどうなっているか、ジャイル村に行ってみないことにはわからない。

 イリックは干し肉を噛み千切る。硬いが美味い。顎が鍛えられることを実感しながら、もぐもぐと強く噛む。

 唾液が溢れる口の中で、硬い弾力を堪能していた時だった。

 最初に気づいたのはイリック。少し遅れてネッテ。

 アジールとロニアはキノコの塩焼きを美味しそうに食べる。キノコをかじる様を見せ付けられる度にドキッとしてしまうが、今はそれどころではない。

 イリックは近くに置いていた片手剣とマジックランプを手に取って立ち上がる。

 ネッテは座ったまま様子を見る。


「モンスター?」

「相変わらず勘が鋭いわね」


 アジールとロニアがイリックを見上げる。しかし、食べるのを止めない。この辺りのモンスターにイリックが負けるはずはないとわかっているからだ。

 イリックは耳をすます。


「なかなか美味しいわね」

「うん、干し肉もいい」


 女性陣に会話が気になってしまう。イリックは前だけに集中する。

 前方からゆっくりと、落ち葉を踏む音が近づいてくる。

 モンスターにしては弱々しい足取りだ。足音がいくつも聞こえる。二体、もしくは四本足の何かだと推測できる。

 イリックはマジックランプで森の奥を照らしながら前進を開始する。二体いる場合、少々手を焼くかもしれない。それでも今はモンスターの正体を確認したい。

 しかし、それはモンスターではなかった。

 イリックは思わず息を飲む。

 泥だらけの男の子と、その子に支えられながら片足を引きずるように歩く女性が、苦しそうにイリックのマジックランプを目で追う。


「キュア」

「え、まさか?」


 イリックが回復魔法を母親に唱える。

 その一言でロニアも状況を把握する。元先生ゆえ、頭の回転は信じられないほど速い。

 ネッテも夜目のおかげで気づく。

 アジールだけ、もしゃもしゃ干し肉を食べ続ける。


「大丈夫?」


 ネッテがすたたたと親子に近寄り、男の子とは逆側から母親らしき女性を支える。

 負担が減ったことと人間に出会えたことにほっとして、小さな男の子が泣き始める。

 母親も我が子の背中にそっと手を添えて涙をこぼす。

 ジャイル村の生存者。なんとか二名を救うことはできたようだが、イリックはまだ素直に喜べない。たったの二名だけなのだから。そして、これが最後でないことを、今は祈ることしかできない。



 ◆



 二人の話を要約するとこういうことらしい。

 三日前に、突如として数え切れないほどのモンスターがジャイル村に現れた。足音も無く急に現れたことから、転送魔法の類と考えられる。

 空には小さな羽を生やした目玉がいくつも浮いており、じっとこちらを見下ろしていた。アーリマンで間違いない。

 そして、もっとも存在感があったのは巨大な人型モンスター。子供からしたら山のように見えたのかもしれない。巨人のようなそれはジャイアントと推測できる。肌の色が違うらしいが、そもそもジャイアント自体を見たことがないため、イリック達にとってその情報はどうでもいい。

 現れたモンスターはすぐに攻撃を開始する。

 アーリマンは空から攻撃魔法を唱え、逃げ惑う人々を一人も残さず殺していく。

 ジャイアントは手に持った黒い棍棒を一振りし、建物を粉々に破壊する。その後も次々と建物があった場所を平地に変えていき、ついには全ての建築物を、それこそ巨大なギルド会館すらもあっさりと壊しきってみせる。

 破壊と殺戮を終えたモンスターは、その後もジャイル村に滞在したが、半日ほどでどこかへ去って行った。北の地に戻ったのだ。

 この二人は、倒壊した家の下に埋もれたまま息を潜め、ジャイアントの足音が聞こえなくなったタイミングで外に出たらしい。

 しかし、全て去ったと思われたモンスターは、二匹だけ残っていた。

 空に浮かぶアーリマン。もちろん足音などさせないため、この親子が気づけるはずもない。運良く見つからなかったため、夜中にひっそりとジャイル村を脱出することに成功する。

 もっとも、脱出後も安全ではない。ジャイル森林には凶暴なモンスターが数多く生息している。ジャイルタイガーがその筆頭だ。

 男の子は母親を支えながら、モンスターに見つからないよう注意を払いつつ、ゆっくりとここまで歩いて来た。


「まだモンスターが残っているのなら、やはり急いだ方がいいわね」

「ええ。建物の下敷きになっている生存者がいるかも」


 ロニアとイリックが顔を突き合わす。

 やるべきことは前から決まっていた。必ずやらなければならなくなっただけだ。しかし、このタイミングで生存者に会えるとは思ってもみなかった。ゆえに考えなければならない。


