~第一章~ 犯罪都市 シュバルツアンク
皆さんこんにちは。お久しぶりです。勇者候補一行の記録係、リリシアです。
突然ですが、私たちは犯罪都市と呼ばれる街、シュバルツアンクに来ております。
この街は、国内外の物流の要所にあり非常に栄えておりますが、その名の示す通り、暴力・犯罪が蔓延るところでもあります。そのため、街には活力が満ちていますが、その担い手たちはどこか影を背負っているような印象を受けます。
――と、一般的に思われているイメージそのままでお話してしまいましたが、実際のところ、そこまで治安が悪い、という訳ではありません。
この街を取り仕切っているのは領主や中央政府ではありません。しかし、盗賊ギルドが絶対的権力を握って統治を行っているため、きちんと場所代、みかじめ料を払ってさえいれば、逆に安心して商売が出来る、といわれています。
犯罪に近しいものが仕切っているが故に、よそ者による跳梁は許さない、ということです。面子?というものもあるでしょうか。
何故そんな統治が国から黙認されているか、といいますと、袖の下や利権で、という訳ではなく(勿論それもあると思いますが)、過去、他国から侵略を受けた際、英雄と讃えられた一人の盗賊が、ギルドのメンバー達とともにこの街にて籠城・防衛戦を行い、見事守り切った功績によるものと言われております。
その後行われた交渉の結果、適正な量の税をきちんと国に納める代わりに、ギルドによる自治権を勝ち取ったという形です。
荒れくれものをまとめ上げて戦力としたうえに、国とも交渉が出来るなんて、凄い方がいたものです。それが実際の出来事であったのなら、ですが。
そんな街の中で、対照的とも言える光を背負った私たち一行――いえ、私以外のお二人は他から浮いて非常に目立っており、周囲の人間たちの視線を集めております。
服装は駆け出し冒険者相応ですが、お二人の顔立ちは高貴さが滲みでております。……フードとか被った方が良いのではないでしょうかね?この街の住人にとってみれば、まさに鴨がネギを背負って歩いているようなものかもしれません。
とはいえ、いいとこのボンボンに見えても(というかそのものですが)、お二人はきちんとした冒険者ですので……。
「……おっと、とりあえずその手を放そうか?」
そう言って、財布を掏ろうとした少年の手を掴むアレンさん。少年は財布を握ったまま必死に手を動かそうとしますが、微動たりともしません。
暫くして、少年が諦めて手を開くと、アレンさんも手を放します。すると、舌打ちをして少年は逃げて行きました。
失敗にめげず強く生きて下さいね。まずは外見に惑わされず、実力を見抜く目を養うのがよいと思います。まあ、私にも出来ませんし、そんな簡単に身につくものではないと思いますが。
逃げて行った少年を特に気にすることもなく、アレンさんは私たちに提案します。
「とりあえず、腹ごしらえと行こうか?
リリシアのお陰で悪くない食生活を送れているが、あくまで旅食は旅食だからな。久しぶりに街の食事を堪能したい!」
非戦闘要員の私でも出来ること、ということで、旅中は拙いながらも調理を担当させてもらっております。
調理といっても、大した料理道具を持ち合わせていない旅途中においてできる事なんてたかが知れており、その辺に生えている野草やその日捕獲した動物、或は保存食などを適度に組み合わせ、どうにか形にしている程度です。
調味料もふんだんに、とはいかず味は淡泊になりがちですので、街の味が恋しくなるのは仕方がないことでしょう。というより、私もそうです。私は街の出身ではありませんが。
パスタにしよう。うん、パスタ。
ということで、衆目を集めながら街の味(私は勿論パスタです)を堪能した私たちは、その足で冒険者ギルドへと顔を出しました。
盗賊ギルドが絶対的な権力を持っているとはいえ、基本どこであっても外来種である冒険者の拠点となるギルドは、この街にもきちんと存在します。お互い不干渉を維持する、という形での共存となっておりますが。
私たちもその外来種の一員ですので、ホームと呼べるのは冒険者ギルドしかないといえるでしょう。その中でも特に衆目を集める私たちですが、冒険者になるような人間には色々な過去がある、ということでそこまであからさまな視線は受けずに済みました。
内部に掲示されている依頼を確認しましたが、あまりめぼしいものは無く(犯罪性の強そうな案件がたくさんありました。流石は犯罪都市です)、いくつか手紙を受け取っただけで後は宿探し、となりました。
冒険者ギルドは、他組織と比べて他都市との交流もある程度ありますので、一部郵便局的な役割を担っている (依頼としてもそうですが、それ以外に各支部を拠点としている冒険者宛の届け物なども請け負っている)部分があります。私宛ての手紙は勿論ありませんでしたが、アレンさん、クレイさんは何点か受け取っておられました。悔しくなんてないですよ?
まあ、私宛てに来るとすれば祖父から位だと思いますが。それも、どこへ向かったのか知らせていない、知らせる術もないので望み薄です。
宿探しは結構あっさりと完了し、無事に暖かい布団と食事を確保することに成功しました。
ふかふかの高級羽毛布団とはいきませんが、旅具とは雲泥の差です。
どうやら、アレンさんたちは以前にもこの町に来た事があるらしく、おおよその目星は最初からつけていた、とのことのようです。
王子であるクレイさんはともかく、勇者(候補)であるアレンさんも縁があった、ということにちょっと吃驚です。どうやら、お二人が冒険者になってから、ということではなく、別々での訪問のようですので。清廉潔白?な勇者様と犯罪都市との繋がりが想像つきません。
とはいえ、宿も結局アレンさんの方の案でした(クレイさんはやはり高級宿に宿泊されていたようで、駆け出しの冒険者である私たちにはちょっと……)ので、以前来られたことがある、というのは確かなようでした。
そんなこんなで、英気を養うため、夕食を食べた後、部屋で一人寛いでいた私のもとに、訪問者が現れました。
「リリシア?起きているか?」
クレイさんの声を確認した私は、鍵を開け中へと招き入れます。婦女子を訪問するのには少々遅い時間ですが、まだ許容範囲と思われる時間でしたので。まあ、私なんかに夜這いを試みないでも、そこら辺にいくらでも相手がいらっしゃると思いますが。
「済まないな、こんな時間に。ちょっといいかな?」
「いいですよ。まだ今日の記録でも、と思っていたところですので。」
因みに、この文章は、大体夜寝る前の時間を利用して書き進めています。←今この辺です。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
そういう私に、クレイさんはちょっと逡巡しました。その後、意を決したように口を開きます。
「実は、アレンの事なんだが……。」
「アレンさん、ですか?アレンさんがどうかされましたか?」
私のいた村で重症を負われていたのはクレイさんですし、ここ最近にアレンさんが怪我をされた、というようなこともありませんでした。
何も思い当たることが無かった私はそのまま聞き返しました。
「……実は、昼に冒険者ギルドで手紙を受け取って以来、様子が変なんだよ。」
付き合いの短い私にはそういったことは感じ取れませんでしたが、幼馴染であるクレイさんが仰るのであれば、そうなのかもしれません。何か普段とは違う兆候のようなものを感じ取られたのでしょう。
「変、ですか。具体的にはどの様な……。」
と、私が詳細を伺おうとした際、外で扉の開く音がかすかに聞こえてきました。あの方角は確か、アレンさんの部屋の方だったかと思います。
「……ん?やっぱりだ!リリシアもちょっと俺と一緒に来てくれないか?こんな時間にアレンの奴が単独で出かけるなんて初めてだ!これは何かある気がするぞ!」
そう仰り、扉に近づくと外に耳を傾けられました。そして、階段を下り始めるのを扉越しに確認するや否や、外へと出て行ってしまわれました。私も、それを追って外へ繰り出します。
私も何なのか気になりますし、記録係としての責務があります。決して、野次馬根性という訳ではありませんよ?
