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創世機神ガインスレイザー  作者: きし
第六章『宿命による絶望 終わる日常』
46/65

 『おら! おら! うおらっ!!!』


 セクトトールのチェンソーがアベルヤハターを斬りつける。攻撃は乱暴かつ大胆。悪く言えば、単純。それでも二機の創機の戦いを見た者は、こう思うだろう。

 ――セクトトールがアベルヤハターを押していると。


 『くっ……!』


 アベルヤハターを操縦する流歌が顔を歪めた。

 義勇会の三機もマナの力を使用していたが、禍ツキノ光を切り裂ける者なんていなかった。あの光は燃え盛る炎すらも消し去るのだ。この世界に存在することのない、絶対強大の破壊の光。そのはずが、発射する禍ツキノ光をセクトトールは防いでみせるのだ。

 今もなお、セクトトールはチェンソーにマナの光を満たしながら、刃を鳴らす。


 『どうした!? 義勇会の奴らを、空也を倒したのはこの程度か!』


 禍ツキノ光を下手に撃ち続ければ、無駄な隙を作るだけだと判断した流歌は槍を使いこなすことに集中する。

 六本のチェンソーによる攻撃を槍で弾きながら、アベルヤハターは後退を余儀なくされる。


 『手も足も出ることなく完敗したキミが、強く出たもんだな』


 『余裕ぶっこいてんじゃねえぞ! 実際に強いんだよ! 俺は! お前が人を見下して手に入れた強さとは違うんだ!』


 セクトトールのチェンソーが突き立てられれば、槍の柄で受け止めたアベルヤハターは足元の炎を散らしながら地面を滑る。そして、体勢を崩したアベルヤハターは肩膝をついた。

 ハリボテの機械の巨人の前に、黄金の神が頭を垂れた瞬間だった。



                 ※



 何年も前の話、伊井田龍介がもっと子供の頃の話だ。


 気が付けば一人だった龍介の家と呼べる場所は、小さな孤児院だった。

 みんな親の顔も知らないような孤児ばかりで、彼らが知っているのは、先生と偽物の兄と姉と弟と妹。

 孤児院のみんなは仲良くしていたようだが、喧嘩早い性格の龍介は、揉め事を起こして対立をすることも多く、一人でいることが多かった。そんな龍介の側にいたのは、嵐丸亜里沙だった。

 昔、近所の子供にいじめられていた亜里沙を助けたことがきっかけで亜里沙は龍介に懐くようになった。幼い龍介は孤独でいることを口では良しとしながらも、その寂しさを亜里沙が埋めてくれていた。

 中学を卒業したら、どこか遠くの町に行こうと話をしていた二人に転機が訪れる――。


 「亜里沙が……イヴ……?」


 孤児院の先生からそう聞かされた後、胸騒ぎを感じて亜里沙の部屋に向かえば、既に彼女の荷物は無くなっていた。


 「亜里沙ちゃんは、研究所の人と一緒にこの世界の為になる研究をしに行ったんだよ。龍介君は仲が良かったから、悲しむといけないからって、こっそり連れて行ってもらったんだ」


 龍介は孤児院の先生の顔から、明らかに大人が放つ嘘の臭いを嗅ぎ取った。


 「本当に、亜里沙はそう言ったんですか?」


 龍介にしか分からない程度の微細なめんどくさそうな顔の動きの後に、世界で一番大嫌いな大人が嘘を言う時の顔をしてみせた。


 「そうだよ、新しい家族のもとに行くのに、龍介君が羨ましがるといけないからってね。――げぶぅ!?」


 先生の急所に蹴りを入れれば、龍介が孤児院を飛び出した。

 アテがあったわけではないが、龍介には見つける自信があった。それは何度か感じていた亜里沙の心の声を聞く方法。――『同調』。


 「亜里沙! 亜里沙!!!」


 ――助けて、龍介ちゃん。




                    ※




 貨物列車に乗り込み、僅かに持っていた小遣いからバスを使い、町外れの研究施設に辿り着いた龍介は施設の子供のフリをして潜入し、亜里沙を助け出した。

 その時の亜里沙の姿は、とても幸福なものとは思えなかった。

 無数のチューブに繋がれて金属の椅子に座らせられ、定期的にチューブから投薬をされれば幻覚と幻聴の中で、強制的にマナの力を発現させられる。ここで暴走でもするなら、見張りの大人達の手によって容易く射殺される。

