プロローグ
古ぼけ、くすんだ道石を血しぶきが汚し、黒い影が地に落ちる。倒れたのは私たち人ではなく、野に住み、人間に襲い掛かってきた魔物達の方ですが。それを道の脇で、何をするでもなく眺めている私。そんな日常?の風景。
皆さんこんにちは。初めまして。私はリリシアといいます。何と、勇者様ご一行の記録係をしています。何だかよく分からない職業ですが、勿論、記録係というのは、勇者様ご一行において戦闘を担う職ではありません。
そもそも、勇者一行に記録係が必要なのか、というところ自体に疑問の余地があります。そう考えますと、何でいるのでしょうか、私は?自分の存在意義に疑念をも持ってしまいますね。
そして、より正確に言うと勇者様「候補」ご一行であり、かつ、メンバーはたった三人しかおりません。しかもその内の一人は非戦闘人員ですので、実質二人です。
勇者様ご一行であれば、せめて三人、できれば四人、八人位いると尚良いかと思います。
そうすれば、誠に遺憾ながら一人二人倒れてしまっても、いずこからか飛び出してきて、立て直しが出来ることでしょう。
ついでに言うと、二人というのはどうにも中途半端ですので、寧ろ一人の方がよいのではないかと思ってしまいます。勇者とお姫様の二人組ならば、「昨晩はお楽しみでしたね」的な何かになるかもしれませんが。
さて、私がそんな一行の中で記録係なんてものをやっているかといいますと、深――くもない理由があったりします。
突然勇者様一ご行の活躍を綴り始めても、これを読まれている奇特な天の方々にはよくお分かりになられないでしょうから、まずはその辺りの内容から記述してみたいと思います。
あれはそう、今からおおよそ一ヵ月ほど前のことです――。
私が元々住んでおりましたのは、総人口で100人にも満たないような小さな村でした。近くの主要都市から徒歩で数日~1週間と離れたところにあり、主な産業といえば森と湖、村近傍の小さな畑からとれる動植物・農産物位です。
ある日、そんな辺境、片田舎のよくある寒村には似つかわしくない冒険者たちが訪れました。訪れたと言っても、実際には片方は担ぎ込まれた、というのが正確ですが。
「おいっ!大丈夫か?しっかりするんだ!」
そう声を上げられている方は、アレンさん。当然その時点では名前を存じ上げておりませんでしたが。
金髪・碧眼で整った顔立ち。そんな美男美女のテンプレートのようなアレンさんは勇者、過去に魔族幹部と刺し違えたといわれる英雄の子孫だそうです。
子孫がいらっしゃるということは、既婚者だったのでしょうか?或は決戦前夜に告白、その流れで……というような、涙さそう物語があったのか。私もそこまでは存じ上げておりません。想像だけならいくらでもできますが。
妄想中……、妄想中……。妄想終わり。……勇者様ったら鬼畜ですね!
もう一方、担ぎ込まれてきた方はクレイさん。こちらもお名前は……以下略。
驚くべきことにこの国の王子という立場にある方です。王子と言っても、上に二人の兄がおり、本人の弁では王位には程遠い、というよりまず就くことは無い、ということのようです。
確かに微妙な立ち位置のように思われます。下手すると内乱の呼び水ともなりそうですので、あまり自由には過ごせそうにないお立場のような。
……と言いながら、実際には旅に出られており、こんな辺境にも足を運んでおられるのだから、意外と自由な身の上なのでしょうか?ただ単に、厄介払いされただけという可能性も捨てきれませんが。
アレンさんとは違い、クレイさんは白銀の髪に碧の瞳です。ただ、その整った顔を歪め、今は非常に苦しそうな顔をしておられます。
マニアックな方なら、涎を垂らして喜んでいるかもしれません。じゅる。はしたないですね!
