外伝① 美少女探偵団結成
「探偵団……、そう探偵団よ!流石、私様は天才ね!これで決まり!」
「唐突になんじゃ!?一体何の話をしておる!?」
甲高い声で訳の分からない事を言いだしたマキに、儂はすかさずツッコミを入れた。
段々とこなれた漫才コンビのようになってきている事が不本意ではあるものの、他にする者が居ないのだから仕様がない。そのまま流していると、いつの間にか被害が拡大している事がしばしば。トラブル対応は初動が重要、という事じゃな。最初にどれだけ疑わしいものを隔離できるかが、不良を流出させないための第一歩、リコールを免れる術となるの。
「はぁ!?何言ってんのよ!コンセプトに決まっているでしょう、コ・ン・セ・プ・ト!私たちグループの!芸能界で生き残るには、やっぱり特徴づけ必要でしょ!」
儂らは芸能人でも何でも無いがな!
「……要するに、冒険者グループとしての、儂らのコンセプト、という事かの?」
今までの出来事をベースに推論を重ね、マキが何言っているのかが何となく予想がついた。
「そうそう!いや~、私様ったら冴えてるわ~~!
漠然と冒険者をやっていても、何も面白味が無いものね!やっぱりコンセプトが無いと!」
何だかよく分からんが、自らを褒め称えつつマキの奴は頷いている。
「……そうね。ついでだからグループ名も付けちゃいましょう!例えば、御神楽し……。」
「やめんか!縁起でもない!年齢制限が加えられた途端、ロクな目にあわなくなりそうじゃ。
……仮に名前をつけるとしても、普通に『探偵団』だけでよいじゃろ?他にそんな名前を付ける輩などおらんだろうて。ほれ!オヌシも何か言わんか!」
「ふ~ん。別にいいのではなくて?年齢制限が加わったところで、私たちの相手がより醜悪な死に様になるというだけではないかしら?それに、私たちが美少女なのは自明の理ですし。年収は一般の8%、いえ、8割増し位かしら?」
そこで、眠たそうな目をしているもう一人の仲間、ロッテに加勢を要求したつもりだったのだが、朝の吸血鬼は頭が回っていないのか、逆にマキに同意しおった。ええい!『忖度』の出来ん奴だの!永遠の17歳だから生涯年収は最初から無限大だろうて!
「そうそう、そうよね~~!私様ったら、ちょ~強いじゃないの!Eランク冒険者用の依頼なんて、ダルイだけだっつーの!ゴブリンなんて万単位でも指先ひとつっしょ!Youはshock!ってね!」
……まあ、確かに儂ら3人――魔族ハーフに吸血鬼真祖、龍神という組み合わせであれば、魔物退治なんぞ単なる弱いものいじめじゃからな。ましてはEランク向けともなると……。『無双』のいーじーもーどみたいな感じかの。それは理解できないでもないのじゃが。
「だからといって何で探偵団なのだ?……さては、オヌシ先の事件で味を占めおったか!」
「そうそう。何か知らないけど、上手くいったじゃん?私様たちの推理で犯人も逮捕されたみたいだし!私様ったら才能あると思うのよね~。何でも上手に出来ちゃう自分が憎いわ~。
それに、アンタたちも結構乗り気だったっしょ?このパターンでいけば、結構面白い遊びになる気がしない?」
確かに、儂もちと調子に乗ってしまった感があったの。ちょっと反省じゃ。こういうのは可及的速やかに行うことが、傷を浅くするためには重要じゃな。心からの謝罪で無いなら尚更に。
「そう、それとあれよね!役割分担もしないと?私様がフーダニットだとして、ロッテがハウダニット、オロチはホワイダニットって感じかしら!孤島にある全寮制女子校の生徒みたいな感じ?そのうち大会にも出られるんじゃない?」
「きわどいネタはやめんか!……それに、今回はたまたまそうなっただけじゃろ。
そう毎回毎回同じようにはいかんだろうし、『ホンカク』を甘くみてはいかん!」
そもそも、これは推理小説ではないがの。あれを嗜好する輩は小うるさいので要注意じゃ。定義としては、与えられた情報のみからで、論理により事件の真相へ達せられるとかなんとか。そして、映像にすると叙述トリックが使えないので大変じゃ。そんな予定は無いがの。
「後はそう――、私様は当然団長だとして、ロッテは副団長かしら?で、オロチは書記!何か神経質っぽいし!これで決定ね!」
3人しかいないから全員役付とな。そもそも、書記以外は何か仕事があるようにも思えんが。というより、間違いなく苦労するのは儂だけじゃ!
「……という訳で、活動記録宜しく!ちゃんと前回の分からやるのよ!
余す事なく、私様の華麗で優雅な活躍を描くこと!いいわね!これ、団長命令だから!」
「……まったく!カミ遣いの荒い奴じゃ!
仕方無いの!とりあえずオヌシが飽きるまでは付き合ってやるわい。」
とりあえず、暫くの間はマキの遊びに付き合ってやる事にしようかの。……ちょっと面白そうじゃし。
それに、マキやロッテに任せるとまともな記録になりそうもないしの。というより、人間の名前なんて殆ど頭に残っておらんじゃろうて。何?お前もだろうって?……ふ、ふん!偉大な龍神である儂が矮小な人間たちの名前を全て覚えているわ――、と、これではあ奴らと同じになるところじゃ。危ない、危ない。
まあ、そもそも読者も細かい登場人物の名前なんぞ興味ないじゃろうからな!逆にそれを『忖度』してやった、という話じゃ!有り難く思うのじゃぞ!
……こ、コホン。とりあえず、前回――というより最初の事件の話から記述していく事にしようかの。忘れている部分も、書いている内に思い出せる事じゃろう。まあ、他に記録を残している者もおらんので、忘れている事は無かった事に出来るがの。答弁との整合性を気にせんでいいのは楽でよいな。それでは、物語スタートじゃ!
