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俺は、ゴーストタウンとなった都市を歩いていた。
目的地は、シャッターが爆風によって変な方向に折れ曲がったスーパーだ。まだそこには、多くの缶詰やレトルト食品も残されている。
地面に散らばったガラスを足で蹴り飛ばし、レジから大きな袋を頂戴するとその中に目的の物を入れていく。
手の中にずっしりと重さを感じるようになってから、俺はもと来た道を帰る。最初は貰って行った分だけレジにお金を置いていたが、人が戻って来る気配もなければ、財布の中も役に立たなくなった学生証とレンタルショップのポイントカードしか入っていない。
のれんのように下がったシャッターをかがんで外に出れば、腕を組んで待ち構えていた人物にぎょっとする。
「――空也さんは、どうしてこんなところで泥棒の真似事なんてしているんですか?」
政府軍の茶色の制服を着た英里佳がそこいた。メガネはかけてはいないところを見ると、どうやらコンタクトに変えたようだ。
俺は目を逸らして、そそくさとそこから逃げて行こうとする。
「どこに行く気ですか、この地区にはとっくの昔に避難指示が出ているはずですよ」
「昔って……まだ三か月ぐらしか経っていないだろ……」
自嘲気味な笑いと共に俺が言えば、英里佳は俺の腕を掴んだ。
「空也さん! そんなところで何をやっているんですか!」
「何って……」
少し考える。栄養の足りていない脳みそはまともに考えることなく、そのまま思ったことを口にする。
「……澪音が帰って来るのを待っているんだけど」
視界が揺れ、俺は瓦礫の下に尻餅をついた。ぶたれた、ビンタなんかではなく、英里佳の拳によって全力で。
じんじんと痛む頬に手を当てて英里佳を見上げる。その目には涙が浮かんでいた。
「空也さんがこんなところにいては、澪音さんはいつになっても帰ってきませんよ!? うじうじとこんなところにいて、どうするつもりなんですか! 全てを失ってからでは遅いんですよ!」
スーパーの袋が破れ、ごろごろと缶詰が転がった。転がっていく錆びかけた缶詰が、俺と重なる。転がる缶詰を誰も拾ってはくれない。このまま地面に寝転がり時間をかけて腐るだけだ。
「……やめてくれ、英里佳。俺は……もう怖いんだ……」
固くした拳が再び右の頬を叩いた。酷い痛みだった。
「空也さんは、戦うことが怖いのかもしれません。ですが……澪音さんは、もっと怖い思いをしているんですよ!」
「違う! 戦うことが怖いんじゃない! 失うことが怖いんだ! 俺が戦えば、必ず他の誰かを巻き込みことになる! 戦うことは、失うことにもなるんだ!」
「そんなの、空也さん一人の考えじゃないですか! 他のみんなは、空也さんと戦うつもりなんすからね!」
「ふざけんな……。俺は、もう戦わない……俺が戦えば、みんなを危険な目にさらすことになるのが、わかんねえのかよ!?」
今度は左の頬を英里佳の拳で殴られた。じんわりと唇が痛くなる。どうやら、唇を切ったようだ。
「何も分かっていないのは、空也さんの方です……。私も、みんなも望んでいるのは、空也さんと澪音さんに元通りの日常が帰ってくることなんです。二人のいない日常なんて、戻ってきてもお断りですよ! ……助けにいきましょう、絶望の中にいる澪音さんを助けに」
英里佳の目を盗み見る。その目は、俺が立ち上がることを期待している目だった。
バカげていると思った。俺はただの学生で、今までの戦いも巻き込まれただけで、偶然何とかなっていただけだ。それにまともに戦って勝ったことなんてないのだ。
託矛の時は、玲愛の協力があった。
アキトや統矢の時は、英里佳の協力があった。
それを可能にさせたのは、澪音のエノス能力だ。俺には、ガインスレイザーを操縦することしかできない。俺一人では、どうしようもないのだ。そう口にしようとしたのだが、目の前の英里佳の顔は、俺に祈るような目線をくれていた。そんな英里佳を前にして、相手の希望を砕くような真似はできなかった。こんな俺でも、英里佳からしてみれば確かに意味のある存在なのは間違いないのだろう。
英里佳を無視して立ち上がった俺は缶詰を拾い始める。
