表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想世界  作者: 安月勇
第一部
2/3

日常

本棚に勉強机。小さな植木鉢に小さなソファ。広い部屋ではあるが余り物が置かれない簡素な部屋。その部屋の窓の側にあるベッドを、カーテンの僅かな隙間から光が差し込む。そしてその光は計算されたように眠る魅影の顔を照らした。眠っていた魅影の瞼が震え、ゆっくりと開かれる。


「う……」


差し込む光が眩しくて魅影は腕で顔を隠す様にして体を起こす。


「朝か」


光を取り込む隙間を見つめた後、側に置いてある時計へと視線を移す。


「6時」


起きるには少し早い時間だが、二度寝をするには微妙な時間だ。魅影は小さく息を吐いてから時計にかけていたアラーム機能を止め、ベッドを降りる。そしてクローゼットから服を取り出して着替えを始めた。



中心都市から少し離れた所に立っているこの家には契約者である5人しか暮らしていない。

命の危険と隣り合わせの契約者の為にと、無償で与えられている家であり電気や水道と言った生活に必要な物も無償で提供されていた。

家の大きさは7LDKと無駄に大きく、5人で暮らすには本当に十分過ぎる家だ。



音をたてない様に注意して一階へと移動した魅影は洗面所へ向かい身支度を整えた。顔を洗い、髪を梳かす。そして棚に入っていたゴムを取り出すと、顔の両端に少し残して全て纏め上げる。


「これでいいか」


乱れていないのを確認した後、魅影はリビングへと向かった。

リビングに入ると、コーヒーの香りがほのかに鼻腔をくすぐった。


「おはよう魅影」


声のした方へと顔を向けるとソファに座り、湯気をたてるカップを手にしたまま叶が此方を見ていた。


「あぁ、おはようかなえ


鞄を椅子にかけてから、魅影は台所に移動する。冷蔵庫からペットボトルを取り出し、すでに置かれていたコップに注ぎ込む。


「寝られた?」


「あぁ……叶はどうだ?」


「僕は平気だよ。何時も通りに寝て起きられたし」


お茶の入ったコップを持ってソファに移動し、叶の隣に腰を降ろす。


「そう言えば、朝陽と樹は遅くまで喧嘩して揃って寝るのが遅かったみたいだね」


それに魅影は昨夜のやり取りを思い出す。何が原因で始まった喧嘩かは知らないが、遅くまで言い合っていた。2人とも宿題が終わっていない筈だから程々にしておけと声をかけておいたが、意味は無かったようだ。


「みたいだな。起きると思うか?」


「どうだろうねぇ。まぁ、昨日速く寝るようにと一応声をかけといたから訳だから、今日はギリギリまでは放置しようかな」


穏やかな顔でそう言う叶に魅陰は何も返さないのは何時もの事だからだ。朝陽と樹は事あるごとに喧嘩をし、そして寝るのが遅くなったり予定の行動に遅れたりする。喧嘩を止める事はしないが、いい加減高校3年なのだから互いに時間を考えて行動してほしいのだ。だから喧嘩が原因で2人が起きなかった時はギリギリまで放置する事にしている。


「弁当……もう作ってくれたのか」


カウンターに置かれた4つの弁当を見てそう言うと、叶は速く起きたからねと返した。叶は毎朝こうやって弁当を用意してくれる。


いや、弁当だけでは無い。叶はこの家の家事の大体を行ってくれている。住み始めた頃は家事が特定の人に偏ってしまうといけないと言う事で当番制を作ったが、どう言う訳か叶が先に全部済ませてしまうので余り意味を成していない。何とか改善し様としているが何時も叶が先に済ませしまい、本人が好きでやってるから気にしないでと言ってしまうので改善の兆しは見えない。


「大学で大変だろう? 無理はするな」


「無理じゃないよ。それにどうしても無理な時は任せてるでしょ?」


「いや、その無理な時も本来は叶の当番じゃないだろう」


「そうだったかな」


笑って言う叶に魅影は言葉を詰まらせた。実は魅影も何度か叶に任せてしまっているので文句や注意を言える立場ではないのだ。だがどうにか改善しなければならないのも事実。また話しあわないといけないなと心に決めた時だった。キィっと扉を開ける音が聞こえたのは。振り返ると目を擦っているアイーシャが立っていた。ゆっくりとした動作で鞄を椅子にかける、すでに着替えていて顔も洗っているのだろうがかなり眠たげである。


「お……は……ふぁ」


挨拶途中で欠伸をしてまた目を擦る。


「おはよう……って、髪の毛凄い事になってるよ」


腰まである長い紫の髪はあちこち撥ねており結構酷い有様だ。それにアイーシャがもうちょっとしたら直すと言うと、叶は立ちあがった。


「こっちに来て、直すから」


「後で……」


「今時間があるからやっておこう? ね?」


穏やかだが反論を許さないと目が語っている。それにアイーシャは叶の前に移動すると腰を降ろした。叶は棚から取り出したケースから櫛とスプレーを取り出す。


「痛かったら教えて」


「うん」


そして叶は慣れた手つきでアイーシャの髪を梳いて行く。優しい手つきで、髪を引っ張ってしまう事がない様に注意しながら。魅陰はその様子を見つめていた。


「ちゃんと乾かしてから寝た?」


「……ちゃんと拭いた」


僅かに小さくなった声。乾かしたの確認に対して、返答は拭いたのみ。つまり完全に乾いてはいなかったのだろう。小さくなった声も悪いと自覚してるが故、そして叶の手が一瞬だけ止まる。