いきなり本編から入っても誰が誰なのかさっぱり分からんじゃろうから、まずはメンバー紹介からしてみようかの。
まずは探偵団団長――を自称するマキ・クリステア。こ奴は魔族と人間のハーフで、まあ、この冒険者グループの発起人と言ってもよく、そういった意味では団長――リーダーというのも間違ってはおらん。性格は高慢で気分屋、ロクでもない事この上ないのだが、容姿だけはかなりのものじゃ。よく整った小さな顔に白銀ツインテールが乗り、好奇心に満ちた双眸が中央で大きく光っておる。その下も所謂“ないすばでぃ”で、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体形じゃな。
服装はどこぞの世界の学生が来ているような感じに仕上げているが、魔改造して胸元が大きく開いた形になっておる。その下も丈の短いスカートじゃ。どっからどう見ても冒険者には見えんな。ただ、父親が非常に強大な力を持つ魔族のため、見た目とは裏腹に実力は確か。儂やロッテと同等以上じゃ。無能なニセイギイン・親の七光りではない、という事。本人の実力が伴っていればとやかく言われたりはせんな。こ奴の場合はそれを含めて災害みたいなものなのじゃが。
次は副団長のリーゼロッテ・ターゲッフェンガー。闇夜の眷属を自称する吸血鬼の真祖じゃ。少々、嗜好に問題があるものの、マキ程厄介な性格ではないの。こちらはちょっと長めの銀髪ツインテール、顔はかなり色白で,、若干切れ目となっておる。体形としては、マキより多少スレンダー、そして、何を思ったのか漆黒のゴスロリドレスを常に身に着けておる。こちらも全く冒険者には見えんな。デイ・ウォーカーの吸血鬼なので陽光下でも活動に問題は無いが、いつも少し眠たそうな目をしておる。実力は真祖だけあって圧倒的。並みの魔物なんぞ相手にならんの。
最後は書記である儂、オロチじゃ。不本意ながら、他のもの達とは違い、もう一段幼い容姿をしておる。髪はラビットスタイルのショートツインテールじゃ。まあ、儂はまだまだ成長期じゃからな!今後に乞うご期待じゃ!服装はもともと住んでいた所にあった人間どもの国、ゼスタネンデの民族衣装を参考にしておる。他の奴らに違って、まだてーぺーおーをわきまえているといってよいじゃろう。儂はカミと呼ばれるもの一柱で、龍神じゃ。本来の姿は頭を5つ持つ龍となっておる。
儂も簡単に人間どもの国を焼き払える程度の力は持っておる。まあ、そんなことはせんが。多分。万が一、妙な贈り物で正気を失っていたりでもしたら仕様がない話じゃ。その場合は不可抗力!責任能力が無いので無罪放免になるの!その後、長期療養とかが必要になるかも知れんが。
こんな異色の三人が仲良く冒険者になんぞなった訳は――、まあ割愛じゃの。何?何も考えないのだろうって?失敬な!聞くも涙、語るも涙、2~3時間に収まる程度の壮大な物語があるのじゃが、何、そのなんじゃ?長くなり過ぎてはいつまでたっても本題に入れんからの。泣く泣く削ったのじゃよ。
さて!とりあえず冒険者になってみた儂らじゃが、正体を明かしてではなく人間の17歳(←ここ重要じゃ!) として登録したため、最低ランク(Eだったかの) からの開始。要するに経歴詐称じゃな。マスコミにリークされるとちと危険じゃ。……詐称しているのは年齢ではないぞ?
一方で、実力としては、Sランクの冒険者が束になってようやく儂らの中の一人とどうにか戦えるか、というレベルじゃ。つまり回される仕事が役不足(少なくとも、魔物退治なんぞは)という事。コブリン退治なんぞに興味が無い儂らは、とりあえず東方小国群のとある街を散策しつつ、今後について相談しておったのじゃが……。というところで本編スタートじゃ!
ギルドにて冒険者登録を済ませた帰り。儂らは掲載されていた依頼に一通り目を通した後、失意のまま街路をぶらついていた。
「あっ!?何処みてんだよ、おっさん!見世物じゃねえんだよ!その腐った魚みたいに濁った眼をくり抜いてやろうか?そしたら、多少は見られる顔になんだろうよ!ついでに物理的に折りたたんで川に放り投げんぞ、こら!」
「そもそも、そんな見せつけるように胸元の開いた服を着ているからじゃろ。それでいて責められたのでは、男の方が逆に可哀相じゃ。」
胸元にうっかり視線を寄せてしまった通りすがりの哀れな男を、憂さ晴らしにいたぶっていたマキに、儂は苦言を呈してやった。
「はん!何を言ってんだか!目の前に魅力的な果実があるからと言って、涎垂らしてガン見していたら単なる不審者、通報もんっしょ!塀の中から出てきた後も、ご近所様に後ろ指をさされ、目立たないようひっそりと息をひそめて生きていくのがお似合いよ!
大体、私様はそんなにお安くないっつうの!こんな冴えないおっさんじゃ、100年掛けて私様の美しいご尊顔を1回拝むのが限界っしょ!
まあ、オロチ、アンタは見せつけるようなものも無いから分からないだろうけどね!」
「失敬な!儂は未だ成長期なんじゃ!何せ17歳じゃからの!」
言い争いを始めた儂らを見て、絡まれていた男はこれ幸いと離れていく。まあ、犬にでも咬まれたと思って強く生きるんじゃぞ!幸薄そうな人生じゃがな!
「それに何?ロリババアだなんて、あざといところを狙っているわよね!まあ、キャラが被るよりはいいんだけど。客層をばらけさせておいた方が、稼げるしね!」
確かに、多人数のグループにする事で客層を拡大するという販売方針もあるが。グループ名と人数が合わないとかの!