アレンさんは宿を出ると、比較的安全である宿周辺のエリアから離れ、怪しげな路地へと歩を進めていきます。
ところどころ立ち止まって思い出すようなそぶりを見せながらではありますが、さほど迷うような様子を見せないところからすると、やはり多少なりともこの辺りの土地勘をお持ち、ということなのでしょう。
そして、暫くいくと、周囲の怪しさは増し、多種かつ多彩な色を放つ店が乱立したエリアへと入り込みました。私の住んでいた田舎の村では決してお目にかかれない光景です。慣れていない私は目がちかちかとしてきました。メガー。メガー。
「……あいつ、こんなところに何の用があって?」
クレイさんは私を慮ってのことか明言を避けておられますが、はっきり言ってしまえば歓楽街と呼ばれる区画です。
酒類をメインに提供するところは勿論のこと、女性を買うような店、そういったところの客引きも見られ、見目のよいクレイさんに対して獲物を狙うような視線を向けて来ております。
無論、私に対しては「なんだコイツは?」とでも言いたげな視線が寄せられております。
クレイさんはそんな視線を無言で払いのけつつ、私の手を取って、アレンさんの姿を見失わないように歩を進めます。何か、子供の引率みたいな感じですね。
確かに、候補とはいえ勇者であるアレンさんがこんなところに用がある、というのは少し意外な感が致します。英雄色を好む、ということなのでしょうか?
アレンさんは、歓楽街の少し外れにある、他よりは比較的地味な酒場の前で立ち止まると、店の名前を確認されるような仕草をされました。そして、看板を何度か見返して小さく頷かれると、意を決したように店の中へと入って行きます。
「”はちみつと給仕”?とよく分からん店だが……。」
名前からは、どのような趣旨の店だか読み取れないため、クレイさんは私を連れて行くべきか迷われているようです。
「私のことは、お気になさらずに。黙って静かにしておりますので。」
「……ん、そうか?
まあ、そういう問題でもないのだが、こんなところに一人置いていく方が不安だからな……。」
微妙な表情を見せられたクレイさんでしたが、直ぐ意を決したようで、中へと歩を進められました。
ちょっとどきどきしますね。一体、どんな光景が広がっているやら……。鞭を持ったお姉さんが出迎えて下さるとか?ハチだけに。
結論から言いますと、その店はいかがわしい類の店、という訳ではありませんでした。若干スカートの丈が短く、露出が多い感は致しますが、所謂ハウスメイド、といったような服装を若干ミツバチ風にアレンジした給仕たちがミード(蜂蜜酒)を振る舞う、というコンセプトと思われる店です。
アレンさんはこういった格好がお好みなのでしょうか?ハニー達に癒されて、普段のストレスを忘れている的な。
そんな想像(妄想)とは異なり、アレンさんは給仕と仲良く酒を愉しまれていた、訳ではなく、給仕の一人と何やら口論をされていました。
「何故なんだ!何で君が!」
「あんたには関係ないでしょう!ほっといてよ!」
と、何かよくある痴話喧嘩的なやりとりをされており、その様子を周りの給仕たちが心配そうに見守っております。
アレンさんが言い争いをされている相手は、茶色のボブカットでボーイッシュな印象。ただ、長身スレンダーながらも出ているところ出ており、メリハリの利いた体を他給仕さんたちと同じようにレースで修飾された可愛らしい服が覆っていて、健康的?な色気を醸し出しております。
客側の様子としては、もっとやれと囃す方、興味なさそうに給仕に話しかけている方、詰まらなそうに一人酒を口に運んでいる方、とまちまちです。
まだセーフのようですが、流石に騒ぎが過ぎれば強面の店員さんが出てきそうな雰囲気も感じます。単なるイメージなので、本当にそんな店員さんがいるのかは分かりませんが。
「ちょっと待て!こんなところで騒いだら店にも客にも迷惑だろう。まずは落ち着け、な?」
同じように思われたのか、クレイさんが二人に割って入り、アレンさんを宥め始めます。
「クレイ!?……それにリリシアまで、どうしてこんなところに?」
と、居るはずのない私たちに疑問を持ちつつも、アレンさんは若干落ち着かれたようです。
「とりあえず、事情は後で聞くから、まずは皆さまに謝って店を出ようか、な?
