~第二章~ 学園都市 ワイズアビス
「そっちに行ったわよ!しくじったらただじゃおかないからね!」
「分かっている!」
盗賊と勇者の息の合った華麗な連携で追い込まれ、息絶える魔物。
他の魔物たちも戦士の剣に追い散らされて逃げていき、周囲に平穏が戻りました。
皆さんこんにちは。毎度お馴染み、勇者候補一行の記録係、リリシアです。
シュバルツアンクにてミレニアさんを仲間に加えた私たちは一路東へと向かい、エルディアノの国境を越えて(王子が軽々しく外国へ行って大丈夫なのでしょうか?)、学園都市と呼ばれている、ワイズアビスという街の近くまで来ております。
戦力不足を懸念されていた私たちですが、ミレニアさんを加えた事により、戦力としては数字にして1.5倍程になったと言えるでしょう。勇者+戦士+盗賊+記録係、と物理に偏ったパーティー構成ではありますが。出来れば、魔術攻撃の出来るメンバーがもう一人欲しいところです。
そして、ミレニアさんの加入により、戦力だけでなく、常識力・経済力という観点でも増強となっております。
仲間となられるや否や、パーティー共用の財布の紐はミレニアさんに握られることとなり、旅に必要な倹約・貯蓄といったところで、大きな改善が為されました。
若干抵抗感はあったようですが、アレンさんとクレイさんも自分たちの感覚がずれているということは認識されていましたので、渋々ながらも権限の委譲を承認されました。これもある種のお小遣い制、と呼べるのでしょうか?
「私がいる限り、無駄遣いは許さないからね!
あんたたちに任せたら直ぐホイホイと金を使うんだから。
冒険の途中で路銀が尽きて路頭に迷う情けない勇者と王子、なんて笑い話にもなんないわよ!」
というのがミレニアさんの弁です。
正直、そういう未来も否定はできません。お話としてはちょっと面白いかも、と思ってしまいましたが。
そんなこんなで、途中で路銀が尽きる様な事もなく、無事にワイズアビスへと到着しました。
「さて、と。怖い金庫番がいるとはいえ、そんなに余裕も無いので、この街でひと稼ぎしてから、先に進んだ方がいいだろうな……。」
ミレニアさんの冷たい視線を浴びながら、クレイさんがそう呟かれます。
本題へと移行する前に、まずはこの街の説明をさせて頂きたいと思います。
このワイズアビスという街は、私たちの居たエルディアノ王国の東にある魔導大国レヴァンティアの一都市です。
レヴァンティアの特徴はその冠名の通り魔術研究の盛んな国であり、その中でもワイズアビスは著名な魔術学園を中心として栄えている都市です。
周辺諸国からも魔術研究のための学生を受け入れ、皆精力的に学業、研究に勤しんでいるため、魔術研究に関しては最先端をいっている、と言っても過言ではないでしょう。
とはいっても、実際には魔族たちが統治する北極圏国家や、この大陸から海を挟んで東にある移民合衆国は、更に進んだ魔術文明をもっていると言われていますので、この大陸では、とつけるのが正解でしょうか。
因みに、移民合衆国には北極圏から移住してきた魔族も住んでおり、彼らがその進んだ魔術文明をもたらした、という噂ですので、実際の最先端は北極圏の魔族たち、という事になるのかもしれません。
そんな学園都市で私たちを待ち受けていたのは――。
「”下等な精霊魔術の使い手募集!来たれ我が研究室へ。我が大望の手助けをさせてやる。 ――大魔術士レン・クロサキ――”?なんだこれは?」
早速冒険者ギルドへと乗り込み、依頼を物色していたところ、アレンさんが変な依頼に行き当たりました。
下等呼ばわりされて、精霊魔術士さんたちが依頼を受けるとも思えませんが、この自称”大魔術士”の、レンさんという依頼主は何を考えていらっしゃるのでしょうか?特殊な性癖をお持ちの方を求めているとか?
「ああ、それか。実は卒業間近の学生からの依頼でな。
何でも、本人は精霊魔術が使えないのにもかかわらず、卒業試練として教授から精霊魔術が使えないとクリアできない課題を与えられたらしくってね。」
と、アレンさんの声が耳に入ったのか、カウンターのおじさんが補足をして下さいました。
因みに、魔術には自身の魔力をそのまま使用して使う古代語魔術・治癒魔術の他、魔力の一部を提供する代わりに精霊たちの力を借りる精霊魔術、神と呼ばれる存在に魔力と祈りを捧げることで奇蹟を現出させる神聖魔術等、色々と種類があります。
後ろ二つに関しては特に適正・資質に左右される部分が大きく、まあ要するに精霊や対象となる神との相性が良くないと使用できません。フィーリングが合う、合わない、という奴でしょうか。
「でだ、あんたらの中に精霊魔術を使える奴はいないか?
その依頼文を見て分かる通り、本人は自信過剰な上に古代語魔術以外を下に見ていて、性格や言動に問題の多い奴なのだが、それなりに優秀な学生ではあるらしくてな。
指導教授からは、どうにか助けてやってくれないかと頼まれているのだよ。
その教授とはギルドとしても懇意にしているので、無下にも出来んでだな……。」
どうやら、文面から分かる通りの問題学生のようです。
懇意、というのは要するに研究に際して、護衛やら採取やらを依頼してくれるお得意様だ、ということですかね?
それにしても、自ら無茶な課題を出しておきながら、クリアできるようさりげなくフォローをする、というのもおかしな話です。その指導教授は一体何を考えていらっしゃるのでしょうか。何か、私たちには伺いしれない、深い思慮が隠されているのかもしれません。
「一応、使えなくもないが……。」
と、アレンさんが答えます。流石は勇者様、といったところでしょうか。精霊たちにも愛されている?みたいな。
「おお!それは良かった!
依頼主を知っている奴は勿論、そんな依頼文なので、誰も受けたがらなくってな。卒業試験の期日も迫って来ており困っていたんだ。
頼む!どうにか受けてやってくれないか?
依頼人の報酬とは別に、ギルドからも報酬の上乗せをしてやってもいい。
だから頼む!」
「いや、そう言われても……。」
逃してなるものか、という風に食い付いてきたおじさんのお願い攻勢に対して、困惑して言いどもるアレンさん。
そこで、ミレニアさんがアレンさんを押しのけて会話に加わります。
「はいはい。アレンはちょっと黙ってて!