「ロングテールを集めれば大きな売上に繋がる、という事かしら?好みに合うのが一人でも居れば客が入るというのは、素敵なビジネスモデルですわね。」
「……私様は当然正統派美少女よね!ロッテは――、ん~、まあ一応清純派美少女?服装に目を瞑って、容姿だけ見ればそんなんかしら。で、オロチはそういう趣味の連中、と。まあ、一番人気はどう考えても私様よね!」
否定できん部分もないではないが、一番人気がマキかどうかは別の問題じゃろ。……おっと、そういう話ではなかった。
「さっさと宿に戻りません事?どうせ町中をぶらぶら歩いていても、マキの憂さ晴らし位にしか繋がらないでしょう?さっさと陽の光が届かないところでゆっくりとしたいですわ。」
段々面倒臭くなってきたのか、儂が話の軌道修正をする前に、ロッテが散策の打ち切りを提案してきおった。
「……そうじゃの。まだ早いが、こうして生産性のない事をしていても仕方無い。宿に戻って一息つきつつ、今後の相談でもしようかの?」
「まっ、いいんじゃないの?そろそろ、おっさんいじめも飽きてきたところだしね!」
こうして新米冒険者の儂らは、依頼を漁る事もなく昼間から宿に戻ってだらだ……、ではなく今後について話合う事にした。
「しっかし!本当に妙な造りの宿よね?何なのかしら?」
町の大通りから離れ、怪しげな風貌の人間もちらほらみられる街路の更に奥。3階建ての窓もない簡素な建物が今晩の儂らの宿じゃった。その立地に見合ったりーずなぶるなお値段で、新米冒険者向け。金を持っていない訳ではないのじゃが、新米である儂らが、大金を持っているのというのは奇異に映るだろうから、とりあえずは慎ましく、悪目立ちしないようにここをセレクトした。まあ、儂以外の奴らの格好を考えると、既に手遅れな感もあるがの。
「いいじゃない?余分なものも届かなくて快適だわ。別に照明はあるのだから、そこまで暗くもないでしょう?」
ロッテが吸血鬼らしい感想をこぼす。全員夜目も利く事だし、確かに明るさは問題ではないの。
儂らが二重となった扉を抜けて中に入ると、正面のフロントに座るマスターが声を掛けてきた。
「あら~?お帰りなさい。随分と早いわね?手頃な依頼が見つからなかったのかしら?」
不思議そうな表情を浮かべつつ儂らを出迎えるマスター。まあ、冒険者になる!と言って出かけていった新人が、初日から早い時間に戻ってくれば当然の反応じゃな。魔王退治に旅立ったと見せかけて、暫くは実家で休みながら周辺でレベルアップを図る、というパターンもあるが。50Gしか渡せない国の懐事情というのは如何なものじゃろうか?
「そうじゃの。中々よいのがなくての。仕方が無いので明日出直す事にしたんじゃ。」
「そうなの~。残念だったわね。じゃあ、暫くの間部屋で寛いでいてくれるかしら?夕飯の準備にはまだ時間がかかるわ。」
「済まぬな。そうさせてもらう。」
マスターの言葉を背に、入口直ぐ右手にある食堂を抜け、奥の階段へと向かう。
「あ、そうそう。食後、その食堂は通れなくなるので気を付けてね~。万が一、フロントに用がある場合は反対側から回り込んで来て貰う事になるわ。」
「了解した。」
そうして、階段を上ったところで話を再開する。
「……こんな立地でマスターが女性、しかも新米冒険者が使用するような安宿じゃ。防犯としては仕方ないのではないかの?」
「それにしたってやり過ぎっしょ!夜は入口の鍵も閉めて朝まで出入り禁止とか!どっかのがっこじゃあるまいし!」
まあ、確かにそんな感がしない事もないの。壁と扉は部屋のものまで含めて全て2重。夜間は出入り禁止。侵入可能な窓も無し。防犯としては完璧かもしれんが、ちょっとやり過ぎな感も否めない。
「それだけ用心深い、という事じゃろ。っと、もう部屋じゃの。とりあえず各人荷物をおいてから、中央のマキの部屋に集合でよいな?」
「おっけー!じゃあ、直ぐ後で!」
二階に上がり、南側に行くと奥に儂らが取った3部屋が見えた。そこで一旦解散し、各部屋に荷物を置いてから再度マキの部屋に集合となった。
結果から言えば、その後の話し合いは不調、結局なんら方針も決まらないまま食事の時間となり、とりあえず明日もギルドに顔を出してみようという事でその日は解散となった。
そして、ひと眠りの後、夜明け頃にその事件は起こったのじゃ……。
「ったく、こんな朝っぱらからなんだってんのよ!まだ陽も昇っていないんじゃないの?」
外の様子が分からないので断言はできないが、まあ体内時計からすると概ね黎明前位じゃろうか?マスターに突然起こされた儂らは、部屋のすぐ前、2階中央にある客室前へと集まっていた。
「申し訳ございません。見回りしておりましたら、中から物音がしたもので。何もないとは思うのですが、冒険者である貴女がたにも同席頂けたら心強く。」
そう言って客室の扉を合鍵で開けると、マスターは中に入っていった。
「おや~?何も異変はありませんね~?気のせいでしょうか?確かに物音がしたと思ったのですが……。」
儂らも続いて中に入り確認したが、特に怪しげな点は見受けられない。中の住人がいない、という点を除いては、じゃが。宿泊客が几帳面なのか、部屋に乱れた様子は全く見られず、ただ、ベッドの上で布団だけが口を開いていた。
「ふむ。誰もいないようじゃの……。宿泊客は手洗いにでも行っておるのかの?」
「ふあああ~。人騒がせな事ですわね。……何もないなら戻って宜しいかしら?」
「ええ、はい。でも、念のため部屋からは出ないようにして下さいね~。私は皆さんに声を掛けつつ、一応、お泊りになっている憲兵さんを呼んできます。」
そう言って部屋を出た儂らは、反対側の部屋の方へ向かうマスターを見送る。
「全く!私様の貴重な睡眠時間を消費させるなんて!この美貌に瑕がついたら世界の損失だっちゅうの!保険金をもらわないと!」
「保険なんぞかけておらんだろうが!……とりあえず、もうひと眠りするとしようかの。」
そうして、眠たさ故か若干浮遊感を覚えながら部屋に戻った儂らだったが、直ぐに再度叩き起こされる事となった……。
「きゃああああああ~!」
「なっ、なんじゃ一体!?」
突然響き渡ったマスターの悲鳴に、儂らは部屋から飛び出し、声のした方――中央の客室へと足を踏み入れる。
「!?」
部屋の中央には先ほど入った時には姿形も無かったはずの、倒れた男の姿があったのじゃ!胸には剣が突き立っており、そこから溢れ出る紅い液体が床を濡らしておる。未だ流れが止まっていないところを見ると、刺されてからそれほど長く経ってはいない感じかの。ただ、若干乾いてきている部分もあり、刺された直後、という訳でもなさそうじゃ。
部屋の入口脇には呆然と立ち尽くしているマスター。そして、憲兵らしき男が、倒れた男に無遠慮に触り、揺らす等して意識の有無を調べておった。
「な、なんだ今の悲鳴は!?」
遅れて、他の客たちも部屋へと集まってくる。
「皆中に入るな!私は憲兵だ!
