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八百万《やおよろず》の日常:役所編

作者: 凪柄せとな

「八番でお待ちの方どうぞ」

 手元の札を見ると、どうやら私の番だった。周囲には喧噪が満ちているのに不思議と通る声だった。

「…よろしくお願いします。鏡の付喪神です。まだ名前はありません」


 ここは地獄の閻魔庁。人間に言わせれば地獄と天国への分岐点。閻魔王による裁きの場ということになる。しかし、そんな閻魔庁も地獄の獄卒や天国の神使、神たちからすればまた違った一面があった。


-閻魔庁・管理課・神事係-

「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょう?」

 閻魔庁の朝は早い。早朝4時には窓口と食堂、会議室等を解放している。獄卒や神たちが深夜の仕事を終えて報告に来るためだ。報告を終えると、そのまま帰って休む者。食堂で仲間と団欒するもの。次の仕事へ向けて打ち合わせるべく会議室へ向かう者たち。様々な者たちであふれている。


「はい、報告書は確かにお預かりしました。お疲れ様です。牛頭(ごず)さんの次のシフトは翌朝(うし)の前刻からになります。ゆっくりと休息を取ってくださいね」

「おう、ありがとな。ところで絹の姉ちゃんよ、今日の昼食一緒にどうだい?馬頭(めず)からいい店教えてもらったんだ。この間の礼もかねてごちそうさせてくれや」

 報告書をもってきた牛顔のマッチョは、受け付けの女性にさわやかな笑顔を向ける。衛兵の制服に牛面という濃いキャラなのに、なぜか愛嬌のある笑顔に見えるから不思議だ。

「あら、嬉しい。でもすみません、今日は昼食を兼ねた反物(たんもの)の会の会議があるんですよ。えーと、次の(うま)の曜ならいいですよ」

 受付をしていた絹の付喪神はキラキラとした笑顔を浮かべながら応対する。さすがに反物の付喪神とだけあって服装はしっかりとしていた。キャリアウーマンといった出で立ちで、できる女性感が漂って見える。

「それは残念だな。それじゃ、午の曜の午の前半刻に黄昏の天女亭でいいかい?」

 受付嬢が頷くと牛頭は上機嫌で帰って行った。彼の仕事は地獄の門番で朝も夜もなく交代でシフトが組まれている。黄昏の天女亭は、最近天界で評判のイタリアンレストランだ。


「ん、天界なのにイタリアンなのかと?そんな野暮なことは言わずに。ここは地獄の閻魔庁。人間界、地獄界、天界の全ての文化や交流のある場所です。ごった煮の異文化交流もいいところなのですよ」

 手帳を広げながら、とつとつと説明するのはスーツを着た鬼。髪をきれいになでつけたオールバックと銀縁のメガネはいかにも神経質な官僚然としたイメージだ。

「そんなにかしこまることもありません。私は本日の案内人。人間界より視察に来たあなた方のお世話を任されています。しばしの間、よろしくお願いします」


OGRE(おに) SIDE-

 さて、話は冒頭に戻るわけですが。辰の前半刻、人間の時間で言えば八時半といった時間帯になります。え、さっきと時間帯がずれている?それはそうですよ。お忘れですか、あなた方がいらっしゃった時の受付の光景を回想していただけです。今はそこから食事をとってこれからの日程を打ち合わせた後、受付に戻って業務の見学に行くところですよ。さぁさ、時間もないのできびきび行きますよ。

 パンパンと手をたたき私は神事係へ顔を出す、そこには付喪神になったばかりの鏡がいた。その後ろでは櫛の付喪神が座っている。どうやら、新神(しんじん)のようだ。受付から神としての振る舞いや仕事についての説明を受けている。


MIRROR(かがみ) SIDE-

 こんにちは…で、あっているのでしょうか?私は鏡の付喪神、名前はまだありません。とある旧家で代々使い続けられた手鏡で、先日百年が過ぎた時に付喪神となりました。一緒に使われていた(くし)さんも同じときに付喪神となりました。古い道具は、それだけで神格を宿すと聞きますが私がそうなるとは思いもしませんでした。やはり、供養してもらったのが大きいんでしょうか?


