一章 switch on
ピッ、ピッ、ピッ。「―――いよいよだね」「ああ」「あーうー!」
一つ一つ灯っていくランプにわくわくしつつ、固唾を飲んで起動を見守る観客達。
三人がいるのは倉庫らしき一室だ。元から室内にあったパイプ椅子と長テーブルは現在、出入口側の壁際へ押しやられている。そうやって空けた奥のスペースには、縦横奥行き二メートル程の立方体の機械が設置されていた。勿論、つい三日前に彼等が持ち込んだ物だ。
コンピューターにしては、その装置は実に摩訶不思議な形状をしていた。何せ入出力装置の類が一切見当たらず、付いているのは十数個のそっけないボタンのみ。電源を入れたが最後内部でどんな高度な演算が始まり、結果何が起こるのか、外側からは全く窺い知れなかった。
そんな謎機械を操作するのは、端正な顔立ちをした二十代前半の好青年だ。肩まで伸ばした金の前髪を掻き上げつつ、慎重に人差し指を動かしている。とは言え、押しているのは左端から順番で、雰囲気作りのために勿体振っている感多大だったが。
彼の後ろにいるのは、純白のフリフリレースがあしらわれた乳幼児服&帽子を着た双子だ。背丈は一メートル半程、童顔ながら離乳食は卒業して久しい年頃だ。
「ところで今回の被験者は何人だったかな、“全知”?」
操作者の質問に、十人だよ“霊妙”、双子の片方が答える。
「このマシーンのキャパシティなら余裕のよっちゃんだ」
「よったん?きゃはっ!」
片割れの一言の響きがお気に召したのか、妹が舌足らずによったんよったん!と手を叩く。そんな無邪気な様を微笑ましく思いつつ、兄二人は交互に石鹸が香る洗い立ての帽子を撫でた。
「ホントに“無知”は可愛い子だね」
「これの制作中も毎日癒してくれたし、いい子いい子」
「うー!」
つんつん。つんつんつん。左右から悪戯され、ほっぺたがハリセンボンのように膨らむ。
「今夜のテストプレイが無事終わったら、“無知”の大好きなお子様ランチでお祝いしようね。勿論、“全知”も好きな物頼んでいいよ」
長い睫毛の左目でウインク。
「君がいなかったら、テスト地点の設営だけでも無理ゲーだったからね」
日課として最低四時間はプレイするゲーマーらしい物言いに、台詞を理解出来ない妹の分まで微笑む“全知”。
「どういたしまして、兄さん。あ、ドリンクバーも付けてね」
「当然」
快諾後、右端の一回り大きなボタンへ人差し指を持って行く。「Start」と刻印されたそこへ吸い寄せられるように、兄に倣って弟妹も左右から触れる。
「準備はいいかい、二人共?」「あうー!」「OKだよ」
最終確認を終え、ボタンを押した“霊妙”は己を解放する。力の顕現である夜鷹の如き斑紋入りの暗褐色の左羽を現し、蛍光灯の照らす部屋一杯へと広げた。