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波乱がありながらも、何とか入学することのできた俺達の学生生活はようやく始まった。
当たり前に国語や数学といった普通の学校と変わらない授業を混ぜつつ、創機乗りにとって必要な知識、さらには創機乗りには創機乗りなりの国で定められた法律というのがあるので、関連した専門知識を学ぶ。また、目指す職業によって従業内容が大きく変わってくる。そのために、いくつかコースがいくつか分かれてくるのだ。
軍隊や警察に行きたい場合は、防衛コース。
人命救助の現場に向かいたい場合は、救護コース。
工事現場など建設に携わりたい場合は、建設コース。
遺跡の発掘に興味があるなら、考古学コース。
創機によるスポーツの選手を育てるための、選手育成コース。
大きく分けると五種類だが、生徒の希望によってまた特殊なコースもいくつかあるらしい。
さて、もしもパートナーが見つからなかった場合は、どのようなコースを選ぶかというと、創機研究コース、箱舟学園教職員養成コース、聖母研究コースなどなど……。いくら創機が自然治癒する機械とはいえ、それでも機械は機械だ。メンテナスをできる人間がいるなら、それだけイヴの負担を減らせるし、聖母の研究が進めば、エノスに向けられた差別を無くすことに繋がるかもしれない。教職員養成コースにいたっては、イヴの生徒にはイヴの先生がつくことも珍しくないので偏見もなく接してくれるはずだ。
最初に無人島に放り出された時は、どうなることかと思っていたが、パートナーが見つからなった場合のアフターケアもばっちりなところを見ると何千という生徒が在学しているだけはある。
一年B組に入学した俺と澪音、龍介と亜里沙も同じクラスだった。命懸けの戦いをした奴らを同じクラスにするって、龍介みたいな奴じゃないなら気まず過ぎるだろ。
半日を使った選択授業のコース紹介も終わり、昼休みに入った。
あの入学式から一週間経つが、毎日が新鮮に溢れている。創機に乗るような授業はまだ無いものの、独学や雑誌ではなくちゃんと授業という形で創機のことを学んでいるとようやく入学したことを実感してくる。
不慣れながら学園生活を噛みしめ、俺と澪音、何故かつるむようになった龍介と亜里沙と共に中庭へ向かって歩いていた。
「ようやく昼飯の時間だな!」
はつらつと龍介が言う。興味のない授業は昼寝の時間となっている龍介のことだ。椅子に座っているだけの、この半日はきつかったのだろう。
その気持ちは別に龍介だけではない。
「確かにな。ただ座っているだけってのも腹が減るな。今日も購買で何か買ってから、中庭行くか?」
最近は四人で食事をすることが増えた俺達。昼休みは、全員で購買に行ってからパンやジュースを買ってくるか食堂に行くかのどちかだ。
「今日はガッツリいきてえし、食堂に行こうぜ」
そうだな、と龍介に頷き、離縁や亜里沙も賛同しているのだろうかと二人の顔を見た。
「うん?」
二人とも、どこかおかしな顔をしている。別に振り返ったら変顔をして笑わせようとかしているわけではなく、苦笑いをする亜里沙と財布でも落としてしまったかのように落胆した表情の澪音だ。
亜里沙の様子から察するに、澪音の表情の原因を何か知っているようにも見える。亜里沙に澪音はどうかしたのかと目線を送ると、誤魔化すような笑みの後に観念したように溜め息を吐いた。
「空也君、悪いけど今日は龍介ちゃんと二人で食事をさせてもらうよ」
「は? なんで?」
不満そうに振り返る龍介に舌打ちをする亜里沙。
「ほら、互いにパートナー同士でコースを決めたりしたいかなって思って。やっぱり将来のことになるんだし、じっくりと相談したくもなるでしょ?」
「でも、龍介てば防衛コースの説明が上がった時に、『はいはいはーい! 俺防衛コースになります!』て大声で言って、みんなに笑われていたけど」
「少しは空気読めよおぉぉぉぉぉぉぉ! 無能金髪野郎おぉぉぉぉぉぉ!」
「え、なんで俺罵声を浴びせられているの?」
「さあ?」
龍介と二人で首を捻っていると痺れを切らした亜里沙が龍介の首根っこを掴んだ。
「とにかく! 私達は二人で秘密の相談があるんで! 後は頼んだわよ、澪音!」
