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――放課後。俺達は義勇会の旧生徒会棟ではなく、学園の闘技場にいた。
闘技場というだけあって、舗装された地面を囲むようにして観客席が設けられているが、今はそこに人の影はない。さらには、創機同士を戦わせることを想定した場所になっているので、白線でも引けば長距離走の大会なら開催できそうなぐらい広い。ただし、今の俺達は観客ではないため、その闘技場の中央に立つ。
目の前にいるのは、剣会長と利太先輩の猛巳兄妹。それと向かい合う俺達は、俺と澪音、それから龍介と亜里沙だ。
「闘技場を自由に使えるなんて、義勇会ぐらいしか許されんぞ。良かったな」
悪魔のような顔で笑う剣会長に、利太先輩の顔は引きつっている。明らかに、無理やり連れて来られたようだ。では、何故ここに俺達と剣会長が立っているかというと、剣会長からある提案がきっかけだった。
※
同じく、放課後。ただし、これは三十分以上前の出来事。
ホームルームの終わりと同時に、俺は深々と溜め息を吐いた。
「どうして、こんなことになったんだよ……」
「そんなの、こっちが聞きたい」
澪音は今でも不機嫌そうだし、このまま帰宅すれば激怒したままの英里佳と食卓を囲む可能性だってある。いやいや、あの英里佳のことだから、きっと俺のことをネチネチといじめてくるに違いない。ああ、英里佳よ。当初のキミはどこに行ったのだと嘆いていると、龍介に肩を叩かれた。
「なんだよ……。今俺は、どうやってこの危機的状況を脱出できるかを考えているところなんだけど……」
「いいだろ、お前なんて常に危機的状況みたいなもんなんだから。ほら、廊下のところ見てみろ。どうやら、俺達にお客さんんらしいぞ」
よく意味も分からないまま、促されるままに教室の外を見れば、そこには手を売る東先輩と……金髪ブロンドヘアーの美人がいた。金髪美人は、時々、東先輩の顎を撫でたりしている。正直、目の痛みと吐き気が酷い。
「なんだ、夢か」
「一人現実逃避してんじゃねえよ。本物だ」
「悪質なコラ画像を見た気分だ」
「俺は新手のドッキリかと思ったぞ」
亜里沙は龍介の背中を押して、歩き出す。
「二人とも、変なことばかり言ってないで、早く行こうよー」
ショッキングな光景に驚きを隠せない様子の澪音を連れて、俺は東先輩と謎の金髪美女のもとまで向かう。
満面の笑顔で東先輩が手を振った。
「もう、遅いよ二人とも!」
「……すいません、東先輩。つかぬ事をお伺いしますが、横の金髪美女はいくらで雇ったんですか? 未成年でそういう商売を利用するのは、どうかと――」
「――酷いよ! 酷い過ぎるよ、火桜クゥン! 彼女は、れっきとした僕のパートヌワァーなんだよ!」
「おい、このデブぶん殴っていいか?」
龍介が拳をポキポキ鳴らす。
「許可する」
「ひいぃぃ! おかしい、絶対におかしい! ねえ、キャシーも何とか言ってよぉ!」
「ハァイ、キャシーです!」
すがりつく東先輩の頭を撫でながらキャシーが投げキッスをしながら自己紹介をする。こういうナチュラルな感じで投げキッスするの海外の映画以外で初めて見たわ。
「キャ、キャシーさんは……東先輩のイヴなんですか?」
おそるおそる澪音が聞くと、キャシー先輩は親指を立ててみせた。
「ソウデース! キャシーデース!」
澪音はキャシー先輩を指さしながら、俺を見る。
「これは、日本語の苦手な留学生を無理やりパートナーにしたという解釈でいいの?」
「九割がたその通りだと思うぞ」
「思わないよ!? プライベートで僕に会う時の扱いてかなり冷たいよね!? ちくしょー!」
贅肉を揺らして必死に喚く東先輩を見て楽しんだ後は、
「――このままだと話が進まないので、早く剣会長の用件を教えてください」
「……なんだか、すごく納得いかないけど……。そう言っても仕方ないし……」
あのね、と東先輩は切り出した。
※
――そして、今。
俺達は、闘技場にて創機を呼び出している。
ガインスレイザーに乗り込み、龍介もセクトトールを呼び出した。もちろん、剣会長も呼び出すことになるのだが、猛巳兄妹は今も足元で俺達を見上げているだけだ。
「さて、改めて言うが、キミ達を呼んだのは特訓をするためだ。今のままなら、確実に五月雨ヒカリと有馬絵恋には勝てない。なんせ、キミ達は創機の本来の力をまだ発揮できていないからだ。これから、私が模擬戦を通して、本当の創機の戦い方というのを教えてやろう」
そう、ヒカリと絵恋を倒すために、剣会長自ら特訓をしてくれるというのだ。正直なところ、今のままで勝てる自信がなかった俺達には、それは願ってもないことである。
