二十章 She is a nice driver―――斬新なお迎え方法
「うーん。何時聴いてもB・G君は良い声だねぇ……」
低ボリュームのカーステレオから流れる、しっとりロック調の失恋歌。その妙なるバリトンボイスに、CDの持ち主はいつも通り感嘆を漏らした。
曲の終わりと同時に前方確認し、プロキオンは徐にハンドルから右手を外す。それを隣の助手席へと伸ばし、葱塩たこ焼きをはむはむ中のポニーテールを撫でた。
「僕、今からこのボーカルさんに会いに行くんだよ。この車も、そのために従兄弟から借りたんだ。彼、アルゲニブって言うんだけどさ」
「星の名前ですね、あなたと同じ」
「お、博学だね!凄い凄い」
こいぬ座の一等星は快活に笑い、手をハンドルに戻した。
「いつもは一言挨拶するんだけど、今日に限って留守でね。仕方無いから書き置きを残して、郵便受けの中のキーを借りて来たんだ」
首を傾げる。
「でも不思議なんだよね。毎年今の時期はお薬の調合で忙しいから、大体家に引き籠もっている筈なだけど」
現にダッシュボードの診察鞄にも、彼お手製のドラッグが幾つか入っている。単価は決して安くないが、どれも『愛の一時』の必需品だ。
「まぁアルゲニブは商売柄、何時危ない人に目を付けられてもおかしくない立場だ。とうとうそっち系のトラブルに巻き込まれたのかもね」
そこまで言った所で、頭髪同様ボサボサの眉を顰める。
「あ、でもそうなると困ったな。うちの病院、薬の管理が厳しいんだよ。ま、普通何処もそうだろうけど。もし本当に彼がいなくなったのなら、新しい購入先を探さないと……」
暢気に呟きつつ、ドリンクホルダーから出発前に買った缶コーヒーを取る。最後の一口を啜り、戻した手を後退の兆しすら窺えない額へと置いた。
「にしても変だな。さっき後五キロの案内板が出ていたし、そろそろ市街地が見えきてもおかしくないんだけど」
ハイビームの周囲は未だ深い闇に覆われ、人家どころか街灯の一つも確認出来ない。不安に駆られかけたその時、不意に林道が開け、湖上へ続くコンクリートの橋が現れた。
「ああ、何だ。てっきり道を間違えたのかと思ったよ」
ゴトッ、ゴトンッ。地面より数センチ盛り上がる橋に乗り上げ、車体が軽くバウンドする。
「真っ暗だね。この街の人達は寝るのが早……あ。もしかして君の推理通り、さっきのお祭りに、いや……それなら尚更妙だな」
眼前に広がった暗黒の市街を見やる。
「市民はともかく、流石に警察が留守なのは拙いよね。泥棒が入りたい放題じゃないか」
「………」
眼鏡の奥で思案を巡らしていた少女は、ふと何かに気付いたようだ。待って。エンジンを切り、降車しかけた大人を引き止める。
「?大丈夫、ちょっと人がいないか捜して来るだけだよ。それは、このまま直接病院へ向かっても僕は構わないけど」
ガチャッ、運転席のドアを開ける。
「取り敢えず、そこの建物が検問所みたいだから行ってみるよ。たこ焼きもまだ食べ終わっていないし、君はそこで待ってて」
「……分かりました」
説得を諦め、少女は小さく肩を竦めてみせた。
ミストレイクに降り立った内科医兼死姦魔は、早速月明かりを頼りに詰所へ。お邪魔します、そう挨拶して半開きのドアを潜る。すると奥の扉からフシュー……シュー……何処か獣じみた呼吸音が聞こえてきた。
(呼吸器が悪いのか?それとも番犬……手荒な真似はしたくないけど、生憎僕も痛みに弱い体質だからなあ)
そう思いつつカチャッ。診察鞄から護身用トンファーの片方を出し、何時でも盾に出来るよう左手に構える。そうしてから足音をなるべく殺し、微かに光の漏れ出る扉へ歩を進めた。
ドアの隙間から室内を覗くも、角度が悪いのか件の音の主の姿は確認出来ず。代わりに正面に見えるワークデスクには、業務日報らしきノートが広げられたまま放置されていた。真上に掛けられたシフト表は三交代制。今の時間は夜勤者の担当だ。
「あのー、夜分遅くに済みません」
異邦者の呼び掛けに反応し、オレンジ色の電球の下にいた『何か』がゆっくりと振り返る。そしてパカッ、鋭利な嘴を開けた。
「クケエエエッッッ!!」「わぁっ!?」
鶏人は翼兼腕をバタバタッ!忙しなく動かしながら、プロキオン目掛け突進。脊髄反射でドアを閉めガードするもバキッ!衝突の衝撃で蝶番が吹き飛んだ。
「ケエエッッ!!」
「やれやれ、素直に彼女の忠告を聞かなかった罰だなこれは!」
ガンッ!木板を踏み越えてきた化物の眉間へ、容赦皆無の鉄の一撃を喰らわす。醜悪な化物でも、どうやら急所は七種と同じらしい。仰向けに昏倒し、そのままどす黒い泡と化して消滅した。
「ああ、吃驚した……一体何なんだ、この変てこ」ドドドドッ……!!「……厭な予感」
不吉極まりない地鳴りに急かされ、出入口からこっそり外を窺う。次の瞬間、彼は真に自分の迂闊さを呪った。
仲間の一声に呼び寄せられ表に集う異形は、ざっと見ただけでも二十体。袋の鼠にされたのも堪えるが、一番の問題は同行者だ。トラックには鍵が掛かっていない。万が一奴等に見つかり、引き摺り出されでもしたら、
ブロロロロロッッッ!!ガンッ!バンッ!「ギゲェッ!!」「ギョェッ!!」「っ!!?」
見ていたトラックのエンジンが、何の前触れも無しに掛かる。そして借主が驚く間も無く、狙い澄ましたかのように周囲の鶏人達を次々と跳ね飛ばし始めた。バンパーに浴びる大量の黒い粘液を物ともせず続けられる圧倒的猛攻に、医師は無意識に己が目を擦った。
そうして三十秒後、キキキィィッ!!ドリフトで更に華麗な三コンボを決め、運転席側を正面に停車。バタン!開いたドアの先でハンドルを握っていたのは、
「乗って下さい」「!?サンキュー、お嬢さん!!」
空いた左手一本で器用に操作をこなし、直立ブレーキを掛けながらクイ、と顎を持ち上げた少女だった。指示に従い、大人は車内に乗車ざまにヒョイ!彼女を自分の膝へと抱え上げる。
「このまま病院まで突っ切るよ!」
「了解」
相棒が油断無くドアを閉めたと同時に、プロキオンは一気にアクセルを全開にした。




