きっかけ
「初めまして、お嬢さん。ほら、お前も挨拶しなさい」
大きな男の人がそう言って連れてきたのは小さな男の子でした。男の人の後ろに隠れて顔だけこちらをうかがっています。
本日はお客さまを迎えるとのことで、朝から余所行きの服を着ておしゃれをして待っていました。その人は軍の要人でどこかの領地を持っている方だそうです。
通常ならお父様のお客さまを迎えるからといって、わたくしが表に出ることはありません。
けれど、本日は特別です。息子さんを連れて来るとのとこでしたので、そのお相手をお願いされました。
・・・というのは表向きのお話で、わたくしの婚約者候補の子を連れてきたそうです。貴族の結婚相手なんて当人同士の意思は関係なしに親同士で決めてしまう事も多いです。他国では結婚する当日に初顔合わせなんて場合もあるらしいです。
件の男の子は我が家の弟と同じ年のはずです。けれども、お父様の腕よりも胴回りは細いのではないかしら? 肌も女の子のように白っぽいし、体つきはひ弱で、気も弱そうです。そんなにブルブル震えていては倒れてしまうのではないかしら?
「遊んできなさい。お前に任せるが、大丈夫だな?」
お父様がわたくしの頭を撫でる。
当然ですわ。小さい子の面倒は弟で慣れていますから問題ありません。
「さぁ、子供同士で遊びましょう。何が良いかしら?」
「・・・・・・」
無言でうつむいてしまった男の子の背を叩きます。
「ほら、しゃっきりしなさい。男の子でしょ!」
捕って食いませんわよ。
弟がこの場にいれば、良かったのでしょうが居ないものは仕方ありません。
お姉さんぶって、おどおどしている男の子の手を引いて庭へ行きます。
さっきの大きな男の人と親子だそうですが、ちっとも似ていませんね。母親似なのかしら?
じ~っと見ていると何かに似ているようです。
ーー以前弟に読んであげた絵本に出てくる仔狐さんみたいですわね。
意見も聞かずに庭に出てしまいましたが、この子には興味がないかしら? 弟と同じ男の子なら、身体を動かす方が好きかと単純に思いましたが、ダメかしら?
「追いかけっこでもしましょうか?」
ふるふると首を振ります。運動が得意そうではないですわね。
「じゃあ、どうしようかしら?」
目線を合わせて、根気よく返答を待ちます。
「・・・お花を見ながらお散歩したい」
庭には色々な木々が植えてありますが、花を咲かせているのはその3分の1程度です。
けれども、男の子の見た事がない花もあるらしく、物珍しげに花を観察しています。わたくしも知っている限りの説明を付け加えます。
ちょっと仲良くなったかしら。でも、もうちょっと胸を張りなさい。
「・・・知らない人怖い」
「そんなんじゃ、大変ですわよ? 将来領主様になるんでしょ。みんなの前に出る仕事よ」
「・・・そんなのになりたくない」
そんなこと言っても、領主なんて世襲制なんだから無理ではないかしら。まだ小さいわたくしだって知っているわよ。一人っ子でしょ?
これを機に体を鍛えることもしなさい。
ご自分のお父様と話し合って、ちゃんとしなさいよ。
「・・・父様嫌い」
そう言うと、うつむいてしまう。花を見てちょっとだけ楽しそうにしていたのに、元の元気のない人見知りに戻ってしまった。
「しょうがないわね~。じゃあ、わたくしが代わりにやってあげるわ。だから安心しなさい」
頭を撫でてそう言ってあげると上目づかいでうかがってくる。
お父様は将来この男の子とわたくしを結婚させるつもりのようだし、きっとそうなるわよ。
「任せなさい。こう見えてもわたくしスゴイのよ」
わたくしのほうがお姉さんなんだから。
そんな、男の子の方は覚えていない 幼い頃のお話