「鏡さん、どうかされましたか?」

 ハッと我に返ると、受付をしている女性がこちらを見ていた。彼女も神様の一員で、万年筆の付喪神と言っていた。なるほど、事務にはうってつけだろう。

「すみません、私が神様なんていまだに信じられなくて、呆然としていました」

 受付さんは口に手を当てくすくすと上品に笑った。このあたり、どのような人に使われていたのかうかがい知ることができる。いいところの社長さんの持ち物ででもあったのかな。

「私も最初はそんなことがありました。でも、これからは自覚をもってお仕事に努めてくださいね。それでは、まず名前を決めましょう。ご希望の名前がありましたら申告を、なければこちらの責任者が決定するということになりますがいかがしますか?」

 うーんと唸っても、いい名前など私には浮かばない。受付さんの手元には「ぱそこん」なる箱が置いてあって、それに情報を記録する仕組みのようだ。結局名前が浮かばないまま、私はその責任者にお任せすることにした。

「はい、承りました。それではこちらの札をもって管理係の綬名(じゅみょう)課までお願いしますね」

 差し出された札には、綬名の五と書かれていた。受け取って頭を下げると受付さんに頑張ってと応援されてしまった。なんだか、勇気が出てきて頑張れそうな気がするから我ながら困ったものだと思う。


COMB(くし) SIDE-

 鏡が受付から戻ってくるのをのんびりと待っていると、鬼の管理官と思われる人が人間をまたぞろ連れて歩いていた。正直私には関係なかったが、鏡の受付周辺で何やら説明をしている。鬼も大変そうだが、人間も地獄くんだりまで見学に来るとはまた大変だ。

「櫛さん、お待たせ」

 そんなことを考えていると、鏡が戻ってきた。手に札をもっているところを見ると名前を決められなかったのだろう。

「お疲れ様、鏡は名前を決めてもらうことにしたの?」

 こくこくと頷く姿はかわいらしい。現世での姿が漆塗りのきれいな装飾をされていたのが関係しているのか、鏡も私も見栄えは悪くない。むしろいいように思える。だって、二人連れ添って歩くとみんなが振り返るのだから。

「それじゃ、私も付き合うよ。今日は午の後刻に閻魔庁(ここ)の大会議室で新米神様の説明会だけってことだから、名前を決めてもらったら一緒に行こう」

 鏡は嬉しそうに微笑むと私の手を取って歩き出す。受付で場所を聞いていたのか、迷わずに進んでいく。ちなみに私は櫛の付喪神なので、名前は髪結(かみゆい)にした。「職業そのままかよっ!」なんて無粋な突込みはやめてくれ。存外気に入っているんだから。


-MIRROR SIDE-

 ここが管理課綬名係の受付、ですよね?看板を見比べながら髪結さんを見るとうんうんと頷いてくれた。ほっとしながらも、窓口に声をかける。

「すみません、名前を付けてもらいに来ました。これが受付札です」

 整った顔立ちの女性が事務机から窓口まで来てくれた。名札にはひのわと書かれている。日本人形の付喪神らしくで、漢字で書くと日輪と書くみたい。素敵な名前だ。私もこんな名前がもらえるのだろうか?

「お待たせしました、拝見しますね。……はい、鏡の付喪神さんですね。連絡が来ていますよ、そちらの長椅子に腰かけて待っててくださいね。そちらの方は?」

 後ろに付き添っていた髪結さんに声をかけると、私を指さしながら。

「私は付添ですから、お構いなく」

 それに頷いたひのわさんは一緒に椅子に座っているように勧めてくれた。気が付くし、優しいお姉さんだ。


 待っていたのは五分位。前の人が扉から出て、にこにことした顔で去っていく。ドアプレートには綬名係と質素なプレートが掲げられていて、いかにもお役所というか、そんな感じで。

「次の方どうぞ~」

 扉をあけて出てきたのは白い肌に赤い髪の鬼の女性だった。角は額から一本生えていて、前髪をそれに合わせて流している。やっぱり鬼さんはきれいな人が多い。

 すっと私が立つとそれに気づいた鬼さんはちょいちょいと手招きしてくれた。それに誘われるように一派二歩と進んでいくがちょっと心細い。髪結さんを振り返れば、ひらひらと手を振って見送ってくれた。


「よろしくお願いします。鏡の付喪神です」

 中に入ると、さっきのお姉さんが正面の事務机に座っている。にこにことして愛嬌のある人だ。

「はい、よろしくお願いします。そんなに緊張しなくていいからリラックスしてね。それじゃ、名前を決める前にちょっとした説明と質問させてね」

 鬼のお姉さんの話は三分くらいで終わったが、要約するとこうだった。名前は現世でのことをもとにつけることになっている、気に入らないときは本登録まで何度でも変更可能、ただし本登録した名前は閻魔庁長官の許可がないと変更できない、とこのくらい。