この男は何者かに殺されたようだ!そして、宿泊客の中に犯人がいる可能性が高い!よって、死体検分の後、お前たち一人ひとりに尋問をする!一旦部屋に戻って大人しくしていろ!」
憲兵の指示で締め出される客たち。こうして、儂らは安宿にて起こった殺人事件に巻き込まれる事となったのじゃ……。
「はあ?私様たちがあれを殺したってんの?ばっかじゃないの?なんでたかだか人……。」
「これ!少々黙っておれ。」
余計な事を言おうとしたマキの口を塞ぎ、少々思考を巡らす。儂らは、憲兵による関係者へのヒアリングの後呼び出され、犯人としてご指名を受けた。所謂、『あなたを犯人です』という奴じゃな。勿論、身に覚えのない話じゃが。というより、儂らだったら人間を殺すのに武器なんぞ必要無いしの。骨も残さず消失させる事も容易い。なので、濡れ衣なのは間違いないのじゃが……。
「要するに、タイミング的に儂らにしか殺害できない、だから犯人だろう、と?」
「そうだ!マスターが部屋の確認をして、この私を呼ぶまでの間、あの部屋に出入り出来たのは貴様らしかいない!それは、貴様ら自身の証言でも明らかだろう!」
そうじゃの。マスターを見送った後、再び自室に戻った儂らじゃが、眠りにはついておらん。部屋の外にも気を配っておったが、人の気配、というのは憲兵とマスターが部屋に入るまで全くしなかった。それは3人とも同様。他の部屋の宿泊客たちが部屋を出なかったと言っている、という事と合わせて考えると、殺害のチャンスがあるのは儂ら位、というのも無理は無いが……。
「じゃが、被害者の部屋の扉には鍵がかかっていたのだろう?儂らでは、鍵を開け被害者を殺害し、また鍵を元に戻す、なんて真似は出来ぬぞ?」
「……そ、それは、貴様たちの中に熟練の盗賊でもおるのだろう!新米の冒険者だからといって、前職が何かなんて分からんしな!職業も適当に詐称したのだろう!そうに決まっている!」
……一部合っていると言えば合っているのも事実なので、強くは反論できぬ!因みに、マキの奴は『精霊使い』、ロッテは『魔術士』、儂は『巫女』という事にして登録しておる。残念ながら、鍵開けなどというまどろっこしいことはできず、やるなら扉ごと中まで破壊するような連中じゃがな。とりあえず、殴ってから考える?儂はそんなことせんが。
「そんな決めつけで犯人にされてものう……。」
所謂『冤罪』の典型じゃな。やったという証拠は無いが、やっていないという証拠もないのでお前が犯人だ、と。推定無罪という言葉もあったはずだが、あれは飾りじゃったかな?
「とにかく!貴様らは一旦詰所に来てもらおうか!そこでじっくり尋問してやる!」
「……あらあら。推理小説では定番の流れですけれど。お馬鹿な人間に連れていかれるのは美しくないわね。頭の中は空っぽでも、美少女なら一考の余地位はあるのですけれど……。どうしたものかしら?」
憲兵が儂らを強制連行しようとしたその時。横やりが入ってそれは中断される事となった。
「待ってもらえますかね?お嬢さんらの犯行と決めつけるのは少々早計かと、某は思いますよ。」
黒い帽子を被り、スーツを着た中年の男が突然入ってきおった。威風堂々とした態度が己への自信をうかがわせる。顔は中々整っており、所謂だんでぃなないすみどるという奴じゃな。
「なっ、何者だ!」
突然の乱入者に面食らった体の憲兵じゃったが、動揺を隠すかのように声を張り上げおった。まあ、こういう話では定番のやり取りじゃな。憲兵の小者感が半端ないが。
「おっと失礼。自己紹介が遅れましたな。某は国際警察のものでして。たまたまこの辺りと通り掛かりましてね。何やら異様な雰囲気でしたので、少々お邪魔をさせて頂いた次第ですよ。
断片的とはいえ話を伺った限りでは、お嬢さんらが犯人とまでは言い切れんように思えましてね。僭越ながら、少々口を挟まして貰いました。」
「おっ!中々話が分かるおっさんじゃない!そうっしょ!私様たちが犯人な訳ないっちゅーの!こんなんに任せといたら事件は迷宮入りよ!何だったら私様たちが捜査した方が万倍ましだっての!」
調子に乗ったマキが、そこで余計な事を口にしおった。
「……そうですな。容疑者であるお嬢さんたちだけにお任せするのはちと問題でしょうが、某が同行すればそれも問題ないでしょう。責任をもって見張らせて頂きますよ。
どうですかね、憲兵どの?某らにお任せ頂けませんか?こういっちゃなんですが、貴方も被疑者の一人と言えば一人ですのでね。客観性という観点では某らが適任ではないですか?」
「なっ!国際警察の刑事とはいえそんな勝手を……!」
と、そこで憲兵はないすみどるの後ろに控えていた年若い女の方に視線を送る。
「……私は新米でして。ベテラン刑事である彼の意見に従います。」
こうして、奇妙な流れで、儂らは国際警察の刑事たちと事件の調査をする事になったのじゃ。
ここからは実際に行った捜査内容の記録じゃ。宿の構造と各被疑者への聞き込み内容を纏めると次のようになるの。
構造① 宿屋1階
最初は建物1階の構造から。正確に東西南北を向いている訳ではないが、分かり易いように1階入り口側を南として、構造を記述するぞ。
まずは南側に二重扉・構造をもった入口がある。外は見えず、夜間は施錠され出入りも出来ん。そして、入り口の直ぐ北側に受付・カウンターがある。中央部が一つの部屋になっていて、その南側にカウンターが付いている、という構造じゃな。ここも夜間は閉められており、部屋の中へ入るのはカウンター横の扉から。当然のように二重扉となっておる。部屋内の北側にも扉がついており、その先の部屋はマスターの私室・寝室となっているようじゃ。
入口の直ぐ東側は食堂となっておる。マスターがコックも兼ねており、味はまあまあじゃな。値段からすれば良い部類に入るじゃろう。ここは夕食後締め切られるようになっており、夜間は西から回りこまないとその北側にある階段へは行けぬ。まあ、出入り口が締め切られているのを考えれば、わざわざここを通る用事は無いので害はないの。
1階西側には厠がある。まあ、びしょーじょは使ったりせんがの。……本当じゃぞ?