おじさん!上乗せ、ってところ、私ともう少しお話させて貰えるかな?」
と、おじさんと報酬の交渉を始められました。流石、頼りになりますね。これぞ庶民感覚?です。
アレンさんだと世間し――、いえ、好い人過ぎて、簡単に押し切られてしまいますからね。
おじさんと話し込むミレニアさんを、アレンさんとクレイさんがあきれ顔で見守ること数分。どうやら交渉がまとまり、晴れて円満決着となったようです。
「よし!この依頼、受けるわよ!
別に精霊魔術が下等だろうと何だろうと私たちには関係ないでしょ?
相手がどんな世間知らずで失礼な奴でも、貰える金には変わりがないんだし。お金に罪は無いわよね。
おじさんと依頼主は助かる。私たちはいっぱい儲かる。皆ハッピーよね?」
そのミレニアさんの言に押し切られ、私たちは依頼を引き受ける事となりました。おじさんが若干渋い顔をしていらっしゃいましたが、見なかったことに致しましょう。
きっと三方よし?なはずです。世間様にどんなメリットがあるのかよく分かりませんが。厄介ごとに巻き込まれずに済む、という点位でしょうか。
そんな渋い交渉を終えたのち、私たちは実際に依頼主であるレンさんにお会いするべく、魔術学園へと足を運びました。
「ふん。貴様らが下等な精霊魔術を使える、という冒険者か……。
ぱっとしない顔ぶれだな?特に、優秀で冒険のブレーンとも言うべき魔術士がいないなんて!
よくそんなんで生き残ってこられたものだ!」
と、いきなりのディスりで迎えられた私たちですが、とりあえずは大人しく依頼詳細を伺います。
まあ、確かに魔術士がいない、というのは致命的とも言える欠陥ではあります。レベルを上げて物理で殴ればいい、という訳にはいきませんからね。逆に、当たらなければどうという事はない、という場合もあります。
依頼主のレンさんは、他お二人のように容姿秀麗、とまではいきませんが、それなりに整った顔立ちをされており、短く切りそろえられた黒髪の下に、他人を威圧するような鋭い双眸が覗いております。優秀な学生、という前評判とは大きくかけ離れていない印象です。
そして、具体的な依頼の内容ですが、カウンターのおじさんから伺っていた通り、教授から出された課題のクリアを手伝って欲しい、というものした。
「ふんっ!何を血迷ったのかのあの教授、この俺に精霊回廊へ潜って最下層の精霊石を採ってこい、などどのたまいやがって。」
精霊回廊、というのは学園が管理する訓練用の迷宮の一つらしく、どうやら、精霊魔術が使える、精霊の姿を確認できる人間にしか奥まで到達できない仕掛けとなっているようです。
精霊の存在を感知して正解の道を辿らないと、入り口まで戻される、というような。
やっぱり、何とかの右手の法則は通用しない、ということですね。寧ろ、法則が通用するようなダンジョンが今後出てくる可能性はあるのでしょうか?ちょっと怪しいですかね。というか、そういうものを法則と呼んでよいのでしょうか。
古代語魔術一辺倒(というか偏重)のレンさんは、当然の如く精霊魔術なんて使えず、クリアするには誰か精霊魔術を使える人間に協力して貰うしかない、という訳です。
勿論、レンさんの同級生にも精霊魔術士の方は多数いらっしゃるのですが……。
「あいつら、俺が協力させてやる、って言っているのに、どいつもこいつも断りやがって!」
とまあ、今回の依頼みたいな調子で協力を要請していたらしく、当たり前のように誰からも拒否されたようです。そりゃそうですね。
そんなこんなで、課題クリアの期日まで余裕が無くなったところで、冒険者ギルドを介して精霊魔術士を募集、依頼を出した、という経緯です。
よく考えたら、結構崖っ縁ですよね。こんな依頼を受けてくれる奇特な方なんてまずいらっしゃらないでしょうし。万が一卒業出来なかったら一体どうなるのでしょうか?留年してもう一年頑張りましょう、或は直ぐに退学処分とか。
という事を、居丈高に語られたレンさんでしたが、ミレニアさんがその後の交渉を買って出ると、それまでの態度から一転、押し込まれる展開となりました。
「別に精霊術が下等だろうと、あんたが天才だろうが秀才だろうがはたまた凡才だろうと知った事が無いんだけど、あんたさあ?結構ぎりぎりなんでしょ?
期日が近い、っていうのにあてもなくて。だったらさあ、こっちで物を言ってくんないかな?」
と指で円を描き、カウンターのおじさんに引き続き依頼主からの報酬も吊り上げに掛かられます。
「なっ、何て下劣な!
高邁な魔術士の偉業に手を貸せるだけでも光栄な事だというのに、これだから盗賊、女は……!」
後で聞いたところによると、レンさんは若干女性に苦手意識、嫌悪感を持っていらっしゃったようです。どうにも、ご実家が悪い女に騙されて没落させられた、だとか。
それで、女性、特に金にがめつい女性に敵意を持たれているとのこと。辛い思いをされたのですね。お可哀相に。オンナハマモノデス。
「はいはい。高邁だろうが下劣だろうが、そんな事はあんたが勝手に思ってればいいんだけど。
こっちも商売なんだよね?貰うものは貰わないと。
それに、あんただって卒業できなかったら、ご自身の素晴らしい経歴に泥を塗ることになるんでしょ?
あ~あ!天才だってふれこみなのに卒業課題の一つも出来ないなんてね。
ついでに協力してくれる友達一人もいないボッチ人生、と。そんなんで、卒業後の行き先なんてあるのかしら?」
「だ、だから一人につき銀貨3枚も出してやると……。」
「あ~、はいはい。あんたにとって卒業なんてその程度の価値なんだね?
それならいいわ。他を当たって貰おうかしら。期日までに間に合うといいわね。まあ、望み薄だと思うけど。
せいぜい頑張りなさい。」
そう冷たく言い放ち、私たちを但して部屋から出ようとするミレニアさん。
その姿を見たレンさんは慌てて引き止めに掛かります。
「……ま、まて!分かった。一人につき4、いや5出す!これでどうだ!」
「ん~~。6枚。これ以下ならやらない。」
「わ、分かった。それでいい。その代り、全額成功報酬にさせて貰うからな!」
結局、吊上げは成功し、当初の倍の報酬を貰うこととなりました。後から聞いた話では、レンさんは貯蓄の殆どを巻き上げられる形になったのだとか。
ギルドからも報酬を頂きますので、結果的に私たちにとってはかなり実りのいい依頼となったのではないでしょうか。ミレニアさん様々ですね。
他方、レンさん・おじさんのお二人は……、強く生きて下さい。陰ながら応援しております。
「で、本当に精霊魔術が使えるんだろうな?役に立たなければ勿論報酬は渡さんぞ?」
私を見てそう仰るレンさん。どうやら、私が精霊魔術士だと思われているようです。まあ、格好から考えればそう思われても仕方無いかもしれません。
「いや。精霊魔術を使える、というのは彼女――、リリシアではなく、俺だよ。」
アレンさんが横から口をはさみ、勘違いを正されます。
「あんたか?そういえば、勇者とか呼ばれている奴の子孫なんだったんだか。
まあ、それなら他の奴らよりは信用できそうだが……。」
レンさんがそう呟かれた瞬間、突如部屋内に風が吹き、机上に整理されていた書類を床へと運びます。
「く!何だってんだ!いつもいつも!全く、ついていない!」
そう言って、慌てて書類をかき集められるレンさん。とりあえず、私たちも協力します。
何でも、昔から突然書類だのが風に飛ばされたり、物が急になくなって、その後唐突に戻って来たり、といったような事が度々あるそうです。……妖精さんの悪戯ですかね?
