~第三章~ 万神皇国 ゼスタネンデ
「ほら!そっちに行ったわよ!外したらただじゃ置かないからね!」
「ふん!分かっている!」
盗賊に追い込まれた魔物たちに向かって爆炎を放つ魔術士。
熱と炎に煽られてちりぢりとなったところを、勇者と戦士が連携して打ち倒します。勇者のパーティーらしく、いいコンビネーションになってきましたね。私はただ見ているだけなのですが。
皆さんこんにちは。勇者候補一行の記録係、リリシアです。
そろそろお前にはもう飽きた、という方がいらっしゃるかも知れません。もし次の機会があったら、別の方に冒頭をお願いしてみた方がよいかもしれませんね。しくしく。私とは遊びだったのですね(泣)。
私たちは今、“万神皇国”と呼ばれるゼスタネンデという国の首都近くまで来ております。この国はレヴァンティアから見て北東側に位置しており、北極海に突き出た大きな本島(半島ですが)と、3つの大きな島から成っております。
西側の海を挟んだ直ぐ向こうには、100年以上前に“魔王”自称する魔族とその配下たちが侵攻し、居を構えた領域(魔王領)が存在するため、常に魔族の脅威と直面していると言える国です。北側にも魔族の帝国がありますしね。
政治体制としては、この大陸としては珍しい立憲君主国(但し、君主は実権無し)であり、議員内閣制をとっております。
私たちが何故そんなところに来ているかというと、平たく言えば知人からの依頼を受けたため、という話です。お友達は大切にした方がいいですね。
ワイズアビスでレンさんを仲間に加えた私たちは、暫くの間レヴァンティア国内でお仕事をしておりました(冒険者活動、略してボウカツでしょうか?とりあえず、○○カツとしておけば、何か凄い事をしている感がでますかね?目指せトップ冒険者!……みたいな)。
そんな最中、クレイさん宛で1通の手紙が届いたことが、事の発端となります。
「……?スメラギ・カンナから?何だこれは?」
手紙を受け取られたクレイさんは、最初しきりに首を傾げておられました。そんな姿も絵になるところがイケメンの特権ですね。○○問わず、但しイケメンに限る、という感じでしょうか。
ですが、中身を読み始めると直ぐに真剣な表情をされ、読了後直ぐに私たちにせスタネンデ行きを提案されました。
「どうやら、ゼスタネンデで厄介事が起きているらしい。」
話によると、スメラギ・カンナという方はゼスタネンデの皇族(スメラギ家)の方で、現大皇(当主)の妹にあたられるようです。
そして、エルディアノとゼスタネンデは国交があることから、王族であるクレイさんとそのカンナさんとは面識があり、その繋がりで私たちに依頼をしてきた、という経緯です。
ここで、ちょっとゼスタネンデという国に関して補足させて頂きます。私も行ったことはありませんので、全て伝聞になるのですが。現地の人が聞いたら耳を疑うようなトンでもネタが含まれていないという保証はありませんので、ご留意下さい。
前述の通り、100年以上前に自称”魔王”がこの大陸に侵攻してきたのですが、その際カミの末裔でもあるというスメラギ家と、仲の良かったこの国に住まう八百万のカミたちは、人間と協力して防戦したそうです。
ただ、どうにか国を守り切ったのはいいものの、傷つき力を使い果たしたカミたちは眠りにつかれてしまわれたとか。
一方で、カミたちのお陰で比較的被害が軽微だったゼスタネンデはというと、その後順調に復興・繁栄したのですが、同時に増長もしたようです。カミという重石が外れて、羽目を外されたのですかね?
そして何を思ったか、当時は主権も持っていたスメラギ家が軍部と結託し、周辺諸国に侵攻していきました。
ある程度までは優勢に軍を進めることが出来、順調に領土も拡大していったらしいのですが、結局、移民合衆国相手に大敗を喫し、実権をはく奪される羽目になったという話です。何事も、引き際が肝心ですね。慢心が慢心を呼び、結局全てを失うというのはありがちな話かもしれません。
ただ、スメラギ家そのものは幸運なことに存続を認められ、象徴の座に収まったそうです。象徴、というのは曖昧過ぎてその存在意義がよく分からないですが。逆に職業選択自由の自由を奪われる事で、基本的人権が守られていないのではないか、という見方もあるかもしれません。
神や王といったような存在に盲目的に従う人間がいる理由は何でしょうか?
やはり、保身と役得狙い、という部分が大きいですかね。逆に言えば、不都合な結果の責任を自身で引き受けず他者のせいに出来る、ということになるでしょうか。あくまで精神的には、で物理的には大変な目にあうと思われますが。
実際に権力を持つものに利用される、ということも常ですので、スメラギ家の場合も大人しく敗北を受け入れされるのに利用された、といったところが現実でしょうか。まあ、どうやらお友達であるカミを鎮める、という能力・役割もあるそうですので、少しは実利的な側面があるのかもしれません。
ここからが依頼の本題ですが、どうやら最近になって眠りについていたカミたちが、順次お目覚めになられているようです。
その中に、特に力が強く、スメラギ家とも親交が深かったオロチというカミがいるようなのですが、その方がどうやら突然暴れだして手が付けられなくなってしまったと。
寝起きが悪い方なのでしょうかね?或は、寝ている間に悪戯をされたとか。鏡の前で悪戯書きされた自分の顔に呆然とするオロチ、というのはちょっと面白い光景かもしれません。
そして、そのオロチを鎮める役目を、スメラギ家の一員で特に力の強いカンナさんが引き受ける事になったので、勇者という存在を抱えた冒険者である私たちに協力をして欲しい、という訳です。
「暴れるカミを鎮める、か。
そのオロチというカミは相当強いのだろう?正直、今の俺たちの手に負えるか……。
力を貸してあげたいのはやまやまなんだが。」
「相手は実権が無いとはいえ皇族のお姫様なんでしょ?
だったら、報酬は期待出来そうじゃない?」
自分たちの実力を冷静に分析し、若干消極的なアレンさん。その一方でミレニアさんはちょっと乗り気です。
やっぱり、実権が無くとも王皇族の近くにはお金の匂いがするからでしょうか?
「行ってみて無理そうなら断るか、最悪一緒に逃げればいいでしょ!
それもあんたの好きな人助けの一つよ!」
冒険者は命あっての物種ですが、ある程度リスクを負わないと儲けられない、というのも事実です。
ミレニアさんの言う通り、ひとまずお話位は伺ってみてもいいかもしれません。詳細如何によって、自分たちの実力と秤にかければいいかと思いますので。
「カミだろうと何だろうと、天才の俺様に――。」
「はいはい。あんたは黙ってて!今、重要な儲け話の相談をしているんだから!
金儲けの才能が無いあんたが混じっても、ロクな意見を言えないでしょ!」
頑張って口出しをしようとしたレンさんですが、ミレニアさんに撃沈され、沈黙します。
彼の家が没落したのは確かですが、レンさんにも才能が無いとまでは言いきれないと思います。まあ、本人自体から推し測ってみても、望み薄なのは確かなのですが。
「ミレニアの言う通り、話だけでも聞きにいって貰えないか?
