~第四章~ 東方小国群 ライクライ
「申し訳ございません!そちらに数匹行ってしまいましたわ!」
「任せろ!」
カンナの魔術が討ち漏らした魔物にクレイが駆け寄り、得物を一振りすると大き目の個体が地に倒れ伏した。分断された残りに対してもレンとアレンの魔術が撃ち込まれ、その息の根を止める。うん。いい感じね。レンの奴はまだまだだけど。
……こ、こんにちは。何か知らないけどリリシアの代わりに冒頭だけ担当しているミレニアです。よ、宜しくね!え?普通に話せって?どうせ長く続かないのだから?余計なお世話よ!
ご、ごほん!もとい!ゼスタネンデでオロチさんの事件を解決した後、暫く休息をとった私たちは、再度南下して東方小国群ライクライと呼ばれる、その名の通り小さな国が多数集まっている地域に来たわ。
休みの間は、カンナの誘いで温泉に行ったりして英気を養ったので、今は皆元気いっぱい、というところね。カンナも仲間に加わって戦力も充実した感じ。これでより一層お金儲けに励めるって訳!カンナには色々な意味で頑張って貰いたいわね!兄貴程ではないにせよ、手強いでしょうから!
何か、オロチさんの事件はヒュペリカが黒幕だったらしく、あの後直ぐに姿を晦ませちゃったみたいなの。結構優しそうな感じの人だったのに。色々とよくしてくれていたし。人は見かけによらないわね。気を付けないと。
リリシアはそれが分かっていて、二人きりで話をしていたって事なのかな?まあ、彼女ならそう簡単にやられたりはしないだろうけど、余り危険な真似はしないで欲しいわね。やっぱり心配になるし。それと、話の内容も気になるんだけど……。まあ、いずれ話す気になったら教えてくれるだろうから、気長に待つことにするね!。
魔物たちを退けながら順調に旅を進めていた私たちは、ライクライの中でも大き目な街に立ち寄ったのだけど、そこで――。といったところで今回の話が始まる訳。ここからはリリシアにバトンタッチ。慣れない事をしたもんだからちょっと疲れちゃったわ。後は宜しくね!
はい、皆さんこんにちは。勇者候補一行の記録係、リリシアです。以前口にした事を実際にやってみようと思い、今回は冒頭をミレニアさんにお願いしてみました。これが世にいう有言実行、という奴でしょうか。私はやるときはやる女です。何か違う感もしますが。
ミレニアさんが言われた事の繰り返しですが、今、私たちはライクライでも有数の大都市へやって来たところです。まあ、もとが小国の寄せ集めでしかないため、大きいと言ってもたかが知れておりますが、今後の冒険の拠点にするには十分なレベルです。ゼスタネンデで懐が温まったとはいえ、長い間遊んで暮らしていける程ではありませんので、この街のギルドで暫く仕事にありつこう、という腹になります。働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり?と言ったところでしょうか。
そんな甘い魂胆で街を訪れた私たちでしたが、意外や意外、簡単に仕事にありつく事が出来ました。いい事が続く事もあるのですね。最初から最後まで一貫してそうであればよいですが。
「私宛ての手紙ですか……?」
ギルドに入り、早速依頼を物色しようとした私たちでしたが、唐突に呼び止められると、カンナさん宛の手紙を手渡されました。しかも、かなり凝った意匠の施されている、どことなく高級感を醸し出している封筒に包まれておりました。ゼスタネンデの際はカンナさんからの手紙が起点となった形でしたが、今回も何やら偉い人からの依頼か何かでしょうか?前回が前回なだけに、あまりいい予感はしませんが。コネがあるのはいいですが、それが最終的にいい方に向くとは限らないですからね。
「王家の紋?差出人は……プリメラ、ですか?」
やはり、『はいそさいえてぃ』な方々からのお手紙だったようです。因みにプリメラさんというのは、この街が所属する小国の王女様で、カンナさんとは1つ、2つ違いの妹のような存在とのことです。だからでしょうか、唐突のお手紙でカンナさんの顔は困惑気味ですが、同時に口元の緩みも見てとれます。
カンナさんは暫くの間手紙を黙読した後、意を決したように言葉を発しました。
「……あの皆さん、ご相談させて頂きたい事があるのですが、少し宜しいでしょうか?」
ギルドに用意された個室にて密談?を行い(あまり声高に話をしていい内容ではないですので)、今回の依頼の概要を伺いました。
手紙でほいほい重大事項を漏えいさせる訳にもいかず、『詳しくは会ってから』というのが内容の総括になりますが、概要としては次の様な事のようです。
一、今、この国で奇怪な事件が起きており、強力な魔物によるものである可能性が高い
二、兵を動員してどうにかしたいが、国内外への影響を鑑み、大たい的には行えない
そして少数精鋭を送り込んだが消息不明となった
三、信頼でき、かつ優秀?な冒険者である私たち(カンナさん)に相談、解決を依頼したい
私たちにはまだベテランと言える程の経験も実力もないので、『優秀』というところは若干疑問符が無い訳ではないですが、まあ、藁をもすがる思い?という事なのでしょうかね。『強力な魔物』が何なのかにもよりますが。仮に、人型で高位な方々だったりするととても危険です。
それはそれとして、箇条書きというのはとても便利ですね。何でも、人間が一度に理解できるのは3点位までなので、それ以下にポイントを絞るといいのだとか。他にも、紙一枚にまとめるだとか、そう言った観点のテクニックは色々あります。便利なツールは発明されますが、人間の頭そのものは便利にはならないのでしょうかね?『使う奴らが進化していない』、みたいな。逆に、自ら『人がそんなに便利になれるわけ、ない』とか言っていた方もいたでしょうか。
「出来れば、助けてあげたいのですが……。話を聞くだけでも、ご了承頂けないでしょうか?」
「カンナの妹ね……。まあ、いいんじゃない?お友達価格で報酬も期待出来そうだし。」
普通のお友達価格は逆の意味だと思いますが。それに……。
「はっ!何を言っているのだか!前回それで大変な目にあったというのに、もう忘れたのか!」
はい。私の言いたかった事をレンさんが代弁して下さいました。ぐっじょぶ?ですが、残念ながらそれは不用意な一言です……。
「はあ?何、あんた?ゼスタネンデでの事は私のせいだって?浅慮だったとでも言いたいのかしら?私に喧嘩売っているの?年中閉店セール位の高さで!
それに、カンナの前でそんな事を言うなんて!あんたこそ頭の中かぼちゃなんじゃないの?そんなんだから友達が少ない、ぼっち引きこもりなのよ!」
「なっ!お前こそ……!」
依頼の話をそっちのけで言い争いを始めるお二人。これは、いつもの流れでしょうかね。
「あの、お二人とも……。あの件は、私のせいで皆さまを危険な目にあわせて申し訳なく……。ですから、喧嘩は……。」
おろおろとしながら仲裁しようとするカンナさん。そんな混沌とした場を収めたのは、やはり我らがリーダーでした。
「落ち着け!3人とも!