ご本人は、天才の自分を妬んだ誰かの仕業だろう、と推測されているようです。目立った才能をお持ちの方は何かと大変ですね。ご愁傷さまです。実際は単なる自意識過剰、という線も否定できませんが。
「全く、どいつもこいつも、他人の足を引っ張ることばかり考えやがって!
これだから低能、愚民どもは困るんだ!
……まあいい、で、あんたの役割は何なんだ?
その格好で下等な精霊魔術士でないとすると、古代語魔術士なのか?」
ようやく書類を元に戻し終えたところで、レンさんは愚痴りながら当然の疑問を呈されます。
「いえ。私は一行の記録係、を務めさせていただいております。
後は、炊事係、等を兼任しております。」
そうお答えした私に対して、レンさんは『何それ美味しいの』的な表情を返されました。まあ、当然の反応ですね。料理は多少美味しくできていると自負させて頂いているのですが。
翌日、準備を整えてレンさんと合流した私たちは、早速精霊回廊へとやって参りました。
場所としては、街から徒歩で1~2時間進んだ小さな山の麓にあり、入口付近には簡易な社が建てられております。
そこに駐留していた監視員の方に、教授の課題で訪れた旨お話すると、入口に設けられた扉を開けて中へ案内して下さいました。
「そう大きな危険は無いと思うが、気を付けていきなさい。
万が一の時は……、分かっているね?」
そう仰ると、扉を閉め社へと戻っていかれました。
いざとなったら、わざと道を間違えて戻ってくるように、ということですね。それすら出来ない状態だとどうにもならないかもしれないですが。
もしかしたら、精霊たちが外部へ異変を伝えてくれるような仕掛けが施されているのかもしれません。
「……すごいな。深部から物凄い精霊の気配を感じる。」
中へ入るなりアレンさんそう呟かれます。洞窟内には魔石を利用した灯りがところどころに設置されておりますが、奥までは見渡せません。
ですがその暗闇の先に、確かに目的のものがある、ということが感じ取れたようです。
「……ふん。どれだけあてになるのかしらんが、しっかりと道案内しろよ?
こっちは高い報酬を支払ってんだからな!」
正確には、支払う『予定』ですね。まだ頂いておりませんので。
とりあえず未収金として借方に計上しておきましょう。焦げ付かないといいですね。
「分かっている。とにかく、精霊の気配の濃い方向に行けばいいんだろう?」
前述の通り、この洞窟は正解=精霊石のある方向かって行かないと入口の戻される、という仕組みです。
つまり、岐路(選択肢が2つとは限りませんかね)の度に、正解を選び続ける必要がある、という事になります。
正解側は精霊石の影響が大きいため、精霊の気配が濃く感じられる、という形でしょう。もしかしたら、多少の偽選択肢が含まれている可能性もありますが、基本はそれで良さそうです。
数個の岐路で済めば運と総当たりで何とかなりそうですが、数が多くなれば、それだけで奥まで辿り着くのはちょっと厳しいですかね。
2択だけだったとしても、20個岐路があれば正解率は1ppmも無いでしょうか。所謂シックス・シグマの不良率を下回る確率ですね。正規分布の6σそのものには及びませんが。
アレンさんの先導の下、私たちは次々と現れる岐路(やはり3叉路等もありました)を注意深く進んで行きました。
「……あれは魔物、か?」
そうアレンさんが指さす先に視線を移すと、動く骸骨さんたちが見て取れました。所謂、ボーンサーバント、という奴でしょうか。
他にも、粘土なのか岩なのかで造られたと思しきゴーレムたちも見て取れます。
「そうだ。回廊のガーディアン兼・訪問者への試練のため、ああいう輩が各所に配置されているはずだ。
対処は任せるぞ?こっちは雇い主だからな。」
そう言って下がろうとしたレンさんを引き留めたのは、ミレニアさんでした。
「はあ?何言ってんの、あんた?
訪問者への試練なんだったら、あいつらのお客さんはあんただけでしょう?
私たちの仕事は深部までの道案内をすることであって、護衛って訳じゃないんだけど?何だったらあんた一人で戦って貰ってもいいのよ?」
「……な!」
予想外の言葉に唖然とするレンさんに対して、ミレニアさんが更に畳みかけます。
「それとも何?
自称天才様はあんなのに勝つ自信も無いって訳?自分への試練だってのに。
はん!それで、女の後ろに隠れてがたがた震えているっての?
それはそれは、随分と偉大な魔術士様だこと!」
「……っぐ。分かった!俺も戦ってやる!
この天才の素晴らしい魔術を見て腰を抜かすんじゃないぞ!」
どうやら、上手く乗せられたようです。頭はいい、というふれこみですが、結構チョロイ方なのかもしれません。
とは言っても、自称“天才”魔術士というのは伊達では無いらしく――。
「業火よ!焼き尽くせ!」
レンさんの放たれた魔術の炎にのまれ、魔物たちはあっさりと動きを止めました。
そして、その様子を見届けると、得意げにドヤ顔をされます。
「何やってんのよ!こんな密閉空間で火を放つなんて!
あんた馬鹿なの!さっさと消しなさいよ!ほら、早く!」
ただ、残念ながらミレニアさんのクレームにより、それは長く続きませんでした。
ミレニアさんの言に従って大人しく氷系魔術で火を消されたレンさんは、その後は無言であとについてこられました。
こうやって、調教というのは為されるものなのですね。勉強になります。
その後は黙々と歩き続け、2時間程先に進んだところで、私たちは一旦休憩をとることにしました。
「では食事の準備を致しますので、少々お待ち下さい。」
私はそう告げると、荷物の中から用意していた弁当を取り出し、箱型の魔導具を使って温めます。
この魔導具は家から持ち出してきていた便利な道具の一つで、魔力を注ぎ込むことで対象物を加熱することが出来るというものです。
旅先で暖かい食事は貴重ですので、とても重宝しております。そして、弁当が温まるまで間、他お三方には食事のための場所を準備して頂きました。
「……。何だ、その道具は?