「それじゃ、いくつか質問するよ。思い出せる範囲でいいから答えてね」

「はい、わかりました」

 こくりと頷くとお姉さんは書類に目を通して質問項目を読み上げ始めた。

「まずは、付喪神になった時。それまで使われていたおうちの名前はわかる?」

 生まれた家、といえばいいのだろうか?旧家だったその家は有名だったらしいが、私は家の字名(あざな)は知らなかった。

「それじゃ、今まで使ってもらったご主人様の中で印象に残っている人の名前は?」

「それなら…名前はちひろ様と言います。いつも私で御髪(おぐし)を直したり、顔を見ていました。必ずきれいに鏡面を磨いてくださったんです」

 鬼のお姉さんはさらさらと書類にペンを走らせていく。きれいなだけじゃなく、できる女性オーラがあふれている。

「ん~、後は…生まれた年代とか土地とかはどうかな?わかる?」

 生まれた年代は鏡として作られた時だよね、多分。土地っていうのは生まれたところ?それとも使われてたところ?どっちでもあんまり覚えてない。ちょっと申し訳ないです。

「そっか、わかった。ごめんね、悩ませちゃって」

 お姉さんは椅子から立ち上がると、そばに来て頭をそっと撫でてくれた。ちょっとくすぐったいけど、なんだかこそばゆいような、ほっとするような。胸のあたりがほっこりとしてくる。

「…ん、リラックスできたかな?それじゃ、名前の件なんだけどね。今まで話してきた中で思いついたいい名前ってあったりするかな?」

「…いえ、ありません」

 椅子に座った私と目線を合わせてくれるお姉さんに、しゅんとうなだれて答えるとまたふわりと頭を撫でてくれる。

「そんなに落ち込まなくてもいいよ。もともと、あなたの名前を決めるのが私たちのお仕事だから。それじゃあね、名前はこの後の説明会の時までに私たち綬名係が責任をもって考えるから。その名前が気に入ったら使ってね。それまでは『かがみ』さんって呼ばせてもらうけどいいかな?」

 こくりと頷くとそれまで頭をなでていた手がそっと離れていった。ちょっとさびしく思いながらも、お礼を言おうと立ち上がると、ふわりといいにおいに包まれていた。

「最初はみんな不安になるけど、大丈夫だよ。どんな神様もはじめは何も知らないところから勉強するんだから、あなたも頑張ってね」

 気が付くと、お姉さんにぎゅっと抱きしめられていた。突然の出来事にあわあわすることしかできないでいると、いたずらっぽく笑ったお姉さんが背中に回した腕をほどいて、そのまま肩に乗せて私を見下ろす。

「いい神様になれるように応援してるからね」

 おでこをチョンとつついたそれは、白くきれいな指だった。


-??? SIDE-

 今回の説明者は二人だったか?鏡と櫛の付喪神か。フム、鏡の方は名前もか。なかなか将来期待できそうだな、この二人は。よし、いい名前を考えてやらねばな。…説明会が楽しみじゃ。


-COMB SIDE-

 閻魔庁内の食堂でお昼を食べた私こと髪結と、かがみ(仮名)は支持のあった会議室へと来ていた。一応私も現世で目覚めてからここに来るまで少しは勉強している。ちゃんと礼儀というものも覚えたつもりだ。だからちゃんとドアを開ける前にノックをすることを忘れない。

「どうぞ~」

 ちょっと間延びした返事が返ってくる。かがみはちょっと緊張しているみたいだ。私が先に入った方がいいだろう。

「失礼します。新人付喪神の髪結です」

 ドアをくぐって挨拶をする。頭を上げると、そこには女性が椅子に腰かけていた。そのすぐ隣に大きな机が、確か教卓とか言ったっけ?せんせいと呼ばれる人間がモノを教えるときに使う机があった。

「失礼します!同じく新人の鏡の付喪神です!」

 やっぱりかがみは緊張している。ちょっと声が裏返っている。隣に並んでいるが、ちょっと震えている。きゅっと握られている右手をふわりとつつんでやると、驚いてこちらを見るがすぐにふにゃりと顔から緊張が抜けていく。

「お待ちしてました~。私は~、本日の~説明の~補佐を務めます~。うたと言います~。枕の~付喪神なんですよ~」

 うたさんか…枕の付喪神ということは、その名前の由来はうたたねとかそんなところだろうか?寝具の付喪神だからか、口調がふよふよしていてこちらも眠気に誘われそうになる。かがみなんかとろんとした目になってきている。