何でこう、勇者だとか王子だとか呼ばれる方々は容姿端麗な方ばかりなのでしょうか?勿論、実際に何人ものそういった方々を見たことがある訳ではありません。伝え聞くところによると、です。まあ、パートナーを選ぶ自由度が高いということはあるのかもしれません。
余談ですが、国によっては側室を何人も囲っていて、「いつでも、どこでも、誰とでも」、というところもあるそうです。そういったところですと、尚更に容姿端麗化が進むのでしょうか?
囲う側の容姿にもよるかもしれませんが。子供が親のどちらに似るのか、という問題もありますし、2で割っても……、という残念な場合もあるかもしれませんので。
「どなたか、治療の……、魔術でなくてもよいので、心得のある方はおりませんか!?」
私の思考が脇道に逸れている間も、アレンさんの問いかけは続いておりました(若干不謹慎だたでしょうか。反省)。
焦りで多少声が裏返っているものの、それでもよく通ります。美声は美顔に宿る、ということでしょうか。天は二物も三物も与えることが多いものですね。
「一体どうなさったので?お連れ様は、大層なお怪我をなさっているようですが?」
アレンさんの近くにいたおじさんは意を決したようで、恐る恐る話かけます。よく見ると、ちょっと後退した頭に、脂汗がうっすらと浮かんでいます。
他の皆さんもそこからちょっと離れたところに集まり、様子を窺っております。私もその一人だったのですが。
事態の緊急性は理解するところではあるものの、こんな片田舎ではそうある事ではありませんので、皆どうしたら良いのか分からずオロオロしている、という形です。
「近くに巣くっていた魔物たちの一群を掃討したのはいいが、クレイが最後の最後で鈎爪をうけて……!
誰でもいい!治療の心得がある方を!」
アレンさんは律儀にも質問に答えながら、治療者を探し続けておられました。
周りを見渡し、小さな可能性がどこかに落ちていないか探すのに、必死の様相です。
「そうですか!やってくれましたか!
……ち、治療の出来るものですね!ちょっとお待ち下さい。心当たりがあります。」
ここ最近頭を悩ませていた魔物が掃討されたと聞いて、うっかり喜びを表に出しそうになったおじさんは、アレンさんに少し睨まれると、焦った顔で誰かを探すように周りに目をやります。その視線が私を捉えると、安堵した顔をみせました。
うっかりと後ろを向きそうになった私でしたが、おじさんの言っている心当たりに「心当たり」があったので、思いとどまります。
まっすぐとこちらに駆け寄ってきたおじさんは、私に声をかけます。
……因みに、「おじさん」と呼んでおりますが、名前を知らない訳ではありません。人口も人口ですので、見知らぬ人を探す方が大変です。
感情的な理由がある訳でも無く、ただ単に皆さまには必要で無い情報だから。名前を考えるのが面倒だから、でもありません。……ええ。勿論。
「リリシア!ちょうどよかった、ちょっと来てくれ!」
やっぱり私でした。
実を言うと私はこの村で祖父と薬師をやっていたりします。そして、多少ですが魔術を使えたりもします。小さな村だということもあり、他に治療を行えるような薬師等はおりません。
祖父が村にいれば、そちらの方が適任ですが、あいにく暫く帰ってこない見込みのため、現時点では私が最善な選択肢と言えるでしょう。
因みに祖父は結構な頻度で家を空け、かなりの間戻らないということが多々あります。放蕩祖父、というやつでしょうか?よくぐれなかったですね、私。
……自分では気付かないだけで、素行に問題有、と皆さんは思っている可能性も無きにせよ、あらずですが。
「……そちらの怪我されている方の治療、でしょうか?」
初期からの『見守り』で内容を概ね把握していた私はそうおじさんに答え、ともにアレンさんたちの元へ近寄ります。
おじさんに連れられて来た私の方に目をやり、若干何か言いたげな顔をしたアレンさんでしたが、直ぐに覚悟?を決められたようで、真剣な表情で私に向き合われました。
一目で信頼を得られるような見た目ではないので、不審に思うのも無理のない話ですかね。
