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創世機神ガインスレイザー  作者: きし
第四章『暴走する力、破滅で救う何か』
32/65

 近頃、些細なきっかけというものに出くわしやすい気がする。

 前回は、ほんのわずかな悲鳴を感じて駆け付けた路地裏。

 今回は、学園から帰宅途中に偶然見かけたひったくりを追いかけて飛び込んだ廃工場。

 どういうわけか、解体が停滞したままの都会の中にできた工場の骨組みだらけの最上階。深々と野球帽をかぶったひったくり犯は、それを脱ぎ捨てるとポニーテールの長身の少女が姿を見せた。その隣には、一人の少年。

 少年は平然と言ってしまう。


 「火桜空也だな。ここには、ひったくり犯はいないぞ」


 俺から少し遅れて澪音が飛び込んで来た。


 「――空也っ! ……これ、どういうこと?」


 両手を両膝につけて大きく呼吸を繰り返す澪音だが、その顔には明らかに不審な色が浮かぶ。それは、俺も同じことだ。


 「そんなの、こっちが聞きたいよ……。でも、その声は聞き覚えがあるぞ」


 「……話が早くて助かる。俺が今からしたいことは、大体のところ察しがつくんじゃないか?」


 俺と少年のやりとりで澪音も気付いたようで、曲げていた背中を真っ直ぐにすると俺の服の袖を引いた。そして、積み上げられた廃材の上に乗っていた少年が飛び降りると、ひったくり犯役をしていた少女がぴたりと寄り添うように体を近づけた。


 「俺の名前は、総瀬統矢、そして相棒の小上真理亜。お前らを殺そうとしたエグゼノヴァクの操縦者だよ」


 「……だろうな」


 「まさか、俺と同じ新入生にこんなバカが混ざっていたとはなぁ。できれば、最初の島で会ってみたかったもんだ。ま、俺の場合は、他の新入生と少し違うが……あまり変わらんだろ」


 意味ありげに統矢は言うが、きっとそこにはろくな意味はないはずだ。統矢の喋り方は優位な立場の人間が、他者の尊厳を傷つけるような言い方をしていた。


 「お前は、英里佳が狙いなのか」


 「英里佳? ああ、あの消滅のエノスか。……そのつもりだが、その前にお前は俺にとって邪魔なんだよ。それも、ただ邪魔なだけじゃない、圧倒的な暴力で完全に潰さなければいけない程度には激しく邪魔過ぎるんだ」


 「その言い方だと、まるで英里佳には興味ないみたいじゃないか」


 「正直、そこまで興味はねえよ。仕留めるなら、お前達が出かけている内にさっさとやっちまえば早いからな。だが、そうはいかねえ。俺は抑止力だ、抑止力は一度だけだとしても、失敗したらダメなんだ。お前は、俺という抑止力を止めた不細工な障害だ。徹底的に、てめえは壊してしまわないと俺は俺でなくなっちまうんだよ。要は、納得の問題だ」


 まるで空気に溶け込むように存在していた殺気が、はっきりと意思を手に入れたような感覚がした。一文字一文字を口にするごとに、その濃い毒のような殺気が身に突き刺さる。例え、目の前の総瀬統矢という存在が、己の怨みだけで行動をしていたとしても、個人にここまでの憎しみをぶつけることができるのだろうか。

 また逃げるか、と考えてみるが、今回ばかりは統矢も逃がしてくれそうにない。もしここで逃げてしまえば、それこそ英里佳のいる自宅を襲撃する危険がある。いや、コイツは間違いなくそうする。既に、俺と統矢の関係はあの一瞬で会話で何とかなるレベルじゃなくなっているんだ。