……とりあえず、ゼスタネンデの事は置いておこう。今回の事とは関係ない。そして、俺としてはまず依頼を聞いてみたいと思う。王族絡みだと、断れない事態になるかもしれない、という懸念があるのは分かる。それはリスクだが、俺としては仲間の知り合いをそれでだけで切り捨てるというのはいい判断とは思えない。それに、勇者候補としては、強力な魔物を放置してはおけないしな?」
最後は若干ちゃかしが入っておりましたが、概ねアレンさんの本心なのでしょう。残念な事に、カンナさんの想いは通じておらず、一般論的なところで留まっていそうではありますが。残念なイケメンですね!カンナさんの期待に満ちた瞳が哀れに思えてきてしまいます。
「そうだな。俺もアレンに賛成だ。何者だか分からないが、強力な魔物が、敵対している訳でもない近くの国々で跋扈している状況というのは歓迎出来ない。少なくとも情報収集はしておく必要がある。」
クレイさんも同意をします。これで大勢は決した形ですかね。まあ、レンさんも本気で反対しようとしていた訳ではないと思いますが。
「ふっ、ふん!まあ、この俺様の実力をもってすれば、『強力な魔物』とやらも物の数ではないからな!力を貸してやらんこともないぞ!」
「あんたは前回、冷房の代わりにしかならなかったでしょうが!」
はい、皆さまの合意が得られたところで、私たちはプリメラさんのいらっしゃる城へと向かうこととなりました。そろそろ、無謀と慢心の精霊さんが仲間になってくれたりしませんかね?
そうしたら、実力と言動が一致?するかもしれません。
「カンナお姉様!お会いしたかったですわ!」
そういって、カンナさんの胸に飛び込む毛玉、ではなく小柄な少女が一人。赤みがかった髪に小動物を思わせる可愛らしい顔。まだ未成熟ながら将来性を感じさせる細長い四肢を包むのは桃色のフリフリドレス。総じて『ほわほわと』した印象を受けます。私には真似出来ない格好ですね。そして、何となく薔薇ではなく百合の花が似合いそうな感じがします。この方が、今回の依頼主であるプリメラさんでしょうか?
「こら!プリメラ!はしたない真似はよさんか!」
玉座の主に窘められ、プリメラさんが渋々とカンナさんから離れます。
「ごめんなさい。でも、カンナお姉さまのお顔が見えたら居ても立ってもいられず、つい……。」
若干申し訳なさそうな感も醸し出しておりますが、不満気でもあります。そこをカンナさんがフォローします。
「いえ。私は大丈夫ですわ。プリメラ王女、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。」
「お姉様こそ!お元気そうでとても嬉しゅうございますわ!
ゼスタネンデでは大変だったそうで、私、とても心配致しましたわ。」
喜んだり、膨れたり、沈んだりと表情豊かな方のようです。若干演技っぽい感がする位のオーバーリアクションです。これが、若さというものでしょうか?歳はとりたくないものですね。
ところで、この辺一帯は前大戦時にゼスタネンデに選挙されていたという過去があります。それを考えると、プリメラさんの態度には若干違和感を覚えないでもないです。まあ、若い世代に過去の遺恨は関係ない、ということなのかもしれませんが。それを、政治的に利用されていなければ。
「ここでは何ですので、隣の部屋で詳しい話をさせて頂きますわ。美味しいスイーツも用意しておりますのよ。」
「うむ。この件はプリメラに一任しておる。また、件の魔物に詳しいものも呼んでおるので、話を聞かれ
るとよかろう。済まぬが頼んだぞ!」
玉座の主にも追認され、私たちは隣の部屋でスイーツを頂く、もとい、依頼の詳細を伺う事となりました。
「という事でして。その村の付近の森ではもともと、強力な吸血鬼が居を構えているという話があり、そのもの、『ロッテ』と呼ばれるものが元凶ではないかと。」
案内された部屋で、初老のナイスミドル、メドレさんという貴族の方からして頂いた話を要約すると、次のような形になります。別に、かろりー摂取の片手間で聞いていて、細部を覚えられなかった訳ではありませんよ?ええ、勿論。甘いものを食べると、頭も冴えわたりますね!
①最近、首都からそれなりに離れたところにある村で、住民が全身の血を抜かれた状態の変死体で見つかるという事件頻発している
②調査と対応のため、精鋭の兵士一団を派遣したが、調査途中で行方不明となり、また怪事件も未だ続いている
③件の村付近にある森には古来より強力な吸血鬼が棲んでいると言われており、最近目撃証言もみられるようになった
前回同様3つに纏めてみました。手抜きではないですよ?本当ですよ?判例主義というのは、法の下の平等を実現するための手法の一つなのです。まあ、今回は唯単に前例を踏襲しただけなのですが。前例主義と判例主義とでは意味合いが異なりますね。
ちなみに、このメドレさんという貴族の方は、どうやら魔物に関する権威でもあるようです。
ところで、権威といわれるものは、現在・未来の成功を担保するものなのでしょうか?先祖が何らかの功績を遺したという事が、その子孫の資質、能力・成功を保証するものではないのは、歴史により繰り返し証明されてきた真実の一つかと思います。そこから類推すれば、異分野、或は過去の成功・功績等でも同じ事が言えそうです。同分野、近い過去の功績であれば、多少は考慮に値するかもしれませんが。目の前にあるものだけから将来を読むのは大変、選択の責任を負いたくないということで、そういったものを利用されているのかもしれません。
「このご時世、あまり他国を刺激する訳にもいかず……。民にも不安が広がりますし。
そこで、是非とも優秀な冒険者であらせられます皆さまにお願い致したく!どうか、お引き受け頂けま
せぬか?」
因みに、このお二人――プリメラさんとメドレさんはただならぬ深い?仲だとか。祖父が得意な結婚を前提に、とかいうあれですね。祖父は責任をとったりしませんが。親娘レベル、或はそれ以上かもしれない年の差です。時々いらっしゃいますよね、オジ(イ)サン好きの若い娘というのは。まあ、私が『若い娘』呼ばわりするのはどうなんだ、と思わないでもないのですが。
「最初お話させて頂いた時から、とても気が合いまして……。それで気づいたら頭から離れなくなってしまっておりましたわ。歳の差なんて気にならない位に。
……勿論、お姉さまは別腹ですけれども。」
別腹、というところを掘り下げると危なそうなので、この話題は避けた方がよさそうです。
