四章 A Tale about a Queer Client―――奇妙な依頼人達
一瞬ピクリ、と頬を引き攣らせて入って来たのは、ストレートの黒髪を一つに束ねた女子大生だ。気の弱そうな茶色の瞳と言い、先程の挨拶の印象とも合致する。服装もモノトーンの上、化粧っ気も殆ど無し。正直、街中で擦れ違っても即忘れてしまいそうな位地味だ。
だが、彼女の背後に立つ人物は真逆だった。豊満ボディに赤いボディコンスーツを見事に着こなし、メイクも厚みが測れる程バッチリキメている。濃茶色の髪にもキツめにパーマを当て、マスカラで眼力も忘れていない。
項から漂う高級な香水を冷静に嗅ぎ取りつつ、取り敢えずいつも通りで、キムは相方に目線で合図した。
「ようこそ我が劇団へ―――って君、流石に入団希望者じゃないよな?あと、後ろの女性は」
常通り始まった応対。それを確認したキムは、驚異的な後天性観察眼で以って対象への分析を開始する。得た情報はコンマ〇・〇〇数秒の内に脳内で結合。結果、ほぼ何も訊かない内から依頼内容の把握に成功した。
(時々思うが、使い所に因っちゃかなりヤバい能力だよな、これ。今は精々軽く弱みを握って、ちょこっと足りない単位を恵んでもらう程度だが)
本気を出せばそれこそ世界征服すら容易。しかもその場合、障害はこの世でただ二人の同胞のみ。更にどちらも面白がりこそすれ、阻止はまずしない。つまり超楽勝で、故につまらない。
(結局の所、この馬鹿をテキトーに上げたり落としたりしてる方がよっぽど楽しいんだよな)
平和的な結論が出た所で、この人は、恐る恐る女子大生が口を開く。
「私の母です、全然似てませんけど。今朝ここへ相談に行くって言ったら、勝手に付いて来ちゃって」
「初めまして、坊や達。ナナの母親のペテルギウスです。はい、これ名刺」
サッ、手慣た動作で差し出される紙片。
「お母さん、自己紹介って普通本名でしょう?幾らペンネームの方が好きだからって」
「いや、全然構わないぜ。かく言う俺も星の渾名を愛用しているからな。劇団スターリットスカイ、団長のアンタレスだ。宜しく」
「因みに本名はゴンザレ」ポカッ!「あいてっ!」
「フン!ああ、こいつはキム。一応副団長だが、見ての通り煙みたいに掴み所の無い奴さ。気にしないでくれ―――はぁ、御職業は小説家ですか」
感嘆しつつ、上から下まで(特にバストからヒップに掛けてを)じっくり拝見する男子大学生。
「確かに、ハーレクインロマンスを地で行ってますな」
「あら。私、デビュー以来猟奇小説一筋よ?」クスクス。「恋愛経験も、今の夫以外とは無いし。でもありがと、坊や」
官能的ウインク。
「りょ、猟奇……は、はぁ。何か意外ですね」
初心に頬を染めつつ、相方へと振り返る。
「そう言えばキム。お前、昨日そんなの読んでなかったっけ?」
「お前にしちゃよく覚えてるな。―――ああ。正にあなたの最新作を読んでたよ、ペテルギウスさん」
「まあ、嬉しい!初めてパパと編集さん以外の読者に会えたわ、ねえナナちゃん?」
「え、ええ……キムさん、趣味悪いですね……」ボソッ。
正直な感想にも気分を害さないどころか、確かにこの大学でお母さんの著書を読んでいるのは俺位だろうな、彼は同意を示した。
「マジで?一体どんな内容なんだよ」
「『まるで身内に犯人がいるかのような』リアルな猟奇殺人と心情描写、って毎回帯には書かれてるな。しかも俺には珍しく、処女作から全部目を通してるぜ」ニヤリ。「最近興味深い事に気付いたんでな」
「えっ!!?」
可哀相な位吃驚する娘に対し、あら、何かしら?女流作家は不敵に笑う。
するとキムは掛けていた椅子に歩み寄り、こいつがその最新刊だ、窓辺に置いた文庫本を団長へ放り投げた。
「わっ!?とと……へえ、『死線上のアリア』か。ふーん、どれどれ……」パラパ「うげっ!!」
パタンッ!勢い良くページを閉じ、作者の目の前にも関わらず忌々しげに投げ返す。
「な、面白いだろ?流石は去年のベスト・オブ・ホラー大賞だ」
「よ、よく御存知ですね……あの、ところで気付いた事って言うのは」
今にも失神寸前のナナに対し、敬語は止めてくれよ、君、俺達と同期だろ?起き上がりこぼし宛らの超回復を果たしたアンタレスが指摘した。
「園芸科の一年だよな?この間、講義室の前で見かけた事あるぜ」
「あ、はい。専門は水草です。普段は街外れの池で繁殖実験や、ウルニ湖まで行ってサンプル調査をしています」
「へー、意外とアクティブなんだな。あ、俺達は二人共文学科。そっちとはあんま講義被らないから、見覚えが無くても無理無いぜ」
快い返答に小鼻を膨らませ、次の質問に移る団長。
「じゃあさ、彼」「―――あんたの小説、ぶっちゃけノンフィクションだろ?」「!!!?」
文庫本を広げ、登場人物欄に並んだ名前を人差し指で示すキム。
「アナグラムの上に乱数暗号なんで、全部解読するのに流石の俺でも半日掛かったぜ。ま、お陰で良い頭の体操になったけどな」
「お、おい!どう言う事だキム!?まさか手前、この美人のお母様が殺人犯だとでもぬかす気か!!?」
「はぁ?おいおい、幾ら無い脳味噌でももう少し考えてみろよ。血に飢えたマーダーが、俺達みたいなボンクラ学生へ何の相談に来る?―――ナナ、そろそろ後ろ手に持っている写真を出せよ」
ニッコリ。
「大丈夫だ、俺の『魔人眼』は森羅万象を見抜く。お前の相談内容もちゃんと分かっているさ。あとはこの馬鹿に懇切丁寧に説明して動くだけだ」
「!?ほ、本当に……お父さんを止めて、くれるんですか……?」
「ああ。時間が無いんだろ、さ」
促すように伸ばされた右手に勇気付けられ、怯えていた女子大生は小さく頷いた。