頭に山のクエスチョンマークを浮かながら龍介は亜里沙に引っ張られて学食へと向かった。
「一体、なんなんだ……。それじゃ、俺達は購買行ってから中庭に行こうか」
「待って」
歩き出そうとした俺の服の袖を引くのは澪音。今度は俺がパートナーにクエスチョンマークを浮かばせる番になりながら澪音を見た。緊張した面持ちで、澪音は言った。
「……き……たの」
「ごめん、もう一回言ってくれ」
「……やの……ために……。……お弁当を作ってきたの」
前半の方は聞き取れなかったが、ようやく澪音の言いたいことが伝わった。
「おお! マジか! ……ああ、なるほど。弁当を俺と澪音の二人分しか作ってこなかったから、こっそり俺を誘おうとしたんだな」
澪音は複雑そうに俺の顔をじっと見たが、さっきまでの強張った顔が嘘のように脱力した。
「……最近は空也がそういう人てのも分かってきたから、もういいよ。うん、一緒に行こうか」
今日一番のクエスチョンマークを頭に、俺と澪音は中庭を目指して歩き出した。
※
教室に手作りの弁当を取りに行ったのはいいのだが、中庭のベンチに座った途端に澪音ははっとした顔をして、
「す、水筒忘れちゃった……。と、取ってくる」
と早口に言えば、大急ぎで教室へと戻っていった。中庭から教室まで割と時間がかかるので、もう数分は待っていなくちゃいけないようだ。
正直なところ、別にその辺の自動販売機で飲み物を買っても良かったのだが、せっかく用意してくれているようだし、素直に澪音のお茶をいただくことにしよう。
「お、おお、おおお……。はっけーんです」
能天気な声に誘われるようにして顔を横に向ければ、ニコニコと人の好さそうな笑顔の女子生徒――魅車玲愛先輩がそこにはいた。
「魅車先輩?」
「あは、名前覚えていてくれたんですねー」
ベンチの背もたれの上の部分に手をつき、俺の顔を覗き込んでくる。あの時は、落ち着いて話をしていたからかいくつか年上に見えたが、学園内ではしゃぎつつ声をかけてくれる魅車先輩の姿に同じ年のような親近感を覚える。
「あれから、落し物はしていませんか? この学園の生徒手帳を紛失したら、面倒な手順を踏まないと再発行できないらしいですし」
「あははー、心配してくれて嬉しいです。ふっふっふっ、実はもう対策はバッチリなんですよ」
先輩て抜けているところがあるから頻繁に物を落としてそうだ、なんて正直には言えないので、ぎこちなく笑ってみせる。
魅車先輩は、急に胸元に手を突っ込めば、そこからずるりとカバーに収納し紐で通した生徒手帳を見せる。ちらりと、制服の下のふくよかな胸元を封印しているぴらぴらとレースが付いた何か見えてはいけない物が見えた気がするが、黙っておくことにしよう。
それはさておき、
「……な、なるほど、そうやってぶら提げて落とさないようにしているんですね」
「うん、そうですよー。それにほら、お財布も」
制服のスカートに手を突っ込み、だらりとチェーンを垂らしながら出てきたのは例の財布だ。
「チェーン作戦ですか。いい考えです」
そんなの付けているのは、小学生か釣り人ぐらいなものですよ。なんて先輩の表情を曇天模様にしてしまいそうな発言は自粛しておく。
ドヤ顔の魅車先輩は、まるで札束でも見せびらかすように二つの貴重品を自慢すれば胸元とポケットに直した。
「そうそう、今日はね、キミにお礼をしようと思って探していたんです」
「お礼……ですか?」
「そーです。……本当はすぐに持って行こうと思ってたんだけど、なかなか一年生の教室に行くていうのも勇気が必要で……ようやく決断して、中庭に出てみたら、まるで
待ち構えていたかのようにキミがいるじゃないですか」
ちょんちょんと、随分とラフな感じで俺の頬をつつく先輩。
なんという、無警戒さだ。こんなスキンシップなんて入学したてでテンション上がっている俺みたいな新入生だったら、即効惚れてしまうに決まっている。
「ど、どういったご用件で?」
「じ、つ、は、ね」
もったいぶった言い方でベンチの下に置いていたと思われる何かに手を伸ばす。まさか、生徒手帳と財布に続いてチェーン付の学生鞄とか見せられるんじゃないのだろうかと勘繰っていると予想外のものが飛び出してきた。
木色のカゴ。それは、バスケットだった。
「じゃーん、空也君の為にお弁当作って来ましたー!」
まさかの、ダブルブッキング!?