そして、北側には部屋が3つで、全て客室じゃ。簡易的に西側から客室①、②、③とでもしておこうかの。後で宿泊客への聞き込み内容を記述するからその準備じゃ。
最後に、先程も記述したように、1階東側には2階への階段がある。何の変哲もない階段で、特に仕掛けが施されているようにも見えぬ。1階は以上じゃな。
構造② 宿屋2階
次は2階。1階とほぼ同じ構成をしており、東側に階段、中央に1部屋、北・南側は各3部屋の客室となっておる。西側には3階への階段が一応存在しておるが、天扉が設置されており、基本締め切りじゃ。後で一応調査はさせてもらったがの。
北側の客室を階段に近い方(つまり東側)から④、⑤、⑥としておこうかの。南側は儂らの泊まっていた部屋じゃ。西側から順に儂、マキ、ロッテが使っていた。
中央の部屋は被害者の泊まっていたところだの。南側、つまり儂らの泊まっていた側に扉がついておる。当然二重じゃ。部屋の中も見てみたが、死体を発見したときと特に相違はなかったの。被害者は商人だという話じゃが、特段大きな荷物が置いてあるようにも見えなかったのが、ちょっと気になったが。ただ、この宿に着いたときからそうだった、という事なので、何かを持ち去られた訳ではなさそうじゃの。これから仕入れをするつもりだったのかの?そしてこの部屋内の北側にも扉があるのだが、その先は壁じゃ。何でも、これから拡張をするつもりだったとか。2階はこんなもんじゃ。
構造③ 宿屋3階
最後は3階だの。とはいっても、特に何もないのじゃが。西側に階段、中央に1部屋あるだけで他は何もなし、じゃ。2階同様に、まだ拡張途中という事じゃな。とはいえ、ちゃんと掃除をしているのか、蜘蛛の巣一つなく、綺麗な状態となっておる。
中央の部屋は2階の部屋と全く同じ構造・内装じゃな。部屋内部北側の扉も同じで、外は壁となっておる。
さて、建物の構造はここまで。次は被疑者たちへの聞き込み結果じゃな!
証言① 部屋⑥の盗賊
「え~~っと。そうですね。特に変な事、というのは無かったと思いますよ。夕食をとった後、軽く3人で打合せをして、直ぐ部屋で眠りにつきました。ええ、私たち3人も冒険者でして。ランクはようやくCになったところですが、まあ、実力的なところと、人数的なところもあって稼ぎはそんなによくないです。だから未だにここにお世話になっています。役割としては盗賊です。簡単な鍵開けとかならできますが、あまり込み入ったものは……。どちらかというと、野外や遺跡だとかの方を得意としていますので。
おっと、ちょっと話がそれてしまいましたね。打合せは真ん中の剣士の部屋で行って、解散後そのまま直ぐに部屋へと戻りました。もう一人の精霊使いもそうだったと思います。部屋へ入っていくところでお互い会釈しました。そして、明け方頃、マスターさんに起こされるまではずっと部屋で寝ていました。扉を叩かれたので出てみたら、何か怪しげな物音がしたので、暫く部屋でじっとしていてくれ、って。マスターさんはそれだけ言って、そのまま隣の剣士の部屋の方へ行きました。他メンバーと合流して、というのも考えましたが、とりあえず言われた通りにしましたよ。扉の外に意識を向けていましたが、その後、マスターさんの悲鳴が聞こえるまでの間、誰も通らなかったと思います。
被害者に関しては、特に係わりが無いですね。ただ、若いながらも結構稼いでいて、羽振りが良かった、という話は聞いた事があります。私が知っているのはそれ位です。
パーティー仲ですか?まあ、可もなく不可もなく、というところじゃないですか?私たちも結成当初は6人だったのですが、死亡者がでたり、怪我で引退したりして今では3人だけです。寿引退の人もいましたね。それなりに結束は固いと思います。
えっ?剣士の事をどう思っているのかって?……唯の仲間ですよ。恋愛感情は特に無いですね。私としては、もっと渋めの人の方が好みです。それと、今はお金が恋人ですよ。沢山稼いで、弟たちにたっぷり仕送りしてあげないといけないですからね!」
オ「中堅にさしかかった冒険者グループの盗賊のようじゃ。」
ロ「痴情のもつれ、金銭トラブルは殺人事件の定番ですわね。」
マ「私様程じゃないけど、それなりにいいものを持っているようね!」
証言② 部屋⑤の剣士
「どっ、どちらが本命かだと!そ、そんな事言える訳が無いだろう!君の程ではないが盗賊のたわわなム……、と、何でもない。
夕食後、俺の部屋で軽くミーティングをして、その後は直ぐ眠りについた。も、もちろん、何もやましいことはしていないぞ?本当だぞ?特に、あの精霊使いはヤンデル系の眼をしているから、手を出しでもしたら……。ごくっ!
と、とにかく!明け方前、一回厠に行った位で、それ以外はずっと部屋だった!
ん?それはいつかって?マスターが声を掛けてくる前だな。東側の階段を降りて、そのまま厠まで。昨晩飲み過ぎたのか、ちょっとふらついてはいたが、2階も1階も、特に変な様子は見受けられなかったと思うぞ。往路・復路ともに誰ともすれ違わなかった。食堂もちゃんと閉められていたな。触って確かめたりとかまではしていないが。
厠から戻ってほどなくすると扉が叩かれ、マスターから部屋でじっとしているよう注意を受けた。その後は指示に従ってそのまま、だな。特に気配等は感じなかったと思う。まあ、そういった事に敏感な性質でもないのであてにはならないと思うが。マスターは俺の後そのまま隣の精霊使いの部屋へ向かって行ったはずだ。
剣の腕はそれなりに自信がある!商人程度に遅れはとらないさ!……勿論、俺は殺していないぞ?
被害者の事はよく知らないな!会った事もないと思うぞ!記憶力に自信が無いので断言はできないがな!」
オ「うだつの上がらないエロ剣士、といったところじゃな。」
ロ「ナイスボート!となるほどの魅力は無いようで何よりですわね。」
マ「ヤンデルKYだけは一流ね。他は一生かかっても三流止まりでしょうけど!」
証言③ 部屋④の精霊使い
「はあ、そうですね。私も、打合せの後は部屋にずっとおりましたわ。一度も部屋の外にはでておりません。明け方頃、マスターさんが隣の部屋の直ぐ後に私の部屋に訪ねて来られました。剣士は、マスターさんが来る前に一度下に降りて行っていたと思います。……別に聞き耳を立てていた訳ではありませんよ?