「君には治療の心得が?……なら、クレイを助けてくれ!お礼は何でもする!だから!」
村にアレンさんの切実な声が響きます。
先ほどのやりとりでも想像がつくかもしれませんが、私たちの村の近くに魔物が住み着き、その退治をお二人にお願いした(実際には、町の冒険者協会を通じて、ですが)結果、大怪我をされるような事態となった、というのが今回の経緯です。
私も、依頼を出していたことは存じ上げておりましたので、事の経緯に関して直ぐに想像がつきました。
「お礼等は結構です。
お話よれば、村周辺に巣くっていた魔物たちを倒して頂けたとのこと。お礼をしなくてならないのは私どもの方です。村の一員としては、助力させて頂くのが当然かと思います。
……私はこの村で薬師をしており、傷の治療に関しては多少の心得がございます。直ぐ近くに私の家がありますので、申し訳ございませんが、そこまでそちらの方を運んでは頂けないでしょうか?」
アレンさんは私の声を聞いて驚いた表情をされましたが、直ぐに快諾してくださいました。
……そんなに変な声でしたでしょうか?アレンさんのような万人受けする美声ではないですが、ごく一般的な声だと自分では思っているのですが。
「わかった!案内を頼む!」
「こちらです。」
私が速足で先導すると、クレイさんを担いだアレンさん、それをおじさんと周りに様子を窺っていた方の何人かが補助しつつ続き、ほどなくして我が家へと辿りつきました。
扉を手早く解錠し、三人を中へと招き入れます。
「二階に上って直ぐの扉を入って頂くと、そこに施術用の部屋がございます。申し訳ございませんが、そこまで運んで頂き、ベッドに寝かせて差し上げて頂けますか?
私は準備をして、直ぐに参りますので」
「分かった!」
皆さんが階段を上っていくのを見送りながら、私は入口近くに設置してある水がめで素早く手を洗い、奥にある薬品保管庫へと向かいます。治療に必要な薬と包帯等の道具を取りに行くためです。必要な物品を手早くかき集めると、私も急ぎ早に二階へと移動しました。
施術室に入ると、中央のベッドの上にはクレイさんが横たえられ、それを残りのお二人が心配そうに窺っているところでした。
そんな様子を横目に、私は持ち出してきた物品を作業台に載せ準備をします。そして、一通り済んだところで二人に声をかけました。
「申し訳ございませんが、皆さんは外に出ていて頂けますか?
施術には清浄な環境が必要ですし……。」
実際のところ、理由は別にあるのですが、とりあえず表向きの理由を告げ、おじさんに念を込めた視線を投げかけます。……少ないわかめを更に減らすための呪いではありませんよ?
私のアイコンタクト?が通じたのか、おじさんは私に向けて小さくうなずきます。
「分かった。
……アレン様。申し訳ございませんが、ここはリリシアに任せて、一緒に下でお待ち頂けませんか?我々がここにいても邪魔になりますし。
ああ見えても腕は確かで、信頼もおけます故。どうかご了承頂けませんか?」
アレンさんは躊躇いの顔をみせられました。小さな村の怪しげな薬師――しかも自称――に大切な友人を任せられるか、と考えると、少々、というか大いに躊躇われるところだと思います。私が逆の立場でもそうなるでしょう。
若干はらはらしつつ二人の様子を窺っていたのですが、アレンさんは直ぐに腹を括られたのか、声を絞り出しました。
「……よろしくお願い致します。」
そう言い残し、おじさんの指示に従って部屋を出られ、下りて行かれました。
流石は勇者様。「任せる」という勇気もお持ちのようで何よりです。他人を信頼して任せる、というのは意外と難しいものです。信用とは違い、保証がある訳ではありませんので。
何はともあれ、これで安心して治療に専念できるというものです。
決断まで時間がかかりそうだったら、「祖父の言いつけで……、」だとか家庭の事情をお話しつつ、衛生環境等を絡めて滔々と説得をするつもりだったのですが。
そういった細かい事情は、下でおじさんに代行して頂けそうですので、私は目の前の方をどうにかすることだけを考えることにします。