……連れがお騒がせして申し訳ございませんでした。
後でよ~く言い聞かせておきますので、この場は平にご容赦を。それでは失礼します。」
クレイさんは演技がかった口調でそう言って優雅に一礼すると、まだ何か言いたげなアレンさんを強引に引っ張り、店から退出しいきます。それを見届けた私も、一礼をした後、その後を追いました。
どうもお騒がせして申し訳ございません。ごゆっくりミードと給仕をご堪能下さい。どちらがメインディッシュなのかは分かりませんが。
その後、ひとまず宿へと戻った私たちは、アレンさんに詳しい事情を説明して頂きました(というより、クレイさんが聞き出されました)。
それによると、どうやら言い争いをされていたお相手の給仕の方はミレニア・ロークさんというお名前で、アレンさんとは旧知の仲(幼馴染、という奴でしょうか?)。お二人の父親が知り合いだったらしく、幼い頃に何度かこの街に滞在されたらしく(道理で、地理に詳しい訳です)、その度によく遊んでおられたようです。
お互いの両親が亡くなられてからは疎遠になり、今般久し振りに再会された、という経緯です。何故、あの店で働いている事が分かったかと言うと……。
「手紙があったんだ。冒険者ギルドで受け取ったやつの中に。
差出人は不明だが『ミレニア・ロークは歓楽街東外れの”はちみつと給仕”に居る』、って。」
「差出人不明、か。……心当たりは?」
「いや。だが一応は確認しておこうと思って。
どうやら、盗賊ギルドのよろしくない連中とも繋がりがある店のようだったので。」
やっぱり、いかがわしい部分もあるお店だったようです。どんな繋がりで、どういうシステムになっているのかは私には想像もつきませんが。
そうして、訪ねてみたら本当にミレニアさんが店で働いていて、何でこんなところにいるんだ、辞めろ辞めないで口論となった、という流れです。
差出人不明の手紙、ってかなり怪しげですがどんな意図があってアレンさんにミレニアさんのことを伝えたのでしょうか?お二人の関係を知っていた、ということはかなり身近な人間の仕業のように思われますが……。実はクレイさんが黒幕、とか?その場合、この件も自作自演になりますね。
「とりあえず、差出人にどんな意図があるのか分からないが、もう一度ミレニアと話しをしてみるよ。
……出来れば一緒に来てくれると助かる。」
「そうだな。また騒ぎになって店やバックの連中の不興を買うとまずいだろうし。
俺も一緒に行くよ。」
「恩に着る。」
どうやら話はまとまったようですが、これは私が省かれるパターンでしょうか?一応記録係ということなので、出来れば付いていきたいのですが……。
何度も言うようですが、興味本位ではないですよ?お仕事の一環です。
ただ、結果から言いますと、私が仲間外れにされることはありませんでした。というより、それどころではない事件に巻き込まれ、話を聞きに行く、ということ自体が流れてしまったためです。
次の日の朝、宿の外、というより街全体が騒がしい雰囲気に包まれておりました。
「……一体どうしたっていうんだ?朝っぱらからなんか騒がしいな。」
アレンさんたちも同意見ということで、ひとまず外にでて情報収集に勤しむことになりました。そして、騒がしさの爆心地を辿って行ってみると、それは昨晩訪ねた歓楽街のところに行き着きました。
「……なんだあれは?」
そうクレイさんが指さす先には、布を被せられ、壁にもたれて路地に座り込む男性が一人。その周りをおそらく官憲、と盗賊ギルドの関係者らしき方々が囲んでおります。
一応、警察組織も機能している、ということでしょうかね?ばっちり癒着している、というところがあからさまに示され過ぎている感もしますが。
そして、壁の側に目を移すと、そこには血?と思しき赤い液体で描かれたと思われる文字が躍っておりました。
「”弑逆の罪は死をもって ―盗賊王―”、か。
今いちよく分からないが、盗賊ギルドの内部抗争なのか?」
クレイさんはそう感想を漏らされました。
確かに、”盗賊王”というのが、盗賊ギルドの、というより現体制を作り上げた方の事を指すであれば、そういうことになるのでしょうか。
ただ、本人は既にお亡くなりになっているはずですので、当人が化けてでて殺した、というような事は無いと思いますが。死人を蘇らせる術というのは、寡聞にも聞いた事がありません。
何らかの意図をもって名前を騙っているか、或いは関係者に対する警告・メッセ―ジの類といったところでしょう。弑逆という言葉が使われているのは、”盗賊王”はギルド内部の人間に殺された、ということを示唆しているのでしょうか。
そんな感じで、遠目に観察をしながら考えを巡らせているクレイさんと私ですが、一方のアレンさんは目を伏せたまま、何か考え込んでおられるご様子です。何か思い当たることがあるのかもしれません。実は、”盗賊王”の縁者とお知り合い、とか。
そんなこんなで、現場近くに佇んでいた私たちに、死体を囲んでいた方々の中の一人が近づいてきました。
「お前たち!処理の邪魔だからさっさと散れ!
冒険者と言えど、この街で勝手な真似をしたらただでは済まんぞ!」
そう追い立てられた私たちは、他野次馬たちと一緒に、一旦その場を離れることにしました。
「何を受け取っていたのですか?」
そう、私はクレイさんに問いかけました。
先ほど、盗賊ギルドメンバーと思しき方が、私たちを追い払う最中に、紙のようなものをクレイさんのポケットに忍ばせているのが見てとれました。
本人も気づいてはいらっしゃったのですが、まだ確認されていなかったようで……。
「そうだった。ちょっと待ってくれ。今から確認してみる。
……どれどれ、と。」
そう言って、紙を取り出して広げると、中の文字を確認されます。
「……。うん。とりあえず昼頃に冒険者ギルドへ、という事だけだな。
十中八九ギルド違いの輩だろうから、中継して別の場所に案内される、ということになるのだとは思うが。
やはり、というか当然のように俺たちの出自も調査済みのようだな。」
確かに、いるだけで目立たれるお二人のことですから、当然調査されますかね。そうでなくても、関所等とも連携してある程度街への出入りは監視されていそうです。
「まあ、あれこれ悩んでいても仕方無いから、早めに昼食をとってギルドへ向かうとしようか。」
そうして、手頃な店を見つけ軽く昼食をとった(今回はパスタではありません)私たちは、再度冒険者ギルドへと足を運びました。
「お待ちしておりました。……さあ、こちらへ。」
カウンターをしていた強面のお兄さんは、私たちの姿を確認するや否や、脇を通して奥へと誘いました。
意を決し、奥へと進んだ私たちを出迎えたのは、顔の半分を隠した、あからさまに”盗賊”という感じの男でした。やや細身ながらも、鍛え抜かれた身体が見て取れ、油断ならない雰囲気を醸し出しています。
「……こっちだ。下は暗い。はぐれないようついて来い。」
そう言って、屋敷の地下、というより地下迷路?とでも称した方が良いであろう場所へ誘います。
因みに、迷宮と迷路は意味が異なり、迷宮は基本一本道ですので、今回は迷路が正しいはずです。
恐らく、各要所を繋ぐ秘密の抜け道で、道を憶えて抜けない限りは中でのたれ死ぬというコンセプトでしょう。もしかしたら、日替わりで正解が変わる、というようなオプションもついているかもしれません。
途中で先導をどうにかして逃げ出そうとしても、抜け出すのは困難を極めそうです。右手の法則、とかでなんとかなりませんかね?
