表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/63

六章 Her Majesty the Queen and a story-writer in cats―――女王と小説家は猫のお腹に




「急に呼び出して済まなかったな、シスカ」「いいえ。他ならぬあなたからの誘いだもの。公務の都合位何時でも付けるわ」


 “蒼の星”唯一の大陸の北端。ほぼ一年中霧靄立ち籠める湖に四方を囲まれた山奥に学術都市、ミストレイク市はあった。

 その商業地区の一角に老夫婦の座るケーキショップ、『パージ・キャッツ』は営業していた。二十ある客席は半分以上埋まっているが、カップルは彼女達だけだ。平日ともあって、他は中年女性のグループばかり。のんびり愉しむにはやや騒々しい。

「何せ出版社から貰ったチケットが今月末までで」

 マスコットキャラの黒猫が先端に付いたスプーンを皿に置きつつ、別居の夫は弁解する。

「だからそう謝らないで、ロウイ。折角のケーキバイキングですもの、今日は思い切り楽しみましょう」

 夫婦は共に還暦前後。スラリとプロポーションが良く、ナチュラルメイクも施した妻に対し、顔の上半分に白仮面を被った夫は些か太り過ぎている。しかし看板メニューのチーズケーキを頬張り浮かべた至福の笑みは、体調はともかく彼が幸せであると如実に示していた。

 彼女等含め、どのテーブルも様々なケーキで一杯だ。客達は時折席を立ち、店の入口付近のショーウィンドウへ赴く。煌びやかなスイーツをトングで取り皿へ乗せ、山盛りの収穫物を手に戻って来る。勿論、全員笑顔で。

「にしても遠かったわね。船着場から更にバスで三時間だもの。ところでホテルはどんな所?」

 真っ赤なチェリーケーキをフォークで崩しつつ尋ねる“碧の星”の山岳国、クオル現女王シスカエリア・クオル。予想済みだったらしく、心配無いよ、ロウイは執事のように恭しく答えた。

「王族の滞在に相応しい、ミストレイク一の高級ホテルを取ってある。ただ生憎、スイートは先約があって」

「構わないわ、温かい食事とベッドさえあれば」ぱくっ。「あ、店員さん!コーヒーのお代わりを二人分お願いします」

「畏まりました」

 二分もしない内に運ばれて来る、スイーツに合わせた苦めの漆黒。早速啜りながら幻想小説家封苑ホーエン、本名ロウイ・キャンベルは一口シュークリームへ丸い手を伸ばす。

「(もぐもぐ)ああ、これも本当に美味しい……暗い内から出て来た甲斐があったなぁ」

 ぷよぷよのほっぺたを更に緩ませ、多幸感に浸る。

「ふふ。嬉しいのは分かるけれど、くれぐれも食後のインスリン注射は忘れないでね?もし倒れても、私一人じゃとても病院まで運べないんだから」

「分かっているさ。―――さ、そろそろ次のケーキを取って来よう」

「賛成!」



 三十分後。すっかり膨れたお腹を擦りながら、夫妻はメインストリートのベンチに仲良く並んで座った。

「もう当分甘い物はいいわ。そうだ、明るい内にレイ達へのお土産を買っておかないと」

「ああ、そうだな。あの子は元気か?」

 春の陽気の下シャツを捲り、でっぷり腹に注射を施しながら尋ねる。

「勿論。それに最近、ますます若い頃のあなたに似てきたわ」

 幼子の時分の対面を回想しながら、今日の事は何と?続けて質問する。

「大丈夫、いつものお忍びだって言ってあるわ。事情を話したのはキュクロスお婆様だけ」

「宮廷魔術師の?え?あの方、まだ御健在なのか?」

 四半世紀以上前。婚約時に挨拶に行った頃の、年齢不相応に矍鑠とした姿を思い出しながら驚く。

「失礼ね。車椅子は手放せないけれど、お婆様は今でも現役バリバリよ」

「でも、もう百歳を軽く超えているし……凄いな。今度健康の秘訣を聞いておくといいよ」

「ええ。だから口止め料として、彼女には別のお土産を用意する約束をしたの。で、この街に自生する『星睡蓮』を頼まれたって訳」

「成程、それでバスの中で観光ガイドブックと首っ引きに……勿論お安い御用さ。生花がいいのかい?」

 帰路はどう頑張っても半日は掛かる。もしフレッシュな物を所望なら、事前に鮮度が落ちない対策を考えなければ。

「いいえ。どうせ煮込んでしまうから、ドライハーブで全然構わないそうよ」

「そうか、なら良かった」

 安堵の溜息。

「では皆の分を買いつつ、扱っていそうな店を見て回ろう。探し終わる頃には、ホテルもチェックイン出来る時間になっているだろうし」

「ありがとう。じゃ、行きましょ」

 そう宣言した元冒険家は、勢い良くベンチから立ち上がる。そして尻が上がらず難儀する夫へサッ、と手を差し伸べた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