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翌朝、港に着いた俺達はバスに乗り込み、三十分もしない内に学園に着いた。
もの凄い遠くに連れていかれたような気がしていたが、自分達があれだけドタバタしていたのは二ホン国の近海だったなんて……。だけど今は、そんな間抜けなオチよりも、早く体を休ませたかった。
学園で明日は登校日だということと、クラス名簿を渡されれば、その場でさっと解散になった。学園内にある学生寮に向かう生徒もいるが、優先的に寮に入れるのはエスカレーターで入学できた生徒ばかりだ。コネもない俺は、大人しく二日ぶりに学生マンションへと帰るために、澪音と共に学園を出る。
「そういや、澪音はどこに住んでいるんだ?」
「学園管轄のマンション」
「なら、俺の近所かもな。道はこっちの方?」
「うん」
「だったら、途中まで一緒に行くか」
もう一度頷いた澪音に頷き返せば、並んで歩き出す。
全国展開のファミレスチェーンの前を通り、スーパーのある角を曲がり、まっすぐに進めばマンションが見えてくる。
「澪音のマンションもこの辺か?」
「うん」
エレベーターに乗り、自宅に到着。そして、その隣の部屋に澪音もカギを差し込んでいた。
「じゃあ、また明日な」
「また」
ふう、やっと落ち着いた。……よし、次なる波乱の為に気持ちを集中させよう。うん、まあ、えと……無視はできないよなぁ?
玄関で体を反転し、扉を開けば飛び出して、隣の部屋に向かう。既にカギは閉めているようで、ドアノブを回しても開く気配はない。そのため、インターホンを連打する。
「――て、なんで、隣の部屋にいるんだ!?」
ようやくガチャリとカギが開き、扉を開けば、澪音が小首を傾げてこっちを見ていた。
何か急ぎなの? といった様子でこっちを見ているが、こんなびっくり展開を見た後ではまともに休めない。
「急にいきなり……。空也、欲情し過ぎ」
「何をトチ狂ったことを考えているか知らんが、俺がとんできたのは、なんで隣に澪音が住んでいるのか驚いたからだ! これが、偶然ならあまりにできすぎているだろ!」
「ああうんまあ、うん」
歯切れの悪い澪音の背後には大量のダンボール箱が見える。どれもこれもまだ開封されている様子はなく、下手をしたら昨日か今日の朝に引っ越したばかりに見える。
「……ま、前から住んでいたよ? そっちが後から来たんだからっ」
「しどろもどろ何を言ってるんだ。じゃあ、その背後のダンボールの山はなんだ! そのビニール袋に覆われた家具はなんだ!? 悪いけどな、こちとら昔ながらの風習を守ったりとか、何かと騒々しくなるかもしれないとかいろいろ考えて、入学式まで隣に住んでいた斎藤さんには菓子折り送ってんだよ!」
「か、家具はこういうデザイン……。ども、サイトーっす」
「苦しいぞ! 後、斎藤さんが住んでいたことは真っ赤な嘘だ!」
「ひどい、かまかけるなんて……」
「はぁ……なあ、ここまで証拠が揃っているなら、いい加減に本当のことを言ったらどうだ?」
一通りツッコめるところはついたので、あとは澪音の返事を待つだけだ。さすがに、隠しきれなくなったのか、ぽつりぽつりと話を始める。ていうか、隠しきれると思っていたのか?