「もう少しだ。余計な事は考えるなよ?別に取って食ったりはしない。」
そんな思考を見透かしたのか、先導の男がこちらに声だけ向けます。
「そちらもな。流石に一回では道も覚えられないし、野郎の後ろを襲ったりはしないさ。
安心して下手な鼻歌でも披露しておくといい。」
クレイさんの軽口に、先導は鼻を鳴らして答えます。
「ふん。中々の減らず口だ。
……おっと。残念ながら俺の名人芸を披露するのはまたの機会となりそうだ。」
そういった視線の先にはわずかな扉の輪郭が見て取れます。先導はそれをスライドさせて開けると、中へと私たちを招き入れます。
「さっさと入りな。」
二重扉の先は明かりのついた回廊となっており、その更に先に目的地となる部屋はありました。
「ここだ。中でお前たちに用のある御方がお待ちだ。せいぜい行儀よくしろよ?さもないと、明日には川でひと泳ぎする羽目になるかもしれん。」
「そしたら名人芸とやらを聞かせてくれ。
音から逃れるために這い上がってくる位の元気が湧いてくるかもしれんからな。」
先導の無言の圧に催促され、私たちは中へと歩を進めました。
部屋の中は綺麗に整えられ、品のいい調度品に囲まれた、王侯貴族の執務室(行った事が無いのでただの想像ですが)の体をしておりました。そして、その片隅にある高級そうな食器棚の傍から、男が一人笑顔で出迎えて下さいました。
黒髪をストレートに長く垂らし、整った中性的な容貌をしております。ただ、浮かべている柔和な笑みとは裏腹に、その瞳には鋭い刃物のような切れ味を感じます。そして、部屋同様に、派手すぎず、小奇麗な衣装に身を包んでおりました。
怖いイケメンですね。カバン持ちに食傷気味なマダムとかが好みそうな感じです。
「これはこれは。わざわざお呼びだてしてしまって申し訳ない。
今、お茶を用意するので、そこに座って寛いでくれたまえ。」
そういって、手に持った茶器を掲げ、眼前のソファーへと視線で誘導します。
「……なるほど。ジェイドさん、あんただったか。
風の噂で幹部になったとは聞いていたが、本当だったようだな。」
どうやら、今度はクレイさんのお知り合いのようです。一応、国内の要衝ですので、幹部(に近い)同士で交流があった、ということでしょうか。
「やあ、クレイ君。久しぶりだね。5年振り、いや10年か?
随分と大きくなった。見違えたよ。」
本心からかは分かりませんが、ジェイドさんもそう親しげに返します。
「とりあえず、座ろうか。今更ジタバタしていても仕方無い。それに、この人ならとりあえず信用は出来る。少なくとも利害が反していない間は。」
クレイさんはそういい、率先してソファーへと腰を落とし、私たちを誘いました。
それでは、失礼して。……いい感じの弾力ですね。柔らかすぎもせず、固くもなく……。流石は高級品でしょうか?
「さて、何から話そうかな?
まあ、私に聞きたいことは沢山ありそうだが、何でもかんでも答えられるという訳ではないからね。
……まずは自己紹介から、といこうか。
私はジェイド。若輩ながら、このシュバルツアンクの盗賊ギルドで幹部を務めさせて貰っている。末席ではあるがね。」
「君たちの事は……。失礼ながら少々調べさせて貰った。
と言っても、一人は旧知の仲だし、さほど苦労を掛けてはいないがね。
クレイ・ヴィ・エルディアノ、我が国エルディアノの第三王子。
最近、大怪我をしたようで、大変だったね?
気軽な身の上とはいえ、体には気を付けた方がいい。」
「それはどうも。忠告として受け取っておくよ。」
「アレン・ノアック、魔族殺しの英雄の子孫。
祖先の遺志を継ぐ、という心意気はいいが、懐疑と寛容の心を忘れないようにした方がよいかな。」
「……。」
「リリシア……、強引に連れまわされて大変だったろう。
嫌気がさしたら、いつでも連絡してくれたまえ。出来る限り昔の生活に戻れるよう助力しよう。」
「ご配慮、痛み入ります。」
どうやら、最近の冒険活動に関しても、ある程度把握されているようです。ただ、脇役である私のことはあまり調べる意味は無いと思いますけれども。
「さて、君たちにお越しいただいた本題なのだが……。
簡単に言うと、この件から手を引いて欲しい。」
「!」
「……という訳ではない。その逆と言えば逆かな。
今朝、歓楽街で殺人事件があっただろう?あの事件の調査に協力して欲しい。それが私からのお願い、依頼だ。」
「どういうことだ?わざわざ外部の介入を招くなんて。」
クレイさんの疑問はもっともです。司法・調査権を掌握しているからこそ、事件を闇に葬ることも、他人に罪を着せることも可能になります。
外部のものを係らせるということは、その一部を手放す、ということになりかねません。
「実はね……。お恥ずかしい事に、今ギルドでは内部抗争が勃発中なのだよ。まあ、強行派と穏健派との争いというありがちな奴でね。
強行派は国の影響を完全に排除して、ギルドによるより強固な統治体制を、という主張。
穏健派はその逆で、国とも融和して、今まで通りやっていこう、という形だ。」
「ジェイドさんはどちらの派閥でしょう?」
「穏健派さ。闇はあくまで闇。表に出張るのは愚の骨頂というものだ。
……で、話を戻すと、もうすぐギルドの代表選が控えていてね。
今まさに抗争が最高潮を迎えている、という訳だ。そんな中、片方の派閥のメンバーが殺された。」
「……なるほど、なるべく中立な立場の人間が捜査した方がよい、と。
だが、本当に俺たちでよいのか?曲がりなりにもこの国の王子である俺がメンバーに加わっていたら、穏健派が主導していると取られる可能性があるが?」
「その位はまあ飲んで貰うさ。代表選までそう時間がある訳でもないし、だからこそこの時期に、という訳だからね。
それと、理由はもう一つある。……アレン君。」
「……ミレニアの事か?」
そう答えたのは、今まで沈黙を守っていたアレンさん。
どうやら、ミレニアさんはこの案件、というかギルドと何らかの関係があるようです。
「そうだ。君も知っての通り、彼女ミレニア・ロークはこの街の体制を作り出した英雄、盗賊王の一人娘。そして、今朝の事件の壁文字を見ただろう?」
「”弑逆の罪は死をもって ―盗賊王―”」
「そう。本当に彼女がやったのか、という問題は別として、何らかの関係があると疑われるのには十分だ。
元々、強行・穏健派という派閥が出来てしまったのも、元をたどれば盗賊王の死に行き着く。そして、その真相は未だに闇の中、だ。」
「巷では、ギルドの権力が拡大するのを恐れた国側による謀殺だ、という話だろう?