 亜里沙を救うため、そこで初めて龍介と亜里沙はセクトトールを召喚し、施設を半壊させれば逃げ出すことに成功した。


 いよいよ、大変になるのはここからだった。


 食事はコンビニや飲食店から捨てられた生ごみを漁る日々。たまに龍介達を不憫に思った人が、彼らのために特別に食事を用意してくれていることもあった。そういう人達の善意に甘え、そこを中心に公園で寝泊まりして生活をするようにしていたが、いつかは通報されて警察が来たら、遠くの町へ逃げるように去るという生活を繰り返していた。

 二人、山の中でボロボロになった靴で歩いていると亜里沙が聞いてきた。


 「龍介ちゃん……。私の為にここまでしなくていいよ……。まだ龍介ちゃんなら孤児院に戻れるんじゃないの?」


 今よりももっと幼い顔をした龍介が溜め息の後に首を横に振った。


 「……今の方が楽しくていいんだ。それにあの孤児院の先生、きっと他の子供達も亜里沙みたいに研究所に引き渡していたんだ。それで金でも貰っていたんだろ」


 「あの孤児院じゃなくてもいいから、別の孤児院でもいいんだよ」


 「よくねえよ。そこにお前はいないんだろ。俺とお前はパートナーだ」


 「でも……」


 まだ不満そうな亜里沙を前に龍介は頭を掻けば、前に歩き出す。そして、背中越しに亜里沙に返事をした。


 「まあなんだ、お前はその、あれだ……大切な……ダチなんだよ……。俺にはダチがいねえから、お前がいなくなとちっとばかり人生が寂しくなっちまうだろ」


 龍介は何か別の言葉で例えようとしたのだが、幼い彼にはその感情を表現する言葉を持ち合わせていなかった。ただ、ちらりと見た亜里沙が嬉しそうに頬を染めていたので、これで良かったのだとすることにしたのだった。


 それから、二人は公にはできない仕事の存在を知り、仕事を受けていくことになる。


 善人は傷つけないことを前提に、悪人と悪人の揉め事に介入しそれをあらゆる暴力で止めて報酬を得ていた。命を狙われることも、生傷も絶えなかったが、それでも住む場所は確保できた。

 亜里沙は年齢を偽り水商売を始めた。体を売ることも考えていた亜里沙だが、龍介が激しく反対をしたため、最悪の状況にはならずに済んだ。店側も中学生になったばかりの亜里沙を雇うところはみつからなかったが、客に酒を注いだり雑用だけならという条件で夜から朝まで働かせてもらえた。

 決して順風満帆とは言えない生活だったが、研究所に連れて行かれて、ホームレス生活をしていた頃に比べれば随分とマシな生活になったものだと思った。それでも、心の中ではきっとこうやってたくさん手を汚して、たくさん人を傷つけて生きていくのだと考えていた。


 歯がガチガチ鳴るような酷い寒さの日でも、灼熱の熱さの日でも、仕事を始めたばかりの頃に買った拳銃を懐に入れる。どうか使わせないでくれ、どうかまだ汚い大人にさせないでほしい。そんな祈りにも似た気持ちの中で、恐怖と安堵の狭間で拳銃を握り続けていた。

 そんな龍介の次なる標的は箱舟学園の学園長だった。決して望んだ仕事ではなかったが、襲撃組織の子供を見逃したせいで、龍介が加担した組織から多くの犠牲が出た。そのために、龍介が責任をとらされることになったのだ。自分一人の犠牲なら良かったが、亜里沙も人質にされれば従うしかなかった。

 驚くほど簡単に学園に潜入できた龍介は用務員のフリをして、掃除道具に紛らされた拳銃を手にした。そして、これもびっくりするほどすぐに学園長が目の前に、さらに一人で前方からやってきたのだ。


 「悪いが、死んでもらう」


 つまらない映画のワンシーンのようだと思いながら、龍介は銃で学園長を狙う。

 驚いたのは龍介の方だった、学園長は手を叩いて笑ったのだ。


 「おお! なるほど、キミが『龍介ちゃん』か」


 「なに……。お前、どこでその名前を知った!?」


 この世界でただ一人しか知らないその呼び方をする人間が脳裏を横切り、葛藤の中で指を添えていた拳銃に力が入る。

 学園長は胸ポケットから携帯電話を取り出せば、どこかに連絡を始めた。

 殺しをする人間を前に、どこかに連絡をさせるなんてどう考えたっておかしい。だが、目の前の男はそういう姑息な手段をするようには見えなかった。今まで出会ってきた大人が持たない、少年のような独特の雰囲気のせいで龍介に引き金を引くことを躊躇させた。


