デート
ーー旦那様に遠乗りに誘われました。
殿方と二人っきりで出かける。・・・これが、噂に聞くデートとやらですわね。
必要な視察だとか、照れ隠しを言っていましたが、分かっていますわよ。でも、そこを指摘しないのがマナーですわよね。
先日、旦那様と一線を越えてから夫婦仲は深まりまくっていますわね。恥ずかしい思いをした甲斐があったというものです。
あれ? これって侍女が言っていたデレ期到来?っていうのじゃないかしら?
見当違いな心配をしていた彼女に、ちゃんと妻をやっている報告をしなくては!?
わたくしを侮っていたことを後悔させてやりますわ。彼女の悔しがる顔を見れないのが少し残念ですわね。
ニヤリと笑みが浮かぶ。
行先は隣の村ですわ。屋敷のある街中は大体把握しましたが、それ以外はまだです。旦那様のお手製のお弁当を持って向かいます。
旦那様の乗馬の腕はふくよかな体型の割にはそれなりでした。さすがに騎馬での戦闘は無理でしょうが、移動だけなら十分及第点ですわ。
旦那様が領民のお話を聞いてみようと言うので、畑仕事をしていたご婦人に声を掛けます。
「こっちのオヤジたちに話を聞くのもいいんじゃないか?」
確かに、女性だけに話を聞くのも片手落ちですわね。
「そちらは旦那様がお話を聞いておいてください」
分担すれば早く終わりますし、同性の方が話を聞きやすいでしょう。
「坊ちゃんはお母さん子でね~、先代の奥さまの後ろをずっとついて回ってたんだよ。お料理も奥さまに食べさせたくて始めてね~。あの頃はこんなに小っちゃくて」
身振り手振りで旦那様の幼少の頃のお話を語ってくれます。旦那様は恥ずかしがっていましたが、貴重なお話を聞けました。
「若者にありがちな悪ぶった言い方するかもしれないけど、坊ちゃんは心根の優しい子だからね。末永く仲良くしてやってね」
旦那様はここでも『坊ちゃん』と呼ばれているんですわね。領主としての威厳はありませんが、話しぶりでは軽視されているのではなく、愛されているということでしょう。
近年は不作も無く、収穫も安定しています。万一、親に不幸があっても身寄りのない子供は旦那様が責任もって引き取って養育してくれるていますから、不安もないそうです。
暮らしに領主の介入が必要な程の不満はなく、お話の大半というか、全てが旦那様のことばかりでした。
なので、わたくしの方から質問してみます。ここで育てているのは見る限り、陸稲でした。実家の方では水田が主流だったので陸田は目新しく感じます。
「水田では育てないのかしら?」
聞いてみると、驚くことに水田自体を知らないことが判明しました。
「水に沈めたら根腐れしちゃうんじゃないの?」
水田の存在を初めて知ったご婦人も驚きますが、腐ることはありません。
でも、手間は陸稲の方が苗を育てる必要がない分手間は少ないです。
稲は基本的に乾燥に弱い品種ですし、水田の方が収穫量も多いですし、味も美味しいと聞きます。また連作障害も起きにくいので同じ場所で安定した収穫が見込めます。
一方で水田は治水工事が必要なので、一概にどちらが良いとは決められません。
帰ったら、旦那様と相談しましょう。
当初の予定通り、お弁当を広げて食事をします。旦那様はデートっぽさを要望したので、ご婦人たちから離れ、二人きりで仲睦まじく食を進めます。
相変わらず旦那様の料理はおいしいですわね。
一見なんでも無いような一品も下拵えがしっかりしてあり、丁寧に作っているのが分かります。
先程のご婦人のお話では、今は亡きお母様のために料理を覚えたそうです。だから、こんなに優しい味がするのですわね。
心と舌、両方がほっこりし、我知らず笑みが浮かびます。
お弁当を食べた後は、旦那様が考案したという『後家殺し』なる農具を見せてもらいました。
でも、これって、『千歯扱き』ですわよね? 何でそんな物騒な名前がついているんですの?
しかもこれって、わたくしが生まれる前からあるはずですけれど?
どこか従来品と違うのかしら? でも、型は勘違いしようもないシンプルな造りです。むしろ、劣化品?
いえ、水田を知らないのですから、千歯扱きの存在自体知らなかったのではないかしら?
この手の道具は構造自体は単純ですが、気づき・ひらめきが必要となります。全く知識なしのゼロからこれを思いつくなんて、センスありますわね。
でもここって、わたくしの実家よりも農業技術が大分遅れているのではないかしら?
単なるデートのつもりでしたが、なるほど。視察の建前も伊達ではなかったようです。色々な課題が見えてきましたわ。
さて、レイさまのメスが入ると、化けの皮がはがれてきてしまう領主です。
彼は無能ではないのですが、実力は並よりちょっとだけ優秀くらいです。当然、レイさまの方が能力は上です。
以前あっちの小説の方に書いていましたが、後家殺し(千歯扱き)は書物に書かれていた物を見様見真似で試しに作ったものです。
領主は自領以外へほとんど出たことがないので正直、領地外の様子をあまり知りません。出たとしても他領の農民の仕事ぶりをまじまじ見ることなんかないです。興味も無いので。
領民たちも用が無ければ領地外へ行かないので一生領地から出たことない人も多いです。
だから、千歯扱きが本に書かれるくらい一般に普及済みだと知らないのです。
なお、殆どの貴族は王都で何かしらの役職についていて、純粋に領地だけを治めている者は少ないです。彼らの多くは王都と自領を行ったり来たりして、領地経営は家族や部下に任せていたりします。
この領主は当然役職なんかはもっていないので、王都へは行く予定も今後ほぼありません。
他国では人質の意味もあって、王都に妻や家族を住まわせる政策をとる国もありますが、ここの王様はとっていません。