「テレポートを、ばらすしかないか」

「そう……でしょうね。別に隠さなければならないことでもないでしょうし」


 イリックのつぶやきにロニアが頷く。

 アジールは母親を介抱している。

 ネッテは暖かいスープをニコニコと作っている。

 イリックが今すべきこと。それはテレポートで二人をどこかに送り届けること。

 誰にもできないことであり、しかし、イリックにはできてしまう。

 ふと思ってしまう。風の大精霊はこういう時のためにテレポートを授けてくれたのではないか、と。


「事情を知ってるゴルドさんでいいのかな?」

「今回はそうしましょう。事情を話さずともすぐに理解するでしょう。ついでに、マジックポーションももらっておきなさい」


 すなわちこういうことになる。

 イリックがこの親子をガーウィンス連邦国に送り届け、ここに戻るためのマジックポイントを確保するためにマジックポーションをもらう。情けない話だが、今のイリックではテレポート一回でマジックポイントがほとんどなくなってしまう。


「ネッテ。それ、後どのくらいでできる?」

「ん~とね~、十分くらい?」

「わかった」


 ネッテが今作っているスープを二人に飲んでもらったら移動開始だ。

 イリックは事情を話す。

 転送魔法で二人をガーウィンス連邦国に一瞬で送り届ける。その後のことはゴルドがなんとかしてくれる、と。


「お兄さん、そんなことできるの? すごーい!」

「ふふん、なんたって冒険者だからな」


 男の子から向けられる熱いまなざしに、イリックは無駄にかっこつけて答える。似合わないことをしている自覚はある。ロニアにクスクス笑われても今は耐える。ネッテも目を輝かせてこちらを凝視しているが、それは無視する。


「僕もいつか冒険者になりたーい!」

「わかってないな。俺はいつか釣具店で働きたいんだ。君も目指すなら冒険者よりもお魚のお店で働くんだな」

「わかった!」


 あっさりと理解を示されたことにイリックは驚く。冒険者のような危険な職業よりはよっぽど安全かつ安定している仕事なのは間違いない。的確なアドバイスだろう。


「お兄ちゃんってまだ釣具店で働くの諦めてなかったんだ」


 ネッテがスープをゆっくりとかき混ぜる。


「あれ、言ってなかったっけ? まぁ、当分は冒険者でいるつもりだけど。釣具店の方から俺をスカウトしに来てくれるくらい有名にならないといけないだろうしな~」

(釣具店で働くのってそんなにハードル高かったかしら?)


 イリックが何を言っているのかロニアには理解できない。というか誰にもわからない。

 その後、豆スープが出来上がり、親子は体を温めるように飲み始める。


「イリック。ちゃんとここを移動先に定義した?」

「ええ。少し時間がかかるかもしれないので、お茶でも飲んでて待っててください」


 体を寄せ合い、生き残れたことを喜び合う二人をロニアはやさしく眺める。

 テレポートでガーウィンス連邦国に飛ぶことはできる。転送先の一つにガーウィンス連邦国は登録済みだからだ。

 しかし、自分達が今いるジャイル森林に戻るためには、新たに転送先を登録しなければならない。これを忘れると悲惨なことになる。

 ゆえに、ロニアに心配されずとも抜かりはない。もっとも、こういう確認はありがたいため、イリックはいちいち反論しない。


「ここまで来るのも大変だったでしょうに……。勇気付けられますね」

「そうね。二人は故郷を失ったけど、きっと大丈夫よ。この子はお母さんを守れたんだから、これからも前へ進めるわ」


 母親の肩に頭を乗せて笑う男の子。

 それとは対照的に、父親も母親も守れず、命を救われただけの男の子。

 しかし今は違う。十一年も鍛錬を続けてきた。今でも素振りやイメージトレーニングを続けている。

 どういう巡り会わせかはわからないが、仲間が二人もできてしまった。

 偶然なのか運命なのかはわからないが、コネクトという強力な魔法も習得できた。

 もう負けない。この子がそうしたように、自分も手の届く範囲の人間だけは守りぬく。気づけばその対象が三人に増えてしまったが、一人助けるのも三人助けるのもたいして違いはない。

 助けてもらうこともあるだろう。互いに助け合えばいいのだ。その上で、自分のやるべきことをやるべき時にやればいい。

 そう決意したからだろうか? 力がみなぎってくる。今ならデーモンの一体や二体、余裕で倒せそうだ。さぁ、かかってこい! と気合を入れるも、残念ながら周囲にモンスターはいない。振り上げた拳はそっと下ろして親子の食事を待つことにする。