『とても』年上好きや、ロリ……、は実年齢を基準に裁定されるものなのでしょうか?或は、外見を基準にするべきなのでしょうか?同じ種族同士ならば、という前提に関する論点もあり、実年齢と外見の相関が人間とは異なる種族も多々ありますので、人間と魔族、或は人間とエルフといったような異種族間の組み合わせだと中々判断が難しい事になりますよね。オロチさんのような合法ロ……、の方もいらっしゃいますし。そもそも外見が好きに変えられたら何の意味もないですしね。
概ね皆さんの方針は決まっておりましたが、アレンさんが皆の総意を代表して、依頼をお受けする事にしました。
「俺たちでお力になれるかはまだ分かりませんが、お引き受けしましょう。」
そんなこんなで、今回も餞別代りに多少の前金を頂いた私たちは、消耗品類を補充しつつ、件の村へと向かう事となりました。今回は銀製品だとか、建築物を固定するための道具だとかを準備しておけばよいでしょうか?疲労回復に役立つ香味野菜は臭いがちょっと……。よく加熱したり、食後に牛乳を飲んだりすれば大丈夫らしいですけど。
「確かに昔からそんな噂が有り、血を吸われたという話もありましたがね……。最近みたいな乾涸びて死ぬ、何て事は無かったのですよ。」
首都を出て北上すること一週間程。村にたどり着いた私たちは、早速聞き込みを開始しました。
「それに……、犠牲者がですね……。」
「何かお気づきになられた点でも?直接事件に関係なさそうな事でもよいので、お話頂けませんか?」
若干言いよどんで言葉止めた村人に対して、クレイさんが先を質します。
「ええ、いやね……。昔は、何だその、若い娘ばかりが被害に遭っていた気がするのですがね。最近のは……、それこそ老若男女問わず、手当たり次第みたいな感じでして……。」
その話が本当だとすれば、事件の犯人と思しき吸血鬼の方が、趣旨替えでもされたのでしょうか?若い生娘?を標的にするというのは、如何にもという感じがします。最近目覚められでもして、食糧が足りておらず仕方なくとか、そんな事情なのかもしれません。
「カリヤン王国の兵士たちは、どちらの方へ向かったか覚えていらっしゃいますか?」
カンナさんが、行方不明となったという兵たちに関しても問いかけをされました。前情報通り、村に兵士たちの姿は全く見当たりません。彼らの消息に関して情報が得られれば、事件の犯人に繋がる可能性は多々ありますので、順当な質問です。
「兵士様たち、ですか……。昔から吸血鬼の住処があるという噂の、東の森の方へ向かわれたような気がしますが、正確にはちょっと……。」
「他にも気になる点が?」
そこで、再び何かを飲み込んだ風だった村人に対して、クレイさんが切り込まれました。
「いえ……。気のせいだとは思うのですが、兵士様たちが行方不明になられてからの方が、事件が頻発するようになったような……。」
兵士さんたちが住処に踏み込んだ事で刺激をしてしまった可能性もありそうですね。
「他に何かお気づきになられた事はございませんか?どんな些細な事でも構いませんので、お話頂けたら幸いです。」
最後に、アレンさんが更なる情報提供を要請します。現時点、事件の全貌が全く見えていない状況ですので、とりあえずどんな情報でも欲しいところです。お隣のご主人が街の色街で……、的な奴は遠慮したいですが。
「他ですか……。何かありましたかな……。
そうだ!今回の件と関係あるかは分かりませんが、最近旅の若い女性がお一人で訪ねて来られました。」
「若い女性、ですか?」
こんなへん……、主要都市から外れたような村に若い女性が一人で訪ねてくる、というのはちょっと違和感がありますね。傷心旅行とか、そんなお話でしょうか?急に海が見たくなった、とか。周りには水ではなく樹の海しかありませんが。
「ええ。恐らく冒険者の方だと思うのですが……。最近妙な事件が起きているので危険だと警告したのですが、自分は大丈夫だと言ってそのまま東の方へ行かれてしまいまして。お若いけれども礼儀正しい、身なりのしっかりとした方だったのですが。その方もそれっきりでして。昨日の話です。」
「なるほど。ありがとうございます。もし、その方を見かけたら、俺たちの方からも早くこの場を離れるよう忠告しておきます。」
こんな時に冒険者らしき人間が訪ねてくる、というのは果たして偶然でしょうか?或は……。
「ええ。ええ。お願いします。」
そんなこんなで、村で情報収集を済ました私たちは、次の日には東の森へと捜索に入ることとして、宿(正確に言うと村長さん宅の空いた部屋)に一泊しました。そして、その晩……。
「きゃーー!!」
ようやく眠りについた私たちを起こしたのは女性の悲鳴でした。
「なっ、なんだ!?」
そして、急ぎ駆けつけた私たちを迎えたのは、話に聞いていた通り、全身の血を抜かれ乾涸びた死体と、その脇にへたり込む女性の姿でした。死体の方は、服装からすると男性の方でしょうか?
「い、いま、変な魔物がっ!!」
どうやら、件の魔物が村人の血を吸い取って何処かへと去っていったようです。私たちが村に入ったのを計ったかのような絶妙なタイミングですね。これも勇者の血のなせる業という事でしょうか?事件が探偵を呼ぶのか、探偵が事件を呼ぶのか、といった感じのお約束的何かです。まあ、探偵が来ても来なくても、今もどこかで事件は起こっていることでしょう。
「大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「わ、私は大丈夫ですので……、早く魔物を!お願い致します!」
女性を心配して声を掛けるアレンさん。どうやら悲鳴の主の方は特段被害に遭われてはいないようで、一安心です。
「……、分かりました!よし、行くぞ!」
「分かっているわよ!」
魔物を追って、女性の指さす森の方へと駆け出す私たち。果たして、今からで追いつく事は可能でしょうか?……結果から言えば、その心配は杞憂に終わりました。そして、私たちを出迎えたのは想像を超えた状況だったのです。
そこは血と死体に埋め尽くされておりました。死体の大半は、身に着けている武具からこの国の兵士だろうと推測されます。中には、体の一部が蝙蝠?にでも変化したような、異形のものも含まれております。そして、その山の中央には一人の女性が佇んでおりました。
「君たちは……、冒険者か?こんなところに何の用だい?」
その女性は私たちの姿を認めると、平然と話しかけてきました。ボーイッシュな口調のハスキーボイスが耳に心地よく、それが周囲との対比で違和感をもたらします。
「お前こそ何者だ!?こんなところで何をしている?」