 「すまん、澪音……。どうやら、逃げられないみたいだ」


 「巻き込まれたあの段階で、何だかこうなりそうな気がしていたよ。あいつしつこそうだったし」


 統矢はポケットから手を出すと、おもむろに携帯電話でどこに電話をかけだした。


 「ああ、俺だ。奴は俺が引き受けるから、お前は思う存分に自分の仕事を果たせ。――そうだ、あのエノスの女を誘拐しろ」


 最後の一言を聞き、迷いが消えた。奴が言い終わった直後に地面を蹴り、俺は拳を振りかぶる。


 「――来い、ガインスレイザー!」


 「行くか、エグゼノヴァク」


 僅か一秒後、パンチを繰り出すガインスレイザーと二刀流の刀の面の部分でその拳を受け止めるエグゼノヴァクの姿が出現した。


 「さっさと、てめえをぶっ倒して、英里佳のところに向かう!」


 『お前は口だけは達者だよなっ!』


 再び、二体の創機の拳と剣が交錯した。



                 ※



 ――その頃、片隅彰人は英里佳がいると言われたマンションの扉の前に立っていた。いろいろと警戒していたが、入り口に監視カメラが一つある程度の安物マンションだ。裏口を覗いてみれば、案の定そこにはカメラどころか管理人室すら見当たらなかった。

 易々とマンションへの侵入に成功した彰人は、さして住人とすれ違うこともなく、目的の部屋へと到着した。懐には弾を補充したばかりの拳銃。これで脅しさえすれば、あの気弱な女はついてくるはずだ。

 インターホンを押す。


 「すいません、宅配便です。簡単なサインだけでいいですので、どなたかいらっしゃいませんかー」


 しかし、反応はない。それも予想していたことだ。根気強く、何度かインターホンを押せば、カギを開ける音が聞こえた。


 「どうぞ」と、女の声が聞こえ、扉を開けば、こちらから背中を向けた女が何か探し物をしていた。

 どうやら、印鑑でも探しているようだ。好都合だと、彰人は醜悪な笑みを浮かべれば、気配を消して土足で玄関に上がり込む。もうすぐ手を伸ばせば届くという距離まで近づいた彰人が、リビングに踏み込んだ直後――。


 「――飛んで火に入る何とやらだな」


 別方向からの声に驚きと共に彰人が振り返れば、リビングの隣のもう一つの部屋から中等部の制服を着たツインテールの少女がそこにいた。

 何故、ここまで気付かなかったんだという後悔を感じることすら忘れ、前方にいた英里佳と思わしき人物を襲うために彰人は飛びかかった。


 「――つくづく、浅い男だ」


 英里佳と思っていた人物は丸めた体を立ち上がらせると同時に、彰人と立ち位置を入れ替えるようにして回避。無我夢中で彰人は、振り返ると同時に飛びかかろうとするが、


 「ぁ――」


 動きが完全に停止したのは彰人の方。目の前に立つのは、決して英里佳のような常に日陰にいるような弱々しい少女の姿はない。男であるはずの彰人を見下ろすのは、見覚えのない女性――椿真登意。


 「どうした、かかってこい」


 その辺のチンピラ程度なら、彰人も負けるつもりはない。しかし、目の前にいる女が確実に格闘のプロだということは言葉を交わさなくてもひしひしと伝わる。望まずともほぼ強制的に、目の前の女が強者であることを感じ取った。


 「騙しやがったな……てめえら……」


 剣は鼻で笑い飛ばした。


 「お前だって、大勢の人間を騙してきたんだろ。お前がよく知っている言葉を教えてやろう。――騙されたお前が悪い」


 「う……うがああああぁぁぁ――!」


 拳銃を構え、狙い定めることなくがむしゃらに引き金に力を入れる彰人。標的は憎たらしい、目の前の女子中学生。


 「許すわけないだろ」


 真登意が鋭い声で言えば、引き金を引く前に彰人の腕を抉るような蹴りを放つ。素人同然の彰人は、驚きと恐怖で甲高い「ぎゃっ」という短い悲鳴を漏らし、その場に尻をついた。