学年同士の対抗戦になるので、剣会長は少しでも勝率を上げるため、そして義勇会のメンバーの能力アップのために龍介もひっくるめての特訓となったのだ。
『いいからやろうぜ! 俺達には、あんまり時間がないんだぜ!』
龍介が急かすように言えば、剣会長は一度鼻で笑い、空へ向けて手を伸ばす。
「自分の弱さを自覚しているなら、まだやりやすそうだな。――望み通りに戦いを教えてやろう、出て来い……アマツミノオウ」
光の粒子が散り、そこから現れたのは右手に斧、左手に刀、背中には弓を背負った創機が出現した。一見すると、武者の鎧のようだ。頭には兜、全身を覆うのは甲冑、ただし、その鎧の下を守るのは生身の体ではなく、黒い鋼鉄の体だ。兜の隙間から見える発光する二つの目は、心を見透かすようにただ輝き続ける。滲み出るその強さを持つ創機、それがアマツミノオウ。
存在感ですら負けていると思うそれが、斧と刀を前に向けた。
『雨が降ろうが台風が来ようが、この闘技場には屋根を閉めることもできる。二人がかりで来い、でないと稽古にもならんからな。……日が暮れるまで、たっぷりと修行しようじゃないか。――さあ、お勉強の時間だ』
体が怯えて動かなくなってしまう前に、ガインスレイザーとセクトトールはアマツミノオウに向かって駆け出した。
※
結果、惨敗。
ガインスレイザーで突進し、セクトトールが必死に攻撃を行うものの、右手の刀で軽くいなされ、斧で殴られように吹き飛ばされ、距離をとって回り込もうにも弓を構えれば、そこから出現した矢になったエネルギーの塊に射抜かれて終了。
微妙にパターン違うぐらいで、これを何度か繰り返せば、その内に澪音と亜里沙に限界がきて、俺達は一歩も触れられないままで創機を解除することとなった。
義勇会の会長をしているのだから、強いとは考えていたが、まさかここまでとは思わなかった。模擬戦に続き、俺達のプライドという柱は簡単にバキボキ折られたのだった。
呆然としていた俺達に、創機を解除した剣会長が近づいて来た。
「これだけは言おう、残念だとな。期待の新人だと考えていたが、まさかこの程度とはな。考え直す必要がありそうだ」
言い返したい気持ちにもなるが、負けた手前、俺達がどれだけ文句を言っても、それが相手に響くことがないのは分かりきったことだ。
おい、龍介。と剣会長が言う。
「龍介は、慢心し過ぎだ。自分の動きの速さに自信を持つのはいいことだが、そのせいで、防御や回避、それから大局を見る力を失っているぞ。実際、空也に任せてから、少しタイミングをずらして攻撃するだけでも、さっきの模擬戦の展開はかなり違うものに変わっていたはずだ。お前達二人を相手にしながら戦っているのは、互いで補い合ってほしい部分もあるからだぞ」
それから、空也。と呼ばれて、中学生の女の子にみっともないが俺の心臓が跳ねた。
「空也は、私が知らないようなたくさんの危機から脱出してきたようだな、お前の戦闘センスは認める。だが、手数が少ないぞ。近づいてパンチをして、隙があれば蹴りをして、ガインスレイザーの性質上、武器もないのだから多くは言わないが、高い攻撃力を安売りしている場合じゃなかろう。攻撃が当たらないからとがむしゃらにならず、一発の威力を信じてみるがよい。人間同士の格闘技ならまだしも、無駄に攻撃を繰り返しても、創機同士の場合は決着を着けるまでに至らないケースも多々あるからな」
非常に悔しいが、俺も龍介も思い当たるところがあるので、心の中でもごもごと言うだけで何も言い返せない。
「ちょうど梅雨が明ける頃、七月の最初に行われる学年ごとのクラス対抗戦まで私は毎日特訓に付き合う準備はできているよ。四人はどうするつもりだ?」
挑戦的な剣会長の言葉に、拳を地面に叩きつけると立ち上がった。
「――くっそ! やってやるぜ! いろいろ教えてもらうのは、悔しいけどよ……! でも、強くなるならやってやる!」
「龍介ちゃん……。うん、私も同じ気持ち。何より、やったらやりかえせの私達には、黙ってもじもじしているなんて似合わないよ」
龍介と亜里沙は決心できたようで、真っ直ぐに剣会長を見ていた。その気持ちは、俺も澪音も同じだ。
「これからも教えて、会長。まだまだ私達が弱い。だからこそ……もう負けるつもりはないし、私は空也と離ればなれなんて絶対に嫌」
「……ああ、この勝負は絶対に負けちゃいけねえ。これから、澪音を守る為には、こんなところで躓くわけにはいかないんだ」
俺達の顔を見渡して、剣会長は満足そうに頷いた。
こうやって、短い間ながら俺達は剣会長の弟子になったのである。