周囲に満ちた血の匂いに触発されたのか、若干興奮気味のアレンさんが問い返します。
「僕?僕はロッティーシャ・ターゲッフェンガー。誇り高き闇夜の眷属さ。何を、というところは単純な話。我々の誇りを汚す者たちに粛清を加えていた。ただそれだけの話だよ?」
そう言い捨て、ロッティーシャさんは周りの骸たちに侮蔑の視線を向けました。口調にあった短い髪が微か揺れ動きます。村で聞いていた、礼儀正しい女性の方、というのはこの方の事でしょうかね。
「お前は……、吸血鬼か!今回の事件を引き起こしていたのはお前なんだな!?」
「?だから、粛清を加えていた、と言っただろう?」
アレンさんの詰問に困惑した表情のロッティーシャさん。確かに、何となく話が噛み合っていない感はします。ただ、自らを『闇夜の眷属』と称しておられたことからすると、吸血鬼であることは間違いなさそうです。また、それが今回の事件の犯人とイコールであるかは不明ですが、少なくとも、今目の前にある惨状に関しては彼女がやったものである事も確かなよう。
「君が何者で、何を目的としてこんなところにいるのかは正直よく分からないが、少なくともこの兵士たちを惨殺したのは間違いないな?冒険者として、これは流石に見逃せないな。とりあえず取り押さえさせて貰う!」
クレイさんが冷静にそう言い放ち、武器を構えます。それに合わせて、他の皆さまも戦闘態勢へと移行しました。
「君たちはこいつらの仲間ではなさそうなので、僕としては特に争うつもりは無いのだけど……。そちらがやる気ならば仕方無いね。相手をしてあげようか!可愛い娘たちをお土産にしたら、お姉様も喜んで下さりそうだしね!!」
ロッティーシャさんが腰の細剣を抜き放ち、私たちへ向けて構えると同時に、周囲の闇が増したように感じられ、無言圧力が私たちを襲いました。これは、中々強大な力を持っていると考えた良さそうです。まあ、精鋭?である大量の兵士を簡単に屠っているところからして、それは明らかな事ではありますが。
「英霊の力よ!我らの武具に貴君らの加護を!」
「風精よ!力を貸して貰うぞ!」
まずはカンナさんが皆さんの武具に神霊の力を宿らせるとともに、レンさんが風精にお願いして身体を軽く、動き易くします。まあ、強敵との戦いでは定番の、補助魔法で能力アップ、という奴ですね。これがあるのとないのとでは、ボス戦での生存率が大きく変わってきます。しょーがくせいにそれを求めるのはどうなんだ、というのはありますが。
「ふふっ!まずはこんな感じかな!?」
それを見てとったロッティーシャさんは、軽快な動きで死体の山から駆け下りると、アレンさんに対して神速の突きを繰り出してきました。
「ぐっ!?」
それを辛うじて捌いたアレンさんは、勢いをいかしつつ切り返しを狙いますがそれはいとも簡単に空を斬り……。
「遅いよ!」
ロッティーシャさんが放った蹴りをまともに受け、吹き飛ばされます。とんでもない威力ですね。流石は吸血鬼、身体能力は桁違いのようです。それにしても、短いスカートで蹴りだなんて、中が見えていてもおかしくありませんね。なんと破廉恥な?
「このっ!」
「はあぁっ!」
すかさず、ミレニアさん・クレイさんが斬りかかります。ですが……。
「甘い!」
それも、簡単に受け止められてしまいました。クレイさんの剣は細剣で絡めとられ、ミレニアさんの方は腕を抑えられています。
「ぐっ!!」
そして、クレイさんの方は、『お前はいらない』とばかりに、直蹴りで吹き飛ばされてしまいました。一方のミレニアさんは、振り払おうと力を入れてもビクともしない、という有様です。それどころか、もう一方の腕もとられ、顔を近づけられます。
「な、何よ!」
ロッティーシャさんは無言のままミレニアさんの首筋に舌を這わせ、舐めとるような動きをみせます。突然の所業に、ミレニアさんも若干腰砕け気味になりました。
「ちょっ、ちょっと……!」
「ふうん。そんななりで、結構可愛いんだね?まだ男も……。」
と、そこでミレニアさんの渾身の蹴りが繰り出されたため、ロッティーシャさんは慌てて飛びずさりました。
「な、なにを言おうとしてんのよ!!あんたは!!」
「ふふふ。まあ、いいや。次行こうかな?」
どうやら、舐めとった血液成分から、乙女の秘密?も暴けるようです。とても危険な能力ですね。気を付けないと。そんな事、あんな事が白昼に晒されてしまいます。がくがく。というか、やっぱり怪しいお店で裏メニューを担当されてはいなかった、という事でしょうか?
「雷光よ!彼のものww……。」
「あんたは邪魔!」
レンさんが隙をついて古代語魔術による攻撃を試みようとしましたが、いつの間にか接近したロッティーシャさんに蹴り飛ばされ、あえなく中断となりました。心なしか、他の方々より飛距離が長いように見受けられます。色々と軽い感じだ、という事でしょうかww?
「光輝を!彼のものを打ち据えなさい!」
そして、カンナさんも魔術攻撃を試みますが……。
「まだまだだね!」
それを、いとも簡単に素手で弾いたロッティーシャさんは、カンナさんの更なる追撃も軽くステップを踏んで避けながら接近します。
「あんっ!」
そして、ミレニアさん同様、カンナさんも舌による成分分析の餌食となります。ちょっと色っぽい感じでしたね。ゴチソウサマデス。
「ふふっ。こっちも、中々の上物!これはそそられるね!」
何だか知らないですが、ご満悦のようです。とりあえず、これで満足してご退散頂けないでしょうかね?それ以上は妄想の中だけにして下さい、みたいな。
「あとは……、と!」
残念ながら、私の方に狙いを定めて来られたようです。何で性別がばれたのでしょうか?匂いとかで判別出来たりするのですかね。単純に夜目が効くので光が遮られていても関係ない、と言うだけかもしれませんが。そして、ちらりと目に入ったクレイさんの表情が、心なしか期待に満ちているように見えるのは気のせいでしょうか?最近、ちょっと疲れ気味なのが原因ですかね。養生しないといけません。効いたよね?早めの何たら。まだ飲んでいないですけれど。
いつの間にか接近してきていたロッティーシャさんの手を紙一重で避けてすれ違ったところまでは良かったのですが、余計な事を考えていて反応が遅れて、覗き込まれたフードの中で目を合わせる羽目となりました。
「君は……!」
驚きの表情を見せたのち、数歩進んだところでロッティーシャさんが動きを止めました。そして、暫く
すると、肩や頭を震わせ、突然大きな声で笑いだしました。
「はっ、はははははははっ!
これはいい、退屈な仕事かと思っていたら掘り出し物に出会えたかな?