二人を見送った私は、着ていたローブを脱ぎ、施術用の白衣を羽織ります。
普段陽の光を直接浴びるような生活をしていないので、周囲が眩しく感じられましたが、直ぐに慣れ、問題なくなります。やはり引きこもりに陽の当たるところは辛いですね。暗くてじめじめしたところがよく似合います。薬になるような植物もとれますし。基本的に植物の生育に陽光は必須ではありますが。
この村は農作物や狩りで生計を立てているような前時代的なところですが、私の家には簡易的な水道などが整備されていたりします。薬師としてだけでなく、魔術や科学技術にも精通した祖父が、長い時間をかけ、趣味で設置したものです。そのお陰で、2階でも問題なく水が使えます。
伊達に放蕩している訳ではない、ということですかね。それで全てが許されるという訳ではありませんが。
「熱しなさい。」
そして、簡単なワードと多少の魔力で、お湯を沸かしたりすることもできます。便利ですね。
私はお湯を使い、簡単に機器の殺菌をするとともに、清潔な布を濡らし、それでクレイさんの患部をふき取っていきました。
「ぐっ!」
苦し気なクレイさんの声に、心が揺れましたが、そんな事を斟酌している場合ではないので、そのまま続けます。中にはイケメンの苦しそうな声が堪らない、聴くと興奮する、というような嗜好をお持ちの方がいらっしゃるのかもしれませんが。私は違います。多分。
ほどなくすると汚れがとれ、患部がよく見えるようになりました。鋭利な爪で、肩口から胸にかけて大きく抉られており、かなり危険な状態に見えます。よく見えるようになった分だけ、よりグロテスクに感じられます。見えない事が優しさ、ということもありますね。
「仕方ありませんね……。」
普段は、自然治癒力を最大限に活かす、という方針で、魔術は最小限、自然の生薬等をメインに据えて治療を行っているのですが、今回はそういう訳にはいかなそうです。
というより魔術を使わないのには別の理由もあり、後で魔術を使ったことを若干後悔することになるのですが、それはまた後述するのでここでは割愛させて頂きます。それに悠長に生薬で、とやっていたら、流石に血を失い過ぎて命まで流れ出てしまう気が致します。
私は、殺菌消毒に使用できる生薬を手早く傷の周りに擦り込ませると、両手を傷の直上にあて、意識を集中しました。
「治癒の光よ!」
私の声に応え、体内の魔力が掌を介して外へ放出され、光へと変換されます。そして、それを浴びた傷口が徐々に塞がっていきます。
実のところ、治療魔術はかなり体力・精神力を削られるのですが、我慢して続けます。1分程で傷口が完全に塞がったのを見届け、術を解きました。
失った血と体力は戻りませんが、これでひとまず命が一緒に流れ出ていく事態だけは止められました。後は、薬品庫から持ってきた液状の生薬を飲ませれば、失われた血と体力の回復も早まり、助けることが出来るでしょう。
かなり苦く、宜しくないお味なのですが、効果だけは折り紙付きのとっておきの品です。自分では二度と飲みたくありません。どこかに、喉だけでなく、口当たりもよくする添加物的な物は無いでしょうか?
私は薬瓶の蓋を開け、先ほどまで、痛みに耐えて絞られていたクレイさんの口に少しずつ流し込みました。
「苦しいかもしれませんが、我慢して飲んで下さい。」
そう声をかけると、先ほどまで痛みに耐えながらで彷徨っていた紅い瞳が、多少なりとも焦点を結び、ぼんやりながらも私の顔を捉えたようにみえました。
「天からの使いか……?」
ちょっと出し惜しみが過ぎて、ぎりぎりの所まで追いやってしまったのかもしれません。反省です。
「……違います。お迎えではありませんので、安心して飲み干してお休み下さい。
そうすれば、まだ地上にいられますよ。」
幻でも見えたのか、よく分からないうわ言をするクレイさんに薬を流し込みます。すると、クレイさんも力が抜けたのか、そのまま目を閉じてお休みになられました。勿論、苦さに耐えきれず永眠された訳ではないですよ?