知り合いという事もあるが、昨今ゼスタネンデに不穏な動きが見られる、というのもあって、出来れば状況を確認しておきたい。
現状エルディアノとゼスタネンデは友好国であるが、それが今後も維持できるかが気になる。」
どうやら、“魔王領”の魔族たちが怪しい動きを見せているという事を理由に、最近専守防衛という方針を転換して軍備を整えようとする動きがあるそうです。また、犯罪抑止を建前に言論統制・思想統制を試みようともしているとか。
もしかすると、この記録も検閲されてしまうのでしょうか?びくびく。もう少しオブラートに包んだ書き方にした方がよかったでしょうか?言葉の端々を、敬意でもっと装飾して。
そういった事も踏まえて、一度現地で状況を確認したい、というのがクレイさんの意見です。
確かに、万が一戦乱が起ころうものならば、故郷の田舎村も煽り食らいそうな感がします。“魔王領”からもそう遠くない位置にありますし。
「どうしても厳しそうであれば、辞退して別の冒険者を紹介、というような話でも構わない。
どうか、頼む!」
クレイさんの懇願を受け、アレンさんは黙考します。
そして、暫くすると覚悟を決めたように頷きました。
「……分かった。ひとまずゼスタネンデまでいって話を聞いてみようか。
確かに、昨今の動向に関しては俺も気になるし、他人事という訳にもいかないからな。」
「よし!決まりね!さーて金儲け、金儲け、と。」
渋っていたアレンさんも了承し、こうして私たちは一路北上、ゼスタネンデ、その首都へと向かうこととなりました。首都に着くまではすんなりといったのですが――。
「申し訳ございませんが、お引き取り下さい。」
文字通り、皇城前で屈強な宮廷騎士たちに門前払いされてしまいました。誠実そうではありますが、融通の利かなそうな方たちです。まあ、職務内容的には適役と言えるのかもしれませんが。
「クレイ王子とはいえ、今回は正式なご来訪では無いかと思います。
申し訳ございませんが、ここをお通しする訳にはいきません。」
カンナさんから依頼があった、という話もして手紙も見せたのですが、それでも知らぬ存ぜぬの一点張りで、すげなく追い払われてしまいました。しくしく。
伝達ミスがあったのか、或は……。
「カンナの奴に何かあったのかもしれないな……。
兄との仲があまり上手くいっていないようだったし。」
何でも、カンナさんは現大皇である兄と国の方針で意見の食い違いがあったそうです。
国民の教育水準をあげ、移民合衆国のように民が完全に自治独立出来る国家を目指すカンナさんと、昔のようにスメラギ家が実権を持ち、民を纏め導くという国家への回帰を願う現大皇。口論が絶え無かった、とのことです。
まあ、移民合衆国の軍が一部駐留しているような状態ですので、そう簡単に昔の体制へ戻すことはできないとは思いますが。
因みに、この国の現首相はどちらかというと大皇寄りだそうです。ただ実権は自分で握っている事をお望みのようですので、それを口実に傀儡化と権力の強化をしたいだけかもしれませんが。
それもあって、カンナさんは兄・政府の双方から煙たがられているようです。首相の標榜する『美しい国』を作るには、自分たちに盲目的に従う民衆である方が、都合が良いので、カンナさんのような啓蒙思想は邪魔、という事でしょうか。
何でも、首相は大敗前にスメラギ家が発布された教育の規範を礼賛しているらしいです。主題は単に勉学に励みなさい、皆仲良くしなさい、という内容なのですが、自分たちスメラギ家や国に尽くす事がさも当然であるかのように語っているとか。
主題の部分ではなく、その他のところに真の目的を込める、という話法はこの国では一般的なやり方らしいです。今まで無権限、或は何となく利益を得ていたことをさりげなく正当化する、とか。怖いですね。
そんなこんなで、すごすごと引き返してきた私たちでしたが、そこへ焦った様子の宮廷騎士が一人駆け寄ってこられました。
「クレイ様!お待ちください!」
話しかけて来られたのは女性の宮廷騎士で、優しそうな雰囲気を醸し出しつつも知的な美人、という感じの方でした。
後で聞いたところによると、かなりの才女で、海外出身者にも関わらず、首相や大皇の信任も厚く、若くして大皇付きの宮廷騎士に抜擢されたそうです。俗にいう、すーぱーうーまんという奴でしょうかね。
「私、宮廷騎士のヒュペリカと申します。
カンナ様からご依頼があった、とのことですのに、このような事になってしまい申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。」
そう頭を下げるヒュペリカさん。頭につられて長い茶の髪が宙に舞います。綺麗なお辞儀ですね。イケメンもそうですが、美人もお得ですね。可愛いは正義です!あれ?
何でも、カンナさんが私たちに依頼の手紙を出されたのには彼女の助言があったから、というのもあるようです。勇者の子孫を擁するパーティーなので、カミを鎮めるために協力を得るには最適では、と。
勇者にはそんな能力も備わっているのでしょうか。寡聞にも私は存じ上げないですが。
そこまではよかったのですが、冒険者に依頼を出した事を不快に思った大皇が強行に出て、強制的にオロチの住まう霊山へと連行されそうになり、カンナさんがどうにか城を抜け出されたところだとか。
「まだ近くにいらっしゃるはずです!
カンナ様と合流して頂き、どうにかお力添えをお願いできませんでしょうか!」
そう言い再度頭を下げるヒュペリカさん。その様子にクレイさんたちも頷きます。
「分かりました。急ぎ街に戻って探してみます!」
そうして、私たちは城下の街へ引き返し、カンナさんを探すこととなりました。
土地勘も無い状態でどうにかなるものなのでしょうかね?クレイさんも街を一人探索、なんてされていないでしょうし……。
結果から言うと、私の心配は杞憂に終わりました。
というのは、街に戻りとりあえず冒険者ギルドに寄って、と思った矢先に助けを求めるカンナさんと遭遇することになったためです。
「無礼者!は、離しなさい!
誰か!誰か助けて頂けませんか!?」
そんな助けを求める高く透る声が聞こえるや否や、アレンさんが先陣を切って駆けだしました。少し遅れて、残りのメンバー(含私)も後を追います。
行く先を見ると、何やら遠巻きに様子を窺っている(だけ)の人たちと、その中心で兵士たちに囲まれ、身動きが取れなくなっている女性の姿がありました。街で襲われる女性の定番ですかね。
『見ているだけ』に関しては、巻き込まれるのが嫌で見て見ぬふり、というのもありそうですが、今回は兵士が相手なのでどうしていいのか分からない、というのが正直なところでしょうか。
一方のアレンさんは躊躇うことなく、その中に割って入られます。
「何をやっている!か弱い女性に手を上げるとは!恥を知れ!」
アレンさんは兵士たちを強引に引き剥がすと、中心にいた女性との間に立って対峙されます。
女性の方に目をやると、黒長髪に切れ目ながらも黒い瞳、『ザ・お姫様』といった風貌をされておりました。スリムながらも、ミレニアさん程ではありませんが出ているところは出ており、体を覆う衣装もどことなく高級そうです。十中八九、カンナさんでしょう。
素晴らしいご都合主義ですね。こういう幸運を引き寄せる事こそが勇者補正というものなのかもしれませんが。
ところで、見た目は『か弱い』ですが、実態はどうなのでしょうかね?