部屋でじっとしているよう指示された後は、そのまま前の階段から降りて行かれました。その後も、マスターさんと憲兵さんが上ってこられるまでの間は人の気配もなく、どなたも通らなかったと思います。念のため、部屋の前を精霊に見張っていて貰いましたので、間違いないはずです。そういえば、精霊たちが貴女たちには近寄ろうとしないですね。何故でしょうか?
お二人は上ってこられた後、そのまま南側、被害者の部屋へと向かわれたと思います。そして、ほどなくしてマスターさんの悲鳴が聞こえてきました。
被害者さんの事はよく存じ上げません。他メンバー含めて、直接的な関わり合いは無かったと思います。
え?剣士の事ですか?……そうですね。彼との距離をもっと縮めたい、という思いはあるのですが、彼の方は盗賊のことを……。私にも大きな果実さえあれば!!
……と、失礼しました。私からお話出来るのはこれくらいですわ。参考になりましたでしょうか?」
オ「お嬢様然とした礼儀正しい精霊使い、但しヤンデル風、じゃな。」
ロ「まあまあ見られる顔ですので、味見位はしてみてもいいですわね。」
マ「そのうちパーティー崩壊の口火を切りそうな感じよね!うぷぷぷぷぷ!」
証言④ 部屋③の田舎貴族
「……そうだな。特に異常というのは無かったと思う。私も夕食の後は部屋に戻り、それきりだ。部屋で少し書き物をし、ほどなくして眠りについた。早朝、マスターに起こされるまでは外に出ていない。マスターは私に声をかけた後、そのまま隣の部屋へ行ったはずだ。目の前の食堂は閉まっているように見えたしな。そして、ほどなくして扉の前を人が通り過ぎ、階段を上る気配がした。その時は2人いたように思う。見てはいないので断言はできんが。
私も何度かここは使わせて貰っているが、こんな事は初めてだな。ん?何故貴族なのにこんな安宿に泊まっているのか、だと?……まあ、平たく言えば倹約だよ。何せ領地が田舎なもので、収入に余裕が無いのでな。ここは、色々と制約はあるものの破格の値段だし、料理も中々だ。逆に、制約故に安全だとも言えるだろう。遊ぶ金もないので、夜に外出する必要もないからな。時々、異音がするような気もするが実害は無い。何?どんな音かって?……そうだな、子供の泣き声のような気がするが、よく分からない。幽霊でも住み着いているから、土地代・宿代が安いということなのかもしれないな。
被害者か?直接な知り合いではないが、前にもこの宿で見かけた気はするな。その時も今回と同じ部屋に泊まっていた気もするが……、よく覚えてはいない。同じ人間かは分からないが、あの部屋に大きなスーツケースを持った客が泊まっているのをよく見かけた気がするな。
剣は嗜む程度。領地内の魔物退治を先導したりはするが、基本的に兵たちに任せきりだ。流石に、商人相手で後れは取らないと思うが……。こんなところでよいか?」
オ「貧乏貴族の苦労人、といったところかの。」
ロ「土地だけは余ってそうですわね。その内、新しい家でも建ててみようかしら?」
マ「アンデットもどきが平気で町を歩き回ってんだから、幽霊位どうってことないわよね!」
証言⑤ 部屋②の商人
「あ、はいはい。僕も夕食の後はずっとこもりっきりでした。寝る前に1回手洗いには行ったかな?まあ、でもそれ位で、日が変わる前には眠りにつき、マスターさんに起こされるまでぐっすりでした。噂の幽霊も出てこず……。ちょっと期待していたのですがね。
被害者とは同じ商人ではありますが、特段繋がりは無いです。かなりやばい事に手を出して儲けていた、という噂は聞いた事ありますが、実際どうだったのかまではよく分からないです。
それと、最近結婚が決まった、という話もあった気がします。羨ましい限りですね。僕も、もう少し蓄えが出来たら考えたいです。
剣はさっぱりですね。移動の時は、皆さんのような冒険者さんに護衛をお願いしています。僕みたいな駆け出しだと、その費用も馬鹿にはできないので、宿は倹約、という訳です。命には代えられませんので、護衛費用をけちる訳にもいかないですしね。こんな感じでいいですか?」
オ「駆け出しながらも堅実で慎重な商人じゃな。そのうち大成するかもしれん。」
ロ「結婚が決まる、というのはよくある死亡フラグですわね。」
マ「金を積めば多少望みはあるかもね!私様ならお断りだけど!」
証言⑥ 部屋①の憲兵
「くっ!何で私が貴様らなんぞに!……い、いえ。国際警察の方々に文句がある訳では決して、はい。ただ、こんな怪しげな冒険者たちなどに捜査を任せて大丈夫なのかと……。
は、はい!そうですね。貴方がたがご一緒ならば問題無いですね。はい。分かりました。
私も夕食の後は部屋にずっとおりました。眠りについたのは日が変わる前だったと思います。その頃、部屋の前を通る人の気配はあった気がしますが、数分で直ぐ戻って来たようでした。
その後は、マスターに起こされるまで熟睡しておりました。マスターに一緒に客室の確認をして欲しいと言われたので、とりあえず武器だけ持って同行し、被害者の部屋に踏み込んだらあの惨状でして……。
マスターの悲鳴を聞きつけて、他の客たちが集まって来たので、部屋に戻りじっとしているよう指示しました。調べ終わるまでの間、誰も中に入ってこなかったはずです。マスターも、かなりショックを受けているようだったので、ひとまず自室に戻って貰いました。
部屋の中はやけにこざっぱりしておりましたが、特にこれと言った異常は認められませんでしたね。北側の扉の外も壁で、仕掛けも何も見つかりませんでした。犯人は正面から入ってきたとしか考えられません。
はい?何故宿に泊まっているのか、ですか?実は、家がここからかなり遠い位置にありまして。パトロールで遅くなった時は防犯も兼ねて泊まらせて頂いているのですよ。マスターの食事は旨いし、とても助かっています。独り身なので、特に何か言われることも無いですしね。
被害者との直接的な繋がりは無いですね。時々、ここに泊まっているのを見た事があるような気がしますが、まあその位です。
剣ですか?まあ、曲がりなりにも憲兵ですので。当然、それなりには扱えますよ。と、こんなところ宜しいでしょうか?」
オ「典型的な下っ端役人じゃな。下に強く、上に弱い。」
ロ「人間は移動手段が限られていて不便ですわね。空も飛べないだなんて。」
マ「独り身が何期待してんのかwwwww」
証言⑦ マスター
「ああ!どうしてこんな事に……。あ、いえ。申し訳ございません。頭から、どうしてもあの風景が離れず……。はい。大丈夫です。昨日~今日にかけての事ですね。お話させて頂きます。
私は夕食を皆さんに振る舞わせて頂いた後、片付けをして一旦自室に戻りましたわ。戸締りの準備を済ませて、直ぐに見回りを兼ねて施錠してまわりました。その際は、特に異常は無かったと思います。それが終わって部屋に戻った後は、帳簿処理等をして、早めに眠りにつきました。
いつも通り明け方頃に目を覚まし、見回りをした後に解錠・朝食の準備をするつもりで、まずは2階へと向かいました。そして、被害者さんの部屋の前を通った際に何か異音がしたように思えましたので……。はい、皆さんにご協力頂いて中を確認した次第です。ご本人は不在だったのですが、その時は何もなく……。念のため、憲兵さんにもご協力頂こうと思いまして、皆さまとお客様方に部屋にいて頂くよう声をかえつつ、1階に戻りました。私が声を掛けた際には、皆さん部屋にいらっしゃいました。
憲兵さんにお願いしてご同行頂き、そのまま2階の被害者さんの部屋に行きました。途中、どなたともすれ違いませんでしたので、皆さん部屋におられたのだと思います。そして部屋に入ったらあの惨状でして……。思わず、悲鳴をあげてしまいましたわ!