魔力で直接対象物を温めているのか?一体どんな原理で?
というか、都市でも見たこと無い道具だぞ……。」
レンさんは私の魔導具を見て何か呟かれます。どんなに熱い視線を頂いても、これはさしあげませんけど。どきどき。
因みに、この魔導具は保有者の魔力を短い波長の波に変換し、それを対象物が含む水に当てることで振動させ、発熱させるというものです。なんとかレンジと同じ原理ですね。『レンジ』というのが何なのか存じ上げませんが。
「出来上がりました。どうぞ、召し上がって下さい。」
ちょうどいい温度になる頃には準備も完了しており、早速皆さまに弁当を振る舞います。
勿論、レン様の分もあります。流石に、一人のけ者にする程意地悪くはありませんので。いじめ、格好悪い。ダメ、ゼッタイ?
「ふ、ふん!仕方ないから食べてやるとするか!どれ!」
やっぱり、用意しない方が良かったでしょうか?
或は、ぞうきんのしぼり汁を入れるとかした方が……。ちょっと真面目に準備し過ぎましたかね。反省。
「!……、ふん、ま、まあまあだな!
まともに食べられるようなんで、安心したぞ!」
と、言いながらも弁当の中身をがっつき始めます。そんなに、お腹を空かしていたのでしょうか?
実は苦学生だったとか?ミレニアさんにもう少し手加減して巻き上げて頂いた方が良かったかもしれませんね。
もっとも、もう卒業という事なので、今更学費が払えず追い出される、というような事にはならないと思いますが。
そんなレンさんを、他のお三方は生温かい?感じの眼で見守られます。
「ごちそうさま。いつもながら美味いな!リリシアの弁当は。
そんなに時間の余裕がある訳でもないから、さっさと片づけて先へ進もうか。」
お粗末様です。
クレイさんのその言葉を皮切りに、皆さま(何と、レンさんも参加されております!)分担して片づけを進め、ほどなくして再出発となりました。
「一体どこまで続いているのだ?もう、結構進んだと思うんだがな……。」
更に数時間程進んだところで、クレイさんがそう漏らされます。
確かに、この洞窟に入ってから、もうかれこれ20数キロと進んでいる感じがしますので、試練用の洞窟としては結構深く造られているように思います。
「……ん、そうだな。もう大分気配も濃くなっているし、そろそろだと思うんだが。」
「おいおい。しっかりして貰わんと困るんだがな?こっちだって高い金をはら――。」
「あんたはいいから黙ってなさい!
で、アレン。後どれ位なの?まだ、野営が必要な位残っているの?」
アレンさんに文句を言おうとしたレンさんでしたが、ミレニアさんに途中で遮られてしまい、口をぱくぱくと動かしながら、何か悟ったような顔でうしろへ下がります。
ミレニアさんには下手に口答えしない方がよいと悟られたのかもしれません。やっぱり、可哀相な感じがしなくもないですね。
「いや。もう1、2時間もあれば着くと思うのだが……。」
アレンさんがそう仰りながら、通路の先へと進まれます。すると、そこは今までとは感じの違う広場となっていました。
「何か結構痛んでいる感じだな?気を付けて進んだ方がよさそうだ。」
よく見ると、地面のところどころにヒビが入っていたり、穴が開いていたりします。
安普請、という奴でしょうか?補修をしてない、というだけなのでちょっと違うかもしれませんが。建物でも無いですし。
そして、前方に視線を移すと、金属質な光沢を宿したゴーレムが一体待ち構えておりました。
既に戦闘準備万端、といった感じでファイティングポーズをとっており、今にも襲い掛かってきそうな状態です。お巡りさん!こいつです!こいつがやりました!
「やるしかない、か!行くぞ二人とも!」
そう言ったアレンさんに続きクレイさん、ミレニアさんが前へと躍り出た瞬間――。
「なっ!跳んだ!?」
ゴーレムは地面を揺るがしながら大きく跳躍し、前に出た三人と、レンさん・私との間のところへ降りてくると同時に、頭上高く組んだ両拳を振り下ろしてきました。
そして、拳が地上に触れた瞬間、痛んでいた地面は衝撃に耐え切れず――。
「くっ!」
崩落する地面に飲まれて、あえなくレンさんと私は闇の底へと沈んでいくこととなりました……。
闇に呑まれてから数十分程たったところでしょうか(因みに、時間は後から逆算・推察したものですのであしからず)?
目を覚ました私は、周りを見渡しました。すると、案の定天井は埋まっており、もと居た場所に戻る、というのは難しい状態です。
もっとも、埋まっていなくとも、どの位落ちてきているかも分からず、登る術もない状態なので如何ともし難いのですが。
そして、入り口の方向と思しき側の通路も瓦礫で塞がれており、通り抜け出来ません。
「……んっ。こ、ここは……。」
と、そこでレンさんも目を覚まされました。直ぐに焦点の定まらない瞳で周りを見渡され、私と同じ結論に至ったようで、溜息を一つ零されます。
そして、私の方へ視線を移されたところで、何故か驚きの声を上げられます。
「お、お前は!り、リリシアか……?」
「はい。そうです。どうやら一緒に底まで落ちてきてしまったようです。しかも……。」
そう言って、私は埋まっていない先の方へ視線を移します。その先には見事なまでに四つに分かれた路がありました。
「見ての通り、四択のようです。
正解を選べる確率が無い訳ではないですが、かなり分が悪いのではないかと思います。
勿論、一旦地上に戻る、というのも悪くない選択だとは思いますが。」
「そ、そうだな?勇者の子孫たちと合流するのも難しそうだし……。
そんなに猶予がある訳でもないから、賭けてみるか?