「あ、あのね……船を降りる前に、イヴの子達だけを集めて話をしていたことがあったでしょ?」
「そういや、そんなこともあったな」
「それでね、信頼関係は仕事の成功に繋がるから希望があればパートナーとなった人の近くに住んでもいいて言われて……。引っ越し費用とか足りない家具とか家賃とか、そのサービスを利用したら免除とかいうサービスもあって……」
「……それで、うちの隣に?」
何故か恥ずかしそうに澪音は小さく頷いた。
そこまで聞いた俺は盛大なため息を吐く。
「隠すことじゃないだろ……。まったく、隣に住めるなら俺も嬉しいよ」
言ってしまった後に、なかなか恥ずかしい発言をしていることに気付くが、澪音がここまでしてくれたなら別に恥ずかしがる必要はないだろう。
澪音はもじもじと指を擦り合わせて、その小さな口で真相を打ち明ける。
「……なんだか、いつでも一緒にいたいとことがばれたら……恥ずかしくて、ね」
上目づかいで見上げた澪音の視線とその発言内容も相まって、俺の心臓は大きな高鳴りを覚えた。
熱くなる頬を隠すように顔を逸らす。
「俺、まだ澪音のことをあまり知らない。……だから、聞かせてほしい。今までどうやって過ごしてきたのかを。……夕飯はなにか適当に作るから、夕方になったら俺の部屋に来るといい……あ、いや、来てくれた嬉しい。えと……それじゃ、また」
異性を思わせる発言に動揺しまくりな俺は、澪音の部屋から逃げ出すように出て行く。……澪音が喜びそうな料理、考えとかないとな。
※
慌てて部屋を片付けて、昼過ぎにスーパーに買い出しに向かう。
俺一人だけなら、何でもいいが、澪音が来るとなるとわけが違う。それに、澪音は俺がずっと会いたかった女の子なんだ。昔の思い出が、俺の中で必要以上に彼女を美化していたとしても、俺にとっては憧れであり夢であり約束そのものだった。そんな澪音に対して、下手な物を出すわけにはいかない。どうやら、自炊歴二週間程度の俺が本気を出す時が来たようだ。
気合十分で向かった買い出しだが、俺はあーでもないこーでもないと未だにスーパーから動けずにいた。
「澪音、一体なにが好きなんだろう……」
空母の中での様子を見ていると、ハンバーグやから揚げといった分かりやすいものが好きそうな印象だ。だったら、揚げ物で攻めるか? いいや、疲れた体に揚げ物なんて出したら、逆に食欲を無くすかもしれない。それか、ハンバーグにするか? つい先日食べたばかりの物を食べたいと思うか? ああ、どうすりゃいいんだ。
うーんあーううーんあはーと唸りながら、かれこれ一時間近くは店内をぐるぐる回る。おかげさまで、万引きGメン的なおばちゃんの気配まで感じるようになってしまった。これからもお世話になるであろうこのスーパーで要注意人物にならないためには、早めに決めてしまわないと。
「奮発して、焼き肉でも……と?」
地面を見ながら歩いていたからか、カラフルな物体に気付き、手を伸ばす。猫の刺繍の入ったピンクの財布だ。おまけに懐かしのマジックテープで開閉できるものだ。
小学生の女の子でも落としたのだろうかと拾い上げて眺めていると、背後から、あ、という声が聞こえた。
「す、すいません! それ、私のなんです!」
声に反応して顔を上げれば、制服姿の女子生徒。箱舟学園の生徒だ。
白い肌に、淡い銀色のロングヘアーの髪、水色の瞳で腰を低くして俺のことを見ていた。正確には、俺の持っている財布を注視しているようだが。
「これですか?」
「ええ、はい! お買い物していて、レジに並んだら、無くなっていることに気づいちゃって……すいません、助かりました!」
「いえいえ、気にしないでくださいよ。俺も今拾ったばかりですし」
制服の腕のところには、学科と学園を表すラインが入っている。年数が多ければ多いほど、刺繍の数は増える。おそらく、その青い三本ラインは、創機防衛学科の三年生だ。
確かに身長や雰囲気は年上っぽい感じがしていたが、小学生のようなアンバランスな財布には少し可愛らしく思えてしまう。
「……あ、もしかして、箱舟学園の生徒さんですか?」
「わかりますか?」
「そりゃもう。この辺の若い人って、あの学園の生徒ばかりですから。……だったら、なおさらお礼をしないといけませんね」
「お、お礼? いやいや、そんな……」
「いいえ、お礼をさせてください! この財布がなければ、私はぼっちお好み焼きパーティーができないところでした! これは、なかなか大助かりな出来事なんです。親切にも財布を拾ってくれた人が私の後輩なんて聞いたら、テンションすこぶる上昇中ですよ!」
「俺は別にそんなつもりないですから……」
「いえいえ! 命の恩人にも匹敵する感激の中に私はいます! あ、名前が遅れましたね。私は、魅車玲愛、箱舟学園の三年生ですよ」
ぐっと突き出した握手に応えて、魅車先輩の顔を見ればお礼をしたくてしたくてたまりません、いや、お礼をしないと家まで着いていきますよー! 的な灼熱の炎のような恩返しオーラを放出していた。
どうやら、ここは何かしら恩返しをしてもらわないと終わりそうもないな。
「俺、火桜空也ていいます。一年生です。うーん……それじゃあ、」
「はい! ビシバシ、ばっちこいです」
「――今日の夕飯を一緒に考えてくれませんか?」
俺の言葉にきょっとんとした表情で魅車先輩は軽く首を傾げた。