憲兵さんが被害者さんのお亡くなりを確認された後は、部屋に戻り、聴取までの時間じっとしておりました。
被害者さんは常連のお客様でして。何度もお泊りになられておりましたわ。今回は妙に軽装な感じでしたが、それだけで他に変わった様子は無かったと思います。
え?何で被害者さんはいつもあの部屋に泊まっていたのか、ですか?……あそこは常連様のために使っておりまして。いずれ北側に部屋を拡張しようと思っておりましたの。大荷物の方が多かったので、その方が利用し易いかと。
剣は全くですね。包丁なら上手く扱えるのですが。これで宜しいですか?」
オ「こんなんでよく宿を経営出来ているな、と感心するくらいほんわかした女主人じゃの。」
ロ「どこぞの世界には、包丁でドラゴンを捌く人間もいるそうですわね。」
マ「田舎の姉ちゃん、怖っ!オロチ!早く逃げてwwwww」
「さて、どうですかな?事件の真相が見えましたかな、お嬢さんらには?某にはさっぱりですが。」
堂々と無能アピールをしとるようじゃが、国際警察とやらはこんなんで大丈夫なのじゃろうか?まあ、儂らが心配するような事ではないがの。
「どうじゃ?儂には犯人が分かったが、そなたらの方は?」
「当ったり前!!寧ろ何でわかんないのか不思議な位よ!おっさん、この仕事向いてないんじゃないの?」
「こら!失礼な事を言うでない!一応、この者の取成しで力技にならずに済んだのじゃからな。少しは感謝せい!」
ベテラン刑事はマキの発言に気を悪くした様子もなく、鷹揚と頷いて笑い出しおった。
「はははは!中々頼もしいいお嬢さん方だ。それでは、是非お力を貸して頂けますかね?」
「当然、当然。どーんと泥船に乗ったつもりで任せなさいって!
で、ロッテ!アンタはどーなの?まさか分からないなんて言わないっしょ?」
「……当たり前でしょう?私を誰だと思っているのかしら?薄い本の納本期限をギリギリまで延長するのよりも簡単なお仕事ですわ。」
それは、印刷業者の方が大変な目にあうパターンじゃろうて。まあ、落とした場合はこぴーきとほっちきす(商品名)の出番になるのじゃが。
「そうじゃの、総取りというのも不公平だろうからここは……。」
その後、儂ら3人で話し合った結果(喧嘩なんぞにはならんかったぞ?)、仲良く推理を3分割する事に決まったのじゃ。最初がロッテ、次が儂、そしてトリがマキの奴じゃ!捜査では役にたたんかった国際警察たちにも働いて貰い、関係者を集めた上で推理を披露する、という形。まあ、所謂解決編という奴じゃな。これは別に『本格』でも『推理小説』でもないので、今までの情報だけで真相に辿り着けるとは限らんがな!
解決編
「では、まず私から。
密室の中でどうやって被害者は殺されたのか?それは至極簡単な話ですわ。後ろの扉から侵入してきた加害者によって剣を突き刺された。ただ、それだけの事です。」
推理の口火を切ったロッテじゃったが、そこにすかさず無能刑事から質問が入る。
「後ろの扉は開けても壁があるだけだったはずだが?」
「そうですわね。あの時、私たちが扉を開けた時点では。でも、被害者が殺された時点では後ろの扉は別の部屋へと続いていた。」
「なっ!どういう事です!?」
ロッテのその言葉に、無能刑事がオーバーリアクションで答える。まあ、この後はこんな調子で続いていくので、基本的には地の部分を割愛するぞ。くどいだけじゃからな。
「まずはこの宿、建物の秘密から解き明かしてみましょうか?