「かがみ?」

 はっと名前を呼ばれたことで背筋がピンと伸びた。そんなところがちょっと可愛かったりする。

「それでは~、本日の講師がもうすぐ~きますので~、それまでは席に座って~ゆっくりしてて~ください~」

 促されるまま、二つ並んだ席にそろって座る。私たちの身長に合わせたように、ちょうどいい高さになっていて硬い椅子なのに座り心地がいい。それに合わせた机もきれいに磨かれていて、自然と気が引き締まる。

 鏡のほうもそれは同じようで、ゆっくりしててと言われたのにすでにがちがちになっている。私の目線より少し下がった位置にあるかがみはこちらを見るとはにかんだように笑って見せた。空元気かもしれないが、何もしないよりいいだろう。手を伸ばして、その頭をやさしく撫でてやった。


-??? SIDE-

 会議が長引いたせいで少し遅れてしまった。新人には悪いことをしたな、急がなければ。第一会議室につくと、うたののんびりとした声が中から聞こえてくる。どうやら場を持たせてくれていたらしい。

「入るぞ」

 コンコンと軽くノックをした後で一声かける。中でがたっと音がしたが、新人を驚かせてしまっただろうか?それでなくともわしはこの顔で怖がられるからなぁ。気を付けねば。

「遅くなってすまない、本日の講師の閻魔王だ。二人ともよろしく頼む」

 教卓に立ち、二人の顔を見て声をかけたがぽかんとしてわしの顔を見ておる。はて、何かおかしなこと言ったかの?


-MIRROR SIDE-

 あわわわわ!講師の方って閻魔王様だったの!閻魔庁長官の閻魔王様が直々にって、なんで!?私悪いことした?もう頭ごちゃごちゃで訳が分からないよ!。

「あの、閻魔王様。質問良いですか?」

 髪結ちゃんが閻魔王様に何か言ってるけど、私はそれどころじゃないよ~。あたまが熱い気がするし、湯気でも出てそうだし。顔に至ってはどうなってるかよくわからないよ~。多分、ひどい顔して真っ白に燃えつきかけてると思うんだよ。

「どうして閻魔王様が私たちの講師をしてくださるんですか?」

 その言葉に頭がちょっと冷えた。うつろだった視界をはっきりさせて教卓を見つめる。…ひぇ~、やっぱりちょっと怖いよ~。食べられそうだよ~。

「あ~、まぁなんというか。単純に当番制で講師をやっていて、わしも例外ではないということだ」

 なんだかばつが悪そうに頬をかいている。閻魔庁の偉い人がする仕事でもないと思うし、そもそも当番制ってどういうことという思いも首をもたげてくる。

「二人の言いたいこともわかる。しかし、これも理由あってのことだ」

「はいはい~。それについては私が説明しますね~。ここからは、ちょっと真面目に~気を締めていくから~…そのつもりでね?」

 うたさんの目がきらりと光って、口調の間延びした感じがなくなった。教卓のほうを見ると、頷きを返す

閻魔王様が場所を譲り、うたさんと入れ替わって窓際のいすに腰掛ける。

「さて、先ほどの質問の答えだけど。ズバリ、初心を忘れないためというのが一番の目的よ!」

 ここからはちょっと長くなったので、話の内容を要約すると。神様や地獄の獄卒、つまり鬼さんたちは寿命がとても長い。ともすれば五千年も存在を保つ方もいるということで、過ごした時間が長ければ長いほどだんだんとだれていくんだって。それを引き締めるためにも、人間の世界の仕組みを取り入れたり、新人教育を当番制にして初心忘れるるべからず?の精神をもって仕事に当たるためなんだって。難しい話だったんで眠気とがんばって聞いたんだよ。ほんとだよ、ちゃんと起きてたもん!


「と、以上が答えとなります。…これでいいですか~、長官~?」

 窓のほうに視線を投げかけると、閻魔王様が手をたたいていた。

「素晴らしい。うた君はよく理解しているね。わかりやすくて、いい説明だった。私の説明することがなくなってしまったほどだよ」

 うたさんははにかみながらも嬉しそうだ。確かに説明の内容にはこころがまえとか、付喪神とはとか、地獄と天界の違いとか。他にも必要な知識がたくさんあった。でも、一回の説明では全部覚えるのは無理だよ~!