と、いうよりそれしかやり様がないのか……。」
レンさんは私の方にちらちらと視線を寄せながら、そう呟かれます。
そうですね。上にも登れず、後ろに道が無い以上、前に進む以外の選択肢は無い(この場で待っても、直ぐに合流できるとは思えませんので)状態です。
1/4でも可能性があるだけまし、でしょうか。今のところ、ですが……。
「ところで、レンさんは、よく何もないのに物が飛ばされたり、隠されたりする、と仰っておりましたね?」
私は、4つの選択肢を前に迷って沈黙されているレンさんに話しかけます。
「……?まあ、そうだが。
大方、この俺の溢れんばかりの才能に嫉妬した低脳どもが嫌がらせでもしているのだと思うが、それがどうかしたのか?」
突然の私の問いかけに、怪訝な表情をしながらもレンさんは答えます。
「そうですか。そういう見方、そういう事例もあるかも知れません。でも――。」
そこで一旦区切り、正解を見出すための本題へ移ります。
「それには恐らく、レンさんの周りにいらっしゃる、精霊さんたちの悪戯もかなりの量含まれているのではないでしょうか?」
「なっ!せ、精霊だと?俺の周りに?」
そう言って周囲に目を凝らされるレンさん。
残念ながら、その目は精霊たちを捉えられなかったようで――。
「何も見えないが……。
まあ、訓練も何もしていないのだから、当然と言えば当然だが。
しかし、もしそれが事実だとすると、精霊たちの俺への嫌がらせだったということか?俺を嫌って?」
「いえ。そうではないかと。寧ろその逆ではないでしょうか。
皆さん、レンさんの事がお好きのようですので、どうにか気づいて貰いたくて、つい悪戯をされてしまわれたのでは無いかと思います。
好きな女の子に遂悪戯をして嫌われてしまう、男の子のような感じでしょうか。」
その私の言葉に、レンさんは困惑の表情をされます。まあ、当然の反応ですね。
今までさんざん下等呼ばわりして嫌っていた精霊たちに好かれている、何て急に言われたら。疑って当然です。
「す、好かれている?この俺が?精霊に?そんな馬鹿な事が……。」
頑なに否定されるレンさんに、私は更なる推察を加えます。
「いえ。事実だと思います。精霊の皆さんもそう仰っていますし。
それに、レンさんの指導教授がこんな卒業試練を出したのも、それが理由では無いでしょうか?
精霊たちに好かれて才能があるにもかかわらず、それを毛嫌いして古代語魔術以外を学ぼうとされないレンさんに、視野を広げ、自分の新たな可能性に気づいて欲しいと思われたのではないですか。」
「そ、そう言われてみれば、確かに……。
そうであれば、こんな試練を課された理由にも納得がいくが……。だが、しかし……。
というか、あんたにも見えているならそれで――。」
尚も逡巡されるレンさんに対して、私は更に言葉を重ねます。
「どうでしょうか?一回、蟠りを捨てて、周りの気配、声に耳を澄まして見られては?
そうすれば、見えてくるものがあるかも知れませんよ?」
有無を言わさぬ口調で告げる私に、レンさんはようやく観念され――。
「……わ、分かった。やってみる!やってみるから!
それで駄目だったら、頼むぞ!?」
そう言うと、ゆっくりと目を閉じ、心を落ち着けられます。
そして、暫くの間精霊が見えると自己暗示をされた後、またゆっくりと眼を開けられました。
「!」
どうやら、自分の周りに無数と群がる、精霊たちが感じ取れたようです。
因みに、灯り群がる何たらに見えなくもない光景です。レンさんが光り輝いている、という事ではありませんが。
「ほ、本当だ!何でこんなに?俺の周りなんかに群がってきているんだ!?」
レンさんが驚きの声を上げます。初めて見る幻想的な光景?にテンションも上がっている様子です。
どちらに対してかは敢えて明示致しませんが、謹んでお祝い申し上げます。おめでとうございます。長かったですね。
「どうやら、成功したようですね。
世の中には、体質なのか、生まれつき精霊に好かれる、という方がいらっしゃるようですよ。本人の思考、好み如何によらず。
勿論、それを魔術に繋げられるかどうかは本人と訓練次第の部分が大きいですので、そのままで何でも言う事を聞いてくれる、という訳ではありませんが。」
「んっ?何か言っているのか?聞き取れないが……。」
群がっている精霊さんの中でも、かなり大きめの個体がレンさんに何やら話しかけて来ているようです。
「ついてこい、と言っているようです。精霊石のところまで案内して下さる、と。
今はまだ見えるようになったばかりで、言葉は聞き取れないようですが、いずれは会話も出来るようになると思いますよ。」
その私の言葉に頷かれた精霊は、踵を返されると、四叉路の一つへと真直ぐ飛んで行かれます。その行く先からは、濃密な精霊力が感じられます。
「おっ、おい!待ってくれ!
……ん、何だこの巨大な力は?これが、奥にあるという精霊石の気配なのか!?」
どうやら、レンさんにも精霊石の気配が感じられるようになったようです。
これで、この卒業試練の本来の課題はクリアされた、と言えるのではないでしょうか。こちらも、おめでとうございます。
後は、おまけ?の石を回収するだけですね。まあ、奥まで行くだけならともかく、回収が簡単に行くかは怪しい感もしますが……。
私も、慌てて精霊を追って行かれるレンさんの後に続いて、奥へと歩を進めました。
それから2・30分も進んだところで、私たちはようやく最終目的地と思しき場所へとたどり着きました。
「ここが力の源泉か?物凄い力を感じるが……。」
見ると、大きな空洞となっている場所の奥、若干高台となっているところに台座が置かれており、その上に丸い石が一つ鎮座しています。あからさまに、これぞ目的物!って感じです。初心者安心の親切設計ですね。
世の中には、最深部と見せかけて、途中にある落とし穴の先の微妙な位置に目的物がある、というような塔やら洞窟やらが存在するらしいです。
逆に『最後の幻想』とかだと、ほぼ一本道になっていますので、それはそれでどうなのかと思いますが。
「あれが精霊石か!これで……!」
そう言い、一目散に台座へと駆け寄ろうとするレンさん。果たしてそう簡単に手に入るのでしょうか……。
「危ない!上です!」
私のあげた声に弾かれ、急停止し横に転がるレンさん。その脇に、空より降って来た巨大な槍が突き刺さります。
「なっ、なんだ!」
そして、槍に続いて漆黒の馬に跨った骸骨騎士が台座の前に降りたちます。
音もなく着地したその騎士は、静かに大槍を引き抜くと、私たちにその切っ先を向けて、戦いの構えをとります。
「こいつが宝物の守護者、という訳か!
