侍女 街へ出かける
「」は副音声扱いとして、くれぐれも地の文をメインでお読みください。会話文は無視してもお話の流れを掴むのに全く支障はありません。
昔々、此処ではないある所にある貴族が治める小さな領地がありました。そこは山や森に囲まれた何の変哲もないただの田舎でしたが、驚いたことに隣の国のお姫さまがお嫁に来ました。
これは、そのお姫さまに付いてきた心優しい楚々たる侍女の物語です。
お姫さまの結婚式が終わり、生活も落ち着いてきました。そんなある日、心優しい侍女はお姫さまの好物を作ろうと、新居のお屋敷からお買い物に出かけます。
その侍女とお姫さまはとても仲良しで、まるで姉と妹のような関係でした。決して、万が一にも、絶対に母娘ではないはずです。
「アタシはまだピチピチだよ」
若々しい彼女らがまだこの土地にやってきて数日。侍女は不慣れな街を興味深く見て回ります。
「何にしても、地形の把握は急務だね。攻めるにしても守るにしても地の利を得る必要があるからね。それと不審者のあぶり出しかねぇ。姫さまを狙う不届き者がいないとも限らないからね」
お姫さまを心配する心優しい侍女は独り言をつぶやきます。
「万一そんな輩がいたら、ぶちのめして生きてきたことを後悔させてやらないと。でもその前に、情報を聞き出すなり何なりしないと不味いかねぇ」
街のあちこちをゆっくりと巡り、露店が立ち並ぶ広場にやってきました。
街の喧騒の中、店先の野菜の鮮度をチェックしながら店番の女性と談笑して街の様子を聞きます。
侍女は果敢無げなため息をつきました。
「こんな街じゃ、軍勢で攻められた時にすぐ落ちるね。屋敷に立て籠もるにしても、塀も堀も無いんじゃ防御力は皆無だ。どうしたもんかねぇ」
すると、今までの喧騒とは違うどよめきが上がっています。男性の怒鳴り声が広場に響きます。
平和な田舎といっても、少々のいざこざはあるようです。気になった侍女はその怒鳴り声の元へ目を向けました。
そこには尻餅をついた子供を3人の男性が睨みつけている姿がありました。
「やれやれ、厄介事かい?」
理由は分かりませんが幼い子供を囲んで恫喝するなんて、褒められたことではありません。
元来、性根の優しい侍女は子供を助け起こそうと近づきます。しかし、3人の内のひとりが彼女を通せんぼします。
「何だ、横からしゃしゃり出てきやがって?」
「やれやれ、いきさつは知らないけれど、大の大人が子供を脅すなんて恥ずかしい。止めときな」
「知らねえのなら、ババアは引っ込んでな」
男性に乱暴な言葉を向けられた、うら若き侍女は眉をひそめました。
「まだケツの青い若造が吠えるんじゃないよ。それと、アタシはまだ若いよ」
弱々しく抗議の声を上げた侍女に逆上した男性は襲いかかってきました。彼女の手を掴もうと、その太い腕を向けてきます。
怖くなった侍女はか細い手を振り回しました。偶々タイミングが合ったのか、彼女の手が男性の肩に当たり、バランスを崩して転んでしまいました。
「ギャー!!! 痛てぇ!!」
転んだ男性は痛みに叫び声を上げました。大げさな悲鳴に侍女はビックリしてしまいます。
「やれやれ、そんなのろまな動きじゃ目を瞑っても避けられるよ」
「痛てぇ、痛てぇよぅ~」
「てめえ、何しやがった!?」
「うるさいね。単に肩を外しただけじゃないか。いい大人が、そんなことで悲鳴を上げるなんて情けないね」
心優しい侍女は転んだ男性に素早く駆け寄ります。そして、痛がっているところに手を差し伸べ、さすってあげます。
「今度は首を折られたいのか? 一体全体、何があったんだい? さっさと説明しな。アンタ等はじっとしてな。ヘタな真似すると、コイツの首が胴体とサヨナラするよ」
