ある訓練兵士の話
この度、領主様が代替わりした。といっても、何も変わらないだろうと思っていた。
前領主様もずっと王都に在住していてこっちにやって来るは年に2,3度程度だった。今領主様も継ぐ前から王都に居を構えている。
結婚式を大々的にやっていたけれども、数日後には王都に戻っていった。
名目上のトップが代わっても以前と自分たちの生活に影響ないと皆思っていた。
しかし、そうはならなかった。なんと、領主様と結婚したというご婦人が乗り込んできたのだった。
その奥方様はこともなげに、兵士である我々に告げた。
「鎧兜を着たまま街の周りを20周ね」
皆戸惑った。当然である。
我々は一応武装はしているものの、それを持って街の中を巡回する程度で、我々が実際に武器を振りかざすような事態はほとんどない。
悪人など、我々の姿を見ただけで逃げていくので、武芸の腕前は必要ない。本格的に鍛えている者など皆無だ。
しばらく前に領主様が実施した盗賊討伐の荷物持ち兼お供として行った者の数人が行方不明になったくらいが実情の実力だ。
けれども、新しい奥方に良いところ見せようと皆限界を超えて頑張った。けれど、息も絶え絶えでこなしてみれば、休む間もなく次の言葉が続く。
「次はこの重りをつけた剣でぶっ倒れるまで素振りね」
どんな拷問だ!?
若い後輩は「無理です」と涙ぐむ。
その型破りな無理難題は、どうやら我々のやる気を試すためだったようだ。翌日からは奥方様の実家の領地からやってきたという教官が訓練を見てくれることになった。その教官はきちんとした訓練計画を打ち出していた。
それはそうだろう。あんな無茶なシゴキを連日真面目にやらせてたとしたら、頭おかしい。
しかし、後で確認してみると教官の地元ではこれを上回る練習量をこなす者もいるそうだ。
マジか!? どんだけ過酷な訓練を課されてるんだ?
奥方様は我々を鍛えるだけでなく、どこからか新しい兵士を見つけてきては増員している。
今までの抑止力的な兵士の運用ではなく、実際に武力を行使して犯罪を減らす方針へと舵取りしているのだ。
奥方様が雇い入れたという凄腕の中年男性たち。無精ヒゲで怪しげな風貌の男だったが、剣の腕は確かだった。
他にも弓術に優れた者なども新たに採用していた。彼らはその腕もさることながら、盗賊の根城を発見する確率がハンパなかった。まるで盗賊がどこにいるのか分かっているかのようだ。
その情報を基に出兵すことにより、領地各地に巣食っていた盗賊の脅威が急速に取り除かれていく。兵士を率いていく奥方様は正に八面六臂の大活躍だ。
「彼のものはどこかの間者では?」
さすがに怪しんで教官が進言していたが、奥方様が意に介すことはなかった。
「ふ~ん。患者なら大事にしないとね」
罰したり、怪しむどころか、スパイを取り入れるという器の大きさを見せる。
彼らを重用して大事に扱うことにより、こちらに寝返らせるつもりなのだろう。
「あの奥方様って、どこかで見たような気がするんだけど?」
ある日、同僚が恐る恐る手配書を見せる。連続暴行・強盗などを犯したある少年の手配書だった。以前、領内を騒がせた凶悪犯だ。一時期躍起になって捜索していたが、その後の足取りも無く再犯の知らせも無かった。死亡したというのが有力説だ。
何、トチ狂ったこと言ってるんだ? そんなことあるはずないだろう。
あっちは男だし、性別だって違う。それにこんな凶悪な表情じゃないだろ? 奥方様は既婚者にまるで見えない童顔の可愛らしい方だ。
ーーよ~く、見てみる。
似てない、・・・似てないよな? 馬鹿なこと言うんじゃない。