いいだろう!勇者の子孫たちなんていなくても、この天才魔術士レン・クロサキ様が始末してやる!」
レンさんはそう宣言されるや否や、後退って距離を取ります。
まあ、魔術士なので当然と言えば当然の行動なのですが、ちょっと格好が悪い感もします。
……おっと。職業差別はよくありませんね。ちょっと反省です。
そのレンさんの行動を骸骨騎士は手出しせずに見送り、どこからでも来い、とでも言わんばかりに、悠然と構えたままです。
「なめやがって!後悔するなよ、骸骨野郎!」
レンさんは魔力を集中し、古代語を唱え始めます。
今までとは違い、かなり威力の高い術を使うおつもりのようです。あれですね。強攻撃はタメが大きい、と。そうじゃないと駆け引きになりませんからね。
「我が意に従って、爆裂せよ!」
レンさんのその言葉に応え、骸骨騎士の周辺が歪みはじめます。
そして、それは直ぐに収束し――。
「どうだ!」
耳を劈く轟音とともに爆発を起こし、骸骨騎士を飲み込みます。その爆風は私のところまで届き、風が頬を撫でながら通り抜けました。
凄い威力ですね。耳がおかしくなりそうです。ですが……。
「なっ!馬鹿な!直撃のはずだぞ!」
レンさんの驚きの声が示す通り、爆心地には、先ほどと変わらず悠然と佇む骸骨騎士の姿が。
しかも、ほぼ無傷、という状態です。
「古代語魔術では駄目です!
どうやら、無効にする障壁が張られているようです。
他の魔術を使うか、物理攻撃を加える必要があります!」
声を張り上げて、レンさんに助言をします。
この洞窟の趣旨通り、あくまで精霊魔術を極めさせる、という目的に沿ったボス?が配置されている、ということのようですね。これは中々厳しそうです。
レンさんは精霊を感知出来るようになったとはいえ、それを魔術転用する、というところには至っておりません。
そして、流石に近接戦闘に習熟しているとは思えないレンさんが、徒手空拳や杖で殴って(正しい使い方、かもしれませんが)どうにか出来る相手とも思えませんので。打つ手無しの大ピンチです。
「おいっ!大丈夫かっ!」
と、あきらめかけたところで救いの手が。アレンさんたちが追いついてきて下さったのです。
「遅い!何をやってんだ貴様らは!俺がこ――。」
「だから、アンタの護衛は仕事じゃない、って言ってんでしょ!
本当に脳みそつまってんの?馬鹿なの?死ぬの?寧ろ、死んじゃえば?」
と、レンさんが苦情を言おうとしたところで、お約束通りミレニアさんに封殺されます。
安定のコンビネーションですね。もし漫才コンビを組まれたら、お茶の間の人気者になれるのではないでしょうか?
「リリシア!大丈夫か!」
「私は大丈夫です。それよりも、眼前の骸骨騎士にご注意下さい。
どうやら、障壁が張ってあるらしく、古代語魔術は通用しないようです。精霊魔術か、或は物理攻撃で対応するしかありません。」
心配そうに呼びかけてこられたクレイさんに対して、私はそう返しました。
どうやら、私たちがはぐれてから、皆さん休まずに先に進まれたようです。途中埋まっていた通路も、精霊たちに協力して貰ってどうにか通り抜けて来られたとか。
皆さん、ご協力頂きありがとうございました。
「分かった!クレイ、ミレニア!行くぞ!」
アレンさんは私の助言に了承の意を返し、骸骨騎士の下へ駆け寄ります。
残るお二人もその後を追い駆け出しました。
「お、俺も!」
「あんたは役立たずなんだから、下がっていてくれる?邪魔よ!」
珍しくやる気をみせたレンさんですが、ミレニアさんに役立たず呼ばわりされ、涙目でまたまたうしろに下がります。
自分へと迫りくる三人。骸骨騎士はそこで初めて動きを見せます。
「来るぞ!」
黒馬は一声嘶くと、アレンさんに向けて大きく跳躍します。そして、着地と同時に大槍が振り下ろされます。
「ぐっ!」
アレンさんはぎりぎりのところで横へ転がり、どうにか凶刃から逃れます。
その隙に、と斬りかかるクレイさんとミレニアさんですが、骸骨騎士は素早く大槍を引き戻し、横薙ぎにして近寄らせません。
「一筋縄にはいかない、か!だが、やるしかない無いな!」
その声を皮切りに、お三方と骸骨騎士は激闘を繰り広げられます……。
「くっ!後ちょっとだって言うのに……!」
その激戦区から少し離れた場所で、私とレンさんは戦いを見守っておりました。
台座への通路はそこまで広くないので、隙をみつけ脇を抜けて精霊石を奪取、というのも難しそうです。というところで、今のところは出来る事がありません。壁歩きとか、天井歩きとか出来るようになりませんかね?
「ところで、レンさん。ちょっと宜しいですか?」
「……ん?何だ?」
再び、唐突に話しかけた私の声に、レンさんは怪訝そうな表情をしながらも耳を傾けました。
「レンさんは精霊魔術を毛嫌いされておりましたが、今は如何でしょうか?
精霊たちを見ることが出来るようになられましたが。」
「……い、いや、まあな。古代語魔術が最も偉大なのは変わらないが、まあ精霊も……。」
周囲の精霊たちが見えている、という事もあってか、歯切れが悪い回答です。結構小心者ですね。いつもの傲慢な物言いはどうされたのでしょうか?
「まあ、個人の好みはどうでもいいのですが。
ここは卒業が掛かった局面で、レンさんにはもう余裕がありません。もう一回入りなおしてという時間的な面でも、人手という面でも。手段を選んでいる場合ではない、ということです。
そこで相談なのですが、ここは一つ、精霊魔術が使えないか、試してみるのは如何でしょうか?」
私はそう提案しました。
「俺が精霊魔術を?
……あの骸骨野郎にそれが通じるのであれば、確かにこの局面を打開する一手にはなりそうだが。
とはいえ、天才の俺とだとしても、そんな簡単に習得出来るものでも無いだろう?」
下等な精霊魔術だとしても、という前置きも聞こえてきそうな感じですが、私は更に説得にかかります。
「ええ。普通では。
ですが、ここは精霊石の影響か精霊が多数おり、その力に満ちています。
そして、レンさんも初心者とはいえ、大分精霊たちに好かれる体質のようです。上手く精霊たちが意を汲んでくれる可能性は十分にあると思います。
それに、失敗しても特に失うものはありません。不利な現状が継続する、というだけですので。」
「……そ、そうだな。好転はすれど、悪化はしない、か。
それならやってみる価値はあるか?」
上手く乗せられてくれたようです。やっぱりチョロイ感がします。
そんな性格だから悪女に騙され、お金を巻き上げられたりされたのでは無いでしょうか(本人ではないですが)。もう少し思慮深くなられた方良いのではないかと思います。
「では早速。まずは、目を閉じて周囲の精霊たちの気配に集中してください。」
「こ、こうか?」
学生らしく学ぶ姿勢というのは身についているのか、私の言う事に素直に従って下さいます。
「そうですね。
気配が感じ取れたら、次は自分も魔力を彼らの前に差し出して餌付――、いえ、対価を払うので協力してくれるよう語りかけ、お願いして下さい。そのお願いで引き起こしたい現象のイメージとともに。
そうですね……。」
黒馬の跳躍力・スピードに、皆さん苦労されているようです。あの足を止める事が出来れば、大分有利になりそうな気がします。
「骸骨騎士の足元。地面から、錐状の岩が突き出してきて黒馬の脚を貫く、というのはどうでしょうか?