そういった意味合いでも派閥抗争の元凶と言える、と。」
アレンさんがそう続けると、ジェイドさんは頷き返します。
「そして、今現在、彼女は姿を隠して見つかっていない。
表だって君たちが捜査していれば、生きている彼女がアレン君にコンタクトを試みる可能性があるかとも思ってね。」
「その場合、彼女を引き渡せ、と?」
若干怒気を孕んだ声でアレンさんが聞き返しますが、ジェイドさんは平然と返します。
「いや。情報だけ流してくれればいい。
正直なところ、私は彼女が殺したとは考えていないのでね。それに、君が幼馴染というのと同じように、私も彼女とは兄妹みたいなものなのだよ。
父親を亡くしたミレニアとは兄妹のようして育てられた。最も、今はあまり仲がいいとは言えないがね。お兄ちゃんは悲しいよ。」
全く悲しそうには聞こえませんけれど。そこで、私は疑問に思っていたことを口にします。
「ひとつ質問して宜しいでしょうか?」
「何だい、リリシアさん。今の恋人の名前はちょっと教えられないけど?」
「いえ。それは女性でも男性でも、どうでもいいです。
そんな事より、殺された方はどちらの派閥でしょうか?」
私のその質問に対して、ジェイドさんは一瞬間を置いた後、答えを口にされました。
「……穏健派、だよ。」
そんなやり取りの後、調査状況など細かい話を伺い、私たちはジェイドさんの依頼を受け入れました。
とても裏がありそうで、リスキーな感はしますが、アレンさんの心情にも配慮した形となります。一通りの状況説明の中には、タイムリミットへの言及がありました。
「実のところ、代表選までにあまり時間が無くてね。どうにか事を進めておきたいのだよ。」
その言葉通り、もう後2日、つまり、明後日には代表選が開催される、という状況のようです。
そのため、とにかく、強引にでも捜査をして、首謀者側に揺さ振りをかけるよう念押しをされました。
その言質を基に、という訳ではないですが、地上へ戻った私たちは、早速件の”はちみつと給仕”にがさ入れをさせて頂きました。
抵抗を受けるかとも思っていたのですが、ジェイドさんの名前を出すと、あっさりと中に招き入れて頂け、話を伺うことができました。
ただ、結果は芳しくなく、既にミレニアさんの影も形もない、という状況でした。
「うちはまっとうな商売しかしていないんだがな……。」
と、店の責任者には愚痴をこぼされましたが、一体何をもってまっとうと言っているのかはよく分かりません。
この街でのボーダーラインは何処にあるのでしょうか?謎です。
因みに、責任者の方は、やっぱり強面のお兄さんでした。がくがく。ワタシハシジニシタガッタダケノ、アワレナニンゲンデスヨ?
「ミレニアの行き先?さあ、分からんよ。昼頃、連絡をとろうとしたら既にもぬけの殻だった。
……まあ、ここらではよくある事だからな。特段、探すようなこともしていない。」
行方不明も日常茶飯事、ということで気にも留めなかったようです。そういう街、だというのも確かですので、不自然という訳でもありません。
「誰の紹介か、って?教えてもいいが、無駄だと思うぜ。
何と言っても、奴さんは、川泳ぎの後、土の下まで潜っちまったからな。つい、数日前の話さ。
まあ、これもこの街じゃ珍しいことじゃないんで、深く追及はしてないな。」
どうやら、裏に繋がりそうな人間は既に始末済み、ということのようです。
一応、紹介者の名前だけ聞いて、裏取りもしましたが、やはりお亡くなりになられた後で、その犯人も現状不明のまま、ということのようでした。
「……やはり、厳しいな。素人冒険者の一朝一夕の捜査で真相解明なんて夢のまた夢だ。
ジェイドの狙い通り、俺らを囮にして相手方の動きを誘う、というのが正解なのだろうな。」
その他、聞き込み等、私たちなりに頑張ってみたものの、捜査の進展は芳しくありませんでした。
クレイさんの仰る通り、相手に揺さ振りをかけ動きを誘う、というのが一番手っ取り早そうです。私たちが危険を背負わされる、という不条理な話ではありますが。
「仕方ないな。とりあえず一旦宿に戻って作戦を練り直すか。
夜の街で相手の襲撃を誘うのは流石に危険すぎる。」
陽が沈み、闇が闇の中でその勢力を更に増そうという頃合いになったところで、クレイさんから一時転身の提案がありました。
流石に、進展もなく疲れてきたのか、アレンさんからも特段反論はなく、私たちは宿へと帰還する運びとなりました。
「さて、明日の方針だが……。
正直、このままヒアリングだけ続けていても、明日中にどうにか出来るとは思えない。
ジェイドの奴も、まだ何か隠していそうだし、一度捜査の進展報告、相談を兼ねて面談を申し込もうかと思うのだが、どうかな?」
芳しくない捜査結果を受け、クレイさんが、ジェイドさんとの再面会を提案されます。
「……そうだな。
紹介者の素性等ももっと詳しく把握してそうだし、あいつから聞き出しておいた方がよいな……。」
と、アレンさんがその提案に合意したところで、扉の外に人らしき気配がしました。
素人の私にも分かる位ですので、当然、お二人ともお気づきになられました。
「……ん?こんな時間に訪問者、か?先んじてジェイドの方から接触して来たのか、或は……。」
そこで、扉がノックされ、声がかけられます。
「……アレン、いる?私、なんだけれど。」
つい最近聞いた覚えのある声、ミレニアさんと思しきものでした。
意外な訪問者に、全員が一時停止をしました。そして、その凍結を破ったのはアレンさんでした。
「!
……、俺が出る。ちょっと待っていてくれ。」
そう言うと、扉の施錠を外し、そっと開きます。そして、眼前の人物の顔を確認し、安堵の表情をされました。
「……ミレニア!どうした、こんな時間に。今までどこに?」
やはり、ミレニアさんで正解だったようです。
強行派の刺客だったら、という心配が杞憂に終わってほっとしました。まだ、安心はできないですが。ミレニアさんがそうでない、という確証は特にありませんので。
そして、申し訳なさそうな態度をみせつつ、ミレニアさんが答えます。
「ごめん、アレン。ちょっと色々あってさ。昨晩もカッとなっちゃって……。
少し、時間いい?相談したい事があるんだけど、出来れば……。」
と言って、私たちの方に視線を送ります。はい。私たちはお邪魔ですね。分かります。
それを見て、クレイさんはアレンさんに軽く頷き返します。視線をミレニアさんに戻すと、了承の意を示します。
「分かった。そっちの部屋で話そうか。」
そういって部屋から出られると、ミレニアさんを自分の部屋へと誘導します。そして後ろ手に指を動かし、クレイさんに何らかのサインを出します。
それを確認し、部屋を出て行く二人を見送ったクレイさんは、私を自分の部屋の方へと誘います。
目的は予想がつきますが、ちょっとどきどきしますね。
「直ぐ隣だから、耳を澄ませばなんとか話は聞き取れると思う。安上りな壁が幸いして、ね。」
そうして、部屋をそっと出た私たちは、クレイさんの部屋へと移動し、壁ごしで、中の様子に耳を傾けました。傍から見ると、とても怪しい光景です。
※ここからは、後でアレンさんたちから伺った話を元に、多少の脚色をして再現をしております。予め、ご了承ください。
「で、どういう要件なんだい?」
そういって、俺はベッドに腰かけ、眼前の椅子を勧めつつミレニアに話をただした。彼女は身に着けていた外套を脱ぐと、それに従って椅子に腰を落とす。中に着ていたのは昨晩と同じ給仕服……だった(勝手に持って来て大丈夫なのだろうか?急ぎ逃げたのであれば、返却の余裕がなかった、という事なのかもしれないが)。
久しぶりに再会した(といっても、昨晩少し話をしているが)彼女は、昔と変わらないボーイッシュなイメージを維持しつつも、全体的に成長をしており、かなり女性らしさが増していた。
「……うん。いきなり、こんな時間にごめんね。どうしても、アレンに相談、協力してもらい事があって……。本当ごめん。」
昨晩とは違い、しおらしい態度で突然の訪問を謝罪するミレニアに、若干違和感をぬぐえなかったが、それは、昔のイメージに引き摺られている部分もあるからだろう、と考え、ひとまず脇に置いて話を進める。
「いや。どうせ、こんな身の上だから、そこは気にしていないが。」
「そう!ありがとう!」
そういうと、若干間を詰めて、俺の手を取って少し下を向いたあと、見上げる形で笑顔を見せる。
「やっぱり、アレンは頼りになるね!