「さて、さっきのうた君の説明でほとんど今日の話は終わりなんだが。どうだったかね?すぐにやっていけそうかい」

 閻魔様の言葉に私は無理だと思った。思い切ってぶんぶんと首を横に振ってしゅちょうする。髪結さんのほうを見ても首をかしげて唸っている。

「そうだろう、わしもあれだけで全ての説明が終わったとは思っておらんよ。明日から半月を使って知識を吸収して見識を広げなさい。その研修期間の中で君たちの適正を見ながら、配属先も決めていくから頑張るんだよ」

 閻魔王様が優しく微笑んで私たちを激励してくれる。その顔は現世で見たことのあるちひろ様のおじい様みたいに優しい笑顔だった。

「それでは、説明会はこれで終了します。最後に、鏡の付喪神さん前においで」

 なんだろう?と思ったのだけど呼ばれたのでとりあえず教卓の前に進み出る。閻魔王様は上着の中をごそごそと探っていたがやがて一枚の封筒を取り出した。


-COMB SIDE-

 閻魔王様がかがみ(仮)を目の前に呼んだということは、名前の発表だろうな。気に入ると良いんだけど、もし気に入らなくてもその時はまたつけてもらえるからあまり気にしなくてもいいだろう。

 閻魔王様が封筒から一枚の紙を取り出すと、おっほんと一つ咳払いをして書面に視線を落とす。もったいぶる気はするが、鏡のほうは何が始まるのか不思議そうな顔で見ている。


ENMA(えんま) SIDE-

 うむ、鏡のはよくわかっていないようだな。もったい付けても仕方ないし、さっさと始めるか。

「鏡の付喪神、今からお主の名を発表する。古き時より長い時間を過ごした鏡、そして大切にされしっかりと供養されたうえでの付喪神化。神格も将来大きなものになるであろうことを願って、その名を『古鏡身』と名付ける。不満があれば、今のこの場で申し出るように」


-MIRROR SIDE-

 古…鏡、古鏡身。それが私の、新しい名前。……古鏡身。うん、なんだかしっくりくる。

「あ、ありがとうございます。私はその名前がいいです!いい名を付けていただいて、光栄です!」

 とても嬉しかった。体が震えるようだ。実際震えているのかもしれない、視界もだんだんぼんやりとして(にじ)んでくる。

「よかったな」

 頭にポンと手が乗せられると、すぐ横に髪結さんが立っていた。そして、目じりをぬぐって涙を拭いてくれた。

「うん!ありがとう、髪結さん!」

 頭にのっていた手を取って両手で包み込んで、額に持って行った。髪結さんの手あったかい。まるでちひろ様みたいだ。

「さて、名前も決まったところで今日はもうおしまいだ。もうじき(さる)の後刻になる。閻魔庁も職員の交代の時間だから二人とも、今日は帰ってゆっくりと休みなさい。明日はこの場所に辰の前半刻まで来るんだよ。その時に研修の日取りと内容の説明があるから明後日以降はそれに従うように。いいね」

 こくこくと閻魔王様に頷く。あ、こんなの礼儀がなってないって叱られるかな?でも、閻魔王様はさっきの優しい顔で私と髪結さんの頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

「それから、明日からは二人ともその白装束じゃなくてちゃんとした制服を着てくるんだよ。机の中に寮の場所や、寮での決まり事。その他必要になる説明は資料として入れてあるからちゃんと読んでね。古鏡身は男性用のスーツを、髪結は女性用のスカートのスーツを用意してあるから。同じ部屋だけど、くれぐれも着替えを間違えないようにね。それぞれ男性…いや少年体と、女性体として転神したんだから仕草にも気を付けるように」

 そうか、そうだよね。私…ううん、僕は男の子の体で神様になったんだから、髪結さんを守らなくちゃだよね。男なら、女性を守るのは当たり前!よし、頑張る!

「はい、頑張ります!」

 元気のいい僕の返事に閻魔王様が嬉しそうに頷いてくれたのが、とても印象的だった。


-OGRE SIDE-

 さて、これにて本日の視察は終了となります。皆様方、ご満足いただけたでしょうか?今回は新人付喪神の一日を見ていただきましたが、いかがだったでしょう?

 ん、古鏡身が女の子だと思っていたですか?それは仕方ないでしょう。鏡といえば女性の身だしなみには必要不可欠ですから、そちらよりの性格を宿してしまったようです。ですが、仕事をするうちにだんだんと姿も成長していくはずですのでご心配なく。…はぁ、髪結の方が男性に見えたですか。それも転神時の性格が凛々しい女性寄りとなってしまったのでしょう。そんなことはよくあることです。

 さて、他に質問はありませんか?それでは本日はここまでとなります。地獄の閻魔庁視察団の方々は玄関前に送迎の車を準備しております。くれぐれもお帰りの際は十分お気を付けください。ここはあくまで地獄ですから、まだ生のある方々にはいささか刺激が強すぎますので。

 では、本日はお疲れ様でした。またのご訪問をお待ちしております。

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