「空也さん……。いいです、そのままで聞いてください。もうすぐ、彼らが拠点としている研究所の奪還作戦が行われようとしています。そこには木鼓流歌……アベルヤハターの操縦者がいるという情報もあります。おそらく、そこに澪音さんがいるでしょう」
「澪音が……」
何を言われても動揺を隠すつもりでいたが、俺は手にしていた缶詰を落としてしまう。
「作戦は三日後に決行予定です。政府軍と学園の共同作戦なので、かなり大きな規模での戦いになると思われます。私も参加するので、戦いながら澪音さんを探すつもりですが……これだけ大規模になると、もしかすると澪音さんも戦いに巻き込まれる恐れがあります」
思わず背中を向けていた体を英里佳に向ければ、感情を押し殺した表情で言葉を続けた。
「空也さん、澪音さんの危機ですよ。貴方は、そこで何をしているんですか?」
「俺が行って何の役に立つんだよ……」
「空也さんが私との絆を忘れていないなら、パートナーとして戦えます。……また迎えに来ます。その時までに、考えておいてください」
英里佳は俺に近づいて来る。また殴られるのだろうかと次に起こる展開を受け入れるつもりで沈黙を保っていと一枚のメモ紙を差し出した。
「これは?」
「メモに書かれた場所に亜里沙さんがいます。何もせずにここでだらだらと過ごすぐらいなら、ここに行ってください。何らかの答えが出るかもしれませんよ」
あくまで事務的に英里佳が言えば、俺から離れていった。
そこに残された俺は、地面に散らばる缶詰を拾う気になんてなれずに、ただメモに書かれた文章を見つめ続けた。
※
亜里沙がいるのだと言われた場所に向かえば、そこは都市から離れ、山の中に作られた病院だった。バスも電車も動かなかったので、乗り捨ててあった自転車を漕げばたっぷりと二時間かかってしまった。そのため、既に陽は沈みかけ、時間帯は夕方の様相を呈していた。
近辺の病院が戦争のせいで壊されたせいか、小さな病院には臨時のベッドが置かれて狭い院内の中に年齢が様々な患者達がいた。亜里沙の名前で看護婦に聞けばあっさりと病室の場所を教えてくれたところをみると政府軍が絡んでいることはなさそうだが、どうしてこんな病院に亜里沙がいるのか謎だった。
部屋をノックする、「どうぞ」と穏やかな亜里沙の声にとりあえずホッとする。
個室の扉をスライドし、部屋の光景を見れば俺はその場から一歩も動けなくなった。それどころか、頭の中で考えた言葉も亜里沙に対して思い浮かべていた想像も全てが吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。
「あ、空也くん。もしかして、お見舞い? 遠くから、ありがとうー」
あの日と変わらないのは、相変わらず間延びした亜里沙の声だけ。
病室がめちゃくちゃになっていた。枕はカッターナイフが何かで引き裂かれ、綿を吐き出され、カーテンが強引に破かれたのか、ほんの僅かに窓にかかるだけでだらりと地面に垂れている。花でも活けてあったのか、花瓶が割れ、中から溢れた水が床を濡らしていた。
目の前の亜里沙も、しっかりと化粧で顔を整え、いつも甘い香りをしていたあの頃とは明らかに違っていた。髪はぼさぼさでフケも隠す様子もなければ、いったいどんな生活を送ればこんな異臭を放てるのか分からないほどに部屋は妙な臭いで満ちていた。
「元気そうだな……」
換気をしたくて窓を開ければ、外側から牢屋のように鉄の網格子が作られていた。こういうものがあるということは、亜里沙を閉じ込めておかなければいけない状況だということだ。
金属の音が聞こえて振り返れば、亜里沙がパイプ椅子をベッドの隣に置いてくれていた。
「テレビも見えないし、狭いところだけど、まあ座ってよー」
果たして、そこに本当に座っていいものかと考えてしまうが、ここまで来たら腹を括るしかなかった。
椅子に座るとすっかり見た目が変わってしまった亜里沙に慎重に話かける。
「ここに来て、長いのか?」
「うん、もう大丈夫て言うんだけど、英里佳ちゃんがここにいろってしつこくてさぁ。もう本当に困っちゃうよね」
「……きっと、英里佳は亜里沙のことが心配なんだよ」
あまり面識のなかった二人が、ここまで仲良く話をすることに新鮮に感じる。もしかしたら、自分が思っているよりもずっと亜里沙の調子はいいのかもしれないと考えた。