それを見届けた私は、いそいそと後片付けをし、アレンさんたちを呼びにいきました。
2階へ上がってくるまで、心配そうな顔をされていたアレンさんも、安らかに寝息を立てておられるクレイさんを見て安心されたようです。
「ありがとうございます。助かりました。」
私の方に向きなおられると、そう礼を述べられました。
「いえ。当然のことをさせて頂いたまでのことです。お構いなく。
ところで、こちらの方が目覚められるまで、お泊りになられますか?近くベッドをご使用頂いて構いませんが……。」
私の申し出に、アレンさんは申し訳なさそうに首を横に振ります。
「いえ、流石にそこまでご厄介になる訳には参りませんので、宿の方で待たせて頂きます。
治療費・薬代も勿論支払います。
……こいつ、クレイのことを宜しくお願い致します。」
薬代はともかく、治療費を頂戴つもりは無かったのですが、とりあえずこの場ではそこには触れず流しておきます。
隣のおじさんは、そのアレンさんの言葉に何故かほっとしたような顔をしております。
「分かりました。では、クレイ様が目覚められました、連絡差し上げます。」
「重ね重ね申し訳ない。宜しくお願い致します。」
そう言い残して、アレンさんはひとまず宿へ引きあげていかれました。
そして翌日、陽が天中を過ぎ、気温がピークを迎えた頃にクレイさんが眼を覚まされた。
「……ここは?俺は確か魔物にやられて……。君は確か……?」
まだ、ぼんやりとされているようですが、昨日の記憶が多少はおありのようで、私のことも朧気ながらも、覚えていらっしゃるご様子です。
「おはようございます。ここは村の片隅にある薬屋で、私はその薬師見習いです。
昨日、アレン様がクレイ様をここまでお運びなられ、僭越ながら私が治療させて頂きました。
お加減は如何でしょうか?よろしければ、アレン様をお呼び致しますが、如何でしょうか?」
多少早口で、簡便に説明を加え、判断を仰ぎます。まあ、必要ない、と言われても、目覚められたことはお伝えに行くつもりですが。約束ですし。
「あ、ああ。お願いするよ。……それと、治療をしてくれてありがとう。礼を言うよ。」
「いえ、村の恩人に対して当然のことをさせて頂いたまでのことですので。
では、お呼びして参りますので、暫しお待ちください。」
そう言い残し、私は部屋を去ると、急ぎ宿へと向かい(スカートのプリーツは……、いえ、何でもありません)アレンさんを連れてきました。
その後、お二人は簡単に現状確認をされ、クレイさんの体力が回復するまでは暫く村に留まられることを決められたのち、私にその分の宿泊費を支払われる旨告げられました。
「暫くの間厄介になるが、宜しくお願いする。」
「申し訳ないが、暫くの間こいつのことを頼みます。」
そうして、一週間ほどの間、お二人は村に滞在されました。
クレイさんの体調が戻られ、いざ出立される、という予定の日。私はお二人とともに村長宅に呼び出されました。
お二人と、私、そして村の中でも重役と呼べる数人がテーブルを囲う中、村長がおもむろに口をひらきます。
「クレイ様、もう体調は宜しいのですかな?」
「ええ、もうすっかり。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。
特に、治療をして下さったリリシアさんにはなんとお礼を言っていいのやら。
ありがとうございます。」
「いえいえ、恐れ多いことです。大事なくようございました。
御身に何かあられたら、それこそ……。」
確かに、王太子ではないとはいえ、一国の王子がこんな辺境の村で命を落としたとあれば大変なことになりそうです。
もしかしたら、ろくな治療が出来なかったことを責められ、モンスターともども村ごと灰塵と帰されかねません。そう考えると、私の責任は意外と重大でしたね。がくがく。ぶるぶる。