「おーい、空也くーん。どうかしたんですかー?」
「――は!? あ、いや……」
さあ言え、言うんだ、火桜空也。いきなり創機に追いかけられ、絶体絶命の状況でパートナーを見つけて見事試験を突破した俺なら言えるはずだ。
いいえ、既にお弁当はあるんです! と。
「――やったー! 魅車先輩ありがとうございます!」
すいません、無理でした。だって、美人の先輩が作ってきてくれて、手作りのお弁当を食べるなんて憧れていたんだもん。そもそも、バスケットから出てきた物を食べるというだけでもテンション上がる。
ま、まだ、澪音が戻ってくるまで時間あるよね?
自分で自分に確認していれば、俺の隣に魅車先輩が座った。
「よかったー。前に偶然見かけた時に、パートナーの女の子と仲良さそうだったから、一緒に手作りのお弁当でも食べるんじゃないかと心配していたんですよ」
エスパーかよ!?
楽しそうにバスケットの中身を見せてくる魅車先輩を前に、そんな無粋なツッコミをできるはずもなく、俺は流されるままにバスケットの中を覗き込んだ。
色とりどりのサンドイッチと、弁当箱に入れられたから揚げがそこにはあった。
単純にサンドイッチといっても、ゆで卵とマヨネーズを挟んだものやハムとキュウリといったポピュラーな物、さらにはポテトサラダやから揚げと作る時に一緒に挙げたのかハムカツまであった。極めつけは、デザート代わりなのか少し集めの食パンに生クリームとフルーツを挟んだ物まである。
「おお……」
「どう? あまり人に作ったことないけど、がんばりました!」
思わず感嘆の声を漏らす俺に、胸を張る魅車先輩。
お世辞抜きで本当に凄いと思う。自炊を始めるようになった分、余計に彼女の料理スキルの高さには感心した。
「お世辞抜きで、本当にうまそうです! これ、食べていいんですか?」
「どうぞどうぞですよー」
とりあえず空腹のままにハムカツサンドを口に入れる。
見た目だけではなく、味もかなりうまい。ただハムカツを挟むだけではなく、外観を損なわない程度のキャベツをできる限り挟みこみ食感を演出させ、ピリッと来るスパイスな舌触りはマスタードを使っているのだろう。三者三様、互いが互いを打ち消し合わない実によくできたサンドイッチだ。そんなサンドイッチに俺は、惜しみない称賛を送る。
「うまい! おいしい! これ、お店出せますよ!」
「あはっ、褒めすぎですよ。でも、喜んでくれたみたいで良かったです」
「こんなうまいサンドイッチ初めて食べたかもしれないです、それに、このから揚げも……うん! やっぱりうまいっす!」
「昔から趣味でお料理をしていたんだけど、ここまで空也君に喜んでもらうと作り甲斐があります。それに、空也君はこんなにおいしそうに食べてくれるんなら、また作ってあげたくなりますね」
「ぜひ、お願いします!」
じゃんじゃん食べてくれと差し出されるサンドイッチをもぐもご食べれば、あっという間に完食。そんなに量が多くなかったこともあり、気が付けばバスケットを空にしていた。
「ごちそうさまでした! ……あ、先輩の分が……」
「ご心配なく、私のは別に用意しているから問題ないです」
「あまりのおいしさに後先考えずに食べてしまいましたよ」
「そんなに褒められたら、調子に乗っちゃいますねっ。……それなら、また明日作ってきましょうか?」
他人の作る手作りの味に飢えていた俺は二つ返事をしたい気持ちを抑えつつ、尋ねる。
「ご、ご迷惑じゃなければ……」
「うん、ご迷惑じゃないですよ。それじゃ、また明日作ってきますね」
バスケットを抱えて、魅車先輩は「お粗末様でした。今度は、もう一人分多く作ってきますね」とたおやかな笑みを最後にその場から遠ざかっていった。