次の瞬間、それは甘い考えだったことを思い知らされる。
「――ところで、龍介ちゃんはどこにいるのか知らない?」
「え」
顔を上げる。亜里沙は、何も間違ったことを言っていないという顔をしながら真っ直ぐに俺のことを見ていた。
あの戦いの後、亜里沙は俺に龍介を手にかけた流歌を殺したいと言った。少なくとも、亜里沙の精神状態が不安定だったとしても、龍介の死を理解していたはずではなかったのだろうか。
綱渡りをするような気分で、俺は問いかけた。
「……亜里沙、龍介が今どうなっているのか知らないのか?」
「知っているよ、どっかにお仕事行ってるでしょ? たまにしばらく帰ってこないこともあったけど、今回は特別遅いよねー。おかげで、今年の夏休みは全然満喫できなかったんだぁ。海行くはずだったのにぃ……」
澪音を奪われてから、何度か眩暈を感じたことがあったが、今回のはその比じゃない。ぐらりと目の前がゆらいだ。
「大丈夫? 空也くん」
手を伸ばそうとする亜里沙に対して、大丈夫だと見せるように右手を上げてみせる。
「ごめん、トイレ行ってくる……」
必死にそれだけ言えば、心配そうな顔して頷いた亜里沙をそこに残して廊下に出た。
相変わらず眩暈が消えず、壁に手をつけば、足元から力が抜けて俺はその場に両膝をついた。
「……そんなこと……あるかよ……」
亜里沙はきっと龍介を強く思い過ぎたのだろう。しかし、龍介がいない今は復讐することもできない。そんな亜里沙が辿り着いた自分を守るために選んだ道が、愛した者を自分の中では生きていることにするという悲しい方法だった。
なんてことだ、大切なものを失った亜里沙は人格すら崩壊しかけている。
全てを奪われた先の未来があの姿だというなら、もし俺がここで澪音を失えば、きっと同じ道かさらなる絶望の未来しか残されていない。
ふらふらとトイレで顔を洗い、亜里沙の部屋に戻ってくると、看護婦と医者が大慌てで病室に飛び込んでいったところだった。
慌てて病室に飛び込むと、亜里沙は看護婦と医者に取り押さえられているところだった。医者が注射針を取り出した。
「あ、亜里沙! おい、アンタ達も何やってんだ!」
俺は後先考えずに医者と亜里沙の間に飛び込んだ。そのまま亜里沙の顔を見れば、瞳孔の開いた二つの目が俺を捉えた。
亜里沙、と名前を呼ぶ前に、その亜里沙が両手を伸ばし、俺の首を絞めていた。
「お前が! お前が、龍介ちゃんを……! どうして、アイツを止めなかった!? どうして、奴を本気で倒そうとしなかった!? 殺せ、殺せ、殺せ、殺せよ!」
バタバタと男性医師と看護婦が慌てて亜里沙を捕まえる音が聞こえる。しかし、亜里沙の力の方が強いのか、その腕を俺から離すことはできない。
どんどん指は首の肉に食い込み、ねじ込まれればねじ込みほどに俺の意識を奪い去っていく。
「あ、りさ……」
「知り合いだったんだろ!? なんで、アイツを気付かなかった! アイツを殺してしまえば、全てが終わる話だったんだ! アイツを殺せる位置にいながら、殺せないなんて不条理じゃないか! 返せ、返せよ、私の龍介ちゃんを、私達の夢を、返せえぇぇぇぇ――!!!」
あ、と亜里沙が声を漏らした。亜里沙の腕には、男性医師が刺そうとしていた注射器の針が刺さっていた。
即効性があるのか、ほんの数秒で腕の力が抜け、男性医師と看護婦は難なくベッドに横にさせた。
「大丈夫かい?」
男性医師が俺に声をかけた。返事ができるような気力はなく、首に触れれば、じんわりと痛みが走る。
「面会には早すぎたんだ、誰が許可を出した」
「政府軍の方に、言われていて……」
「私の立ち合いが絶対条件だと言っただろ」
困ったような責めるような目で一度見られ、目が合ったことに気付いた看護婦は慌てて目線を男性医師に戻す。
先程、俺に声をかけてくれた男性医師が、申し訳なさそうに言う。
「すまない、最近はいろいろ忙しくて、スタッフも疲れがたまっているんだ。許してほしい」
「いえ、俺は言いんですが……」
「お詫びといっていはなんだが、詳しい話も聞きたいだろうし、差し支えなければ、今日はここに泊まっていくといい」
暗い気持ちと首の痛みに、全てから逃げ出したい気持ちになりながらも、俺は男性医師の提案に小さく頷いた。