とはいえ、これは僕が先に味見をしたら怒られてしまいそうだ!」
「?何を言っているんだ!」
そこで、こちらを振り返られたロッティーシャさんは、元いた山の上へと飛び移り、疑問顔の私たちに言い放ちます。
「ふふふ。残念ながら、僕だけで君たちをもてなす訳にもいかないみたいだ。
きっと、お姉様が盛大に歓迎して下さる事だろうから、この奥へと進むといい。
暫く行けば、美しき居城が君たちを出迎えてくれる!」
そういって、更に東の奥を指さしたロッティーシャさんは、私たちをその場に置き去りにして、奥へと去って行ってしまわれました。
あまりの早業に、暫くの間呆然と佇んでいた私たちでしたが、今更あとに引く訳にもいかず、その後を追って奥へと歩を進めることとなりました。
ロッティーシャさんの宣言通り、森の奥には瀟洒な城が鎮座しておりました。そして、その門は固く閉ざされていたのですが、私たちが近づくと音もなく口を開き始めました。世界一のもーたーでも付いているのでしょうかね。『休みたいならば辞めればよい』とか言っていたのに、急に手の平を返して『残業ゼロを実現する』とか言ってみたりとか。残業『代』を0にする、という意味かも知れませんが。働き方改革、って奴ですね。
「入って来い、ということか……。」
先ほどのロッティーシャさんもかなり自信家のきらいがありましたので、『お姉さま』の方もそれに違わぬ性格なのかもしれません。実際、相当な実力でしたので、それ以上となるとかなり厳しい感は否めません。というより、今から引き返してもいいでしょうか?城主の趣味嗜好の観点からも、嫌な予感が天井知らずです。
そんな私の思いはつゆ知らず、皆さま中へと進まれてしまいましたので、私もそれに従います。時には諦めも肝心です。最悪でも命は取られずに済むでしょうか?玩具にはされそうですが。着せ替え人形とか。
そして、全員が入り切ったところで、開くとき同様に音もなく退路が断たれることとなりました。これは、全滅しても外からやり直しが出来ないパターンっぽいですので、覚悟して進んだ方がよさそうです。
中へと進んだ私たちの前に、半透明の童女が唐突に姿を現しました。こんなところに居るはずのないものなのにも拘らず、何故かいるのが当然といった感じで、全く違和感を憶えません。そして、害意も全く感じられませんでした。それは、他の方々も同様だったらしく、童女に対して臨戦態勢をとられた方は誰もいらっしゃいません。
その子は無言のまま私たちを先導し、城の奥へと導いていきます。罠の可能性が高いとはいえ、漠然と広大な城を探索するのは得策ではないので、黙って着いていく事にしました。
音のもなく歩き続ける事しばらく。途中、脇に目をやると招き入れられる事なく通り過ぎた脇の部屋の中には、生かさず殺さず話を聞くためのものらしきものも視界に入りましたが、今は見ないふりです。中に誰もいませんよ?
そして、ダイニング?らしき部屋の手前で童女が立ち止まると、こちらを向いて一礼しました。やっぱり中に入れ、という事でしょうかね?
皆さんが意を決したように次々と中に入られたため、いつも通りしんがりは私と相成りました。
「道案内、お疲れさまです。お邪魔して申し訳ございませんでした。」
私が声を掛けると、童女はびくっと驚いたような表情になりましたが、直ぐに頬を上げ笑いかけてくれました。万が一、次来る事があれば、何かお土産でももってきましょうかね?
扉の奥へと進んだ私たちの目の前に現れたのは、漆黒のドレスを纏った美少女でした。少なくとも見た目は、ですが。肩にかかった銀色の長いツインテールがゴシック調のドレスとマッチして、怪しげながらも格調高そうな雰囲気を醸し出しております。
少女は手にもっていた白亜のティーカップの中身を艶っぽい唇にて飲み干すと、私たちに落ち着いた口調で話しかけてきました。
「あらあら。無粋な訪問者だこと。こんなところに一体何の用でしょう。」
容姿に合った、よく通る高い声がそう問いかけます。丁寧な口調ですが、その中には嘲りが含まれています。そして、手に持っていたカップもいつの間にか姿を消していました。
「……と一応は言ってみたものの、そんな事はどうでもいいわね。まずは、私の居城に土足で踏み入る無礼者たちにお仕置きをして差し上げないと。長年、訪問者がいなくて退屈していたところだから、丁度いいわ。少し遊んであげましょう?」
そこで、少女から圧倒的な殺気と魔力が放たれました。オロチさんに匹敵するレベルの力を感じます。これは危険な感じがしてきました。束になってかかっても傷一つ付けられない可能性が高そうです。○以下のダメージは無効、みたいな。魂とか、熱血とかが必須ですね!
「皆さん気を付けて下さい!オロチさんクラスの力を持っているようです!」
私が口に出して警告すると、皆さん覚悟を決めたような顔つきで相手に正対されました。
「爆裂せよ!」
「神威の槍よ!彼の者を穿ち貫きなさい!」
まず、レンさんとカンナさんの魔術が直撃した――ように見えましたが、魔力の壁に阻まれ、相手に届くことなく霧散します。そこへすかさずクレイさん、ミレニアさんが斬りかかりますが……。
「!」
同じように魔力で形成された漆黒の羽根がそれらを受け止め、更にお二人を弾き飛ばします。そこへアレンさんが飛び込み、渾身の力で剣を少女の首めがけて振り下ろします。
「くっ!これほどに!?」
剣が首をはね落としたかに見えましたが、実際には皮一枚に阻まれ、そこへ食い込むことすらも許されませんでした。そして、少女が平然とその切っ先を摘んで腕を振るうと、アレンさんは物凄い勢いで壁へと叩きつけられてしまいました。
「この程度かしら?よくこれで私のところまで来ようなんて思ったものね。
長引かせても愉しめそうにないし、さっさと終わらせてしまいましょうか。」
可愛らしく唇に指を当てながら嘲笑した少女は、もう片方の手の指を軽く鳴らしました。すると、漆黒の渦が物凄い勢いで私たちに襲い掛かり、薙ぎ倒していきます。私もどうにか防ごうと踏ん張りましたが、結局耐え切れずに壁へと叩きつけられ、気を失ってしまいました。おお勇者よ、死んでしまうとは情けない?
私が目を覚ますと、目に映ったのは地面に横たわる皆さんの姿でした。まだ息はしていそうですが、気を失う直前に見たのと同様、全身傷だらけでボロボロの状態です。
一方の私はと言うと、何故か椅子に座らされておりました。しかも、見慣れぬゴシック調の衣服を身に着けた状態です。はて?いつの間に着替えたのでしょうか?しかも、体を動かそうとしたのですが、指一本反応しません。何か、大きな力に押し付けられているような感覚です。
「一体どうなったのでしょうか……?」
幸いな事に口は大丈夫のようです。そして、もう一つ動かす事が可能な眼球を使って、周囲を観察します。すると、私の直ぐ横に、椅子の背にもたれかかるような状態で一人の少女がいるのを発見しました。
「あら?もう目を覚ましたのね。うふふ。おはよう。よく眠れたかしら?」
「ええ。十分に。ですので、この束縛を解いて頂けると助かります。」
甘い声が耳朶をうち、くすぐるのを我慢しながら私は答えます。そう言えば、とある業界では、どんな
時間帯でも『おはよう』と挨拶されるのでしたでしょうか。何でも、顔面を白塗りにしたかぶき者たちの挨拶が起源だとか。まあ、そんなことは、今はどうでもいいですね。
「くすくす。流石はマキの娘ね?全く動じていないなんて。でも、駄目よ?もう少しそのまま私とお話しましょう?」
残念ながら、簡単には開放して頂けないようです。ただ、直ぐに何か危害を加えられるという事もなさそうですので、抵抗は諦めて『お話』に付き合うことにします。
「母の名前をご存知だという事は……、貴女がオロチさんの言っていた『ロッテ』さん、という事ですか?」
「ええ。そうよ。私はリーゼロッテ。闇夜の眷属の主、真祖の一人よ。最近はこの辺りを縄張りとしているの。ここに来る途中、私の可愛い眷属――妹に会わなかったかしら?