「なっ何奴!冒険者と言えど、勝手は許さんぞ!そこをどけ!」
アレンさんの勢いに押され気味でしたが、兵士たちのリーダーがそう言い返しました。
まあ、兵士の皆さんは一応この国の衛兵の方でしょうから、どちらかというとアレンさんに非があるのが現実ですかね。女性がカンナさんという確証もなく、また、何かの現行犯で取り押さえられているという可能性を否定できませんので。
アレンさんお一人を対峙させておくのは流石に酷ですので、クレイさんを筆頭に私たちも加わります。
「カンナ!大丈夫か?」
「!クレイ王子ですか!?来て頂けたのですね!」
クレイさんの呼びかけに答えるカンナさん。そのやり取りに、周りを取り囲んでいた一般人の方々もざわめきたちます。中には、兵士たちに敵意の視線を向ける方も。自国のお姫様が兵士たちに乱暴されていれば、それも当然の反応でしょうか?どちらかと言えば民寄りの方とのことですので、人気もありそうですし。何となく、あいつらが悪そうだ、と。
まあ、それを狙ってのやり取りなのだと思いますが。
「ク、クレイ王子?エルディアノ王国の第三王子か……?」
兵士たちの中にも動揺が生まれたようで、多少なりとも勢いを殺がれた形となりました。
とはいえ、彼らも簡単に逃がす訳にも行かないでしょうから、暫くの間黙ってにらみ合う格好となりました。ばちばち。はらはら。
そんな膠着状況を打開したのは、先ほど別れたばかりのヒュペリカさんでした。
「そこまでです!一旦お引きなさい!
カンナ様、クレイ王子に失礼ですよ!ここは宮廷騎士にお任せ頂きたい!」
そう言い、引き連れてきた数名の宮廷騎士とともに割って入られると、渋る兵士たちを説得して引き下がらせました。
中々の影響力ですね。どちらが上とか、そういう暗黙の上下関係もあるのでしょうか。『所轄は黙って指示に従っていればいい!』みたいな。
「大丈夫ですか!?カンナ様!」
兵士たちの姿が消えるのを確認したヒュペリカさんは、心配そうにカンナさんに駆け寄られます。
「危ないところでしたが、大丈夫です。助けに来てくれてありがとうございます。
こちらの方が、割って入って下さいましたので……。」
そう言い、アレンさんに頭を下げるカンナさん。若干、頬に朱が指しているようにも見受けられます。
そして、顔を上げると、クレイさんの方へ顔を向けます。
「クレイ王子。手紙一枚でお呼びだてしてしまい申し訳ございません。
それに、危ないところを助けて頂き、感謝いたします。ありがとうございます。」
「いや。こちらこそ遅れて済まなかった。
ぎりぎりだったが、間に合ってほっとしているよ。本当に良かった。」
そう、爽やかに返されるクレイさん。実際かなりぎりぎりな感がしましたので、間に合ってよかったですね。うっかり骨折り損となるところでした。ヒーローは早すぎても、遅すぎてもいけません。
「それと……。お手数ですが、皆様をご紹介頂けますか?
私はカンナ。スメラギ・カンナと申します。この国、ゼスタネンデ現大皇の妹にあたります。
若輩ながら、筆頭巫女を務めさせて頂いておりまして、少しばかりですが回復魔術を扱えます。」
どうやら、レアな回復魔術が使える方のようです。今のパーティーにかけている要素ですね。私は平時限定なので、カウント外です。
「そうだな……。
こいつはアレン。勇者の子孫にしてその卵。そして俺の親友です。」
カンナさんに促され、まずはアレンさんの紹介をされるクレイさん。
「アレン・ノアックです。カンナ様。宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。先ほどはありがとうございました。」
再びアレンさんに熱い視線を向けるカンナさん。
瞳の仲には星だとか、心臓の形だとかが浮かんでいそうな感じです。
これは、ロマンスの予兆でしょうか?美男美女カップルの誕生!とか。窮地を救われたお姫様とヒーローとの恋愛物語は定番です。どきどき。
「そして、こいつはミレニア・ローク。
盗賊王の娘にして、うちのパーティーの金庫番です。」
「宜しくね!」
クレイさんの紹介に非難めいた視線を向けつつも、元気よく挨拶されるミレニアさん。
続いて、レンさんが自ら自己紹介を試みますが――。
「俺様は天才魔術士にし――。」
「で、こいつは魔術士のレン・クロサキっていうの。
古代語魔術と、あと一応精霊魔術も使えるわ。あまり、役に立った事は無いのだけれど。
まあ、言動が、か~な~り~、自意識過剰でウザったい!と思うけど、まともに相手せず適当に流してくれたらいいから。」
例の如く、ミレニアさんに被せられて黙ります。
そんな様子をみて、カンナさんは若干リアクションに困った感じでしたが、愛想笑いをしながら会釈をされます。
最後は私ですね。笑いをとるネタは思いつかなかったので、普通にいきたいと思います。ウケを狙っても、滑って沈黙を生むのが関の山でしょう。
「私はリリシアです。記録係をしております。宜しくお願い致します。」
「き、記録係、ですか?よ、宜しくお願い致します。」
私の自己紹介に怪訝な表情をされつつも挨拶を返されるカンナさん。まあ、これも当然の反応ですね。しくしく。
そんな自己紹介がひと段落したところで、ヒュペリカさんが口を開き、次のアクションに関して提案をされます。
「皆さま。一度、皇城の方へお戻り頂けませんか?
既にクレイ王子、勇者殿と合流された状態ですから、大皇も強引な真似はされないと思います。
私も微力ながらとりなしをさせて頂きますので、皇城で十分ご準備頂いた上で、正式にご出立頂けたらと思います。道中何があるか分かりませんので。」
その提案に、カンナさんも暫し黙考された上で同意されます。
「……そうですね。正式な依頼として、きちっと報酬等もお受け取り頂きたいですので。
前金をお渡し出来れば、オロチ様のところに行く準備も十分して頂けるでしょうし。」
こうして、カンナさん・ヒュペリカさんに連れられて、今度は制止されることも無く皇城内部へと歩を進めることができました。
皇城内で暫し休憩をとった私たちは、早速大皇・首相との面談に臨みました。
一体どんなディスりを受けることになるのか、わくわくしてきますね。
席についたところで、まずクレイさんが先手でご挨拶をされました。
「お久しぶりです。ヒロト大皇陛下。お元気そうでなによりです。」
「……ふん。そなたもな!クレイ王子。」
メインでお話されるのは、クレイさんとアレンさん。あと、カンナさんもこちら側です。
私を含めた残り三人は後ろに下がったところで口を挟まず耳を傾ける形です。
まあ、下手な発言をする訳にもいかないので、こういう場に慣れた方々にお任せするのが一番です。
この中で特に、というより断トツで危険なのはレンさんですが、ミレニアさんや私もうっかり心の声を漏らすと危険ですかね。お口にチャック、です。
対するのはカンナさんの兄であるヒロト大皇、首相であるシバ・ホゼオさん、そしてヒュペリカさんです。
ヒロト大皇はカンナさんに似た感じで、彫の深い、濃い顔をされた方です。苦虫を噛み潰したような表情をされているため、それがなお一層に際立っております。近親婚を繰り返すとそうなり易いらしいですが、本当でしょうか?
