三十八章 Crime of the deceased―――死者の罪
同時刻。ミストレイク大学職員棟、一階廊下にて。
「ところで司祭様。さっきの悪事とやらについて、もう少し詳しくお尋ねしても構いませんか?」
那美のストレートな質問に、いいだろう、先導の聖職者は振り返った。
「本来患者の情報に関しては守秘義務が発生するのだが、生憎本人は既に故人だ。それに儂の情報が、脅迫者の正体に繋がるやもしれん。分かった、話そう」
神父服のズボンから鍵を取り出しつつ、彼は口を開いた。
「彼の悪行とは、恐らく―――リジー・ボン殺害の件だろう」「「!!?」」
「治療の結果、失踪当夜二人が『星睡蓮』目当てに外出していたと判明した。そこで不幸な事故が起こり、リジーが湖へ落ちてしまった事も。あの湖は睡蓮以外も色々と謎があってな、古くから水死体が浮かんでこない場所なのだ。だからこそ、あんな馬鹿げた迷信が生まれたのやもしれぬ」
失笑。
「その事、彼女の御家族には?」
「残念だがリジーに肉親はいない。父親の借金が元で一家離散し、この街で里親に育てられていたのだ。尤も、その義母も事故後引っ越してしまい、結局身寄りの無い遺体は今もそのまま」
「えっ?引き上げなかったのですか?」
予想外の判断に、無意識に眉根を寄せる若者達。
「ああ。如何せんダイバーを雇うのにも費用が掛かるのでな。それに先程話した通り、ミストレイクの弔いは水葬。所詮焼くか焼かぬかだけの違いだ」
「し、しかしジジ司祭。鎮魂の儀式を省いてしまっては、その幼女の魂が現世を彷徨ってしまうのでは……?」
若き信仰者の憂いに、アメリア君は本当に純粋だな、苦笑気味に指摘した。
「ここだ。今鍵を開ける」
示された扉には、司祭専用の研究室を表す無機質なプレート。ガチャッ。案内された室内を見回し、五本の本棚を埋め尽くす書籍にラントは感嘆の息を漏らした。
「これは凄いですね!全て御自分で集められたのですか!?」
貴重な神学書の数々に、四天使研究家は目をキラキラさせながら問う。いや、所有者は至って冷淡に首を横にした。
「ここに収められているのは殆ど寄贈品か、若しくは先代司祭から譲り受けた物だ。尤も講義の準備に使う位で、見ての通り埃が溜まる一方だがな」
それでも礼拝堂よりは大分綺麗だ。恐らく毎年学生達と大掃除しているお陰だろう。
「治療や日曜礼拝に加えて授業もですか?」
「学長に頼まれて渋々、な。だが月に数回の講義とは言え、如何せん準備の時間が掛かり過ぎる。年も年だ、今年度限りで辞職すると既に伝えてある」
「年齢ならば仕方ありませんね。学科は矢張り神学ですか?それとも専門の児童精神―――ああ、聖書。それは確かに教え甲斐が無いですね」
ここより規模が大きいシャバム大学でも、毎年受講生一桁台の講義の一つだ。その上、真面目な聴講生は大概一人か二人。大半は出席のみで貰える単位目当ての不貞の輩だ。
その希少種が?を浮かべるのを見つつ、部屋の主は二人に応接セットのソファを勧める。そして自分はと言えば、潜って来たばかりの扉を引き返そうとしていた。
「おや、どちらへ?」
「目的地はここじゃなかったんですか?なら私達も手伝います。探し物は人数が多い方が」
「済まんな。助教授以上の閲覧制限が掛かった書架を調べたいので、なるべく部外者には席を外して欲しいのだ。色々と拙い書籍もあるのでな……」
定型句での断りに、そうですか、那美はいやにあっさり引いた。
「奥にコンロと冷蔵庫、コーヒーメーカーもある。待つ間好きに使うといい」
「お気遣い感謝します。しかしジジ司祭、充分気を付けて下さい。一応出入口を確認したとは言え、奴等が校舎内へ侵入した可能性は零ではありませんから」
「分かっている。―――では少々席を外すぞ。失礼」