まずは骸骨騎士の足を奪い、動きを封じるということです。」
その私の提案に、レンさんは目を瞑ったまま頷かれます。
「分かった。それでいこう。」
無言でイメージを固められるレンさん。
十分に固まっただろうな、という頃を見計らって発動の合図をだします。
「では、目を開いて、対象を見ながら指示をして下さい。」
「地霊よ!彼の者の足をとめろ!」
目を開いたレンさんがそう声をかけると、周囲の精霊たちがそれに呼応し動き始めます。その動きはどことなく楽しそうです。そして――。
「!」
骸骨騎士の足元の地面から岩の蔦が伸び、今にも跳躍をしようとした黒馬の脚を貫きました。
黒馬は無音の呻きを上げ、苦しみながら足を止め態勢を崩します。
どうにか上手くいってくれたようですね。これで一安心です。ほっ。
「今だ!」
その隙を見逃さず、アレンさんたちが切りかかります。
先陣を切ったクレイさんの剣は槍に阻まれますが、逆にそれを受け止め固定する事に成功します。
そこへ駆け寄ったミレニアさんは、槍の柄を踏み台に跳躍し、手にしていた小剣で背後から腕を斬り落としました。
そして、すかさずアレンさんが詰め寄り――。
「は!」
精霊力を込めた剣を斜めに振り下ろしました。
完全に断ち切れてはいないものの、その輝く軌跡は骸骨騎士の胴体に大きな傷跡を残しました。
それがかなりのダメージとなったのか、黒馬に続き、その主人も無音の呻きを漏らしながら苦しみ出します。
ここで、畳みかけるのが吉でしょうか。もう一手打った方がよさそうです。
「レンさん!もう一回魔力を集中してください!
次は、雷光が手元から骸骨騎士まで伸びるイメージで!地霊・風霊に呼びかける!」
「あ、ああ?」
有無を言わさぬ私の指示に、レンさんは異論を挟む間もなく従います。そして――。
「地霊・風霊よ!彼のものまで伸びる雷光の槍を我が手に!」
レンさんがあげた声に応え、轟音とともに杖から雷光が走ります!
それは狙いたがわず骸骨騎士を直撃し、その体を粉砕しました。
結果としてこれが止めの一撃となり、胸から上の大半と片腕を失った骸骨騎士の体は、黒馬とともに虚空に飲まれ、消えていきました。
「ふぅ。何とかなったか……。」
厳しい戦いを終え、アレンさんが安堵の声を漏らします。
やはり、この試練の趣旨に沿った形で、精霊魔術であればある程度容易くクリア出来るが他では、という造りだったようです。
アレンさんも多少は精霊魔術をお使いになられますが、有効な攻撃手段とはなっていなかったようですので、レンさんがやる気になって下さらなかった場合は勝機が得られなかった可能性が高そうです。
「ふっ、ふん!役に立たない奴らめ!この俺の助力が無かったどうなっていたことか!
こんなんじゃ報酬は――。」
「はあ?あんた何言ってんの?
あんたはリリシアの指示に従っただけでしょ?あんた一人じゃお話にならなかったのは変わんないわよ?
それに、何度も言うようだけど、私たちの仕事は道案内であって、あんたの護衛じゃないからね?その道案内だって、アレンとリリシアあっての事でしょう?」
レンさんがさりげなく報酬の減額(或は0化?)を試みようとしましたが、またまたミレニアさんに撃沈されて黙ります。そろそろ、癖になって来たのではないでしょうか?
万が一、お二人がお付き合いされることとなったあかつきには、レンさんが尻に敷かれる事間違いなしでしょう。
と思いつつも、ミレニアさんグッジョブ、です。私的にも、ただ働きはいただけません。ただの記録係なので、大したことはしておりませんが。
「リリシア、あんた大丈夫だった?怪我は無い?変な事されなかったわよね?
男は皆ケダモノだからね。まあ、こんなのに遅れをとることも無いとは思うけど。
それと、ありがとう。助かったわ。正直、あんたの助力無しだと厳しかったかも。」
「いえ。私はレンさんに助言をしただけですので。頑張られたのは、レンさん自身かと。
それと、レンさんはヘタレな方だと思いますので……。」
心配して頂けたようで、申し訳ないですね。
何を、とは言いませんが。実体験からなのか、ケダモノ、というところには大分力が入っておりました。汚物は消毒!みたいな。
因みに、ミレニアさんがなさっていたのは給仕までで、その後の仕事まではなさらなかったそうです。
私もその辺りは実体験が無いのでよく分からないですが、紳士そうに見えるアレンさんやクレイさんも、夜になると我を忘れたりなさるのでしょうかね?がくがく。ぶるぶる。
「そうだな。何も無かったなら何よりだ。
とりあえず、さっさと依頼を済ませと戻るとしようか?流石にへとへとだよ。」
クレイさんはそう言いながらも、私とレンさんの間に割り込んでこられました。
そして、レンさんに若干睨みをきかせいらっしゃるようにも見受けられます。はて。何かレンさんに言いたい事でもあるのでしょうか?激戦を経て築かれる男同士の友情、そしてそれは愛へと変わる、とか?腐腐腐。
こうして無事精霊石を回収し回廊から脱出した私たちは、その後は大過なく無事街へと帰り着くことが出来ました。
「ふん。まあ、結果的に目的は果たせたからな。よくやったと褒めてやってもいい。」
街に帰り着く頃には夜も更けており、周囲は闇に閉ざされていました。
といいながらも、魔術研究の進んだ都市だけあって、魔石などを使用した街灯がところどころに設置されており、歩くのに苦労する、というような状態ではありませんが。
「はあ?何の役にも立たないお褒めの言葉なんかどうでもいいのよね?
ちゃんと出すもの出して貰える?」
「……、わ、分かっている!
明日研究室まで取りに来い!ちゃんと満額払ってやる!」
「一人につき銀貨6枚、分かっているわよね?ビタ一文まけないわよ?