もう一方のシバ首相は温和そうながらも何となく狸を思い起こさせる顔立ち。見ている分には面白いですが、腹の中は真っ黒そうですね。そして、その狸が話の口火を切ります。
「さて早速ですが、手を引いて頂けますかね?
他国の政治に干渉されるのは如何な者かと思いますよ。
先程、カンナ様を保護させて頂こうとした際も、あたかも兵士たちが悪漢であるかのように振る舞われたとか。
そういう真似は是非やめて頂きたい。極めて不愉快、遺憾です。」
と、自分たちがさも当然の事をしていて、何の非もないかのようにクレイさんを非難されます。
何でも、この方は少しでも自分が責められる立場になると、『印象操作だ』『デマだ』と、ムキになって反論される傾向にあるそうです。大分、打たれ弱い方なのでしょうかね?
どうやら、以前にも首相だった事があるらしく、その際は叩かれて過ぎて腹痛辞任をされたとか。その時のことがトラウマにでもなって、外聞に敏感になられているのかもしれません。
「いえ。我々は冒険者としてカンナ殿の依頼をお受けした身ですので。
依頼主の身を護ろうとするのは、当然の行動かと思います。」
まだ話を聞きに来ただけ、のはずですが、クレイさんもさも当然かのように返されます。
それに対して、ヒロト大皇が反論します。
「それはカンナが勝手にやっただけのことだ!国として正式に依頼をだした訳ではない!
それに、我が国の大切なカミを鎮めるのに他国や冒険者の力を借りるなど!
恥だとは思わないのか!」
「いえ。おに――、大皇陛下。
国の一大事だからこそ万全を期する必要があるのです。こちらのアレン様はかつて光の精霊王の加護を受け魔族の将を打ち取られた勇者様の御末裔です。
オロチ様を鎮めるにあたりお力添え頂くには最適な方かと思います。」
前にも触れた通り、勇者だからカミを鎮めるのに最適なのかはよく分かりませんが、万全を期する必要がある、というのは確かですかね。
“魔王領”が怪しげな動きを見せているという噂ですから、彼らに対抗可能であるカミたちを早く味方につけるのは重要なポイントだと思います。でないと、今度はあっさりと蹂躙されかねません。
「カミの末裔である我々が他者の力を借りなければ鎮められないなど!
力不足を公言しているようなものだと思わないのか!貴きスメラギ家の一員にありながらなんと浅慮な!」
「当主でありながら殆ど霊力をお持ちでないお兄様が言えることではないでしょう!!」
話合いはエスカレートし、他をそっちのけで兄妹喧嘩を始めてしまわれました。
どうやら、ヒロト大皇の方はあまり力をお持ちではないようです。険悪な仲の原因の一つには嫉妬もあるのでしょうか?“霊力”という概念は私にはよく理解できませんが、魔力の別称なのでしょうかね。
そんなお二人を宥めたのは、やはりヒュペリカさんでした。
「お二人とも!お客人の前です!どうか、落ち着いて下さい!
畏れながら大皇陛下。
力を尽くされていることをお示しなられる意味でも、ここはクレイ様方のお力を借りられた方が宜しいかと。
流石に、カンナ様お一人で赴かれるのでは危険ですし、国民、諸外国に本気で取り組んでいないのかと疑われないとも言い切れません。」
意外な事に、ヒロト大皇はヒュペリカさんの進言を冷静に受け止められ、暫し黙考されます。
どうやら信頼が厚い、というのは本当の事のようですね。他にも理由があるかもしれませんが。口外出来ぬ深い仲、だとか?
暫し沈黙が続いた後、シバ首相・ヒュペリカさんと軽くひそひそ話をされたヒロト大皇は、ようやくクレイさんたちに結論を述べます。
「……そうだな。我々の本気を示す意味でも、数はあった方がよいか。
あいや、分かった。確かに、可愛い妹を送り出すのに一人きりというのはしのびない。
クレイ王子たちの同行を特別に許可してやろうではないか!」
と、急に意見を変え、私たちの同行が許されることとなりました。
出立の前に準備を整える、という事で暫し猶予を得た私たちは、まずはオロチが暴れだした原因を探るべく、カンナさんから詳しい話を伺うことにしました。
「そうですね、ちょうど1ヶ月程前でしょうか?オロチ様に目覚めの予兆がある、ということで、その場に立ち合いご挨拶をすべく寝所にお伺いしたのは。
オロチ様の居所はここから西に暫く行ったところの霊山にあります。そこには一つ洞窟があり、その奥でオロチ様がお眠りになられておりました。
入口までは騎士たちも同行しましたが、中まで入ったのは兄と私、そしてヒュペリカと男性宮廷騎士・神官の5人だけです。」
5名は順調に奥まで進まれ、ちょうどよくオロチが目覚めるところに居合わせた、とのことです。ですが――。
「最初お話された際は、多少眠たそうにされてはおりましたが特に様子におかしいところは無く、友好的に迎えて頂けました。ですが……。」
少しの間歓談し、暫くしたら皇都へ来てくださいと贈り物を渡して出口へ向かおうとした矢先、異変が起きたとのことです。
「急に様子がおかしくなられて……。
別れる間際までは人型をとられていたのですが突然本来の龍の姿へ戻られ、苦しみ、暴れだされたのです!
そして、私の名前を呼びながらその腕を伸ばされて来てあわや、というところで宮廷騎士たちの庇われながら、どうにか脱出してきました。」
その後も、なんとか宥めようと接触を試みたものの話は通じず、暴れまわるだけで手が出せない状態だということです。
そこで、スメラギ家でも最も霊力が強いカンナさんに白羽の矢が立ち、再度鎮めのために霊山・寝所へ赴くことになった、という経緯です。まあ、あの二人が厄介払いのためにそう仕向けた可能性がとても高いですが。
「正直、あまりに突然の変貌で、何か何だかさっぱり……。」
そして、今に至るまで原因は不明のまま、ということです。後は実際に行ってみてどうにか解決の糸口を探るしかない、と。まさに行き当たりばったりですね。そんなことでこの国の行く末は大丈夫でしょうか?まあ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言いますが。
「ふん!大方、あのヒロト大皇とかいう奴が失言でもしたんじゃないのか?
それでオロチが怒りだしたとか?」
「失言だらけのあんたが言えた事じゃないでしょ!