……で、その相談なんだけど。」
「今朝の殺人事件の事、か?」
時間もなく、隣にクレイたちが控えている、ということもあり、核心から入る事にした。
「そう、なの。
アレンも知っている通り、私の父が父なだけに、疑われていて……。
それで、姿を隠すような真似をしていたの。」
「今までどこに?」
「ちょっとした知り合いのところ。と言ってもギルド関係者であることには変わりが無くて。
いつ目をつけられるか分かったものじゃないから、居場所も告げずに出てきたの……。」
そう言って、辛そうに顔を伏せる。
演技がかっているようにも見えるが、俺にはその真偽が見分けられなかった。
「ジェイドを頼らなかったのか?あいつは、兄、みたいなものなんだろう?」
幹部でもあるあいつに助けを求めるのが最善の手だろう。勿論、下手人でないのであれば、だが。これは当然の疑問だ。
「……とんでもない!確かに、兄妹のように育てられたのは確かなんだけど……。
今は喧嘩中、みたいな感じで。それに、私を一番疑っているのはあいつだろうし。」
本人から聞いた見解とは行き違う発言だ。最近不仲である、というところは一致しているが。
「どうして?」
そう問いかけると、ミレニアは沈黙する。不仲の理由も含めて、当然気になるところだ。
暫しの間をおいた後、意を決したように口を開く。
「……。実は、あいつ、私に隠している事があるみたいで。
……父の死のこと。」
「親父さんのこと?」
「そう。何か真相を隠しているみたいなの。
穏健派ということで国との協調路線を進めている、というだけじゃなくて、裏では国と密約を交わしている、という噂もあって。
それで、父の死にも関わりがあるらしいの。権力拡大をして邪魔になりそうな父を、国と共謀して、って!」
誰かから聞いた話なのか、或は吹き込まれたのか。
何かをきっかけに疑念を抱くようになった、ということのようだ。
「きっと、孤児になった私を引き取ったのも、邪魔になりそうな私を監視していざとなったら、という腹積もりなのよ!
今回の件で、私を殺人事件の犯人役に仕立て上げて、殺すつもりなんだわ!」
声を荒げてそう主張するミレニア。
だが、本当にそうだろうか?それが本当に真相?
でも、それであれば、わざわざ俺たちを係らせようとは思わない気がする。そんな単純な話ではないはずだ。
そう思案を続ける俺に対して、先程とはうって変わった艶っぽい声を出し、ミレニアは本題の望みを告げる。
「だから、助けて貰えない?ジェイドの奴に雇われているのでしょう?
それを逆手にとって、どうにかあいつから逃れるのを手伝って貰いたいの。
……勿論、お礼はするわ。」
そう言うと、ミレニアはおもむろに立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
そして、眼前にいつの間にか大きく開かれた胸元から覗く大きな双丘が迫り、それを押し付けられるように、ベッドに押し倒された。若干大人びた顔で、濡れた瞳が鈍い光を湛えている。
「……おい!お前、何をやって……。」
「アレンになら、私……。」
そう零す薄紅い唇が、ゆっくりと近づいてきて……。
と、『これから!』というところで、横やりが入ったため、その後の話はまたの機会に、となりました。もし、お二人の間にそういった進展がみられれば、ですが。
周囲に、ものの焦げる匂いが漂い始めたのです。
「……なんだ!?
火事、か?このタイミングで、なんて!」
慌てて廊下へ飛び出すと、煙が充満し始めておりました。
完全ではないものの、大分視界が遮られつつあり、早急に避難が必要、という状態です。とりあえず煙を吸い込まないように屈みましょう。
隣の部屋からも、先ほどまで濡れ場?を演じていたアレンさんたちが飛び出してきました。
「!どうして!」
ミレニアさんの口からも、驚き声が漏れています。
彼女がこの現状に関わっている可能性は高そうなのですが、どうなのでしょうか?
それでもこの事態は想定外、ということもあるかもしれません。要するに、誰かさんに裏切られ、嵌められた、という事ですね。
「何だ!お前たちは!」
そして、よく見ると、廊下に黒装束の男たちが無言で立っており、殺気とともにこちらに近づいて来ていました。
火事に紛れて刺客を送り、確実に私たちを始末する、という布陣ということなのでしょう。
「くっ!」
アレンさんたちが応戦しますが、相手はかなりの手練れのようで、押され気味、しかも更に人を投入してくる、という大盤振る舞いで、非常に危機的状況です。
非戦闘要員の私には何もできないのですが。ひとまず、姿勢を低く保ち、足を引っ張らないように、自分で動ける状態を維持します。
ついでに、さらっと荷物を回収しました。もし実際に火事にあわれた際は、物をとらずに手ぶらで逃げましょう。お姉さんとの約束です。
「ひとまず、階段の方へ!早く!」
どうにか刺客の一人を押し返し、距離をとったアレンさんが避難をただします。正直、こういう場合退路も断たれている可能性が高いので、望み薄ではありますが。
階段へと駆け込み、いざ降ろうとすると、やはり眼前には同じように黒装束が姿を現し……。
「
くっ、どうにか、外までの突破口を……。」
お二人は武器を構え、どうにか突破口を、ということで私たちを挟んで応戦態勢をとられます。これは絶体絶命、という奴ですかね。
「さて、本日の議題だが……。分かっての通り、次期ギルド代表を選出する。」
初老の男のその言葉によって、会議は開始された。
その声、表情には一切の感情が伴っておらず、そこから内心は全く窺い知れない。
議会の席に並ぶのはギルドの幹部。そこには現主流である穏健派、国の影響を可能な限り排除し権限を強化したい強行派、そしてどちらの態度も示していない中立派である。
構成比率としては穏健派が若干強行派よりも多いが、中立派の同行如何によっては、逆転の可能性もある状況。
そして、議長を務めているのは現ギルド長、そして穏健派の代表格でもある男であった。彼が淡々と本題を進めようとしたところに、横から声があがる。
「ひとつ、宜しいですかね?」
「……、何かね?」
声をあげたのは小太りの男で、顔に張り付いたような笑みを浮かべていた。柔和な態度に反して、強行派の中でもかなりの強硬派で鳴らしている男、バレンだった。
「いえ、何でも最近、本代表選に関係がありそうな、宜しくない事案がありましてね。
独自に調査もさせて頂いたので、その報告を先にさせて頂けないでしょうかね?」
「ふむ。それが代表選に関係がある、と?