 数十分後、落ち着いた親子のそばで、イリックはテレポートの詠唱を始める。


「いってらっしゃーい」

「もし帰宅してたら、職員に家を教えてもらいなさい」

「ここ守ってる」


 三人に見送られながら、イリック達はその場から一瞬にして消え去る。

 時間にして一秒もかからない。暗転した視界が正常に戻ると、そこには木と土と水を土台とした街並みが広がる。

 ガーウィンス連邦国の宿屋、その裏側だ。

 驚く親子を連れて、イリックは火の図書館を目指す。


「あ、手ぶらでしょうから、これ受け取ってください。ガーウィンスもそんなすぐには対応してくれないでしょうし、必要になると思います」


 イリックはマジックバッグからお金の入った袋を取り出し、二万ゴールドを母親に渡す。ここで暮らすにしても食費と宿代が必要だ。これだけあれば数週間は生活できる。見回り時代の給料二ヶ月分以上なのだから。

 当然母親は首を左右に振るが、イリックは無理やり押し付ける。

 火の図書館に到着したイリックは、ゴルドの有無を職員にたずねる。

 緊急招集でここを留守にしていたせいか、忙しいらしくまだ仕事をしているらしい。。

 既にイリックの存在は職員達に知らされており、三人は館長室に招かれる。


「なんじゃー」


 扉をノックすると中から少し疲れ気味の声が聞こえてくる。


「こんばんは。この親子を救出しました」


 笑顔で現れたイリックとその後ろに立つ親子を見て、ゴルドは椅子から滑り落ちる。



 ◆



「ただーいま」

「あ、おかえりー」

「あら、おかえり」

「おかえりなさい」


 イリックは腹を摩りながら、ジャイル森林に帰還する。

 ゴルドからもらったマジックポーションをがぶ飲みしたのはいいのだが、考えてみたら食後で腹が一杯だった。追加のマジックポーション五百ミリリットルがボディーブローのように響く。


「ゴルド、何か言ってた?」

「いえ、あっさりと状況を理解してくれました」

「そう」


 ロニアもまた、あっさりと納得する。

 火の図書館の館長を務めるのだから頭は相当良く、何よりイリックの事情を理解している唯一の人物だ。テレポートを使って帰還したことをすぐに見抜いてみせた。

 親子についてもイリックの一言であっさりと理解する。コントじみた驚き方をしたが、それが普通の反応だ。

 この親子についてはガーウィンス連邦国で保護するとゴルドが確約する。

 しかし、一つだけ釘を刺された。覚悟していたことゆえ、驚きはしなかったが。

 イリックが転送魔法テレポートを習得していることを周知せねばならないこと。もちろん、大っぴらに言いふらすのではなく、ごく一部の関係者に対してだ。

 ジャイル村の生存者がこのタイミングでガーウィンス連邦国にいることを説明するには、テレポートの使用を説明するしかない。

 もちろんイリックもそのことを理解しており、それも含めて後のことはゴルドに任せることにした。

 風の大精霊からこの魔法をもらったのだ。胸を張ればいい。


 イリックの帰還と同時に一同は移動を開始する。

 現在の時刻は午後八時。

 随分ここに足止めされてしまったが、今回は素直に喜ぶ。

 暗闇のジャイル森林はただただ歩きづらい。月明かりが頭上の葉や枝で遮られるため、周囲を見渡したところで何も見えない。

 手元のマジックランプが照らす範囲以外は完全な闇だ。

 それでも前進するしかなく、そもそも自分達は四人もいるのだから、モンスターに襲われようともあっさりと返り討ちにできる。

 心強いからこそ、この森を歩ける。

 そういう意味では、やはりあの親子はすごいと言う他ない。

 戦うこともできなければ、走ることもできない。その上、灯りになるものも一切持っていない。そんな状態でジャイル森林を縦断したのだ。

 自分達も負けていられない。四人の足取りが速くなるのは必然だ。


「今日は徹夜しちゃう?」


 ネッテもやる気に満ち溢れている。しかし、それは愚作だ。体力の消耗は極力避けなければならない。ジャイル村では戦いが待っている。何より、もう眠い。

 無事川が見えてきた。イリックは切り上げることを提案する。

 もうすぐ日付も変わる。ギリギリセーフだが予定通りの場所には辿り着けた。

 イリックが川での水浴びを済ませると、入れ替わるように三人が水浴びを開始する。ネッテはどうでもいい。アジールとロニアを覗きたい。

 テントを設営しながら耳をすます。

 虫が鳴いている。

 ガサゴソと草をかきわける音が聞こえる。

 チャプチャプと水の音が聞こえる。


(これだ! この音は誰だ!)