この建物は3階建て……、のように見えて実際には4階層存在していますわ。」
「外から見る限り、4階があるとは思えないが?」
「ええ。地上から見た限りは。もう1階層は地上からは見えない場所に存在した。つまり、地上3階と地下1階の計4階層となっている、という事になりますわね。」
「そ、そんな馬鹿な!?一体どこにそんなものが……?地下への階段なんてどこにも存在していないはずだが?」
「私たちから見える範囲では、ですね。構造上、そして現実的にみて地下への階段、或は梯子のようなものは何処にあるのか?答えは簡単ですわ。フロントの裏側。そう、中央の部屋の北側ですわ。」
「なっ!確かにあそこに部屋はあるが、地下への階段など見当たらなかったはずだが?」
「捜査力が足りないだけでは?まあ、その話は後にしましょうか?それよりも先にこの建物に隠された秘密と、被害者との関係を解き明かしましょう。
この建物には4階層存在する事に加えて、もう1つ秘密の仕掛けがありますわ。
ねえ、皆さん、この宿はとても不思議な造りになっておりますわよね?何故か壁が全て2重、扉も2重。窓もなく、夜中は外に出られないよう施錠される。宿代が格安とはいえ、怪しさ満点、てんこ盛りですわ。これで抜け道の1つも無いようでは、館ものの読者に叱られてしまいます。」
「それが何だというのです?身元の怪しい連中や新人冒険者たちを格安で泊める代わりに、防犯体制をしっかりとっている、という事でしょう?」
「いいえ。この構造には別の意図が隠されていますわ。それが、もう1つの秘密です。至極簡単に言えば、この建物の中央部――つまり、フロントおよび被害者の部屋以外が上下にスライド出来るようになっているのですわ。」
「!」
「つまり、夜の間に上へとスライドし、2階は3階へ、1階は2階へ、そして地下1階は1階となっていた、という事です。夜間に外へ出られないのは、いつもの出入り口が2階になっていて、外側の壁には扉が無いため、です。そして、3階への扉が閉ざされている事・窓が無いのはスライドした事を悟られないため。2重の壁と扉も同じ目的。被害者を見つけた明け方に覚えた浮遊感は、フロア全体が下降をしていたからですわ。」
「……俄かには信じられませんな。」
「そして、『中央部以外』の意味は、その後ろにある地下へと通じていた部屋も同時にスライドする、という事です。つまり、フロント背部にある部屋が2階、被害者の部屋と繋がる事を意味します。犯人はその通路を通って被害者部屋に侵入し、殺害した。そういう事ですわ。」
「それでは、犯人はマスター?」
その質問に沈黙と微笑みで答えるロッテ。そろそろバトンタッチというところかの。
「さて、私はここまで。次はオロチの番かしら?」
「そうじゃな。ここからは儂が。次は何故、被害者は殺されたのか、だ。
その理由を推察するには、まずこの建物に何でこんな酔狂な仕掛けを施されているのか、というところを考える必要がある。通常の3階部分は単なる空スぺ―スで、唯一あるのは2階と同じような中央部のみ。被害者直上の部屋はダミーだとすると、秘密は当然地下にある。」
「結論から言おうかの。この宿は人身売買、恐らくは小さな女子供を売り買いする場所だった、と考えられる。」
「人身売買ですか!?」
「そうじゃ。地下1階がどういう風になっているかは、実際に行ってみれば一目瞭然じゃが、恐らく、売買する子供を牢に閉じ込めておき、購入者が外から品定めを出来るようになっているのではないじゃろうか?取引が成立した場合は、品物を眠らせ、スーツケース等に入れて部屋へと持ち帰る。そして、翌朝何食わぬ顔で出ていく訳じゃ。
この宿は被害者を含め、大きなスーツケースを抱えた怪しげな連中によく使われていたらしい。そして、その連中は決まって被害者が泊まった部屋を使用していた。つまり、あそこは購入者専用の客室だった、という訳じゃな。そして、1階の客室に泊まると、夜子供のすすり泣く声が聞こえる、という話とも繋がるの。」
「そして、今回の被害者は何故かスーツケースを持ってきてはいなかった。つまり、売り買いではなく別の意図を持っていたという事じゃ。ここからは単なる想像じゃが、恐らく被害者はその仕事から足を洗いたかったのではないだろうか?そのための話合いをしようと訪れたが、犯人に始末されてしまった、という事になるの。さて。最後はオヌシじゃ、マキ。」
「はい、は~い!満を持して、真打、私様の出番という訳ね~!
皆お待ちかね、『誰がやったか』なんだけど――うぷぷぷぷ。もう皆分かっているわよね~。
マスター、では勿論ないわよね!私様たちが最初に被害者部屋――というか3階のダミー部屋を確認して外に出た後、マスターは1階の客室に声を掛けつつ、憲兵を呼び、上へと戻ってきた。流石にその間でフロントを経由して被害者を殺害、戻ってくるような時間はないわ。剣で突き刺せば返り血も多少は浴びるでしょうし、着替えでもしていたら、私様たちに気づかれる恐れもあった。」
「そこで、部屋の配置をよく考えてみると、答えはおのずと出てくるって訳!
夜間、階段直ぐ近くの食堂は閉められていて、そのままでは出口側へはいけない。当日ちゃんと閉鎖されていたことは、1階の客たちも確認している。だから、フロントへは一旦回り込んでいく必要がある訳だけど、順番に声を掛けて行った場合に最後になるのは誰か?
こ・た・え・は簡単、憲兵あんたね!」
犯人と名指しされた憲兵は驚愕の声を上げる。
「なっ!」
「つまり、こういう事!
マスターが私様たちを3階のダミー部屋に集めて中に入らせ、何もないのを確認させる。
その間にあんたが被害者を殺害し、フロントを経由して2階の自分の部屋へと向かう。その際にフロアスライドの仕掛けを起動させた。マスターは他の客室に声を掛け、部屋を出ないように注意するけど、あんたはどの道最後。自分の部屋までの間に客室は無いので、上手く立ち回れば何の問題もなく自分の部屋に戻れるわ。万が一、外に人がいたらマスターが注意するので、それを見届ければいいだけ。
部屋に戻ったあんたは、マスターに呼ばれた体で、何食わぬ顔をして私様たちのところまで来て、中の死体を確認したって訳ね。不用意を装って死体をべたべた触っていたのは、返り血を浴びたのが多少残っていたとしてもごまかせるように。」
「……と言う訳で、答え合わせのために、憲兵・マスターの部屋を確認させて貰いましょうか!虱潰しにすれば仕掛けも全部見つかるっしょ!何だったら、1階の床をぶち抜いてもいいしね!」
「……ふむ。そうですな。多分に推測も含まれているようですが、荒唐無稽とまでは言えませんな。とりあえず調べさせて貰いましょうか?勿論、嫌とはいいますまいな、お二方?」
無能刑事の有無言わぬ口調に、観念したような顔を見せるマスターと憲兵。その後の調査で、儂らの推理通りの仕掛けや、血を浴びた服などが発見され、二人は逮捕される事となった。濡れ衣も晴れて万々歳じゃな!こうして、事件は幕を閉じ、冒頭の話へとつながる訳じゃ。