プロローグ
木々が密集する森の中に、不自然極まりなく存在する木が全くない空間。
美しい円形に木が存在しておらず、直径は150mと言った所だろうか。広々とした空間。そして光を遮るモノなんて存在していない筈なのに、薄暗い。けれどホタルの様な優しい光の粒子が辺りを舞い、どこか幻想的に見える。そんな空間に、男4人に女1人が立っていた。
「まだいないのか」
夜を想わす程に美しい黒髪を顔の両側に少しだけ残し残りは全て後ろに纏め上げ、燃え盛る様な赤の瞳を持つ顔立ちの整った青年。服装は薄水色を基調とされた制服を乱れなく着ており、生真面さが滲み出ている。彼は辺りを警戒しつつそう呟いた。
「森のイメージ・・・ね。あんまし相手の動き早いと僕困るんだけどなぁ・・・」
青年の後ろでそう呟くのは少し薄めのオーバルグリーンの髪に、深緑の瞳をもつ優しげな人相の青年。薄灰のTシャツに、白のジャケット、特に何も施されていないジーパンと、他4人に比べると日常生活のスタイルだ。
「大丈夫。ここなら……ウサギとか有り得る。兎なら跳ねるだけ」
そう静かに告げるのは深緑の瞳の青年の後ろに立っていた女性。腰まで届く紫の髪に、美しいもどこか気ダルそうに下がった水色の瞳。魅影と同じ制服を着崩しており、スカートは太腿までと短めだ。
「叶が心配する事……ない」
「ありがとう……でもね、アイーシャちゃん。兎って滅茶苦茶足が速いんだよ」
暫しの沈黙。
女性、アイーシャは弱気になって呟く叶の緊張を解す為に言ってくれたのだろうが、見事に裏目に出てしまった訳だ。驚きに目をぱちくりさせながら黙ってしまったアイーシャに変わって声をかけたのは、短い金髪に濃い黄色の瞳をした青年だ。着崩したカッターシャツに赤味がかったパーカーを着ており、ズボンは魅影と同じ種類だ。
「兎ってそんなに速いの? 見た目とかから考えるにすげー普通を極んでそうだけど」
「うん。見た目と違ってね。とある所じゃ、野生では一番速いなんて言われている位だよ」
「マジで!?俺めっちゃ兎を甘く見てた」
叶が告げる事実に青年は改めて驚いた様だった。
そして、やっぱ見た目って判断材料にしちゃいけないのか・・・と小さくぼやきながら遠い目をする。と、どこか不機嫌そうな声が全員の耳に響いた。
「お前ら!!ちっとは警戒しろ!!!」
魅影と同じ制服だが、着崩されておりネクタイも緩く、シャツのボタンを開いている。美しいも纏まりがなく少しハネている銀髪に、碧の瞳を持つ青年が声と同じく顔にも不機嫌さをだして3人を睨んでいた。それにアイーシャと叶はすぐに謝ろうとしたが、それより先に口を開いたのは黄色の瞳の青年だった。
「樹ってば、俺とアイーシャちゃんが楽しそうにしてるのに嫉妬してんの?」
「馬鹿かてめぇ。お前はそいつと会話してねぇだろうが」
間を開けずに返した樹の言う通りだ。先程までアイーシャと言葉を繋げていたのは叶で、青年はアイーシャのフォローの為か口を開いてはいたが、彼女との会話は行われていない。
つまり楽しそうではない。それに青年が尚も喰いかかろうとしたが、その前にアイーシャが口を開いた。
「樹の言う通り。朝陽と私は楽しくして無い……」
ピシリと言う音がしたのは気のせいではないだろう。
アイーシャの放った言葉に、朝陽が笑顔のまま動かなくなっているのだから。どうやら良い感じにダメージを受けたらしい。
そんな朝陽にしてやったりと言わんばかりの何もしていない樹と、どうして朝陽が固まったのか判っていないアイーシャを横眼で見ながら叶がどうしようかと考え様とした時だった。
視界の端を<黒の粒子>が掠めた。
刹那、弾かれた様に叶はそちらに顔を向けた。そして一拍遅れて全員が<黒の粒子>に気付き、どこか穏やかだった空気が一瞬で張り詰めた。
「来たか」
赤の瞳の青年が呟くのと同時に、彼の体からゆらゆらと紅の陽炎が立ち上った。
そして何も無かった彼の右腕に太刀が生まれる。
「魅影、1人で行く様な真似……しないで」
今にも駆け出しそうな彼に静かに告げたアイーシャの手の中には、銀色の美しい拳銃が握られている。否、アイーシャだけではない。樹は双剣、朝陽は槍、叶は何も所持していないが気にしていない。そして誰もそれに何も言わない。
全員が黒の粒子が集い形成していく形を凝視する。そして、粒子がある程度の形を成した所で、朝陽が心底嫌そうな顔をした。
「これ・・・絶対でかいじゃん・・・」
朝陽の言葉の通り、粒子が織りなして行く形は相当大きい。
そして黒の粒子は朝陽の言葉通り、巨大な生き物の姿となった。ただし全員が予想だにしなかった生き物の姿だったが。
「ネズミ!?」
そう。ネズミだ。
ただし大きさは3メートルの洒落になっていないサイズのネズミではあったが。
「良かった、ウサギじゃない」
驚く一同に対して、アイーシャだけは全く違う思いを胸の中に抱いていたようだ。
少し前の出来事とは言え、まだ気にしていたか・・・と全員が思わず地面に突っ伏しそうになったが、何とか堪える。なんせ敵は目の前だ。
「行くぞ!!」
魅陰の言葉が双方のキッカケになった。
大ネズミは地を蹴り、僅かに地面を抉って突進してくる。それを真っ向から迎えるのは樹だ。他4人は左右に走り散る。