 「近づくと怒って撃っちゃいそうだし、これ、どうぞ」


 携帯電話を放り投げれば、つま先に当たるそれを慎重に手にすれば耳に当てた。


 『も、もしもし……龍介ちゃん?』


 「あ、亜里沙!?」


 はっとした顔で龍介は目の前の学園長を見た。

 誇らしそうに腕を組んで学園長は微笑んだ。


 「人質にされていたんだろ? 私の命を狙っている組織があるって聞いたんで、そこを潰したら、似合わない美少女が一人転がっていたのさ」


 ちょっと買い物でも行って来たような口ぶりで学園長が話せば、状況の変化に頭が追いつかず体を固くする龍介に歩み寄ると手を差し出した。


 「私は亜里沙ちゃんを救い出した。もうキミが私を狙う理由はないだろ? それに、キミが持つのはそんなバカげた人殺しの玩具じゃない。大切なパートナーの手なんじゃないのかい?」


 身動きのとれないままの龍介の拳銃を学園長はそっと受け取ると。慣れた手つきで銃を分解すれば、掃除道具の入った台車のごみ袋に放り捨てた。


 「アンタは、俺にどうしろっていうんだ……」


 「別に強制はしないけど、お願いがあるんだ。……私の学園に来てくれないか? キミほどパートナーに愛され、他者を守るために大きな決断のできる人は多くない。きっと、キミには暗闇じゃなくて光の当たる道が似合っているはずだよ」


 悩むということすら忘れ、龍介は再び差し出されたその手を握っていた――。



                 ※



 ――そして、現在。

 龍介は、友の為に戦う。


 膝をついたままで動こうとしないアベルヤハター。もう一回ぐらい何か動きがあるかと思ったが、それ以上の動作は見当たらない。

 いける、そう判断した龍介はセクトトールを走らせる。マナの光を迸らせ、ほぼ全方位からチェンソーをアベルヤハターの体めがけて滑らせた。


 『これで終わりだ! あの世で反省しやがれえぇ!』


 例え命を奪うことになっても、この男だけはここで倒しておかなければいけない相手だと判断した龍介はアベルヤハターをそのチェンソーによって切り刻んだ――つもりだった。


 『――ぁ』


 『さっきから、やかましいんだよ。――』


 チェンソーの腕は再び二本に戻り、マナの力によって発現したチェンソーは消え、セクトトールの胴体がアベルヤハターの槍に貫かれ、


 『――害虫が』


 そのうえ、アベルヤハターは槍を一捻りすれば、セクトトールを足蹴にして遠ざけた。

 ボールのように蹴られたセクトトールは、まるで足腰の力が抜けたように、不断のトリッキーな動きからは考えられないほどのろりとした動作でごろりと地面に倒れた。


 『龍介ちゃん! 龍介ちゃん!?』


 『ど、どうしてだよ……』


 アベルヤハターは地面に槍を突き刺す。いや、正確には遊びのようにセクトトールの左腕のチェンソーを槍で切り落としたのだ。


 『聞きたいか。僕のパートナーのエノス能力は特別戦闘に優れているものではな、『創機殺し』という異能力を持っている。アベルヤハターはいくつかある敵創機の急所を見抜くことができるんだ。さらに、その力を使いながら槍で刺せば、確実に敵の急所を貫く。今、突き刺したのは、その創機にエネルギーを送る部分だ。そのため、マナの力が一時的に停止し、脚部に供給されていた力が止まった。足を動かせなくなる急所、マナが出せなくなる急所、視界を奪う急所……命を奪う急所もあるな』


 『じゃあ、それで義勇会の奴らを……』


 『馬鹿でもさすがに気付くか。奴らだって、禍ツキノ光は回避もしたし防御することもできた。だからこそ、俺はあえて禍ツキノ光で注意を逸らし、この『創機殺し』によって完全に奴らを沈黙させた』