いきなり女性に手を差し伸べられ、女性慣れしていなかった男性は硬直してしまいました。決まりが悪くなった連れの2人も恥ずかしげに口を閉ざしてしまいました。
すると、騒ぎを見ていた野次馬の一人が事の経緯を教えてくれました。
呆れたことに、お使いに来ていた子供にわざとぶつかり、小銭をせびろうとしていたようです。
侍女は事の次第を優しく男性に確認します。
「その話は本当かい?」
「そんなわけ・・・ ギャッッッ~~~!!!」
「おっと!・・・万一、嘘をついたとアタシが判断したらビックリしてコイツの肋骨が飛び出ちゃうかもしれないねぇ」
「・・・ホントです。間違いないです」
男性たちは野次馬の言葉を全面的に肯定しました。
「もう二度とするんじゃないよ。もし、そんな現場を見たら、今度は命はないと思いな」
「そんな恐ろしい目で睨まないでくれ」
侍女は真摯な目を向け、男性たちを諭します。すると、己の行為を省みて、口々に謝罪の言葉を述べます。
「もう、マジで二度としないから、勘弁してくれ」
「肩をハメてやるからじっとしてな」
倒れていた男性を立たせてあげると、いたたまれなくなり逃げるように立ち去りました。
「覚えてやがれ!」
ひとりだけ立ち去る際に文句を言いましたが、仕方ないかもしれません。
悲しい事ですが、世の中心優しい人ばかりではありません。
縮こまって、なりゆきに身を任せていた子供を優しく抱き上げて、声を掛けます。
「大丈夫かい?」
子供は黙って頷きますが、恐怖に震えています。堪えていますが、涙も隠せていません。胸には潰れた大根を抱えていました。
先ほどの露店に行き、大根を買い直します。
「何なら、タダにしとくよ?」
「あの馬鹿から、小銭入れを掏っといたから問題ないよ。ほら、こいつから払うよ。でも、あの手の馬鹿は多いのかい?」
「少ないけれど、ああいうタチの悪い人間が皆無ってことはないね」
「全く、世も末だよ」
「全くだ。戦争なんて下らないことはさっさとやめて欲しいね」
事の次第を見ていた店番の女性はサービスを申し出ましたが、奥ゆかしい侍女はそれを断り、キチンとお金お払います。
お屋敷に戻った彼女は街での仔細を家令に相談しました。本来の領主であるお姫さまの夫は王都で勤めているため、実質領地を取り仕切っているのは家令でした。
先程のいたいけな子供への仕打ちに、温厚な侍女も怒りを隠せません。つい、説明に熱が入ってしまいます。
今は小康状態ですが、この国を含め各国で10年以上も戦乱が続いていました。戦争とは離れたこの領地でもその影響を受けざるを得ません。
働き手は戦争に取られ、生活に貧窮して少なくない難民が発生しました。戦地から離れたこの田舎まで到達する難民は少ないですが、ゼロではありません。この地では来る難民を拒まず、ほぼ無制限で受け入れていましたが、来るのは純粋な難民のみではありません。ガラの悪い者たちも流入してしまいました。
治安の悪化は家令にとっても課題でした。
しかし、有効な手段は取れていません。治安を守るべき兵士は戦争に駆り出されてしまい、人手不足な状況です。
悩ましい状況を聞き、慎み深い侍女は控えめに手っ取り早く効果的な防犯の方法を提案してみました。
「今度見つけたら、見せしめに2,3人ぶちのめして広場に吊るしておきましょうか?」
「止めてください。お願いします」
しかし、家令は彼女の身を案じて危険なことはしないように諭します。
ナイーブなで繊細な侍女では他の方法が思いつきません。
「どうしましょうか」
心優しい侍女は憂いのある表情を浮かべ、儚げなため息をついて窓の外を見上げてしまうのでした。