 「ぐぅ……やりがったな……」


 拳銃を目で追い探すと、いつの間にか拳銃を足で踏みつけていた。彰人は剣を睨むが、その視線から庇うようにして真登意が前に出る。


 「終わりだ、観念しろ。この家は、義勇会のメンバーの人間のものだ。事前に相談を受けていたことで、お前への準備ができたよ。別のメンバーが、この家の主を監視していたが、統矢にはめられた段階で、ここに張り込んでいたんだよ。……まあ奴は、なるべく私達を巻き込まないようにしていたみたいだが、どう見ても嘘をついているような顔をしていたよ。エノスの方はまだしも、ポーカーフェイスとは程遠い男だが、それ故に信用はできる」


 真登意がそう言えば、彰人は悔しそうに奥歯を噛みしめ地面に顔を擦り付けた。まるで獣のようなその動きに、剣と真登意は半ば呆れたように目を合わせるだけだった。



                 ※



 片隅彰人は、ただ子供のように苦しんで悔しんで激高していた。

 親というものを知らず、子供の頃はひたすらに研究所で地獄のような日々を送っていたたくさんの子供の一人だった。

 物心つく頃には、きっと心は半分ほどおかしくなっていたんだと思う。

 一年経ち、二年経ち、三年、四年、年数を重ねるほどに周りの子供達はいなくなり、また新しい子供達がやってくる。

 十二歳になっていた片隅彰人は、そこでは年長者のような扱いを受けていた。機械のようにいつ終わるかも分からない苦しみの中にいた彰人には、自分よりも年下の子供達に頼りにされることで、何とか己というものを保つことができていた。それが、ある瞬間から完全に崩壊する。

 彰人が受けていたのは――男性にイヴ能力を移す実験。

 毎日、極太の注射を打たれ続けたせいで、穴だらけになっていた腕でその日も実験を受けていた。そんな時、その日は今まで見たことのない男がやってきた。

 男はその手に、カプセルを持っていた。透明なカプセルで、その中には人間の血液を何倍にも薄めたような見たこともない赤色の液体が入っていた。


 ――坊や、これが最後の薬だよ。終わったら、学校に通わせたり、パパやママに会わせてあげる。


 彰人は泣いて礼を言えば、すぐさま薬を飲み込んだ。

 どうせいつもの薬だ、これでこの絶望が終わるなら安いものだ。目覚めれば、きっとそこには別世界が広がっていくのだと彰人は考えながら麻酔によって深い眠りに落ちた。


 ――しかし、目覚めた先は絶望という名前の世界だった。


 瓦礫の中に一人いた。

 服は破れ、全身は傷だらけ、そして、右腕には生理的嫌悪が無意識に込み上げてくる――刺青。

 これが自由ということだろうか? 彰人はそう考えて、歩き出せば、あるものが目に留まった。

 赤い、赤い、魚の切り身のような何か。初めて見るそれに恐る恐る近づけば、それは何か布を被っていた。いや、布を着ている。

 とりあえず、それに触れてみた。布をめくれば、その布には覚えがある。――自分たちが着ていた囚人服のような服じゃないか。

 その赤い塊に触れた。――それはまだ、熱を持っていた。


 「あ、え?」


 気付いてしまった、それの正体に。

 彰人は、怯えた心で尻を地面についた。ぐちゃぐちゃになっていく心が、あることに気付く。右腕の刺青が蠢いていた。幻覚の副作用がある薬でも飲まされたのかと僅かに残る思考で考えてみるが、それは間違い。実際に、刺青が動いていることは彰人自身で理解し、自分の異常に気付くと同時に、この絶望を起こした原因が自分であることを悟った。