魅車先輩が行ってしまった後、すっかり満足してしまった俺は一息吐けばベンチにもたれた。
「ん? ……もう一人分?」
「――随分と楽しそうだったね」
絶句。言葉を失うなんてものじゃない、料理スキルを発揮した魅車マジックの前に俺はすっかり大事なことを忘れていた。
忘却の彼方にぶっ飛ばしていた記憶が、もの凄い速度で俺の記憶へと帰還する。そして、そのきっかけを作ってくれたのは、俺の隣で不機嫌そうに弁当箱を手にして座っている澪音だった。
「れ、れれ、澪音!? 随分と遅かった――!」
「まさか、ここで誤魔化そうとは思うわけないよね?」
「う……はい」
誤魔化せるわけない、だって魅車先輩は確かに『もう一人分』と言った。つまり、俺がだらしない顔をしてサンドイッチにがっついている時に、澪音はすぐ近くで見ていたということだ。
想像してみたが、既にその段階でサスペンスホラーだったものが、現在はサイコスリラーへジャンルが変わろうとしている。そして、俺を追い詰める側の澪音は、弁当箱を乱暴にベンチの上に広げれば、その手に凶器を握る。
「おにぎり……。今、手に持っているやつって、サッカーボールの風に海苔を付けてるやつだろ?」
なんとか機嫌を直してもらおうと思って、おにぎりを褒めてみるが、
「……真面目に普通に作ったんだけど」
「な、なんつってなー。それ、俵型のおにぎりだよね? あえて三角形にしないで食べやすくしてくれるなんて、澪音らしい優しさ溢れる気遣いだな」
「三角形のつもりで作ったんだけど」
ちょっと澪音さん、地雷原多すぎやしませんか!?
このままでは、ダメだ。凄い今さらだけど、ここは男らしく正直に言おう。
「澪音、よく聞いてくれ。さっき一緒に居た魅車先輩のおかげで……もうお腹いっぱいなんだよ……」
「空也の口からどんな言い訳を聞けるかと期待してたけど、ハードルを上げ過ぎたみたいだね」
しまった、素直に言い過ぎた!?
「お、落ち着け! 落ち着くんだ、澪音! 今食べなくても、次の授業の後とかに食べるからさ!」
「え? 今とか後とか、空也はせっかく料理を作ってくれた人に順番をつけるつもりなの? ……ほら、あーんしてよ。……あーん」
「未だかつて、こんなに恐怖を感じるあーんは体験したことないんですけど!? ていうか、俺のファーストあーんをこういう形で消費したくむごもごうぐげぼがあはぁっ!」
喋っている途中に強引に口の中におにぎりをねじ込まれては、俺はこう窒息寸前だ。大急ぎで口を動かさなければ、※の波に飲み込まれてしまうこと必死だ。比喩表現抜きでも、必死だ。
「はい、一個終了。お粗末様です」
「もぐふぁ!?」
お粗末様です、と言いながら澪音は再び俺の口に次のおにぎりを投入。俺の口をおにぎり吸引機か何かと勘違いしているに違いない。
今度は味が問題だ。何故かザラザラと甘い。一口齧れば、とろとろの蜜が零れ落ちたような激甘の洪水。
「も、もぉ。きゃんべして……」
「許すよ、この弁当箱を空にしたら。はい、あーん」
チラ見した澪音の弁当箱には、約十個ほどのおにぎりらしき物が入っていた。これを絶対におにぎりと呼んではいけないので、俺はおにぎりらしきものと呼称する。
これは、自業自得だ。自業自得なんだと、己に言い聞かせ、罪人である俺火桜空也は罰を受ける。
これからは澪音の弁当を最優先で食べることにしよう。
苦かったり甘かったり臭かったり辛かったり酸っぱかったりするおにぎりは、少しだけ涙の味がした。バラエティ豊かなおにぎりの中で俺の涙の味だけは、唯一変わらない味だった。




