紹介
隣領地までは馬で移動します。
同行者は従姉妹の娘と二人の兵士です。最低限の数ですが、盗賊に遅れをとらない実力のあると確信できる方はこの領地にはそれほどいません。
まあ、本来わたくし共は員数外ですから問題ないでしょう。
盗賊といってもその脅威はピンきりです。領地を取り潰されて失業した元騎士もいれば、貧困層が食うに困って盗賊暮らしになった場合もあります。今回の盗賊は如何なのでしょう。
一方で、そもそもの発端となった彼女は嬉しそうに腰の剣をガチャガチャ揺らしています。
何も考えていなそうに見えますが、分かってますわよね?
それとなく水を向けてみると、旦那様が同行しないことに疑問を持ったようです。
「旦那様は良いのですわ」
旦那様の気性では、おそらく人を斬ることが出来ないでしょう。余計なことで悩ます必要はありません。適所適材ですわよ。
でも、聞きたいことはそれではないですわよ。
「貴女って、今持っている大小二本の剣以外は如何したのかしら?」
それとなく聞いてみますが、予想通りあの短剣はやっぱり彼女が売ってしまった物だった様です。
家紋入りのモノを売るって・・・小父様はどういう教育をしていたのかしら?
彼女の今後の教育方針を考えていると、隣領主の館へ着いてしまいました。
万一のことを考え、従姉妹の娘は別部屋を借りて隔離しておきます。
「態々お越しいただいて申し訳ない」
「いえいえ、お隣同士ですし、これを機に友好を深めていきたいですわ」
次期領主だという男性と挨拶を交わします。先日の結婚式以来です。
「ご親類のご令嬢も同行したとうかがっているが、どちらに?」
ばれていますわね。彼女の素性は明言していないのですが、何で知っているのかしら?
まあ、せっかくですし、彼女を紹介しましょう。同行してきた兵士の方に耳打ちして準備してもらいます。
着飾った彼女と顔合わせしてもらって指定手配犯と彼女が別人だと彼に断じてもらえば御の字です。ここに来た目的の大半を果たしたと言っても良いでしょう。
けれと、恐るべき空耳が聞こえてきます。
「聞いたところによると、可憐で『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』を素で体現しているご令嬢だそうだな。それに勉学も武術も、そして家事まで素晴らしい腕前ともうかがっているぞ」
どこの令嬢のお話かしら? 聞き間違い?
いえいえ、そんな上等な娘ではありませんわよ。
え~と、ちょっとお転婆ですけれど、どこにでもいる普通の・・・ いえ、ちょっと平均より心もち劣っている様な気がしないでもありません。
「身内を褒められてご謙遜するのは判るが、卑下し過ぎると嫌味だぞ」
違いますわよ。本当に謙遜なんかじゃありませんから。
誰がそんな馬鹿な、いえ、過剰な褒め言葉を言っているのでしょう。
「ご令嬢のお父上だが? 以前、ご一緒させていただいたのだが、耳にタコができるほど娘自慢を聞かされたよ」
ーー小父様ってば、親馬鹿を通り越して、馬鹿親ですわよ。
こんなにハードルを上げて、実態がばれたらどうするつもりなの?
しばらく話し合いをしていると、彼女はきちんと盛装した格好で現れてくれました。
見せかけだけなら令嬢として及第点でしょう。ここに居る間中、猫をかぶりつづけてくれれば御の字です。
ホッとしたのもつかの間、そうは問屋が卸さないようです。
この娘はあろうことか彼の刀を振り回したいと言いやがります。
「噂通り、可憐で勇敢なお嬢さんだ。勉学も武術も、そして家事まで素晴らしい腕前と聞く。本日はお目にかかれて光栄だ」
笑って、何故か高評価です。彼女は調子に乗って彼に話しかけます。
この人らって大らかなのか、何も考えていないのかどっちなのかしら? 判別できませんわね。