むしろ割増料金が欲しい位よね。安普請で床が抜けるは、あんな化物と戦わせられるはで、こっちはいい迷惑よね、本当に!」
「じゃ、じゃあ明日な!昼前頃に来いよ!」
レンさんは不穏な空気を察知されたのか、慌てて帰路につきます。
精霊とともに、空気も察知できるようになられたようです。素晴らしい事ですね。まあ、空気というのは誰かにとって都合のいい流れ、というだけの話なので、あえて読む必要があるのか、というところは疑問ですが。
そんなレンさんの後ろ姿を見送り、私たちも宿に戻って休むこととなりました。今日は盛り沢山で疲れましたね。記録するだけでも一苦労です。
次の日、再度レンさんの研究室を訪問した私たちは、レンさんとその指導教授に出迎えられました。
「はじめまして。儂がこやつの指導教授でクロウと申します。」
クロウさんはまさしく魔術士、といった風貌のお爺さんで、温和そうな印象の方でした。
レンさんはその横で渋い顔をしながら大人しくされております。報告にあたって、何か小言を貰ったのでしょうかね。
「弟子が世話になったようで、ありがたいことです。
お陰様で無事試練をクリア、晴れて卒業させることが出来そうです。
こやつはこんな性格ですので、旅中不快な思いもされたかと思いますが、若輩者がしでかしたことと、どうか許してやって頂けると助かります。」
「いえ。俺たちも仕事ですので。お気になさらず。」
クレイさんは大人の対応で、そう答えられます。
それに笑顔で頷かれたクロウさんは話を続けられます。
「こやつの人望のなさとも相成って、あの精霊回廊のクリアは難しいのでは、と思っていたのですが、あなた方のような冒険者と巡り会えて幸運でした。
しかも、精霊魔術の手ほどきまでして頂けたとか。儂も、こやつの古代語魔術偏重をどうにかしたいと、常々思っておりましたが、精霊に好かれているというのに、本人は精霊魔術を見下す始末で。
これが改善の機会になれば、と思い今回の卒業試練を課したのですが……。
予想以上の成果となって、この上ない喜びです。重ね重ね御礼申し上げます。
つきましては、こやつ自身の報酬とは別に、儂からも何かお礼を差し上げたいと思っております。」
お礼、というところでミレニアさんの瞳が輝きます。
これで、報酬の三重取り、になるでしょうか?ぼろ儲けですね。ありがたいことです。浮利を追っている感がしなくもないですが。
「といったところで、ここからが本題なのですが……。
実は、儂からも皆さまにお願いしたい事がありましてな。」
「お願い、ですか?それはどの様な?冒険者に対する依頼ということですか?」
『依頼』と言わず『お願い』としたところに違和感を覚えたクレイさんが聞き返します。
「いえ。依頼ではなく、お願いになります。
どうか、こやつ、レン・クロサキを皆さま一行に加えて頂けないでしょうか?」
そう言い、レンさんの方に視線を向けるクロウさん。
本人にとっても突然の話だったのか、レンさんが慌てて口を挟みます。
「なっ!何を言っているんです!突然冒険者になれ、だなんて!
どういうつもりです!折角卒業だ、というのに!」
「まあ、落ち着いて聞きなさい。
お前さんが古代語魔術の研究をしたがっていることも、それで家の再興をしたいのだ、という事も分かっとる。
だがな。今回の事で、賢いお前さんなら学んだだろう?ただ古代語魔術に打ち込めばいい、という訳でもないということを。
どうじゃ?この方たちと世界を回って見聞を広めてみては?
古代語魔術以外にも目を向け、他の魔術や冒険術、他国の情勢などを学んでみては?それは、お前さんにとって掛け替えのない経験となることじゃろう。それこそ、研究室に籠って得られるものの何倍もの。
折角精霊魔術も使用できるようになったことだしな。リリシア殿のご助力があれば、その習熟も出来よう?」
「そ、それは……。」
そこでクロウさんは私たちの方へ向き直られ、更に言葉を重ねます。
「重ねてお願いします。無理を言っているのは重々承知しておりますが、私としても、若い才能をこんなところで埋もれさせず、もっと花開かせてやりたいと切に願っておるのです。
どうか、仲間に加えてやって頂けないでしょうか。」
そう言い深々と頭を下げられます。寧ろ、こちらが恐縮してしまいますね。
「い、いや。顔を上げて下さい。我々としても、いきなりの話ですので……。」
慌ててそういうクレイさんに、アレンさんが横から口を出します。
「いいんじゃないのか?こちらとしても、魔術士が加わるのは願ったり叶ったりだろう?
俺程度の魔術じゃどうにもできない事態もあるだろうし。な?」
「そうですね。性格的なところは置いておくとしても、魔術士としては十分に優秀な方かと思いますので、加わって頂ければ今後の旅が楽になるのではないでしょうか。」
と、私も同意を示します。
「まあ、いいんじゃないの?とりあえずこき使ってやれば、多少は役には立つでしょ。
あ、そうそう。仲間になったとしても、報酬はチャラにならないからね?
きっちり、耳そろえて支払って貰うわよ?」
因みに、私たちのパーティーでは基本的に報酬は人数で等分、個別管理となっています。
その中から共通で必要な分をパーティーの財布に供出する形です。前述の通り、今現在その財布はミレニアさんが管理されている、という状態ですね。
そして、ありがたいことに非戦闘要員である私も皆さんと同じ額だけ頂いております。あまり、使い道もないので貯まる一方ですが。その内、パーティー内金融業でも開けそうです。
勿論、法定金利内で、ですよ?そんなものがこの辺りの国にあるのか存じ上げませんが。
とりあえず、年単利で20%位にしておきましょうかね。クレイさんはまず使用されないでしょうから――、結局ターゲットとなる可能性が一番高いのはレンさん、という事になるのではないでしょうか。お得意様ゲットだぜ、です。
「――そうだな。我々にとっても悪い話ではない、か。
リリシアに精霊魔術を手取り足取り、というのは許し難いが。
分かりました。そのお話、お受け致しましょう。」
小声で何か言われたのはよく聞き取れませんでしたが、クレイさんも了承され、こちら側の意は決しました。後は――。
「わ、分かったよ!仕方が無いから、お前らに手を貸してやる!
天才の俺が仲間に加わってやるのだから、有り難く思えよ!」
「こら!お前さんはまたそんな口を!全く、仕方のない奴じゃの。
皆さん。多々ご迷惑をかけてしまうとは思いますが、温かく見守って頂けたら有り難く。
どうぞ宜しくお願い致します。」
レンさんも同行の意を示し、これで、勇者候補一行に新たな仲間が加わる運びとなりました。
当然のように、レンさんに加えてクロウさん・冒険者ギルドからの報酬も回収しましたので、お金にプラスして戦力増強(3割強アップです)と、この街で得られた戦果はかなりのものと言えるでしょう。
4+1のパーティーとなった私たちは、レンさんの卒業を待ち、その後北東へと歩を進めることとなりました。