そういうことであれば、まずは話を聞きてみるとしようか。」
おおよそ内容に予想はついていると思われるが、それを全く面に出さず、続きをただす。
その様子に、更に笑みを増し増し(油は最初から増し増しですが)にして、バレンが話を続ける。
「ありがとうございます。
ええ、お話したい事とは、皆さんご存知の、一昨日の殺しの事ですよ。
この代表選が近い、という時期に、”弑逆の罪は死をもって ―盗賊王―”ですからね。
皆さん興味津々な事でしょう。」
「確かに、興味はあるな。続けたまえ。」
「ええ。私もとても興味を持ちましてね。独自に捜査をさせて頂いたのですよ。
そしたらですね、やっぱりというか”盗賊王”に縁のある方が捜査線上に浮上してきましてね。
ええ。皆さまもご存じのミレニア・ロークです。」
そこで、列席者の中でも最年少であるジェイドに視線を送る。本人は気にするそぶりもなくそれを受け止めた。
「盗賊王と呼ばれたゲイル・ロークの、一人娘ですわ。
そこにいらっしゃるジェイド殿とは兄妹のような仲、でしたかな?最近仲違いをされていたようですが。」
「そうですね。仲違い、という部分も特に否定はしませんよ。」
平然と答えるジェイドにバレンは感心した様子をみせる。
「ほほ。まあ、いいでしょう。
そのミレニア・ロークをどうにか、確保寸前、というとこまで追い詰めたんですがね。残念なことに寸でのところで取り逃がしてしまったのです。
ただ、その過程で面白い事を聞き出せましてね。」
「ほう、どんな面白い話が聞けたのかね?」
「実はですね。彼女はどうやら、今のギルドの状態に疑念があったようなのですよ。
何でも、現主流派に属する方々の中に、国と内通しておられるような方がいらっしゃる、というような話でして。
何せ、彼女の父君も国側に危険視されて暗殺された、という専らの噂ですからね。そんな真似は許さない、と意気込んでおられました。
……そういえば、一昨日殺されたのもどちらかというと主流派の方でしたかな?」
そこで、穏健派メンバー達に対して、嫌らしい視線を一巡りさせる。
「そして、昨日の火事です。
彼女もそれでお亡くなりになられてようですが、何でも、犠牲者の中には第三王子もいらっしゃったとか。
痛ましい限りですが、はて、この国の王子が一体、何の用でこの街に来ていたのでしょうかね?
いやはや。彼女はこの街の未来を憂えて、決死の覚悟で火をつけられたのでしょうか。悲しいことです。」
そう言って、目頭を押さえ嘆くバレン。
その様子を面白そうに見ていた議長が、更に続きをただす。
「それで、何が言いたいのかね、バレン殿?
筋書としてはまあまあだが、結論がよく分からんな。」
「いえね。なんと言ってもゲイル・ロークのお陰で、こうして我々は街を仕切って居られるわけですからね。
その娘さんの心意気、街への思いと盗賊王への大恩を改めてご認識頂いた上で選挙に臨んで頂きたい、とそう思った訳ですよ。」
「なるほど。確かに、我々がどうしてこう在れるのか、というところは再度認識すべき点かもしれんな。
で、言いたいことはそれだけかね?」
「ええ。皆さんご清聴ありがとうございました。
是非、この街の未来のために、よりよいご選択をお願い致します。」
そう言い添えると、演技がかった仕草で一礼し、着席する。
「そうか。それでは本題に、行きたいところだが……。
ジェイド君。何か言っておきたいことはあるかね?君にも関係のある話のようだから、何か補足その他あればこの場で。」
議長に促され、ジェイドが口を開く。
「そうですね。それではお言葉に甘えまして。
バレン殿。私も中々面白い筋書だと思いましたよ。
細部の練りはまだまだ、と見受けられましたが。娯楽小説でも発表されたら、皆こぞって買っていかれるのではないでしょうか。
ただ……。」
そこで一呼吸置くと、ジェイドは妖艶な笑みを浮かべて続ける。
「本人から聞いた話と食い違う点がかなりあるようですので、その点は皆さまにも聞いていただいた方が良いかもしれませんね。」
「!……本人、ですか?お亡くなりになられる前に、お会いされたのですかな?」
「いえいえ。死ぬ前も何も、まだ生きておりますからね、我が妹は。
……ミレニア!入ってきなさい。」
ジェイドのその言葉を受け、議場へと足を踏み入れる人影――ミレニアの姿をみて、バレンはそれまでの張り付いた笑みを崩し、始めて驚きの表情を見せる。
「私も冒険者を雇いながら独自に調査を進めておりまして。その中にはミレニアと旧知の仲のものも居たので、張り込みをしていたのですよ。
そうしたら、いきなり火がでましてね。状況確認のため、部下を突入させたら……。」
そこで再度間を置き、やれやれ、といったジェスチャーを加える。
「怪しげな連中と交戦する冒険者とミレニアを発見したので救出させた、という訳です。
そういえば、その怪しげな連中はバレンさんのところで見かけたことがあった、というような報告もありましたが……、まあ、部下の見間違えでしょうかね?」
「……まっ、待ってください。
確かにうちの部下からは、ミレニアさんはお亡くなりになられた、という報告をうけました。
失礼ながら、その方は本当にご本人で……。」
「本人に決まってんでしょ!
