二章 Take a short trip in a man and a angel―――男と少女の小旅行
「―――ふむ」
宇宙暦七百九十三年、四月某日夜。海洋惑星“蒼の星”唯一の大陸を走る、全線四車線の車両専用道にて。
終点の学術都市、ミストレイク市へまで整備されたアウトバーン。時刻が遅く対向車も無い中、暗路をライトで照らしながら一台の冷蔵トラックが走っていた。当然法定速度を守って、だ。
運転席でそう独りごちたのは、四十代後半のナイスミドル。ボサボサの黒髪、剃り忘れて久しい不精髭からは、仄かに男らしい色気が放たれている。さぞや女性にモテそうだが、ハンドルを握る左手薬指には金色の結婚指輪が嵌っていた。
「成程、こいつは大変だ……」
そう言ってハンドルから右手を離し、焦げ茶色のフレームの眼鏡を直す。こちらも実用とデザイン性を兼ね備えた、彼にお似合いの装身具だ。そのまま顎に手をやり、ぞりぞり。
「うんうん、ほほぅ――――ええと。そろそろ何か喋ってくれないかい、お嬢さん?」
「?いいのですか?考え事の最中では」「好きな体位を三巡も考えれば、流石にもうお腹一杯だよ」
嘆息混じりの返答に、はあ、助手席に座る黒髪ポニーテールの少女は小さく肩を竦めた。きちんと締めたシートベルトと赤のチェックスカートの間には六、七歳の持ち主より二回り程小さな楕円形の黒い物体。フロント硝子から差し込むヘッドライトを浴び、卵はつるりと静かに輝いていた。
運転手と違い、洒落っ気の無い黒縁眼鏡の奥。無感情な黒い瞳で標識すら稀な道路を眺め、先程は何故私を?彼女は問い掛ける。
「そりゃあ十キロ圏内に人里の無い高速道、そんな場所を可愛い女の子が一人で歩いていれば、良識ある大人のやる事は一つだろう。でも、本当に手前の街の子じゃないのかい?オジサン別に急いでいる訳でもないし、遠慮しなくていいんだよ」
念を押して確認するも、ええ、最前と全く同じトーンで返答された。
「なら、この先のミストレイクの子?」
「いいえ。私は何処にも属さない放浪者です」
「ふぅん……」
薄緑の目でフロントミラー越しに覗いた先の真剣な表情。凡そ冗談を語っているオーラではない。何より三十分前、保護のため抱え上げた際に発した一言からしてそうだ。
―――触らないで。
子供とは思えない、鋭利な絶対零度の命令。まだ己の性癖に目覚めていない頃なら、確実にその一言で惚れていただろう。
だが、別に彼女は自分を嫌がっていた訳ではない。持ち物に手が触れた事を素直に詫びると、あっさりこちらの保護を受け入れた位だ。豪胆か、はたまた度を越えた無関心か。とにかく観察対象としては実に興味深い。
と、思案の間に林道がやや開けた。見通しの良くなった数百メートル先、その横道の樹に幟と提灯がぶら下がっているのが確認出来た。
「おや、向こうの方でお祭りをやってるみたいだよ。街に行く前に、軽く腹ごしらえして行こうか」
「了解しました」
「う、うん。そうじゃなくてさ……何か食べたい物、あるかな?」
ここ数年ちょくちょく紙面を賑わせているドライバーは、明らかに脱力しつつそう尋ねた。