マキやオロチとは『永遠の17歳』仲間と言ったところね。宜しくね、リリシアちゃん?」
やはり、この方が『ロッテ』さんだったようです。吸血鬼の真祖、という時点で17歳はとても信じられる年齢ではありませんが。まあ、お母さま含めて、皆さん見た目は公称値に準じて若いのですけれどね。
それにしても、何故私の名前をご存知なのでしょうか?お母さまから聞いていたのか、或はここまでの道中の会話をどこかで聞かれていたか。脳に直接聞いた、という怖い想像もありますが、とりあえず脇に置いておきます。
「妹さん、というのはロッティーシャさんの事でしょうか?その方でしたら、不幸な事故で剣を交える事になってしまいましたが、大きな傷を負われることも無く、何処かへと去って行かれました。ついでに、その際ここをご紹介頂きました。」
「あらあら、あの妹ったら……。まあ、貴女は勿論、他の娘たちも含め、私好みだと思って気を利かしてくれたのかしら?」
新たな妹?候補を、という事でしょうか?余計なお心遣いですので、丁重に辞退させて頂きたかったですが。というか、ロッテさんは此処からその様子を伺われていたと思われますので、その上で黙認しただけでしょう。
「まあ、お陰でマキの娘にも会えたことだし……、お仕置きは無しにしておきましょうか。」
「そうして頂けると助かります。どうやら、私たちも勘違いで喧嘩を吹っかけてしまったようですので。」
ここにきて、何となく事件の全貌が見えてきました。正直、動機が見えてこないのですが、まあ、心の中を読む事は出来ないので仕方無い事ですかね。全ては行動その他からの推察で、真実は常に闇の中です。
「いくつか、質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論。もっと、お話しましょう?」
満面の笑顔で了承頂けたので、これ幸いと情報収集をさせて頂きましょう。後で法外な料金を請求されたりしないですよね?原価数円の飲み物が、お話付になるだけで、その千倍、万倍になったりする怖い世の中ですから。
「村の事件は、リーゼロッテさんやロッティーシャさんが起こされたものでは無いのですね?」
「ええ。私は勿論、あの妹も、かわいい娘以外は好みではないもの。それに、乾涸びるまで吸うなんて無粋な真似、闇夜の眷属の振る舞いとして相応しくないでしょう?
ああ、後、私の事は『ロッテ』でいいわよ。」
なるほど。村で聞いた、昔と今とで被害者の傾向が異なる、という話とは合致しますね。やはり、そういう偏った嗜好をお持ちの方だったようです。
「そうですか。ありがとうございます。早速次ですが、ロッティーシャさんが兵士たちを惨殺したのは、彼らが実際の犯人だったから、ですか?」
「ふふふ。そうよ。無粋な真似をした上に、私たちの所為と見せかけるなんて……。私たちへの侮辱だとは思わないかしら?だからね、報いを受けて貰いましたの。」
実行者が『粛清』と言っていたのはそういう理由ですね。自ら『貴族』と称するような方々ですから、相応にプライドがお高いのでしょう。それに見合った実力もお持ちですしね。
「では最後に。あの、兵士たちの中に混じっていた『異形の化け物』は、ロッテさんたちの同族ではない、という事で宜しいでしょうか?」
「ふふふふふ。よく観察しているわね。そう。あれは単なる『人外のなりそこない』と言ったところではなくて?私たちとは全く関係のないものね。一緒にされるようでは心外だわ。」
そうでしょうね。人間が『真似てみた』感じの、洗練されていない形相でしたし。
「要するに、今回の依頼は自作自演、私たちは何らかの意図をもってここへ導かれた可能性が高い、という事でしょうね。」
「ふふふ。そうね。まあ、大方この私に貴女たちを始末させようとでも思ったのではなくて?
まあ、人間たちだけで実行出来た仕掛けだとは思わないけれども。」
裏には……、という事ですね。これ以上は冒険者らしく?自らの足で調査・対応すべき事がらでしょう。ここらで答え合わせは切り上げる事にします。タダより怖いものはなく、またそれ以外でも体で払わせられそうで危険です。妹的な意味合いで。
「色々とありがとうございました。それと、もう一つお願いが。今後の方針に関して相談したいので、皆さまを開放して頂きたいのですが。また、ついでと言ってはなんですが、一部屋お貸し頂けたら。説明・説得には結構時間を要しそうですので。」
「あら?もういいの?……それは残念ね。
部屋の方も構わないわよ。何だったら、私が人間たちを説得して差し上げてもいいわよ?」
表面上穏便な言葉が使われておりますが、お任せしたら大変な事になりそうなので、丁重にお断りすることにします。ただ、首を縦に振るだけの人形になったり、虚ろな目で終始うつむき顔になったりしそうです。
「いえ、そこまではして頂かなくて結構です。後は私の方でどうにかしてみます。」
「ふうん。……まあいいわ。あっ、そうでしたわ。これを返しておきましょう。」
そう言って、私に見覚えのある紅い液体が入ったボトルを差し出します。
「ちょっと味見をしてみたかったのだけど……。」
「そうですか。好奇心に身を任せられなくてよかったと思いますよ。美味しいものは体に良くないものです。大体が脂肪と糖とか。」
そんなこんなで、ようやく解放された私たちは、長い議論を経て、証拠集めと事件解決のための打開策を練るべく動き出しました。詳細は割愛なのですが。
「あら?皆さまご無事でしたのですね!村を出られてから行方不明と聞いて心配致しましたわ!それで、どうされたのです?事件の方は無事解決頂けたのですか?」
謁見の間へと進んだ私たちを見たプリメラさんは、一瞬驚きの表情をみせましたが、直ぐに満面の笑みで上書きして近づいてこられました。
「そうですね。事件の真相がようやく掴めましたので、その報告に。」
油断なく、少し距離をとった状態でアレンさんがそう答えました。
「真相、ですか?それは一体どのような……?」
不思議そうな顔で首を傾げるプリシラさん。その表情には全く偽りがないように見えますが……。
「ええ。今回の事件がプリメラ王女、貴女とそこの貴族、メドレによって引き起こされた、という事です。」
そう言い放ったアレンさんに対し、突然何を言われたのか分からない、といった体でプリメラさんが返します。一方のめどれさんは困惑の笑みを浮かべてはいるものの、平静を保ったままの様子。
「ええ!!それは一体どういう事ですの?私が何をしたと……?