オロチのところに行ってもあんたは絶対口を開くんじゃないわよ!
それでもっと悪化したらただじゃ置かないから!」
レンさんがまたも余計な口を挟み、怒られました。まあ、安定の流れですね。
ただ、確かにあのヒロト大皇の感じですと、そういったこともあり得なくは無いかもしれません。自分たちが招いた戦争被害について『気の毒だがやむを得ない』とか他人事のように言って、物議を醸しそうな感じの方ですので。
ですが、当事者であるカンナさんにそれは否定されます。
「いえ。兄は殆ど口を開かなかったと記憶しております。最初に少し挨拶をした位で。
圧倒的な強者相手に大口を叩ける程の度胸も無いでしょうし……。」
大分、実の兄に対して辛口になってきましたね。長年の鬱憤が溜まってきているのかもしれません。
とすると、貢物に何か気に入らないものでも含まれていたのでしょうか?どっきり的なネタが仕込まれていた、とか。
そんな事で、本気で怒りだして暴れられても困りますが。キレる17歳世代、という奴でしょうか?
「そうですか。やはり原因は不明、という事ですね。実際に行ってみて探るしかないか……。」
アレンさんの仰る通りですが、正気を失われている、というオロチ相手にそんなことをする余裕があるかは怪しいのが正直なところです。下手するとアッサリ全滅、ともなりかねません。
勇者候補とはいえ、失礼ながら実力的にはまだまだだと思われますので。具体的には、自力で海を渡る術を得る手前位のレベル?
「そうだな。生き延びるために出来る限りの準備をした上で、なるべく交戦を避け探ってみるしかなさそうだ。
……という事で、まずはその準備に繰り出すとしようか!」
クレイさんの提案に従い、ひとまず街で霊山行の準備をすることとなりました。多少なりとも前金を頂けましたので、軍資金もふんだんにあります。
「まあ、命あっての物種だからね!
多少の出費は大目に見てあげるから、必要なものを揃えて行きましょう!
成功すれば報酬は弾んで貰えるでしょ?」
カンナさんが若干困った顔をされておりましたが、ひとまず金庫番のお許しも出ましたので、皆武具の新調や道具類の補充に勤しみました。
霊山は火山でもあるため、内部はかなり熱く、そしてオロチは火系の攻撃が得意との事ですので、主に耐火性重視での見繕いです。火耐性+50とかそんな感じの。逆に冷耐性が-されたりするので、注意しないといけません。
「俺様もこの杖を……。」
「あんたは武器の新調なんて必要ないでしょ!
どうせオロチ相手にあんたの魔術なんて殆ど効果無いんだろうし!
適当に回復薬でも買ってリュックに詰めときなさいよ!」
まあ、魔術士の手持ち武器なんて補助的なものでしかありませんので、余裕が無いときにあえて新調するようなものではないですね。殴ってもダメージがいかなそうですし。
自分でもそう思われたのか、レンさんも諦めて大人しく薬類を漁り始めます。ちょっと悲哀が漂っていますが。
そんなこんなで1・2日かけて十分に準備を整えた私たちは、霊山へ向かうべく一路西へと歩を進めました。
「……待ち伏せ、か。あからさまな感じだな。大方ヒロト大皇あたりの差し金か?」
街から離れ、霊山へと向かう街道に出て暫くしたところで、あからさまに怪しげな集団が路脇を陣取っておりました。
なんとな~く商人だか冒険者だかに仮装しておりますが、この有事にもかかわらず悠長に道端を占拠しているのはどうかと思いますね。
勿論私たちも警戒はしておりましたので、ミレニアさん指揮の下、事前に察知して見つからないように様子を窺っている状態です。こちらスネーク、セイヨクヲモテアマス?段ボールがあると尚いいですかね。ウマスギル回復アイテムはまだ必要無いですが。
「申し訳ございません。……浅慮な兄で。」
まだ確定した訳ではありませんが、カンナさんが謝罪をされます。
まあ、このタイミングで刺客を送ることが出来る、利点があるのはあの方々位だとは思いますが。
「いえ、カンナ様にせいではありませんので、お気になさらずに。
と言っても、いちいち相手にしているのもな……。それに、刺客がこれだけとも限らないし。」
アレンさんの仰る通り、襲撃が一回とは限りませんし、どんな罠があるとも知れません。このまま街道を行く、というのはあまり望ましくないですかね。
「……済みません。
そうですね。あまりやりなくは無いですが、樹海の方を通って行くのは如何でしょうか?」
街道以外の霊山周辺は深い森となっており、魔物やカミなどが多く生息しているため、刺客たちも安易に待ち伏せ等出来ないだろう、とのことです。
ただ、一方で周囲が見渡せず、方角もよく分からくなる程深いため、迷う危険性があるようです。話によると、自殺の名所にもなっているとか。社会制度の歪みがここに集まり、堆積していると。ウラメシヤ~?
「そうだな。人間と戦うよりはその方がいいか……。
道に関しては最悪精霊たちに聞く等で対応できそうだしな。」
そう言い、アレンさん、レンさんに視線を向けるクレイさん。
まあ、そうですね。そういったやり方もありますし、もしかしたら、友好的なカミに助けて頂けるかもしれません。
最悪ユ……、いえ何でもありません。ワタシニハナニモミエナイ、キコエナイ。どの道他力本願な感が否めませんが。
「そうだな!この天才の俺様に任せて――。」
「新米精霊魔術士の分際で何言ってんの!
大体、アンタ自身の力でも何でもないでしょうが!それを偉そうに言ってんじゃないわよ!
……アレン、リリシア。頼りにしているからね!」
……(合掌)。
こうして私たちは道を外れ、深い森の中へと足を踏み入れました。そして、入ってすぐに私たちは考えが甘かったことを悟ることになりました。
森は想像以上に深く、陽も差し込まないような状態で、方角もよく分かりません。
年輪とか見ればいいのでしょうかね?そんな都合よくあればいいですが。勝手に切ったりしたら、カミたちに祟られそうです。
結局、時より寄ってくる精霊たちに道を教えて頂くことで、辛うじて霊山の方へ近寄って行けている、というような有様です。慢心は身を滅ぼしますね。襟を正さないといけません。
遅遅として行程が進まない中、途中ネズミなのか、タヌキなのか、はたまたミミズクなのかよく分からない2m位の大きさの生き物とお会いしました。
何でも、どこぞの森に住んでいるお化け?だとか。一応、オロチ同様、この国に住まう八百万のカミの一柱なのでしょうかね?