 『くっそぉ……!』


 ほう、と流歌は感心したような声で呟いた。

 悲鳴を上げる足がよろよろとセクトトールを立ち上がらせる。それでも、まともに歩行することすら困難だった。


 『動けたとしても、後数分が限界か。まだやってもいいが、今度こそお前は終わりだ』


 龍介は横目で地面に倒れて動こうとしない空也と澪音を見た。ほんの数か月の当たり前の学園生活が今は遠くに感じられた。だが、彼らは自分達に残された最後の平和の証であり、光の中を歩き続けることのできた過去であり未来のであるのだ。そんな彼らが奪われることは、龍介の在り方を否定することになる。


 『――ここで立ち上がらない方が終わりなんだよ!』


 セクトトールは右手一本になったチェンソーを頭上へ掲げた。


 『亜里沙ああぁぁぁぁぁぁ――!!! サード、いくぞ!!!』


 『龍介ちゃん、でも、それ以上は……』


 『やらなきゃいけねえだろ! ここで立たなかったら、俺達は一生後悔するぞ! 守るんだよ! やっとできた幸せな時間を守るんだ! この俺達の手で!』


 亜里沙はすぐに返事をすることはなかった。数秒とも数十秒とも、もしかしたらほんの僅かな時間かもしれない。短い時間で、亜里沙はこれからの人生を変える決断をする。


 『やろう……やろう、龍介ちゃん! チェンソー――!』


 『――ハッピー!』


 『『サードッ!!!』』


 セクトトールの右腕から先から機体全部を覆ってしまうのではないかと思うほどの極太の光が放たれる。巨大な光を雲を裂けば、次第に形を変えて、数百メートルはあるのではないかと思うほどの巨大な光のチェンソーをその場に作り出した。


 『キミには過ぎた力だな!』


 アベルヤハターはセクトトールまで一気に距離を詰める。


 『かもな。だけどよ、ただ振り下ろすだけなら俺みたいな馬鹿にもできんだぜ』


 巨大なマナの光によって作られたチェンソーが振り下ろされた。しかし、それよりも早くアベルヤハターが走り出す。

 光のチェンソーと黄金の槍が交錯した――。



                    ※



 『げほっ』


 龍介は咳き込んだことで、ようやく自分が吐血していることに気付いた。

 口元に手を当てれば、ぬるりと生温い感覚。こういうのは一度や二度ではないが、次第にそのぬるい感覚すら指先から消えていく。目線を下にすれば、自分の体の有様に驚いた龍介の口元から僅かに残った胃液が零れる。


 『ごほっごほっ! ……みっともねえ……』


 アベルヤハターの槍と思われるものが、首から下を貫いていた。奴は、操縦席をあの槍で貫いた。

 龍介ごと槍で貫いた。そして、その槍が抜き取られれば、大量の血液を吐き出しながら死に至るはずだ。

 また血が流れてくる。いや、これは涙だ。


 『……くっそ、本当に負けて泣くなんてみっともねえぞ。……ああ……もっと空也達と戦いたかったな……もっとあいつらと馬鹿したかったな……亜里沙、お前と生きてみたかったよ……』


 愛おしそうに操縦席を撫でる。どうやら、亜里沙は気を失っているようだ。

 良かった、こんなみっともないところは誰にも見せられない。特に亜里沙には。

 操縦席を握る。良かった。まだなんとか戦えそうだ。


 『でもな……。少なくとも、ここから追い出すぐらいはしてやるからよ』


 ぐぐっと操縦桿を倒す。それだけで良かった。マナの力で発生したチェンソーが、アベルヤハターの脇腹を貫き、さらに奥まで潜り込んでいく。


 『ぐっ……まだ生きていたか……』


 悔しそうな流歌に思わず笑いが漏れた。だが、出てくるのは笑い声といよりも、ひゅーこーという空気の漏れるような音だけだった。


 『お前の真似したんだ。あれだけデカいチェンソーが囮なんだぜ、笑えるだろ?』


 ――槍が引き抜かれた。


 全身が狂ったスプリンクラーのように血を吐き出しながら、龍介は母の胸に抱かれるような気持ちで崩壊した操縦席に倒れ込む。


 (亜里沙、お前の胸の中で死ぬようなもんか……。こういうのも悪くねえさ……)


 『てめえの負けだ、アイツがダチを傷つけた奴を許すわけねえだろ』


 どこまで声が出たかは龍介にはわからない。しかし、静まり返った世界で、流歌の耳には風のような龍介の声が届いた。


 ――もう龍介の声が聞こえてくることはなかった。

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