「いや、俺は既に父王に見放された身ですので、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。
大した権力もありませんし、小遣い欲しさにこうして友人と冒険者稼業に勤しんでいる位です。」
そうやって笑顔をみせるクレイさん。容貌との相乗効果できらきらと輝いて見えます。
給仕をしている若い女の子も頬を朱らめ、思わず見とれています。まあ、辺境の村にはそんな観賞に耐える程整った容貌の方はまず居りませんので、仕方がないでしょうか。正に、眼福といえるでしょう。ありがたや、ありがたや。
そんなこんなで、場が和んでいたのですが、クレイさんがその後に続けられた言葉により、場が凍り付きました。
「……助けて頂いたことにはとても感謝しているのですが、ひとつ確認したいことが。
リリシアさんのことですが、彼女は治療魔術が使えますね?」
その言葉に皆がドキッとした顔をします。
「……いえ、実際に施術して頂いているので分かってはいたのですが、念のためです。
しかし、困りましたね。命の恩人に言うのは気が引けますが、彼女は未登録の治療術者ですよね?
寡聞にもこの村に術者がいるという話は聞いたことがありませんし、登録証もみにつけていらっしゃらない。」
そう。この国、というかこの国を含む周辺国では、治療魔術が使えるものに関しては国への登録が義務付けられております。
実は、治療魔術は結構希少な魔術で、適正がある人間は少ないですが、その有用性はかなりのものです。高位の魔術者であれば死の半歩手前からでも復活させられますし、それこそ戦場においてはこの上無く有用。
そのため、申告・登録義務により、国の管理下に置かれております。当然、申告漏れや意図的にそれを隠蔽、拒んだものには罰則が適用されることとなります。それこそ、村ごととり潰されるような。
「……いえ、その、それはですね?このものの力は大したことも無いので、届け出てお役人様のお手を煩わせるまでも無いかと、ですね……。」
焦って、よく分からない言い訳をし始めた村長を、クレイさんの言葉が遮ります。
「いえいえ。瀕死となっていた俺を即座に治療できる位ですから。
登録すれば恐らく、高位の術者と判定され、重用されること間違いないでしょう。」
更に言葉を重ねるクレイさんに、アレンさんが口を挟みます。
「おいおい!命の恩人に対してそれは無いだろう?
俺たちがただ見なかったことにすればいいんじゃないか?」
「いや。別に俺は責めている訳じゃない。
感謝しているし、目を瞑ること自体は別にいい。
これまでの事もお咎めなしにしていいと思う。ただな……。」
アレンさんのとりなしに対して、クレイさんは同意しつつ、尚も続けます。
「ただ、今後も似たようなことが無いとは限らないし、誰かに知られて役人に情報が伝わる可能性はゼロじゃない。そうだろう?」
「……確かにそれはそうだが。お前の力でそこも含めてどうにか出来ないのか?」
「過去に遡って登録証を発行するよう取り計らう位なら俺にもできるだろう。
だが、高位の術者を国がこのまま放置するとは思えない。間違いなく都へ召し上げられるだろう。
それでは、リリシアさんはこの村から出ていくことになるし、その後の自由もない。
それは俺たちの本意ではない、そうだろう?」
「……んん。」
そこでアレンさんは考え込むように黙ってしまわれました。
村長以下、村の衆も皆不安顔です。私一人差し出せばいいとはいえ、祖父の不在である以上、村唯一の薬師を手放すことになるので、それが不安なのでしょう。
私としては、いずれこうなる可能性はあるかと考えておりましたので、覚悟はしておりました。いざとなったら、祖父とともに国外逃亡も視野に入れております。そのための備えは……、はて?あったでしょうか?