とても親切な方で、中々上手く進めない私たちを見かねてか、山の麓まで案内して下さいました。ありがとうございます。
ついでに、モフモフしていいですか?その毛皮はとても心地よさそうですので。他に小さな個体もいらっしゃいましたので、そちらはお持ち帰りしたいところです。不穏な空気を察したのか、残念ながら小さな個体は近づいて来ませんでした。しょんぼり。
何でも、カンナさんはカミと契約することで、力の一部を借りたり、一時的に呼び出したりすることが出来るそうです。召喚術の一種でしょうかね?もし、この子たちと契約すれば、毎晩モフモフで安眠できそうです。今度、是非カンナさんに教えて頂きましょう。
大中小の皆さまに手を振られ、霊山へと送り出された私たちは、どうにかオロチの寝所があるという洞窟の入口へとたどり着きます。
「ようやくか。……見張りがいるな。」
入口の方に視線を向けると、そこから少し離れた位置に社が建てられており、兵士らしき方々の姿が見えます。
「いえ。あれは宮廷騎士たちですので、大丈夫です。私もよく知っている方々です。」
カンナさんはそう仰ると、兵士たちに近づいていきます。
カンナさんの姿を認めた相手方からも、今のところ敵意は感じられません。寧ろ、安堵したような、そんな感じの表情です。
「カンナ様!お疲れ様です!ご無事でなにより!都でひと悶着あられたと聞いて、心配致しました!」
声を掛けられたカンナさんは小さく頷かれると、騎士たちに労いの言葉を返します。
「皆さんこそご苦労様です。
こんな危険なところにお勤めなられて、さぞ窮屈な思いをされている事でしょう。申し訳ございませんわ。」
「いえ!カンナ様にご心配頂き感激であります!
我々は大丈夫ですので、お気遣いなく!」
どうやら、宮廷騎士たちからの人気も高そうな感じです。
逆に、カンナさんを慕っているような人材だから、こんな危険な場所に回されているので、という可能性もありますが。ちょっとした左遷という奴でしょうか?
「中の様子は如何ですか?何か異変は?」
「いえ!あれから大きな変化はなく。
時よりオロチ様の呻き声や暴れられる音が響いて来る位です!」
悪化もしていないが、よくもなっていない、という事ですね。
「……そうですか。好転もしていない、という事ですね。やはり、中に入って探ってみるしかなさそうです。
こちらの方々は私がお雇いした冒険者です。
大皇陛下やシバ首相のご許可も頂いており、洞窟内部まで同行して頂きます。」
「はっ!承知致しました!
我々も同行させて頂きたいのですがお許しを頂けず……、申し訳ございません。
冒険者の皆さまもお気をつけて!我々の代わりにどうか、カンナ様をお守り頂きたく!どうかお願い致します!」
そういい、一糸乱れる動きで私たちに深々と頭を下げる宮廷騎士たち。そこからは演技の匂いはせず、心からの言葉のように思えます。
「いえ、我々も仕事ですので。
ですが、カンナ様の事は何があってもお守り致しますので、どうかご安心下さい。」
「はっ!ありがとうございます!」
アレンさんの言葉に敬礼で返す宮廷騎士たち。そんな彼らに見守られつつ、私たちは灼熱の洞窟内部へと足を踏み入れました。
「……、やっぱり暑いな。これは奥まで行くのにも苦労しそうだ。」
中へ入って半刻、といったところでクレイさんの口から正直な感想が漏れました。洞窟はところどころ溶岩の流れている所と繋がっているため、中の気温はかなり高くなっています。
一応、人が行来出来るように、魔石等を使用した冷房装置も設置されておりますが、その効果は気休め程度に留まっております。
「申し訳ありません……。
オロチ様がお目覚めになられたのを機に、再整備を始めたばかりなもので。
もっと冷房装置を設置出来ればいいのですが。」
年度切替の時期とかだと、急ピッチで進んだりするのでしょうか?予算を使い切らないと、次年度に差し障りがありますからね。
「まっ、仕方が無いわよね。100年放置されていたって言うんなら。
でも、こんな環境でよくあの大皇が文句をつけなかったわね?」
そうですね。ヒロト大皇なら『この余が赴くというのに暑苦しいとはどういう事だ!』とか言いそうな感じです。『あの山をどけろ』的な勢いで。
「……実際、兄は道中不満ばかり漏らしておりましたわ。
私やヒュペリカがどうにか宥めて奥までお連れしましたの。」
「へ~。そうなんだ。カンナさんも苦労しているんだね~。
……それにしても、レン、あんたなんか涼しそうな顔しているわね?」
そこで、レンさんが汗一つかいていない事に目敏く気付かれたミレニアさんは、その事について問い詰め始めました。
「ふん!この俺様には精霊たちがついているからな!
風・水の精霊に協力して貰って冷気を送ってもらっているのさ!」
「は~~!!あんた、自分だけ楽しているとか、どういうつもりな訳!
主戦力の体力が削られているってのに一番役に立たないあんたが温存しているとか、意味ないでしょうが!
何で皆にかけない訳?馬鹿なの?死ぬの?」
暑さで溜まった鬱憤を晴らすかのように、ミレニアさんがレンさんを責め始めます。所謂、八つ当たりという奴でしょうか。ご愁傷さまです。
「なっ!冷やすだけでも結構魔力を使うんだぞ!全員になんてかけていたら――。」
「消費が激しいのはあんたの魔術が未熟なだけでしょ?
それに、あんた程度の魔術じゃ殆ど攻撃の役には立たないだから、前衛の体力を維持する方が重要に決まってんでしょ!
そんぐらい頭を使いなさいよ!」
更にダメ出しをうけ、押し切られる形でしぶしぶと全員に魔術をかけるレンさん。私は遠慮しておきましたが。
え?何故かって?それは、私も火の精霊さんにお願いして、熱を遮断して頂いていたからです。
レンさんがちらっとその事に触れましたが、『リリシアは非戦闘要員の記録係、しかも女の子よ!あんたとは違うの!だいたい、記録がふやけて破れたら困るでしょ!』とミレニアさんに一蹴されてしまいました。
これもある意味男女差別というものでしょうか。単なるレンさんいびり、という説も否定できませんが。
その後は皆さま快適に進むことが出来(一人を除く)、1刻も経たないうちに奥まで到達することができました。
レンさんは大分お疲れのようで、早速リュックの中から回復薬を取り出して使用し、またミレニアさんに怒られておりました。お疲れさまでした。今後も似たような事があったら、同じ様にこき使われてしまうのでしょうね。
「確かに、何か様子が変だな?
今は暴れていないが、逆に何かを抑え込んでいるような、耐えているような、そんな印象を受ける……。」
物陰から、奥に佇むオロチを遠目に観察したアレンさんがそう呟かれます。まあ、実力差を考えると堂々と中に、とはいかないので仕方ないなのですが、傍から見られるとちょっと情けない光景かもしれません。
アレンさんの仰る通り、現状オロチは大人しくしておりますが、時より苦しむように身もだえもされております。躁鬱の激しい方なのでしょうか?或は怪しいお薬を処方されたとか。何にせよ、正常な状態には見えません。
「とはいえ、ここから見ているだけでは突破口を見出せそうもないな……。
行くしかない、ということか。」
クレイさんの言葉に同意し、皆さん慎重にオロチへと近づこうとしましたが、残念なことに直ぐ目に留まってしまいました。そして、オロチが私たちに向けて大きく咆哮します。
カ・ン・ナ!!
