ある侍女の座を狙う女の子の話
一難去ったけれど、安心はできない。奥様の気が変わらないうちに行動を起こす。
具体的には奥様の侍女に取り立ててもらうのだ。
けれど、さすがの私でも奥様に直接お願いするのは憚れる。
なので、接触を試みるのはその侍女の女性ね。奥様より一つか二つくらい年上の人だと思う。
「何でも頑張ります!」
暇そうにしている侍女様に意気込みを訴えると、彼女は笑顔を見せて少し考えた後口を開く。
「じゃあ、お嬢さまとクマ狩りでも行きますか?」
「えっ・・・クマガリ?」
何かの隠語なのかな?
「いえ、もちろん生き物のクマです。熊鍋はお好きですか?」
「いえ、食べたことありませんけれど・・・」
熊なんて凶暴な動物を食べようだなんて思った事も無い。っていうか、食べられるの? 領主様は色々な料理を作っているけれど、熊なんて食卓に上がったことはない。
けれども、私の戸惑いを気にせず、彼女は奥様の元まで行く。そしてピクニックでも誘う様にのたまった。
「お嬢さま、気分転換にクマ狩りにでも行ってきませんか?」
マジで奥様を誘うの? そもそもどうやって狩るの? ヘタに行ったら逆に殺されちゃうよね。
「はぁ? 貴方はいきなり何を言っているんですの?」
奥様は侍女様のとぴょうしもない言葉にきょとんとしている。
それはそうよね。自分の知り合いがそんな事言ったら、その子の気を疑うレベルだ。
「どなたか、熊に襲われるなり被害にあったのかしら?」
私を見て訊ねてきたので、
「いえ、そういう訳ではないのですが」
言葉を濁す。私もこの侍女様の会話の展開にとまどっているんだから。
「冗談ですよ。お嬢さま」
侍女様はしれっと、言いやがります。
「全く、何ですの?」
訳分かりませんよね。全く、その通りですよ。
奥様の前を辞すると、
「仕方ないので、一人で狩ってきて来てください」
冗談じゃなかったの?
「買って・・・じゃないですよね?」
無理に決まってるじゃない。大人の兵士のおじさんだって無理でしょ。誰が出来るっていうのよ!!
「あれ? 何でも頑張るんじゃなかったんですか?」
懐からナイフを出すと、にこやかな笑顔で私に握らせてくる。
侍女に全く関係ないスキルですよね?
「いえいえ、もしかすると必要な技能の気がしないでもないです。少数で構いませんので、さくっと狩って来てください。『何でも』頑張るんですよね」
さらには背中を押して外へ出そうとする。
「すいません。無理です。勘弁してください」
もう、見栄も外見も関係なく、謝る。死んでしまう。
侍女様は私の言葉に、諭すように言います。
「さて、このように『何でも』と言ってはいけません。気がつくと、クマ狩りに行ってしまう恐れがあります」
そんな恐れ、普通ないでしょ! この人頭おかしいの? 意味分かんない。
「では、今度は真面目に審査しましょう」
やっぱりからかわれてたの? そうよね。大領地のお嬢様が熊を狩るなんてことしないに決まっているものね。
私の他に先輩や後輩も含め屋敷の見習いの女の子が集められる。みんな一緒に勉強しているから、実力の程は既に分かっている。
この中だと私がダントツに優秀ね。ふふんっ。勝ったも同然。
まずは習っていた礼儀作法を一通りおさらいを兼ねて見てもらう。みんなぎこちなさが見え隠れしているし、私のライバルなりそうなのは精々一番年長の先輩くらいだ。
続いて、計算問題を解く。四則計算なんて屋敷に引き取られてすぐマスターしちゃったわよ。簡単すぎて、欠伸が出そう。
最期に文章の書き取りだ。
「目上の貴族の方へ送ると思って書いてください」
侍女様が口頭で述べる文章を紙に筆記する。見やすさを心掛けて丁寧に書きつづっていく。
ちらりと先輩を見ると、ミミズののたくったような筆跡だ。
◇◇◇◇
「何で私が選ばれないのよ!?」
選ばれたのは先輩の女の子だった。単に、一番年上ってだけじゃない。所詮、実力は関係なくて年功序列ってこと?
何が選考基準だってのよ!?
同僚の男の子にグチる。
「・・・顔じゃね?」
私が可愛くないっての!? 蹴飛ばすわよ!!