クレイさんは、沈黙したアレンさんから眼を放すと、急にこちらへ顔を向けられました。
「そこでだ。リリシアさん、俺たちと一緒に来ませんか?」
「……はい?」
思わず間の抜けた声で聞き返してしまいました。
何をどう血迷われたのかと一瞬思いましたが、直ぐに何を言わんとされているのか思い当たり、得心しました。
「俺たちと一緒に来て、冒険者になりませんか?
それであれば、問題を解消出来るし、自由も失わずに済みます。」
はい。そうです。実は、登録制度には一つだけ抜け道があります。
各国に跨って存在する冒険者協会に登録すること。つまり冒険者となることです。
治療術者は当然冒険者にとっても有用で、欠かせない存在であると言えます。ですが、国に管理されていては当然冒険者なんてできません。
そこで、各国に便益をもたらしている冒険者協会と、各国間で交渉、取り決めが為されており、冒険者協会に登録されている冒険者であれば、治療術者であっても各国への申告・登録は免除される、ということになっております。
クレイさんが仰っているのは、この抜け道を利用する気はないか、ということでしょう。
実のところ、祖父も冒険者だったりします。現役の。だからといって、孫娘を放っておいて、諸国漫遊をしていていい訳ではありませんが。
「町まで行っての登録と、仮登録期間を経る必要がありますが、冒険者として登録されさえすれば、この村で薬師をし続けることも可能となるでしょう。
そのために、俺たちと一緒に来ませんか?勿論、リリシアさんの身は俺たちが守りますので。」
冒険者というのは、協会に行って登録すれば誰でもなれる、という訳ではありません。ある程度の特権、自由が認められる代わりに相応の働きを要求されることになります。
第一歩としては、名ばかりではなく実が伴っていることを証明するため、暫くの間は「仮」登録とされ、その間にきちんと実績を残すことで正式に登録される、という運びになっております。誰でも好き勝手なれるという話ですと、フリーライダーの存在を許すことになるので仕方が無いとは思います。
因みに、この仮登録期間はそれなりに長く(半年~1年位でしたでしょうか?)、かつその間はある程度特権が制限された形となります。
「我々としても、貴重な治療術士に同行して貰えるのはとてもありがたい話です。
どうでしょうか?是非ともお願いできませんか?」
そう言い、私に少し近づくと、顔を覗き込むように視線を寄せながら沈黙されました。どうやら、私の回答を待っているようです。
クレイさんの顔越しに周りを見渡すと、村の中でも若い方に属する衆がクレイさんに敵意に満ちた眼を向けています。
私を仲間と思ってくれているのはありがたいのですが、少々不安になります。何といっても、クレイさんは国の王子です。こんな辺境の村であれば、気分ひとつでどうにでもなるのが実情でしょう。うっかり気を悪くされたら大変です。
そのままクレイさんにも目を向けると、ありがたいことに、その視線を平然と受け止められており、怒った様子は見られません。ほっと胸をなでおろしました。
寧ろ、その敵意の視線に気づいていて、それでいて尚面白がっているのか、挑戦的な笑みを浮かべているようにも見受けられます。何故でしょう?