そう叫んでいるようにも聞こえましたが、実際のところどうなのかは正直よく分かりません。ただ、交戦が避けられなさそうだ、という事だけは理解できました。
「レン!カンナ!援護を!」
「分かっている」「分かりました!」
クレイさんの要請に応え、まずはお二人が防御を固めます。まあ、ようするに炎の影響を和らげる、守備力?を増加させる魔術を使用された、という事になります。強敵戦ではこうしたテクニックが重要になりますね。
そして、オロチの吐き出した炎の直撃を避けつつ、前衛が前進します。
「打ち倒す必要は無い!防戦しながら、どうにか異変の元凶を探るんだ!」
その言葉通り、皆さんオロチの攻撃をいなしつつ、情報収集に努めます。
まあ、正直本気で打ち倒そうとしても、攻撃が通用するような感じは致しませんので、他にやりようはなさそうです。
後衛の援護の下、前衛がオロチに近づいては、その爪、牙、尾に振り払われて後退。そしてまた機械を見て接近、その繰り返しです。
回避重視でどうにか直撃を避けていても、皆さんダメージが蓄積していっているのが見て取れます。
一方で突破口はいっこうに見いだせず、という状態。私も後ろからその様子を見守ります。はらはら。どきどき。
何となく、オロチが全力ではなく、逆に自ら力を抑えようとしながら戦っているようにも見えますが、何で、でしょうか?
そんなこんなで、暫く膠着状態が続きましたが――。
「わ、私の力でこれ以上は……!」
カンナさんが力を振り絞り治癒魔術を施し続けておりますが、焼け石に水、といった体で、後がなくなってきました。やはり、オロチの高い攻撃力に対して回復量が足りていない、ということでしょう。
これは大ピンチですね。押し切られて全滅するのも時間の問題でしょうか?冒険序盤、近場なので何となく行ってみたらデストラップだった、みたいな。裏技的な攻略法があれば逆に稼げるかもしれませんが、現実はそんなに甘くありません。
仕方が無いので、少し手助けをさせて頂いた方がよさそうです。記録係なのにでしゃばる、というのはよく無いのですが、非常時なので仕方がありません。
「治癒の力よ!我が意に沿って彼の者たちに祝福を!」
私がそう声を上げると、皆さまの傷口がみるみるうちに塞がっていきます。任意の複数者を対象とする治癒魔術を使わせて頂きました。逆に私はヘロヘロになっていますが、まあ仕方ありません。
「精霊たちよ!万害を退ける楯を我らに!」
オロチが私に狙いを定め吐き出してきた炎を、精霊たちが作り出した不可視の楯が拡散させ、その威を殺ぎ無害なものとしてくれました。一応、私だけではなく、皆さまを対象とさせて頂きましたので、近接攻撃もし易くなったものと思います。
「万物を断つ闇よ!我に害為すものを切り裂きなさい!」
私を厄介な相手と思ったのか、直接その牙で食らおうと接近して伸ばしてきたオロチの首に、周囲に出現した闇の大剣数本が突き刺さりました。
その痛みに耐えきれなかったのか、オロチは呻き声を上げながら若干後退します。今がチャンスですかね。
「オロチの首に掛かっているあの首飾り、宝石を狙って下さい!
あれが恐らく今回の異変の元凶です!」
オロチの首に不自然にかかっている首飾り。そしてその中心にある宝石のようなもの。そこから非常に性質の悪い魔力、精霊力を感じます。
恐らく魔導具か何かで、オロチの精神に対して悪影響を与えるためのものであると推測されます。
「分かった!アレン、ミレニア!どうにかあれを弾き飛ばすぞ!レンとカンナは援護を!」
クレイさんはそう答えると、オロチに向かって突進していきます。
「分かったわ!しくじんじゃないわよ!ほら!アレンも!早くしなさい!」
「ふん!言われなくとも!」
ミレニアさんとレンさんが了承の意を示し、クレイさんに続いて攻撃態勢に移ります。それに若干遅れながらも、アレンさん、カンナさんが後に続かれました。
「零下の縛り、万物を制止させその威を示せ!」
まずは、レンさんが周囲を凍結へと誘う古代魔術を放ち、オロチをけん制します。その冷気に当てられ、周囲の灼熱も若干和らぎます。ひんやりしてちょっと気持ちいいですね。
「神霊の祝福をもって邪悪なるものを退けよ!
申し訳ございません、オロチ様!」
その冷気にカンナさんが放った聖なる?光の爆裂が加わります。大きなダメージは見られないものの、オロチの脚が止まりました。そこへすかさずクレイさんとミレニアさんが間合いを詰めて、剣を押し付けながら脇を通り抜けます。鱗に阻まれて刃が通らず、ダメージにはなっておりませんが、少しはオロチの気を引くことが出来たようです。
「これで!!」
最後に、アレンさんが懐へ飛び込みます。
しかし、それを阻止せんと、オロチが炎を吐き出しました。
「そのまま進んで下さい!」
私の叫び声に従い、アレンさんは勢いを泊めず炎の中に飛び込みます。火と熱が挑戦者を飲み込まんと迫りますが、不可視の楯に阻まれてアレンさんまでは届きません。
一部の首・腕が迎撃を試みますが、アレンさんはそれをどうにかくぐり抜け、剣を振るって目的物を空へと弾き飛ばすことに成功します。
「やったぞ!」
オロチは尚も苦しむ様子を見せておりますが、攻撃の手は止んだ状態です。また、少しずつですが、纏っていた悪意が薄れていくようにも感じられます。
一方の弾き飛ばされた首飾りは宙を舞った後、私のそばへ転がり落ちてきました。そして、私がその宝石に手を触れると、乾いた音を立てて宙へと霧散します。
暫く、遠巻きに間様子を見守っていると、オロチは徐々に落ち着きを取り戻してゆきました。その瞳にも知性の輝きが戻って来たように見えます。が――。
「あの女め!傷が癒えたら直ぐにでも八つ裂きにしてくれる!」
急に再び怒りだしたオロチさんは、そう言い残して私たちの目の前から姿を消してしまわれました。
どうやら、魔術を使用して何処かへ転移されたようです。私たちはそれを呆然と見送ることしか出来ませんでした。
暫く続いた沈黙の後、アレンさんが自分に言い聞かすように言葉を発せられます。
「……、ま、まあ、何にせよ一件落着か?
どうやら、正気を取り戻していたようだし、もう大丈夫だろ。」
「……そ、そうですね。あの様子であれば、傷が癒えたら姿を見せて頂けそうです。
皆さま、ありがとうございました。ひとまず、都に戻りましょう。」
カンナさんも同意し、一旦都に戻り、事の結末を報告することとなりました。
それにあたり、宮廷騎士に早馬で都へ戻り、先んじて結果報告して頂くようお願いします。その上で、私たちは再び森を抜け都へ戻りました。
またモフモフの方々とご一緒出来ましたので、とても嬉しい限りです。私たちの戻りを待っておられたのでしょうかね?