カンナお姉さま!お姉さまも何か仰って下さい!お姉さまは私の事、信じて下さいますよね!?」
そこで、カンナさんに縋るような目を向けるプリメラさん。正に小動物、と言った体で庇護欲を駆り立てられる姿ですが、カンナさんは静かに首を横に振ります。
「プリメラ王女。私も同じ結論に至っています。」
「そっ、そんな!?お姉さままで私を疑っておられるだなんて……。あんまりですわ!」
そこで、助けを求めるように、玉座の主へと向きを変え、訴えはじめました。その表情、目にはまだ余裕のようなものも感じられます。
「お父様!皆さま、何かお考え違いを為さているようですわ!私が事件の犯人だなんて恐ろしい事を……。
そうですわ!別の部屋でお休み頂いて、ゆっくりお話すれば、誤解も解けるはずですわ!そう致しましょう!?」
切実そうに見えるその訴えは、静かに首を振った父親に退けられる事となります。
「プリメラ。そなた達が儂らに掛けた術は既に解けておる。そして、事の真相も全てアレン殿たちから伺っておる。そなたの思い通りにはならぬぞ。」
哀しそうな表情ではあるもののそう言い切った王が片手を挙げると、脇に控えていた兵士たちが進み出て、プリメラさんに矛先を向けます。
「!」
「大人しくしなさい、プリメラ。王族として籍を置きながら、無辜の民を手に掛けたそなたの罪は重い。我が娘とはいえ、容赦は出来ぬ!」
そこで、初めてプリメラさんの表情が変わります。驚きから憮然へと変化し、唇を固く締めたままうつむいて暫く静止します。そして数瞬の後、顔を上げて大きな声で笑い始めました。
「くっくくくくくく!ははははははははははっ!!」
ひとしきり広間に声を響き渡らせた後、私たちの方へと顔を向けました。そこには黒い笑みが貼り付いており、普段の印象を大きく覆す形相です。
「なるほど!村を出た後行方をくらましたので、森の吸血鬼にでもやられて野たれ死んだのかと思っていたら……。こそこそと嗅ぎまわって、私を貶めるための策を弄していた、と言う訳ね!!やるじゃないの!!王族・貴族が集まっているだけあって、冒険者としては二流だけど、権謀術策は一流ってわけ!!大したものだわ!!」
痛いところをついてきましたね。まあ、冒険者としての実力はまだまだというところと、出自その他コネを上手く生かして調査、そして王たちに掛けられた術を秘密裏に解くところまでこぎつけたのは事実なので、その評価は正当だとも言えます。
「何故です、プリメラ王女!あんなにも慕って下さっていたというのに、何故私たちを嵌めるような真似をしたのです!」
プリメラさんは、カンナさんのその問いに、ドス黒い笑顔と声で答えます。
「はあん?そんなの演技だったに決まっているでしょう!あんたの事なんて、最初っから大~~嫌い、でしたわ!!大体、前の大戦で調子に乗って人の国を占領して、好き放題やっていたっていうのに、好かれると思う方がどうかしているわ!しかも、移民合衆国に大敗した分際の癖に、今ではすっかり復興・繁栄しているし!!」
色々と心の内に不満を溜めていたようです。まあ、ゼスタネンデがここら一体に侵攻、占拠していたのは事実ですので、よく思われていないのは特に不思議な事ではありませんが。『共栄圏』という名の傀儡・従属国造り、みたいな。笑顔の演技の下で、復讐の機会を狙っていた、という事でしょうか?
「カミだとかいう化物共の威を借りているだけの分際のくせに!!しかも、移民合衆国にも色目を使って、いいように甘い汁を吸って!!
……だからね?私は決めましたの。力を手に入れると。この国にも力さえあれば、それと同じ事が出来るって!!」
そこで、唐突にプリメラさんが腕を振るいました。それに合わせて、出現した闇が周りの兵士たちを吹き飛ばします。そして、人間とは思えない跳躍力で後ろへと飛びずさりました。
「ふふふふ!!こんな風にね!彼、メドレがそれを叶えてくれる、いや、くれたわ!!」
着地点には、兵を引き連れたメドレさんが変わらず静かに立っていました。プリメラさんは彼にしな垂れかかります。
「ねえ、貴方。私に力を貸して下さるのでしょう?ここにいるお馬鹿さんたちをぐちゃぐちゃにして、一緒にこの国を世界一の大国へと導きましょう!」
妖艶に微笑むプリメラさんの手を優しく引き剥がし、メドレさんが前へと進みでます。そして、何故か私の方へと声を掛けて来られました。はて?何か気に障る事をしてしまいましたでしょうか?目立たぬよう、大人しくしていたつもりでしたが。
「貴様がヒュペリカの言っていたあの……、リリシア・クリステアか!貴様がいる以上、出し惜しみはせん。全力をもって、確実に仕留めてくれよう!」
今まで涼やかなイケメン顔を崩さなかった壮年貴族、もとい魔族のメドレさんが本性を現しました。抑えていた魔力も開放し、蝙蝠のような羽根も生やして若干グロテスクな感も醸し出しております。そして、後ろに控えて、もとい擬態をしていた部下たちも正体を現し、私たちを取り囲みにかかります。
「ヒュペリカさんが何を仰っていたのか存じ上げませんが、それは買被りというものです。私はただの記録係ですので。
……それに、どうやら貴方のお相手は私たちでは無いようです。」
逆に言うと、後ろの方々はちょうどよく私たちのダンスのお相手になるのでしょうか?そう言った私の直ぐ後ろに唐突に巨大な闇の気配が出現しました。
「……なっ!こっ、これは!!」
「ご機嫌よう、皆さま方。」
皆さまのご期待通り、多数の蝙蝠の幻影とともに登場されたリーゼロッテさんが優雅にカーテシーをきめられました。その格好ともマッチして、とても様になっておりますね。
「この昼間から!?デ、デイ・ウォーカーの吸血鬼なの?ま、まさか……。」
その姿を認めたプリメラさんも驚きのあまりか、口をぱくぱくしながら言葉を絞りだします。
「そして、初めまして。私は闇夜の眷属にして、可愛い妹たちを統べる真祖が一柱。リーゼロッテ・ターゲッフェンガーと申します。以後お見知りおきを。」
唖然として言葉も出て来ない一同をよそに、たおやかに微笑みながら自己紹介をされるリーゼロッテさん。若干、一族に対する嗜好が滲み出ておりますが。
「そして、いきなりで大変申し訳ございませんが、皆さま方には死んで頂きますね?」
笑顔のまま、そう言い切るリーゼロッテさん。表情が変わった訳でもないのに、その中に昏さが加わったように思えます。有無を言わさぬ巨大な圧力が周囲を凍てつかせました。ぶるぶる。今年最大級の寒波――冬将軍でも到来されましたかね。雲の発生地点が陸地に近い程、寒気が強いらしいですよ。
「……な、何故お前が人間たちの味方をする!?こんな国や冒険者の事などどうでもいい事のはずだろう!」
場に呑まれ圧倒されつつも、メドレさんがそう疑問を呈します。単なる利益を追い求める獣ライクな方々なら確かにそうなのですが……。
「あら?私たちは誇り高き闇夜の眷属ですのよ?たかが人間や下っ端魔族程度にいいように利用され、それを許容するとでも?それに……。」
そこで、私の方に視線を送るリーゼロッテさん。
「全く知らない娘たちと言う訳でもありませんですし。可愛い義妹候補のためにひと肌脱ぐのは、優しいお姉さまとして当然の行いではないでしょうか?」
不吉な当て字をされた感がとてもしますが、今はリーゼロッテさんに前に出て頂いた方が、都合がよいので黙っておきます。これが、保身という奴ですかね。汚い大人にはなりたくないものです。『歯喰いしばれ! そんな大人!修正してやる!』、『これが若さかッ……(きりっ)』、みたいな。
「……くっ!仕方ない!真祖とはいえ、たかが吸血鬼!この私の敵では!」
「……くすくすくす。エンシェント・シックスならいざ知らず。たかだか下っ端の魔族如きに侮られるとは思いませんでしたわ……。」
プレッシャーを跳ね除け、どうにか虚勢だが強気の発言を絞りだしたメドレさんでしたが、それは死亡フラグというものです。『風が吹けば桶屋が……』的な奴ではないですよ?あれくらい先読みが出来るのであれば、『りゅうおう』にもなれますかね。この『だら』が?
