ある分家の親父の話
宴もたけなわを過ぎて四半時も経つと、喧騒も聞こえなくなってくる。
頃合いを見て、年配の女性が花婿を引きずっていってしまった。花嫁であるお嬢様はそれより前に引っ込んでしまっている。女性は湯浴みや色々あるのだろう。
会場を見回してみると、死屍累々だ。みな、酔いつぶれている。例外は自分と同年代の同僚一人だけだ。護衛として連れてきた若いのは全滅だ。だらしない。
「こんなんで、大丈夫なのか?」
こんな弱くては将来が心配になる。昔は景気づけに酒をかっ喰らって、そのまま戦場を駆け回っていたものだが、今どきの若者は軟弱になったものだ。
「酒はもう、終わりだとさ」
酒ではなく水を持ってきた同僚に礼を言い、一気に飲む。
ぬるまったい。
自分の娘程の若い娘が片づけを始めている。
もう少し飲みたいが、もう飲みつくしてしまったようだ。
酔っぱらいどもはこのまま捨て置かれるようだ。毛布を一枚借りて、戯れに結婚式に出ていた豪農だという親父の膝に寝転んでみる。
地方によっては貴族と平民との間に確執があると聞くが、ここの領民との関係は良好のようだ。
翌日、二日酔いに呻いている若いのを同僚に任せて街を散策する。屋敷で働いている男の子に案内を頼み、ぶらつく。ここは金をかけているように見えない。区画整理もなされていない小さな田舎街だ。家々の裏には畑も見える。
ここはご当主の家臣、王様から見れば陪臣である自分の治める土地よりも小規模だ。
口さがない者たちの言葉を借りれば、お嬢様の実家に比べここは貴族としての格が数段落ちる。
式の最中も影でコソコソと何だかんだ言う者もいたが、ご当主やお嬢様本人が納得していれば外部の者がとやかく言うべきではない。
格なんぞ、これから上げれば良いし、墓の中まで金を持っていくことは出来ないのだから、不自由しない程度の金があれば問題ない。
そんな詮無き事を考えていると、昨日通過した広場に出くわした。
広場には自分たちについてきた商人たちが商品を広げて市をたてていた。喧騒は聞こえているが、大きな混乱はないようだ。
「近所のおばさんや日頃露店を出している方が整理をしてくれているそうです」
治安維持を担っている兵士の代わりに地元のご婦人たちが商人たちの露店を配置しているようだ。
「みかじめ料はどうなっているのだろうか?」
騒動を起こさないように兵士が見回りしなければならない。自分の領地ではそのための人件費と露店の出店料を見回りの際に徴収しているものだ。
「さあ? どうなっているのでしょう?」
男の子も知らないようだ。
「良ければ、兵士さんたちの詰所までご案内しますか?」
「お願いして、宜しいか?」
問題ないですよ、と彼は付いて行く。
良ければ、兵士にも聞いておきたい。
これまでに浮浪児も目にしないし、治安の確保はどうやって行っているのだろうか。これだけの規模なら兵士は20~30人は必要だろう。ここで云う兵士とは官吏も兼ねているのでそんなモノだろう。
それに、見て回ったが街に城壁どころか柵の一つもない。これでは自分程度の者が十人ほどいれば制圧できそうだ。盗賊対策などはそうしているのだろう?
◇◇◇◇◇
上位貴族ともなれば、威厳を出すために無駄な金を掛ける必要がある。けれど、それは他国での話。昔からこの国に仕える貴族たちは質実剛健を旨とする者が多い。
お嬢様も例にもれず、貴金属にはさほど興味がない。というか、贅沢に興味がない。ご当主はもっとオシャレとか女らしい事に興味を持ってもらいたかったようだが、本人が気にしていないのだから周りがとやかく言うべきではない。
しかし、ここ20年ほどの間にこの国に帰属した貴族たちは例外が多い。急速に拡大した領地に、それを治める貴族。玉石混淆となってしまっている。
阿呆な者も多くいたため、ここ数年で目に余る輩は取り潰されていて正常化を試みている。
反乱も起きたが、我々を含め古参貴族は殆どが武闘派。苦も無くすぐに鎮圧される。むしろ、チマチマした事前手続きが必要ない分、反乱を起こしてもらった方が自分にとっては楽だ。
阿呆な領主は減ったが、弊害も発生した。その阿呆領主に仕えていた者たちの失業だ。優秀な者やコネのある者はその後新たに就任した領主の元に再就職可能だが、全てがそうなる訳ではない。
百人規模であぶれ者が発生し、その多くが盗賊と化した。
今回の花嫁行列はそんな彼らにしたら宝の山のはずだ。護衛も最低限。馬車2台につき1名。自分ともう一人以外は実戦経験も無いひよっこだ。足手まといの商団も引き連れていた。
ここまで隙を見せていれば、盗賊の一団に襲われそうなものだ。
今回の花嫁行列はそんな不穏分子のあぶり出しを兼ねている。そのため、襲撃を受けやすいよう態々遠回りして、尚且つ対策も立ててここまでやってきた。
襲撃を受けてもよい様に、馬車に積んで来た大半の荷物は布だ。
花嫁衣装は最高品質のものを用意したが、その他は見た目豪華なだけで一段劣る。といっても、自分が普段着ている服に比べたらはるかに高価だ。積んでいる服一着で平民家族が2カ月は暮らせる額だ。
しかし、かさばるので盗むのは不向きだ。最悪、燃やしてしまえば奪われることもない。
今回運んできた物の中で一番高価なのは、実はお嬢様の刀剣だ。城1つとまではいかないが、この街1つくらいなら買い取れる価値がある。まあ、本人は認識していないだろうけれど。
しかし、予想された襲撃は無かった。
せっかく悪趣味な成金鎧まで着ていたというのに、餌に引っかからなかった。何が悪かったのだろうか?
いない筈はない。現に、ちょこちょこと自領以外だが被害の報告を伝え聞いている。どこへ行ってしまったのだろう?
こんな有様では家出した娘も苦労していることだろう。
◇◇◇◇◇
「悪いことすると、鬼婆がこん棒を担いでやって来るっス。悪い子は袋叩きにされるっスよ」
兵士の詰所に着いて治安維持の方法を聞いた答えがこれだ。
「鬼婆とは何のことだ?」
「この地方の民間伝承ですよ。おばあさんの姿をした化け物で、悪人の身ぐるみはがして、半殺しにするそうですよ」
別の兵士が答えてくれた。
「そんなのがいるのか?」
そんなのが本当にいるとすれば、驚くべきことだ。
「いえ、あくまで子供を諭すためのお話ですよ」
「見たことはないっスけど、絶対いるっスよ。現に犯罪者は出ていないっス」
「まあ、こんな田舎まで悪さしにくる暇人はいないだけだと思いますけどね」
「兵士としての仕事は一応、朝夕の見回りをするくらいですかね。犯罪はほとんどありません。私たちのメインは街の入り口での税の徴収と官吏としての仕事ですね。ああ、広場での出店はここで届け出を受けて出店料を貰っています」