そして、早速直接報告を、という事で皇城へと足を踏み入れました。
「ちょっと宜しいでしょうか?
皆さんがヒロト大皇陛下に結果報告をされている間、少しヒュペリカさんと2人でお話をさせて頂きたいのですが……。」
突然そんなお願いを切り出した私に、皆さん怪訝な顔をされます。
まあ、当然の反応ですかね。ですが、ここはどうにか通して頂きたいところです。期待を込めた眼差しを皆さんに向けます。きらきら。
「ま、まあいいんじゃないか?報告の際に何かして貰う必要がある訳でもないし。」
私の眼力が通じたのか、クレイさんのとりなしもあり、私のお願いは聞き届けて頂ける事となりました。ありがとうございます。
「何のご用でしょうか?
オロチ様の案件の事後処理で立て込んでおりますので、大変申し訳ございませんが、手短にお願いできますか?」
「そうですね。
早くお逃げにならないと、オロチさんに殺されてしまいそうですからね。では、手短に。」
無理言って面会をお願いした私を、表面上は柔らかな笑みを浮かべて出迎えられたヒュペリカさんに、私はそう返しました。
「……な、何の事かしら?仰っている意味がよく分からないのですが?」
「そうですか。まあ、それならいいです。
上手く隠しておられるようですが、魔力やあの魔導具を鑑みるに、恐らく南方自治領の方かと思います。
それでしたら、一応ご忠告だけ、と思いましたもので。」
その私の一言に、ヒュペリカさんはさっと顔色を変えられました。
「過度に他国へ干渉為さるのは如何なものかと思います。
度が過ぎると、見逃しては貰えなくなると思いますので、注意された方が宜しいのではないでしょうか。」
「……!あ、貴女一体何ものなの?
それに、どうして南方自治領だなんて言葉を――。
そ、そういうこと!あのオロチがいとも簡単に正気に戻されたのも、貴女が手を貸したから!」
と、何かを察しられたのか、途中で納得されたようです。話が通じてよかったですね。以心伝心という奴でしょうか。そんなに長い付き合いがある訳ではありませんけれど。
「ここで、貴女を始末すれ――、いや、それはまずそうね。
簡単にはやられてくれそうもないし、他の連中やオロチにでも駆けつけられたら厄介。それに、あの方に知られでもしたら……。
どのみち、ここは貴女の忠告に従って大人しく引いておくしかない、という訳ね。」
今までの優しそうな表情から一変し、魔族らしい黒い笑みを浮かべてそう答えられます。こっちが本性、という事でしょう。
「随分と手の込んだ事をされましたね?
やはり、この国のカミたちが邪魔だった、という事でしょうか?100年前も散々苦労されたようですので。
ついでに人間同士の争いを誘発して力を殺ぎ、動き易くするのが狙いでしょうか?」
「……。そうね。
頭でっかちの官僚たちや国粋主義の首相だとかに気に入られるよう結構労力をかけたのだけど。あのヒロト大皇の歓心も買うようにして。
それがこんなところでお仕舞、というのはちょっと残念ね。」
どうやら、大分昔から準備をして事に及ばれたようです。
シバ首相の支持団体である懐古主義集団にも所属し、顔を売りながら彼らの喜ぶような言動を心掛け、今の地位まで登りつめた、と。大分苦労されたようですね。お疲れ様です。
古き良き時代というのは今とさほど変わらない、良くも悪くもない時代、らしいですが、実際のところどうなのでしょうか。
ところで、ヒロト大皇とは個人的にも仲良くされていたようですが、何処までいかれたのでしょうかね?結構上手く誘導されていたところ見ると、かなり……、と話がそれました。
「カンナさんの味方をして助言をされたのは、アレンもついでに始末出来ればよいと思われたからでしょうか?オロチさんをどうにかする程の力量は無いと踏んで。」
「そう。勇者の子孫も邪魔になる前に、と思ったのだけど……。
どうやら、それが裏目に出たようね。あの二人も先走って余計な事をするし、上手く事を運ぶのは大変だったというのに。
やはり、欲張るものではない、という事かしら。今後の教訓ね。」
そう残念そうに言い、首を横に振るヒュペリカさん。欲張るどうのこうのよりも、人間たちに干渉せず大人しくして頂きたいものなのですが。
「あの首飾りはやはり貢ぎ物の中に?」
「ええ。大皇から、ということで最後に直接首にかけてやったわ。」
怪しみはしていたのでしょうが、やはり寝起きで頭が働かなかったのでしょうかね。
「まあいいわ。今回は私の負け。大人しく引き下がらして貰うわ。
貴女も別にこの場で私を押さえようなんて気は無いのでしょう?」
「ええ、まあ。
ここで暴れられてしまいますと、この国が大変な事になりそうですので。近くにいる移民合衆国の方々も流石に黙っていないでしょうし。
ここは穏便にお引き取り頂けると助かります。」
恐らく、オロチに簡単に殺される事のない位の力はお持ちでしょうから、こんな都の真ん中で本気を出されたら首都機能がマヒするというレベルでは済まなさそうです。
アレンさんたちに同席して頂かなかった理由もそこにあります。
「ここは貴女の厚意に甘えておきましょうか。次はもっと上手くやらせて貰うわ。
……それとリリシアさん、いつかこのお礼をするから、楽しみに待っていてね?」
「いえ、お気遣いなく。これに懲りて大人しくして頂けると大変助かります。」
お礼参りは是非ともご遠慮したいところです。
「ふふ、まさか、ね?」
再び黒い笑みを浮かべながらヒュペリカさんは去っていき、そのまま二度と皇宮に戻られることなく行方をくらませました。
さようなら。お元気で。もうお会いしたくないですが、そうもいかなそうな予感がするのが非常に残念です。
「リリシア、何かあったの?大分時間をかけていたみたいだけど?」
ヒロト大皇たちとの会談に遅参してきた私に、ミレニアさんからそう声を掛けられました。
ひとまず、宮廷騎士たちの非難めいた視線を流しつつ、後ろの席につきます。
「いえ。大したことでは。今後のことで少し話し込んでしまいました。」
「そう?ならいいけど。」
納得はされていなさそうですが、とりあえず見逃して頂けるようです。
一方の、会談・報告も恙無く進んでいたようです。宮廷騎士さんたち含め、皆さんほっとしたような顔をされておりますが、ヒロト大皇やシバ首相だけは渋い顔です。まあ、あてが外れた形でしょうから、仕方ないですかね。
嘘の報告とはねのけるという選択肢もあったかもしれませんが、正気に戻ったオロチが都に来てしまえばそれまでの話ですので、受け入れる他なかったようです。
そして、オロチ他眠りについていたカミたちが順次目覚められたことで重石が復活したため、彼らの計画は見直しを求められることでしょう。これでカンナさんの負担も減りますかね。多少は自由に動ける余地が出てきたらいいですね。
オロチ鎮静に成功した、という事で残りの報酬も頂けた私たちは、温まった懐とともに暫くの間ゼスタネンデに滞在し、その後再度南下して東方小国群へと足を進めることとなりました。