三章 The theatrical company to call stars―――星を頂く劇団
“碧の星”の数少ない観光都市、ヘルン。
山頂の緋鮮温泉が有名な街の東側に、街と同名の大学は建っていた。が、学術の本場“黄の星”や人口の多い“白の星”とは違い、田舎のため規模はずっと小さい。学科も農業や畜産など、惑星に溢れる自然を生かす物が多かった。
そんなキャンパスの異端、文学科棟三階西角。ニスの剥げかけたドアの横には木工科からでも拾ってきたのか、長さ一メートル近い板が立て掛けられている。看板らしき表面には、墨汁で『劇団スターリットスカイ(星空)』。御世辞にも達筆とは言えない字でそう書かれていた。
そして看板の上には「新規団員随時募集中。各種相談事の御依頼も喜んでお受けします」。些か方向性不明な文言の張り紙がテープ留めされていた。
「あー、退屈」「じゃあ散歩でもしてこい!気が散る!」
バリバリと黒の短髪を掻き毟りつつ、部屋中央のテーブルに齧り付く男子学生が怒鳴る。その右手には万年筆がしっかり握られているが、卓上の原稿用紙には未だ一文字も書かれていない。
そんな黄目を剣呑にした彼の正面。窓辺で古びたリラックスチェアに腰掛けているのは、こちらも一見何処にでもいそうな普通の学生だ。但し、その緑の両眼は何処か惚けた光を放ち、彼の印象を不確定な物にさせていた。
「大体台本書いたってさ、肝心の役者がいなきゃ紙屑だぞ?つーかゴンザレス、手前俺より文才無いじゃんか」
「本名で呼ぶなっつってんだろ、この糞キムチ野郎!?」
バンッ!青筋をくっきり浮かべ、飄々とした副団長に掴み掛かろうと空いた左腕を揮う。
「おっと」
咄嗟に座面へ爪先を掛けて中腰になった後、軽やかに飛び退いてかわす。その様はさながら、野生の鼬か狐のようだ。
「おいおい。食べ物にクソをくっ付けるのは流石に頂けないぞ、ゴンザレス。宇宙中のキムチ愛好家、並びに生産者の皆々様に謝れ」
「ぐぐ……済みませんでした」
紙面の内外へ向けてペコリ。
「じゃあ改めて、おい糞キム!そう思ってるなら手前、偶には外出て勧誘して来い!!大体手前、高校の時から毎日ぐーたらしやがって!そんなんで副団長が務まると思ってんのか!?」
「だから、俺は即興劇の方が好きなんだって。ほら、この間パーティーに紛れ込んで一席ぶったみたいにさ。お前だってああ言うの嫌いじゃないだろ?」
キラリ。緑の『魔人眼』が瞬き、隠された本心を見抜く。
「チッ……ああ。確かにあの時は、年甲斐も無く餓鬼みてえにワクワクしたさ。だがな、キム。二人とは言え、俺達は罷りなりにも劇団なんだぞ?肝心の役者は勿論、ちゃんとした舞台セットや小道具だって必要だ。部費が下りなかった以上、必要経費だって」
「こないだのでそこそこ貰えただろ」
「あれはあくまで特別ボーナスだ。―――はぁ、気晴らしに音楽でも掛けるか」
言って足元の床に置かれたオンボロのラジカセ、その傷だらけの再生ボタンをカチリ。流れ始めたのは渋めの声が印象的なロックミュージックだ。
「そういやこのB・Gってボーカル、つい二、三日前に自殺したらしいぜ。まだ三十歳だってのに、喉頭ガンを苦に首吊りだってよ」
「ふーん……この歌、俺小さい頃聴いてたぞ」
♪♫♩。軽快なリズムで鼻歌を奏でる友人に、ああ、こいつはカバーアルバムだから聴き覚えがあって当たり前さ、納得の頷き。
「原曲はクリーミオ。古典中の古典だってんで、ファンの間じゃ評価が分かれる曲の一つだな」
「ああ、じゃ俺が聴いたのそっちだわ。母さんが編み物する時、よくワゴンセールのCD掛けてるから」
「お母様って、お前と同じ『眼』を持っている噂の?」
途端好色な目をし、口元がだらしなくなる。数多ある団長の最たる欠点、無類の女好きが発動したのだ。
「何だかんだ言って俺達付き合い長いんだしさ、そろそろ一回会わせてくれよ。滅法頭が切れる上に美人なんだろ?こっちはすっげー興味あるんだからな」
「百年早い。煩悩を残らず削ぎ落としてから出直してきやがれ」
常に崩れぬ理知的な表情と、超感覚に裏打ちされた的確な言動の端々。一週間前の春休みの帰省でも相変わらずだったそれらを懐かしく思い出しつつ、一人息子はキッパリ告げた。
「で、筆は乗りそうか?」
「集中しかけてんだから話し掛けるな!ああ、くそっ!!」
グシャグシャ、ポイッ!投球は見事に部屋の隅のゴミ箱へ。
「駄目だ、追い込み感が全然足りねえ……変に稼げると思うからいけねえんだ」
「何つう濡れ衣。素直に諦めて勧誘行けよ。手前には肉体労働の方が向いてるぞ」
親切心からのアドバイスも、珍しく焦る団長は聞く耳を持たない。歯を剥き出し、唯一の親友を威嚇する有様だ。
「黙れ悪魔め!ああ、やっぱ書き直すかあの張り」コンコン。「あの、済みません。表の張り紙を見たんですが……」「どうぞどうぞ入って!」
女性の一声の途端喜色満面になった相方に、あんまがっつくなよ、キムは小声で忠告した。