あんたんとこの誰かさんに唆されてあんな店でバイトさせられた挙句、殺されかけるなんて……。
誰のご指示だかは知らないけど、こっちはいい迷惑よ!」
本人かどうかに疑念がある、としたバレンを侮蔑が籠った眼でミレニアが制する。
そして、そんなミレニアをジェイドは窘める。
「まあ、落ち着きなさい。
……さて、誰が何のために宿に火を放ったか、暗殺者を送り込んだか、は兎も角として、盗賊王の娘、ミレニア・ロークは今生きて、無事この場に居ります。
代表選前であまり時間がありませんが、折角ですので本人からも一言貰って、この街の未来のためにどうすればよいか、最終確認を致しましょうか。
ミレニア。皆さんに、何か言っておきたいことはあるかい?」
ミレニアはジェイドに非難じみた視線を送った後、仕方ないといった風に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、少しだけ。
正直、このギルドを誰が仕切ろうが、街の行く末がどうだろうと私は興味ない。
権力闘争がしたければすればいいし、国に喧嘩を売って破滅するのも自由よ。でも。」
「少なくとも父さんはこの街が好きだった。
はみ出し者が、行き場の無い者たちが、少なくとも生きてはいけるこの場所を無くしたくないと思っていた。
だから、他国と戦ったし、国とも大きな争いをせず体制を維持しようとしたのだと思う。
国に暗殺された、なんて噂もあるけど、私は違うと考えている。
この街のため、父さんは最後まで争いを避けるよう、努力していたはず。そんな人間を国が殺すのは非常にリスキーで、利の無い行動よ。国もそんなに馬鹿ではない。」
「私が言いたいのはそれだけ。後はあんたたちの好きにするといいよ。」
そういい残すと、ミレニアは振り返らず議場から退出していった。議長はそれを見送ると、本題へと場を進める。
「ふむ。長い前置きとなってしまったかな。
それでは、代表選を始めようか。
事件の犯人探しや制裁などは終わった後にゆっくりとやればいいことだからの。」
そう言って議場のメンバーを見渡す。もう、異論は挟むものはおらず、そのまま選挙が進められ……、結果、順当に穏健派から代表者が選出される運びとなった。
「お帰りなさい、ミレニアさん。」
そういって出迎えた私に、ミレニアさんは驚きの顔を向けます。
「あんたは……、リリシア?他のやつらはどうしたの?」
「はい。アレンとクレイは役所に用がある、ということで出かけました。今は私一人です。」
お二人は事後処理がある、とのことで一応は存在する国の役所へと出かけられました。
十中八九穏健派が勝利されるだろう、ということで事の経緯と今後について話をされにいかれたようです。
「如何でしたか?代表選は。」
「如何も何も、どうせ穏健派が勝つでしょ。
全部兄貴の手の上だったんだから。上手く転がされた私やバレンの奴はいい面の皮よね。全く。」
そうです。今回の事件は最初から最後までジェイドさんの思い通りに事が運んだ形だったようです。
第三王子であるクレイさん、ミレニアさんの幼馴染でもあるアレンさんがこの街を訪れる事を知ったジェイドさんが、それを利用して策を弄されたとか。
特にぼろを出すことを期待されていた訳ではないようですが、裏切り者であるメンバー(最初に殺された方は、強権派の内通者だったようです)を粛清するついでにあぶり出しを、というその程度だったようです。
仲違いしていたミレニアさんをバレンさんたちの側から引き剥がす、というところも狙いでしょうか。
「それで、これからどうされるのですか?」
「さてね。もう利用されるのもこりごりだし、街から出て別のところに行こうかな、と思ってるけど。正直兄貴とも顔会わせ難いし……。」
そこで、言葉を濁すミレニアさん。
「やはり、ジェイドさんに振られた、のですか?」
「!……何でそんな事が。」
「いえ、何となくミレニアさんがジェイドさんの事をお兄さんとして、ではなく異性として好きなのかな、という感じがしていましたので。
それに、ジェイドさんの好みは男の方のように見受けられましたし。」
どうやら、ジェイドさんは美少年と戯れられるのがお好きなようで、配下の中にはその専属部隊もあるようです。
勿論、ビジュアルだけではなく、腕も確からしいですが。耽美な世界ですね。腐腐腐。
「そうよ!兄貴に告ったのはいいけどあっさり振られたって訳!
妹は、いや女性は対象じゃない、ってね!薄々は気付いていたから、いいけどさ……。」
ちょっと涙目のミレニアさん。薄々気づいてはいても、ショックを受けられたことでしょう。
兄が同性愛者、しかもそれが理由で、好きな相手に振られた訳ですから。
「告白された、ということは、仲違いの原因も解決された、ということですね。」
お二人の仲違いの原因は、ジェイドさんがミレニアさんのお父様、ゲイル・ロークの死の真相を隠していたことにあったようです。
それをミレニアさんに話す、話さないというような会話を別の幹部の方としているのを断片的に立ち聞きしたミレニアさんは、ジェイドさんが父親の死に関して関わっていると誤解して、疑心暗鬼のうちに仲違いしてしまった、というのが経緯です。
やはり、情報は正確、裏取りが出来ないと危ういですね。思い込みや思い入れがあれば尚更に。
「そう。実際は国の関与なんかなく、ただの事故だって、話。
兄貴が全く関係ない訳ではないけど、別本人が何かしたって訳じゃないからさ……。」
どうやらゲイルさんとジェイドさんのお父様は、街を防衛した時以前からの盟友だったらしいのですが、街の方向性で揉めていた時期があったようです。
ジェイドさんのお父様は若干強行派寄りの意見だった、ということです。
それで、話し合いで激昂した際、誤ってゲイルさんを傷つけることになってしまったようで。
ゲイルさんは、悔悟の情に打ちひしがれる盟友を赦し、そして娘を頼むと言葉を残して亡くなられました。
その後、ミレニアさんを引き取ったジェイドさんのお父様は、ジェイドさんと一緒に兄妹のように育てるとともに、穏健派の重鎮としてギルドを運営された、ということです。
「そうですか。蟠りが解かれたのであれば、それは良かったのではないでしょうか。
ところで、ひとつ相談なのですが。
街から出るつもりだが行くあてが特にない、とのことであれば、私たちのパーティーに加わって頂けないでしょうか?
正直、前衛お二人に非戦闘要員の私という非常にバランスの悪いメンバーですので、ミレニアさんに加わって頂けるととても助かります。
庶民感覚、というところでも。」
宿とりとか、食事とか、もろもろの。冒険者歴としては私より長いお二人ですが、正直あまり期待できません。
「……う~ん。私にとってもそんな悪い話ではないのだけど。兄貴の狙いの一つには、それもあった気がするから、ちょい業腹ものなんだけどな……。」
確かに、最初から最後までジェイドさんの掌で、というのは気に喰わない部分があるかもしれません。
「旅の間に、ジェイドさんよりも好い男を捕まえて、見返してやられたらどうですか?
或は、拒絶したのを悔やむ位の素敵な女性を目指してみられるとか。
いずれにせよ、世界を回られる予定のようですから、色々とチャンスは得られると思います。
それに、どうしても嫌であれば途中で抜けられればよいかと。」
そこでミレニアさんは少し思案にふけり、そして意を決したように口を開きました。
「……そうね。あんた一人にあの二人の相手をさせるのもちょっと可哀相だし、私も一緒に行こうかな。うん。
リリシア!これから宜しくね!
それと、私は二人同様に、ミレニアで。二人でいい男を捕まえましょう!」
こうして、ミレニアさんという新たな仲間を加えた私たちは、シュバルツアンクを後にし、一路東へと歩を進めることとなりました。