「身の程を知りなさい!!」
かつてない程のプレッシャーという名の魔力が吹き荒れます。思わず私も後退ってしまいました。がくがく。ぶるぶる。どこか、隠れられる段ボールとかは無いでしょうか?
「ぐっ、があああああああああっ!!」
メドレさんがそれに耐えきれず、リーゼロッテさんに向かって行きます。はい。これで人生
オワタと相成りました。ご愁傷さまです。
暫く弄ばれた上に、圧殺される未来が目に視えておりますので、後は私たちが目の前の雑兵たちのお相手をするだけですね。
とはいえ、私が何かする必要がありそうな感じではなく、アレンさんたちだけで十分戦えそうな感じの方々たちです。魔族やちょっとした人外っぽいものが混じっておりますが。そもそも、私は非戦闘要員ですからね。とりあえず、周りの方々に声を掛けておくだけにしましょう。
「あなたたち、ちょっとだけ力を貸してあげて下さいね。」
そんなこんなで、アレンさんたちが兵士たちへと向かってしまうと、私はプリメラさんと二人取り残されたような感じになりました。リーゼロッテさんもメドレさんで遊んでおられるようですので、やることもなくちょっと暇です。という事で、ちょっと話かけてみる事にしました。
「プリメラさん。ちょっとお伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
突然話かけた私に、びくっと肩を跳ね上げられましたが、相手が無害そうな私だけだという事で直ぐに気を取り直したのか、話に応じて下さいました。
「何かしら?……リリシアさん、でしたかしら?」
「ええそうです。よくご存知ですね。お返事頂けたところをみますと、お付き合い頂けるという事ですかね。
それで早速の質問なのですが、何故どちらにも助力されないのでしょうか?一応、それなりに戦えるようにお見受けしますが。」
まあ、手を貸したところで、最後はリーゼロッテさんに全て吹き飛ばされてしまいそうですが。『出て来なければやられなかったのに!』みたいな。
「何故?メドレが全て何とかして下さいますのに、私がどうかする必要があるかしら?」
そうですか。盲信とは言え、何かを一途に信じられるというのは凄い事ですね。まあ、それで何でもどうにかなる、という事は無いのですが。救われるかどうかは気の持ちようでしょうけれども。気合いだけでは戦力差を埋められません。とりあえず、そこはスルーして続けます。
「そうですか。それと、もう一つ。カンナさんへの鬱憤から私たちを陥れようとした、というのは分からないでもないですが、何故自国民を犠牲にされたのですか?吸血の被害者もそうですが、人外化してそれを行ったのもこの国の方ですよね?」
「それも、何が不思議なのか分からないですわね?この国の主となる私が、民をどうしようと何の問題もないでしょう?それに彼らも、私たちの素晴らしい計画の礎となれたのですから、本望でしょう?むしろ、それに歓喜、涙している事でしょう。」
もう何を言っても駄目な感じですね。もともとこういう性格だったのか、メドレさんがこうなるよう仕向けたのか。どちらなのかは分からないですが。
「……そうですわね。メドレからは貴女には手を出すな、と言われているのですが。魔族とはいえ、唯のクォーターに今の私が恐れる必要は何もないですわね。
折角メドレに貰った力ですもの、少し試してみましょうかしら?」
力を手に入れた者はそれを使いたがる、という事ですね。使わずに理性を保っているには相応の資質がいるものです。大概、自ら持ちたがる、やりたがる人間に任せると碌な事になりません。王や兵士たちを操っていたのも、村で事件を起こしていたものの『吸血能力』同様、人外化により得られた力によるものでしょうか?
「やめた方が宜しいですよ。そんな『人外に成り損なった』程度の力では、本物の魔族には通用しないと思います。」
四分の一だけですけどね。
「はっ!!対した自信ね!!」
プリメラさんが手を伸ばすと、掌から私に向けて漆黒の雷撃が走りました。忠告を聞かない人ですね。私はそれを無言で払い除けます。
「!!なるほどね!魔族だけあって、魔術に対する耐性はそれなり、って訳!だったら!」
魔術がいともあっさりと弾かれたのをみて若干放心をしていたプリメラさんでしたが、直ぐに気を取り直して、更なる実力行使にでました。人間離れした脚力で一気に近づいてきた彼女は、変質した指先を私の顔めがけて差し入れてきました。
「危ないですね。」
私はプリメラさんの手首を掴んで、それを間一髪のところで止めました。ふぅ、危ないところでした。油断大敵です。というより、近接戦なんて、昨今ではほぼしたことがありません。記録係ですので。
「ぐっ!?こんな!!」
尚も追撃を加えようとしたプリメラさんを、後ろに生じた魔法陣から伸びた鎖が絡めとり、動きを封じます。
「安心して下さい。鎖で拘束した上に、『ちょっとだけ痛いの我慢できる?』とか言って砲撃しりはしませんので。」
『全力全開』とか言ったりして、お友達にも容赦ないですね『白い悪魔』さんは!
「ですが……。」
ゆっくりとプリメラさんの将来性ある胸元へと手を伸ばします。
「少し、頭冷やそうか?」
私はプリメラさんの自信の源を握り潰すことにしました……。
結局、私がプリメラさんと和やかにお話をしている間に、アレンさんたちはどうにか兵士たちを撃退し、リーゼロッテさんは遊ぶのに飽きて、ボロ雑巾となったメドレさんを片手に居城へと戻っていかれました。色々と禍根が残る結果ではあるものの、これにて事件は一件落着?です。今回は散々でしたね。