とりあえず、どうすべきか考えてみます。
確かに、きちんと冒険者として登録されさえすれば、その後は国からのあからさまな干渉は受けずに(全くない、とは言い切れませんが)、治療魔術を行使できるようになります。
それに過去の闇営業も不問に、ということですので、皆さんに迷惑を掛けてしまう可能性は低くなります。
デメリットとしては、どの道暫くの間は村から離れなければならなくなること、冒険者として活動していかなくてはならないことでしょうか。
ただ、アレンさん、クレイさんの仲間として連れて行って下さる、ということですので、仲間が見つかるか、といったような不安要素は抱え込まずに済むという利点もあります。
何も知らない初心者が一人で冒険に繰り出せば、それこそカモがネギを背負っているようなものでしょう。魔物や野盗にとって、ですが。
それに、ちょっと村の外の世界に憧れる気持ちもあります。祖父も「一度位は、村の外の世界も見てきた方がいい」というようなことを言っておりましたので、この場にいれば後押しをするような気がします。自分は今でも現役ばりばりで放蕩三昧ですから、その言い訳という面もあるでしょうかね。
私の心がある程度固まったところで、村長さんに目をやると、「好きなようにすればいい」とでもいうように、頷いて下さりました。
はい。申し訳ないですが、好きなようにさせて頂きたいと思います。恐らく、村長さんも自分で決めたくはないでしょうから。
「クレイ様。よいお話を頂き、ありがとうございます。
是非、ご一緒させて頂けたら、と思います。
暫く村から離れることになってはしまいますが、最終的には冒険者としてこの村に戻ってくるのが一番安心確実なやり方かと、私も思います。
冒険の「ぼ」の字も知らない身で、色々とご迷惑をかけてしまうかと思いますが、宜しくお願い致します。」
私の回答に対して、クレイさんは満足そうに頷かれます。
「おお!それはありがたい!こちらこそ宜しくお願いするよ!
……そうだな。流石に色々と準備があると思うので、出発は延期させてもらいましょう。申し訳ないですが、それで宜しいですか?」
「……分かりました。リリシアの事、宜しくお願い致します。」
こうして、私の勇者一行への同行が、突然に決定したのでした。
それから2、3日後。私は村の出入り口近くに、アレンさん、クレイさんとおりました。
お二人はフル装備で、まさに“冒険者”といったいでたちですが、私は普段とさほど変わりません。夢ではなく、実用品その他もろもろを詰め込んだ大き目のリュックを背負っている位ですね。
大がかりな医療器具などは入っておりませんが、旅で役立ちそうな薬類・道具と、着替え類、そして少量の本などが入っております。
家にはとりあえず書置きだけしておきました。「旅に出ます。探さないで下さい。」……これだけ見ると家出のような感じですが、実際似たようなものでしょうか。閑散とした村の生活に耐えられず、町を夢見て家を飛び出す青少年、とか。青春ですね。
村長さんにも説明をお願いしておきましたので、きっと大丈夫でしょう。可愛い孫には旅をさせろ、といいますし。お爺さまならきっと察して下さることでしょう。
「それでは準備はいいかな?これから宜しく頼むよ。」
「……はい。これからお世話になります。不束者ですが、宜しくお願い致します。
アレン様、クレイ様。」
問いかけにそう答える私に、クレイさんは苦笑いしながら首を横に振ります。
「ははは。何か嫁入りするみたいな言い草だな……。
二人に対してだと色々問題なので、俺だけにしてくれると嬉しいかな。
とりあえず、今からは“冒険者仲間”、という訳だから“様”はいらないよ。敬語も気にしなくていい。
こちらも……、リリシア、でいいかい?これから、よろしくな、リリシア。」
「……よろしく、アレン、クレイ。」
ちょっと躊躇いが残りましたが、そう答える私に二人は大きく頷きました。
「あと、リリシアの役割だが……、とりあえず戦闘には参加しなくていい。
戦闘中は横で見ていて、危なそうだったら逃げてくれて構わない。傷の手当てなんかは、適宜してくれるとありがたいかな。
後は……、そうだな“記録係”というのはどうだろうか?
俺たちが冒険者として活躍していくのを記録して残してもらう、って訳だ。冒険者として活躍して、名声を得たい俺たちにはぴったりだろう。うん、それでいこう!」
何だかよく分からないですが、私の役割は“記録係”に決まったようです。
まあ、戦闘をしろ、と言われても困りますし、もしや“荷物持ち”にでもされるのでは、と思っていたところでしたので、いいのですが。名声を得るのに、近場でみている記録係が必要とも思えませんが。執筆でもしろ、ということなのでしょうか?
「それじゃ、宜しく!リリシア。とりあえず近くの町を目指すとしよう!」
そうアレンさんただされて、私の“勇者一行の記録係”としての旅は始まったのでした。