 ガラガラガラガラ、と心が壊れていく音を耳鳴りと共に感じ、胃袋の中の数少ない食事を全て地面に吐き出せば――そこで完全に片隅彰人の心は壊れたのだ。


 壊れた彰人は、今も壊れ続けている――。



                ※



 ――突然、彰人は身動き一つしなくなった。


 首を傾げた剣は、近づいて確認しようとするが、真登意はその体を手で制す。


 「……まさか、死んだのか」


 「いえ、この男はそれほどの忠誠心を持っているようには見えません。自殺ではなく、こいつのボスに消されたのなら――」


 「――真登意、伏せろっ!」


 剣の声を聞くと真登意は、確認することなく、剣を胸に抱いて地面を転がった。


 ――瞬間、窓を閉めた室内であるはずの部屋を突風が襲った。

 窓が割れ、部屋中の家具がおもちゃの家のように簡単に揺さぶられた。


 激しい風は収まり、痛みに堪えつつも真登意が顔を上げた。

 最初は地震でも起きたのかと思ったが、それすらも甘い想像だったようにも思えた。――部屋の中に四足歩行の黒い獣がいた。


 「なんだ……コイツ……」


 パッと見れば、黒い炎がそのまま形を変えて狼のような姿をしているようにも見える。狼の姿になった黒い炎だが、その目だけは彰人のあの濁った目をしていたことで、その存在を知った。


 「どうやら、コイツが……片隅彰人のようだな……」


 黒い炎は喋ることはない、ただ、そっと上半身を起こした。次の瞬間には、炎の狼は二足歩行で立ち上がり、さらに一回り体を大きくさせ、天井に頭をぶつけて体をまるめていた。


 『アァ……オレハ……アガァ……』


 彰人だった存在が、潰れた声で紛れもない彰人の声で言う。

 物語のだけにしか存在を許されないような醜悪なバケモノがそこにはいた。それは、過去に彰人だった存在、アキト。

 次にアキトは、口から黒い歯を生やし、次は指を五本に変えて爪を生やした。

 剣会長、と真登意に呼ばれて呆然としていた剣は我に返る。


 「逃げるぞ。――幻想!」


 猛巳剣は瞳を輝かせると、『幻想』のエノス能力を持つ。

 剣が意識を向けた相手に対して、現実のような幻を見せることができる能力だ。直接脳裏に、幻覚、幻聴を植え付けるため、ほとんどの敵は無防備のまま敗北する。しかし、能力を使っても、アキトは小さく呻いて頭を振るだけだ。


 「……コイツ、既に幻想を見る思考すらないということか!」


 『イィ……キエロ……』


 アキトの上顎と下顎の間から、何か黒い塊が溢れ出そうとしていた。直感的に、それに良くない予感を感じた真登意は剣へと飛び込む。


 「剣会長、危ない!」


 ――そして、強烈な熱量を持ったエネルギーの塊がアキトの口から放出された。

 先程と比べ物にならいほどの激しい揺れとあらゆるものが崩れ落ちる音。アキトの口から放たれたそれは、部屋の扉を貫通しマンションの壁を溶解させ、近くの建物すらにも穴を開ける。

 エネルギーの塊が真登意の肩を掠め、剣は彼女の悲鳴を聞いた。


 「――ここから出て行け! 愚か者が!」


 ついさっきまでアキトにかけていた捕獲すらための『幻想』とは比べ物にならないほどの強い幻覚と幻想をアキトに送る。

 さすがのアキトも僅かに残った思考を侵されていく感覚に耐えられなくなったのか、口から吐き出し続けたエネルギーの塊を止めれば、頭を振り、割れた窓からベランダの手すりを掴むと外へと飛び出していった。


 「しまった、逃がしたか……。ま、真登意!」


 ずっと剣を庇っていた真登意は、ずるりと滑り落ちるようにして倒れ込む。先程の攻撃にやられたのか、背中に手で触れてみれば生温い感覚が手の上を滑る。


 「真登意! 真登意! ……これは、私の失態だ」


 携帯電話を取り出し、すぐさま近くで待機してい啓太郎に電話をかける。


 「大変だ、暴走したアキトに逃げられたぞ! 近くに兄上もいるだろ! すぐに来るように言え! 後、救急車も呼べ! 大至急だぞ、真登意がやられたんだ!」


 忌々しそうに剣はアキトの消えた窓を見つめることしかできないことに悔しさを感じながら、ただただ真登意の体を抱きしめ続けた。

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