「だぁぁぁ!!!」
二振りの剣を縦横無尽に振り回しつつ、軽やかな身のこなしで大ネズミの攻撃を避ける。
そして樹が大ネズミの背後へと回った時に残されたのは、無数の斬り傷。そして流れ出る血。
痛みに大ネズミの動きが鈍る。それを見逃さずに行動を起こしたのはアイーシャだ。
樹が大ネズミから距離をとったのを確認した後に、その場で立ち止り迷い無く発砲する。軽くも重い音が響くのと同時に、大ネズミが更なる攻撃に低い唸り声を出す。だが大ネズミとてやられたままでは無い。痛みに悶えながらも赤い瞳が動きアイーシャを捉える。
だがアイーシャは動かずに発砲のみを続けた。
それに大ネズミは更に速度を上げる。その視界にはアイーシャしか映っていない。
刹那、走るネズミが吹き飛ばされた。
「へへっ!!どうだ!!!」
今までネズミが居た場所にいるのは、槍を突き出した姿勢のままで得意気な表情をした朝陽だ。そして吹き飛ばされたネズミは大きな音共に地面を抉っているも、それでも体制を持ちなおそうと動いた、まさにその瞬間。
空気を切り裂く高めの音と共に、何処からともなく飛来したナイフが大ネズミ目に突き刺さった。魅影が、ナイフが飛来した方向を見ると、叶が笑顔のまま手を振っていた。
「これで終わりだ」
飛び上がった魅陰の刀が炎に包まれる。
そして落下の勢いを利用して、魅影は大ネズミの首と胴体を断ちきった。
ドサリと言う重いモノが落ちる音と、バシャっと言う液体の中にモノが落ちる音が響くのはほぼ同時。それを無表情で見つめた魅影は、暫くの沈黙の後に太刀を鞘に納める。
そして収められるのと同時に、太刀は魅影の手の中で光の粒子となり消えた。
一方で大ネズミも現れた時とは違い、美しい光の粒子となり消えた。
そして大ネズミが今まで居た場所に残されていたのは、淡い青の輝きを放つ結晶。移動したアイーシャはそれを拾い上げると胸ポケットに入れていた小さな瓶を出してその中に放り込んだ。放り込まれた結晶は瓶の底に落ちる事無く、中間辺りで留まりふわふわと浮いている。
「……戻るか」
それを無機質な瞳で見つめ魅影が言うと、他も異論はないらしく頷いた。そして、静寂が支配する森から5人は僅かな光の粒子を残して掻き消えた。
この惑星は人間と言う種族が繁栄を築いており、そして人間の手に寄り生み出された科学で繁栄を強固たるものとしてきた。だが、その繁栄を脅かす存在があった。
<幻獣>と呼ばれる存在であり、普通では見かける事はない容姿をしている。大きさ、強さは個々により違ってくるが、たった一体でも尋常ではない被害を生み出してしまう存在であった。
だが、それ等はこの世界で3番目の大きさであると言う大陸でしか出現せずに、更にはいきなり現れるのではなくこの世界とは異なる<幻想空間>で生み出される。
人類は考えた。世界で3番目の大きさを誇る大陸を、人類は簡単には放棄できなかったから、そこに住める方法を。そして遥か昔の技術を用いて生み出されたのは、空間すら把握できる存在を核として1つの街を形成させ、それを幾つも生み出す事。
そしてそれ等が持つ特異能力を用いて、<適合者>達を強化し、<契約者>とし幻想空間>で闘わせる事。
こうして<特化区域>と呼ばれる様になった其処は、<幻獣>と隣合わせと言うある意味危険な生活ではあるが、この世界で一番発達した区域となったのだ。
夕日が照らすのは滑り台やブランコがある小さな公園。けれど其処に居るのは公園を利用する普通の人々ではなく、武装した者達。銃を構え、警戒を露わにしている。周辺は家々に囲まれているが、静けさが支配していた。
そして、そんな物々しい空気の中に5人は降り立った。5人が現れた事に少しだけざわめいた人々に叶が声をかける。
「お疲れ様です。もう大丈夫ですよ」
その言葉に場を支配していた緊迫感が消え失せる。入れ替わりで現れたのは安堵感だ。武装している為に顔もある程度隠されているが、それでも僅かに笑みを浮かべているのは判った。と、その中から見るからに屈強な男が出てきた。移動しながら男性はヘルメットを取る。現れたのは厳つい顔だ。表情も険しい。
「速かったな。そこまでの相手ではなかったか」
厳しい口調のそれに反応したのは叶だ。彼は笑みを浮かべて言葉を返す。
「えぇ」
「そうか、車は直ぐ側に用意させている。さっさと帰れ。後は此方の管轄だ」
そう吐き捨てる様に言った後、彼は身を翻す。叶は小さく溜め息を吐いてから黙っていた4人に向き直る。先程の男の少し棘のある発言に少しだけ眉を潜めている彼等に、叶は気付かないふりをして声をかける。
「と言う訳だから帰らせてもらおうか」
それに反対は当然ない。戦闘で疲れている事もあるので、5人は撤退準備を始める人々に視線を向ける事無く公園を出た。そして辺りを見ると一台の車が置いてあり、女性が1人待機していた。近付くと女性は頭を下げた。
「お疲れ様です。ご自宅まで運転しますので、ゆっくりとお過ごし下さい」
「すいません。宜しくお願いします」
「はい。ではどうぞ」
それに5人は車に乗り込む。そして発信した車は未だ静かな街中へと消えて行った。
読んで下さいましてありがとうございます