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それから、剣会長との特訓の日々が始まった。
創機乗りには、まず体力が必要だと毎朝五時には起きて早朝ランニングが始まる。龍介なんかは、サボるんじゃないかと心配していたが、そこは亜里沙がしっかりしていたようで、毎日大あくびをする龍介を引っ張って来ていた。
午前中の授業が終われば、過去のクラス対抗戦を録画したものをみんなで見た。剣会長いわく、体力、それから知識と研究なのだそうだ。創機はイヴの数だけ種類がある。いくつものパターンを頭に叩き込むことで、俺達は学習する。
放課後、ここからはアマツミノオウとの二対一での模擬戦だ。既に俺と龍介は相手に勝つことなんて考えることはなくなり、とにかく一発当てることだけを意識し続けた。強者との戦いが、腕を磨かせる。俺にも龍介にも、この特訓が一番理解しやすかった。
梅雨も明け、クラス対抗模擬戦まで後一週間まで迫っていた。しかし、俺と龍介はいまだに創機ハイソリギアを倒す手段が思い浮かばないでいた。
俺達の焦りが操縦にも影響を与えるのか、模擬戦らしい模擬戦になりつつあった放課後の特訓も、ガインスレイザーとセクトトールが攻撃を焦りすぎて衝突するという形で終わりを告げた。
絡み合うガインスレイザーとセクトトールを見て、剣会長はやれやれと溜め息を吐いた。
『……まったく、焦るのも分かるが、今のうちからその調子では先が思いやられるぞ』
『そんなこと言ったって、どうすりゃいいんだよ! 確かに体力もついたし、前より強くなった気もする……。だけど、あいつらには勝てる気がしねえよ!』
龍介はイライラしながら非難の声を上げた。横でそんなことを言われれば、同じく八つ当たりしたい気持ちにもなるが、ここはぐっと堪えてガインスレイザーを起こす。
「……俺達がこうやって戦う以前に、アイツにはエノス能力があるだろ。ナイフに触れただけで、すっぱりと切られるアレを何とかしないと……」
『エノス?』
訝しそうに言ったのは意外にも剣会長だった。そして、その後に続くのは思いもよらぬ言葉だった。
『――奴らは、エノスではないぞ』
『はあ!? だって、奴らはあの小さなナイフで俺のチェンソーを真っ二つにしたぞ!』
見てみろとセクトトールは右手のチェーンソーを回転させる。
うんうんと俺は頷けば、アマツミノオウは顎に手を当てて、納得したよう右の拳を左の手のひらに置いた。
『ああ、危険だからまだ教えていないのか。……奴らのあれは、創世力というものを使った必殺技みたいなものだ』
「ひ、必殺技ぁ?」
突然出て来た少年漫画に出てきそうな単語に、俺は眉間にしわを寄せた。
ガインスレイザーが玲愛や英里佳の力を借りて使用するエノスの力も必殺技と呼べなくはないかもしれないけど、あれは結局のところのエノスによるものだ。
アマツミノオウは右手に持っていた斧を地面に投げれば、投げた斧は地面に落ちる前に光の粒子になって消えた。
『一から説明しよう。今の光の粒子がマナだ。このマナというのは、見覚えがあるだろ?』
「ああ、創機を呼び出す時に出る光の粒だよな?」
『そうだ、マナは別世界に格納されているとされる創機を召喚するために必要なものであり、それはほんの僅かな量でも膨大なエネルギーだといわれている。本題はここからだ、では……そのマナを戦いに活用できるとしたらどうする?』
アマツミノオウは左手の刀を投げれば、斧の時と同じように地面に落ちて音を立てる前に光の粒子になって消滅した。
「てことは……ハイソリギアは、そのマナを攻撃するエネルギーとして使ってるのか……」
『それだけじゃない、奴らは別格だ。高等部一年で、マナをあそこまで使いこなす奴は見たことがない。あんなのは、学生のレベルを超えている』
「お、俺達にもその力が使えるのか!?」
何はともあれ朗報とも呼べる話に、俺は上擦った声を発する。
『イヴだろうがエノスだろうが、誰だって使えるさ。本人の努力次第だな。考えてもみるんだな……エノスによる犯罪だって世界中で起きているんだぞ。それに対処するために、毎回エノスの力を借りていたら、とっくに世界は滅んでいるさ。そんな奴らにイヴだけで対処するための方法、それが……創世力だ』
セクトトールは立ち上がれば、チェンソーをアマツミノオウへと向けた。
『そーいうの待っていたんだよ! 俺にもその力があれば、もっと戦える! もっといろんな奴らをぶっ倒せるんだ! だったら、話は早い……時間もちょっとしかねえんだ、俺達に教えてくれよ!』