 イリックは全神経を両耳に集中する。


「ロニアさん、おっぱい触らせてー」

(ネッテ! なんてうらやましい!)

「私も触っていい?」

(この声はアジールさん!?)

「何で私の触るのー?」

(ネッテ、誰に何をされた!?)


 イリックは天を仰ぐ。


(コネクトを使いたい。三秒でいいからその花園を堪能したい……)


 イリックは血の涙を流しながら、慣れた手つきでテントを組み立てる。

 三人はまだ戻らない。お楽しみなのかもしれない。

 イリックはテントに潜る。先に寝るためだ。いささか興奮してしまったが、朝七時からこの時間まで歩けばさすがに疲れも押し寄せる。

 大きめな寝袋に足を入れ、そのままスルスルーっと体を滑り込ませる。一人では少し大きいサイズだが、それでもこれは一人用だ。二人用ではない。

 目を閉じると、あっという間に意識が薄れていく。寝つきがいいと言われたことがあるが、他人と比べたことがないためよくわからない。

 頭は半分眠っている。それでも、なんとなくだが足音が近づいてくるのを感じる。三人分、つまりネッテ達だ。

 イリックは寝ることを選ぶ。ガールズトークに耳を傾けようとしても、どの道睡魔には抗えない。


「あれ、お兄ちゃんは?」

「いないわね」


 ネッテとロニアが周囲を見渡す。焚き火が周囲を少しだけ照らしており、少なくともその範囲にはイリックの姿を確認できない。


「もう寝てる」


 アジールがテントの中でイリックを発見する。

 な~んだ、とネッテが口を尖らせて焚き火を眺める。水浴びではしゃいだせいか、まだ眠くはない。しかし、体は確実に疲れており、頭と体のギャップがネッテの動きを鈍らせる。

 ロニアはネッテの隣に座り、揺れ動く炎を無言で眺める。


(とりあえず二人救えたけど、これで打ち止めでしょうね)


 ロニアは決してそのことを口にはしない。前向きなネッテを落ち込ませたくないからだ。

 アジールも同じことを考えているが、やはり喋らない。アジールの場合、もとから無口なだけだ。


「もう寝るね」


 アジールがのそのそとテントに入っていく。


「おやすみー」

「おやすみなさい」


 残された二人は、焚き火を眺めて心を落ち着かせていく。アジールがそうしたように、本当ならもう寝ないといけないのだが、まだそんな気にはなれない。

 命からがら逃げ出してきた親子。その姿を思い浮かべると、グッと何かがこみ上げてくる。

 一刻も早くジャイル村に向かいたいと心が逸る。しかし、休息と睡眠が必要なのも理解している。

 ネッテはふと思い出してしまう。ぼんやりとした記憶だが、それでも一生忘れられない。

 自分を庇うように、母親が殺された。モンスターの姿はほとんど覚えていないが、母親の亡骸はきちんと思い出すことができる。

 守られた。その代償として、母を失ってしまった。

 もう失わない。守られるだけなのも嫌だ。

 兄を失わない。兄は私が守る。

 男の子が母親を守りぬいたように、自分も兄を守り抜く。そのためならなんでもする。なんでも投げ出す。

 そう決意したからか、昔を振り返ったからか、急激に眠くなってきた。


「私も寝るー。ロニアさんは?」

「私はもう少しだけ起きてるわ。先寝てて」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」


 ネッテがテントに消えると、中から悶えるような声が聞こえてきたが、そう騒ぎ立てるようなことでもない。


(さて、明日はどうしましょうかね? さすがに死体の山をネッテちゃんに見せるわけにはいかないのだけど……。でも、戦いになったらネッテちゃんの力も必要だし……)


 ジャイル村にモンスターがいる場合、そこがそのまま戦場と化す。多少の誘導は可能かもしれないが、相手がアーリマンの場合、一方的に攻撃される危険性もあるためそんな悠長なことは言っていられない。

 おそらく、いや間違いなく、ジャイル村には住民の死体が大量に転がっている。

 肝が据わっているとはいえ、ネッテはまだ十五歳だ。体だけ見たらもう少し幼く見えるが、一応十五歳だ。

 魚やモンスター、小動物を笑顔でさばくこととは別問題。

 しかし、考えたところで妙案は思い浮かばない。疲れているせいかもしれない。

 この件はイリックに判断させよう。そう結論付け、焚き火を崩す。

 周囲が暗闇に飲み込まれていく。この光景が本来のジャイル森林だ。

 自分達はここでは異物だ。そのことを再確認しつつ、ロニアはテントに向かう。


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