「……今日から乾いたかチェックいれる?」


「ごめん。ちゃんと乾かすから」


言い終わるのと同時にアイーシャがそう返せば、叶は満足げな笑みを浮かべた。


「それなら頑張ってね」


「はい……」


その様子を見ながら魅陰は苦笑いを浮かべる。叶はアイーシャに対して過保護な面を持っている。そしてそれ故に世話をやく。勿論アイーシャの嫌がらない範疇でだ。嫌ならアイーシャはしっかり告げる。


「頑張るんだなアイーシャ」


「判ってる」


何とも言えない表情のアイーシャに少し笑ってから、魅影は立ちあがる。


「朝食の準備をする。卵焼きを作るが、いるか?」


「あ、僕お願い」


「私はいいパン食べるから」


「判った」


エプロンを身につけ、魅影は朝食の準備を始めた。



卵焼きをさっさと作り終え、味噌汁を温めと準備を進めふぅと息を吐いた時だった。


「終った」


その声に反応して魅陰が顔を上げると、其処には僅かな風で揺れてしまう程にまで丁寧に整えられた髪を確認しているアイーシャがいた。


「相変わらず丁寧だな」


「これ位どうって事無いよ……で、どうかなアイーシャちゃん」


髪を触っていたアイーシャはその声に振り返り、微笑んだ。


「ありがとう」


微笑むアイーシャに叶も微笑み返す。


「どう致しまして」


そう言いながら叶は道具をしまう。そしてアイーシャはコロコロを取り出すと自分が座っていた周辺に使い始める。


「掃除機使った方が速いんじゃないのか?」


「朝陽と樹が起きる」


現状それで起こしてやった方が彼等にとっては良い事なのだろうが、残念ながらその思考はアイーシャには無いらしい。いや、もしかしたら自力で起きるまで放置する気でいるのかもしれない。だが其れを一々確認する必要はないし、今こうやって掃除をしているのを中断させて掃除機を持って来る必要も感じなかったので、魅影はそれ以上何も言わずに準備を続けた。



朝食はそれぞれが好きに作って食べる為、時間も内容もバラバラだ。だが、大抵1人が準備を始めれば他もつられて準備を始める。そして共同で作ったりする場合も多々ある。

本日の朝食は、魅陰と叶は夕食の味噌汁を温め直してご飯と卵焼きの和風朝食。アイーシャは市販のクロワッサン一個とコーンスープの洋風朝食だ。


「卵焼き美味しいね」


「それは良かった」


叶の言葉に魅陰はホッとする。料理が出来ない訳ではいが、得意と言える訳ではない。目分量でも美味しく作れる叶や樹と違い、理科の実験かと言われる程きっちりと測るのが魅影だ。故に味の大失敗は滅多に起きないが、やっぱり慣れない事なので不安ではあった。


「そろそろ目分量で作らないの?」


「挑戦はしたいが結構勇気がいるな。もう暫くはきっちり測って行こうと思う」


「そっか。まぁ気長にしたらいいと思うよ」


慎重さが出るのは性格も関係しているので、叶はそこで会話を切った。そして別の話題を出す。


「そう言えば、今日は何時に学校終るかな?」


それに魅影は時計を見る。


「……3時15分に授業が終わる。だから30分位には帰り始めると思うが」


「そっか。なら、今日は僕午後から授業で買い物して返るつもりだから鍵持って行ってくれる?」


「判った。アイーシャ、今日は何かあるか?」


「特に無い。一緒に帰れる」


部活に所属していない2人は特に用事がなければすぐに帰る。ならば一緒に帰ってしまえば良い。朝陽や樹は運動部の練習に毎日誘われているので今日も同じだろう。


「悪いけど2人には学校で伝えてくれる? 多分言う余裕ないと思うから」


「判った」


その後も他愛もない会話を続け朝食を続けた。


朝食も終わり、片づけも終わり、2人はそろそろ登校する為に玄関に移動した。先に靴をはいたアイーシャが二階を見つめる。


「結局……起きなかったね」


「全く……揃って何時に寝たんだろうね」


起こす意味も込めて片づけは少し音が出る様にしたり、少し足音を大きめにして移動したりしたのだが二階で動いた気配は感じられない。一度目覚まし時計が響いた音が聞こえたがそれはすぐに消えた。無意識に消したのだろう。叶はふぅと息を吐く。


「ま、2人はちゃんと起こすから気にしないで行っておいで」


何時までも上を気にしていても仕方ないので、魅陰とアイーシャはそれに頷いた。


「行ってきます」


「行ってきます……叶」


「うん。行ってらっしゃい、気を付けて」


笑顔の叶に見送られ、2人は学校に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