『まあ、龍介が真っ先に食いつくと思っていたよ。空也達もやる気のようだしな。……ただし、マナといっても、これは別世界とこちら側を繋げる強大な力であり、まだ研究もあまり進んでいない謎だらけのエネルギーだ。一歩間違えれば、パートナーの命を奪うことにもなるかもしれないぞ』
『おう! 俺達はとっくに覚悟できてるぜ!』
即答したのは、龍介だけだ。だが、俺は剣会長の最後の言葉に、どうしても頷くことができずにいた。
正直なところ、このマナという力は澪音が制御していたエノスの力とは違い、俺の能力も大きく影響を与えるはずだ。一歩間違えれば、澪音を殺してしまうかもしれない。その恐怖が、俺を臆病にさせた。
『ふむ……。空也は、どうする?』
『空也、私はいつでも大丈夫だよ』
「俺は……すいません、少し考えさせてください」
『空也?』
『構わないが、あまり時間はないんだ。龍介には先に教えておくから、覚悟ができたら言ってほしい。ただし、パートナーを気にかけて、マナの力を使わないのも一つの道だ。それに、ガインスレイザーはもう戦う力は備えているんだ。無理して使う必要はない』
「はい……」
不思議そうにする澪音はそこで俺に質問することはなかった。
※
剣会長からマナの話を聞いたその日、俺と澪音は、学園の近くの公園に来ていた。
小さいながらもたまに屋台が来ていることもあるので、よくここで買い食いをしたりもするが、今日はそんな気分でもないので、学校終わりの子供達が走り回る様子を眺めながら二人でベンチに座った。
特訓が終わってからの会話は少なく、しばらくの間、俺達は黙って公園の風景を見つめていた。おもむろに、澪音が口を開いた。
「いつも思うんだけど、この公園て私達が遊んだ公園よりも大きいよね。みんなは小さい公園て言っているけど、私からしてみれば、あの公園の方がもっと小さい」
「だな。子供の時にそう思うんだから、今はもっと小さいんだろうな」
「うん、きっとそう感じるのが成長したってことなんだなって最近思うんだ」
澪音から怒られるんじゃないかとか、口喧嘩にでもなるんじゃなかと心配していたが、俺の心配をよそに澪音は作文でも読むように淡々と言葉を並べているだけに感じられた。
「あの時の私達は、あの小さな公園で満足で幸せだった。でも、今の私はいろんなことを知って、さらに大きな世界を見たいと思ったよ。……こんな広い世界を見ていくためには、今の私じゃだめだ。もっと、もっと強くならないと、もっと変わっていかないとって頑張りたくなった」
ねえ、空也。と澪音は俺の目を、心を、覗き込むように上目づかいで見つめた。
「――一緒に強くなろう。二人なら、越えられない壁はない。再会して、創機の力を手に入れた空也は、そんな風に考えたんじゃない? 私も同じだよ。きっと、二人ならどんな困難でも乗り越えていける。だから、一緒に戦おう。いいえ、戦ってください」
澪音の真摯な声を聞き、重たくなっていた気持ちがどんどん軽くなっていっているような気がした。
何を今まで悩んでいたんだ。俺達は、二人でひとつだ
俺は頷き、澪音の手を握る。
「ああ、力を貸してくれ」
「うん、くう……や……あ」
ぷい、とふいにそっぽを向いた澪音。
あれー、という声が聞こえて、澪音がそっぽを向いた方と反対方向を見れば、子供達が俺達を囲んでいた。そして、口ぐちにこう言うのだ。
あれー? チューしないのー?
ほらね、言った通り。二人は恋人同士なんだよー。
パパとママが言っていたんだ、恋人同士はチューするもんだって。だから、お兄ちゃんとお姉ちゃんも今からチューするんだよ。パパとママがチューする時と同じ顔してるもん。
それからのチューコール。
「――サキニカエルネ!」
澪音は顔を真っ赤にしながら、ベンチからガバッと立ち上がると猛烈なスピードで公園から走り去って行った。
「れ、澪音……」
俺は宙で手をぱたぱたとさせて、澪音の背中を見送るしかできないでいた。
手を下ろすと、俺は自分を納得させる。今はこれでいいのだ、今のところ、関係に特別な変化なんて求めちゃいないさ。今は俺達の目指す道が同じであることを信じてやっていくしかないさ。
あー、お兄ちゃん一人ぼっちー。
こういうのをフラれたって言うんだっけ?
お兄ちゃんが、きっとお姉ちゃんのでりけーとなことに触れたんだよ。
そうなんだ! お兄ちゃんてば、女心分かってないんだー!
「うっさいんだよ! ガキ共が! 散れ! 散れえぇぇぇ――!!!」
子供達を全力で追いかけ回して、迎えに来た保護者達に取り押さえられるまで俺と子供たちの追いかけっこは続いたのだった。




